2017年7月18日 (火)

若い頃と今の音楽

ちょっと前回の続き的な内容。20170718_yowakaino

YouTubeで古い唄、と言っても吉田拓郎とか中島みゆきとかジャンルはある程度絞られるが、聴いているうちに前回も書いたように、忘れていた曲や未発表の曲や、別バージョンなど新たな出会いにぶつかることがある。

そんな今から45年くらい前に聴いていた音楽を今聞くと「な~~んて理屈っぽい詩だったんだろう」と思う。
吉田拓郎なんて人は、その典型で「マークⅡ」には

♪年老いた男が 川面をみつめて 時の流れを知る日が 来るだろうか♪

なんて、妙に老成というか達観したような「世の中を斜めに見ている」ような詩だ。
私自身、「世の中を斜に見ている」と言われたことがあったが、そんな音楽ばかり聴いていたからかもしれない。

他にも「イメージの詩」なんかは、

♪これこそはと信じれるものがこの世にあるだろうか
  信じるものがあったとしても信じないそぶり
  悲しい涙を流している人はきれいなものでしょうネ
  涙をこらえて笑っている人はきれいなものでしょうネ♪


とか

♪古い船には新しい水夫が乗り込んで行くだろう
  古い船をいま動かせるのは 古い水夫じゃないだろう
  なぜなら古い船も新しい船のように新しい海へ出る
  古い水夫は知っているのサ新しい海のこわさを♪


なんて感じで、もうグダグダと「理屈っぽい」
まぁ、この曲は拓郎が準ちゃんとの恋にやぶれた失恋の唄で、本人も「グダグダ言ってる曲」と話しているが、当時は聴く側が勝手に偶像として聴き「反体制的な」イメージとして聴いていた。

じゃ、最近の音楽は?
YouTubeを巡っていくうちに「竹原ピストル」という名前に行き着いた。
「ピストル」ってと思っていて聴いてみたら、CMで聴いたことがある曲だった。
それは「よー、そこの若いの」。

♪とかく忘れてしまいがちだけど とかく錯覚してしまいがちだけど
  例えば桜やらひまわりやらが特別あからさまなだけで
  季節を報せない花なんてないのさ
  よー、そこの若いの 俺の言うことをきいてくれ
  「俺を含め、誰の言うことも聞くなよ。」 
  よー、そこの若いの 君だけの花の咲かせ方で
  君だけの花を咲かせたらいいさ

  とかく忘れてしまいがちだけど とかく錯覚してしまいがちだけど
  例えば芸能人やらスポーツ選手やらが 特別あからさまなだけで
  必死じゃない大人なんていないのさ
  よー、そこの若いの こんな自分のままじゃいけないって
  頭を抱えてるそんな自分のままで行けよ
  よー、そこの若いの 君だけの汗のかき方で
  君だけの汗をかいたらいいさ♪

良い詩だ。
若い時の「もやもや」だったり、「劣等感」だったり、「焦り」だったり、この曲を聴くと、「いつの時代でも若い奴は、何かのモヤモヤを胸に抱えているんだ」と共感したりした。
どうもこの人の詩は、こんな内容の詩が多いようで、とっても皆に支持されているようだった。
他にもメジャーやインディーズに関わらず「良い詩」を書いているミュージシャンはいるようだ。

私たちの時代には、若い人の「モヤモヤ」を表現してくれるのは吉田拓郎のような「フォーク」分野の人しかいなかったが、今は違う。
メジャーでもちゃんと歌ってくれるし(多少キレイ事としてアレンジしてあるけれど)、インディーズになれば、もっともっとストレートに心の中をぶつけてくる。

音楽の聴き方も、表現するアーチストも50年前とは違っているけれど、10代の「モヤモヤ」した表現しがたい気持ちを胸に抱えるのは、同じなんだなぁと思ってしまった。

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2017年7月10日 (月)

YouTubeの楽しみ方

会社から「持て」と言われてスマホを持つようになって、何年か過ぎた。
今さらなのだが、このスマホと言うやつは、ライフスタイルを大きく変えた。
60年も生きていると「ライフスタイルを大きく変えた」ものに結構出会っている。
古くは、テレビとか冷蔵庫とか洗濯機とか私が生まれた頃に言われた「3種の神器」の家電たちがあるが、ソニーの「ウォークマン」もそうだ。
Youtube
現在30歳くらいの女性社員と話していたら「ウォークマン」以前の音楽の聴き方を尋ねられた。
「どうやって、音楽を聞いていたのですか?」
私たちの世代は、音楽は家の中もしくはクルマの中で聴くもので、日常生活の中で何かをしながら聴くことはあまりなかった。
その意味で「音楽を外に持ち出した」と言われる「ウォークマン」は、大きくライフスタイルを変えたものだと以前何かで読んだ。

そして同じようにスマホの登場も、大きく変えた。
ゲームもネットも動画も、全部を「いつでもどこでも楽しめる」ものに変えてしまった。
私自身、暇な時間にはゲームをするし、仕事中でも気になればネット検索する。
そして、それまで「わざわざアクセス」するものだったYouTubeも、身近になった。
アプリを立ち上げれば、すぐにアクセスできる。

ニュースやスポーツで気になることがあるとYouTubeを見ると、動画がアップされていて見逃した場面でも見ることができる。
何度かアクセスすると、ログを捕られていて私の興味のある傾向のものが表示される。
「前略おふくろ様」という私たちが高校生の頃に夢中になった人気ドラマが、全話アップされていたりする(これは違法なのだろうが・・・・)。

特に音楽系では、YouTubeは活躍してくれる。
以前このブログにも載せたが、懐かしい音楽やアニメ主題歌なんかもあるし、忘れてしまっていたような音楽に再会することもある。
先の「前略おふくろ様」から音楽を担当していた「井上堯之バンド」に繋がって、「傷だらけの天使」「太陽にほえろ」などのテーマ音楽に再会するなどのようなパターンもある。

ドラマやニュースや音楽だけでなく、CMもある。
再生中に流れるCMは辟易するが、昔のCM集だったり、TVで見て「良いなぁ~~」と思うようなCMなんかがアップすると見てしまう。
「カロリーメイト」は満島ひかりが校庭に一人立って「ファイト!」をアカペラで熱唱するCMから、毎年「心に響く」パターンが続いている。それを一度に見られるのもYouTubeの楽しみだ。

そして、音楽も最近はまったく新しいものを聴こうとは思っていないが、YouTubeで見つけて「へぇ~~」と思う曲に出会ったりしている。
この辺の話は、次回に続く話題だが、YouTubeのような動画を見ることができるコンテンツは、今までとはまた違う楽しみの見つけ方を教えてくれるものだ。

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2017年7月 3日 (月)

「話し合い」で解決は、綺麗ごとなのか

今回は、ちょっと妄想的な話題。
これも「こんな時期に、こんなこと考えていたのか!」とあとで備忘録的に思えるようにしておこうかと・・・・20170703hanasiai

昨年、イギリスがEU離脱を選択した。
それを追うようにアメリカにトランプ大統領が誕生した。
その頃から、「自国第一主義」とか「ポピュリズム」とか言う言葉を聞く様になった。

「自国第一主義」は、私のような年代が生きてきた戦後から今までの時代が目指してきた「グローバリズム」とは真逆の「自分の国がまず、良くなければ」と言う感じか?

日本は島国で移民はそんなに流れてこないし、そもそも日本は積極的に難民を受け入れていないから実感が少ない。だから「自国第一主義なんて」という空気感が強いが、もしも中国や韓国や北朝鮮の人たちが、今のように観光ではなくて、移民とか難民として大量に入国してきて、働き場所を奪っていくとしたら、そんなことを思えるだろうか?
そんな角度でイギリスやアメリカを見てみると「わからなくはない」気がする。

そういう感情を「何となく」心の中に皆が持っているところへ、トランプ氏が出てきて「アメリカ第一主義」と声高に演説し、国民に迎合していくことが「ポピュリズム」と否定的に「正義の味方」的に言っていられるだろうか。

と、ここまでは「今までとは違う流れの始まり」と感じるし、現にNHKスペシャルなどでも「グローバリズムの限界」のようなテーマが出始めているから、未知の時代が始まっていることは間違いないだろう。
そんなことに気を取られているうちに、ある国は毎週のように「ミサイル実験」を繰り返すし、ある団体はさまざまな国や場面で「テロ」を頻発させる。

そんなニュースばかり見ていて、映画やドラマで「世界中がひとつになって」とか、世界中の首脳が「武力を使わずに話しあいで解決を」と言っているのを見ていると、そちらの方がとても「絵空事」のように感じてしまうようになった。
「話し合いで」と言っている間に、あの国はどんどん軍事力を強くそして技術も高くなって、気が付いた時には「手に負えない国」になっていないだろうか?

私たちは昭和30年代の初めに生まれた。
今から考えれば、戦争が終わって10年くらいしか経っていない時期だ。
だから、小学生の時にはずいぶん「平和」とか「戦争反対」と教育されたし、そう思って生きてきた。
でも、今の状況を見ていると、「話し合いで平和って生まれるんだろうか?」と日々思うこの頃だ。
諦めてはいけないのだろうが、毎週のように「ミサイル」を実験する国を見ていると「そろそろ一発ぶん殴ったら?」と、とても不謹慎なことを考えてしまうのも事実だ。

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2017年6月26日 (月)

LINEやメールは、失礼なのか

5月に同じようなことが私の所属部署であって、6月になったらそのままのことがネットのタイトルになっていたので、ブログの話題にした。20170626_line

まずは、ウチの会社で起きたこと。
その社員は、以前あることが原因で軽うつになり、今は普通に出社している。
その社員は30代の独身の男性。

私や本部長と部屋は別なのだが、ある時同じ部屋にいる顧問から「もう1週間近く休んでいるけれど、知っている?」と本部長に話した。
どうも体調が悪く、上長である課長によると声が出ないとのことで、毎日「LINE」で休む旨の連絡が来たとか。
本部長としては「1週間も休んでいるのだったら、報告してよ」と課長に言っていたが、それよりも「休む場合ってLINEは、いいのか?」と私に聞いてきた。

今年新人研修をした私としては、若い人たちは若い人たちなりに、ツールをうまく使い分けをしているのは、聞いた。
彼らからすれば「メールよりもLINEの方が既読が分かるから、連絡としては確実」と言うと思う。
でもLINEもスマホメールも使っていない本部長からすると「使っていない人には連絡来ない」と疑問を投げかけていたが、それはそれで、分かるような気もする。

一応社員規定などには「連絡する」とはあっても「電話じゃないとダメ」とは書かれていない。
さらに先に書いたように「既読」で確実だと若い世代は思っているから「なぜダメなんだ」と言うと予想はつく。
もうこうなると「常識」の線引きが世代によって違うことが根本的な問題となる。

「どうなんだろうね~」と話していたら、6月の初めに「上司に『LINE』で『退職させてください』、書面で出さなくても法的に有効?」というタイトルでネットに記事が載っていた。
こちらは「法的視点」なので、私たちが感じていたこととは違うけれど、「何でダメなのか」と若い世代に言われると困る。
ま、退職の場合はやっぱり書面で捺印がないと、「本物である」証拠にはなりにくいから、ダメな気がするが、会社を休むくらいのものは『「LINE」でどうしてダメなんだ』と言われると、かなり困る。

きっとそのうちに社員規則には「LINE」は可とか不可とか書かれるようになるのだろう。
そうそう新人研修の時に聞かせてもらったが、LINE、インスタグラム、ツイッターといろいろな使い分けをしていることを教えてもらった。
いつの時代も若い世代は新しいツールをうまく使い分けている。
私が若い頃、よく年長者に言われた「今の若いのにはついていけない」という言葉を、今、私の世代が言い始めてきている。

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2017年6月19日 (月)

社員の急死

5月の最後の週の月曜だった。
出社してきたら隣の席の本部長が「○○さんが亡くなったって知ってる?」と聞いてきた。
「えっ?」
前の週に食堂へ向かう廊下ですれ違って挨拶したんだけれど?20170619kyusi

職種が違うから、同じ部署になったことはないけれど、仕事柄ちょくちょく相談させてもらったり、打ち合わせさせてもらったりしたし、私が子会社にいた頃から知っているので、結構親しくしていた。
彼は、私の一回り下。
50歳の少し前で、縁も無かったのかずっと独身だったようだ。

あまりの急のことで、最初の社内回覧では「通夜・葬儀の近親者なので」ということで会社関係は遠慮したいようだった。
私の部署は本部長の判断で、数人がお通夜に行き、香典も遠慮したが、営業の人たちは「焼香したい」との声が大きく、結局100人近くがお通夜に、本葬には社長も出席することとなった。

亡くなった状況を聞くと本当に急だった。
土曜に職場の人たちとゴルフに行き、後半のハーフへ行く時、本人は「大丈夫」と言っていたが、ずいぶん調子が悪そうだったみたいで、職場仲間もゴルフ場のスタッフも「やめて、休んでいた方が良い」と無理やりに休ませたのこと。
休憩させて、ラウンドしていたら救急車の音がして、職場の仲間が「もしかすると」と戻ったら、もう亡くなっていたとか。

脳のスキャンには異常がなく、ご遺族の希望で司法解剖もしなかったので、しっかりした死因はわからずじまい。
ただ、残業が多かったこと、毎年の健康診断もいつも保健指導が入り、近しい職場の人には「そのままじゃ、良くないよ」とも言っていたとか。

弔問にいった社員に聞くと、「眠っているような顔だった」というから、そんなに苦しくなかったのかもしれないね?としばらくは、いろんな人たちと彼の急死について話題にし、さらに月初めの全体朝礼でも黙祷を捧げた。
50歳前で、そんなふうに突然亡くなってしまうのをすぐ近くで感じると「毎日心残りのないように生きておこう」としみじみ思ってしまった。

同窓会に行っても、友人の死を聞くことが増えてくる年齢。
60歳を迎えるということは、自分より若い人が亡くなることを聞く機会も増えるということなのだと気づかせてくれる出来事だった。

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2017年6月12日 (月)

蛍を見に行ってみた

前から「一度は行ってみようかな」と思っていた「ホタル鑑賞」に行ってきた。
20170612_hotaru
ネットで検索してみると、少し街から離れるところに鑑賞できるところがいくつかあった。
その地区のボランティアの人たちが育てたり、地域おこしのためにやっていたりと理由はいろいろのようだが、いずれも結構寂しい場所のようだった。

それは当たり前なのだろうが、駐車場とか道路とか、その地域のことを知っているわけじゃないので、何かと不安になる。
ということで、結局冬になるとイルミネーション、いつもは花などをメインイベントとして行っている植物パークが、何年か前から園内の小川や池を利用して、ホタルを生育し、時期になると「ホタル鑑賞」を行うようになり、先日そこへ行ってきた。

一度冬のイルミネーションイベントには出かけたが、そのときは、夕方前から駐車場はいっぱいだし、点灯時間には、ものすごい人数だった。
今回は、そこまでではないだろうとのんびりと出かけ、さらにアジサイや花ショウブも始まるとのことだったし、園内にある日帰り温泉にも寄ろうと、いろんな目的で行ってきた。

自然の観賞場所じゃないから、それなりにお金も取られたけれど、日帰り温泉もまぁまぁ良い感じで(ちょっと高いけれど)、日暮れ間近には園内にある食事処で夕飯。
少し早いかと思ったが、どうやら「ホタル」目当てのお客さんが多くて、6時くらいには、どの食事処も入店を並んで待っている状態で、結果的にはちょうど良い時間だった。

で、少し園内で暗くなるのを待って、鑑賞スポットへ。
水辺の草や樹木の影の辺りにチラホラとホタルが光りながら飛んでいるのが見えた。
いくつかの場所で見えたが、ある場所では「はぐれホタル」がいて、見学している人の上まで飛んできて、みんなが大騒ぎ。
面白かったのが、子供よりも親のほうが一生懸命で、子供たちに「ほらほら」とか「ちゃんと見たの?」とか言っている。
さらに、スマホやデジカメのモニタ画面の明かりや、間違ってフラッシュしてしまう人などの明かりで、「ホタルよりいろいろな光りの方が活発!」と思わず口走ってしまった。

子供としては、川の向こう側のホタルなので、ちょっと冷静。
先の「はぐれホタル」のように近づいてくると、急にテンションがあがる。
そんな姿を見て、小さいころに親父に連れられて、ホタル狩りをしていた私のような世代は幸せだったのだろうと改めて思ってしまった。
そして、水の中に光るものを見つけ「いた!」と掴んだら、とても気持ち悪い幼虫だったという経験をしたこと、幼虫も光るんだと言うこと、そんなことを知っていることも、ちょっとだけ嬉しかった。

あのころは、思わなかったけれど、そんな素敵な環境はあっという間になくなって、そして一度失ったものはなかなか元に戻せないのだと、決してエコ推進派ではないけれど、思ってしまった。
トランブ氏はそんなことは思わないだろうけれど・・・・・。

何十年かぶりにホタルを見たが、子供ころに見たホタルは、もっと点滅が息遣いのように感じて、色ももっと神秘的だったような気がしたなぁ。
ちょっとだけ贅沢な夏の風景鑑賞だった。

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2017年6月 5日 (月)

新入社員研修の雑感

6月になり、今年度が始まって丸2ヶ月過ぎた。
そのうちの1ヶ月は新入社員研修で拘束されてしまった。20170605_kensyu
一時期当社は、業績の関係であまり積極的に新人採用が出来なかったし、せっかく入れても会社側の受け入れ態勢が整っておらず、若い社員から退社していくなど、社員全体の高齢化が進んでいる。
そこで、昨年度あたりから「若手の育成」「次世代育成」が方針の1つに掲げられるようになった。

その具体策の1つとして、これまで10日間あまりの新人研修を、営業社員に限り1ヶ月に延長し、実務に近い形で研修することとなり、その講師役を受け持たされた。
講師役については、お客様である専門学校やこれまでの新人研修でやっているから良いが、1ヶ月(実質は3週間くらい)に及ぶ長期間はなかなかない。
さらに通常業務が免除されるわけでないので、研修に対応しながら隙間を見つけて、通常業務にも対応するという1ヶ月が続いた。

何しろ初めての長期研修なので、コーディネートする人事部も、対応するこちらもいろいろを準備不足だったり、不具合が起こったりしたが、何とか無事終了した。
この1ヶ月の特別研修を受けたのは、営業職とデザイナーの卵の11名。
最初は営業職だけの話だったが、「原稿整理とか校正ともやるんだったら、うちの新人も受けさせて」とデザイナーの所属する部門から依頼されて対応することになった。

営業職の新人は、毎日私の「印刷物制作のための研修」を半日、あと半日は「印刷物見積もりのための研修」と、とにかくみっちり研修漬けの毎日。
一般の人は知らないが、印刷物というのは実は「オーダーメイド」の製造物なので、1つ1つ全部価格が異なる。
そして出来上がるまでの工程も、オーダーによって異なるので、意外と見積もりが難しいものなのだ。

「見積もり研修」を対応するのは、私と同じ年齢の「定年組」の印刷営業スペシャリスト。
そういう意味では、我々の年代は現在本当に「次世代育成」に助力する立場なんだとはっきり分かった。

さて、肝心の研修の状況は・・・・。
例年そうだが、どうしても学校勉強の延長の考え方で「正解を出さないと」とか「どうやったら、良いのか」とか、そんな取り組み方や質問が多く、研修に進んでいくにつれ「学校で勉強しているんじゃないんだから」と何度か注意する必要があった。

他にも、「自分だけがどんどんやってしまう子」「やっている子を見ているだけの子」「自分が納得するまで話し合いたい子」などなど、いろいろなタイプの違いがあって、こちらとしては、なかなか面白いものがあった。
後半になるにつれ、かなり実際の業務に近づき、現在起きているさまざまなミス要因に近い出来事などに出会うようになると、こちらの対応も厳しくなっていく。

そして、研修の最後の方は、「だんだん現実的になってきました」と元気がなくなってきたのだが、私の視点から見れば、「段々社会人の顔になってきた」と少し微笑ましくみていた。
さて、そんな研修を受けた新人たち。各事業部の各営業部に配属されてどんな活躍をしてくれるのか?
半年後、1年後に彼らの意見を聞いてみたいものだ。

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2017年5月29日 (月)

「便利な社会」の見直しが始まるか

ちょっと時間が経ってしまったが、GWが始まった4月の最終に、「やっと本質に触れる記事」と思うことがあった。
それは昨年起きた代理店であるD社のことを特集として取り上げた連載記事だった。20170529_benri

最初はニュースやワイドショーや初期の新聞記事に書かれていたような「企業側に大きな原因・責任がある」という話だった。
実際に「自殺者を出した」という現実から「企業側に大きな責任がある」というのは間違いない。
でも、少しだけそのD社と同じような仕事をしており、日頃感じている疑問に対しては、「何の答えにもなっていない」と思っている。
これは、今までこのブログでも何度も書いたけれど「顧客のニーズ」に問題はないのか?ということに立ち戻る。

この「顧客のニーズ」にスポットを当てていたのが、冒頭で紹介した「本質に触れる記事」だった。
この記事の大見出しは「『お客様は神様』限界に」となっており、記事中のタイトルには「過剰サービス社会 見直しに」となっている。

この記事には「深夜残業原則禁止」と言われても、お客様側から「会社のメールや携帯が使えないなら私用を教えろ」と言われる現実と「残業を減らせと言われても、我が社だけでは無理」という企業の言い分が描かれていたが、とてもリアルな出来事と感じ、この問題の「本質に触れた」と書いた。

スキーバスの事故 で多数の学生が亡くなった時も、同様のことを書いた。
「その安さを求めたのは、誰だったのか?」それを無いことにして「責任は企業にある」というのはおかしくないか?

言うまでもなく、企業は利益が必要になる。
利益を上げるためには、運営のための経費以上の収入がないと成り立たない。
収入を得るには、当然受注しないといけない。
だから、顧客のニーズにできるだけ応えて受注に結びつけたい。
今の企業の経営ロジックは、概ねこんな感じだ。

「顧客のニーズ」は重要だけれど、時には過剰な「顧客のわがまま」になる時がある。
「人や設備が動く場合には、コストがかかる」の大原則で言えば、見積もり作成時になかった作業や項目があれば、追加見積もりになるのは当たり前だ。
ところが、それがウチの会社だけなら良い。
「いいですよ、追加料金なしでやりますよ」という会社が出てくるから、困る。

実際には利益を削っているにも関わらず「企業努力で、ちゃんと利益は出てます」と言っちゃうから、お客様からは、どんどん「ニーズ」が増えてくる。
で、結局「サービス残業」で夜中までやって対応して、お客様は満足するけれど、人を雇えるほど利益は出ない。出ないから、またサービス残業で凌ぐ。

そしてお客様は「やってもらうのが当たり前」になって、わがままの顧客に対応し続け「過剰サービス」「便利すぎる社会」が生まれてきたのではないだろうか?
今回だけに限らない「働きすぎ」とか「過重労働」とか「サービス残業」などの問題は、この社会構造が間違っていないか?という議論をしないと本当の解決につながらないのではないだろうか?

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2017年5月22日 (月)

龍馬までさかのぼる先祖

この話題の直接のきっかけは、今年の正月だった。20170529_senzo
さらに、間接的には、かなり昔から兄貴たちと話していたことだ。
私の父親の姓は、父親の両親(私から見れば祖父母)とは違っている。
父親は私が中学の時に他界しているので、すでに真実は分からないが、私たち兄弟が小さい時に聞いた話しでは「今の私の姓である家名を継がせるために祖母方の養子」になったということだ。

あんまり覚えていないが、私の父親は兄弟とも両親とも姓が違うため、自分が小さい時には「もらわれて来た子供」だと思っていたと聞いたこともある。
その真相を探るきっかけは、何年か前に父方の親戚が兄貴の家を訪ねて来たことに始まった。

ここからは、私が兄貴から聞いたことなので正確なことは分からない。
その訪ねて来た親戚も、もう私達とは面識もなく、東京方面に住んでみえ、お墓参りも兼ね訪ね訪ねて兄貴の家に辿り着いたようだ。
その親戚筋は、私たちの姓が違う理由も知らずに、兄貴からいろいろ聞いて驚いて帰られたとのことだ。

そのことがきっかけとなり、さらに兄貴の家に初孫が生まれたこともあってか、そもそも本当はどうだったのかを兄貴は調べ始めた。
調べた時の戸籍謄本を見せてもらったが、今と違って手書きの文字で、しかも達筆だったり旧字だったりで非常に読みにくい。
けれど、何とか分かったのは、父親は祖父母と養子縁組したのではなく、曾祖父母の両親、私から見ると4世代遡るのが、今の私の姓であったことだ。
なので、父親は自分の曾祖父母と養子縁組したということだ。

その曾祖母(私から見ると高祖母というんだそうだ)の家名を残したいというのが、今、私が名乗っている姓の元となっていることになる。
この高祖母の名前は「つ祢(ツネ)」と言う人なのだが、何と生まれたのは「天保11年(1840年)」。兄貴の調べによると「坂本龍馬の5歳年下」とのことだ。
この人が亡くなったのは大正5年。私の父親は明治44年生まれだから、5〜6歳までは生きていたようだ。

そして、その「つ祢(ツネ)」さんの娘に「いま」さんがいるのだが、この人が生まれたのが「元治元年(1864年)」!なんと「元治元年」、幕末大好きな私(兄貴も少しそうだが)としては思わず驚く「蛤御門の変」の年なのだ。

「蛤御門の変」と言えば、長州藩の暴発により幕末の騒乱がいよいよ始まったエポック的な出来事だ。
こうやって、自分から数世代遡るだけで、江戸末期の歴史に触れることができる、
私達世代にとって江戸は「ついこの前」だったのか?
それとも私達の世代が「昔の世代」になりつつあるのか?
きっとどっちもなんだろう。

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2017年5月15日 (月)

新年度になって

新しい年度になり、GWも過ぎ落ち着いて来た。20170515_sinnendo
「ど〜なるんだ?」と新しい年度になっても、ワサワサしていたし、生活のリズムが変わったりで落ち着かなかったが、どうやら新しい生活が定着してきた。

大きく変わったのは「管理職」じゃなくなったこと。
「組織に対する責任」と一言で言うとそうなるのだが具体的だと、もうちょっとリアルな感じになる。

まず会議に出なくて、良くなった。
私が出ていたのは、毎週2回の早朝会議と月1回の販売会議だが、とにかく私の会社は会議が好きだ。早朝会議などは、「必ず何か話せ」と言われるので、ネタが必要なのだが、週2回もあるとネタが尽きてくる。これが辛い。
だから、会議に出なくなり、朝も少しゆっくり出社出来るようになったことが一番生活のリズムが変わったことだ。少しだけれど朝寝坊できるのも嬉しい。

他に管理職じゃなくなったことで、いろいろな書類への捺印がなくなり、さらに部下からの相談や指示などに対応しなくて良くなった。
こうなると人によっては「さみしくない?」と言われるが、まったく無責任な立場になれていることが、こんなに楽なのかと思っているから、決して寂しくない。

と、これまでは「良かったこと」を書いたけれど、心配なのは収入面。
一応規定では「役職手当はない」となっているから、覚悟はしていたが、4月の給料日直前になり本部長から「人事部長と話して来た」と報告をくれた。

基準になったのは、私と同年齢で今年定年を迎えるのになぜか「参事部長」という規定にない役職となった人だが、本部長も人事部長も「あの人よりは、ちゃんとやっている」と認めてくれたらしく、昨年度よりは減ったけれど、その参事部長よりは、少し多めに手当を付けてくれた。
ただ、夏になり定年〜再雇用になるとどうなるかは、まだ未定。

とにかく収入面は減ったけれど、会議にも出なくて良いし、責任が軽減されたから、これはこれでOKだと思っている。
もう本当に次の世代が主役の時代なのだと実感している。次の世代よ、がんばれ。

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