2017年3月21日 (火)

気になる人、脳科学者「中野信子」さん

「気になる人」の最後は「中野信子」さん。
今までの2回は、歴史とかお城とか私の好きな物の延長にいる人だったが、この人は違う。
最初にTVで見たのは、さんまの「ホンマでっか」だったろうか?
昨年、彼女が「さんま御殿」に出演した時に、そう言っていたから多分間違いないと思う。
20170327_nakano
(ウィキペディアより)
日本の脳科学者(医学博士)、作家。
東京都出身。東日本国際大学特任教授。株式会社ビッグベン所属。元MENSAの会員。既婚。
1998年東京大学工学部応用化学科卒業後、東京大学大学院工学系研究科修士課程、2004年東京大学大学院医学系研究科医科学専攻修士課程修了、2008年東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。博士論文「高次聴覚認知における知覚的範疇化の神経機構 fMRI・TMSによる複合的検討」で医学博士号取得。

彼女の場合、こういう経歴やTVでの話ではその「面白み」は分からないと思っている。
以前「情熱大陸」では、ラストになって「かつら?ウィッグ?」を取ったら金髪で、カラオケでロックを熱唱するところが映し出された。
「脳科学者である中野信子を演じている」と言っていたけれど、金髪の女性が中野信子のすべてとは言っていない。こういうパターンは、古くは「桃井かおり」にもあって、もうすでに彼女の場合「俳優の桃井かおり」が、元々の人格を覆っているようになっている(と私は思っている)。

そして先日NHKでやっていた「脳科学者 中野信子ができるまで」 で話していたが、とにかく幼少時代から天才的に記憶力が良く、周りに溶け込めなかったとも話している。
この点、1回目に紹介した「磯田氏」と共通している。
そういえば「情熱大陸」の磯田氏の放送の時、「磯田会」の中に中野信子さんがいた。
このような学者になる人たちは、子ども時代が割と不遇で、中野信子さんは周りと違うのは「脳がおかしいのでは?」と思ったことが脳に興味を持つきっかけだったと、この番組では話している。

そんな彼女だが、この人が面白いと思うようになったのも、やっぱり「英雄たちの選択」 がきっかけだった。
磯田さんともおそらく相性が良いのか、良くこの番組にも出演する。
歴史的人物を「脳科学的に分析」して話してくれる。

例えば「織田信長は、かなりの確率でサイコパスであっただろう」と話す。
そして「織田信長」とその妹「お市の方」の関係は、「サイコパス」「常識人だがサイコパスを嫌悪しながらも惹かれる、もしくは寄り添うタイプ」として話していた。

私の好きな歴史的な話は、磯田さんが得意な古文書の他に、言い伝えや史跡があって、そこから想像も手伝いながら「真実らしきもの」に近づいていくことが多いが、中野信子さんのように「脳科学的」な視点でアプローチすると時に「へぇ~~」と思うような解説されることがある。
それによってまた史実の見方や意味が少し違う風景に見えることが、この人の面白さだと私は感じている。

磯田さんと中野さんがディスカッションするような講演会やセミナーがあったら、是が非でも行ってみたいものだ。

| | コメント (0)

2017年3月13日 (月)

気になる人、城郭考古学者「千田嘉博」さん

「気になる人」の2回目は「千田嘉博」さん。
この人は(おそらくは)前回の「磯田」さんほど一般的には有名ではない。
ただ(多分)お城好きの人たちには有名な人だと思う。
この人を知ったのは、前回にも紹介した「英雄たちの選択」 という番組(だったと思う)。

20170321_senda(ウィキペディアより)
日本の城郭考古学者。奈良大学 文学部 文化財学科 教授、前学長。愛知県生まれ。中学1年生のときに遠望した姫路城に感銘を受けて、中・近世の城跡探険をはじめる。日本各地の中世・近世城郭の発掘調査・整備に関わるほか、ヨーロッパ・モンゴル・ニュージーランドなど世界の城と日本の城の比較研究を行っている。2015年に濱田青陵賞を受賞。2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」の真田丸城郭考証者。 

最初は誰の話の時だったか?
「天草四郎」の時だったか?
島原の乱での最後の「原城」籠城戦についての時に、「原城」を解説する人として登場した。
最初に目についたのが、肩書。
「城郭考古学者」
そんな分類分けの学者がいるんだ!というのが、その時の正直な気持ちで、「千田」さんそのものに興味を持ったのは、その後からだった。

普通、お城を解説する時は、「ここにこういう守りがあり、ここに仕掛けが施されている」といったものが多い。
近年の「お城ブーム」のきっかけとなった「ロンブーの淳」なんかもバラエティ番組で、このような解説をする。
「狭間とは」とか「野面積みがどうだとか」みたいな「城が好きなら、こういうこと知っていて当たり前だよね」的な解説は多い。
いろいろなお城を見るようになって、確かにそういう名称的な知識はあった方が見学する時に楽しい。
でも、その知識を聞く側が、同じように楽しいか?と言えば、どうだろう?
お城に興味のある私ですら、BS放送でやっている「お城」の特集など、だんだん眠くなってしまう。

そんな経験からして、この「城郭考古学者」である「千田嘉博」さんは、おそらくと~~~っても学問的な解説をするのかと思った。
ところが、この人は違った。
のちのちこの人をTVで見るようになって確信を持ったが、千田さんは、もう「お城LOVE」の人なのだ。

もちろん「城郭考古学者」なので、建築物としてのお城の仕組みや構造の解説をする。
でも、この人は語り口が非常に優しくて、その時代の城主や領民の心情まで、城跡の痕跡から想像して話す。
そこが、他の「お城解説」と違うところだ。
もちろん「心情」は、千田さんの想像と思い込みがほとんどだろうから、史実として間違っているかもしれない。
でも、「心情」という視点から「城郭」を語ると、ずいぶん歴史的建物が身近に感じるようになる。

昨年、NHK大河ドラマで放送された「真田丸」
このドラマの終盤の見どころになった「真田丸」の再現セットは、千田さんがプロデュースした。
知っている人もいるだろうが、実は真田丸はどこにあったか、正確には分かっていない。
徳川幕府は、敵であった豊臣の大阪城や真田丸は、全く痕跡が残らないように破壊し埋め尽くされたとされている。

その幻の真田丸の痕跡を探す番組にも千田さんは出演していたが、これはもう「LOVELOVE光線」が出まくりで、「この人、本当に大学教授なのか?」と微笑ましくなってしまう場面が何度かあった。
前回の磯田さんと同様、この「千田嘉博」さんの講演も一度出かけてみたいものの1つだ。

| | コメント (0)

2017年3月 6日 (月)

気になる人、歴史学者「磯田道史」さん

前回、「Favorite」を久しぶりに書いていて、「そう言えば、この人たちのことを書いてないなぁ」と気づいたので、今回から3回続けて「気になる人」としてピックアップすることにした。
「Favorite=お気に入り」ではなく「気になる人」にしたのは、全員が「気に入っている」と言うよりも、TVや活字でこの人たちの名前を見ると「気になる」から、そうしてみた。

最初の「気になる人」「磯田道史」さん。
3年くらい前にNHK-BSの「英雄たちの選択」という番組をこのブログで紹介したが、その番組のMCで、詳しく知るようになった。
最初に知ったのは「武士の家計簿」という映画にもなった話の作者ということだったと思う。
20170313_isoda
(ウィキペディアより)
岡山市出身。磯田の実家は鴨方藩重臣の家系で、家には古文書などが残されていた。子供のころから歴史好きで、岡山市立御野小学校、岡山市立岡北中学校を経て、岡山大安寺高等学校在学中、『近世古文書解読辞典』を使って実家や岡山県立図書館の古文書の解読を行う。
著作『武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新』で第2回新潮ドキュメント賞、2010年には森田芳光監督によって『武士の家計簿』として映画化された。2010年、「専門分野である歴史を視聴者にわかりやすく解説し、放送文化の向上と地域活性化に貢献した」として第15回NHK地域放送文化賞。2015年、『天災から日本史を読みなおす』で第63回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞する。

と通り一遍の紹介をさらに省略して載せたが、この人の面白さは、こういうものでは伝わらない。
私が、「この人面白いなぁ」と思うようになったのは、「英雄たちの選択」 を見ていて、番組の最後に「締め」の一言を話す時の姿を見るようになったからだ。
その時によって違うけれど、もの凄く熱っぽく語り、(おそらく編集ではカットされているようだが)話し終えた後にちょっと「困った」ような何とも言えない表情を浮かべる。
「ああぁ、また熱くなってしまったぁ」みたいな後悔の表情にも見える。

そんな磯田さんだが、気になるようになってから、こちらも記憶の留めるせいかバラエティ番組にもたまに顔を覗かせる。そしてどの番組でもエラく熱っぽく語っている。
1月後半に「情熱大陸」で磯田氏 を取り上げていた。
この番組の感想は、ググっていたら出てきた「trend-neta.com」にその感想として「情熱大陸 磯田道史さんってバカなの?番組を見てがっかり。その理由が・・・」 に書かれていた。

そこに書かれていることが概ね私が感じたことと同じだった。
磯田氏は興味のあること以外、まるで注意力が行かない。
だから小学校の時は漢字もダメだし、九九もダメだったとか。
なのに、異常な記憶力がある。高校時代にはすでに古文書をスラスラ読めていたとか。番組中に「中野信子さん」「磯田さんは第一次資料が読めることが最大の強み」と言っていて、それが妙に納得のいく説明だった。

私の知識のほとんどは、あるフィルタを通った資料で学んだもので、「第一次資料」を見て直感的に理解できたことはない。ま、大概の多くの人は、そういうものだろう。
しかし、磯田さんは違う。
番組中にも以前私も訪ねたことのある「関宿」 のある和菓子店を訪問し、そこにある古文書を片端からスラスラ読む。
そして、どこにいても誰が相手で、熱っぽく語りだす。

番組中磯田さんのことを「平成の司馬遼太郎」と紹介していた。
若い頃、司馬遼太郎の小説をたくさん読んできた私としては、やっぱり磯田さんは「気になる人」であり、一度講演会などで熱いお話を聞いてみたいと思っている。

| | コメント (0)

2016年10月11日 (火)

歴史上の人物像

10月になり、今年も残り1/4になった。20160920_sakamotoryoma

最近はあまりブログに書いてないけれど、今年もいろいろな人の訃報が流れている。
特に私のような年齢には感慨深く昭和を賑わした人が次々と亡くなる。
世代交代の時期と言えばそれまでだけれど、有名なところで言えば
「永六輔」「大橋巨泉」「北の湖」「千代の富士」などなど。

その人たちが亡くなるとネットを始め新聞やTVなので、その人物像を紹介し、亡くなったことを惜しむ。
ところが最近は、その人たちが一番輝いていた時代を体感しているので
「う~~ん、ちょっと違う気がする」
と思うことがある。

大橋巨泉はその態度や話し方など、割と批判されていたし、北の湖は若くして横綱になったために、その言動に横綱らしさがないとも言われた。
さらには、千代の富士は、肩の脱臼を防ぐために筋肉モリモリの体にしたのだが、それはドーピングとは違うのか?といった記事を読んだこともある(真偽は知らないけれど)。

このように、ついこの前まで健在だった人たちでさえ、その実像を知っているとズレを感じる。
それはきっとその人が活躍している時代の「空気」が一緒に伝わらないことがズレの原因だと思うし、日本人の感情として「死者に鞭打たない」的なものが相まって、こうなるのだろう。

となると、亡くなって100年以上経っている歴史上の人物ってのは、どうだろう?
このブログでは、あちこちに出掛けたことも紹介するが、概ねそれは史跡を訪ねることが多い。
それほど歴史的なことに興味があるわけで、今は巡り巡って「江戸時代物語」を読むが30代までは、司馬遼太郎を中心とした「歴史小説」を次々読んでいた。

だから、坂本龍馬や西郷隆盛、勝海舟・・・・そして織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などなどの人たちは、それぞれのイメージがあるわけで、やっぱりその延長上で大河ドラマや時代ドラマなどが創られている。
最近では今まで定番とされていたこれらの歴史上の人物を従来のイメージを払しょくするようなドラマもある。
今年珍しく見続けている大河ドラマ「真田丸」など良い例で、真田昌幸などは、肖像画を見る限り、不細工だし背も小さいのに、高身長・イケメンの草刈正雄が演じている。
(ま、このドラマ自体、三谷幸喜なので、ある意味メチャクチャなものなのだが)

特に「徳川家康」などは、伝わっている人物像は江戸開府し、三代家光の頃から整理された資料に基づいていることが多く、最初から「偉大な人物」的に伝わっているけれど、本当は分からない。
近年「本当の西郷隆盛は、こうだった」とか「明治維新は、本当は」的な本が話題になっているが、これだって今までの定番を否定はしているが真実とは限らない。

坂本龍馬は、みんなは偉大だと言うが、私の今の感じ方は違う。
そりゃ「龍馬がゆく」を読み、20代の心酔していた時期は「りっぱな奴」と思っていたが、本当はちっとも皆と強調しない「嫌なやつ」で、いろいろ世話しないといけない「面倒な人」であり、結局話ばっかりでちゃんと実現できない「大ぼら吹き」として今だったらネットでめちゃくちゃ叩かれるような人だったのではないかと思っている。

本を読んだり、史跡や生家跡などを訪ねてみても、やっぱり本当のことは分からなくて、歴史的に過ぎてきた事実だけが真実として残っている。
それを、ああだこうだと自分勝手に想像して、妄想の世界で楽しむ。
これも歴史の楽しみ方なのかもしれない。
だから、歴史上の人物像なんて、曖昧でいい加減の方が良いのかもしれない。

| | コメント (0)

2016年5月 2日 (月)

ギターの修理、顛末記

「通販でギターを購入(その1)」 で書いたが、以前から持っていた「ギブソン」を修理に出した。

順番から言うと、本当は修理に出した後、ギターを弾けない日が何日か続き「やっぱり買おう!」と決めて、通販で購入した。
20160425_ages
さて、ギターの修理。
ギター愛好の人たちは「リペア」と呼ぶ。これも「通販でギターを購入(その1)」 で書いたが、「オベーション」の修理の時は、ある人に工房の名前を教えてもらって持ち込んだ。

そこは、少し遠い場所だったので今回「もっと近くに」と思いネットで探してみた。
すると家から車で10分くらいの小さな工房を発見。
WEBで見る限りは、ちゃんと料金表もあるし、良さそうなので、電話を掛けて訪ねてみた。

行ってみたら、本当に小さな工房で、預かっているギターがたくさん積んでいて、しかも割と若い男の子が出てきた。
でも、話してみたらすごく詳しいし、ちょっと触って「ブリッジですね?」と診断。その場で、「これくらいの予算ですけれど」と電卓を叩いてくれた。

即決でお願いすると「張直しの弦は、どこかの指定ありますか?」とか「弦高は、これくらいで良いですか?」とか「ストロークかフィンガーかどっちで弾くことが多いですか?」と細かく聞かれて、ちょっとオタオタ。

「約3週間くらい掛かります」と言われて、待っていたある日電話が掛かり、受け取りに。
「試し弾きしてください」と言われ弾くと良い感じ。
「気になることがあったら、どんどん言ってください」と何度も言われてお金を払って帰ってきた。

ずいぶん粗雑に扱ってきているので、ペグ(弦を巻ている器具)が曲がっていたり、ボディのラッカーがかなり傷んでいるなど、教えてもらったけれど、若いのにすごく詳しくて、経験が長いだけで、何も知らない還暦近くのおっさんとしては、ちょっと面喰ってしまった。

どうも今回のようにあまり会ったことのない仕事の人に会うと、仕事柄「どうして、この仕事するようになったの?」と聞いてしまうのだが、彼の場合、他の工房で働いていて、自分でやって見ようと思ったとか・・・。

それから、帰って弾いてみたら、やっぱりアコギとは違う良い音。
ギブソン特有の高音弦の鳴りは、やっぱり良い。
20年くらい前に18万円くらい出して買ったギター。これからも大事にしようっと。

| | コメント (0)

2015年12月21日 (月)

蒸気機関車があった風景

今月の初め、東京出張に行ってきた。1221_joukikikannsya

最近はずいぶん東京出張は少なくなったが、それでも年末年始は何度か行く必要がある。
その時、ちょっとした空き時間に東京駅の「丸善」に寄った。

ここは、あらゆる本が揃っているので、空き時間には必ず寄る。
特に目的もなく「古地図関係の本でも」と思っていたら、鉄道関係の雑誌が目についた。

私が鉄道、なかでも蒸気機関車の写真を撮っていたことは、このブログで何度か紹介したが、近年の鉄道雑誌はほとんどが「電車系」
ところがさすが「丸善」
その名も「蒸気機関車」という雑誌を発見。
しかも、ある地域や列車をピックアップして紹介するという、超マニア向けの雑誌だ。

私の生まれ故郷は、昭和48年まで蒸気機関車が走っていた有名な地域なので「もしかして」と思ったら「あった!!」
その名も「木曽谷のD51 中央西線の蒸機時代」
中を見ると、もう懐かしい写真だらけ。
私が好きだった「日常の蒸気機関車の姿」が満載。
そう、今のように綺麗に化粧された蒸気機関車でなく、煤で汚れてくすんだ姿の蒸気機関車。そして機関区に何台もあって、煙が上に幾本も線を引いている。
小学校の頃に見た風景の写真がたくさん載っている。

昭和48年の「さよならD51運転」の時には、高校生だったと思う。
中学時代に一緒に写真を撮りに行っていた友人たちから「お昼休みに行かない?」と言われたが、面倒くさくて行かなかったことを覚えている。

そんな「さよなら列車」の記事の他、当時の機関士・機関助士・整備の方の話が満載。
この方々は今でも私の生まれ故郷に住んでいらして、実にマニアックな内容の話ばかりで、分からないワードもあるけれど、超楽しい。
それに、今と違って機関車によって、良し悪しがあったり、峠を越える苦労、石炭や水の使用量まで成績管理されていたことなど、知らないことだらけの内容だった。

日常生活に蒸気機関車があった時代。
機関士の方々の苦労も知らずに写真を撮っていたことを思い出し、また写真を撮りたいとも思う。

けれど、あの頃と違い、「撮り鉄」を辞めた理由に書いたように、酷いファンも多い。YouTubeで見ても緊急停止して、怒鳴っている機関士の人の姿もある。
だから、今、蒸気機関車を見に行っても、きっと嫌な思いをするだけかもしれない。

日常生活の中に蒸気機関車があった時代。
そういえば、あの頃撮影した写真はどこにあるのだろう?
実家にあったけれど、兄貴がどこかにまとめて締まってくれいるんだろうか?
一度聞いてみないといけないな。

| | コメント (0)

2014年4月28日 (月)

着物始末暦~中島要

昨年の10月に「お気に入りの小説作家遍歴」 という記事を書き、その終わりに高田郁さんの「みをつくし料理帖」が面白いと紹介している。Kimono

その後も読み続け、春に最新刊が出たが、その巻末には「次回で最終巻」と書かれており、楽しみなような惜しいような気持でいる。

正月に実家に寄り、兄貴にこの本が面白いと話しており、春に「豊島屋の白酒」を通販で送ったら、「みをつくし読んどるよ」とメールが返ってきた。
ちなみにこの「豊島屋の白酒」は、佐伯泰英氏の江戸時代小説「鎌倉河岸捕物帖」に出てくる江戸名物だ。

「みをつくし料理帖」が次回で終わることも少し頭の中にあって「何か新しいシリーズはないかな?」と思っていたら、この本に出会った。

「着物始末暦」
江戸時代小説を読み始めたのは、40代だったから、もう10年以上も読み続けているが、長く読んでいると、いろんなことを覚えていく。
一番大きいのは江戸時代の地名。
今では、大体今のどの辺りなのか分かるようになって、逆に「良くこんな距離を歩いて移動するなぁ」なんて思う。

あとは風習や当時の商売、武士俸禄の仕組みなどなど。
「札差」なんて今ではなくなってしまった商売だが、武士の俸禄と江戸時代の商売の両方が分かる仕事だ。

その中の1つで「着物の柄」がある。
私自身、服装に興味がある方ではないが、やたらと出てくる柄や色の名前は気になっていた。
色の方は自分の仕事の関係で「日本の伝統色」の名前や色を知っているので、そうでもないが、柄は知らない。

おそらく友人の揚巻さん は、その方面の専門家なので、聞けば一晩中でも語ってくれるだろうが、本を読んでて「この柄って、どんなのだろう?」とわざわざ調べるほど興味をもっていなかった。

ところがこの「着物始末暦」は、巻末に簡単な「柄解説」が載っている。
これが興味をそそって、1冊買ってみた。

主人公は天涯孤独な着物の「始末屋」
普通、染や直しなど江戸時代特有の「分業制」で行う着物の始末(今で言えば修繕とかリサイクルとか)を、たった1人で、天才的に仕上げてしまう才能の持ち主だ。

タイトル通り、話の中心は「着物」になるけれど、読み続けていくと「着る人の気持ちをどう受けとめるか?」という人の心の話になっていく。

現在3巻まで出ており、そこまで読んでしまっているが、これからこの話がどう変わっていくのか、楽しみながら、少し着物の柄や色のことが分かるようになれば、好きな浮世絵鑑賞も一味違ってくるかもしれないと思っている。

| | コメント (0)

2013年10月21日 (月)

お気に入りの小説作家遍歴(記事数994件目)

自分では、そんなに意識しなかったが振返ってみると、若い時から文庫本の小説を読み続けている。Takadahassaku
ただ最近はあまり「ベストセラー」とか「今、話題の」というものに飛びつかない(東野圭吾や乃南アサは、少し読んだかな?)。
さらに私の癖として、気に入った作家を見つけると、しばらく同じ人を読み続ける。

高校生の頃はそんなブームだったことと兄貴の影響で、良く推理小説を読んだ。
最初は「松本清張」
今でも覚えているが「点と線」「砂の器」は好きだった。特に「点と線」はSL小僧(今風でいえば「鉄っちゃん」)だったので、時刻表から見つける「4分間の偶然」は、引き込まれた。
それに「横溝正史」。ちょうど「金田一ブーム」になり、これもかなりの作品数を読んだ。
ちなみに「アガサクリスティ」も読んだが、どうも外人の名前が覚えられず、しかも外人の場合は愛称で呼んだりするので、登場人物が整理できなくなり、今でも苦手としている(検視官ケイは読んだかな?)

20~30代は、このブログでも何度も紹介した「司馬遼太郎」
短編を除けば、ほとんどの作品を読んでいる。ちょうど、通勤時間が長い生活リズムの時でもあったため、列車の中の1つの楽しみだった。

「司馬遼太郎」を読み漁り、次の作家になかなか出会わない時期が続いたが、40代になり、これも何度かこのブログに書いた「あるきっかけ」「藤沢周平」を読み始めた。
映画で「たそがれ清兵衛」がヒットした後でもあり、文庫本がたくさん出ていたので、これもかなりの作品を読んだ。
ただ、この人は短編が多いので、まだまだ読んでいない作品もある。
ここで、今に繋がる「江戸時代小説」に出会い、その後は「平岩弓枝」「池波正太郎」とどっぷりと浸かった(これも、このブログに良く書いた)。

そして、これは兄貴から教えてもらったかな?佐伯泰英「居眠り磐音シリーズ」を読み始めた。これは今も続いているが、この人の特徴として1つのシリーズが長い。だから、シリーズものが好きな私としては嬉しいが、3つくらいのシリーズを読んで「ちょっとパターン化してるかな?」と思う部分もあり、あまり手を広げていない。
その後、これもブログで紹介したが「岡本さとる」も好きで読み続けているが、つい最近になってとても嬉しい出会いがあった。

高田郁さんの「みをつくし料理帖」
試しに一巻を買ったら面白くて、一気にシリーズを読んでいるし、他にも「出世花」「銀二貫」なども読んでいる。

こんな感じで、自分にとって「ワクワクする作家」に出会える時は、たまらなく嬉しい。
もちろん小説を読んでいる時も「ドキドキ」したり「ホロり」としたり、とても至福の時間を過ごすのだが、読みながらそんなことを感じさせてくれる作家に出会える喜びが、きっとずっと文庫本を読んできている理由なんだろう。

| | コメント (0)

2010年2月16日 (火)

「撮り鉄」を辞めた理由

若い頃、鉄道に興味があったことは、このブログで何度も触れた。
昨年の11月にも「鉄道写真の魅力」というタイトルで「鉄道の写真」について記事にした。
「鉄道の写真を撮影する」いわゆる「撮り鉄」と言われるが、私は蒸気機関車の「撮り鉄」だった(当時はそんな言葉はなかったが)。

Toritetumeiwaku

そんな「撮り鉄」の人たちが撮影場所に拘るあまり線路に侵入、列車を停めてしまったというニュースを知った。
しかも、JRの係員が説明に駆けつけたのに「30分!」もどかなかったというのである。
ネットとかテレビでの聞きかじりの状態なので、本当はどんな事態だったのか分からないけれど、このニュースを聞いたとき
「あ〜〜、だから写真を撮るのをやめたんだった」
と思い出したことがあった。

写真を撮らなくなったのは、もちろんメインで撮影していた蒸気機関車が普通に走らなくなったからだ。
今でも時々「記念列車」「季節限定列車」での蒸気機関車はあるけれど、何故だか「生活の中にある蒸気機関車」に私は魅力を感じていた。

でも確かに蒸気機関車のあの独特の「音」と「匂い」は大きな魅力だ。
高校生になって、しばらくは先の「記念列車」の撮影には出掛けていた。
そんなある日、数台のモータードライブ付の超高価なカメラをズラリと並べた大人の人たちに
「おい、そこ邪魔だ!写っちまうだろう!」
ともの凄い声で怒鳴られた。

たしかに、私たちは(数人で出掛けた記憶がある)その大人たちの前の方に陣取っていて、邪魔な位置だったと思う。
でも、どうしてあんなスゴい剣幕で怒られなくちゃならなかったのか分からない。

「鉄道の写真を撮るファン」がいる風景が実際の風景なのに、それを「邪魔だ!」と退かして撮る写真に何の意味があるのだろう。
そしてもっと友好的なマナーの元で楽しむのが、同じ趣味を持つ人たちの繋がりなんじゃないだろうか?
高校生ながら、そんなことを思った。
そして、鉄道写真を撮りに出かけるのを辞めた。

今でも旅行に出掛けたりして蒸気機関車に出会うことがある。
当然、人気は高く、たくさんの人が駅のホームで撮影している。
もちろん私も「記念」として撮影するけれど、ある程度の「人」が写るのは仕方ないと思っている。
だって、それがそこにある「風景」だからだ。

今回、列車を停めてしまった「撮り鉄」の人たち。
何か目的を取り違えてしまった「趣味」の人たちだったのだろう。
悲しくて淋しいニュースだった。

| | コメント (2)

2008年2月 4日 (月)

やっと乗りましたN700系

このブログでは、もの凄く稀に鉄道の話題が出る。
その理由は「SLの限界」「鉄ちゃんと鉄子」に少し書いているが、今回もその血が騒いだために起こした行動ネタ。

昨年の春、新幹線のN700系がデビューした。
その時もブログに「次世代新幹線」として掲載したが、あの後も、何度か駅で見かけたり、一本違う列車だったなど、ニアミスの連続で、なかなか乗る機会がなかった。
080204n700
それがついに先週、大阪出張の帰りについに乗ることが出来た。
会社での出張は、いつも「ビジネス回数券」である。
出張の帰りは、駅で指定席をに変更して乗車する。
今は、便利で「みどりの窓口」にならばなくても券売機で指定席が取れる。

いつものように大阪駅で、券売機に回数券を入れて列車を指定したら「全席禁煙席」と表示があり、10分後の発車だった。

「これはN700系だ!」

と思って予約。
いつも「窓側」を選ぶのだが(なんか景色が見える方が好きなのだ!)、その列車は「通路側」しか空いていない。

大阪からの夕方の列車は、いつもそんなに混んでいないのに、これはN700系の影響か?
一瞬迷ったけれど、「この機会を逃しては」と指定席を購入。
わくわくしながらホームまで行った。

待つこと数分、ロングロングノーズのN700系新幹線がホームに入って来た。
降りる人たちを待って、やっと乗車。

「???」

う〜〜〜ん、クルマの新車じゃないけれど、何だか変な臭い。
多分「新車」の臭いなんだろう。
車内の照明も明るく、ほんの少しだけ良くなった座席は良いけれど、やっぱり臭いが気になる。

そんなことを思っているうちに、もう発車。
今までのより、少しだけ静かな?という感じだけれど、あんまり変わんない。
揺れも、そんなに変わった感じしない。

「あ〜〜あ、外から見てたワクワク感と違うな」

と思いつつウトウト。
あっという間に名古屋に着いてしまった。

考えてみれば、新幹線は世代ごとに良くなっており、座席の間隔も広く、たまに飛行機に乗ると狭さにびっくりするくらい、新幹線の座席環境は良くなっている。
だからN700系になったと言って、劇的に変わっているわけじゃないんだろうけれど、外観からの想像とのギャップが大きかったな。

ま、でもこれで一応はN700系に乗れたことだし、良しとしようか。
しかし、あの「新車特有」の臭いはいただけなかったです。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧