2020年8月17日 (月)

会社に行かない生活を準備

本日、63歳になった。
そんなことより今年はあらゆることが「コロナ禍」の影響を受けている。
8月といえば「夏休み」なのだが、学生たちは「緊急事態宣言」の影響で学校を休みにしたために通常の夏季休暇などで調整していて、3世たちも可哀想に、とても短い夏休みらしい。20200803

それに、今年コロナ禍にならなかったら「東京オリンピック」が開催され、昨年の「ラグビーワールドカップ」以上の盛り上がりになっていただろう。
過ぎてしまったけれど、7月後半の4連休は確か「オリンピック開幕」にあわせて今年限りのカレンダーだった。
ちょっと話はズレるが、昨年の今頃「来年の夏は、東京出張は無理だね」と話していた記憶がある。
きっとビジネスホテル等は「皮算用」をしていただろうが「世の中何が起こるのか分からない」という言葉が、今年ほど当てはまる年はない気がする。

コロナ禍の影響といえば、今まで書いてきたように仕事絡みが一番なのだが、個人としても「休みを取って旅行」ということが出来なくなっていることも大きい。
それに何となく「外食」も控えて最近は(出来合いのもので済ませているけれど)簡単な自炊生活にもなっている。
そのため5月GWも、7月後半の4連休も、そして今月の夏季休暇も、旅行などには行けず「家籠もり」になることが多い。
旅行に出かけられないのは他にも原因があるにしろ、やっぱりコロナ禍が大きい。
なにせ、最近は「日帰り温泉」もちょっと躊躇してしまっていて、本当に「コロナ前とコロナ後」と生活は大きく変わってしまった。

そんな「家籠もり」の日々が続くと「再雇用を終えて、会社に行かなくなると、どんな生活になるのだろう」と思うことが増えた。
ずっと会社勤めを続けてきて、定年後も再雇用としてやっぱり毎日会社に行っている。
日曜の夜や連休最後の日など「あ~あ、明日また会社かぁ」と思うのだが、考えてみたらそんな生活も、もう長くは続かない。
今月63歳になる私は、社内規定的には「要望すれば無条件に再雇用」される年齢ではなくなる。
このコロナ禍の時代、世界中どんな企業も(ごく一部を除いて)経営状態はよろしくない。
出来れば65歳の年金支給が本格的に始まる年齢まで、お世話になりたいと思っているが、それにしても10年とかいう単位で、会社勤めを続けることはない立場になっている。

休みの日に家でそんなことを考えていると「会社に行かない生活」というものを、そろそろ真剣に考えて準備しておかないといけないなぁと思うようになった。
自分が定年になってから感じるのだが「周りから必要とされていること」が、実はとても大切なのだと思うようになった。
「必要」と思ってもらわないと再雇用で勤め続けられないし、周りからの相談も受けない。
今は「会社」というところにいるので、それなりに「必要」とされているけれど、これが「会社に行かない生活」になったら、どうなるのだろう?

年齢を重ねるうちに「知識欲」は高まる一方で、いろんな史跡を訪ねてみたいし、いろんな本を読んだり、博物館・美術館へも行ってもみたい。
でも、それは「周りから必要」とされるわけじゃないので自分が「面倒だな」と思ってしまうと「何もしなくなる」ような気がする。(生来、とても怠け者なので)
63歳になり「会社に行かない生活」の計画を立てておかないと思っているが、このコロナ禍では、なかなかアクティブな計画がイメージできない。

以前、同じマンションで隣にいた人は退職後「何もすることがなくて暇で」と話していたが、そろそろ私自身もそんなことを心配する年齢になったということだ。
管理職時代に覚えた週単位、月単位、そして年単位で「行ってみたいところ」「読んでおきたい本」などのロードマップの作成を、まずは今年の「やること」にして計画する準備を始めてみようと思う。

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2020年8月 3日 (月)

再び増加を続ける「新型コロナウイルス」にはどうしたら良い?

先週、「テレワーク」のリスクについて書いたばかりだが、その見直しや準備が整う前に、またまた「新規感染者数」の増加が激しくなった。
今回の増えた始まりは、東京だった。
最初は新宿を始めとした「繁華街」特に「接待を伴う飲食業(ざっくばらんに言えば、キャバレーとか風俗関連かな?)」が中心となっていた。
東京とか繁華街とか風俗・飲食業とか、とりあえず自分自身の生活パターンとはかけ離れた所が感染震源地だったので、そんなに気にしていなかった。
それが全国への拡大が始まったきっかけは、「劇場がクラスター」だった気がする。20200803_20200727104101

私の住む地域でも、ちょうどその頃にやはり繁華街にある「カラオケバー」がクラスターとなって拡がり始めた。
このように今回の拡大の始まりは「繁華街」だったために20代など若い世代が中心で、この時点でも、やっぱりそういう場所に行くことがない私としては「まだ大丈夫」と思っていた。しかし、そこから「家族感染」が増え、さらに「感染経路不明」が加速度的に増えてきて、さすがに怖くなってきた。

私がこの新型コロナウイルスが怖いと思うようになったのは、重症化し時には死に至ることではない。
「入院、そして亡くなった後も親族と会えない」という点だ。
それは芸能人や一般の方の感染者が亡くなった後に親族などが語っていた。
そんな時期に「元上司の急逝と見送る側の気持ち」の出来事があった。
万が一、自分が感染して死んだ場合、見送る側の子どもや3世たちの気持ちを考えると「新型コロナウイルス」はやはりかなり注意すべきものだと感じるようになった。

「第2波」と言って良いのかよく分からない今回の「急激な増加事態」は、とてもタイミング悪いことに経済を活発化させる狙いとして「GO TO キャンペーン」の始まりとぶつかった。
直前には「東京は対象外」とちょっと首を傾げたくなるような措置を取ったが、結局始めてしまった。
本来なら「東京オリンピック」のために今年だけ特別に設けた「4連休」が、このキャンペーンの始まりとなり、さっそく観光地では観光客が「何割増」とのニュースが聞かれた。

「新型コロナウイルスの拡大を防ぎたい。」
これは2月からの「第1波」でイヤというほど味わった。
そしてその反動で「経済を活発化させないとマズイ」ということもわかる。
まだ企業に勤めているので分かるが、お客様も含めて相当厳しい。報道などでも旅行関係や航空関係の企業では、すでに冬の賞与は「無し」などと流れているが、どの業界でも同様に厳しいのは確かだ。
かと言って「GO TOキャンペーン」だから「経済活性化」のために旅行したり外食したりを積極的に行えるかと言えば、二の足を踏みたいような状態だ。

日本は「経済を止めずに第1波を抑え込んだ」と言うけれど、この「第2波」はどうするんだろう?
もう「経済を止めて、補助金で凌ぐのはもう厳しい」、でも「このまま感染が拡大するのも困る」
第1波の時にはうまくいったからと言って、今回もうまくいくとは限らない。
逆に若い人たち中心に「第1派で抑え込んだから、大丈夫なんじゃない」と思っているような気がしてならない。

よく「新規感染者数に一喜一憂するな」とか「検査数が増えているから、第1波とは比較できない」とか「重症化率は低い」とかいろいろ言われる。
「検査発見率は大都市部で上がっている」とも言われる。
結局「よくわからない」というのは、第1波の時と何も変わっていない。
会社で話していたのだが、カラオケや飲食店などがクラスターになるけれど、なぜ「パチンコ店」がクラスターになったと言う話を聞かないのだろう。

2020年。
新年を迎えた時には「いよいよ東京オリピック」と明るい気持ちがいっぱいだったけれど、新型コロナウイルスによって「先の見えない不安」が続いている年となってしまった。
そんな年も8ヶ月目に突入した。
第2波(と言って良いのか分からないけれど)の状況化で、私たちはこれからどんな暮らしをしていけばよいのだろう?
日本だけでなく、世界中がその答えを求める年となってしまった。

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2020年3月30日 (月)

新型コロナウイルス騒動~その4

2日後には新しい年度が始まるというのに、まだまだ混乱は続いている。
というか「専門家」によると「長期化を覚悟せざるを得ない」状況だとか。
これが「日本だけ」とか「いつまで」とか限定されていれば「何とかならないか?」と怒りモードにもなるが、もう世界中だから諦めるより仕方ない。20200330
イタリアやパリ、そしてアメリカなど「すべての飲食店は休業」「許可証にない外出は認めない」など強制力を持った規制になっており、「それよりまだ日本はマシな方か」と変な気休めを思ったりしている。

●次々に新しいカタカナ用語
今回のような新ウイルスによる爆発的な感染で使われる「パンデミック」という言葉は以前から知っていた。
ところが立て続けに開かれる「専門家」による会見では、次々に新しいカタカナ用語が発せられ、これをきっかけにTVでもネットでも、それらの用語が頻繁に使われるようになった。年末が近づくと例の「流行語大賞」にノミネートされそうな使用頻度だが、現時点ではそんな「浮かれた」感じはほとんどない。

最初に耳にしたカタカナ用語は「クラスター」。検索したら「ニコニコ大百科」には以下のように解説してあった。
「英語で『cluster』、集合体・群れ等を表す。」
他の検索でも同様なのだが、どうも普通は「IT的な用語」らしく「ネットワークに接続した複数のコンピューターを連携して1つのコンピューターシステムに統合し、処理や運用を効率化するシステム」と言った解説もあった。

次が「オーバーシュート」。
これも検索したら「Weblio辞書」には「相場がチャートポイントを飛び越えるような形で、急激に行き過ぎた動きをすること。」とあり、どうやら「金融関連」の用語が元らしい。
「クラスター」にしろ「オーバーシュート」にしろ医学用語かと思い知り合いの医療関係者に最初聞いたら「知らない」と言っていた。
一体どういう意図があって、こんな新しい「カタカナ用語」しかも「医療分野でない」用語を使っているんだろう?そんな用語を使って会見する「専門家会議」って、どんな集団なんだろうと妙なところが気になるのは、性格だろうか?職業柄だろうか?
そう思っていたら、 河野太郎防衛相が「分かりやすく日本語で言えばいい」と会見で苦言を呈したらしい。やっぱりそう思うよね?

●東京オリンピック延期が決定
「4週間以内に結論を出す」とIOCが発信したが、世界中から大ブーイング。
あるネット記事によると「マラソンの北海道開催をIOCが勝手に決めた」ことに危機感を持った日本政府が「延期を提案」と先に主導権を持つために発言。「4週間以内」どころか急遽「1年以内の延期」が決まった。

他にも「新幹線の減便」「イタリアで爆発的に拡大」「東京で拡大」など毎日のようにさまざまなニュースが流れる。
「マスコミは恐怖を煽るな」「致死率はインフルエンザより低い」と何とか冷静さを保つような情報もあるが、毎日いろいろな影響が出ていると、そうもいかない感じだ。
相変わらず株相場は乱交しているが、個人としては相変わらず会社に出勤して働いている。

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2019年9月24日 (火)

苦しんでいる時の姿を見てみたい

20190924_20190903134701 前回のワールドカップの南アフリカ戦で日本が大番狂わせで勝利して話題となったラグビー。
個人的に興味ある競技ではないが、メディアでは話題となっていたラグビーのワールドカップ日本大会が始まった。 
それにいよいよ来年は東京オリンピックの年。そのため各スポーツの大きな大会はもちろん、会場やチケットなど周辺情報も「いよいよ東京」の話題が満載だ。

そんな騒ぎを見ていて期待感が高まるのもあるけれど、実際の日本選手たちはどうなんだろう?と思う。
一般的な報道は、どうしても「勝った選手」が中心となる。
例えばゴルフで言えば「全英オープンで渋野選手が優勝!」となると、一斉に彼女中心の報道になる。
確かに42年ぶりの快挙だし、「スマイルシンデレラ」とニュースバリューの高い選手だから、「渋野一色」になっていくことは分かる。

でも、彼女が国内で初優勝した試合で「笑顔が魅力な選手です」と放送で紹介され、個人的には印象に残っていたが、報道的にはそんなに注目されなかった。
そんな「結果」を残した選手は、「子供の頃」「どんな家庭で」「今までの苦労」的に、もう洗いざらい掘り返して紹介する。
それはそれで「すてきな結果」を知っているから、見る側も感動するし感心する。

その一方でそんな「結果を出した」選手もいれば「出せない選手」がいることを忘れないでいたい。
例えば卓球。
福原愛がきっかけで、どんどん若い選手が活躍し、オリンピックの団体戦はメダルを獲得。その中心的な存在だった石川佳純選手は、世界ランクでは日本人トップだけれど、ここのところあまり「良い結果」が出ていない。
今では彼女はベテランとなり、10代の選手がすぐ近くまで迫ってきている感じだ。

それに男子100m。
「日本人も次々9秒台に」と騒ぐけれど、世界レベルで見たら決勝に残れるかどうかという位置だ。
確かに「9秒台」はすごいことだけれど、メダルなんて程遠い感じだ。
その他にもオリンピックに出られない選手や故障して苦しんでいる選手など、一人ひとりの物語が今も進行しているだろう。

そして来年、そんな選手たちがメダルを掴めば「感動の苦労話」として紹介される。
でも勝者がいれば、必ず敗者がいる。
そんな「夢は叶わなかったけれど、努力する姿」をきちんと伝えることも、報道しても良いのではないだろうか?
「夢は必ず叶うとは言えないけれど、頑張ることをあきらめない」姿を視聴者に伝えることもスポーツの素晴らしさを伝えることにならないだろうか?
さて、これからの1年間の「オリンピック狂騒曲」は、どんな報道していくのか、ちょっと意地悪な視線で眺めてみたいものだ。

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2018年2月26日 (月)

平昌オリンピック

平昌オリンピックが終わった。
始まる前は「北朝鮮の政治利用」という話題でなんだか興味がなかったが、連日のTV放送や日本人メダルの話題で盛り上がり、自分自身もついつい「結果はどうなった?」と気にする2週間だった。
20180305
ちなみにこのブログのオリンピック関連の過去記事を見たら「2006 トリノ」が一番古かった。
もう12年も前だけれど、夏と冬のオリンピックがあるたびに、記事を書いているから、やっぱりそれなりにその年の話題になっているのだろう。

今回はやっぱり「羽生結弦の2連覇」「小平奈緒の金メダル」、そして「高木美帆たちパシュートの金」「高木菜那のマススタートの初代金」の4つの金と最後に決まった「カーリング女子の初メダル」が大きな話題だった。
「パシュートの金」は、陸上の「100m×4」リレーと同じで「個人の力ではかなわないけれど、みんなの力を結集すると勝てる」と、とても日本人の大好きな考え方の元での金メダルだった気がする。

そんな中、個人的には「小平奈緒と李相花」のレース後の抱擁シーンが一番だった。
しかもお互いに自国の国旗を持ちながらのシーンが、ギクシャクしている今の国と国の状態と対照的に見えてよかった。

最初は「チラッ」とTVで映っただけだったが、その後いろいろなところで取り上げられ、さらに二人は実は「個人的には親友だった」と分かると、これまた日本でも韓国でも「ステキだ」と盛り上がった。
今はいろんな競技も「ワールドカップ」と称して世界大会が毎年のように開催されるが、やっぱりオリンピックは世界中が注目するし、そしてこんなシーンを目の当たりにすると特別なんだと思わざるを得ない。

タケシがTVで言っていた。
「ドキドキして、放送を生で見ていられない。終わってメダルを取ったのを知ってから、ゆっくり見ている」
これを聞いて「あぁ、誰も一緒なんだなぁ」と思った。
これってやっぱり年齢のせいなのかな?

今回に限らず最近の冬季オリンピックは新しい種目がどんどん出る。
おそらくスノーボードの出現と道具の進歩が大きく影響しているのだが、私が子供の頃に見ていた冬季オリンピックとは別物になりつつある気がする。
スノーボードで数人のレース形式で滑走する「スノーボードクロス」は、最後の最後に転倒したりして、結果が分からない競技だから楽しみにしていたが、日本人選手が出ていないからか、あまりTVではやらなかった。

「日本人が出場する競技を中心」は分かる気がするけれど、競技自体の面白さや魅力ももっと広めて欲しいなぁ。
でも放送権料がバカ高いと聞いたことがあるので、仕方ないのかな。

「感動、感動」と浮かれて喜んでいるけれど、ちょっと一枚めくってみると「北朝鮮の思惑」とか「商業と利権と儲け主義」とか生々しいものが潜んでいたオリンピックだったかも。
そんなものが取り巻いているからこそ余計に「小平奈緒と李相花」のレース後の抱擁は、より美しく映えたのかもしれない。

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2015年9月 7日 (月)

デザインの魔女狩り「東京オリンピック2020 エンブレム問題」

Majogari仕事柄、触れないままはいけないと思い、さらに得意の備忘録として今回はこの話題にした。

「東京オリンピック2020 エンブレム問題」
ついに先週、取り下げとなり白紙撤回されてしまった。

ここからは個人的な見解で、決して法律の専門家でないので、「あなたは間違っている」と怒らないでほしい。
さらに言えばデザインにおける「商標権」とか「著作権」は、非常に曖昧かつ微妙なものなのだ。昨今巷で言われるように単純に「パクリだ!」「真似した!」と騒ぐのは、「そういう法律のこと知らなくて騒いでいるんです」と証明しているようなものだとも思っている。

例の「エンブレム」のデザインについて言えば、個人的には問題ないと思っている。
さらに展開例の使用された写真についても、当初は「非公開的な資料」とのことだったので、使用許諾を得なかったのも、やむを得なかったか?とも思える。(もちろん、企業のリスクマネジメントとしてはアウトだけれど)

その事務所の「盗作」「パクリ」で、個人的に「これはアウトだなぁ」と思うのは、トートバッグの2~3種類のデザインで、それ以外はセーフだと思う。
ただし、事務所の雰囲気として「いろんなものを参考に創れ」という空気が濃いんだろうなぁと想像はできる。

私たちはデザインを考える時、さまざま資料を見て「アイディアのフック」とする。全く白い紙の上で、いきなりオリジナルのデザインを創作することなんて、まずない。

「アイディアのフック」として参考にして、完成は全く違うものになることもあれば、少しテイストが残ることもある。
それをイチイチ目くじら立てて、「パクリだ!」と言われては、ほとんどのデザイナーは仕事ができなくなる。

ある新聞の記事である美術評論家が以下のようなことを書いていた。
「デザインとは本来、オリジナリティを追求する『表現』や『作品』であるよりも、既存の意匠をどう解釈し、新しさを創出するかの知恵比べにこそ、作り手の腕が問われるのだという原点に立ち返るべきだ」

まさに、この言葉通りだと思っている。
それをネットの機能を使って「パクリ」「盗作」を騒ぐのは、中世の「魔女狩り」の心理状態と何の変りもない。

今回のオリンピックのデザイン選考には「グラフィックデザイン界の巨匠」である永井一正氏がいた。そして先の新聞にも松永真氏などがコメントを寄せている。
これら巨匠が「デザインとはこういうものだ!」としっかり指針を出すべきなんじゃないかなぁ。
そして、巨匠たちが、ネットの意見に流されて、常に対応が後手後手に回ってしまい、余計に混乱を招き、「白紙中止」という最悪の結果になったと思う。
これこそが、時代の先駆者であったデザイン界の巨匠が、時代に合わなくなっている証しなのかもしれない。

この事件、ネットの功罪の総括であると、あるネットに書かれていたが、私のような仕事をしている人間には覚えておくべき出来事だと思った。

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2015年1月19日 (月)

「ワクワク」を感じること

今年の正月に娘一家が来たことは、前に書いた。
婿と娘は、デザインの専門学校で知り合い、婿は私と同じ会社でデザイン系の仕事をしているし、娘も一時期個人事務所にバイトをしていた。

Pikutoguramuそういう意味では3人の共通ワードとして「デザイン」がある。
なので、正月に再放送されていた「NHKが面白い~オリンピックをデザインした男たち」を一緒に見た。
この番組については昨年の12月に、このブログで書いたが、グラフィックデザインの創成期の話であり、娘夫婦も興味があると思った。

彼女たちが一番興味を持ったのは「ピクトグラム」の制作。
そこで、彼らには分からないだろうなぁと思って、思わず解説したことがある。
それは「シャワー」「サウナ」を制作するところ。

最初、彼女たちは、なぜ苦労しているか分からない様子だった。
なので、「シャワーもサウナも、今みたいに身近になく見たこともないものだった」と話してやると、しきりに感心していた。

「今みたいにインターネットもないから簡単に調べられないし、モノが豊かにない時代だから、一生懸命想像したり話したりするんだよ」
こう話すと二人とも
「なんか、すごく楽しそう」
と話していた。

「大変そうだけれど、ワクワクする」

二人はそう話していたが、そうか、今の時代はいろんなことが分かったり、簡単に調べられる。
だから、苦労は少ないのだろうけれど「ワクワク」することは少ないのかも知れない。

そうそう、私の若い時の時代、デザインは頭の中のイメージをラフに描いたり、版下、製版、印刷と順に工程を進めないと完成形がなかなか見えなかった。
だけど、ある意味「ワクワク」していた。
版下校正や色校正や、その工程ごとの確認で「ワクワク」したり「ドキドキ」したり、そして時には「がっかり」したり。

何でもすぐに手に入れられたり、調べられたり、確認できたりすることは「ワクワク」がなくなることなのかなぁと、彼女たちの会話を聞いて思った。
ただ彼女たちは、デザインというものに携わっている分、普通の人よりは「ワクワク」を感じやすい場所にいるのだと思う。

20~30代はやっぱり「ワクワク」を感じて働いて欲しいなぁ。
そして、自分自身の「ワクワク」がどこにあるのか、見つけて欲しいなぁと娘夫婦を見て、思った。

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2014年12月 8日 (月)

NHKが面白い~オリンピックをデザインした男たち

少し前のことだが、この秋NHKで放送された番組で2本ばかり面白かったので、今回、次回とその話題で。

1回目は「オリンピックをデザインした男たち」
今年、東京オリンピックから50年経ち、そして2020年に2回目の東京オリンピックを迎えるということで、NHKはこの秋「オリンピック」をテーマにした番組が放送されたが、これもその中の1つ。Nhk_tokyodegin_2

この番組は、私の職業に直結し、そして「へぇ~~、そうだったのか」と思う話が満載だった。
この「デザインした男たち」は、今では故人の方やグラフィックデザイン界の重鎮になっているが、当時は30歳前後の若手デザイナーたち。
「横尾忠則、田中一光、永井一正」なんて人たちの名前が登場する。

この人たちがオリンピック開催の1年半前に集められ、オリンピック開催に必要なすべてのデザインを制作した話だが、当時の日本のデザインは黎明期。
欧米の追随的なデザインで最初の案を出したら、オリンピックの事務局から「なぜ日本らしいデザインを出さないのか?」と言われたところから、彼らの戦いが始まる。

●開催シンボルマーク
今じゃ、当たり前の開催国ごとに創られるシンボルマーク(右側の画像の上部分)。
実は東京オリンピックが初めてだったそうだ。そしてそのモチーフとしたのは、太閤秀吉の陣羽織のデザインだったとか。

●デザインマニュアル
そうして創られた数々のデザインを国を挙げて盛り上げるために、いろいろなところで使ってもらうことにした。
そして、どこで使っても同じデザインとなるように、色やサイズを正確に決めたデザインマニュアルを制作。
私たちが実務として学校で習ったり、VIマニュアルなどを創るが、これも東京オリンピックから日本では使われたものなのだそうだ。

●ピクトグラム
これは専門用語だが、普通に街にあふれているものだ。
トイレの「男女」のマークが代表的だが、いろいろな場所を示す「絵文字」のこと(右側の画像の下部分)。
アジア圏で初めて開かれた東京オリンピックだが、世界中の国が集まり、言語が多種多様。それらの人たちに「どこに何があるか?」と知らせるために、世界で初めて本格的に導入。
当時のデザイナーたちが一番苦労したデザインだったようだ。

●権利の放棄
最後に、これらのオリンピック関係の著作権を、当時のデザイン責任者だった勝見勝氏の「権利は所有せず、次の国へのバトンタッチとしたい」との願いから放棄。
これによって、東京オリンピック以降各国で開かれるオリンピックにもさまざまなデザインが受け継がれていくことになった。

たった50分のドキュメンタリーだったが、デザインを生業にしてきた私にとって、すごく興味深い番組だった。
録画していたが、消してしまったのが悔やまれる。
再放送してくれないかなぁ~~。

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2013年10月15日 (火)

2回目の東京五輪(記事数993件目)

ちょっと(かなりかな?)時間が経って、一時期の「バンザイ、バンザイ」一辺倒の感想じゃなくなって来てるが、ここらで東京五輪の話題を。Tokyo2020
どうも生まれながらの「天邪鬼」なのか、みんなが騒いでいる時に同じ話題で騒ぐのって、どうも苦手(というか江戸的に言えば粋じゃない)。
なので、こんな時期にこの話題を出してみた。

決まってすぐに会社で話していると、1964年の東京五輪を知っている人の少なさに、ちょっとびっくりした。
でも、考えてみれば当たり前。
今年56歳である私が、小学校1年生の時に、1回目の東京五輪があったのだがら、私より年下の人間は、生まれていても記憶に残っていないだろう。

そんな小学校1年生の私ですら、とても印象的に東京オリンピックのことは記憶している。
聖火ランナーの姿に感動して、当時おもちゃ屋の息子だった私は、プラスチックの刀の先に「炎」の絵を書いて、持って走っていた記憶がある。
そして商店街には人がほとんどいなかったことも。

他にも今じゃ普通に乗っている新幹線も「夢の超特急」と呼ばれたり、首都高速が開通したり、明るく素敵な未来を感じていた。
特に新幹線はおもちゃ屋の子供にとっては、身近にあるおもちゃとして、とてもインパクト強く残っている。
とにかくあの東京オリンピックを経験した世代にとっては「オリンピック」は特別なものとなっている。

さて、7年後に開かれる東京五輪って、どうなるのだろう。
私個人としても先に書いたように「小学校1年生」として始まりの年齢で前回があり、7年後だと62歳。定年を迎えた後となり、奇妙な因縁を感じる。

そして圧倒的に違うのがメディアだろう。
1964年当時にはテレビ・新聞・ラジオが中心で報道されていた。
特にテレビはまだまだ新しいメディアで、とてもみんなが熱狂した道具だった。
でも、今から7年後は、どうなっているだろう。
今でもネットやスマホは当たり前。
そしておそらくデジタル技術や無線ネット技術はもっと進むだろうから、物凄い先進的なインフラの中での東京五輪になるんじゃないだろうか?

定年後に迎えるオリンピック。
ゆっくりと東京見物がてら行けたらいいなぁと夢見てもいる。

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2012年8月17日 (金)

国の違い

今日、55歳になった。
すごいなぁ~55歳だって。
部下から見れば「外見も中身も、十分に完全におっさんだ」と思われているだろうが、頭の中は、そうでもない。
感覚として30代くらいのつもりでいるが、体力的には正直なものでまったく無理になっている。

Kuninotigaiさて、オリンピックが終わった。
そして夏休みも終わった。
私の住んでいる地域は天候が不順だったせいもあり、家でゴロゴロしているだけの夏休みだったし、オリンピックもあったので、余計に引き籠り状態だった。

メダル獲得数が過去最高。
特に団体競技の獲得が増加。
さらに、獲得競技数も増加。

終了後に各メディアで騒がれたのは、大体こんな感じのことで、あとはメダル獲得者が出演!なんて感じが多かったかな。
そんな番組を、エアコンの効いた部屋でのんびり見ていて、ふっと思った。
「なんだか、今度のオリンピックは結構感動したなぁ」

なぜなんだろう?
やっぱりメダルをたくさん獲得したから?
それとも団体競技で獲得数が多かったから?
確かに、そうなんだろうなぁと思っていたが、前回ってどこだっけ?と思い直した。
人間の記憶なんていい加減なもんで、たった4年前なのに、もう忘れている。

そう、前は「北京」だった。
そして、今回は「ロンドン」
感じた違いは、その観客の質の良さだった気がする。

メダルを獲得していなくても、自国の選手じゃなくても、そして例え大した記録じゃなくても、いろんな意味で「拍手」を送るべき選手には、最大の賛辞であるスタンディングオベーションを送っていた。

バトミントンで、足を負傷してなお試合を続けようとした佐藤選手。
両足が義足の南アフリカの選手。
そして、女子サッカーの決勝戦。

終了後の大観客の拍手する姿は、今回のオリンピックの中で、最も感動した場面でもある。
前回の北京ではなかなか感じない場面だったが、オリンピックという一大イベントは、選手だけでなく観客も含めて成立しているものだと今回、初めて感じたことだった。

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