2017年3月27日 (月)

Favorites=世界!ニッポン行きたい人応援団

「和風総本家」(テレビ大阪) のことをこのブログで紹介したのは、今から9年前の4月だった。
ブログで書いた頃はまだ始まったばかりで、「どうなるのか?」的に書いたが、その後、世界的に「日本ブーム」になった。
この時には「和風ブーム」と書いたが、その意味ではこの番組は「日本ブーム」の先駆け的だった。
20170327_nippon
その後、「日本に観光に来る外国人」が増えに増え、「インバウンド戦略」なる言葉も、我々レベルでも良く耳にする時代になった。
そのおかげなのか、ここ数年「海外から見た日本」を紹介する番組が増えた。
「世界が驚いたニッポン! スゴ~イデスネ!!視察団(テレビ朝日)」
「YOUは何しに日本へ?(テレビ東京)」
「所さんのニッポンの出番(TBSテレビ)」

また最初に挙げた「和風総本家」 でも「世界で見つけた Made in Japan」などの回には、海外のユーザー目線で日本の道具などを紹介する。

そして、1年くらい前から、私がとても気に入っている番組がある。
これもやはり「テレビ東京」系で、最近このチャンネルは本当に面白い。
他のチャンネルが大事件の時に、一斉に同じような報道番組になるのに、このチャンネルだけは通常番組を流すように徹底した独自路線で有名だ。
その「独自性」が、今はとても良い方向に向かっているのだろう。
その番組は「世界!ニッポン行きたい人応援団」

これらの番組で共通するのは、私たち日本人自体が「へぇ~~そうだったのか!」の日本文化の再発見に気づく点だが、この番組は、そこが徹底している。
まず、海外の人の「日本のモノLOVE」をプレゼンテーションしてもらう。
毎回、そのシーンを見るだけでも面白い。
インターネットだけの情報から、味噌を作ったり、藍染めしたり、鎧兜を作ったり、もう「日本の伝統」に対して「LOVELOVE」を一生懸命熱弁を振るい、そして「ぜひ日本へ招待して!」と呼びかける。

先に挙げたような「日本の伝統」とか「独自の道具」などは、その職人さんが(しかも業界トップクラスの)外人さんをもてなす。
2月初めに放送された盆石が大好き!なアメリカ人男性をご招待! の回では、開場前の「竜安寺」の枯山水の見学を「サプライズプレゼント」として招待する。するとそこに粉雪が舞い、招待された外人さんは、静かに感涙を流す。
「日本人じゃなくても、この静寂と枯山水の世界は感動するんだなぁ」と思わず一緒に涙が浮かんでしまった。

そして、こんな回もある。
「ニッポンに行きたい」のは、ポーランドの12歳の女の子。
この子のLOVEなものは「錦鯉」「フグ」
そして「“錦鯉”愛すポーランド小学生ご招待!!納涼2HSP」 としてニッポンにやってきた。
もう鯉を見るたびに「Oh~~Koi」と叫び、普通の人が知らないような模様によって種類として「紅白」「大正三色」「昭和三色」などなど、もの凄い「錦鯉知識」見せてくれる。

またまた「たい焼きLOVE」なロシアの女性を招待した「“たい焼き”愛してやまないロシア美女ご招待!!」 も面白かった。
数枚一緒に焼ける鉄板で作ると「養殖」と呼び、昔ながらの1枚ずつ焼く場合は「天然」と呼ぶとか、見るたびに日本のことなのに、「へぇ~~~」と思うことがたくさんある。

どの回も共通するのは、向い入れる日本人側がとても良い人が多く、そして親切なことだ。
最後にはとびっきりの「お土産」をプレゼントする。先の「たい焼き」など、彼女が訪れた鋳物工場で、「天然もの」の焼型をプレゼントされたり、「錦鯉」では、錦鯉そのものをプレゼント。

日本の文化や道具や職人や、いろんなことを感じさせてくれる番組だが、一番日本が海外に誇れるものは、やっぱり「もてなし」なのじゃないかと、いつも最後には思う。
それと、「和風総本家」でも「世界で見つけた Made in Japan」の回では、こういった職人さんを、日本は大事にしているだろうかとも思う。

最初に挙げたいくつかの番組の中で、ある外国の人が言っていた。
「こんなに素晴らしい文化を受け継ぐ職人たちの賃金が、異常に安いことが一番の驚きだ」
この一言こそ、日本という国が一番学ばないといけない気がする。

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2017年3月 6日 (月)

気になる人、歴史学者「磯田道史」さん

前回、「Favorite」を久しぶりに書いていて、「そう言えば、この人たちのことを書いてないなぁ」と気づいたので、今回から3回続けて「気になる人」としてピックアップすることにした。
「Favorite=お気に入り」ではなく「気になる人」にしたのは、全員が「気に入っている」と言うよりも、TVや活字でこの人たちの名前を見ると「気になる」から、そうしてみた。

最初の「気になる人」「磯田道史」さん。
3年くらい前にNHK-BSの「英雄たちの選択」という番組をこのブログで紹介したが、その番組のMCで、詳しく知るようになった。
最初に知ったのは「武士の家計簿」という映画にもなった話の作者ということだったと思う。
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(ウィキペディアより)
岡山市出身。磯田の実家は鴨方藩重臣の家系で、家には古文書などが残されていた。子供のころから歴史好きで、岡山市立御野小学校、岡山市立岡北中学校を経て、岡山大安寺高等学校在学中、『近世古文書解読辞典』を使って実家や岡山県立図書館の古文書の解読を行う。
著作『武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新』で第2回新潮ドキュメント賞、2010年には森田芳光監督によって『武士の家計簿』として映画化された。2010年、「専門分野である歴史を視聴者にわかりやすく解説し、放送文化の向上と地域活性化に貢献した」として第15回NHK地域放送文化賞。2015年、『天災から日本史を読みなおす』で第63回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞する。

と通り一遍の紹介をさらに省略して載せたが、この人の面白さは、こういうものでは伝わらない。
私が、「この人面白いなぁ」と思うようになったのは、「英雄たちの選択」 を見ていて、番組の最後に「締め」の一言を話す時の姿を見るようになったからだ。
その時によって違うけれど、もの凄く熱っぽく語り、(おそらく編集ではカットされているようだが)話し終えた後にちょっと「困った」ような何とも言えない表情を浮かべる。
「ああぁ、また熱くなってしまったぁ」みたいな後悔の表情にも見える。

そんな磯田さんだが、気になるようになってから、こちらも記憶の留めるせいかバラエティ番組にもたまに顔を覗かせる。そしてどの番組でもエラく熱っぽく語っている。
1月後半に「情熱大陸」で磯田氏 を取り上げていた。
この番組の感想は、ググっていたら出てきた「trend-neta.com」にその感想として「情熱大陸 磯田道史さんってバカなの?番組を見てがっかり。その理由が・・・」 に書かれていた。

そこに書かれていることが概ね私が感じたことと同じだった。
磯田氏は興味のあること以外、まるで注意力が行かない。
だから小学校の時は漢字もダメだし、九九もダメだったとか。
なのに、異常な記憶力がある。高校時代にはすでに古文書をスラスラ読めていたとか。番組中に「中野信子さん」「磯田さんは第一次資料が読めることが最大の強み」と言っていて、それが妙に納得のいく説明だった。

私の知識のほとんどは、あるフィルタを通った資料で学んだもので、「第一次資料」を見て直感的に理解できたことはない。ま、大概の多くの人は、そういうものだろう。
しかし、磯田さんは違う。
番組中にも以前私も訪ねたことのある「関宿」 のある和菓子店を訪問し、そこにある古文書を片端からスラスラ読む。
そして、どこにいても誰が相手で、熱っぽく語りだす。

番組中磯田さんのことを「平成の司馬遼太郎」と紹介していた。
若い頃、司馬遼太郎の小説をたくさん読んできた私としては、やっぱり磯田さんは「気になる人」であり、一度講演会などで熱いお話を聞いてみたいと思っている。

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2017年2月27日 (月)

Favorites=カロリーメイトのCM

このブログを始めたのは2006年の1月。
もう11年も、こんな戯言を書いている。一時期は「いつやめる?」とも思ったが、その勇気ときっかけを無くして続けている。
20170306_karoriたま~~に最初の頃のものを見直すと文章が短かったことに気づく。
いつから、こんな「ダラダラ」文章になったのだろう?

この11年ので、私の今の職業に繋がる「CM」に関することが、たまに登場する。
今回は、「カロリーメイト」のCMについて。
ピックアップした3点に共通するのは、セリフもテロップもないけれど、気持ちも伝わるし、商品告知にもなっている。
ここ10年くらい、「いいなぁ」と思うCMが、ちょくちょく見かけるようになったのは、一時期の「つまらないCMばかり」の時代を抜け出した気がして、うれしい。

●満島ひかり、ファイト「とどけ、熱量。」篇
カロリーメイトのCMに「おっ!」と大きな変化を感じた最初のCM。
もう何年前のバージョンか忘れてしまったけれど、思わず「ウマい」と思った。
若かった頃に感じた「TVCMの魅力」がたっぷりと詰め込まれていると思う。
シナリオと場面と歌と・・・・すべてがマッチするとこんな高いクオリティを発揮するのだと改めて背筋がシャンとさせられた気がした。

●平祐奈「動く黒板アート」篇
YouTubeで見ると1年前のバージョンかな?
昨年この「黒板アート」と言うものが流行っているとTVで見て、「デジタルと真逆の超アナログ的表現」に興味を持っていた。
ただ、それを土台に「アニメ的」に見せることは思いも寄らず、このCMを見て改めて、その可能性に心躍った。
もちろん、シナリオと黒板アートの表現のウマさが抜群なのだが、最後にいろんな人の顔が出てくるシーンは、まるでドラマや映画のラストシーンのような気持ちになった。

●藤巻亮太「夢の背中」篇
カロリーメイトが「受験生を応援する」CMになっていて、その最新の受験シーズン版。
これまで「受験生の気持ち」に焦点をあててきたが、このバージョンは「受験生を見守る母親」になった。
これを見ると「受験」は、家族全体の戦いなんだなぁと思う。
このバージョンがジーンと来てしまうのは年齢のせいもあるだろうが、ずっと「背中」ばかりで表現している演出もウマいと感じる。

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2015年10月13日 (火)

【備忘録】コッキーポップ

私が中学・高校の頃「深夜ラジオを聴く」という学生の流行があった。
「勉強する」という名目で夜中の3時ごろまでラジオを聴いていたが、何となく「時代の最先端」の行為の気分だった。

「深夜ラジオ」のDJは、当時あまりTVには出ないフォークシンガー達が担当し、これがまた学生が一生懸命、耳を傾ける理由にもなった。

そんな時代の頃に「コッキーポップ」という番組があった。
【コッキーポップ】
71~86年に放送されていたラジオ音楽番組。
ヤマハ音楽振興会が制作協力し、ヤマハの提供で、『ヤマハポピュラーソングコンテスト』と連動していた番組。

【ヤマハポピュラーソングコンテスト】
「音楽の歓びは自分で創り、歌い、そして楽しむことにある」という歌ごころ運動の一環として開催された、アマチュアを対象にしたオリジナル曲発表の祭典。通称ポプコン。

この番組のオープニングにはパーソナリティは大石吾郎の以下のナレーションが流れて始まった。
「黙っていれば友達になれない、叫ばなければ消え去ってしまう。私たちが生まれてきた時から育ててきた何かを伝えあうために、ちぎれかけた世界の心と心を繋ぎ合うために、私たちの歌が今 ここにある」
やっぱり時代的に「学生や若者が、大人の創った既成概念や常識を変化させていくんだ」みたいな空気が、こんなナレーションにも表れている気がする。

この番組からは、今では超大御所の「中島みゆき」を始め、「チャゲ&飛鳥」とかいろんなアーティストが発掘されてくるが、反面消えて行ってしまった人たち(もしくは、裏方になったりして、表舞台に出なくなった)も多い。

しかし、このネット時代はありがたい。
そんな消えてしまった人たちの、そして自分自身が忘れてしまった音楽たちに、もう一度出逢わせてくれる。
先日、いくつか見つけたが、その中でも「お~~、あったなぁ」と思ったものを3曲並べてみた。特に、最後の「オルゴールの恋唄」は、ものすごく若い時の「渡辺真知子」の曲だが、(動画の内容は別として)超珠玉の1曲だと、改めて思い直した。

●琥珀色の夢(ボビー)

●あんたとあたい(赤ずきん)

●オルゴールの恋唄(渡辺真知子)

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2015年1月26日 (月)

NSPが心地よい

「NSP」という文字を見て「ああ、あれね」と思う方は、私と同年齢もしくは、もう少し上の方だろう。
最初は「ニュー・サディスティック・ピンク」と言っていたが、そのうち通称の方が正式の名前になった男性3人のバンドだ。
Nsp
このブログでは、1~2年に一度、急に60~70年代の古い楽曲を取り上げるが、今回もその話だ。
以前にも書いたが、親父やお袋が古い音楽を、遠くを見るような表情で聴いているのを見て「どこが良いんだか」と思っていた。
おそらく今は、私たちが「この頃の音楽は良いよねぇ」と言っている曲を聴いて、若い世代が、やっぱり「どこが良いんだか」と思っているのだろう。

この「NSP」は1972年のデビューとのことで、いわゆるフォーク全盛のころにラジオなどで耳にした。
「さようなら」「夕暮れ時はさびしそう」
などは、超有名でテレビにも出ていたし、とてもヒットした曲だ。

でもヒットしすぎたからなのか、彼らが割とテレビに出ていた影響か、「すごく好き」と意識したことはなかった。
この時代のフォークは、「俺たち世代の音楽」という意識が強く、テレビなどの露出が多いと「ちょっと違う感じ」と捉えていた。今思えば、それはとても勘違いなのだが。
だから、2005年にこの「NSP」の天野滋が亡くなった時も、「ああ、亡くなったんだ」という程度の感覚だった。

昨年の12月に、「NSPの線香花火って、どんな曲だっけ?」と思い、YouTubeで探してみた。
同時に、他のNSPの曲も見つかり改めて聞いてみると、もうずっと記憶の彼方に忘れていた「好きな曲だったなぁ」を思い出した。

「あせ」「お休みの風景」「赤い糸の伝説」「線香花火」「八十八夜」「愛のナイフ」「漁り火」

この中で「八十八夜」は以前に見つけていたので、覚えていたが「お休みの風景」を聴いた時に、「あったぁ~~こんな曲」とちょっぴり胸がキュンとなった。

あの頃は「愛」とか「別れ」とか「二人」とか。
そんな言葉がとてもピュアなことだと思っていたし、きっと世間的にもそう思われていた時代だったのだろう。
今、そんな詞を聴くと、ちょっと浮いた言葉に感じるのは、年齢のせいか時代のせいか?

そして音楽のリズムも、やっぱり私たちの年齢に合っていて、スッと身体の中に入ってくる感じがする。
いずれにしても、今の時代には感じられない叙情的な曲を得意としていたNSPの音楽が、心地よいなぁと思う今日この頃だ。

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2014年11月19日 (水)

高倉健 逝去

今年の4月に「良い顔の年齢」 で高倉健のことを書いた。

その「高倉健」が亡くなった。
そして実にあの人らしく、マスコミで公表される1週間も前に、病院でひっそりと亡くなったと報道された。

Takakuraken_3このブログでは何度か『日本映画は「高倉健」と「緒形拳」の二人のケンが交代で映画に出ている』という海外での日本映画批評の話を紹介した。
その「緒形拳」も2008年に亡くなり、ブログでも「復讐するは我にあり」緒形拳 逝去」 で紹介したが、これで二人ともいなくなってしまった。

4月の「良い顔の年齢」 の時にも書いたけれど、この人は私のある時代の作品が好きだった。
そういう意味では「もうこれで年老いた高倉健を見なくて済む」という思いがなくもない。

とは言え、マスコミで言われるように「あの人らしい、さまざまなエピソード」を耳にすることが無くなるのは、残念な気がする。

4月の「良い顔の年齢」 には、幸せの黄色いハンカチ」「遥かなる山の呼び声」「駅・STATION」「居酒屋兆治」あたりの作品が好きだと書いたが、その中でも「遥かなる山の呼び声」は、何度も見たし、そしてラストは涙する。

ラストシーンを知っている人も多いと思うが、列車の中で倍賞千恵子が健さんに渡すハンカチが「黄色」だという山田洋二監督の「くすぐり」も、涙を誘う要因にもなっている。

今度の3連休に、また見てみようかなぁ。

合掌

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2014年8月 4日 (月)

深川澪通り木戸番小屋

年に1回くらい「新しいシリーズ本はないか?」と思う。
この場合の「新しい」は発刊という意味ではなく、私自身が「読んでいない」ことなので、初版発行が昔のモノでも構わない。Fukagawakidoban

5月くらいだったか、そんなことを思いながら本屋で物色していた。
昨年の10月に紹介した「みをつくし料理帖」のことが頭の隅にあり、ふと「澪」という文字が目にとまった。

作家は「北原亞以子」さん。
知らないなぁ~~と思い、でも数冊のシリーズになっているようなので1冊試しに買ってみた。
なんとも「しみじみ」とする話で、気に入ってしまい、残りのシリーズも買おうとしたが、ない。

あとで気付いたが、ないのは当たり前。
すでにテレビドラマになったり、漫画化されたりしていて、昔に話題になった本らしいし、作家本人も昨年亡くなっていたりして、今「旬」でないことは確かだ。

困ったなぁと思いつつ「ブックオフ」に行ったら、全部あった。
こういう点は「旬」が過ぎていると、お金的に助かる。

やれやれと思い、じっくりと読んでいる最中なのだが、何が面白いとなかなか説明できない話なのである。
深川の「木戸番小屋」の老夫婦を中心とした、実に淡々として、そしてしみじみとした話が連作で続いていく。

老夫婦の名前は「笑兵衛とお捨て」
もう名前からして「本名じゃないのだろう」と思わせる。
私は男だからだろうか?お捨ての「笑窪のできる手ところがるような笑い声」を想像しながら読むのだが、きっとその姿や声がとても「癒して」くれるのだろう。

今までたくさんの江戸時代小説を読んでいるが、ここまでごく普通の江戸時代の市井の人を見るような話は、ちょっと珍しい。
最近、ちょっとうれしいきっかけから志の輔落語を聞くようになったが、この「深川澪通り木戸番小屋」は落語の「しみじみとした世界」に近い話なのかもしれない。

また新しい楽しみが出来た。

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2014年7月28日 (月)

ゴジラを考える

一時期「Favoriteシリーズ」としてお気に入りの物を紹介していた。
その中で音楽的な視点から取り上げたことはあったが、なぜか「ゴジラ」そのものをブログに載せたことがなかった。Godzila

今年は「ゴジラ生誕60周年」とかで、スカパーの「日本映画専門チャンネル」では春前から「5の付く日はゴジラの日」として、全作品を「デジタルリマスター版」を放送している。
そしてNHK-BSでも初代の「ゴジラ」を放送したり、ゴジラ音楽作曲家の「伊福部昭氏」を紹介した番組が流れた。

私が「ゴジラ」を見た最初の作品はシリーズ3作目の「キングコング対ゴジラ」だった。当時はわが家の裏に映画館があって、そこに連れて行ってもらったような記憶があるが、映画館の中の記憶がない。
ただ、その後チラシの裏に、ゴジラの絵ばかりを書く子供になっていたことは確かだ。

そしてその後、「モスラ対ゴジラ」「地球最大の決戦」「怪獣大戦争」など、一番人気の高かった頃に、小学生だった私は、もうハマりにはまっていた。

こちらも思春期を迎え、そして大人になり、自然とゴジラから遠くなっていったのだが、「平成ガメラ」の3部作で再度「怪獣映画」に惹き込まれていった。
しかし、なぜか「平成ゴジラ」は、どうにも面白くない。
それは、なぜか??

初代のゴジラはまだ戦争や水爆実験が生々しく「放射能の怖さ」「人間の疎かさ」など、とてもヒューマンなテーマだったが、そのうち子ども向けになり、さらに平成シリーズでも「核」というキーワードで展開するのだが、どうも現実感がなく、要は「話としてつまらない」映画だったということだと思う。

冒頭に書いたように今年「ゴジラ生誕60周年」を迎えた。
その年に、ハリウッドでゴジラが制作された。
まだ見ていないけれど、出演した渡辺謙がインタビューで言っていた。

「福島原発事故を経験した日本人が、本当は創らないといけない映画だ」と。

確かにそうなのだ。
初代ゴジラは、ビキニ環礁の水爆実験での死の灰を浴びた「第5福竜丸事件」が起きたことがきっかけに生まれた作品だ。
あの頃の日本人や日本映画には、そんな現実事件をモチーフにする強さがあったのだろう。

そしていつしか日本人は、本来のゴジラの持っていた強いメッセージ性を忘れ、単なる「怪獣」の象徴に置いてしまい、さらには「原発事故」に対するメッセージを発信することもなくなってしまったのかもしれない。
本来、映画は時代の空気に敏感でなくてはいけないのに・・・・・

ゴジラは他の怪獣とは違う。
幼い頃には、分からなかったけれど、57歳をまもなく迎える歳になって、改めて「なぜ、ゴジラは60年続いたのか」を考えてみると、意外なことに気付くのであった。

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2014年4月28日 (月)

着物始末暦~中島要

昨年の10月に「お気に入りの小説作家遍歴」 という記事を書き、その終わりに高田郁さんの「みをつくし料理帖」が面白いと紹介している。Kimono

その後も読み続け、春に最新刊が出たが、その巻末には「次回で最終巻」と書かれており、楽しみなような惜しいような気持でいる。

正月に実家に寄り、兄貴にこの本が面白いと話しており、春に「豊島屋の白酒」を通販で送ったら、「みをつくし読んどるよ」とメールが返ってきた。
ちなみにこの「豊島屋の白酒」は、佐伯泰英氏の江戸時代小説「鎌倉河岸捕物帖」に出てくる江戸名物だ。

「みをつくし料理帖」が次回で終わることも少し頭の中にあって「何か新しいシリーズはないかな?」と思っていたら、この本に出会った。

「着物始末暦」
江戸時代小説を読み始めたのは、40代だったから、もう10年以上も読み続けているが、長く読んでいると、いろんなことを覚えていく。
一番大きいのは江戸時代の地名。
今では、大体今のどの辺りなのか分かるようになって、逆に「良くこんな距離を歩いて移動するなぁ」なんて思う。

あとは風習や当時の商売、武士俸禄の仕組みなどなど。
「札差」なんて今ではなくなってしまった商売だが、武士の俸禄と江戸時代の商売の両方が分かる仕事だ。

その中の1つで「着物の柄」がある。
私自身、服装に興味がある方ではないが、やたらと出てくる柄や色の名前は気になっていた。
色の方は自分の仕事の関係で「日本の伝統色」の名前や色を知っているので、そうでもないが、柄は知らない。

おそらく友人の揚巻さん は、その方面の専門家なので、聞けば一晩中でも語ってくれるだろうが、本を読んでて「この柄って、どんなのだろう?」とわざわざ調べるほど興味をもっていなかった。

ところがこの「着物始末暦」は、巻末に簡単な「柄解説」が載っている。
これが興味をそそって、1冊買ってみた。

主人公は天涯孤独な着物の「始末屋」
普通、染や直しなど江戸時代特有の「分業制」で行う着物の始末(今で言えば修繕とかリサイクルとか)を、たった1人で、天才的に仕上げてしまう才能の持ち主だ。

タイトル通り、話の中心は「着物」になるけれど、読み続けていくと「着る人の気持ちをどう受けとめるか?」という人の心の話になっていく。

現在3巻まで出ており、そこまで読んでしまっているが、これからこの話がどう変わっていくのか、楽しみながら、少し着物の柄や色のことが分かるようになれば、好きな浮世絵鑑賞も一味違ってくるかもしれないと思っている。

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2014年4月 7日 (月)

大浮世絵展

行ってきました。Daiukiyoe
年の初めに東京でやっていることを知っていましたが、私の住む街にも3月には周ってくると知って、楽しみにしていました。
たまたま会社の関係で購読しているY新聞が後援にいるようで、招待券がもらえたのもラッキーでした。

少し前に、我が街にあるB美術館でやっていた「北斎展」は3回シリーズの最終で、楽しみにしていたのに、意外と良い刷りのがなく、さらに「北斎」というだけで、物凄い人が来場していて、行儀よく並んでいると、少しも見られず、少々がっかりでした。

そんな経験もあり、さらにこの「大浮世絵展」は私の住んでいるマンションの近くだったので、気合を入れて会場前から並んで入りました。
会場15分前に着いたら、チラホラ人がいる程度。
さすがに早かったか?と思い、散歩がてら5~6分時間を潰して戻ってきたら、もう列が出来ていました。

それでも開場とともに入って、すぐのところに有名な「見返り美人」が。
ものすごく状態が良く、色も綺麗で超びっくり!!
しかも早く来たおかげで、真ん前に陣取って、ゆっくり鑑賞。

他にも錦絵から浮世絵の、もう有名な作品が、しかもすごく良い状態のモノばかり、もう豪華絢爛のオンパレード!!!
何でも今回の「大浮世絵展」は、「国際浮世絵学会 発足50周年」を記念して、日本中そして海外から名品を集めて一挙に展示。

だから、どの作品も今まで見た中で、一番状態の良いモノばかり。
大好きな北斎も、そして浮世絵と言えば歌麿も、広重も、さらには写楽など有名な作品が最高の状態でお出迎えしてくれました。

そしてどの作品にもカブリツキ状態で鑑賞。
後半の明治・大正時代の浮世絵(と言うか版画絵)や昭和時代の物もあって、また1つ楽しいものを見させてもらいました。

一通り見終わって、最初の方に戻ろうか?と思ったけれど、物凄い人の数で諦めて、じっくり楽しんだ1時間半の鑑賞至福の時を噛みしめながら、会場を後にしました。

ずっと以前に伊藤若冲やゴッホの時に、今回のように開場を待って入場したことがあるけれど、やっぱりじっくり見るには、こうやって「ちょっとだけ早起き」していくのが一番。

Y新聞の招待券は、もう1枚あるし、3度展示内容が変更されるらしいので、5月の会期まで、もう1回行って見ようかと思っています。
満足満足。

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