2020年7月 6日 (月)

「燃えよ剣」再び

2018年12月に「司馬遼太郎の戦国時代再び」で、20~30代のころに読んでいた「司馬遼太郎」の小説を読み返し始めた。
一度読んでいるので、あまり急ぐことなく寝る前に少しずつしか読まないため、なかなか進まなかったが、「国盗り物語→新史太閤記→関ヶ原→城塞」と読み終えた。20200706
読み返して改めて思ったのは、後半の「関ヶ原」「城塞」「徳川家康のダークサイドの部分」を何度も書いてあり、これを若い頃を読んだために、私自身の中の「家康像」が暗いものになっていたということだ。
「家康は平和が続くことを望んだ」と最近は言われるが「そうかなぁ?」と思ってしまうことも、その影響の延長だろう。
それに「歴史」というものは、時代が変わると「新たな発見」とか「新しい歴史観」によって変化していくために、昭和時代に書かれた「司馬歴史観」は、今の感覚から少し異なりつつあるということも感じた。

一応これで「戦国時代」は一区切りし「新しい本を買うか、今までの本を読み返すか?」と思って、今まで買ったものが並んでいる本棚を見ていて「燃えよ剣」が目についた。
幕末ものはたくさん読んでるけれど「幕府側の本は、読み返してないなぁ」と気づいた。
ということで、さっそく読み始めた。
やっぱり面白い。

司馬遼太郎さんの描く「土方歳三」は、あまり女にも思想にも興味がなく「新選組」という「組織を造り上げることのみ」に力を注ぐタイプとしている。
(最も後半に「お雪さん」が出てくると、少々艶っぽい「歳さん」になるのだが)
この「燃えよ剣」は、司馬さんの書く幕末ものとしては、あまり思想的な話が出てこない。
もちろんそれなりに出てくるのだが「新選組」視点で描かれているため「大政奉還」「王政復古のクーデーター」などは、遠い世界での動きで「新選組」は気がついたら「朝敵」になっている。

若い時には、「佐幕」「倒幕」「攘夷」「勤王」といった思想的な話が面白くて読んでいたけれど、この15年くらい「江戸庶民の目線」的な時代小説を読んできた影響もあり、今読むと「実際にあの時代に生きていた人たちって、こんな感じだったのだろうなぁ」と思う。
「新選組」は清河八郎の思想的なきっかけで組織されるけれど、実際に活動していた隊員たちにはおそらくそんなに明確な「思想」「次の時代」なんて考えていなかったんじゃないだろうか。

今の日本人と江戸末期の日本人を年齢で単純には比較するのは難しい。
そんなに遠い過去の話じゃなく、私の子供の頃を振り返っても「学生運動」が激しかった頃の若者は、もうちょっと大人だったし、政治や国のことを考えていたと思う(思想は幼かったにしても)。
だから、坂本龍馬にしても土方歳三にしても、20代なのに、とても大人びた考え方だったり、行動だったりしている。
……と、昔は思っていた。
しかし、今回読み返してみて、そして自分が60歳を超えて、ちょっと穿った見方をしたせいか
「本当に、どこまで国の行く末を考えていたのかなぁ」
と思ってしまった。
特に「新選組」は最初の頃の「近藤勇たち」に思想があったわけではないし、天領育ちであった影響もあって「幕府ありき」の思想からは抜けられず、その視点から見れば薩摩や長州の輩は「絶対に相容れない」関係だったろう。

私より10歳上の人で、昔、学生運動をやってた人に「女の子と話せるからやってた」と聞いたことがあるが、きっと幕末の「新選組」「薩摩・長州・土佐」も、多くの人たちもそんな「軽い」気持ちだったのかもしれない。
「燃えよ剣」での土方歳三は「後世に名を残したい」とは思っていなかったようで、実際に最後の様子も、明治後密かに親族に語られたというから、本人してみれば「どうして、こんなに大きく取り上げられているんだ?」と不思議に思うかもしれない。

新型コロナウイルスの影響で公開が延長されたようだが、岡田准一主演で、この小説の映画化された。
そのCMで「幕末にわずか6年活動した」と言われる新選組。
そう思い返すとたった6年だったが、それだけインパクトの強い組織であり、活動であったのだろう。
この「燃えよ剣」を読み返して、会津に行った時に唯一訪ねられなかった「近藤勇の墓」に行ってみたくなった。
そして、そこで歳三がどんな思いで、この墓碑を建て手をあわしていたのか、思いを巡らしてみたいものだ。

 

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2020年6月29日 (月)

嫌いな言葉「才能」

このブログでは随分前に、私の「職業」「アプリケーション」「仕事」などについて書いてきている(数年前の記事なので「興味がある」と言う奇特な人は、頑張ってバックナンバーを探してみてください)。20200629
いろいろな経験をして、今に至るのだが一般的に分かりやすい言葉で表すとしたら「グラフィック・デザイナー」だろう。(デザイナーと略して言うと、ファッションの方と間違えられる事が多い)
私がその職業に就いた頃は紙媒体が中心だったので「カタログ」「パンフレット」「チラシ」などが多かったけれど、今はWEBなど媒体も拡がっているため、近年では「WEBデザイナー」という職業もある。
いずれにしろ「デザイン」というとても「主観的な価値」を扱う職業なのだが、それなりに努力してこの職業に辿り着いた(その辺りは、昔の友人が知っている)。
すごく「苦労して」この職業に就いたと思うほど「一生懸命努力をした」と胸を張れるわけじゃないが、それなりに「頑張ってきた」つもりだ。

少し話は変わるが「才能」という言葉を検索すると、あるサイトでは「物事を巧みになしうる生まれつきの能力。才知の働き。」とある。
また別のサイトでは「ある個人の素質や訓練によって発揮される、物事をなしとげる力。」ともある。
前者は「もともとある能力」って感じだし、後者は「訓練によって発揮される」とあるので「努力によって磨かれる」感じだ。

なぜこんなに長々と過去の話と才能という言葉の意味を書いているかと言うと、他人から「才能があるから良いよね?」と言われるたびに、ちょっとだけ不快になることを分かってもらいたいからだ。
現役の時もそうだったし、特に定年再雇用になってから営業出身者と話すと「デザイナーとかは才能があるから良いよね?僕なんか何にも出来ることがないので」と話される。
どうも、これを言われると「カチン」と来る。

「才能がある」って聞きようによっては「努力しなくてもその分野でやっていける」と言われているように感じる。
その人達は何気なく言っているのだろうが、言われた方は堪らない。
「どれだけ努力してきたと思ってるんだ!」
と言い返した時もあるが、一般の人達から見れば「デザイン」というものは特殊な分野だから、ついそう言ってしまうのだろうと、最近は思うようにしている。

確かに小学校の頃から教科書の余白にはイラストを描いたりしたが、写生大会などで描いたものは、ほとんど表彰されたことはない。
兄貴は少しだけ油絵を習っていたので(本人はイヤイヤだったようだが)、毎回表彰されるので、逆にコンプレックスがある方だった。
それでも紆余曲折あって、この仕事に就いてそのまま還暦過ぎても携わっているのは「好き」なのだろう。

もしも「才能」というものが職業に活かされるとしたら、この「好き」という気持ちが「ずっと持続し続けられること」だと思う。
残念ながら日本の企業の顧客層は「デザインへのリスペクト」が大きく不足しているので、大概は「思ったようなデザイン」に仕上がらない。
それどころか提出するものを「批判」するだけで、自分たちが「どうしたい」と決まっていない顧客がほとんどで、先の「好きという気持ちを持続し続ける」ことは、とても難しい。

私としては転職を繰り返して「デザイン」という仕事に辿り着いたので、そんな思いをしても「踏ん張り続けられた」と思うのだが、新卒で入社して他の経験がない人たちは、途中で夢破れて辞めていくことも多い。
そういう世界で何十年もやってきたのに「才能」という言葉で済ませられるのは、やはり笑顔では聞いてはいられない。
ただ一つ、もしも「才能」があったのだと思えるとしたら、一日中座って「うんうん」考えて、テレビを見ていても風呂に入っても寝ても、いつも「企画のことやデザインのこと」を考え続けられることだろう。

そう言えば、営業がテレワークをして「一日中座ってるのは辛い」と言っていたし、以前にも営業に「良く一日中座って作業していられるね」と言われたが、それも「才能」と言えば「才能」なのだろう。

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2020年6月22日 (月)

老齢年金特別支給の書類がやってきた

今年の夏で63歳になる。
以前から「ねんきん定期便」で確認していたし、同じ年齢の女性は「60歳から」支給されると聞いていたので「そのうち通知が来るだろう」と思っていた。20200622
GWが明けて、まだまだ世間が「コロナ禍」で大騒動している最中に、緑の封筒が届いた。
封筒には「日本年金機構」から「大切な書類です」と記載されていて、さっそく開けてみた。

なんだか沢山の書類が入っていたが、必要なものは「年金請求書」の書類と「請求手続きのご案内」の書類のようだった。
以前にホームページの「シミュレーション」でやってみたことがあるが、今は再雇用とは言え、在職中。
そのため現在の収入金額などを入力すると「支給額0円」となってしまう。
そのような話は、良くネットで見たりしていたので「まぁ仕方ないか」と思ったが、そもそもこのような「支給額0円」になる人も「書類提出」する必要があるのだろうか?

ホームページを見ても、届けられた書類を見ても、そのような「在職中の人間」については、あまり細かく書かれていない。
仕方なく「ねんきんダイヤル」へ電話。
ところがこういうものはなかなか繋がらない。
「ねんきんダイヤル」の案内用紙を見たら「封筒が届いてから2~3日は繋がりにくい」と書いてある。
まだまだ日程的に余裕もあるので、1週間後に連絡したら繋がった。
そこで、「シミュレーションで支給額0円になるけど、それでも書類は必要?」と聞いてみたら「出来たら提出してください」と言われた。
「支給額0円なのに、面倒な書類は記入したくないなぁ」と思ったが、仕方がない。
ひとつひとつ説明を読みながら記入を始めた。

しかし、大概このような書類の説明は、「意味がよくわからない」場合がある。
特に「雇用保険非保険番号」などは、会社が管理しているので分からない。
そこで会社の人事部に行って聞くと、ちょうど私の同じ年齢の再雇用の人がいて「あっ、書類届いた?」と話してくれて、必要な番号を教えてくれた。
同じ境遇の人が、その部署にいてくれることは、説明の必要がないので、とても助かる。

それでも2~3箇所、どうしても「確認したい」箇所があり、また「ねんきんダイヤル」へ電話。
今度は1回で繋がり、事前に質問を箇条書きにして用意。
窓口の人はちょっと辿々しく「大丈夫かな」と思ったが、一生懸命丁寧に説明してくれたおかげで、疑問点はすべて解消。
最後に「郵送」「年金事務所への提出」かで迷ったが、もし不備があると事務所に行ったほうが分かりやすいかと思い「ねんきんダイヤル」の電話で、そのまま訪問日時を予約した。

提出は誕生日の前日以降からということなので、まだまだ先だけれど、いよいよ「年金受給」が自分自身に回って来る年齢になったのだなぁと書類を記入しながらしみじみ思ってしまった。
しかし、どうしてこのような書類って、記入がとても面倒なものなのだろう。
それが「お役所だ」と言われれば、それまでだけれど、こちらは会社員を続けてきて、それなりにこのような書類には慣れているつもりだ。
それでも、少し迷ったりするから、普通の人たちはもっと困るんじゃないだろうか?
今回の書類を「年金事務所」に提出したら、またこのブログで紹介してみたい。

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2020年6月15日 (月)

自宅のMacは10年生

ずいぶん昔にブログに書いたが、初めてOA機器でキーボードを触ったのは30年以上前の「書院」というワープロだった。
今じゃ、信じられないが8インチ(およそ20cm)のフロッピーで保存していた。
その1年半後にはMS-DOSを触り、デザインのデジタル化の初期の頃に、Macintoshユーザーになった。
当時のWindowsは、全くデザインには不向き(今でも、若干そう思うが)だったために、ずっとMacintoshユーザーであり続けた。
そのうちにインターネットが普及し、顧客や外部協力会社とのデータのやり取りが増えてくると、MacintoshもWindowsも使えた方が便利になって来て、Windowsも使うようになった。
今、会社の机には「Windowsのデスクトップ」「Macintoshのノート」の両方が置いてあり「メインはWindows、サブ的にMacintosh」という感じで使っている。20200608

仕事ではそんな感じに「MacintoshとWindows」の両方を使って来たが、個人のPCはずっと「Macintosh」だ。
Windowsに替えても良いが、過去のデータやアプリケーションの互換性などを考えると、やっぱり替えづらい。
とくに写真がデジタルになってからは、Macintoshのアプリで管理しており、もう20年分が貯まってしまっているし、年賀状などもIllustratorといったMacintosh用アプリで作成しているために難しい。

以前は自宅でもデスクトップ型のMacintoshだったが、一つ前からノートに替えた。
そして現在使っているのが「MacBook Air」という機種で、これを型落ちで購入した。
Macintoshの特にノート型は、高い。軽く10万円は超えてしまう。
型落ちだと少し安くなるが、あまり古いと性能的に厳しいので、「そこそこの型落ち」で購入した。
確か6~7万円だったと思う。

この春その「MacBook Air」がかなりやばくなってしまった。
型式番号を見ると製造年が分かるのだが、我が家のMacBook Airは「2010年製造」
もう10年選手ということだ。
PCに詳しい人は分かるが、性能的に考えると普通「数年」で買い換えた方が良いと言われるが、そんな贅沢なことは出来ない。
それは「個人レベル」でなくても「企業レベル」でもそうだ。
前に「WindowsXP」「サポート終了」になった時に話題になったが、自治体などでも使い続けていてニュースなどで取り上げられた。
今年の1月にも「Windows7」「サポート終了」になり、ウチの会社の情報システム部門の担当者は、あちこちの部署のWindowsを入れ替えて大変そうだった。

まして「個人」となると、使えている間はやっぱり「買い替え」は考えない。
ところが3月のある日突然「終了できない」という状態になってしまった。
強制的にやれば「終了」できるが、起動してもう一度終了すると、また「終了途中」でずっとそのままになってしまう。
取り敢えず思いつくさまざまな方法で修復を試みてみたが、そもそも現在のシステムは買い換える前から「アップデート」を繰り返し来ている。
前々から「ちゃんと初期化して、キレイに作り直した方が良いなぁ」と思っていたが、それはそれで大変な作業になるため二の足を踏んでいた。

Macintoshは「Time Machine」というバックアップするアプリがある。
一応、外付けHDにデータは格納されているので、それで復元を試みたがうまくいかない。
「これは、いよいよ買い替えかなぁ」と思って、ネットで調べると2~3年の型落ちだと「7~8万円」で通販されていた。
「これくらいなら買ってもいいなぁ」と半分買い替える気持ちになっていたが「一度初期化して、再構築してみるか?」と最後の挑戦という感じでやってみた。

まずは外付けHDの「Time Machine」から起動して、内蔵HDを初期化、その後システムを再インストールしてみた。
すると問題なく起動、そして終了もできる。
「OK!OK!」と喜んで、最新のバックアップデータを復活させて、元の形に戻し、よく使うアプリケーションも使えるか検証してみた。
その結果「Office系はOK」だったが「Adobe系はNG」と言う状態で、そもそも持っていた「Adobe系」アプリのバージョンが古くて、無理無理使っていたためで、今のシステムでは使えない。
「なんとかならないか」と思ったが、無理なようで、仕方なくフリーで使用できる代替アプリを探し「何とか使える」状態にまで戻した。

今回は何とか「復活」させたが、何と言っても我が家の「MacBook Air」は、10年生。
そのうちに「活き還らない」日が来るかもしれないが、やっぱり使えるうちは使いたいのが人情。
しかし、「その日」が来る前には「MacintoshかWindowsか?を決めておかないといけないし、もしもWindowsにするなら、今のバックアップデータが活かせるかも考えておかないといけない。
などと思っているうちに、今度はプリンタが駄目になった。
これも「騙しながら」使っていたが、どうにもインクが出なくなり、諦めて買い替えた。
デジタルデータが自分の周りに溢れていくと、アナログ時代とは違う悩みが出てくるものだ。

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2020年6月 8日 (月)

「麒麟がくる」が面白い

「新型コロナウイルス騒動~その11」「特別定額給付金」をネット申請したことを書いた。
未だに書類は届いていないが、先週無事に入金された。火災保険の更新やその他いろいろでアッと言う間に消えてしまうが、まぁありがたい。
このようにコロナ禍の記録のために書き始めたのは良いが、ずっと続いてしまってなかなかこの話題に触れることは出来なかった。

そもそもこのドラマは、「帰蝶」を演ずる女優さんが、放送開始まで1ヶ月半と迫った時期に不祥事で逮捕されてしまい、急遽代役となり放送自体も2週間遅れで始まるという開始前から話題になったものだ。
「大河ドラマ」をあまり熱心に観る方ではなく、興味があるテーマで、さらに面白くないと止めてしまう。20200601

「龍馬伝」は大好きな幕末でしかも「坂本龍馬」だったので、かなり期待したが「龍馬」にスポットを当てるというよりも「福山雅治」をどうカッコよく見せるかという感じのドラマになっていて、歴史的な順番も「?」と思うようなことが増えて、途中で止めてしまった。
同じく幕末物で「八重の桜」は、会津藩の話を詳しく知りたかったこともあり見始めた。
これは「会津戦争」まではとても面白く、毎週観たが明治後は少し興味が薄れてしまった。
ただこれを観たことで「会津の歴史の旅」はとても充実したものになった。
そして珍しく最後観たのは「真田丸」
脚本が「三谷幸喜」だったので、大丈夫だろうかと思ったが面白かった。
これは「池波正太郎・真田太平記」を読んでいたこともあったが、やっぱり何と言っても「草刈正雄」「真田昌幸」が良かった。
実際の「真田昌幸」も面白い人だし、その魅力が十分伝わるドラマだった。

今回の「麒麟がくる」は明智光秀がテーマ。
この人、個人的には故郷の近くに「明智町」という町があり、そこの出身と言われていたので身近感がある。ただし本当の出身はわからずドラマでは、もう少し岐阜よりの「明智の荘」とされていたが、土岐源氏なども実は「土岐市」という市名が残っており、これも一層身近に感じる。
また今までのところは美濃・尾張が中心の話で、私の住む地方に近く、番組の最後の「史跡紹介」では「ああ、ここは行ったな」とか「こんなところにあるんだ」と思うことがあり、それも楽しみになっている。

それでも最初に挙げた諸々の問題で話題になり「どんなもんだろう」と思って見始めた。
「面白い」
放送直後には話題になったが「道三の毒殺」シーンの衝撃、そして「本木道三」の迫力。
それから代役となった「帰蝶」も良い。
以前、清州城を訪ねた時に、近くの公園に「信長と濃姫」の像を見た。
(ここも先日の史跡紹介で出ていた)
その時の説明では「濃姫(帰蝶)の詳細はよく分かっていない」と書かれていた。
これは主人公である光秀も同じで、だからドラマではかなり勝手に面白くできるのだろう。

「立ち膝の座り方」とか「着物の色合いが派手過ぎる」を最初の頃は意見があったようだが、逆に今までの「時代劇的な表現」が間違っていて、今回のほうが「史実に合っている」とも言われている。
だって衣装デザイナーは、かの「黒澤明の娘、黒澤和子」だ。
本物へのこだわりはきっと父親譲りだろう。
私達の一般的な「時代劇の常識」とは、江戸時代に構築されたもので、戦国時代には通用しない。
良い例は「刀」で、戦国時代は「使い捨てにされていた道具」とのことで、「武士道」に関する考え方も同じだと聞いている。

「真田丸」のオープニングもとても気に入っていたが「麒麟がくる」も良い。
重厚な音楽と「和太鼓が良いなぁ」と思っていたら、20代の頃に好きだった和太鼓奏者「林 英哲氏」でびっくりした。
NHKというところは民放と違って資金が豊富なためオープンセットも含め、ちょっとした映画よりも豪快にそしてこだわって制作している。

前半のMVPでもある「道三」は、2年前に「国盗り物語」を読み返したために、土岐源氏や国衆との関係、そして当時の殿と家来の関係が分かっていて、より面白く感じた。
ただ「道三と深芳野と土岐頼芸」の三角関係は、とてもNHKで流せないくらいドロドロのものだけど。
「新型コロナ」の影響で、撮影ができていないということで「一時休止」になっているが、そろそろ明智光秀が「歴史的資料」に登場する時期に来ている(実際に、越前での生活は一部資料があるようだ)。
今までのように「資料がないから自由に創作」した時代から「ある程度、歴史的事実」を確認しなくてはいけない時代になる。

司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」は、歴史に登場する前の「竜馬像」は司馬さんの創作だが、そこが面白く一般の人の「竜馬像」になってしまっている。
そして「竜馬がゆく」も、その創作部分がとても面白くて人気がある。
個人的な感想だが、この小説の後半は、やはり「歴史的時系列の追従」になっていくため、前半ほど「魅力的な竜馬像」になっていない。
「麒麟がくる」の場合、道三のあとは「信長」像が興味津々である。
「信勝殺害」で見せた「狂気」は、これからの「信長像」を想像させ、ちょっと身震いした。
これからも面白いドラマであり続けていってほしい。

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2020年6月 1日 (月)

元上司の急逝と見送る側の気持ち

まだまだ「新型コロナウイルス」の脅威がなくなったわけではないが、最初の大きな山は越えた感じがする(まだまだ先はわからないが)。
そして6月になり「違う話題を始めよう」と思った矢先20200601_20200525150601 「訃報」が舞い込んだ。
このブログでの「訃報」は、有名な人を取り上げられるが、今回は会社の人。
とは言っても実はこのブログには数年前まではよく「愚痴」の対象として登場した元上司だ。

私より学年で1歳半、学年では2つ上だったと思う。
執行役員だったために60歳で役員定年となり、それをきっかけに「私のいる部署」を離れた。
何度かこの話は書いているが、その「私のいる部署」は、今回亡くなった元上司が設立した。というか、私がまだ子会社いる頃に相談を持ちかけられ、ずいぶん一緒に働いたものだ。
その人の立場が変わるとともに徐々に私とは相容れなくなって(ちょうどその頃に、よくこのブログに愚痴を書いた)、疎遠になっていき、お互いに再雇用の身になってからは、会社の帰りに駐輪場で挨拶するくらいの関係になってしまった。

4月の頃に一度駐輪場であったが、GW前に「あまり良くない」との話が聞こえてきた。
再雇用でも執行役員までやった方なので、それなりに重要なポストに就いていることもあり、そのような情報は「箝口令」が敷かれて詳しいことは分からなかった。
ただ話の内容では「あまり長くない」という感じだったが、先週月曜に「急逝した」との連絡があった。
事前に聞いていたこともあり「思ったより早かったなぁ」と感じたのだが、ちょっとその後が問題となった。

うちの会社は割と昔ながらの風習が残っており、冠婚葬祭では会社から花や電報を送ったり、回覧が回ってくる。
特に逝去された場合は、お世話になった社員のうち可能な人たちは、お通夜やお葬式に出席する。
ところが最近は「家族葬」「近親者のみで執り行う」というものが増えてきた。
それでも社員本人が亡くなった場合は、ごく近しい社員や経営層は「特別」に焼香や香典を送りに出席させてもらうこともある。

今回もそのような「家族葬」「近親者のみ」との希望だったが、私と今の上司の二人くらいは「何とかご焼香を」と会社側からお願いしたみたいだが、どうも本人の「強い希望」とのことで、会社からは「一切何も受け取らない」ということだった。
良く一緒に仕事をしていた営業本部長などは「送る側の気持ちはどうなんだ」と言っていたらしいが、それを含めて「あの人らしい」と思える。
ちょっと批判めいた感じになってしまうが、病状が一気に進み、それまでの役職の後継や業務の引継など、聞いている範囲では十分に出来ていないと言うことだ。
ある意味、最後に会社に負担を掛けてしまったわけで(本人の気持ちは、そうでなかったにしても)、それらを含めてあまり「頑なに」ならなくても良かったのじゃないかと思っている。
ただそれは残されたご家族の「強い希望」らしいので、最後の最後に本人がどう思っていたかは分からないけれど。

以前「加藤和彦氏」が亡くなった時に、盟友である北山修氏は「急に知人が亡くなった場合、7日法要、49日、一周忌、3回忌と順番に『知人の死を受け入れる』ためのステップを経て、亡くなったことを認識していく」と話していた。
しかし今回の元上司は、そのような周りの「受け入れるステップ」の気持ちのことは考えずに「自分の気持」を優先したのだろう。

彼は、父親が「住職」であったために死生観が一般人と違う。
これは同じように「南こうせつ」も実家がお寺だったので、昔から独特の死生観がある。
コンサート中にも「次はいつ会えるかわからないから」と平気で話していたし。
人の「死生観」はそれぞれだから、それは良い。
でも「残された側」「見送る側」の気持ちにも、ちょっとだけ配慮してほしいものだ。
そのうち自分が「見送られる側」になる時に、「見送る側」の気持ちも考えておきたいものだと、元上司の急逝で感じることがあった。

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2020年5月25日 (月)

新型コロナウイルス騒動~その11

結局、5月までずっとこの話題になってしまった。
確かに「コロナ禍」は会社勤務や生活スタイル、さらにスポーツやその中継を含むテレビなどあらゆる面が変わってしまった。
とは言え、そんな中でもいろいろ「感じたり」「思ったり」することもあるわけで、その記録のためにこのシリーズを始めたのだが、こんなに長くなってしまうとは思わなかった。
ただ、その他の話題も「感じたり」「思ったり」 しているわけで、一旦今回で一区切りにしようかと思っているが「予定は未定」なので、次回以降も分からない……。

●「緊急事態宣言解除」で感じる「国と自治体」
最初に「都市封鎖(ロックダウン)」を実施した中国・武漢市が、やはり最初に「制限緩和」を実施した。
国内の場合は、北海道が自治体独自で「緊急事態宣言」を発表し、感染者数が減少し始めたので「解除」したが、国全体が「宣言」を発表した頃には、また増加傾向に転じたため、再度「緊急事態宣言」となった。
「超自粛(小池知事が言い出した言葉で言えば「ステイホーム」)ゴールデンウィーク」でみんなが我慢したおかげで、感染者数は減少し始め、爆発的に増加していた「東京」でも二桁そして一桁の増加になってきた。

GW直後には「宣言の延長」と安倍総理は発表したけれど、「感染者数が減少してきたこと」「経済的に厳しい企業や店舗が増えていること」などの理由で「解除」への気運が高まった。
安倍総理の発表では「状況をみて徐々に解除」と言っていたが「基準が分からない」との声が上がり、いち早く大阪府知事が「大阪モデル」を発表、その後他の自治体も独自の「基準」を発表した。20200525

「基準を示さない」国に対し「大阪モデル」が発表され、ある大臣が説明したのは「大枠は国が決め、あとは地域の判断で実施すべき」とのことで「ちょっと言い訳じみているなぁ」とは思えたが、納得もした。
確かに今回は国として「緊急事態宣言」を発表したけれど、岩手県は唯一感染者が出ていない。
他にも大都市部は「爆発的に感染者が増加」したけれど、同じ県内でも少し田舎だとそうでもない。
このような狭い日本でも、地域地域によって実情が違うのに「国が一律で決める」のは無理があるし、そのような細かな状況が把握するのは「地方自治体」の役目なのだろう。
このことは、今回のコロナ禍だけでなく、あらゆる施策もそうなのだろうと、実感として感じた出来事だった。

●相変わらずの報道
GWは、どこにも出かけられないのでテレビが一日中点いていた。
いつもニュースは見るが、お昼の「ワイドショー」的な番組を見ておらず、GWにはチャンネルを合わせたが、どこも同じような内容を放送。
このことは「東日本大震災」の時にも書いたし、その後の課題として「放送業界」も取り上げていたが、今回も結局一緒だった。

「東日本大震災」の時には、大きくそして広範囲におよぶ大災害だったために「広範囲に必要な情報」「地域に特化した情報」「被災者の状況に合わせた情報」などに分類し、民放各局が協力しあって、それらの情報を分類して流すべきだとの意見があった。
例えば「フジテレビは、〇〇地域の情報」とか「TBSは〇〇のような状況の住民に向けた情報」のように分ければ、見る側が必要な情報を選択してチャンネルを合わせられる。

「スポンサーフィー」で制作している民放は、どうしても視聴率を上げないといけない。
だから「多くの視聴者が興味ある情報」を流すのだが、そうなると「どこも同じような」ものになる。
その反省が「今回も活かされてないなぁ」と思ったのが、それこそ「緊急事態宣言」で個人営業のお店など収入がなくて、苦労しているのだから、放送局も「スポンサーフィー」を度外視する取り組みがあってもよかったのじゃないだろうか?

●特別定額給付金
「国民一人あたり10万円を給付」が決まり早い自治体では5月早々から受付開始となった。
手順としては「自治体からの書類配布→申請→給付」というものらしいが、今の時代「ネットでも受付」にも対応。
ただし、そこで必要となるのは「マイナンバーカード」
まだ書類は届いてない(今の時点で、アベノマスクも届いていない)が、ニュースを見てて「ネットで申請してみようかな?」とやってみた。
PCからだと「ICチップ読み取り機器」がいるとのことだったので、スマホでやってみた。
例の「マイナンバーカード」の暗証番号やパスワードが必要で、一つ一つ丁寧にやってみたら出来た。
一応「申請受付」のメールも来たので、大丈夫だと思うが「ネットで受付」というのは、私のように結構日頃使っている人間でも大変だった。
それにしてもちゃんと「マイナンバーカード」を造っておき、パスワードや暗証番号も控えておいて良かったと安堵した。

●これからどうするかも未知の体験
自治体ごとにしろ部分的にしろ「緊急事態宣言」が解除されたのは良いことだろう。
最後まで残った関東圏と北海道も今日・明日には解除が始まりそうだ。
一部では業種によって要請が継続していたり、自治体の通達が2転3転したり、解除されていない地域の店舗なども営業を始めたりと「もう我慢できない状態」ということが分かる動きも見られる。

だけど、過去の歴史を見ると明治頃に流行した「スペイン風邪」は第3次までピークがあったと聞く。
これも巷では懸念されており、「これで元通りにするのは、危険」と随所で言われている。
現代は、スペイン風邪の時代よりも遥かに世界中の距離が縮まった「グローバルな時代」になっているが、そのような時代にこれだけの規模の感染症の拡大は初めてだ。
そのため「経済活動の再開」をどのように進めていくかは、国によってそして自治体などによって考えながらの進行になるだろうし、企業レベルでも「今後も含めて、どのような対処方法があるか?」とか、「せっかく始めたテレワークをもっと活かそう」など検討すべき課題は山積みだ。

ウチの会社なども、急に大量の「テレワーク」を実施したので、多くの課題が明確になったが、それを「そのまま」にしておかないことが大事だろうと思っている。
でも果たして関連部署がそのような「振り返りと再構築」という活動を考えているかは、甚だ疑問を感じる。
自分も含め「2020年コロナ禍」「今まではこうだった」から「コロナ禍以降のやり方」を構築するための「衝撃度の強いインパクト」で、国も政治家も企業経営者も、そして私たち一人ひとりも「篩(ふるい)にかけられている」出来事なのだと思っている。

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2020年5月18日 (月)

新型コロナウイルス騒動~その10

すでに10回目になってしまって「そろそろこの話題から離れたい」と思っている今日この頃だが、今回は前回書ききれなかった続きを。

●WHOテドロス事務局長解任 電子署名
WHOが「パンデミック」を宣言したのは、3月半ばだった。
そのことは「新型コロナウイルス騒動~その2 爆発的拡大編」で書いたが、個人的な印象としては「遅くない?」という感じだった。20200518

1月中旬くらいから中国・武漢市で拡大し、2月初めには日本、そして世界に拡がり始めた。
それなのに、この「テドロス事務局長」「まだパンデミックとは言えない」とか「死亡率は高いとは言えない」と言い続けていた。
当初はそのまま聞いていて、根拠のない「安心感」を持って見ていたが、どんどん拡がり続けていくようになって「一体WHOは何を見て、そう言っているんだろう」と思うようになった。

ちょうどその頃に見ていたテレビで「テドロス事務局長が中国寄り」である理由を聞いた。
確かに中国で拡大している時には「パンデミックでない」と言い続け、中国で収まりを見せ始めると「パンデミック宣言」し、さらには「中国は新型コロナウイルスを押さえ込んだ」と称賛した。
「押さえ込んだなら、世界に拡がってないんじゃない?」とちょっと呆れたが、どうやら「出身国が中国から多額の支援金でバックアップされている」とか「もともとWHOは中国寄り」などの背景に原因があるようだ。

あまりそういう手の届かない世界に行動を起こす方ではないが「WHOテドロス事務局長の辞任要求、ネット署名102万人超え」という記事を見つけ「どこで署名できるのだろう」と探してみた。
そうしたら「チェンジ・ドット・オーグ」を見つけた。
英語なのでわからなかったが、今は「翻訳機能」があるので、なんとか分かり「電子署名」をしてみた。
さっき見てみたら、すでにこのキャンペーンは終了していたが、100万人を超える署名が集まったということは世界中が「これはヒドイ」と感じた証拠なのだろう。

●批判が心に響かないのは
「新型コロナウイルス騒動~その7」でも書いたが、相変わらず安倍内閣や政府の対応に批判が続いている。
それは国内だけでなく諸外国からもあるようだが、初期の頃に「クルーズ船」で感染拡大した時も対応に世界中から批判された。
ところが、その後批判した国々でも同様にクルーズ船(アメリカなどは空母でも)発生して、やはり同じように感染拡大してしまった。

確かに前回書いたように「強制力を持たない要請」「効果としてどうなのか?」と思ったり、休業している個人事業主の方々は大変だろうと思う。
でも、これって、誰が準備できていたんだろう?
PCR検査が進まないことも体制だったり予算だったりで、「まさかこんなことが」というところが正直なところじゃないだろうか?
「東日本大震災」の時によく聞いた「想定外」じゃないけれど、あの時の政権も批判された。
批判するのは楽だけど、きっと当事者はたまらないだろう。

中でも芸能人のSNSにより「批判コメント」はどうかと思うが、ある時面白い記事を見つけた。
「小泉今日子ら芸能人の“政権批判”が、どこか空虚な理由」がそれだが、それには「批判には自分の立ち位置を明確にする覚悟が必要」とある。
海外の芸能人は普段から「支持政党」を明確にしており、「自分の立場を明確にしてから」批判や意見と述べる。
なのに、日本の芸能人は通常「政治的発言」をしないのに「批判だけ」している。
これでは「周りからの共感は得られない」と言う記事なのだが、これって例えば会議など打ち合わせでも同じことが言えるのだろう。
会社でも上層部に「批判だけ」している人は、そのうち周りから煙たがれる。
「自分の立場で、やれることを実行する人」が、やっぱり共感を得られていくものだ。

●3世たちとのテレビ電話
GW中に娘から「できない?」と言われ、ちょっと日程が合わなかったが、GW明け後の土曜日にやってあげた。
「クルマで1時間」とそんなに離れていないところに住んでいるが、とにかく3世たちは「どこにも行けない」状態が続いているようで、たまには「変化のあること」を体験させたいんだろうと思って対応してあげた。
下の姫は、アンパンマンのぬいぐるみを画面にいっぱいに見せるので「肝心の顔が見えないよ」と言ったり、上の王子は、今年「6年生」になったので、その様子を聞いてみた。
3月から1度も学校も行ってないし、宿題も出てないようで娘は「ちょっと心配」と言っていた。
3世たちの時代は、こうやって普通に「テレビ電話が当たり前」になっていくのだろうなぁ。

先週末、39府県で「制限解除」が決まった。
果たして、それがまたどんな影響を及ぼすのか?
今回の解除では「ある一定の数値」が表示され、政府・自治体そして企業など「さまざまなルール」を設定し始めてきた。
コロナ禍は未曾有の出来事だが、こんな時だからこそ感じたり学んだり出来ることがあると感じる。

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2020年5月11日 (月)

新型コロナウイルス騒動~その9

GW(ゴールデン・ウイーク)を挟んだが、まだまだ「新型コロナウイルス」の嵐は吹いている。「緊急事態宣言(テレビを見ていたら局によっては『非常事態』と表現していたところもあった。どっちが正解なんだろう)が出てから1ヶ月、ブログでも9回目になった。

●「国民性」に期待した日本モデルは正解だったのか?
中国の武漢市で始まった「ロックダウン(都市封鎖)」
最初聞いた時には「中国だからできるんだ」と思ったが、世界的に広がると欧米諸国も強制的に「ロックダウン」を実施した。20200511_20200508111701
日本の「要請」ではなく「罰則」される強制的な施策だが、この策を日本が採用しなかったのは「新型コロナウイルス騒動~その7」にも書いたが、「「日本人は秩序を保つ」ことに期待してこの難しい施策に挑戦している」 とのことだった。

でも「休業要請」しても営業する「パチンコ店」そして遠くから行列を成して並ぶ利用者や、親が「医療従事者」ということで子供の幼稚園が「登園を拒否」などネガティブなニュースも流れた。
もちろんテレビやネットなどに取り上げられるということは、「多くの人の中には、そのような店や人がいる」ということなのだろう。
とはいえ「日本人の秩序」に期待して「要請」レベルで済ませているのに、このようなことが多発すると「強制」「指導」などになってしまうのは、残念なことだ。

●コロナ禍で感じる変化
この2ヶ月でどんどん変化していっているのを「備忘録」として綴ってることからも分かるように様々な変化が起きている。
前回書いた「テレワーク」もその中の一つだが、仕事柄気づくこともあった。

それは新聞に挟まれる「チラシ」の内容だ。
そもそも「チラシ」「店に集客する」目的のためにバラまくのものだが、それが「3密(密閉、密集、密接)」になるため、いつもとは違った内容のものがいくつか見られた。
ホームセンターの「カインズ」では、商品は一切掲載せずに全面に「安全にお買物いただくためにご協力お願いします。」という注意喚起をメインにしたものが見られた。
他にも近所の中華料理店では「宅配メニュー」を掲載したものなど「店に集客する」ためではないことを訴求ポイントとしている点が、とても大きな変化点だ。
こんなことは長く企画やデザインの仕事をしてきて初めてのことで、再雇用の立場ではあるが貴重な体験をしていると思っている。

他にはGW。

会社から通達もあり「4月30日・5月1日」を有休にしたために1週間以上の長い休みだった。

天気もまずまずだったが、このような状況なので、どこも出かけず籠っていた。
それは他の人達も同じようで、GWでの風物詩になっている「高速道路の大渋滞」もなく、新幹線の乗車率も「95%減」と、とにかく今年のGWは「人が動かなかった」という生まれて初めての体験をした。
すでに中国では起き始めているようだが、「規制緩和」になった時の反動が怖いくらい人々は自粛三昧のGWだった。

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2020年4月27日 (月)

新型コロナウイルス騒動~その8

振り返ってみると3月の初めにこの「新型コロナウイルス」の備忘録として始めたこのシリーズだが、もう2ヶ月も続いてしまった。
そしてまだまだ「終息の気配」も見えてないため、これからも続いていくのだろう
会社でも少し話したが「東日本大震災」の時は、それはそれで日本中ひっくり返ってしまう大災害だったが、今から思えば「これからは、1つずつ日常に戻るために頑張ろう」というポジティブな気持ちになれた。
しかし今回の「新型コロナウイルス」については「いつ頃」とか「どのように」といった先が見えないために、なかなかポジティブな気持ちにスイッチが切り替えられない。

●ついにテレワークに
先週少し書いたが、新人研修の私の対応部分が終わり24日の金曜からテレワークに入った。20200427_20200426164401
朝起きて「パジャマのままではダメだよね」と着替えて、朝食を取り就業開始時間にあわせて会社から持ち帰ったノートPCを立ち上げて、仕事開始。

まずは、あるお客様の仕事のスタッフ間のテレワーク設定。
会社の人間同士の接続は簡単にできるが、協力会社のスタッフは外部の人間なので、セキュリティの関係上繋げない。
協力会社側から「招待されない」と接続できないが、協力会社側も簡単に外部と接続できないようにしてあったようで、どうしようかと思っていた。
当社の営業担当もあまり詳しくないし、協力会社のディレクターも「ちょっとわからない」となっていたので、その設定を初日の仕事に充てた。
ここでは詳しく書けないが、まぁちょっとしたアイディアで接続でき、最初はお互いに電話で接続を確認、夕方には「私+営業+協力会社スタッフ」の3者でビデオ通信できるようになった。

他にもテレワークに入っている他部署のスタッフからメールが来たり、出社しているスタッフからも「ちょっと確認してほしい」との連絡があり、なんだかんだで1日過ぎてしまった。
家から一歩も出なくてもある程度「業務処理」ができるんだという実感もあったが、逆に「出社している人への負荷」も考えさせられた。

今まで私は「出社している側」だった。
そのため「テレワーク」の人のために伝言したりセットしたり手配を頼まれたりして「結局、出ているスタッフに負荷かけている」と思っていた。
ところが自分がテレワーク側になると、先ほどの「確認作業」など同じ会社にいれば、ちょっと見ればすぐに済む作業が、PDFを送ってもらい、メールでやり取りするといった別の作業が増える。
当社のテレワーク導入にあたって「効率が良くなった」と答える人が多かったが、それはテレワーク側の意見で、出社した人の意見は含まれていない。
「テレワーク」する場合には、「テレワーク側の役割」「出社している側の役割」を明確にしておかないと、かなりの不公平感が出るのではないかと、今後の課題を1日目で感じてしまった。

●GWは有給促進日に
GWに入る少し前に「GW中はできるだけ有給取得して出社しないように」と緊急の社内通達があった。
「出社しないと仕事にならない業種」もあるが、今の「緊急事態状況」だと「会社に行くことは良くないこと」と感じることも増えて、私も半分はテレワーク、半分は有休を取ることにした。

とは言え、半日だけどうしても出社が必要となっている。
それは、このような状況下で、すでに2ヶ月社長が出席する全体朝礼ができておらず、それを「ビデオ撮影し、社員が見る」」という新しい試みをすることになったからだ。
思いついたある部署の副部長が、最初に私に相談して来たために、その「社長撮影」に立ち会うこととなったためだが、それ以外は会社に出る必要はなくなっている。

定年後、再雇用の立場でこのような勤務を体験していると「これからは毎日会社に出かける」という考え方じゃない働き方が徐々に進むんじゃないかと実感している。
「新型コロナウイルス」は大変な厄災だけれど、こういうことがないと「大変革」は一気に進まないものだと改めて感じざるを得ない。
ついでに書けば、テレワークになったために、それまであまり速度が速くない古いWiFiルータを使っていたが、「この機会に」と思い買い換えた。

●岡江久美子さん、急死
私と同じような年齢の女優さんだが、急激に症状が悪化して亡くなった。
「志村けん」の時も思ったが、この「新型コロナウイルス」の怖いところは人によっては「あっ」という間に命を落としてしまう点だ。
これだけ蔓延していくと「私は大丈夫」と思うよりも「いつかは感染する」と思っていた方が良いと思えてきているが、それにしても「自分は軽く済む」という保証はない。
やはりテレワークなどを利用して、外にはなるべくでないことが、今は良いようだ。

一人暮らしなので、万が一感染して「自宅で様子を見る」となるとかなり不安だと思っていた。
直近では「容態が急変した時に間に合わない」との意見も出て「ホテルなどの施設」で経過観察にしようとの流れが出ている。
私のような一人暮らしの人間には、その方が安心な気がする。
私の人生の中で、もっとも楽しみのないGWが始まっていく。

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