2017年4月17日 (月)

付いてくる世代に恥じないように、仰ぎ見る世代に恥じないように

4月になって、半分過ぎた。
新しい年度であり、いよいよ「定年」というものを迎える年度になった。
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免許証をはじめ、いろんな証明書を見ても8月に60歳を迎えることは間違いのない事実だし、ここ数年ずっと認識していることだが、まだまだイマイチ「ピン」と来ていない。
役職はなくなったし、おそらく給料もすごく減るだろうから、それを見ると実感するのだろう。

今から10年前、このブログを始めて1年少し経った頃に「Favoritesシリーズ」を開始し、その2回目に今回のタイトルとなった吉田拓郎の「ローリング30」 を取り上げた。
あの時は50歳。
それなりの実感を持って、ピックアップしたのだが、冒頭に挙げたように記念すべき「定年」の年に、改めてあの曲の内容をしみじみと思う。

ついて来る世代に恥じないように 届かない世代に恥じないように
Rolling30 動けない花になるな Rolling30 飛び立つ鳥になれ
Rolling30 Rolling30

私は「ついてくる世代に恥じない」ように生きてきただろうか?
それは「ついてくる世代」の感じ方だから、本当のところは分からない。
でも「届かない世代に恥じない」ようには、生きてきたつもりだ。

とても身近な同世代を見ていると胸中では「もやもや」したものが、この新年度を迎える時にあった。
会社の人事規程には、こう書いてある。
参事=部長の役職定年後の役職
参与=参事の定年退職後の役職

だから、私は誕生日が来るまでは「参事」だし、定年後は「参与」となる(はずだ)。
なのに、新しい年度の組織図を見て、びっくりした。
私と同じ年の人が「参事部長」のまま役職にいるし、執行役員で定年になった人は「参与部長」になっていた。

「参与」は定年退職後の役職名なのに、なぜ「部長」が出来るのだろう?
もう規程があるようなないような、抜け穴だらけのものになっていて、それを知って私自身は「もしかして、ちょっと損した?」などとも思ってしまった。

なかでも、前の上司だった人は執行役員定年となり「参与室長」になっていたが、同じ年の執行役員は「上席執行役員」になって、「なんで俺は降格なんだ」と怒っていたそうだ。
「参与室長」でも恵まれていると思うけれど、彼はそう思っていないようだ。
でも会社から打診のあった大きなプロジェクトは断って、いろんな部署にちょっかい出しているだけの1年を過ごしていれば、そうなるんだが、自分は「ちゃんとやっている」と思っているようだ。

などなど、いろいろ思うことがあるが、これから今まで以上に
「ついて来る世代に恥じないように 届かない世代に恥じないように」
胸に刻んで生きて行こう。

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2016年5月 2日 (月)

ギターの修理、顛末記

「通販でギターを購入(その1)」 で書いたが、以前から持っていた「ギブソン」を修理に出した。

順番から言うと、本当は修理に出した後、ギターを弾けない日が何日か続き「やっぱり買おう!」と決めて、通販で購入した。
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さて、ギターの修理。
ギター愛好の人たちは「リペア」と呼ぶ。これも「通販でギターを購入(その1)」 で書いたが、「オベーション」の修理の時は、ある人に工房の名前を教えてもらって持ち込んだ。

そこは、少し遠い場所だったので今回「もっと近くに」と思いネットで探してみた。
すると家から車で10分くらいの小さな工房を発見。
WEBで見る限りは、ちゃんと料金表もあるし、良さそうなので、電話を掛けて訪ねてみた。

行ってみたら、本当に小さな工房で、預かっているギターがたくさん積んでいて、しかも割と若い男の子が出てきた。
でも、話してみたらすごく詳しいし、ちょっと触って「ブリッジですね?」と診断。その場で、「これくらいの予算ですけれど」と電卓を叩いてくれた。

即決でお願いすると「張直しの弦は、どこかの指定ありますか?」とか「弦高は、これくらいで良いですか?」とか「ストロークかフィンガーかどっちで弾くことが多いですか?」と細かく聞かれて、ちょっとオタオタ。

「約3週間くらい掛かります」と言われて、待っていたある日電話が掛かり、受け取りに。
「試し弾きしてください」と言われ弾くと良い感じ。
「気になることがあったら、どんどん言ってください」と何度も言われてお金を払って帰ってきた。

ずいぶん粗雑に扱ってきているので、ペグ(弦を巻ている器具)が曲がっていたり、ボディのラッカーがかなり傷んでいるなど、教えてもらったけれど、若いのにすごく詳しくて、経験が長いだけで、何も知らない還暦近くのおっさんとしては、ちょっと面喰ってしまった。

どうも今回のようにあまり会ったことのない仕事の人に会うと、仕事柄「どうして、この仕事するようになったの?」と聞いてしまうのだが、彼の場合、他の工房で働いていて、自分でやって見ようと思ったとか・・・。

それから、帰って弾いてみたら、やっぱりアコギとは違う良い音。
ギブソン特有の高音弦の鳴りは、やっぱり良い。
20年くらい前に18万円くらい出して買ったギター。これからも大事にしようっと。

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2016年3月14日 (月)

通販でギターを購入(その2)

購入することは決めたけれど、メーカーも価格帯もどうする?20160314_cpx700ii
こんな時にネット時代はありがたい。
「エレアコ」と検索すると、たくさん出てくる。

最初は、アコースティックと同じように「ギブソン」と思ったが、高い!20万円以下ではない。
あとは「タカミネ」とか「ヤイリ」とか、エレアコ系では有名なメーカーを探したけれど、そもそもエレアコの音の違いが良くわからない。

と、いろいろ迷っているうちに「ヤマハはどうなの?」と思った。
アコースティックでもそれなりの実績あるし、エレアコもある。それに、昨年、娘たちのウエディング写真撮影の空き時間に近くの楽器店で見たイメージや価格帯が印象に残っていた。そう思って調べたら、オーディオメーカーでもあるから、ヤマハ独自のプリアンプを持っているとWebに紹介してあった。

「じゃ、ヤマハから」と調べて、このシリーズで行こうかなぁと決まってきて、10万円は高いけれど、5万円のエントリーモデルは、ないなぁ。
じゃ、ミドルモデルに決めて、いよいよ購入へ。

「楽器はやっぱり実物を見ないと」と思っていたので、最初は店舗を回ってみた。
が、なかなか私の欲しいモデルがない。
どうも最近は、エントリーモデルの中国製がたくさん陳列してあり、あとは高額モデルがガラスケースに並んでいるお店が多く、数件回ったが、結局実物は見られなかった。

「じゃネットで」と楽天で検索。
ちゃんと店舗があるところというわけで絞っていき、結局、以前の空き時間に見た楽器店のネットショップでの購入となった。

楽天のポイントが多く付くセール中でもあり、さらに価格比較でもかなり低価格のセットだったし、さらにさらに楽天ポイントも貯まっていて、結局4万円程度で購入した。

1週間くらいで届いて、さっそく弾くと、まずまずな感じ。
音は、やっぱりエレアコらしいけれど、アンプを通した時には、かなりアコースティックな感じに近い。
そして、何よりネックの感じが良く、コードを抑えるのに、スムース感がある。

ギターを通販で買う。
若い頃には想像すらしなかったことが今は、出来る。
そんなことを改めて感じながら、日々ギターを弾くのだが、まずは、しばらく弾いて、馴染んだ状態にしてから、姪っ子の結婚式を迎える準備をしよう(って、まだ兄貴と何の曲やるのか話してもいないけれど・・・)

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2016年3月 7日 (月)

通販でギターを購入(その1)

60代を前に、久しぶりにギターを購入した。20160307_go

私は兄貴の影響で、ギター歴だけは長い。でも、そんなに上手くないし、ライブなど人前で演奏することもない。
ただ、良い気分転換&ストレス解消(唄うことが良い解消になっている気がする)として、ずっと続けている。

そんな楽しみ方だから、「どこのギターが良い」とか「こんな演奏法が」みたいな知識は薄い。
薄いけれど、長く続けてきているので、一応ギターは2本持っている。

そのうちの1台は、「ギブソン」と言われる世界的に有名なメーカーのものだ。
実は、かなり前からこのギターは、ビビり音がしており、先日ネットで調べて、修理に出した(この話は、次の機会に……)
その時に、分かったがこれが1997年製。確か18万円くらいで購入した。

もう1台は「エレアコ(アコースティックギターだけれど、電源に繋いで鳴らせるギター)が、欲しいなぁ」と思っていた時に、当時の上司が「古いオベーションがあるけど、買う?」と言われ、10万円で購入した。

ただ、この「オベーション」はフロントの表板が割れ、一度修理に出した。そして、電池の入れ替えも不便だし、引き心地も音もイマイチだったので、「いつかは、エレアコをもう1台買おう」と思っていた。
だが、最初に書いたように人前で弾くわけでなく、個人の楽しみで使っているだけで、きっかけがないので「そのうちそのうち」となってしまっていた。

そんな時、兄貴の2番目の娘が昨年、入籍し5月に披露宴を行う連絡があった。そしていつもように「兄弟でギターを」とリクエストが来た。
「ギブソン」のアコースティックでも良いけれど、この機会に「エレアコ」を買おうと決めた。

決めたのは良いけれど、どのメーカーにしようか、どれくらいの価格帯のものを買おうか・・・・悩み始めてしまった(続く)

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2015年12月17日 (木)

岡本おさみ 逝去

お風呂に入る前に、スマホのニュースを見て知った。20151217okamotoosami

一般にはあまり馴染みのないこの作詞家は、吉田拓郎ファンなら絶対に忘れられない作詞家でもある。

初期の拓郎の名曲のほとんどは、この作詞家の唄と言ってもいい。

名アルバム「元気です」の中にも
「こっちを向いてくれ」
「まにあうかもしれない」
「リンゴ」
「また会おう」
「旅の宿」
「祭りのあと」
と揃っていて、今でも「リンゴ」「旅の宿」はアコギの名演奏も重なり、拓郎の中でも特別な曲だと思っている。

世間一般では「あの森進一の『襟裳岬』の作詞家」と言われてしまうだろうが、やっぱり拓郎とのコンビの中の最高峰は「落陽」だろう。

何でもない詩なのに、なぜか今でもライブでは欠かせない曲なっているし、拓郎自身が「あの曲は超えられない」と最近では言うようになった名曲だ。

合掌の気持ちを込めて。

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2015年10月13日 (火)

【備忘録】コッキーポップ

私が中学・高校の頃「深夜ラジオを聴く」という学生の流行があった。
「勉強する」という名目で夜中の3時ごろまでラジオを聴いていたが、何となく「時代の最先端」の行為の気分だった。

「深夜ラジオ」のDJは、当時あまりTVには出ないフォークシンガー達が担当し、これがまた学生が一生懸命、耳を傾ける理由にもなった。

そんな時代の頃に「コッキーポップ」という番組があった。
【コッキーポップ】
71~86年に放送されていたラジオ音楽番組。
ヤマハ音楽振興会が制作協力し、ヤマハの提供で、『ヤマハポピュラーソングコンテスト』と連動していた番組。

【ヤマハポピュラーソングコンテスト】
「音楽の歓びは自分で創り、歌い、そして楽しむことにある」という歌ごころ運動の一環として開催された、アマチュアを対象にしたオリジナル曲発表の祭典。通称ポプコン。

この番組のオープニングにはパーソナリティは大石吾郎の以下のナレーションが流れて始まった。
「黙っていれば友達になれない、叫ばなければ消え去ってしまう。私たちが生まれてきた時から育ててきた何かを伝えあうために、ちぎれかけた世界の心と心を繋ぎ合うために、私たちの歌が今 ここにある」
やっぱり時代的に「学生や若者が、大人の創った既成概念や常識を変化させていくんだ」みたいな空気が、こんなナレーションにも表れている気がする。

この番組からは、今では超大御所の「中島みゆき」を始め、「チャゲ&飛鳥」とかいろんなアーティストが発掘されてくるが、反面消えて行ってしまった人たち(もしくは、裏方になったりして、表舞台に出なくなった)も多い。

しかし、このネット時代はありがたい。
そんな消えてしまった人たちの、そして自分自身が忘れてしまった音楽たちに、もう一度出逢わせてくれる。
先日、いくつか見つけたが、その中でも「お~~、あったなぁ」と思ったものを3曲並べてみた。特に、最後の「オルゴールの恋唄」は、ものすごく若い時の「渡辺真知子」の曲だが、(動画の内容は別として)超珠玉の1曲だと、改めて思い直した。

●琥珀色の夢(ボビー)

●あんたとあたい(赤ずきん)

●オルゴールの恋唄(渡辺真知子)

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2015年1月26日 (月)

NSPが心地よい

「NSP」という文字を見て「ああ、あれね」と思う方は、私と同年齢もしくは、もう少し上の方だろう。
最初は「ニュー・サディスティック・ピンク」と言っていたが、そのうち通称の方が正式の名前になった男性3人のバンドだ。
Nsp
このブログでは、1~2年に一度、急に60~70年代の古い楽曲を取り上げるが、今回もその話だ。
以前にも書いたが、親父やお袋が古い音楽を、遠くを見るような表情で聴いているのを見て「どこが良いんだか」と思っていた。
おそらく今は、私たちが「この頃の音楽は良いよねぇ」と言っている曲を聴いて、若い世代が、やっぱり「どこが良いんだか」と思っているのだろう。

この「NSP」は1972年のデビューとのことで、いわゆるフォーク全盛のころにラジオなどで耳にした。
「さようなら」「夕暮れ時はさびしそう」
などは、超有名でテレビにも出ていたし、とてもヒットした曲だ。

でもヒットしすぎたからなのか、彼らが割とテレビに出ていた影響か、「すごく好き」と意識したことはなかった。
この時代のフォークは、「俺たち世代の音楽」という意識が強く、テレビなどの露出が多いと「ちょっと違う感じ」と捉えていた。今思えば、それはとても勘違いなのだが。
だから、2005年にこの「NSP」の天野滋が亡くなった時も、「ああ、亡くなったんだ」という程度の感覚だった。

昨年の12月に、「NSPの線香花火って、どんな曲だっけ?」と思い、YouTubeで探してみた。
同時に、他のNSPの曲も見つかり改めて聞いてみると、もうずっと記憶の彼方に忘れていた「好きな曲だったなぁ」を思い出した。

「あせ」「お休みの風景」「赤い糸の伝説」「線香花火」「八十八夜」「愛のナイフ」「漁り火」

この中で「八十八夜」は以前に見つけていたので、覚えていたが「お休みの風景」を聴いた時に、「あったぁ~~こんな曲」とちょっぴり胸がキュンとなった。

あの頃は「愛」とか「別れ」とか「二人」とか。
そんな言葉がとてもピュアなことだと思っていたし、きっと世間的にもそう思われていた時代だったのだろう。
今、そんな詞を聴くと、ちょっと浮いた言葉に感じるのは、年齢のせいか時代のせいか?

そして音楽のリズムも、やっぱり私たちの年齢に合っていて、スッと身体の中に入ってくる感じがする。
いずれにしても、今の時代には感じられない叙情的な曲を得意としていたNSPの音楽が、心地よいなぁと思う今日この頃だ。

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2014年10月 6日 (月)

小学校の頃に教えられたこと~ブルーハーツ「青空」から

ブルーハーツ(いろいろあって、今はないバンドだが)に「青空」という名曲がある。その歌詞の中に、こんな部分がある。

生まれた所や皮膚や目の色で
いったいこの僕の何がわかるというのだろう
運転手さんそのバスに 僕も乗っけてくれないか
行き先ならどこでもいい こんなはずじゃなかっただろ?
歴史が僕を問いつめる まぶしいほど青い空の真下で

Gako
一時期、頻繁にカラオケに行っていた頃、この部分を唄うと年齢が一回り下の子が「学校の教科書に載っていたね~~」と良く言っていた。
年代の差なのか、地域の学校の差なのか分からないが、残念ながら私が通った学校の教科書に、この歌詞にあたる出来事が載っていたことはない。

ちなみに、この歌詞は「アラバマ州の学校の送迎バス差別事件」のことを言っているとのことだ。

1955年12月1日アラバマ州モンゴメリーで、一人の黒人女性(ローザ・パークス)が、バスで白人に席を譲らなかったことに端を発したこの事件をきっかけに、キング牧師は1年間のバス・ボイコット運動を展開。
翌年、合衆国最高裁判所が「バス車内の人種差別は違憲である」との判決を契機に、南部諸州で大きなムーブメントとなった。

学校、特に小学校時代と言うのは、当たり前だが、とても世間が狭い。
この頃の「社会」は、家族と近所の人たちと、学校とその友達。そこで経験したことは当時は「みんなが知っている常識」だと思っているけれど、大人になり全く違う環境で育ってきた人同士で話すと、実は「とても限られた社会の中の常識」だと気づく。

この「歌詞が教科書に載っていたね~~」もそうだが、私の小学校の頃の常識は「戦争」に対することだ。
この話は、何度もこのブログに書いてきているが、私の小学校では「8月6日」「8月9日」「8月15日」「12月8日」の4日は「日本人として忘れてはいけない日」と教え込まれてきた。

この話を社会人になり、育った街と違う場所で同じような年齢の人と話したら、まったく通じなかった。
「え~~なんで知らないの?」と私は言い
「なんで、そんなこと知っているんだ?」とその人は言った。

このように小学校時代に教えられたことは、人によって違っていて、同年代でも決して共通していないんだと、この唄を聴くたびに思うのである。
ちなみに、さっきの4日は、以下の出来事があった日だ。

・8月6日=広島に原爆投下された日
・8月9日=長崎に原爆投下された日
・8月15日=終戦記念日(この言い方には賛否両論あるが)
・12月8日=日本が真珠湾攻撃した日

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2014年1月 6日 (月)

訃報:大滝詠一(Favorites65 大滝詠一【A LONG VACATION】)

今日から仕事始めである。

例年より長い年末年始休暇の明けとして、あまり相応しくない話題だが、この人の訃報に触れないわけに行かないので、書くことにした。A_long_vacation

訃報が流れたのは大晦日。
ある意味、あの人らしい気がしないでもない。

その後、多くのミュージシャンがいろいろなメディアを通して、コメントしていたが、日本のJ-POP界の人たちのほとんどが彼の影響を受けていたと言っても過言でないほどの人だ。

あんなに素敵な音楽を作る才能があるのに、自分のアルバムはほとんど出さない。
15年くらい前に山下達郎が
「そろそろアルバム作らないの?」
と聞いたら
「サッカー観たり、いろいろ忙しいから」
と言って笑ってた。

彼の「A LONG VACATION」は、私が20代の時に出たアルバム。
だけど、今、私のiPhoneの中にも入っている。
テープにダビングしたり、MDやCDや音楽を聴くデバイスはいろいろ変わって来ているが、このアルバムはいつも、ダビングして聴いている。

今から30年も前の音楽なのにあまり古く感じないのは、何故だろう?
もうこの人の新曲を聴けないのかと大晦日の日に思ったこと、
そして、なぜかこの人のアルバムをFavoritesとして取り上げていなかったこと、
そんなことがあり、年の初めの記事だけれど、訃報を取り上げた。

他にも婿の祖父の訃報や、同窓会の話など、いろいろなことがあった年末年始だった。

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2013年12月16日 (月)

中島みゆき論

この項を書くにあたって、このブロクで「中島みゆき」の名前を載せた記事を検索したら16個もあった。
最近はアルバムが出ても買わないし、コンサートがあっても出かけることはないが、20代には良く行っていたから、最も影響を受けたアーティストであることに変わりはなく、だから16回も登場しているのだと思う。

で、なんで今さら彼女のことを書こうと思ったのか?
きっかけは2つあった。

Matuko夏に長年使っていたiPodが昇天した。
日常生活では会社貸与のiPhoneで音楽を聴くので問題ないが、いつの頃からか「音楽を聴きながら」お風呂を楽しむようになり、その時に古いiPodを利用していた。

仕方なくiPodtouchを購入して替わりに使い始めたのだが、有り難いことに今度は映像も見られる。
だからYouTubeなんかを見ながら湯船に浸かるのだが、ある時「【中島みゆき】について語る 有吉×マツコ×夏目三久」 というコンテンツを見つけた。
20分強のものだが、あるTV番組でマツコがえらく熱く「中島みゆき論」を語っていた。

時を同じくして、たまたま録画予約していたら「NHK BSプレミアム『オール中島みゆきナイト』」 を見つけて見てみた。
こちらは「出演:ビビる大木、クリス松村、茂木健一郎、先崎学、おかもとまり VTR出演:さだまさし、薬師丸ひろ子、ゆず、槇原敬之、安達祐実、坂崎幸之助 メッセージ:工藤静香」という豪華な人たちが語る「中島みゆき論」だった。

先崎学(せんざきまなぶ)という人は知らなかったが、棋士でありそして中島みゆきは「女神」と言い切っていた。
最後にお掃除オバサン役でチラッと中島みゆき本人が出てきた時には、先崎さんは硬直していて、これがまた面白かったのだが、それにしても、このように各界のいろんな人が「中島みゆき論」を語るのは非常に面白い。

というか数多のミュージシャンがいる中で「~~論」と言われる人はいない。
松任谷由実、吉田拓郎、井上陽水、小田和正、矢沢永吉などなど私より8~12歳くらい上のミュージシャンに恵まれて、私たちの世代はとても音楽的に幸せなのだが、それでも「論」を語られる人はいない。
(矢沢永吉のように一種宗教団体になっているような盛り上がりはあるが)

いったい何が決定的に違うのだろう?
わからないけれど、彼女の曲は時として、ずいぶん昔の曲なのに、妙に心に響くということがある。
「ファイト!」
以前も語ったけれど、カロリーメイトで使われてまた脚光を浴びた。
「命の別状」
工藤静香の中島みゆきの歌ばかりを集めたアルバムを聴いて、響いた。
「一期一会」
YouTubeで初めて聴いて気に入った。
「最後の女神」
最近、やっと詩の意味を考えるようになった。

このように、古くからも新しい曲からも、その時の自分に響くものが出てくる。
それがなぜなのか?
冒頭の「【中島みゆき】について語る 有吉×マツコ×夏目三久」 でマツコが熱く語っている中に、ちょっとだけ答えがある気がした。

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