2019年9月 9日 (月)

「世界は1つ」は幻想なのか

「中国とアメリカ、アメリカと北朝鮮、日本と韓国、ロシアと日本」などなどアジア中心に、ゴチャゴチャしている。20190909  
そしてこのゴチャゴチャは、どこかの国の大統領や首相の「一言」でどんどん複雑化していく。
なので、今これを書いている時期とは状況が違っているかもしれない。
自分が「日本」という極東で生活していて、どうしてもそちらに比重がいっているニュースが目に付きやすいせいなのか、この「ゴチャゴチャ」は東アジアが中心になっている気がする。
(もっとも、イラン・イラクなど中東も相変わらずゴチャゴチャしているが)

それぞれの国の言動だったり、特に韓国については個人的にイロイロ感じるし言いたいこともあるが、そんなことを書いても、何の解決にもならないので、やめておく。
ただそんな「ゴチャゴチャ」が活発な昨今、ふと思うことがある。
ここ数年、同じようなことを感じる事が多いのか、過去の記事を調べたら、2016年からこの傾向のことを書いている。

私が生まれたのは、戦争が終わって12年経った頃だ。
そのためまだまだ日本中が「戦争の悲惨さ」を身近に感じていたし「平和」という状態を心の底から求めていた時代だ。
私の生まれた街は、当時革新系が強く、さらに日教組も超強い時代だったために、小学校でも「反戦」的なことを先生から言われたことを、今でも覚えている。
小学校6年生の時など、ベトナム戦争の悲惨な写真をホームルームで先生から見せられたくらいだ。
そんな時代だったから今では「常識的に感じている」日米安保だって、毎日反対運動を繰り返していたし、学生運動も活発だった。

アメリカに「トランプ」という大統領が登場するまでは、「平和を第一に考えよう」という考え方が世界を占めていたし、「地球は人類みんなで守ろう」という「グローバルな感覚」が主流だと思われていた(多少、きれい事的な感じであるが)。
経済も「国 対 国」ではなく「EU」のように「共同体」で対応しようとして「各国の都合」より「グローバル」を優先させるようになっていった。
「これから世界は1つにまとまっていくんだろうなぁ」と思った時期もあった。

しかし「トランプ大統領」が登場したら「自国第一主義」に一気に舵が切られ、あっという間に世界の雰囲気は変わってしまった。
最初に挙げたそれぞれの国々の「ゴチャゴチャ」を見ていると、「トランプが登場したから」とも言えない気がする。
元々人間には「自分たちが一番大事」ということが本能的にあるわけで、ある番組でも中野信子さんが「脳はそのように判断する」と話していた。
それを「道徳」とか「後天的に教えられた教育」とか、そんなもので「理性」としてバランスを取っているだけで、本音の部分は「トランプさんに賛成」ってのが多いのだろう。
そうでなければ、ここ数年の間に雪崩のように変化していく世界情勢は説明しようがない。

残念ながら人間という生物にとって「世界は1つ」というのは、幻想に過ぎないのではないかとこのところ思わざるを得ない。

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2019年9月 2日 (月)

エアコンとシャワーがあることの幸せ

9月になった。20190902_20190805131901
私の住む地方は、夏が暑いことで有名だ。
日本で暑い夏と言えば「京都」が有名だが、私の住む地方も負けないくらい暑い。 
元々岐阜の山奥の出身なので、夏の暑さには強くない。
暑いだけならまだ良いが、私の住む地方は「湿度」も高い。
若い頃、デパートから外に出たら、湿度で「眼鏡が曇った」のに驚いた経験がある。

そんな暑い環境の中、このブログにも書いたが、昨年から自転車通勤を始めた。
おかげで、朝会社に着いた時には「汗びっしょり」になるし、帰宅した時も「シャワーに直行」する。
そんな時「若い頃から比べれば、贅沢な暮らしになったものだ」と毎回思う。

高校を卒業したあとしばらく働いたが、デザインの学校に入り直した。
その時は6畳トイレ付きの古いアパートで、バイトしながら暮らしていた。
今から40年くらい前なので、まだまだエアコンは「ちょっと贅沢な家電」という感じだった。
すでにクルマにはエアコンもしくはクーラーは付いている時代だったので「クルマの方が涼しいなぁ」などと言ったりしていた。
ただ、今のように連日「35度を超える」ような「猛暑日とか酷暑」なんてのは、超珍しい時代だったので「暑いなぁ~~」と思いながらも、何とか寝られていたし、暮らせていたと思う。

さらに、そんなアパート暮らしだったので、当然「風呂」なんて付いていない。
だから夜に「銭湯」に行って汗を流す。
でも帰ってきて暑いアパートにいると、また汗ばんでしまうという感じだった。

その後、転居したり結婚したり離婚したりなど目まぐるしく住まいは変わっていく。
特に離婚後は、またまた6畳トイレ付きの古いアパートに逆戻り。
さらに2階に住んでいたので、夏の夜など、とても寝られるような状態じゃなかった。
その後も転居は続いたが「風呂」はともかく「エアコン」は、どうしても「贅沢品」の感覚があり、今のマンションを中古で購入した時に、やっと各部屋にエアコンを付けてみた。

だから家にいれば「エアコンがあって涼しく」、汗ばめば「いつでもシャワーを」なんて暮らしになったのは50代になったからだ。
昭和30年代の前半に生まれた私は、この「エアコンとシャワーがある生活」をとても恵まれていると感じるし、「贅沢な暮らし」とも思う。
当然、今のような灼熱の夏となる時代、適切な冷房施設がないと命に関わる。
シャワーはともかく「エアコン」「贅沢品」ではなく「命を守る設備」になったようだ。
帰ってきて、シャワーを浴びエアコンで涼した部屋にいるたびに、そんなことを思いかえす夏も後半に差し掛かってきた。

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2019年8月26日 (月)

残っていた北恵那鉄道の映像

7月の終わりの日の朝。20190826
いつものように出社前に新聞を見ていたら、TV欄に「岐阜の山奥に奇跡の廃線」との見出しがあった。
案内は鉄道マニアとして有名な俳優「六角精児」とある。
「もしかすると我が故郷のあの路線のことかな?」と思ったので録画予約して出かけた。
帰宅して観ると、やっぱりそうだった。
わが故郷に高校生の頃まであった「北恵那鉄道」

番組は、その廃線跡を巡るもので、最後に映った「奇跡の鉄橋」は、私が住んでいたところから、クルマで5分の場所にあるものだった。
20分くらいのコーナーだったが、途中流れたVTRは私の卒業した高校が制作した8mm作品だった。
動く「北恵那電車」、そして「私の街にあった駅に乗降する客」、子供の頃に見ていたシーンがそのまま映されて、どっぷりと懐かしさに浸った。

「北恵那電車」は「中津町から下付知」まで「付知川(番組では木曽川と言っていたが、本当は支流の付知川)沿い」を走る鉄道だ。
お袋の実家が途中駅である「苗木」だったので、小さい頃は良く電車に乗った。
子供にはよくあることで「大きくなったら北恵那電車の運転士なりたい」と思ったものだ。
ちなみこの「苗木」は、近年「苗木城」が有名になった。私の子供の頃は、石垣だけが残りウッソウとした荒れた城跡だったが。さらにこの「苗木」あたりは江戸時代には「遠山の金さん」で有名な藩だ。
今でもあの地方には「遠山姓」は多い。

子供の頃、車酔いが激しくて「車に乗って出かける」と思うだけで憂うつになる子供だったが、この「北恵那鉄道」は酔うこともなく楽しくて仕方ない電車だった。
もっともTV番組でも言っていたが「時速40km」でゴットンゴットンとゆっくり走っていたので、酔うほどのことはなかったが。
山並みを縫うように線路があり、そこを1両か2両で走る。
小さい頃は、年に1回「くりもと」というところに家族全員で出かけ、付知川で泳いだりして1日楽しむことが恒例行事だった。
この「くりもと」もTV番組で「廃駅」として出てきて、当時の写真も映され、懐かしさ倍増だった。

私が高校卒業する頃までは存続していたので、付知方面から通学してくる同級生はみんな「北恵那電車」に乗っていた。
お袋の妹である叔母は「北恵那電車は昔満員だった」と小さい頃話してくれた。
真偽は不明だが、その叔母によると「登り坂で電車が停まりそうになると、男子学生が外に出てみんなで押していた」というから、全くのんびりした時代だし、TVで言ったように「日本の原風景」だったことは確かだ。

私の卒業した高校が制作した8mmビデオが「YouTubeにないか?」と探したらあった!
制作年を見たら、私が卒業したすぐあとに造られていた。
よくぞ残してくれたものだ。
そして、こういうものがネットを通して観られるなんて、とても幸せな時代である。
やはり映像はすごい。一瞬にして50年以上前の風景が記憶に蘇る出来事だった。

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2019年8月19日 (月)

還暦過ぎての手習い

先週、めでたく(?)62歳となった。
60歳を迎えた時には「還暦」とか「定年退職」とか節目めいたワードが周辺を飛び交って特別感があった。
だから再雇用となりこのブログにちょくちょく近況を書いているように、おかげさまで、多忙な日々を過ごしていて、最近では給料が減ったことや責任が小さくなったことにも慣れ、変わらぬ「日常」を過ごしている感じだ。20190819

そんな60歳を2年超える頃に、少し新しいことを始めた。
それは「鍵盤楽器」を購入して弾き始めたことだ。
突然に見えるかもしれないが、そうではなくて、ずいぶん以前から「少しは弾けるんじゃないかなぁ」とぼんやり思っていた。
このブログでも書いたかもしれないが、私はアコースティック・ギターを少し弾く。
ギター歴は兄貴の影響で、初めてギターに触ったのが小学性の頃とかなり長い。
けれど、本格的に習ったわけでもなく我流だし、どちらと言えば「弾きながら唄う」ことが好きで、それも「人前でやりたい」と思う方でもないので、年数の割には「そこそこ」の腕前だ。

昔々だと吉田拓郎やかぐや姫など、みんな「ギター」を抱えて唄うのが基本形だったが、オフコースなんか出始めてきたらピアノなどの「キーボード」の弾き語りというスタイルを見るようになった。
元々クラシックな感じの「ピアノ」には興味がないが、鍵盤を「コード」で弾くことには「どうやるんだろう?」と思 っていた。
中学校の音楽の授業で「ドミソ」の和音「C」というコードだと習ったことは覚えていたので、鍵盤でも「コードが判れば、それっぽく弾けるんじゃないのか?」と思うようになった。

いろいろネットで調べたり楽譜なんかも見たりしたが「結局楽器がないと分からないなぁ」となり、通販で検索してみた。
そうしたら、意外と安価で多機能な「キーボード」が数多く販売されているのを知った。
プロやバンドの人が使う「ローランド」のような本格的なものじゃなければ、「カシオ」「ヤマハ」でそれなりの鍵盤数と機能のモノを発見。最後は「やっぱり楽器メーカーだよね?」「ヤマハ」のものを選んで購入してみた。

頼んですぐに届き、セットして鳴らしてみた。
全く説明書を読まずに、いろいろボタンを押すと、様々な楽器音はするし、リズムも刻むし、コードもサポートしたり、本当に多機能だ。
性格的には「まずは触ってみよう」と、ネットで「鍵盤コード」の一覧表を見つけて、今までギター用のコード楽譜を使って弾いてみた。

ちょっと難しいコードになると「コード表」を見ながらでないとお手上げだが、左手でベースを弾きながら、右手てコードを押さえることは何とか出来そうだ。
試しに吉田拓郎の古い名曲「どうしてこんなに悲しいんだろう」を弾いてみたら最初の4小節が「おお!レコード(違うかCD?)と同じ音だ!!」と1人で感動してしまった。

キーボード特有の右手と左手の違いに戸惑ったり、ギターだとカポタストを使うことで音の高さを調整出来るが、キーボードはそれが出来ないので、コード変更しなくちゃいけないなど、戸惑うことも多い。
でも60歳過ぎても、新しいことが出来るようになるとは、ちょっと嬉しい。
キーボードはギターと違って、「ヘッドホン」をすれば、音が出ないので、夜弾いても近所迷惑にならない。
おかげで今は、思いつくとキーボードの前に座っている。

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2019年8月 5日 (月)

今年のモータースポーツは面白い

最近は、とんと話題に載せないが、一時期モータースポーツ観戦は「趣味」と言っていたくらい、頻繁に出かけていた。
私の住んでいる地方からクルマで1時間半くらい行けば、有名な「鈴鹿サーキット」に着く。
当時でそうだったが今は「新東名高速道路」も出来たから、もっと速く行けるかもしれない。
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その頃よく遊んでいた仲間が、みんなモータースポーツ好きだったせいもあり、ある年など毎月のように「鈴鹿サーキット」に出かけていた。
「F1」はもちろん、バイクの最高峰レース「WGP」や有名な「8耐」、その他にもいろんなレースを、予選から見たりした。
転職やいろいろな理由で、その頃の仲間とは疎遠となり、さらに年齢的にもきつくなったので、最近はサーキット場に出かけないが、それでも興味はある。

なので、機会があればTV観戦したり、ネットの情報を読んだりするが、今年はなかなかモータースポーツが面白い。
「F1」はホンダのエンジン(今はパワーユニットと言うが)供給チームが表彰台に上がったり、優勝したりすると一般のニュースにも取り上げられるので知っている人もいるだろうが、そんなニュースを見ると、ちょっとソワソワする。
「F1が面白そうだなぁ」と春先くらいから思っていたら、他のレースも今年は面白い。
たまたまTV放送(BSだけど)でやっていたので観ていたら、ラストにとてもドラマチックなレース展開を目撃した。

●インディ500
「インディ500」は有名なアメリカのレース。
オーバルと呼ばれる楕円形のコースをひたすらトップスピードで500マイル疾走するレースだ。
今年は、ラスト20周で大きな事故があり、一時「赤旗中断」となった。
日本人ドライバーの佐藤琢磨選手は、前半最下位近くまで落ちるが、ここまで徐々に上がっていた。
そしてレース再開。
リスタートの混雑の中、うまく佐藤琢磨選手が上位に入り、あっという間に3位に。
実況は「佐藤が!」と絶叫していたが、それよりも1位と2位のトップの取り合いが無茶苦茶面白く、チェッカーフラッグが振られるまで、どうなるか分からないレースだった。

●鈴鹿8耐
これはバイクレース。
鈴鹿サーキットを8時間走り続ける「超有名な」レースだ。
ライダーは2~3名で交代するが、レースする方も観戦する方も暑い夏の中「耐久」しなくちゃいけない厳しいレースだ。
これもBSでやっていたのでTV観戦したが、ワークスと呼ばれるホンダとかヤマハ、カワサキなどバイクメーカーのチームの力が拮抗していて、この3チームがトップを争い続けるという面白い状態だった。

この8耐では名物だが、日没後の薄暮から暗くなっていく頃には、いつもレースの大勢は決まるのだが、今年は違った。
カワサキのライダーが猛追し、逆転。
「これでカワサキが超久しぶりの勝利だ」と思っていたら、他のバイクがエンジンブロー(エンジンが壊れること)。
このバイクも「世界耐久」のチームで、このままなら年間優勝が決まるはずだったが、残り数分でエンジンが壊れた。

またコース上に部品が落ちていて、これに乗り上げたバイクが転倒、そのすぐ横をトップのバイクがギリギリで通り過ぎるという紙一重の場面。
さらにエンジンブローしたバイクがしばらく走ったために、コース上にオイルがバラ撒かれる。
TVの解説は「これは危ないから、セーフティカーを入れた方が」と言っていたが、まもなく8時間のゴールになりそうになり、トップのカワサキが「ラスト1周」に突入。

「あとは慎重にゆっくり1周すれば優勝だ」と思って観ていたら、なんとオイルに乗ってトップのカワサキが転倒!その直後に「赤旗中止」となりレースは8時間を超えて終了した。
「えっ、結局どこの優勝?」と思ってしばらくTVを観ていたら、20数秒あとを走っていた2位のヤマハが優勝との発表。
どうやら「レース終了後、5分以内にバイクが戻っていない」という規定で、カワサキは失格になったとか。
でも「赤旗中止の場合は、その直前までの順位で」というルールもあるんじゃない?と思って、その日は終わった。

翌日ネットで観ていたらカワサキから抗議があり裁定は覆ったとあり「20数年ぶりのカワサキ優勝」は達成されようだった。
最後はちょっと後味が悪かったけれど、レース自体はものすごく面白く「またいつかレース場に行こうかな」と思わせる内容だった。

F1がブームだった時、イタリアのレースで「孫を連れたお爺ちゃん」がレース観戦に来ていたシーンがTVに映り「あんな年齢になってもレース場に行けたら良いなぁ」と思ったことを思い出した。
面白いレースを観ると、やっぱりちょっとウズウズするが、これからもこんな面白いレースが続くとイイなぁと思う今年のレース状況だ。

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2019年7月29日 (月)

頑張れ!ついて来る世代

5月後半から7月にかけて、結構忙しい。
この忙しさは本業の方よりも、ヘルプで依頼される経営系のサポートの影響が大きい。20190729
そもそも総務や人事や経営企画などの組織があるこの経営系部門は、4~6月の第1四半期がとんでもなく繁忙期になる。

まず新年度が始まる。これは「入社式や人事異動、組織変更」、それに伴うあらゆる事務手続きやツールへの対応がある。
そして「決算」があり、やはりそれに伴う事務手続きやツールへの対応。その続きとして「株主総会」という企業にとって1~2位を争うビッグイベントがある。
私はこれらのうちの広報的なツールに対するサポートを行っているのだが、先に挙げた「総務」「人事」「経営企画」の3組織からそれぞれの依頼が来るので、堪らない。

再雇用時に、私の希望を聞いてもらい望んでサポートをしているのだが、最初よりも年々依頼が増えている。
私の前の席には在籍する組織の本部長がいるが、そのような状況を見て「ちょっと異常だよ。頼りにし過ぎじゃない」と言っている。
「そうだねぇ」と言ってはいるが、私としても「再雇用」なので、頼られないと困る立場でもある。

今、我が社はあらゆる部門で世代交代が進行中だ。
この「経営系部門」も同様で、今まで経験と能力によって判断され、うまく運営していた部門長クラスが次々と定年になり、新しい「ついて来る世代」に変わりつつある。
この「ついて来る世代」を見ていると、まだまだ意識が「課長の延長」的な部分が多く、サポートしながら「これは、指示を出して部下を動かさないと」と言ったり、「出来ないのは、分かるけれど、部門のトップだから対応しないと」と話たりする。

そういう私の姿を先の本部長が見ていて「現役の時と比べて、仏様のように優しくなったね~」と言ってきた。
そりゃそうだ。
その「ついて来る世代」が育とうと育たなくても、私には何の責任もない。
さらには「この子は、能力的に厳しいなぁ」と期待せずに話しているので、結局出来なくても腹も立たない。

来月で62歳になる私は、再雇用の再々延長となる(と思う)。
時間というのは残酷なもので、「ついて来る世代」がちゃんと職務を全うできる能力が身に付いてなくても、今まで文句を言いながらでも頼ってきた上司は、時が来ればいなくなるものなのだ。
私としては、折りに触れ「こういうことが出来ないとダメだよ」と言ってあげられるくらいで、あとは作業的なサポートに対応するだけ。
そして、こう祈ってやるだけだ。

「頑張れ!ついて来る世代たちよ!!」

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2019年7月22日 (月)

「ブログサービス改悪の見本」の悩ましさ

今年の4月に「便利なのか?不便なのか?」の中で、少し触れたがこのブログのサービス提供している「Nifty」が大規模なシステム改修をした。20190722  
いくつかの不具合があったとその時に書いたが、未だに不具合というか「前の方が良かったのに」と思うことが多々ある。
これは私だけなのかと思い、ヘルプページや質問コーナーを見ると私と同じような不満をぶつけている人たちが多いので、今回のシステム改修は「ユーザー目線」としては「改悪」の失敗なのだろう。

私のブログは次のようなステップで作っている
1=まず文章をWordで作成
2=関連する画像を決めて、大きさや解像度を整理
3=ブログ編集画面に文章をコピー&ペースト
4=関連する画像を配置
5=文字の大きさや太さ、色などを編集
6=公開する日時を決めて登録

今回の改修では、文字の大きさがそれまでの「5種類」から「ポイントサイズ指定」となり、よりキメ細かく設定できるようになった。
それは良いように見えるが、今までの「5種類」で困っていなかったので却って面倒になった。
そもそも今までの「標準」っていうもののポイントサイズが良くわからないので、探り探り設定した。
文字の設定は、そのうちに慣れたので良かったが、今度は画像の設置。

これまでは「前回と同じ設定を利用」を使えば、毎回位置の設定をすることがなかったの、毎回設定しないといけない。
さらに配置してみると文字と画像のスペースがほとんどなく、くっついて見える。
「どこかに、このスペースを設定する画面はないか?」と探しまくったが見つからない。
仕方ないので、画像側の上下に少しスペース足して、アップロードするようにした。

このような「編集してアップロード」の操作は、何度かやっているうちに少しずつ慣れてきたから、最初の時ほど戸惑わなくなった。
問題は「アルバム」である。
このブログの左にはどこかに出かけた時に撮影した写真を「アルバム」として掲載している。
以前のシステムだとあらかじめ用意されたデザインを利用して、それなりに「アルバム感」のある見え方で載せられた。
ところが今回の改修では、全く無味乾燥的なもので「単に写真が並んでいるだけ(今回掲載している画像がそのアルバム)」になってしまった。
私の場合「2006初夏_京都」から始まり34個ものアルバムを載せてきた。
これらすべてが「単に写真が並んでいるだけ」のアルバムになってしまい、13年にも渡って積み上げてきたものが、一瞬で崩れてしまった。

仕事柄「良くないシステム改修」の話を聞く機会は多いが、これはなかなか「改悪の見本」のような状態である。
とは言え、今さら他のブログサービスに移設するのも大変だろうし、悩ましい気持ちで続けている。
「2006年から続いたブログをやめる」
「もっと使いやすいブログサービスに移設」
「このまま我慢して使い続ける」
さて、どのような選択が良いのだろう?

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2019年7月16日 (火)

追いつかない人事制度

7月になり夏の賞与の時期だ。
その前の6月は、その賞与の査定時期だ。部長職だったころは、その査定にも関わっていたが、最近は余剰予算がないので、個人差を付けるのに苦労しているようだ。20190708  
やっぱり企業としての成績が良くないということは、あらゆることにマイナスの影響が出るようだ。
と、他人事的に書いているが、再雇用の身分になっていると、ほとんど関係ない。
でも、これ以上企業の業績が悪くなると「再雇用」すら危なくなるから「関係ない」とは言っていられなくなる。

今各企業は「働き方改革」真っ盛りだ。
我が社も私が定年になった頃から、「働き方改革の波」が大きくなった。
その影響で我が社の人事制度も、どんどん変わったり追加されたりしている。
それはそれで、時代の変化に追随していくので良いことだと思う。
でも、制度を変更しても、実際の社員という人間の理解力が追いつかない。
おかげで、そこら中が綻びだらけになってきている気がする。

例えば「昇格や昇級」
我が社は今まで「上司の推薦」で上がっていくのだが、それが結構曖昧で、部署や人によって基準点が異なっている。
結局「経営陣、とくに会長・社長が納得するか」で決まってきたが、それもそろそろ厳しくなってきている。
もうちょっと、自分に近い話になると「再雇用」のことも曖昧な部分がある。

我が社は希望があれば「62歳」まで延長されるが、それ以上の延長は「その都度の判断」と曖昧だ。
実際に70歳になっても「延長」でやってみえる人もあるが、それは「必要だから」という何だか分かったような分からないような話で決まっている。
もっともその人は、会長の運転手で、土日・深夜もあるため「もうきついから、辞めたい」と最近はこぼしているが。

さすが、このような状態は不味いと思うようになったのは、それまで「正社員」しかやってなかった「目標設定」を、この春から「再雇用者」にも実施することになった。
それは悪いことじゃないけれど、正社員の場合は、上司と面談して評価していくのだが、再雇用者の場合は設定するだけのようで、何の意味があるのかちょっと分からない。
まぁ、そのうち正社員並みにやっていくための布石なんだろう。

我が社も、これからどんどん再雇用者が増える。
国は「70歳まで雇用する努力を」と言い始めているから、世間的にも増えるのだろう。
そして人事規則もどんどん変わっていくのだろう。
結局、「正社員」にしろ「再雇用者」にしろ「必要とされる存在」になってなくちゃいけないなぁと思うようになっている。

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2019年7月 8日 (月)

山口百恵

令和になって2ヶ月以上経ったが、昭和の時代の話。
最近、ちょくちょくこのブログに出てくるインターネットラジオの「J-POP sakura」20190701   

懐かしいJ-POPが流れるので、仕事をしながら聞いている。
そこで「この曲良かったなぁ」と思い出されることが多いのだが、今回の「山口百恵」もその一人。

言わずと知れた「伝説の歌手」なのだが、どうしてもこの人の「代表曲」は後半のものが多い。
特に引退が近づいた頃の「秋桜」「いい日旅立ち」などが、彼女を紹介する時に使われるが、どうも個人的には違っている。

引退後、キルトの世界で有名になったし、息子たちが芸能人になったで、話題に事欠かなないが、なにせ本人は一度も公の場に出ていないので、余計に「伝説化」されてしまっている。
彼女が登場したのは、多分私が高校生の頃。
有名な「ひと夏の経験」は多感な年頃だった私たちには衝撃だった。
「あなたに女の子のいちばん大切なものをあげる」
こんな歌詞を中学生の女の子が唄っちゃっていいの?と思ったものだ。

その後、彼女はどんどんビッグになり、途中からは「宇崎竜童・阿木燿子」コンビの曲を立て続けにリリースし、不動の位置を確保した。
「宇崎竜童」という人には個人的に想いが強く、想い出もある。
「ダウンタウン・ブギウギ・バンド」で少し売れ始めた頃に、何回かライブに行った。
まだ駆け出しだった彼らは、ライブ後電車に乗って移動しており、偶然同じ電車に乗り合わせたこともある。

当時「宇崎竜童」は気に入っていたアーティストだったので、その曲を「山口百恵」が唄うというのはとても驚いた。
どうやら彼女自身の希望で、曲を書いてもらうようになったらしいが、それまでの歌手は「与えられたものを唄う」ものだったのに、この人の登場から「歌手からのリクエスト」で作曲者が決まるということが起きるようになった。

YouTubeなどで、彼女の初期の頃の曲を探してみた。
「禁じられた遊び」「青い果実」「ひと夏の経験」
「冬の色」「夏ひらく青春」「白い約束」
などなど「作詞:千家和也(つい先日、6月13日亡くなっていたとネットに発表されたが) 作曲:都倉俊一あるいは三木たかし」あたりの「ザ・歌謡曲」的な山口百恵が懐かしい。
山口百恵の声も10代で若々しいなぁと思ったが、芸能人ってのはある意味気の毒だ。
何年経っても、若い時の「声や歌や姿」がずっと残ってしまう。
これが自分だったら、とても恥ずかしくて見られない。
芸能人の場合は、そうでもないか?

昭和の伝説的歌手・山口百恵。やっぱり今でも輝いている気がした。

 

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2019年7月 1日 (月)

消費税アップのこと

昨年後半からニュースでは「ダブル選挙か?」と騒いでいたが、結局7月4日公示となった参議院選挙が始まる。
今回の選挙の争点は「年金と消費税(増税)」と言われている。20190701_20190627160301

この「消費税増税」の問題、いろいろ紆余曲折あって「軽減税率」を導入することになっている。
ある時「なんで、こんな軽減税率なんて面倒なことをするの?」と聞かれたことがある。

かなり不確かな記憶だが、もともとは「先進国が導入している(真偽はわからないが)」と言われている「生活必需品に対しての税率を低くする」という仕組みだったと思う。
「贅沢品の税金は高く、生活必需品は低く」というが、このモデルとなっている国々の消費税の平均は日本なんかより遥かに高い。

2002年に仕事の関係でヨーロッパの環境ツアーに参加したことがある。
その時にスウェーデンでは、消費税が26%+環境税と聞いて、びっくりしたという話は、このブログで何度か紹介した。
そういう国と単純に比較できないと思うが、先進国の中では日本の消費税は高い方ではないのは確かなようだ。

そんな状態なのになかなか消費税を上げずに「赤字国債」で賄っていると言われているが、なぜか選挙が近くなると「消費税アップ反対」という声が(国会議員も含めて)大きくなる。
そういう声に対抗するために、今回「軽減税率」を導入した感じだが、今度は冒頭に書いたように「なんで、こんな軽減税率なんて面倒なことをするの?」という声も出てくる。
そんな状況を見ていると
「めちゃくちゃ大赤字なのに、収入増やすために消費税上げようとしたら反対するので、こんな面倒な仕組みにしたんだよ!」と叫びたくなる。

「企業優遇をやめよ」という政党もいるが、そんなことしたら企業をコストカットのために「人件費」を削る。そして「人件費を上げよ」という政治家もいるが、そんなことしたら企業は立ち行かなくなって「働く場所」を無くしていくだろう。
「人件費を上げよ」「消費税アップは反対」「赤字は無駄遣いをやめれば無くなる」
60歳すぎるまで、ずっと同じ言葉を聞いてきたけれど、結局解決していない。
「反対のための反対」みたいな雰囲気に流されずに、きちんとした議論をすべきと思うのだが、現代のようにSNSで「表面的な言葉」だけで流される風潮だと、それも難しいと思える。
今のところ、とりあえず秋の消費税アップで、世の中がどうなっていくのか、見ていくしかないのかなぁ。
もうちょっと国の「収入と使い方」を真剣に考える人たちが増えても良いのじゃないかと思って7月を迎えた。

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