2019年8月19日 (月)

還暦過ぎての手習い

先週、めでたく(?)62歳となった。
60歳を迎えた時には「還暦」とか「定年退職」とか節目めいたワードが周辺を飛び交って特別感があった。
だから再雇用となりこのブログにちょくちょく近況を書いているように、おかげさまで、多忙な日々を過ごしていて、最近では給料が減ったことや責任が小さくなったことにも慣れ、変わらぬ「日常」を過ごしている感じだ。20190819

そんな60歳を2年超える頃に、少し新しいことを始めた。
それは「鍵盤楽器」を購入して弾き始めたことだ。
突然に見えるかもしれないが、そうではなくて、ずいぶん以前から「少しは弾けるんじゃないかなぁ」とぼんやり思っていた。
このブログでも書いたかもしれないが、私はアコースティック・ギターを少し弾く。
ギター歴は兄貴の影響で、初めてギターに触ったのが小学性の頃とかなり長い。
けれど、本格的に習ったわけでもなく我流だし、どちらと言えば「弾きながら唄う」ことが好きで、それも「人前でやりたい」と思う方でもないので、年数の割には「そこそこ」の腕前だ。

昔々だと吉田拓郎やかぐや姫など、みんな「ギター」を抱えて唄うのが基本形だったが、オフコースなんか出始めてきたらピアノなどの「キーボード」の弾き語りというスタイルを見るようになった。
元々クラシックな感じの「ピアノ」には興味がないが、鍵盤を「コード」で弾くことには「どうやるんだろう?」と思 っていた。
中学校の音楽の授業で「ドミソ」の和音「C」というコードだと習ったことは覚えていたので、鍵盤でも「コードが判れば、それっぽく弾けるんじゃないのか?」と思うようになった。

いろいろネットで調べたり楽譜なんかも見たりしたが「結局楽器がないと分からないなぁ」となり、通販で検索してみた。
そうしたら、意外と安価で多機能な「キーボード」が数多く販売されているのを知った。
プロやバンドの人が使う「ローランド」のような本格的なものじゃなければ、「カシオ」「ヤマハ」でそれなりの鍵盤数と機能のモノを発見。最後は「やっぱり楽器メーカーだよね?」「ヤマハ」のものを選んで購入してみた。

頼んですぐに届き、セットして鳴らしてみた。
全く説明書を読まずに、いろいろボタンを押すと、様々な楽器音はするし、リズムも刻むし、コードもサポートしたり、本当に多機能だ。
性格的には「まずは触ってみよう」と、ネットで「鍵盤コード」の一覧表を見つけて、今までギター用のコード楽譜を使って弾いてみた。

ちょっと難しいコードになると「コード表」を見ながらでないとお手上げだが、左手でベースを弾きながら、右手てコードを押さえることは何とか出来そうだ。
試しに吉田拓郎の古い名曲「どうしてこんなに悲しいんだろう」を弾いてみたら最初の4小節が「おお!レコード(違うかCD?)と同じ音だ!!」と1人で感動してしまった。

キーボード特有の右手と左手の違いに戸惑ったり、ギターだとカポタストを使うことで音の高さを調整出来るが、キーボードはそれが出来ないので、コード変更しなくちゃいけないなど、戸惑うことも多い。
でも60歳過ぎても、新しいことが出来るようになるとは、ちょっと嬉しい。
キーボードはギターと違って、「ヘッドホン」をすれば、音が出ないので、夜弾いても近所迷惑にならない。
おかげで今は、思いつくとキーボードの前に座っている。

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2019年7月 8日 (月)

山口百恵

令和になって2ヶ月以上経ったが、昭和の時代の話。
最近、ちょくちょくこのブログに出てくるインターネットラジオの「J-POP sakura」20190701   

懐かしいJ-POPが流れるので、仕事をしながら聞いている。
そこで「この曲良かったなぁ」と思い出されることが多いのだが、今回の「山口百恵」もその一人。

言わずと知れた「伝説の歌手」なのだが、どうしてもこの人の「代表曲」は後半のものが多い。
特に引退が近づいた頃の「秋桜」「いい日旅立ち」などが、彼女を紹介する時に使われるが、どうも個人的には違っている。

引退後、キルトの世界で有名になったし、息子たちが芸能人になったで、話題に事欠かなないが、なにせ本人は一度も公の場に出ていないので、余計に「伝説化」されてしまっている。
彼女が登場したのは、多分私が高校生の頃。
有名な「ひと夏の経験」は多感な年頃だった私たちには衝撃だった。
「あなたに女の子のいちばん大切なものをあげる」
こんな歌詞を中学生の女の子が唄っちゃっていいの?と思ったものだ。

その後、彼女はどんどんビッグになり、途中からは「宇崎竜童・阿木燿子」コンビの曲を立て続けにリリースし、不動の位置を確保した。
「宇崎竜童」という人には個人的に想いが強く、想い出もある。
「ダウンタウン・ブギウギ・バンド」で少し売れ始めた頃に、何回かライブに行った。
まだ駆け出しだった彼らは、ライブ後電車に乗って移動しており、偶然同じ電車に乗り合わせたこともある。

当時「宇崎竜童」は気に入っていたアーティストだったので、その曲を「山口百恵」が唄うというのはとても驚いた。
どうやら彼女自身の希望で、曲を書いてもらうようになったらしいが、それまでの歌手は「与えられたものを唄う」ものだったのに、この人の登場から「歌手からのリクエスト」で作曲者が決まるということが起きるようになった。

YouTubeなどで、彼女の初期の頃の曲を探してみた。
「禁じられた遊び」「青い果実」「ひと夏の経験」
「冬の色」「夏ひらく青春」「白い約束」
などなど「作詞:千家和也(つい先日、6月13日亡くなっていたとネットに発表されたが) 作曲:都倉俊一あるいは三木たかし」あたりの「ザ・歌謡曲」的な山口百恵が懐かしい。
山口百恵の声も10代で若々しいなぁと思ったが、芸能人ってのはある意味気の毒だ。
何年経っても、若い時の「声や歌や姿」がずっと残ってしまう。
これが自分だったら、とても恥ずかしくて見られない。
芸能人の場合は、そうでもないか?

昭和の伝説的歌手・山口百恵。やっぱり今でも輝いている気がした。

 

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2019年6月17日 (月)

ゴジラ キング・オブ・モンスターズ

一部のコアなファンの中では、昨年から「どんなのだろう?」と話題になっていた。
ハリウッド版「ゴジラ」の第2弾だ。20190617
このブログでは、たまに「ゴジラ」関連のことを書く。
2014年7月に「ゴジラを考える」、2012年9月「特撮博物館に行ってきた!」、2007年11月「FavoritesNo.21 ゴジラ伝説」、そして2006年2月「伊福部昭さん」などなどだ。
ここから先は、かなりディープな話になり、「ゴジラ」「ガメラ」「怪獣映画などの基礎的な知識がないと分からないと思います。ごめんなさい。

今回特に楽しみにした理由は「キングギドラ」「ラドン」「モスラ」といった東宝怪獣系の王様クラスが出るということだった。
「ゴジラ」を含めて、この4大怪獣が激突したのは「三大怪獣 地球最大の決戦」。ちなみに4つの怪獣が出るのに「三大怪獣」というのは、地球の三大怪獣であり「キングギドラ」は宇宙怪獣なので、外れいているそうだ。
この「キングギドラは宇宙怪獣」という設定は、今作にも踏襲されていた。
事前に今回の監督は、かなりの「ゴジラおたく」であるとも聞いていて、それも期待度を高めていた。

●映画における音楽の力を思い知った
これも事前に「一部で伊福部昭氏の音楽が使われる」と聞いていたが、実際に映画としてのシーンの中に「伊福部昭氏」の音楽が流れると、格段に「ワクワク度」が上がった。
「映画の中の音楽の力って、こんなにスゴイんだ」と感心しきりで、特に「モスラ」登場のシーンでの「モスラ」の音楽は、鳥肌がたった。
また「ゴジラ復活」のシーンでの「ゴジラのテーマ」も、もう拍手したい気持ちになってしまった。
しかし、いかに「伊福部昭」という人が「映画音楽」というものを熟知して作曲していたかを、ゴジラ誕生後65年も経ってから、改めて思い知らされた感じである。

●エンドロールの最後に感涙
エンドロールの最後にゴジラの着ぐるみに入っていた「中島春雄さん」の写真を載せ、彼へのリスペクトを表していた。
思わず「おっ」と言ってしまい、そしてちょっと泣きそうになった。
ちょうど、この映画公開にあわせ缶コーヒーのBOSSが「顔の映らない主役」という特別なCMを作ったが、まさに彼のことだ。
日本では、かなりコアなファンしか「中島春雄」のことを知らないが、アメリカでは「スーツアクター」として、とても尊敬されていたと聞いたことがある。今回のエンドロールは、そのことを十分に分かる演出だった。

●怪獣登場の脚本力の違い
映画としては全体的にとても面白かった。
でも、なにかが足りない気がして気になったのだが、映画館を出て思った。
「荒唐無稽」な怪獣映画だけれど、私が見てきた初期の怪獣映画や、平成ガメラシリーズと圧倒的に違うのは、脚本なんじゃないか?と。
日本の場合、日常的な出来事の積み重ねがあって、全く歯が立たないと分かっていても自衛隊は攻撃するし、住民が避難するシーンは、必須である。
「シン・ゴジラ」が評価されたのも、人命に対する考えや日常的な生活を積み重ねていて、最後の怪獣部分だけが「荒唐無稽」な物語にしている。
この実際にある「現実感」の積み重ねが、この映画は希薄な気がする。
ま、そんなことをすれば、3時間以上の長時間映画になってしまうから、仕方ないのかもしれないが。
「モナーク」はともかく「オキジェンデストロイヤー」なんて、コアなファンしか分からないのが突然出てくる辺り「ゴジラファンのためのゴジラ映画」と言えなくもないが。

次には「キングコング対ゴジラ」のハリウッド版が予定されている。
生まれて初めてみたゴジラ映画が東宝の「キングコング対ゴジラ」だった思い入れの高い作品なので、今回以上に期待が膨らんでしまっている。

 

 

 

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2019年1月21日 (月)

ついて来る世代を見て想う

20190121

再雇用となって、1年半を超えようとしている。
おかげさまで、それなりに会社からは必要な人材と思われているようで、いろいろな相談や作業を頼まれるし、現役の頃から続いている仕事もまだ携わっている。

 
ただし、もう役職者でもないし、いわゆる上司や部下がいる組織的なポジションでもない。
「本部付け」で本部長直轄(というか本部長の愚痴聞き)という気楽な場所にいる。
とは言え、業務している部屋には、ある組織が中心となって活動しているため、そのミーティングの模様を見聞きする。
 
その模様を見るとも聞くともなくしていたら、ある時吉田拓郎の「ローリング30」を思い出した。
この曲は、このブログの初期の頃、今から11年前に「Favoritesなもの No.2」 で紹介したガ、その時よりも歌詞の意味が実感として感じられている。
Rolling30 動けない花になるな Rolling30 転がる石になれ
過ぎ去った過去は断ち切ってしまえ 青春の長さ測るものはない
身体より老けた心など持つな 流れ行く時にさからって泳げ
自分のカラを突き破り 愚かな笑顔など見せるな
 
振り向いた昨日に恥じないように 仰ぎ見る明日に恥じないように
Rolling30 動けない花になるな Rolling30 夢吹く風になれ
Rolling30 Rolling30
なまぬるい日々に流される者よ 俺だけは違う身を切って生きる
三叉路があれば石ころの道を 躓いた痛みバネにして歩け
心の汗も流さずに やさしさなどとお笑いぐささ
 
ついて来る世代に恥じないように 届かない世代に恥じないように
Rolling30 動けない花になるな Rolling30 飛び立つ鳥になれ
Rolling30 Rolling30
 
この歌詞を噛み締めながら「次の世代」には「一言だけ」のアドバイスを、そして「次の次の世代」に対しては「黙って見守る」ように、さらに「その先の世代」には「おじいさんの昔話」と分けながら、「ついて来る世代に恥じないよう」に60代を生きていこうと思っている。

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2019年1月15日 (火)

沢田研二のすごさ

昨年、変なふうに話題になってしまった「沢田研二」。 
20190115私の年代だと「タイガース」時代から知っている人だが、ソロになってからも今風に言えば「中性的な魅力」で人気のあった歌手だ。
あまり良くないことで話題になったが、その影響で「インターネットラジオ」でちょくちょく曲がかかるようになった。
このブログでは、ちょくちょく昭和の歌謡曲が良かった話題を出すが(年齢的にどうしても懐古的になってしまう)、「沢田研二」はそのなかでも珠玉だ。
 
「どんな曲があったっけ?」と思ってYouTubeを見て驚いた。
普通はMP3の音源だけのものが多いが、やっぱり沢田研二ことジュリーは、昭和のTV歌謡曲の申し子なんだろう、TV放送からの動画が数多かった。
 
いくつか聴いてて「ああ、こんな曲もあったなぁ」と思っているうちにCDが欲しくなって、楽天で見ていたら「沢田研二 A面コレクション」を発見。
「こりゃいいや」と買ってしまった。
届いて、ちょっとワクワクして聴いたら「おお、そうそうこの曲もあった」「今、聴くと良い曲だなぁ」と、まぁ還暦過ぎたオッサンなので、超懐古的に喜んでしまった。
そして、いくつかギターコード譜を入手して、唄ってみたら、意外と難しい。
さらに、音域が広かったりする。
 
沢田研二は、ぜんぜん楽そうに唄っているので気づかないが、やっぱり昭和の歌い手はスゴイ。
音域が広くても何ともない顔して唄。
バックオーケストラがいても、モニタースピーカーやイヤホンがなくても音は外れない。
この辺りの人たちを聴いた後に、AKBとかTVで唄っている姿を見ると、もう幼稚園の学芸会レベルだ。
 
「危険なふたり」「時の過ぎゆくままに」
「勝手にしやがれ」
「憎みきれないろくでなし」
「サムライ」
「ダーリング」
「カサブランカ・ダンディ」
「立ちどまるなふりむくな」
「OH!ギャル」
「TOKIO」
などなど記憶にあった曲は、改めて聴いてみて「いいなぁ」と思っていた。
「君をのせて」
「あなただけでいい」
「追憶」
このあたりの曲は「おお!そういえばこんな曲あったなぁ」と喜んだ。
さらに「背中まで45分」は井上陽水として聴いていたので、「これって沢田研二の曲として出ていたのか!」と発見させてもらった。
最後に、YouTubeで見つけたけれど、購入した「A面コレクション」に入っていなかった「あなたに今夜はワインをふりかけ」がなかったので、ダウンロード購入した。
こう振り返ると、昔はただでTVで良い曲を聴いていたんだなぁ。
 

 

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2018年11月19日 (月)

懐かしい曲、2曲発見

YouTubeで懐かしい音楽を探して聴くことは以前「YouTubeで聴く懐かしのポップス」 で書いた。
それ以来、ちょくちょくこのブログでは「懐かしい音楽」を取り上げている。
今年になってからも「愛は傷つきやすく(ヒデとロザンナ)」 「荒井由美の時代」 を話題にしたが、最近この手の話題が多いのは、やはり年齢のせいだろうか?
こう思うたびに昔、親父お袋がTVで「懐メロ」番組を懐かしそうに見ていたことを思い出すが、今まさに私自身がその年齢になったとのことだろう。

今回は2曲。
ただ、1つはBSテレビを見ていて「そう言えば、この曲好きだったなぁ」と思い出した曲。もう1つはYouTubeを見ていて「ちょっと胸がキュン」となった思い出した曲と異なる方向からの発見だった。

坂本スミ子「夜が明けて」
これは、BSテレビで「なかにし礼」の特集を放送していて、何となく見ていたらこの曲が流れて思い出した。そもそも「坂本スミ子」という人すら忘れていたが、私が子どもの頃には、よくテレビに出ていた歌唱力抜群のオバちゃんだった。

夜が明けて
作詞:なかにし礼 作曲:筒美京平

夜が明けて手さぐりをしてみた ぬけがらのとなりには だれもいない
目をあけて部屋のなか見てみた 陽がもれる窓のそば だれもいない
夢を追いかけて ひとりふかすたばこのけむり 白い白い

夜が明けて夢をみたまくらに あの人のかみの毛が ひとつのこる
テーブルの灰皿の中には あのひとのすいがらが ひとつのこる
あせたくちびるをかんで ひいたルージュの赤が つらいつらい

われた手鏡に語りかける おんなの朝は ひとりひとり

加山雄三「僕のお嫁さん」
この曲は1969年だから私がまだ小学生くらいだ。
この頃の加山雄三の曲は、今聴くと「ちょっと恥ずかしい」歌詞が満載だ。岩谷時子さんの作詞だが、時代的にそんな時代だったのだろう。
まだ未来を夢見て、恋とか愛とかも分からないけれど、憧れを持って聴いていた頃を思い出す。
「作曲:弾厚作」のクレジットが、これまた懐かしい(加山雄三のペンネームというのはあまりにも有名)。

僕のお嫁さん
作詞:岩谷時子 作曲:弾厚作 

どこにでもいそうで どうしてもいなくて 世界中探した恋人
だれよりもきれいで だれからもまけない 世界一 素敵な恋人
皮のスカートの足首がほそくて 僕にかけ足で ついてくる
おやじにも見せたい 世界中探して見つけてきた 僕の大事な娘

よわそうでつよくて 泣虫で気まぐれ 世界でも珍らしい恋人
誰にでも愛され 誰だってふりむく 世界一 かわいい恋人
くちづけしたとき 襟足にほくろが ぼくにねだるのは チョコレート
おふくろにあわせて 気に入ってもらって そしてやがて ぼくのお嫁さん

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2018年7月 2日 (月)

愛は傷つきやすく(ヒデとロザンナ)

今回のタイトルで「オオッ」と思った方は、私の年齢より上なのではないだろうか?

まったく忘れていたが、ある時「インターネット・ラジオ」というものを会社で聴きながら仕事をしていた時に、この曲が流れ「ああ、こんな良い曲が昔あったなぁ」と感動した。
すぐにYouTubeで確認して、楽譜も探して、帰宅早々ギターで弾いてみた。
20180702
YouTubeを見ていて「懐かしい音楽」に出会うことは、このブログで何度か書いた。
ところが最近は「インターネット・ラジオ」を聴くようになった。
Macユーザーでもある私は、「インターネット・ラジオ」自体はMacの国で出た頃から知っていたが、日本ではあまり展開していなかったので、まったく聴いたことがなかった。

しかし、世の中はどんどん変化する。
ある日スマホでアプリを探していたら、日本にも数多くの「インターネット・ラジオ」の放送局が増えて、スマホアプリやインターネットを通して聴くことが出来ることに気づいた。

これ、何がよいかと言うと、普通のラジオのようにDJの「しゃべり」が全くない。
淡々と音楽が流れる。
昔、喫茶店なんかで流れていて「有線放送」みたいな感じだ。
しかも聴くのにお金はいらない。

いろんな放送を試しに聴いてみたが、まずJ-POPを聴いた。
これはこれで良いけれど、年齢的に付いていけない。
そんな時「J-Pop Sakura」に行き着いた。

この放送局は日本の「懐かしい」をコンセプトとしている。
だから、冒頭の「ヒデとロザンナ」時代のものや、演歌やフォークやニューミュージックなど、とにかく私の年齢には聴きやすい曲ばかり流れる。
「J-Pop Sakura」で検索すれば聴くことができるWEBがいくつ出てくる。
iTunesから聴くことも出来るが、残念ながらMacからは周波数の関係か聴けない。
これはインターネットも同じで、MacユーザーはiPhoneのアプリだったら聴くことができる。

YouTubeで懐かしい音楽に出会った時も「こんなタイムマシーンに乗って過去へ行ったような体験ができるんだ」と思ったが、「インターネット・ラジオ」は、こちらが意図していない曲が流れるから、その衝撃度は何倍も違う。
「愛は傷つきやすく」が流れた時は「この二人、こんなに歌が上手かったのか」と改めて驚いた。

最近、プロの人が歌って「すごいなぁ」と思うことが少なくなって、歌い手が「一般的になりすぎている」気がするが、こうやって懐かしい音楽を聴くと、昔のプロのクオリティが半端でなく高かったのがわかる。
そんな音楽を普通にTVで見たり聴いたりしていた私たちの世代は、ある意味贅沢だったのかもしれない。

「愛は傷つくやすく」~ヒデとロザンナ

自由にあなたを 愛して 愛して 私はこんなに傷ついた
たとえば二人で命をたてば 微笑みさえも消える
よみがえる日々(よみがえる愛) やさしい言葉で
なぐさめつつんで そして結ばれた

その時私は あなたの指が 小さくふるえるのを見たの
たとえば涙にくちびるよせて 二人は愛にゆれる


自由にあなたを 愛して 愛して 私はこんなに傷ついた
たとえば二人で命をたてば 微笑みさえも消える
よみがえる日々(よみがえる愛) やさしい言葉で
なぐさめつつんで そして結ばれた

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2018年3月19日 (月)

荒井由美の時代

ある時、例によって何となくYouTubeを見ていたら、荒井由美時代のアルバムが何枚かアップされていた。
1976年11月20日_The 14th Moon(14番目の月)
1978年3月5日 _紅雀(べにすずめ)
1978年11月5日_流線形'80
1979年7月20日_OLIVE
1979年12月1日_悲しいほどお天気(The Gallery in My Heart)
1980年6月21日_時のないホテル
1980年12月1日_SURF&SNOW

19歳から23歳頃。
20180319ちょうど高校卒業後に働いた後、夜間のデザイン学校に行き、再就職したころのアルバムだ。
まだ自分の未来も見えず、女の子と別れたり、出会ったり、そしてまた別れたり・・・いろいろなことがごちゃ混ぜになっていたい時代だ。

この音源を聴くしばらく前に、同じYouTubeで『MASTER TAPE ~荒井由実「ひこうき雲」の秘密を探る~』 を見たのだが、ユーミンは最初自分で唄うのではなく裏方を目指していたとの事。

実は彼女のことはデビューの頃から知っていた。
1973年11月20日_ひこうき雲
1974年10月5日_MISSLIM (ミスリム)
1975年6月20日_COBALT HOUR

このあたりのLPレコードは持っていたような記憶もある。
クルマのカセットテープなんかで、よく聴いていたものだ。
(LPとかカセットテープとか、なかなか懐かしい単語だらけだ!)

確かこのころだったか、TVに出て唄ったユーミンを見てかなりがっかりした。
緊張もあったのか分からないけれど、えらく音程が外れていて、それ以来私は「ユーミンって唄が下手」というレッテルを貼ってしまっている。
そして当時は「コンサート(ライブなんて言わないんだ)は生歌を聴きにいくもの」と思っていたために、いち早く「エンタテイメント性の高い」ライブをやっていたユーミンのコンサートには一度も行かなかった。

70年から80年くらいのアルバムって、レコードだったこともあり45分間くらいの長さ。
そして1つのテーマに沿って作り上げられていた。
今もそうかもしれないけれど、もっとその傾向が強かった気がする。

だからデジタル時代になって「ベスト盤」的なものばかりでユーミンを聴いていたが、今回改めて「アルバム1枚全部」聴いてみると「懐かしい」曲に出会うことがあった。
「ベスト盤」では聴かなかった、忘れていた曲を耳にすると、なんだか胸がキュンとするのは何故だろう。
やっぱり10代から20代前半の多感な時期に見聞きしたことは、思い出すとキュンとするものなのだろう。
もう45年も前の音楽を、キュンとしながら聴ける時代と年齢になっている。

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2017年7月24日 (月)

あの時の気持ちを思い出す曲~深夜高速

前回の「若い頃と今の音楽」 で書いたように、YouTubeというのは自分自身が予想もしない出会いをさせてくれる。(と言っても、音楽的な話だけれど)
前回紹介した「竹原ピストル」は、CMで耳にしていたので、最初に聴いた時には「ああ、この曲かぁ」と思ったが、今回は、初めて耳にした。
20170724_sinyakousoku
この曲に興味を持ったのは「斉藤和義」が唄っているのをやはりYouTubeで見たこと、そしてどうやら多くのミュージシャンに支持されていることを知ったからだ。
そしてこの曲を歌っている「フラワーカンパニーズ」というバンドの結成20周年記念で、「深夜高速」1曲のみを13組のアーティストがカバーしたトリビュートアルバム「深夜高速 -生きててよかったの集い-」というものがあり、先の「斉藤和義」の唄は、このアルバムかららしいと分かったからだ。

これまで「フラワーカンパニーズ」というバンド名は耳にしたことがあったが、どんなバンドでどんな曲をやっているのか知らなかった。どうやら出身は、私の今住む街だということ、そして一度もメンバーチェンジをしていないことなどをネットで知った。

一度聴いた時は「ああ、青春時代の曲ね」と単純に思ったが、何度か聴いているうちに多くのファンやミュージシャンに指示されていることが分かり始めた。
同じフレーズのコード進行で、繰り返される分かりやすさと、胸にキュンキュン来る歌詞。
なんだか20代の頃を思い出してしまったし、どうも感受性が強いのか、その頃のことを夢にも見てしまった・・・・。

いろいろあって働いたあとにデザインの学校に入り直したこと。
本当にデザイナーとしてやっていけるか分からなかったこと。
彼女が出来ても、一緒にやっていける自信なんてなかったこと。
これからどんな未来になっていくのだろうと思っていたこと。
お金がなくて、皆と同じように国内国外に遊びに行けなかったこと。

こうして具体的に書くといくらでも出てくるが、こんな「不安」とか「モヤモヤ」とか「あせり」とかいろんな気持ちをこの曲はうまく言い表している。
と、60歳が近くなった今、冷静に感じられていること自体、この曲のサビにあるように「生きていてよかった」なのだろう。

~深夜高速~


青春ごっこを今も 続けながら旅の途中 ヘッドライトの光は 手前しか照らさない
真暗な道を走る 胸を高ぶらせ走る 目的地はないんだ 帰り道も忘れたよ

壊れたいわけじゃないし 壊したいものもない だからといって全てに 満足してるわけがない
夢の中で暮らしてる 夢の中で生きていく 心の中の漂流者 明日はどこにある?

生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった そんな夜を探してる

年をとったらとるだけ 増えていくものは何? 年をとったらとるだけ 透き通る場所はどこ?
十代はいつか終わる 生きていればすぐ終わる 若さはいつも素裸 見苦しい程ひとりぼっち

生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった そんな夜を探してる
生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった そんな夜はどこだ

僕が今までやってきた たくさんのひどい事 僕が今まで言ってきた たくさんのひどい言葉
涙なんかじゃ終わらない 忘れられない出来事 ひとつ残らず持ってけ どこまでも持ってけよ

生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった そんな夜を探してる
生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった そんな夜はどこだ
いこうぜ いこうぜ 全開の胸で いこうぜ いこうぜ 震わせていこうぜ
もっともっと もっともっと見たことない場所へ ずっとずっと ずっとずっと種をまいていく
全開の胸 全開の声 全開の素手で 感じることだけが全て 感じたことが全て

生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった
生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった

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2017年7月18日 (火)

若い頃と今の音楽

ちょっと前回の続き的な内容。20170718_yowakaino

YouTubeで古い唄、と言っても吉田拓郎とか中島みゆきとかジャンルはある程度絞られるが、聴いているうちに前回も書いたように、忘れていた曲や未発表の曲や、別バージョンなど新たな出会いにぶつかることがある。

そんな今から45年くらい前に聴いていた音楽を今聞くと「な~~んて理屈っぽい詩だったんだろう」と思う。
吉田拓郎なんて人は、その典型で「マークⅡ」には

♪年老いた男が 川面をみつめて 時の流れを知る日が 来るだろうか♪

なんて、妙に老成というか達観したような「世の中を斜めに見ている」ような詩だ。
私自身、「世の中を斜に見ている」と言われたことがあったが、そんな音楽ばかり聴いていたからかもしれない。

他にも「イメージの詩」なんかは、

♪これこそはと信じれるものがこの世にあるだろうか
  信じるものがあったとしても信じないそぶり
  悲しい涙を流している人はきれいなものでしょうネ
  涙をこらえて笑っている人はきれいなものでしょうネ♪


とか

♪古い船には新しい水夫が乗り込んで行くだろう
  古い船をいま動かせるのは 古い水夫じゃないだろう
  なぜなら古い船も新しい船のように新しい海へ出る
  古い水夫は知っているのサ新しい海のこわさを♪


なんて感じで、もうグダグダと「理屈っぽい」
まぁ、この曲は拓郎が準ちゃんとの恋にやぶれた失恋の唄で、本人も「グダグダ言ってる曲」と話しているが、当時は聴く側が勝手に偶像として聴き「反体制的な」イメージとして聴いていた。

じゃ、最近の音楽は?
YouTubeを巡っていくうちに「竹原ピストル」という名前に行き着いた。
「ピストル」ってと思っていて聴いてみたら、CMで聴いたことがある曲だった。
それは「よー、そこの若いの」。

♪とかく忘れてしまいがちだけど とかく錯覚してしまいがちだけど
  例えば桜やらひまわりやらが特別あからさまなだけで
  季節を報せない花なんてないのさ
  よー、そこの若いの 俺の言うことをきいてくれ
  「俺を含め、誰の言うことも聞くなよ。」 
  よー、そこの若いの 君だけの花の咲かせ方で
  君だけの花を咲かせたらいいさ

  とかく忘れてしまいがちだけど とかく錯覚してしまいがちだけど
  例えば芸能人やらスポーツ選手やらが 特別あからさまなだけで
  必死じゃない大人なんていないのさ
  よー、そこの若いの こんな自分のままじゃいけないって
  頭を抱えてるそんな自分のままで行けよ
  よー、そこの若いの 君だけの汗のかき方で
  君だけの汗をかいたらいいさ♪

良い詩だ。
若い時の「もやもや」だったり、「劣等感」だったり、「焦り」だったり、この曲を聴くと、「いつの時代でも若い奴は、何かのモヤモヤを胸に抱えているんだ」と共感したりした。
どうもこの人の詩は、こんな内容の詩が多いようで、とっても皆に支持されているようだった。
他にもメジャーやインディーズに関わらず「良い詩」を書いているミュージシャンはいるようだ。

私たちの時代には、若い人の「モヤモヤ」を表現してくれるのは吉田拓郎のような「フォーク」分野の人しかいなかったが、今は違う。
メジャーでもちゃんと歌ってくれるし(多少キレイ事としてアレンジしてあるけれど)、インディーズになれば、もっともっとストレートに心の中をぶつけてくる。

音楽の聴き方も、表現するアーチストも50年前とは違っているけれど、10代の「モヤモヤ」した表現しがたい気持ちを胸に抱えるのは、同じなんだなぁと思ってしまった。

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