2020年6月29日 (月)

嫌いな言葉「才能」

このブログでは随分前に、私の「職業」「アプリケーション」「仕事」などについて書いてきている(数年前の記事なので「興味がある」と言う奇特な人は、頑張ってバックナンバーを探してみてください)。20200629
いろいろな経験をして、今に至るのだが一般的に分かりやすい言葉で表すとしたら「グラフィック・デザイナー」だろう。(デザイナーと略して言うと、ファッションの方と間違えられる事が多い)
私がその職業に就いた頃は紙媒体が中心だったので「カタログ」「パンフレット」「チラシ」などが多かったけれど、今はWEBなど媒体も拡がっているため、近年では「WEBデザイナー」という職業もある。
いずれにしろ「デザイン」というとても「主観的な価値」を扱う職業なのだが、それなりに努力してこの職業に辿り着いた(その辺りは、昔の友人が知っている)。
すごく「苦労して」この職業に就いたと思うほど「一生懸命努力をした」と胸を張れるわけじゃないが、それなりに「頑張ってきた」つもりだ。

少し話は変わるが「才能」という言葉を検索すると、あるサイトでは「物事を巧みになしうる生まれつきの能力。才知の働き。」とある。
また別のサイトでは「ある個人の素質や訓練によって発揮される、物事をなしとげる力。」ともある。
前者は「もともとある能力」って感じだし、後者は「訓練によって発揮される」とあるので「努力によって磨かれる」感じだ。

なぜこんなに長々と過去の話と才能という言葉の意味を書いているかと言うと、他人から「才能があるから良いよね?」と言われるたびに、ちょっとだけ不快になることを分かってもらいたいからだ。
現役の時もそうだったし、特に定年再雇用になってから営業出身者と話すと「デザイナーとかは才能があるから良いよね?僕なんか何にも出来ることがないので」と話される。
どうも、これを言われると「カチン」と来る。

「才能がある」って聞きようによっては「努力しなくてもその分野でやっていける」と言われているように感じる。
その人達は何気なく言っているのだろうが、言われた方は堪らない。
「どれだけ努力してきたと思ってるんだ!」
と言い返した時もあるが、一般の人達から見れば「デザイン」というものは特殊な分野だから、ついそう言ってしまうのだろうと、最近は思うようにしている。

確かに小学校の頃から教科書の余白にはイラストを描いたりしたが、写生大会などで描いたものは、ほとんど表彰されたことはない。
兄貴は少しだけ油絵を習っていたので(本人はイヤイヤだったようだが)、毎回表彰されるので、逆にコンプレックスがある方だった。
それでも紆余曲折あって、この仕事に就いてそのまま還暦過ぎても携わっているのは「好き」なのだろう。

もしも「才能」というものが職業に活かされるとしたら、この「好き」という気持ちが「ずっと持続し続けられること」だと思う。
残念ながら日本の企業の顧客層は「デザインへのリスペクト」が大きく不足しているので、大概は「思ったようなデザイン」に仕上がらない。
それどころか提出するものを「批判」するだけで、自分たちが「どうしたい」と決まっていない顧客がほとんどで、先の「好きという気持ちを持続し続ける」ことは、とても難しい。

私としては転職を繰り返して「デザイン」という仕事に辿り着いたので、そんな思いをしても「踏ん張り続けられた」と思うのだが、新卒で入社して他の経験がない人たちは、途中で夢破れて辞めていくことも多い。
そういう世界で何十年もやってきたのに「才能」という言葉で済ませられるのは、やはり笑顔では聞いてはいられない。
ただ一つ、もしも「才能」があったのだと思えるとしたら、一日中座って「うんうん」考えて、テレビを見ていても風呂に入っても寝ても、いつも「企画のことやデザインのこと」を考え続けられることだろう。

そう言えば、営業がテレワークをして「一日中座ってるのは辛い」と言っていたし、以前にも営業に「良く一日中座って作業していられるね」と言われたが、それも「才能」と言えば「才能」なのだろう。

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2020年6月 1日 (月)

元上司の急逝と見送る側の気持ち

まだまだ「新型コロナウイルス」の脅威がなくなったわけではないが、最初の大きな山は越えた感じがする(まだまだ先はわからないが)。
そして6月になり「違う話題を始めよう」と思った矢先20200601_20200525150601 「訃報」が舞い込んだ。
このブログでの「訃報」は、有名な人を取り上げられるが、今回は会社の人。
とは言っても実はこのブログには数年前まではよく「愚痴」の対象として登場した元上司だ。

私より学年で1歳半、学年では2つ上だったと思う。
執行役員だったために60歳で役員定年となり、それをきっかけに「私のいる部署」を離れた。
何度かこの話は書いているが、その「私のいる部署」は、今回亡くなった元上司が設立した。というか、私がまだ子会社いる頃に相談を持ちかけられ、ずいぶん一緒に働いたものだ。
その人の立場が変わるとともに徐々に私とは相容れなくなって(ちょうどその頃に、よくこのブログに愚痴を書いた)、疎遠になっていき、お互いに再雇用の身になってからは、会社の帰りに駐輪場で挨拶するくらいの関係になってしまった。

4月の頃に一度駐輪場であったが、GW前に「あまり良くない」との話が聞こえてきた。
再雇用でも執行役員までやった方なので、それなりに重要なポストに就いていることもあり、そのような情報は「箝口令」が敷かれて詳しいことは分からなかった。
ただ話の内容では「あまり長くない」という感じだったが、先週月曜に「急逝した」との連絡があった。
事前に聞いていたこともあり「思ったより早かったなぁ」と感じたのだが、ちょっとその後が問題となった。

うちの会社は割と昔ながらの風習が残っており、冠婚葬祭では会社から花や電報を送ったり、回覧が回ってくる。
特に逝去された場合は、お世話になった社員のうち可能な人たちは、お通夜やお葬式に出席する。
ところが最近は「家族葬」「近親者のみで執り行う」というものが増えてきた。
それでも社員本人が亡くなった場合は、ごく近しい社員や経営層は「特別」に焼香や香典を送りに出席させてもらうこともある。

今回もそのような「家族葬」「近親者のみ」との希望だったが、私と今の上司の二人くらいは「何とかご焼香を」と会社側からお願いしたみたいだが、どうも本人の「強い希望」とのことで、会社からは「一切何も受け取らない」ということだった。
良く一緒に仕事をしていた営業本部長などは「送る側の気持ちはどうなんだ」と言っていたらしいが、それを含めて「あの人らしい」と思える。
ちょっと批判めいた感じになってしまうが、病状が一気に進み、それまでの役職の後継や業務の引継など、聞いている範囲では十分に出来ていないと言うことだ。
ある意味、最後に会社に負担を掛けてしまったわけで(本人の気持ちは、そうでなかったにしても)、それらを含めてあまり「頑なに」ならなくても良かったのじゃないかと思っている。
ただそれは残されたご家族の「強い希望」らしいので、最後の最後に本人がどう思っていたかは分からないけれど。

以前「加藤和彦氏」が亡くなった時に、盟友である北山修氏は「急に知人が亡くなった場合、7日法要、49日、一周忌、3回忌と順番に『知人の死を受け入れる』ためのステップを経て、亡くなったことを認識していく」と話していた。
しかし今回の元上司は、そのような周りの「受け入れるステップ」の気持ちのことは考えずに「自分の気持」を優先したのだろう。

彼は、父親が「住職」であったために死生観が一般人と違う。
これは同じように「南こうせつ」も実家がお寺だったので、昔から独特の死生観がある。
コンサート中にも「次はいつ会えるかわからないから」と平気で話していたし。
人の「死生観」はそれぞれだから、それは良い。
でも「残された側」「見送る側」の気持ちにも、ちょっとだけ配慮してほしいものだ。
そのうち自分が「見送られる側」になる時に、「見送る側」の気持ちも考えておきたいものだと、元上司の急逝で感じることがあった。

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2020年5月25日 (月)

新型コロナウイルス騒動~その11

結局、5月までずっとこの話題になってしまった。
確かに「コロナ禍」は会社勤務や生活スタイル、さらにスポーツやその中継を含むテレビなどあらゆる面が変わってしまった。
とは言え、そんな中でもいろいろ「感じたり」「思ったり」することもあるわけで、その記録のためにこのシリーズを始めたのだが、こんなに長くなってしまうとは思わなかった。
ただ、その他の話題も「感じたり」「思ったり」 しているわけで、一旦今回で一区切りにしようかと思っているが「予定は未定」なので、次回以降も分からない……。

●「緊急事態宣言解除」で感じる「国と自治体」
最初に「都市封鎖(ロックダウン)」を実施した中国・武漢市が、やはり最初に「制限緩和」を実施した。
国内の場合は、北海道が自治体独自で「緊急事態宣言」を発表し、感染者数が減少し始めたので「解除」したが、国全体が「宣言」を発表した頃には、また増加傾向に転じたため、再度「緊急事態宣言」となった。
「超自粛(小池知事が言い出した言葉で言えば「ステイホーム」)ゴールデンウィーク」でみんなが我慢したおかげで、感染者数は減少し始め、爆発的に増加していた「東京」でも二桁そして一桁の増加になってきた。

GW直後には「宣言の延長」と安倍総理は発表したけれど、「感染者数が減少してきたこと」「経済的に厳しい企業や店舗が増えていること」などの理由で「解除」への気運が高まった。
安倍総理の発表では「状況をみて徐々に解除」と言っていたが「基準が分からない」との声が上がり、いち早く大阪府知事が「大阪モデル」を発表、その後他の自治体も独自の「基準」を発表した。20200525

「基準を示さない」国に対し「大阪モデル」が発表され、ある大臣が説明したのは「大枠は国が決め、あとは地域の判断で実施すべき」とのことで「ちょっと言い訳じみているなぁ」とは思えたが、納得もした。
確かに今回は国として「緊急事態宣言」を発表したけれど、岩手県は唯一感染者が出ていない。
他にも大都市部は「爆発的に感染者が増加」したけれど、同じ県内でも少し田舎だとそうでもない。
このような狭い日本でも、地域地域によって実情が違うのに「国が一律で決める」のは無理があるし、そのような細かな状況が把握するのは「地方自治体」の役目なのだろう。
このことは、今回のコロナ禍だけでなく、あらゆる施策もそうなのだろうと、実感として感じた出来事だった。

●相変わらずの報道
GWは、どこにも出かけられないのでテレビが一日中点いていた。
いつもニュースは見るが、お昼の「ワイドショー」的な番組を見ておらず、GWにはチャンネルを合わせたが、どこも同じような内容を放送。
このことは「東日本大震災」の時にも書いたし、その後の課題として「放送業界」も取り上げていたが、今回も結局一緒だった。

「東日本大震災」の時には、大きくそして広範囲におよぶ大災害だったために「広範囲に必要な情報」「地域に特化した情報」「被災者の状況に合わせた情報」などに分類し、民放各局が協力しあって、それらの情報を分類して流すべきだとの意見があった。
例えば「フジテレビは、〇〇地域の情報」とか「TBSは〇〇のような状況の住民に向けた情報」のように分ければ、見る側が必要な情報を選択してチャンネルを合わせられる。

「スポンサーフィー」で制作している民放は、どうしても視聴率を上げないといけない。
だから「多くの視聴者が興味ある情報」を流すのだが、そうなると「どこも同じような」ものになる。
その反省が「今回も活かされてないなぁ」と思ったのが、それこそ「緊急事態宣言」で個人営業のお店など収入がなくて、苦労しているのだから、放送局も「スポンサーフィー」を度外視する取り組みがあってもよかったのじゃないだろうか?

●特別定額給付金
「国民一人あたり10万円を給付」が決まり早い自治体では5月早々から受付開始となった。
手順としては「自治体からの書類配布→申請→給付」というものらしいが、今の時代「ネットでも受付」にも対応。
ただし、そこで必要となるのは「マイナンバーカード」
まだ書類は届いてない(今の時点で、アベノマスクも届いていない)が、ニュースを見てて「ネットで申請してみようかな?」とやってみた。
PCからだと「ICチップ読み取り機器」がいるとのことだったので、スマホでやってみた。
例の「マイナンバーカード」の暗証番号やパスワードが必要で、一つ一つ丁寧にやってみたら出来た。
一応「申請受付」のメールも来たので、大丈夫だと思うが「ネットで受付」というのは、私のように結構日頃使っている人間でも大変だった。
それにしてもちゃんと「マイナンバーカード」を造っておき、パスワードや暗証番号も控えておいて良かったと安堵した。

●これからどうするかも未知の体験
自治体ごとにしろ部分的にしろ「緊急事態宣言」が解除されたのは良いことだろう。
最後まで残った関東圏と北海道も今日・明日には解除が始まりそうだ。
一部では業種によって要請が継続していたり、自治体の通達が2転3転したり、解除されていない地域の店舗なども営業を始めたりと「もう我慢できない状態」ということが分かる動きも見られる。

だけど、過去の歴史を見ると明治頃に流行した「スペイン風邪」は第3次までピークがあったと聞く。
これも巷では懸念されており、「これで元通りにするのは、危険」と随所で言われている。
現代は、スペイン風邪の時代よりも遥かに世界中の距離が縮まった「グローバルな時代」になっているが、そのような時代にこれだけの規模の感染症の拡大は初めてだ。
そのため「経済活動の再開」をどのように進めていくかは、国によってそして自治体などによって考えながらの進行になるだろうし、企業レベルでも「今後も含めて、どのような対処方法があるか?」とか、「せっかく始めたテレワークをもっと活かそう」など検討すべき課題は山積みだ。

ウチの会社なども、急に大量の「テレワーク」を実施したので、多くの課題が明確になったが、それを「そのまま」にしておかないことが大事だろうと思っている。
でも果たして関連部署がそのような「振り返りと再構築」という活動を考えているかは、甚だ疑問を感じる。
自分も含め「2020年コロナ禍」「今まではこうだった」から「コロナ禍以降のやり方」を構築するための「衝撃度の強いインパクト」で、国も政治家も企業経営者も、そして私たち一人ひとりも「篩(ふるい)にかけられている」出来事なのだと思っている。

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2020年5月18日 (月)

新型コロナウイルス騒動~その10

すでに10回目になってしまって「そろそろこの話題から離れたい」と思っている今日この頃だが、今回は前回書ききれなかった続きを。

●WHOテドロス事務局長解任 電子署名
WHOが「パンデミック」を宣言したのは、3月半ばだった。
そのことは「新型コロナウイルス騒動~その2 爆発的拡大編」で書いたが、個人的な印象としては「遅くない?」という感じだった。20200518

1月中旬くらいから中国・武漢市で拡大し、2月初めには日本、そして世界に拡がり始めた。
それなのに、この「テドロス事務局長」「まだパンデミックとは言えない」とか「死亡率は高いとは言えない」と言い続けていた。
当初はそのまま聞いていて、根拠のない「安心感」を持って見ていたが、どんどん拡がり続けていくようになって「一体WHOは何を見て、そう言っているんだろう」と思うようになった。

ちょうどその頃に見ていたテレビで「テドロス事務局長が中国寄り」である理由を聞いた。
確かに中国で拡大している時には「パンデミックでない」と言い続け、中国で収まりを見せ始めると「パンデミック宣言」し、さらには「中国は新型コロナウイルスを押さえ込んだ」と称賛した。
「押さえ込んだなら、世界に拡がってないんじゃない?」とちょっと呆れたが、どうやら「出身国が中国から多額の支援金でバックアップされている」とか「もともとWHOは中国寄り」などの背景に原因があるようだ。

あまりそういう手の届かない世界に行動を起こす方ではないが「WHOテドロス事務局長の辞任要求、ネット署名102万人超え」という記事を見つけ「どこで署名できるのだろう」と探してみた。
そうしたら「チェンジ・ドット・オーグ」を見つけた。
英語なのでわからなかったが、今は「翻訳機能」があるので、なんとか分かり「電子署名」をしてみた。
さっき見てみたら、すでにこのキャンペーンは終了していたが、100万人を超える署名が集まったということは世界中が「これはヒドイ」と感じた証拠なのだろう。

●批判が心に響かないのは
「新型コロナウイルス騒動~その7」でも書いたが、相変わらず安倍内閣や政府の対応に批判が続いている。
それは国内だけでなく諸外国からもあるようだが、初期の頃に「クルーズ船」で感染拡大した時も対応に世界中から批判された。
ところが、その後批判した国々でも同様にクルーズ船(アメリカなどは空母でも)発生して、やはり同じように感染拡大してしまった。

確かに前回書いたように「強制力を持たない要請」「効果としてどうなのか?」と思ったり、休業している個人事業主の方々は大変だろうと思う。
でも、これって、誰が準備できていたんだろう?
PCR検査が進まないことも体制だったり予算だったりで、「まさかこんなことが」というところが正直なところじゃないだろうか?
「東日本大震災」の時によく聞いた「想定外」じゃないけれど、あの時の政権も批判された。
批判するのは楽だけど、きっと当事者はたまらないだろう。

中でも芸能人のSNSにより「批判コメント」はどうかと思うが、ある時面白い記事を見つけた。
「小泉今日子ら芸能人の“政権批判”が、どこか空虚な理由」がそれだが、それには「批判には自分の立ち位置を明確にする覚悟が必要」とある。
海外の芸能人は普段から「支持政党」を明確にしており、「自分の立場を明確にしてから」批判や意見と述べる。
なのに、日本の芸能人は通常「政治的発言」をしないのに「批判だけ」している。
これでは「周りからの共感は得られない」と言う記事なのだが、これって例えば会議など打ち合わせでも同じことが言えるのだろう。
会社でも上層部に「批判だけ」している人は、そのうち周りから煙たがれる。
「自分の立場で、やれることを実行する人」が、やっぱり共感を得られていくものだ。

●3世たちとのテレビ電話
GW中に娘から「できない?」と言われ、ちょっと日程が合わなかったが、GW明け後の土曜日にやってあげた。
「クルマで1時間」とそんなに離れていないところに住んでいるが、とにかく3世たちは「どこにも行けない」状態が続いているようで、たまには「変化のあること」を体験させたいんだろうと思って対応してあげた。
下の姫は、アンパンマンのぬいぐるみを画面にいっぱいに見せるので「肝心の顔が見えないよ」と言ったり、上の王子は、今年「6年生」になったので、その様子を聞いてみた。
3月から1度も学校も行ってないし、宿題も出てないようで娘は「ちょっと心配」と言っていた。
3世たちの時代は、こうやって普通に「テレビ電話が当たり前」になっていくのだろうなぁ。

先週末、39府県で「制限解除」が決まった。
果たして、それがまたどんな影響を及ぼすのか?
今回の解除では「ある一定の数値」が表示され、政府・自治体そして企業など「さまざまなルール」を設定し始めてきた。
コロナ禍は未曾有の出来事だが、こんな時だからこそ感じたり学んだり出来ることがあると感じる。

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2020年4月27日 (月)

新型コロナウイルス騒動~その8

振り返ってみると3月の初めにこの「新型コロナウイルス」の備忘録として始めたこのシリーズだが、もう2ヶ月も続いてしまった。
そしてまだまだ「終息の気配」も見えてないため、これからも続いていくのだろう
会社でも少し話したが「東日本大震災」の時は、それはそれで日本中ひっくり返ってしまう大災害だったが、今から思えば「これからは、1つずつ日常に戻るために頑張ろう」というポジティブな気持ちになれた。
しかし今回の「新型コロナウイルス」については「いつ頃」とか「どのように」といった先が見えないために、なかなかポジティブな気持ちにスイッチが切り替えられない。

●ついにテレワークに
先週少し書いたが、新人研修の私の対応部分が終わり24日の金曜からテレワークに入った。20200427_20200426164401
朝起きて「パジャマのままではダメだよね」と着替えて、朝食を取り就業開始時間にあわせて会社から持ち帰ったノートPCを立ち上げて、仕事開始。

まずは、あるお客様の仕事のスタッフ間のテレワーク設定。
会社の人間同士の接続は簡単にできるが、協力会社のスタッフは外部の人間なので、セキュリティの関係上繋げない。
協力会社側から「招待されない」と接続できないが、協力会社側も簡単に外部と接続できないようにしてあったようで、どうしようかと思っていた。
当社の営業担当もあまり詳しくないし、協力会社のディレクターも「ちょっとわからない」となっていたので、その設定を初日の仕事に充てた。
ここでは詳しく書けないが、まぁちょっとしたアイディアで接続でき、最初はお互いに電話で接続を確認、夕方には「私+営業+協力会社スタッフ」の3者でビデオ通信できるようになった。

他にもテレワークに入っている他部署のスタッフからメールが来たり、出社しているスタッフからも「ちょっと確認してほしい」との連絡があり、なんだかんだで1日過ぎてしまった。
家から一歩も出なくてもある程度「業務処理」ができるんだという実感もあったが、逆に「出社している人への負荷」も考えさせられた。

今まで私は「出社している側」だった。
そのため「テレワーク」の人のために伝言したりセットしたり手配を頼まれたりして「結局、出ているスタッフに負荷かけている」と思っていた。
ところが自分がテレワーク側になると、先ほどの「確認作業」など同じ会社にいれば、ちょっと見ればすぐに済む作業が、PDFを送ってもらい、メールでやり取りするといった別の作業が増える。
当社のテレワーク導入にあたって「効率が良くなった」と答える人が多かったが、それはテレワーク側の意見で、出社した人の意見は含まれていない。
「テレワーク」する場合には、「テレワーク側の役割」「出社している側の役割」を明確にしておかないと、かなりの不公平感が出るのではないかと、今後の課題を1日目で感じてしまった。

●GWは有給促進日に
GWに入る少し前に「GW中はできるだけ有給取得して出社しないように」と緊急の社内通達があった。
「出社しないと仕事にならない業種」もあるが、今の「緊急事態状況」だと「会社に行くことは良くないこと」と感じることも増えて、私も半分はテレワーク、半分は有休を取ることにした。

とは言え、半日だけどうしても出社が必要となっている。
それは、このような状況下で、すでに2ヶ月社長が出席する全体朝礼ができておらず、それを「ビデオ撮影し、社員が見る」」という新しい試みをすることになったからだ。
思いついたある部署の副部長が、最初に私に相談して来たために、その「社長撮影」に立ち会うこととなったためだが、それ以外は会社に出る必要はなくなっている。

定年後、再雇用の立場でこのような勤務を体験していると「これからは毎日会社に出かける」という考え方じゃない働き方が徐々に進むんじゃないかと実感している。
「新型コロナウイルス」は大変な厄災だけれど、こういうことがないと「大変革」は一気に進まないものだと改めて感じざるを得ない。
ついでに書けば、テレワークになったために、それまであまり速度が速くない古いWiFiルータを使っていたが、「この機会に」と思い買い換えた。

●岡江久美子さん、急死
私と同じような年齢の女優さんだが、急激に症状が悪化して亡くなった。
「志村けん」の時も思ったが、この「新型コロナウイルス」の怖いところは人によっては「あっ」という間に命を落としてしまう点だ。
これだけ蔓延していくと「私は大丈夫」と思うよりも「いつかは感染する」と思っていた方が良いと思えてきているが、それにしても「自分は軽く済む」という保証はない。
やはりテレワークなどを利用して、外にはなるべくでないことが、今は良いようだ。

一人暮らしなので、万が一感染して「自宅で様子を見る」となるとかなり不安だと思っていた。
直近では「容態が急変した時に間に合わない」との意見も出て「ホテルなどの施設」で経過観察にしようとの流れが出ている。
私のような一人暮らしの人間には、その方が安心な気がする。
私の人生の中で、もっとも楽しみのないGWが始まっていく。

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2020年4月20日 (月)

新型コロナウイルス騒動~その7

●そして全国に緊急事態宣言
国が7府県に対し「緊急事態宣言」を出して2週間経った。私の住む地域も自治体独自で「緊急事態宣言」を出したことは先週書いたが、その後他の自治体も次々「宣言」を発表。もう感染者が増えている自治体では「国の宣言を待っていられない」状態になり、それに応えるように「緊急事態宣言は全国に拡大する」ことになった。20200420
毎日そのニュースが流れるために、「無駄な外出をしない」意識は高まってきて休日の街には人影は極端に少なくなっている。
さらに企業も「テレワーク」「時差出勤」を積極的に対応する動きが活発になっている。

中には「こんな状態でも会社に出勤する人がいる」とSNSに書き込む人もいるが「現場に出ないと仕事が回らない職種」もあり、出勤する人たちだって「好きで出てるんじゃないよ」と思っていると思う。
私の会社でも「テレワーク」への切り替えが急速に速まっており、そのための教育や説明や手順や申請など次々と連絡がくる。私の前の席にいる本部長は、その書類要請やチェック、申請の他、「対策会議」などに振り回されている。

私自身は、先週末から今週前半までの予定で「新人研修」の対応があり、直前まで「中止するか延期するか、そのままやるか?」で人事部は悩んでいたが、専務から「何とかやってくれ」との指示があり、研修を開始。
(専務には「もし私が感染して死んだら専務のせいですよ」と冗談で言っておいたけれど)
できるだけ換気して、全員マスクでやっているが、いわゆる「3密」に近い状態で実施している。
これが終了すれば、私も今週後半から「テレワーク」に切り替えようかと考えている。

●批判の発信は辟易
さっきも少し「出勤に対する批判」について書いたが、「安倍総理」の会見や発表、その他の対策施策に対して、今の時代は SNSでいろんな人が意見を発信する。
著名人はもちろん一般人も自由に発信する。
それが「今」起きていることの反応だろうが、それが「批判」ばかりだと少し嫌になる。

「蓮舫」という議員の「批判発言」は一般人も「いやになっている」ようだ。
ある発言に対するコメントを見たら「あなたは1ヶ月前に全校休校を批判していたが、その発言責任は取らないのか」と書いてあり、「みんな同じようなことを思っているのだなぁ」と苦笑してしまった。
議員なら国のリーダーの批判ばかりしてないで、一団となって知恵を出し合えば良いのに。
こんなことばかりしている党や政治家には、今後国民は何も期待しないようになると思える。

もちろん私自身も「疑問とか不満とか」思うことは国にも自治体にも、そして一番身近の「会社」にもある。
けれど、そんなことを評論家のように批判しているような状況じゃないというのが一番近しい感覚だ。

NHKスペシャルで「新型コロナウイルス 瀬戸際の攻防 ~感染拡大阻止最前線からの報告~」を放送していたが、日本は「出来るだけ経済活動を止めないで収束する方法」に挑戦しているとのことだ。
中国や欧米のように「一斉にロックダウン」しちゃって、拘束力を発揮すれば簡単だろうが、「日本人は秩序を保つ」ことに期待してこの難しい施策に挑戦していることが分かる。
こういう人たちの頑張りを見ていると「上っ面の批判コメント」がどれだけ無責任な行動なのかを思い知らされる。

すべて政府や自治体を「支持するつもりはないけれど、まずは今まで体験したことがないこの大変な状況を「どう乗り切っていくか」を一番に考えないといけないなぁと日に日に思うようになっている。
ただしずっとマスクをして、いつも手洗いや行動に注意している生活に疲れてきて、家でそういった注意せずに居られる方が良いと感じてくるようにはなっている。

 

 

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2020年4月13日 (月)

新型コロナウイルス騒動~その6

●緊急事態宣言
先々週末には、東京で連日100人を超える感染者が出るようになり、ついに「緊急事態宣言」が安倍総理から発せられた。
その範囲は「東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡」の7つの都府県となったが、中国やヨーロッパなどで見られたような「都市封鎖」のような強権的なものではなかった。20200413
ネットでは「極めて日本的な宣言」とあったが、個人的には「あまり強権的な規制は国民性的に賛同されない」との判断があったのかと思う。

日本が昭和の初めから軍部の暴走によって「統帥権」を使い暴走してしまったことが、政治の世界に「反省」として残っており、「新型コロナだから、例外的に仕方ない」という強硬手段を取らなかったのではないかと勝手に思っている。
話が飛躍するが先の天皇が「生前退位」を特例としたのは、恒常的になっていくと「権力の二重化」などの歴史があるためで、その時は「今回は、それで良い」と思っても、時代が流れていくに従って「こういう先例があるから、法的に問題がない」となり暴走してしまうことを歴史は何度も繰り返している。
今回の「緊急事態宣言」が諸外国に比べ「ふんわり」とした形になったのは、そんなことも影響していると勝手に思っているのは、考えすぎだろうか?

私の住む地域は、対象都府県にならなかったが、累積の感染者数はかなり多く、さっそく知事と市長が国に「緊急事態宣言を要請」し、自治体として「緊急事態宣言」を発した。
最初に発生した中国や一時期爆発的に増加した韓国などが、ここのところ大幅な増加が見られないようだが、それが本当ならば落ち着きを見せるのは「そんなに遠い未来じゃないのかも」などと希望的な気持ちにもなる。

●会社では
私の勤務する会社でも先週は毎日のように対策指示が出た、
まず「体温計測と行動の記録」
3月初旬には社内回覧で「毎朝、体温を測るように」と指示が出ていたが、4月からは毎日「記録」し、さらに社内外の「濃厚接触者」も記載し、上長に提出することになった。
休日の行動まで記載するので「プラベートなことまで報告しなくちゃいけないのか?」との声も上がったが、結局「出来る範囲」で報告するようになった。

次は「テレワークの推奨」
今年の初めに「とりあえず」という感じで社内規定は策定されたが、「大量の社員のテレワーク」を想定していなかったため大混乱となっている。
仕事柄「会社のサーバに接続」する必要が多いのだが、全員接続させるとネットワークがパンクしてしまうし、セキュリティなしで接続するにはリスクも大き過ぎる。
「自宅のPCは使ってよいのか?」とか「データを家に持ち帰っても良いのか」とかいろいろな疑問や質問が飛び交っているが、「非常事態宣言」が出た東京や大阪の事業部は「とにかくテレワークを進める」となし崩し的に始めている。
リスクを完璧解消していないので「何もなければラッキー」な状態で「テレワーク」が始まっている。

そして「電車通勤の回避」
これは「濃厚接触者数の減少」に対する施策。
最初に部門長クラスは「社用車での通勤」を義務付けられた。おかげで「飲んで帰れない」とうんざりしている部門長もいる。
また各部門ともいろいろな時間帯で「時差出勤」を試していて「一番空いている出勤時間」を探している。そして先週末には「上長が承認すれば車での通勤も認める」との通達もあった。

この「新型コロナ」の話題にして6回続けてきたが、毎回のように状況は変わり、まだまだこれからも続きそうな感じだ。

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2020年4月 6日 (月)

新型コロナウイルス騒動~その5

「備忘録」として新型コロナウイルスの影響を記載し始めたが、毎週毎週大きな動きがあって、なかなか他の話題を取り上げられない。
一応「こんなネタを書いておきたいなぁ」とメモを取ってあるのだが、それがどんどん貯まっていってしまう。
まぁ、それだけコロナウイルスの影響が世界的にも前代未聞の状態ということだと思う。
20200406
●いったいいつまで続くのか
「専門家会議」というものが「年単位の長期化を覚悟」と会見で発表され、深刻な状態は益々強まっている。
そのため段々「今だけだから」という気分もなくなりつつあり、企業の業績も株価も「先が見えない」状態になっている。
そんな時期に年度末と新年度を迎え、どの企業も「手探り」で日々運営している感じだ。
「入社式」そのものを中止した企業や規模を縮小した企業、なかには「新入社員は1ヶ月自宅待機」などという報道もあったが、1ヶ月後に状況が良くなっている保証はないから、どうするんだろう?
また決算期でもあるため、どの企業も軒並み苦労していて、ある企業では「決算を延長する」という決断をしたところもある。

我が社も月初めの全体朝礼も引き続き中止されたし、いつもは「新入社員紹介」なども全体朝礼で行われるのだが、それも中止になっている。
その他、新年度のさまざまな行事(方針発表会とか従業員表彰)も規模を小さくして行うことを検討している。

●東京で爆発~関東事業部でも
東京では連日「数十人」レベルで感染者が発生し、もういつ「非常事態宣言」が出たり「ロックダウン(都市封鎖=これもカタカナ用語でわからなかった)」となってもおかしくない感じになっている。
我が社の関東事業部でも「パートやアルバイトの他、従業員で休める人は、3月中は休んでくれ」とか「もうテレワークで対応したい」と緊急の要望も強く出て、関連部署や管理職は毎日振り回されている。
4月になり、ついに社員全員に「体温と行動記録」を毎日に記録させ、毎週「上長に報告」となった。
私の業務は総務部や人事部との交流が多い。
その部門のスタッフは「もういつ感染者が出てもおかしくない状態」となっているようで、毎日業務終了時には「今日も、発症者がいなくて良かった」と思うのだそうだ。

●志村けん死去~芸能人も次々に
今回の「コロナウイルス」で、一般の人が一番インパクト強く驚いたのが「志村けん死去」だろう。
3月中旬に「感染で入院」とのニュースが流れたが、それから2週間も経たずに亡くなってしまった。
その衝撃はやっぱり大きくて、テレビでも大きく取り上げられたし、特番なども放送された。
中でも「感染しているために遺体に触れられない」ということで、お兄さんが「最後に対面できなった」と話しており、「新型ウイルス」の怖さを、思い知らされることとなった。
その後、芸能人や有名人も次々と「コロナに感染」のニュースが流れ、自分自身も「いつ感染するか分からない」と毎日思うようになってきた。

東京や大阪では「夜の繁華街での飲食を自粛」との要望も出ているし、「不要不急の外出の自粛」そして我々のような他府県在住者は「東京への出張などは自粛」となり、どんどん悪化してきている。
それでも、世界から比べれば、まだ「爆発的な感染者数」にはなっていないが、すでにアメリカやイタリヤなどでは「医療崩壊」となり、SF映画であるような「世界的終末期」のような様相になってきている。
取り敢えず、今のところ、私も含め知人や周りの人に「発症者」はいない。

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2020年3月16日 (月)

新型コロナウイルス騒動~その2 爆発的拡大編

前回の続き20200316

●イベントの中止
どんどん感染者が増え、ついに「感染経路」が掴めない感染者も発生。
当初WHOは否定していたが、先週末には「パンデミック」を表明した。
「おお、映画で見るパンデミックって現実にはこんな感じなんだ」と変な感想を持った。
「東日本大震災」の時も思ったが、こういう映画なんかで見る「大パニック」な状態でも、いつもと変わらない日常生活があって、多くの人は普通に会社に行き、仕事をする生活をしている。
「東日本大震災」以後、映画での津波シーンが全く変わってしまったように、今後パンデミックの映画の描き方も変わるんじゃないだろうか?
とにかく、もう「中国のことだから」という状態でなくなり、多くの人が集まりイベントを自粛するように安倍総理が会見した。

スポーツイベントは「中止」「無観客試合」となり、野球のオープン戦は「無観客」で開催。
それをTVで放送していたが、シ~~ンとした球場で「選手の声とボールを打つ音だけが響く」という今まで見たことのないものが放送された。
「選手って、こんなに声出しているんだ」と放送中にもアナウンサーが言っていたが、これはこれで、面白い体験となった。
そして同時に「マスク」「アルコール消毒」が入手できなくなり、娘からは「手作りで子供のマスクを作った」と写真が送られてきた。

●そして学校休校
2月の終わりには再度安倍総理から「学校の休校」要請が出た。
ちょうど卒業シーズンでもあり学校側も困惑、小さい子供がいる家庭も仕事に行けないなど、大混乱状態に。
これをまた野党やあるマスコミは「場当たり的だ」と批判していたが、そういう人たちが何か「代案」を出すかというとそうでもなく、「とにかく思いつく対策を実施する」のは悪いことじゃないと個人的には思っている。

●会社の活動にも影響
先々週の金曜に本部長クラスが緊急招集。
「時差出勤の奨励」「ホームワークの検討」「同じ業務をしている人が同時に感染しないように席を2m以上離す」と次々に指示が出た。
でも「時差出勤」の場合の勤怠システムの申請・承認のエビデンスは誰が管理するのか?
「ホームワーク」といっても私物PCの利用はできないし、会社のサーバへのアクセスはできないから実質的に対応できそうにない。
さらに「2m以上の離席」といってもすぐにできないし、3人くらいが同じように固まって部屋を変更しただけという本末転倒的な対応している課もある。
結局、会社も「前代未聞」の状況のため正直「どうしたらよいか分からない」ということなのだろう。

●ついにパンデミックの渦の中に
マスクやアルコール消毒に続き「トイレットペーパーやティッシュは中国で製造されているから入手できなくなる」という噂が流れた。
これは完全にデマなのだが、マスコミが「デマだから」と警告しても効き目はなく街の店舗から無くなった。
子供の頃、オイルショックで、同じようにトイレットペーパーが無くなった経験をしたが、まさか同じ経験をもう一度するとは思わなかった。
あの頃と違って、インターネットなど情報がものすごくたくさん入手できる時代なのに、「結局人間はパニック状態になると同じようなことするんだなぁ」と、これまた変な感想を持ってしまった。

うちの会社で運営している通販でも、ティッシュやトイレットペーパーを扱っているが、この騒動のおかげでコールセンターはパンク状態となった。
なかには「お宅は詐欺なのか」とヒステリックに苦情を言ってくるお客様もいて、通常の業務に支障が出ている。
他にも私の担当している業務でもお客様の企業側から「必要のない打ち合わせ禁止」「来社の自粛」などが発表され、予定していた出張も中止となった。
先週の月曜には、会社の地域担当の宅配業者に感染者が出たとのことで、日常的に利用している部門はこれまた「どうする?」とドタバタしていたし、通勤についても、人混みを嫌っているのか地下鉄の乗客は少なく、逆にクルマでの出勤が増えていて、会社近くのコインパーキングは、すぐに満車になっている。

「東日本大震災」の時には、スマホの普及に伴い物凄く大量の映像が残された。
これは地震学者にとって、とてつもない研究材料となったはずで、一時期NHKでも取り上げていた。
今回の「新型コロナウイルス」も世界中で気軽にインターネットに接続できる時代に初めて発生したパンデミックだ。
医療関係者はもちろん、ネットマーケティングの研究者にも「どのように情報は拡大し、かつ間違っていくのか」を検証できるとても良い事例のような気がする。

 

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2020年3月 9日 (月)

新型コロナウイルス騒動~その1 始まり編

パニック映画などでは良く見かけるシーンで「ゾンビ」「新型ウイルス」などの爆発的な拡大がある。
今、まさに私たちが味わっているのは、それに近い現実的な状況だ。20200309
長く生きているといろいろな経験をするものだが、今回の「新型コロナウイルス騒動」は初めての経験だ。
このブログは2006年の1月に始めた。
それから14年、いろいろあったが、今回の「新型コロナウイルス騒動」は、2011年に起きた「東日本大震災」に次ぐ、日本や世界全体に影響が出ている大きな出来事となった。

最初はいつもの「おやじのつぶやき」的なことにするつもりだったが「学校の休校」「イベントの中止」など、あまりに大きく拡がっていくので「東日本大震災」の時と同じように「備忘録」として記録することにした。

●始まりは中国から
最初にこの「新型コロナウイルス」の名前を聞いたのは昨年の12月だったと思う。
中国の武漢市で発生し、1月の中旬頃だったかには「武漢市を封鎖」とのニュースが流れて「さすが中国、街の人間の出入りを停めるなんて、日本じゃできないよ」と、まだまだ他国の出来事と見ていた。
その後、武漢市に住んでいる日本人を政府が用意した「チャーター機」で帰国させ、感染状況を確認するためにホテル等に約2週間監禁状態に近い滞在させた。

●クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で集団感染
武漢市に住む「日本人」という限られた人たちの話題だった次は、この「クルーズ船」の集団感染の話題に移った。
乗客の中で感染者が発生し、一時期は日本への寄港を停止させたが、結局横浜港に停泊させ、これまた監禁状態で経過観察していたが、船内で爆発的に感染者が増えた。

●次々に感染者数増加
「武漢からの帰国者」「クルーズ船の乗客」と限定的な感染状態のうちは、そんなに身近な感じはしていなくて連日流れるニュースに「また、新型コロナかぁ」と思っていた。
国会も野党がいつまでも「桜を見る会」問題を蒸し返していて、これまた「何やっているんだろう」と思っていた。
この新型コロナウイルスが、一般に拡がっていく最初は「中国からの観光客」だったと思う。
その感染者を乗せた「観光バスの運転手」「案内ガイド」に伝染り、その人達がさまざまな集まりやいろんな場所に移動することにより、ついに一般的な人たちにも拡がり始めた。

 

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