2015年9月 7日 (月)

デザインの魔女狩り「東京オリンピック2020 エンブレム問題」

Majogari仕事柄、触れないままはいけないと思い、さらに得意の備忘録として今回はこの話題にした。

「東京オリンピック2020 エンブレム問題」
ついに先週、取り下げとなり白紙撤回されてしまった。

ここからは個人的な見解で、決して法律の専門家でないので、「あなたは間違っている」と怒らないでほしい。
さらに言えばデザインにおける「商標権」とか「著作権」は、非常に曖昧かつ微妙なものなのだ。昨今巷で言われるように単純に「パクリだ!」「真似した!」と騒ぐのは、「そういう法律のこと知らなくて騒いでいるんです」と証明しているようなものだとも思っている。

例の「エンブレム」のデザインについて言えば、個人的には問題ないと思っている。
さらに展開例の使用された写真についても、当初は「非公開的な資料」とのことだったので、使用許諾を得なかったのも、やむを得なかったか?とも思える。(もちろん、企業のリスクマネジメントとしてはアウトだけれど)

その事務所の「盗作」「パクリ」で、個人的に「これはアウトだなぁ」と思うのは、トートバッグの2~3種類のデザインで、それ以外はセーフだと思う。
ただし、事務所の雰囲気として「いろんなものを参考に創れ」という空気が濃いんだろうなぁと想像はできる。

私たちはデザインを考える時、さまざま資料を見て「アイディアのフック」とする。全く白い紙の上で、いきなりオリジナルのデザインを創作することなんて、まずない。

「アイディアのフック」として参考にして、完成は全く違うものになることもあれば、少しテイストが残ることもある。
それをイチイチ目くじら立てて、「パクリだ!」と言われては、ほとんどのデザイナーは仕事ができなくなる。

ある新聞の記事である美術評論家が以下のようなことを書いていた。
「デザインとは本来、オリジナリティを追求する『表現』や『作品』であるよりも、既存の意匠をどう解釈し、新しさを創出するかの知恵比べにこそ、作り手の腕が問われるのだという原点に立ち返るべきだ」

まさに、この言葉通りだと思っている。
それをネットの機能を使って「パクリ」「盗作」を騒ぐのは、中世の「魔女狩り」の心理状態と何の変りもない。

今回のオリンピックのデザイン選考には「グラフィックデザイン界の巨匠」である永井一正氏がいた。そして先の新聞にも松永真氏などがコメントを寄せている。
これら巨匠が「デザインとはこういうものだ!」としっかり指針を出すべきなんじゃないかなぁ。
そして、巨匠たちが、ネットの意見に流されて、常に対応が後手後手に回ってしまい、余計に混乱を招き、「白紙中止」という最悪の結果になったと思う。
これこそが、時代の先駆者であったデザイン界の巨匠が、時代に合わなくなっている証しなのかもしれない。

この事件、ネットの功罪の総括であると、あるネットに書かれていたが、私のような仕事をしている人間には覚えておくべき出来事だと思った。

| | コメント (0)

2015年1月19日 (月)

「ワクワク」を感じること

今年の正月に娘一家が来たことは、前に書いた。
婿と娘は、デザインの専門学校で知り合い、婿は私と同じ会社でデザイン系の仕事をしているし、娘も一時期個人事務所にバイトをしていた。

Pikutoguramuそういう意味では3人の共通ワードとして「デザイン」がある。
なので、正月に再放送されていた「NHKが面白い~オリンピックをデザインした男たち」を一緒に見た。
この番組については昨年の12月に、このブログで書いたが、グラフィックデザインの創成期の話であり、娘夫婦も興味があると思った。

彼女たちが一番興味を持ったのは「ピクトグラム」の制作。
そこで、彼らには分からないだろうなぁと思って、思わず解説したことがある。
それは「シャワー」「サウナ」を制作するところ。

最初、彼女たちは、なぜ苦労しているか分からない様子だった。
なので、「シャワーもサウナも、今みたいに身近になく見たこともないものだった」と話してやると、しきりに感心していた。

「今みたいにインターネットもないから簡単に調べられないし、モノが豊かにない時代だから、一生懸命想像したり話したりするんだよ」
こう話すと二人とも
「なんか、すごく楽しそう」
と話していた。

「大変そうだけれど、ワクワクする」

二人はそう話していたが、そうか、今の時代はいろんなことが分かったり、簡単に調べられる。
だから、苦労は少ないのだろうけれど「ワクワク」することは少ないのかも知れない。

そうそう、私の若い時の時代、デザインは頭の中のイメージをラフに描いたり、版下、製版、印刷と順に工程を進めないと完成形がなかなか見えなかった。
だけど、ある意味「ワクワク」していた。
版下校正や色校正や、その工程ごとの確認で「ワクワク」したり「ドキドキ」したり、そして時には「がっかり」したり。

何でもすぐに手に入れられたり、調べられたり、確認できたりすることは「ワクワク」がなくなることなのかなぁと、彼女たちの会話を聞いて思った。
ただ彼女たちは、デザインというものに携わっている分、普通の人よりは「ワクワク」を感じやすい場所にいるのだと思う。

20~30代はやっぱり「ワクワク」を感じて働いて欲しいなぁ。
そして、自分自身の「ワクワク」がどこにあるのか、見つけて欲しいなぁと娘夫婦を見て、思った。

| | コメント (0)

2014年12月 8日 (月)

NHKが面白い~オリンピックをデザインした男たち

少し前のことだが、この秋NHKで放送された番組で2本ばかり面白かったので、今回、次回とその話題で。

1回目は「オリンピックをデザインした男たち」
今年、東京オリンピックから50年経ち、そして2020年に2回目の東京オリンピックを迎えるということで、NHKはこの秋「オリンピック」をテーマにした番組が放送されたが、これもその中の1つ。Nhk_tokyodegin_2

この番組は、私の職業に直結し、そして「へぇ~~、そうだったのか」と思う話が満載だった。
この「デザインした男たち」は、今では故人の方やグラフィックデザイン界の重鎮になっているが、当時は30歳前後の若手デザイナーたち。
「横尾忠則、田中一光、永井一正」なんて人たちの名前が登場する。

この人たちがオリンピック開催の1年半前に集められ、オリンピック開催に必要なすべてのデザインを制作した話だが、当時の日本のデザインは黎明期。
欧米の追随的なデザインで最初の案を出したら、オリンピックの事務局から「なぜ日本らしいデザインを出さないのか?」と言われたところから、彼らの戦いが始まる。

●開催シンボルマーク
今じゃ、当たり前の開催国ごとに創られるシンボルマーク(右側の画像の上部分)。
実は東京オリンピックが初めてだったそうだ。そしてそのモチーフとしたのは、太閤秀吉の陣羽織のデザインだったとか。

●デザインマニュアル
そうして創られた数々のデザインを国を挙げて盛り上げるために、いろいろなところで使ってもらうことにした。
そして、どこで使っても同じデザインとなるように、色やサイズを正確に決めたデザインマニュアルを制作。
私たちが実務として学校で習ったり、VIマニュアルなどを創るが、これも東京オリンピックから日本では使われたものなのだそうだ。

●ピクトグラム
これは専門用語だが、普通に街にあふれているものだ。
トイレの「男女」のマークが代表的だが、いろいろな場所を示す「絵文字」のこと(右側の画像の下部分)。
アジア圏で初めて開かれた東京オリンピックだが、世界中の国が集まり、言語が多種多様。それらの人たちに「どこに何があるか?」と知らせるために、世界で初めて本格的に導入。
当時のデザイナーたちが一番苦労したデザインだったようだ。

●権利の放棄
最後に、これらのオリンピック関係の著作権を、当時のデザイン責任者だった勝見勝氏の「権利は所有せず、次の国へのバトンタッチとしたい」との願いから放棄。
これによって、東京オリンピック以降各国で開かれるオリンピックにもさまざまなデザインが受け継がれていくことになった。

たった50分のドキュメンタリーだったが、デザインを生業にしてきた私にとって、すごく興味深い番組だった。
録画していたが、消してしまったのが悔やまれる。
再放送してくれないかなぁ~~。

| | コメント (0)

2013年10月15日 (火)

2回目の東京五輪(記事数993件目)

ちょっと(かなりかな?)時間が経って、一時期の「バンザイ、バンザイ」一辺倒の感想じゃなくなって来てるが、ここらで東京五輪の話題を。Tokyo2020
どうも生まれながらの「天邪鬼」なのか、みんなが騒いでいる時に同じ話題で騒ぐのって、どうも苦手(というか江戸的に言えば粋じゃない)。
なので、こんな時期にこの話題を出してみた。

決まってすぐに会社で話していると、1964年の東京五輪を知っている人の少なさに、ちょっとびっくりした。
でも、考えてみれば当たり前。
今年56歳である私が、小学校1年生の時に、1回目の東京五輪があったのだがら、私より年下の人間は、生まれていても記憶に残っていないだろう。

そんな小学校1年生の私ですら、とても印象的に東京オリンピックのことは記憶している。
聖火ランナーの姿に感動して、当時おもちゃ屋の息子だった私は、プラスチックの刀の先に「炎」の絵を書いて、持って走っていた記憶がある。
そして商店街には人がほとんどいなかったことも。

他にも今じゃ普通に乗っている新幹線も「夢の超特急」と呼ばれたり、首都高速が開通したり、明るく素敵な未来を感じていた。
特に新幹線はおもちゃ屋の子供にとっては、身近にあるおもちゃとして、とてもインパクト強く残っている。
とにかくあの東京オリンピックを経験した世代にとっては「オリンピック」は特別なものとなっている。

さて、7年後に開かれる東京五輪って、どうなるのだろう。
私個人としても先に書いたように「小学校1年生」として始まりの年齢で前回があり、7年後だと62歳。定年を迎えた後となり、奇妙な因縁を感じる。

そして圧倒的に違うのがメディアだろう。
1964年当時にはテレビ・新聞・ラジオが中心で報道されていた。
特にテレビはまだまだ新しいメディアで、とてもみんなが熱狂した道具だった。
でも、今から7年後は、どうなっているだろう。
今でもネットやスマホは当たり前。
そしておそらくデジタル技術や無線ネット技術はもっと進むだろうから、物凄い先進的なインフラの中での東京五輪になるんじゃないだろうか?

定年後に迎えるオリンピック。
ゆっくりと東京見物がてら行けたらいいなぁと夢見てもいる。

| | コメント (0)

2012年8月17日 (金)

国の違い

今日、55歳になった。
すごいなぁ~55歳だって。
部下から見れば「外見も中身も、十分に完全におっさんだ」と思われているだろうが、頭の中は、そうでもない。
感覚として30代くらいのつもりでいるが、体力的には正直なものでまったく無理になっている。

Kuninotigaiさて、オリンピックが終わった。
そして夏休みも終わった。
私の住んでいる地域は天候が不順だったせいもあり、家でゴロゴロしているだけの夏休みだったし、オリンピックもあったので、余計に引き籠り状態だった。

メダル獲得数が過去最高。
特に団体競技の獲得が増加。
さらに、獲得競技数も増加。

終了後に各メディアで騒がれたのは、大体こんな感じのことで、あとはメダル獲得者が出演!なんて感じが多かったかな。
そんな番組を、エアコンの効いた部屋でのんびり見ていて、ふっと思った。
「なんだか、今度のオリンピックは結構感動したなぁ」

なぜなんだろう?
やっぱりメダルをたくさん獲得したから?
それとも団体競技で獲得数が多かったから?
確かに、そうなんだろうなぁと思っていたが、前回ってどこだっけ?と思い直した。
人間の記憶なんていい加減なもんで、たった4年前なのに、もう忘れている。

そう、前は「北京」だった。
そして、今回は「ロンドン」
感じた違いは、その観客の質の良さだった気がする。

メダルを獲得していなくても、自国の選手じゃなくても、そして例え大した記録じゃなくても、いろんな意味で「拍手」を送るべき選手には、最大の賛辞であるスタンディングオベーションを送っていた。

バトミントンで、足を負傷してなお試合を続けようとした佐藤選手。
両足が義足の南アフリカの選手。
そして、女子サッカーの決勝戦。

終了後の大観客の拍手する姿は、今回のオリンピックの中で、最も感動した場面でもある。
前回の北京ではなかなか感じない場面だったが、オリンピックという一大イベントは、選手だけでなく観客も含めて成立しているものだと今回、初めて感じたことだった。

| | コメント (2)

2012年8月 9日 (木)

ロンドン五輪~お家芸とルール変更

オリンピックも終わりに近づいたが前回に続いて、もう1回だけ。
ただ、今回の話はオリンピックに限ったことではないけれど。

02_oiegei前に少し書いたが今回のオリンピック、柔道がイマイチだった。
おかげで、議員先生になってしまっているのに「皆さんの要望があれば、復帰も・・・・」と現役選手に対して、とても失礼なコメントをしている元女性柔道家(あえて名前は出さないけれど)でメダリストの人がいる。

今回の柔道の不振は、ルール変更と直接関係ないとは思うが、ポイントの与え方や度重なる審判の不手際(誤審も含む)などを見ていると
「何のためのルール変更なんだろう」
と思ってしまう。

元々、こういった世界レベルで争われるスポーツの場合、どこかに「公平性」だったり「エンタテイメント性(ドキドキして観戦するという意味で)」だったりを考慮してルールは変更される。
柔道の胴着のカラー化は、「分かり易さ」という意味なんだろうけれど、たまに
「それって、単に日本が強いから、嫌がらせなんじゃない?」と思うこともある。

一時期とっても強かった冬季五輪の複合(荻原兄弟の)なども、あまり日本勢ばかり活躍するので、ポイントの方法を変えてしまい、その後日本は勝てなくなった。
スゴイ詳しいわけでないので、断言できないが、どうもこの「ルール変更」には、人種的なえこひいき(差別とまではいかない)が臭う。

以前フォーミュラ1(通称F1)で、ホンダが強かった頃がある。
クルマに詳しい人にしかわからないが、その頃は「ターボエンジン」という過給システムで馬力を上げるものが主流だったが、その技術でホンダはとても強かった。
そうしたら「過給圧」を制限するルールに変更された。
それでもホンダが勝つと最後には「ターボエンジン禁止」となった。
これが、もし欧米のチームだったら、そんなことになっただろうか?と当時思ったりした。

善人的な見方で「公平性を優先して、よりエキセントリックにしている」とするならば、「柔道は日本のお家芸」と絶叫するのは、スポーツの見方としてズレていると思った方が良いのではないだろうか?
いずれにしろ人間が運営するものだから、何らかの圧力や思惑があって当然のことではある。

| | コメント (0)

2012年8月 6日 (月)

ロンドン五輪~スマホのある五輪

定期的に記事をアップしていたが、ついに1週空いてしまった。
特に他意はないけれど忙しくて、記事が書けなかった。

01_gorinそう思っているうちに「ロンドン・オリンピック」が始まってしまった。
今は夏と冬を異なる年に開催するため、ブログを見返してみると2年に1度、オリンピックの話題を取り上げている。
なので、今回も「一応は記録性の意味も込めて取り上げるか」と思った。
いつものように競技のこと、選手のこと、開催国のことなどいろんな視点のことを考えたが、今回これまでと違うことに気付いた。

それは昨年春から会社支給で「スマホ」を使うようになったことだ。
私のオリンピックの一番古い記憶は「東京オリンピック」だ。
うっすら記憶にあるのは、聖火リレーに感動したらしく、その後、おもちゃの刀に炎の絵を書いて、聖火に見立てて走り回っており、それをお袋が大笑いしていたことだ。

その当時から、ついこの前まではテレビやラジオ、そして新聞で競技の状況が発信されていた。
だから、会社にいる間は当然見られないわけで、帰宅してからニュースなどで初めて結果を知り、一喜一憂していた。

それがインターネットが発達すると、会社のPCを通してリアルタイムに近い状態で状況が把握できるようになり、それが普通になっていった。
特に、今回のように時差がある場合は、会社にいる時間に競技が進行するわけではないので良いのだが、前回の北京のように時差がないと、こちらが働いている時に、どんどん状況が変化する。
そんな時にインターネットは便利だ。

そして今回。
もっと便利なことに「スマホ」という新しいツールが楽しみ方を変えている。
「スマホ」は電話が出来る小さなコンピュータなので、さっき書いたPCと同様にリアルタイムに近い状態で、進行が分かる。
今のように毎週東京に出張に行っていても、眠くてテレビを消して寝る前にも、起きてすぐにも「スマホ」さえ見れば、結果も進行もわかる。
これはすごい。
今回あまり活躍していない柔道などは、テレビで放映していない1回戦からの状況を伝えてくる。
だから「あ~~3回戦で敗退しちゃったんだ」とテレビを見ないことも出来る。

あの東京オリンピックは、我々より上の年代には、とてもインパクトの大きい一大イベントだったが、今のように瞬時に状況がわかるような楽しみ方が世界中で出来るようになるとは、想像すらしなかったのである。

| | コメント (0)

2010年2月23日 (火)

オリンピックの魅力

先週「変わらない『押し売り感動』」で、ちょっとばかりオリンピック番組にクレームをつけたが、すぐその後に「こんなシーンが魅力だよね?」と感じたので記事にした。

どうも私は「勝者」よりも「敗者」に起きる出来事が琴線に触れるようで、今までも「敗者の弁」を初めとして、同じような感想をブログにしてきている。
今回も同じく「敗者」の出来事。

Orinpiku

オリンピック男子フィギア。
ニュースで流れた通り、銅メダルは「高橋大輔」が日本人初のメダル、そして大けがを乗り越えてのメダルと言うことで、スポットを浴びた。
きっと後々に振り返ってみると、この快挙は記録に残り、語られるだろう。

でも私はちょっと違う。何かと言うと例の「織田信成」のスケート靴のひもが切れた出来事。
確か、彼は不祥事があったり、成績は悪いと「涙を流した」会見が多い記憶がある。
今回も「悔しさ」からの涙の会見だったが、私はそのことに感動したのではない。

演技を中断し、ひもを結び直して、再び彼がリンクに姿を見せた時の「拍手」
観客の
大きさ、暖かさ、激励・・・いろんなものが混じり合った「拍手」
このシーンを見た時に「これがオリンピックの魅力なんだ」と感動した。

最近は、すっかりご無沙汰になってしまったが、モータースポーツでもそんなシーンはある。
例えば「8耐」では、転倒などによるマシン破壊でも、選手はマシンを押してピットまで戻って来て修理することがある。
そんな時、観客は自分たちの目の前を、選手がマシンを押して通り過ぎるまで「拍手しつづける」のである。
このレースは真夏のレースだ。
40度近くの気温の中、ヘルメットをかぶりレザースーツを着たまま、数百キロのマシンを押している姿。
もう、結果は見えている。
「棄権」「ゴールできるか」
この違いだけのために、選手はくたくたになってマシンを押して来る。

今回の織田選手の姿に送られた観客の拍手には、そんな「選手としての前向きさ」に対しての観客からの最大の「賛辞」だったと思う。
「観客が一緒になって創り上げる舞台」
これがオリンピックの、スポーツの本当の魅力のような気がする。

| | コメント (0)

2010年2月19日 (金)

変わらない「押し売り感動」

このブログも長くなったと今回改めて思った。
前回の冬季オリンピックの年に始めたブログなのだが、2回目の冬季オリンピックを迎えてしまった。

5rin_aiko

この記事を書いている段階では、まだ開会式が終わって序盤の競技が始まってるくらいだが、なんだか「感動の押しつけ」臭さを感じながらテレビを見ている。
「今回からか?」と思ったが、こう言う時にはブログはありがたい。
過去記事を見たらありました!
「トリノの話」
ちょっと見方は違うけれど「トップクラスばかりのニュースは・・・」と書いてある。

今回で言えば「上村愛子さん」のこと。
昨年ワールドカップで良い成績だったため、一気にメダルの期待が高まった。
だからだろう。
テレビ各局は「ドキュメンタリー」で今までの歩みみたいなものを放映して、競技は「ライブ」を除けば、ほんのちょっとだけって感じ。

「メダルは取れなかったけれど、こんなに努力して来た彼女に感動してね!」
そんな狙いが見え見え、しかも、どのテレビ局も同じような趣向で放送して来る。

ひねくれ者の私なんかは
「感動するか、しないかは、俺が決めるんだよ」
とばかりにチャンネルを変えてしまうような始末だ。

なんだかこんな「感動の押し売り」は実際に競技を行う人にも変な影響を与えている気がする。
「上村愛子さん」のように「バックアップしてくれた人への恩返しのためのメダル獲得へのプレッシャー」もある。
そして何の競技か知らないけれど「国母」という21歳の若者の崩した制服姿や記者会見の対応。
この「国母」という若者。
テレビの上っ面しか見て育っていないのか、自分のオリンピック参加にどれだけの税金が使われ、どれだけの人がバックアップに付いているのかも理解していないのではないかと思える。

実は前回の「トリノの話」でも、同じようなコメントを書いていた。

成田童夢なんて若者の選手は、オリンピックが特別なものと分からずに出場してしまったのが画面を通しても感じられて、ちょっと嫌な気持ちになったのは、何度も何度もオリンピックをTVで見てきた年寄りだからでしょうか・・・

これからもっともっとつまらない「押し売りのような感動」オリンピック放送になるんだろうか???

| | コメント (0)

2008年8月18日 (月)

休み明けに思うこと

土・日を入れて、長くもない5日間の夏休みが終わった。
どこに行っても混雑しているし、暑いだけだと、ゴロゴロした毎日だった。

ただ、今年はオリンピックがあったので、注目競技はテレビで見て、負けると悔しくてチャンネルを変え、メダルを取ると選手のインタビューを聞きながら、時にはウルウルしていた。
(どうも涙腺が弱くなっているようで・・・・)

特に北島の100m金メダルでの
「何も言えねえ」
は、心に沁みる彼の人柄が分かる良い言葉だった。
2008orinpic
そうそう、最近はちょっと長い休みがあると「掃除しないと」と思う。
というか、夏休みと年末年始休暇位しか長い休みがないので、そんな時にしか日頃気になっているところを掃除出来ないってのが本当のところだ。

今回は、フローリングの床の汚れが気になっていたので、掃除した。
いつもは掃除機でザッとしかしないが、今回は真剣に拭き掃除した。

よりによって昼過ぎからやり始めたので、めちゃくちゃ暑い時間になり、Tシャツも汗でびっしょりになったが、おかげで床は奇麗になった。
その後のシャワーの気持ちよかったこと!
(ただ、次の日に筋肉痛になって、日頃の運動不足を再認識したけれど)

そんなことがあって5日間の休みが終わって、今日からまた会社が始まった。
最近、こんな休み明けに思うのは
「感覚の違和感」である。

いつもは日常の行動なので、気づかないのだが会社に来て、仕事をしていると言うのは、とんでもなく「ストレス」が掛かっていることに気づかされる。
概ねこの感覚は半日ほどで無くなっていき、いつもの感覚になるのだが、若い頃にはなかった感覚だ。

若い時の方が、休み明けの出社は嫌で嫌で仕方なかった。
「もう、ずる休みしようかな〜〜」と真剣に思うくらいだった。

結婚している時には、逆に家の方が疲れていた(奥さまと子供のペースに合わせるのがストレスになるのだが・・・・)。
だから、ちょっと長い休みだと「早く会社始まらないかな〜」なんて思うこともあった。

今は、まったくのマイペースで生活しているせいか、「もう明日から会社か〜〜」と思うのだが、とにかくここ2〜3年は休み明けの「違和感」を感じていることは確かだ。

休み中に51歳になったが、長く働いてくると誰もがそう感じるのか、それとも見えないところでストレスに疲れているのか?
いずれにしても休み明けの「違和感」は、あと少しで消えていくのだろう・・・・。

| | コメント (4)

より以前の記事一覧