2017年7月24日 (月)

あの時の気持ちを思い出す曲~深夜高速

前回の「若い頃と今の音楽」 で書いたように、YouTubeというのは自分自身が予想もしない出会いをさせてくれる。(と言っても、音楽的な話だけれど)
前回紹介した「竹原ピストル」は、CMで耳にしていたので、最初に聴いた時には「ああ、この曲かぁ」と思ったが、今回は、初めて耳にした。
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この曲に興味を持ったのは「斉藤和義」が唄っているのをやはりYouTubeで見たこと、そしてどうやら多くのミュージシャンに支持されていることを知ったからだ。
そしてこの曲を歌っている「フラワーカンパニーズ」というバンドの結成20周年記念で、「深夜高速」1曲のみを13組のアーティストがカバーしたトリビュートアルバム「深夜高速 -生きててよかったの集い-」というものがあり、先の「斉藤和義」の唄は、このアルバムかららしいと分かったからだ。

これまで「フラワーカンパニーズ」というバンド名は耳にしたことがあったが、どんなバンドでどんな曲をやっているのか知らなかった。どうやら出身は、私の今住む街だということ、そして一度もメンバーチェンジをしていないことなどをネットで知った。

一度聴いた時は「ああ、青春時代の曲ね」と単純に思ったが、何度か聴いているうちに多くのファンやミュージシャンに指示されていることが分かり始めた。
同じフレーズのコード進行で、繰り返される分かりやすさと、胸にキュンキュン来る歌詞。
なんだか20代の頃を思い出してしまったし、どうも感受性が強いのか、その頃のことを夢にも見てしまった・・・・。

いろいろあって働いたあとにデザインの学校に入り直したこと。
本当にデザイナーとしてやっていけるか分からなかったこと。
彼女が出来ても、一緒にやっていける自信なんてなかったこと。
これからどんな未来になっていくのだろうと思っていたこと。
お金がなくて、皆と同じように国内国外に遊びに行けなかったこと。

こうして具体的に書くといくらでも出てくるが、こんな「不安」とか「モヤモヤ」とか「あせり」とかいろんな気持ちをこの曲はうまく言い表している。
と、60歳が近くなった今、冷静に感じられていること自体、この曲のサビにあるように「生きていてよかった」なのだろう。

~深夜高速~


青春ごっこを今も 続けながら旅の途中 ヘッドライトの光は 手前しか照らさない
真暗な道を走る 胸を高ぶらせ走る 目的地はないんだ 帰り道も忘れたよ

壊れたいわけじゃないし 壊したいものもない だからといって全てに 満足してるわけがない
夢の中で暮らしてる 夢の中で生きていく 心の中の漂流者 明日はどこにある?

生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった そんな夜を探してる

年をとったらとるだけ 増えていくものは何? 年をとったらとるだけ 透き通る場所はどこ?
十代はいつか終わる 生きていればすぐ終わる 若さはいつも素裸 見苦しい程ひとりぼっち

生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった そんな夜を探してる
生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった そんな夜はどこだ

僕が今までやってきた たくさんのひどい事 僕が今まで言ってきた たくさんのひどい言葉
涙なんかじゃ終わらない 忘れられない出来事 ひとつ残らず持ってけ どこまでも持ってけよ

生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった そんな夜を探してる
生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった そんな夜はどこだ
いこうぜ いこうぜ 全開の胸で いこうぜ いこうぜ 震わせていこうぜ
もっともっと もっともっと見たことない場所へ ずっとずっと ずっとずっと種をまいていく
全開の胸 全開の声 全開の素手で 感じることだけが全て 感じたことが全て

生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった
生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった

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2017年7月18日 (火)

若い頃と今の音楽

ちょっと前回の続き的な内容。20170718_yowakaino

YouTubeで古い唄、と言っても吉田拓郎とか中島みゆきとかジャンルはある程度絞られるが、聴いているうちに前回も書いたように、忘れていた曲や未発表の曲や、別バージョンなど新たな出会いにぶつかることがある。

そんな今から45年くらい前に聴いていた音楽を今聞くと「な~~んて理屈っぽい詩だったんだろう」と思う。
吉田拓郎なんて人は、その典型で「マークⅡ」には

♪年老いた男が 川面をみつめて 時の流れを知る日が 来るだろうか♪

なんて、妙に老成というか達観したような「世の中を斜めに見ている」ような詩だ。
私自身、「世の中を斜に見ている」と言われたことがあったが、そんな音楽ばかり聴いていたからかもしれない。

他にも「イメージの詩」なんかは、

♪これこそはと信じれるものがこの世にあるだろうか
  信じるものがあったとしても信じないそぶり
  悲しい涙を流している人はきれいなものでしょうネ
  涙をこらえて笑っている人はきれいなものでしょうネ♪


とか

♪古い船には新しい水夫が乗り込んで行くだろう
  古い船をいま動かせるのは 古い水夫じゃないだろう
  なぜなら古い船も新しい船のように新しい海へ出る
  古い水夫は知っているのサ新しい海のこわさを♪


なんて感じで、もうグダグダと「理屈っぽい」
まぁ、この曲は拓郎が準ちゃんとの恋にやぶれた失恋の唄で、本人も「グダグダ言ってる曲」と話しているが、当時は聴く側が勝手に偶像として聴き「反体制的な」イメージとして聴いていた。

じゃ、最近の音楽は?
YouTubeを巡っていくうちに「竹原ピストル」という名前に行き着いた。
「ピストル」ってと思っていて聴いてみたら、CMで聴いたことがある曲だった。
それは「よー、そこの若いの」。

♪とかく忘れてしまいがちだけど とかく錯覚してしまいがちだけど
  例えば桜やらひまわりやらが特別あからさまなだけで
  季節を報せない花なんてないのさ
  よー、そこの若いの 俺の言うことをきいてくれ
  「俺を含め、誰の言うことも聞くなよ。」 
  よー、そこの若いの 君だけの花の咲かせ方で
  君だけの花を咲かせたらいいさ

  とかく忘れてしまいがちだけど とかく錯覚してしまいがちだけど
  例えば芸能人やらスポーツ選手やらが 特別あからさまなだけで
  必死じゃない大人なんていないのさ
  よー、そこの若いの こんな自分のままじゃいけないって
  頭を抱えてるそんな自分のままで行けよ
  よー、そこの若いの 君だけの汗のかき方で
  君だけの汗をかいたらいいさ♪

良い詩だ。
若い時の「もやもや」だったり、「劣等感」だったり、「焦り」だったり、この曲を聴くと、「いつの時代でも若い奴は、何かのモヤモヤを胸に抱えているんだ」と共感したりした。
どうもこの人の詩は、こんな内容の詩が多いようで、とっても皆に支持されているようだった。
他にもメジャーやインディーズに関わらず「良い詩」を書いているミュージシャンはいるようだ。

私たちの時代には、若い人の「モヤモヤ」を表現してくれるのは吉田拓郎のような「フォーク」分野の人しかいなかったが、今は違う。
メジャーでもちゃんと歌ってくれるし(多少キレイ事としてアレンジしてあるけれど)、インディーズになれば、もっともっとストレートに心の中をぶつけてくる。

音楽の聴き方も、表現するアーチストも50年前とは違っているけれど、10代の「モヤモヤ」した表現しがたい気持ちを胸に抱えるのは、同じなんだなぁと思ってしまった。

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2017年7月10日 (月)

YouTubeの楽しみ方

会社から「持て」と言われてスマホを持つようになって、何年か過ぎた。
今さらなのだが、このスマホと言うやつは、ライフスタイルを大きく変えた。
60年も生きていると「ライフスタイルを大きく変えた」ものに結構出会っている。
古くは、テレビとか冷蔵庫とか洗濯機とか私が生まれた頃に言われた「3種の神器」の家電たちがあるが、ソニーの「ウォークマン」もそうだ。
Youtube
現在30歳くらいの女性社員と話していたら「ウォークマン」以前の音楽の聴き方を尋ねられた。
「どうやって、音楽を聞いていたのですか?」
私たちの世代は、音楽は家の中もしくはクルマの中で聴くもので、日常生活の中で何かをしながら聴くことはあまりなかった。
その意味で「音楽を外に持ち出した」と言われる「ウォークマン」は、大きくライフスタイルを変えたものだと以前何かで読んだ。

そして同じようにスマホの登場も、大きく変えた。
ゲームもネットも動画も、全部を「いつでもどこでも楽しめる」ものに変えてしまった。
私自身、暇な時間にはゲームをするし、仕事中でも気になればネット検索する。
そして、それまで「わざわざアクセス」するものだったYouTubeも、身近になった。
アプリを立ち上げれば、すぐにアクセスできる。

ニュースやスポーツで気になることがあるとYouTubeを見ると、動画がアップされていて見逃した場面でも見ることができる。
何度かアクセスすると、ログを捕られていて私の興味のある傾向のものが表示される。
「前略おふくろ様」という私たちが高校生の頃に夢中になった人気ドラマが、全話アップされていたりする(これは違法なのだろうが・・・・)。

特に音楽系では、YouTubeは活躍してくれる。
以前このブログにも載せたが、懐かしい音楽やアニメ主題歌なんかもあるし、忘れてしまっていたような音楽に再会することもある。
先の「前略おふくろ様」から音楽を担当していた「井上堯之バンド」に繋がって、「傷だらけの天使」「太陽にほえろ」などのテーマ音楽に再会するなどのようなパターンもある。

ドラマやニュースや音楽だけでなく、CMもある。
再生中に流れるCMは辟易するが、昔のCM集だったり、TVで見て「良いなぁ~~」と思うようなCMなんかがアップすると見てしまう。
「カロリーメイト」は満島ひかりが校庭に一人立って「ファイト!」をアカペラで熱唱するCMから、毎年「心に響く」パターンが続いている。それを一度に見られるのもYouTubeの楽しみだ。

そして、音楽も最近はまったく新しいものを聴こうとは思っていないが、YouTubeで見つけて「へぇ~~」と思う曲に出会ったりしている。
この辺の話は、次回に続く話題だが、YouTubeのような動画を見ることができるコンテンツは、今までとはまた違う楽しみの見つけ方を教えてくれるものだ。

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2017年4月17日 (月)

付いてくる世代に恥じないように、仰ぎ見る世代に恥じないように

4月になって、半分過ぎた。
新しい年度であり、いよいよ「定年」というものを迎える年度になった。
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免許証をはじめ、いろんな証明書を見ても8月に60歳を迎えることは間違いのない事実だし、ここ数年ずっと認識していることだが、まだまだイマイチ「ピン」と来ていない。
役職はなくなったし、おそらく給料もすごく減るだろうから、それを見ると実感するのだろう。

今から10年前、このブログを始めて1年少し経った頃に「Favoritesシリーズ」を開始し、その2回目に今回のタイトルとなった吉田拓郎の「ローリング30」 を取り上げた。
あの時は50歳。
それなりの実感を持って、ピックアップしたのだが、冒頭に挙げたように記念すべき「定年」の年に、改めてあの曲の内容をしみじみと思う。

ついて来る世代に恥じないように 届かない世代に恥じないように
Rolling30 動けない花になるな Rolling30 飛び立つ鳥になれ
Rolling30 Rolling30

私は「ついてくる世代に恥じない」ように生きてきただろうか?
それは「ついてくる世代」の感じ方だから、本当のところは分からない。
でも「届かない世代に恥じない」ようには、生きてきたつもりだ。

とても身近な同世代を見ていると胸中では「もやもや」したものが、この新年度を迎える時にあった。
会社の人事規程には、こう書いてある。
参事=部長の役職定年後の役職
参与=参事の定年退職後の役職

だから、私は誕生日が来るまでは「参事」だし、定年後は「参与」となる(はずだ)。
なのに、新しい年度の組織図を見て、びっくりした。
私と同じ年の人が「参事部長」のまま役職にいるし、執行役員で定年になった人は「参与部長」になっていた。

「参与」は定年退職後の役職名なのに、なぜ「部長」が出来るのだろう?
もう規程があるようなないような、抜け穴だらけのものになっていて、それを知って私自身は「もしかして、ちょっと損した?」などとも思ってしまった。

なかでも、前の上司だった人は執行役員定年となり「参与室長」になっていたが、同じ年の執行役員は「上席執行役員」になって、「なんで俺は降格なんだ」と怒っていたそうだ。
「参与室長」でも恵まれていると思うけれど、彼はそう思っていないようだ。
でも会社から打診のあった大きなプロジェクトは断って、いろんな部署にちょっかい出しているだけの1年を過ごしていれば、そうなるんだが、自分は「ちゃんとやっている」と思っているようだ。

などなど、いろいろ思うことがあるが、これから今まで以上に
「ついて来る世代に恥じないように 届かない世代に恥じないように」
胸に刻んで生きて行こう。

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2016年5月 2日 (月)

ギターの修理、顛末記

「通販でギターを購入(その1)」 で書いたが、以前から持っていた「ギブソン」を修理に出した。

順番から言うと、本当は修理に出した後、ギターを弾けない日が何日か続き「やっぱり買おう!」と決めて、通販で購入した。
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さて、ギターの修理。
ギター愛好の人たちは「リペア」と呼ぶ。これも「通販でギターを購入(その1)」 で書いたが、「オベーション」の修理の時は、ある人に工房の名前を教えてもらって持ち込んだ。

そこは、少し遠い場所だったので今回「もっと近くに」と思いネットで探してみた。
すると家から車で10分くらいの小さな工房を発見。
WEBで見る限りは、ちゃんと料金表もあるし、良さそうなので、電話を掛けて訪ねてみた。

行ってみたら、本当に小さな工房で、預かっているギターがたくさん積んでいて、しかも割と若い男の子が出てきた。
でも、話してみたらすごく詳しいし、ちょっと触って「ブリッジですね?」と診断。その場で、「これくらいの予算ですけれど」と電卓を叩いてくれた。

即決でお願いすると「張直しの弦は、どこかの指定ありますか?」とか「弦高は、これくらいで良いですか?」とか「ストロークかフィンガーかどっちで弾くことが多いですか?」と細かく聞かれて、ちょっとオタオタ。

「約3週間くらい掛かります」と言われて、待っていたある日電話が掛かり、受け取りに。
「試し弾きしてください」と言われ弾くと良い感じ。
「気になることがあったら、どんどん言ってください」と何度も言われてお金を払って帰ってきた。

ずいぶん粗雑に扱ってきているので、ペグ(弦を巻ている器具)が曲がっていたり、ボディのラッカーがかなり傷んでいるなど、教えてもらったけれど、若いのにすごく詳しくて、経験が長いだけで、何も知らない還暦近くのおっさんとしては、ちょっと面喰ってしまった。

どうも今回のようにあまり会ったことのない仕事の人に会うと、仕事柄「どうして、この仕事するようになったの?」と聞いてしまうのだが、彼の場合、他の工房で働いていて、自分でやって見ようと思ったとか・・・。

それから、帰って弾いてみたら、やっぱりアコギとは違う良い音。
ギブソン特有の高音弦の鳴りは、やっぱり良い。
20年くらい前に18万円くらい出して買ったギター。これからも大事にしようっと。

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2016年3月14日 (月)

通販でギターを購入(その2)

購入することは決めたけれど、メーカーも価格帯もどうする?20160314_cpx700ii
こんな時にネット時代はありがたい。
「エレアコ」と検索すると、たくさん出てくる。

最初は、アコースティックと同じように「ギブソン」と思ったが、高い!20万円以下ではない。
あとは「タカミネ」とか「ヤイリ」とか、エレアコ系では有名なメーカーを探したけれど、そもそもエレアコの音の違いが良くわからない。

と、いろいろ迷っているうちに「ヤマハはどうなの?」と思った。
アコースティックでもそれなりの実績あるし、エレアコもある。それに、昨年、娘たちのウエディング写真撮影の空き時間に近くの楽器店で見たイメージや価格帯が印象に残っていた。そう思って調べたら、オーディオメーカーでもあるから、ヤマハ独自のプリアンプを持っているとWebに紹介してあった。

「じゃ、ヤマハから」と調べて、このシリーズで行こうかなぁと決まってきて、10万円は高いけれど、5万円のエントリーモデルは、ないなぁ。
じゃ、ミドルモデルに決めて、いよいよ購入へ。

「楽器はやっぱり実物を見ないと」と思っていたので、最初は店舗を回ってみた。
が、なかなか私の欲しいモデルがない。
どうも最近は、エントリーモデルの中国製がたくさん陳列してあり、あとは高額モデルがガラスケースに並んでいるお店が多く、数件回ったが、結局実物は見られなかった。

「じゃネットで」と楽天で検索。
ちゃんと店舗があるところというわけで絞っていき、結局、以前の空き時間に見た楽器店のネットショップでの購入となった。

楽天のポイントが多く付くセール中でもあり、さらに価格比較でもかなり低価格のセットだったし、さらにさらに楽天ポイントも貯まっていて、結局4万円程度で購入した。

1週間くらいで届いて、さっそく弾くと、まずまずな感じ。
音は、やっぱりエレアコらしいけれど、アンプを通した時には、かなりアコースティックな感じに近い。
そして、何よりネックの感じが良く、コードを抑えるのに、スムース感がある。

ギターを通販で買う。
若い頃には想像すらしなかったことが今は、出来る。
そんなことを改めて感じながら、日々ギターを弾くのだが、まずは、しばらく弾いて、馴染んだ状態にしてから、姪っ子の結婚式を迎える準備をしよう(って、まだ兄貴と何の曲やるのか話してもいないけれど・・・)

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2016年3月 7日 (月)

通販でギターを購入(その1)

60代を前に、久しぶりにギターを購入した。20160307_go

私は兄貴の影響で、ギター歴だけは長い。でも、そんなに上手くないし、ライブなど人前で演奏することもない。
ただ、良い気分転換&ストレス解消(唄うことが良い解消になっている気がする)として、ずっと続けている。

そんな楽しみ方だから、「どこのギターが良い」とか「こんな演奏法が」みたいな知識は薄い。
薄いけれど、長く続けてきているので、一応ギターは2本持っている。

そのうちの1台は、「ギブソン」と言われる世界的に有名なメーカーのものだ。
実は、かなり前からこのギターは、ビビり音がしており、先日ネットで調べて、修理に出した(この話は、次の機会に……)
その時に、分かったがこれが1997年製。確か18万円くらいで購入した。

もう1台は「エレアコ(アコースティックギターだけれど、電源に繋いで鳴らせるギター)が、欲しいなぁ」と思っていた時に、当時の上司が「古いオベーションがあるけど、買う?」と言われ、10万円で購入した。

ただ、この「オベーション」はフロントの表板が割れ、一度修理に出した。そして、電池の入れ替えも不便だし、引き心地も音もイマイチだったので、「いつかは、エレアコをもう1台買おう」と思っていた。
だが、最初に書いたように人前で弾くわけでなく、個人の楽しみで使っているだけで、きっかけがないので「そのうちそのうち」となってしまっていた。

そんな時、兄貴の2番目の娘が昨年、入籍し5月に披露宴を行う連絡があった。そしていつもように「兄弟でギターを」とリクエストが来た。
「ギブソン」のアコースティックでも良いけれど、この機会に「エレアコ」を買おうと決めた。

決めたのは良いけれど、どのメーカーにしようか、どれくらいの価格帯のものを買おうか・・・・悩み始めてしまった(続く)

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2015年12月17日 (木)

岡本おさみ 逝去

お風呂に入る前に、スマホのニュースを見て知った。20151217okamotoosami

一般にはあまり馴染みのないこの作詞家は、吉田拓郎ファンなら絶対に忘れられない作詞家でもある。

初期の拓郎の名曲のほとんどは、この作詞家の唄と言ってもいい。

名アルバム「元気です」の中にも
「こっちを向いてくれ」
「まにあうかもしれない」
「リンゴ」
「また会おう」
「旅の宿」
「祭りのあと」
と揃っていて、今でも「リンゴ」「旅の宿」はアコギの名演奏も重なり、拓郎の中でも特別な曲だと思っている。

世間一般では「あの森進一の『襟裳岬』の作詞家」と言われてしまうだろうが、やっぱり拓郎とのコンビの中の最高峰は「落陽」だろう。

何でもない詩なのに、なぜか今でもライブでは欠かせない曲なっているし、拓郎自身が「あの曲は超えられない」と最近では言うようになった名曲だ。

合掌の気持ちを込めて。

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2015年10月13日 (火)

【備忘録】コッキーポップ

私が中学・高校の頃「深夜ラジオを聴く」という学生の流行があった。
「勉強する」という名目で夜中の3時ごろまでラジオを聴いていたが、何となく「時代の最先端」の行為の気分だった。

「深夜ラジオ」のDJは、当時あまりTVには出ないフォークシンガー達が担当し、これがまた学生が一生懸命、耳を傾ける理由にもなった。

そんな時代の頃に「コッキーポップ」という番組があった。
【コッキーポップ】
71~86年に放送されていたラジオ音楽番組。
ヤマハ音楽振興会が制作協力し、ヤマハの提供で、『ヤマハポピュラーソングコンテスト』と連動していた番組。

【ヤマハポピュラーソングコンテスト】
「音楽の歓びは自分で創り、歌い、そして楽しむことにある」という歌ごころ運動の一環として開催された、アマチュアを対象にしたオリジナル曲発表の祭典。通称ポプコン。

この番組のオープニングにはパーソナリティは大石吾郎の以下のナレーションが流れて始まった。
「黙っていれば友達になれない、叫ばなければ消え去ってしまう。私たちが生まれてきた時から育ててきた何かを伝えあうために、ちぎれかけた世界の心と心を繋ぎ合うために、私たちの歌が今 ここにある」
やっぱり時代的に「学生や若者が、大人の創った既成概念や常識を変化させていくんだ」みたいな空気が、こんなナレーションにも表れている気がする。

この番組からは、今では超大御所の「中島みゆき」を始め、「チャゲ&飛鳥」とかいろんなアーティストが発掘されてくるが、反面消えて行ってしまった人たち(もしくは、裏方になったりして、表舞台に出なくなった)も多い。

しかし、このネット時代はありがたい。
そんな消えてしまった人たちの、そして自分自身が忘れてしまった音楽たちに、もう一度出逢わせてくれる。
先日、いくつか見つけたが、その中でも「お~~、あったなぁ」と思ったものを3曲並べてみた。特に、最後の「オルゴールの恋唄」は、ものすごく若い時の「渡辺真知子」の曲だが、(動画の内容は別として)超珠玉の1曲だと、改めて思い直した。

●琥珀色の夢(ボビー)

●あんたとあたい(赤ずきん)

●オルゴールの恋唄(渡辺真知子)

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2015年1月26日 (月)

NSPが心地よい

「NSP」という文字を見て「ああ、あれね」と思う方は、私と同年齢もしくは、もう少し上の方だろう。
最初は「ニュー・サディスティック・ピンク」と言っていたが、そのうち通称の方が正式の名前になった男性3人のバンドだ。
Nsp
このブログでは、1~2年に一度、急に60~70年代の古い楽曲を取り上げるが、今回もその話だ。
以前にも書いたが、親父やお袋が古い音楽を、遠くを見るような表情で聴いているのを見て「どこが良いんだか」と思っていた。
おそらく今は、私たちが「この頃の音楽は良いよねぇ」と言っている曲を聴いて、若い世代が、やっぱり「どこが良いんだか」と思っているのだろう。

この「NSP」は1972年のデビューとのことで、いわゆるフォーク全盛のころにラジオなどで耳にした。
「さようなら」「夕暮れ時はさびしそう」
などは、超有名でテレビにも出ていたし、とてもヒットした曲だ。

でもヒットしすぎたからなのか、彼らが割とテレビに出ていた影響か、「すごく好き」と意識したことはなかった。
この時代のフォークは、「俺たち世代の音楽」という意識が強く、テレビなどの露出が多いと「ちょっと違う感じ」と捉えていた。今思えば、それはとても勘違いなのだが。
だから、2005年にこの「NSP」の天野滋が亡くなった時も、「ああ、亡くなったんだ」という程度の感覚だった。

昨年の12月に、「NSPの線香花火って、どんな曲だっけ?」と思い、YouTubeで探してみた。
同時に、他のNSPの曲も見つかり改めて聞いてみると、もうずっと記憶の彼方に忘れていた「好きな曲だったなぁ」を思い出した。

「あせ」「お休みの風景」「赤い糸の伝説」「線香花火」「八十八夜」「愛のナイフ」「漁り火」

この中で「八十八夜」は以前に見つけていたので、覚えていたが「お休みの風景」を聴いた時に、「あったぁ~~こんな曲」とちょっぴり胸がキュンとなった。

あの頃は「愛」とか「別れ」とか「二人」とか。
そんな言葉がとてもピュアなことだと思っていたし、きっと世間的にもそう思われていた時代だったのだろう。
今、そんな詞を聴くと、ちょっと浮いた言葉に感じるのは、年齢のせいか時代のせいか?

そして音楽のリズムも、やっぱり私たちの年齢に合っていて、スッと身体の中に入ってくる感じがする。
いずれにしても、今の時代には感じられない叙情的な曲を得意としていたNSPの音楽が、心地よいなぁと思う今日この頃だ。

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