2020年5月18日 (月)

新型コロナウイルス騒動~その10

すでに10回目になってしまって「そろそろこの話題から離れたい」と思っている今日この頃だが、今回は前回書ききれなかった続きを。

●WHOテドロス事務局長解任 電子署名
WHOが「パンデミック」を宣言したのは、3月半ばだった。
そのことは「新型コロナウイルス騒動~その2 爆発的拡大編」で書いたが、個人的な印象としては「遅くない?」という感じだった。20200518

1月中旬くらいから中国・武漢市で拡大し、2月初めには日本、そして世界に拡がり始めた。
それなのに、この「テドロス事務局長」「まだパンデミックとは言えない」とか「死亡率は高いとは言えない」と言い続けていた。
当初はそのまま聞いていて、根拠のない「安心感」を持って見ていたが、どんどん拡がり続けていくようになって「一体WHOは何を見て、そう言っているんだろう」と思うようになった。

ちょうどその頃に見ていたテレビで「テドロス事務局長が中国寄り」である理由を聞いた。
確かに中国で拡大している時には「パンデミックでない」と言い続け、中国で収まりを見せ始めると「パンデミック宣言」し、さらには「中国は新型コロナウイルスを押さえ込んだ」と称賛した。
「押さえ込んだなら、世界に拡がってないんじゃない?」とちょっと呆れたが、どうやら「出身国が中国から多額の支援金でバックアップされている」とか「もともとWHOは中国寄り」などの背景に原因があるようだ。

あまりそういう手の届かない世界に行動を起こす方ではないが「WHOテドロス事務局長の辞任要求、ネット署名102万人超え」という記事を見つけ「どこで署名できるのだろう」と探してみた。
そうしたら「チェンジ・ドット・オーグ」を見つけた。
英語なのでわからなかったが、今は「翻訳機能」があるので、なんとか分かり「電子署名」をしてみた。
さっき見てみたら、すでにこのキャンペーンは終了していたが、100万人を超える署名が集まったということは世界中が「これはヒドイ」と感じた証拠なのだろう。

●批判が心に響かないのは
「新型コロナウイルス騒動~その7」でも書いたが、相変わらず安倍内閣や政府の対応に批判が続いている。
それは国内だけでなく諸外国からもあるようだが、初期の頃に「クルーズ船」で感染拡大した時も対応に世界中から批判された。
ところが、その後批判した国々でも同様にクルーズ船(アメリカなどは空母でも)発生して、やはり同じように感染拡大してしまった。

確かに前回書いたように「強制力を持たない要請」「効果としてどうなのか?」と思ったり、休業している個人事業主の方々は大変だろうと思う。
でも、これって、誰が準備できていたんだろう?
PCR検査が進まないことも体制だったり予算だったりで、「まさかこんなことが」というところが正直なところじゃないだろうか?
「東日本大震災」の時によく聞いた「想定外」じゃないけれど、あの時の政権も批判された。
批判するのは楽だけど、きっと当事者はたまらないだろう。

中でも芸能人のSNSにより「批判コメント」はどうかと思うが、ある時面白い記事を見つけた。
「小泉今日子ら芸能人の“政権批判”が、どこか空虚な理由」がそれだが、それには「批判には自分の立ち位置を明確にする覚悟が必要」とある。
海外の芸能人は普段から「支持政党」を明確にしており、「自分の立場を明確にしてから」批判や意見と述べる。
なのに、日本の芸能人は通常「政治的発言」をしないのに「批判だけ」している。
これでは「周りからの共感は得られない」と言う記事なのだが、これって例えば会議など打ち合わせでも同じことが言えるのだろう。
会社でも上層部に「批判だけ」している人は、そのうち周りから煙たがれる。
「自分の立場で、やれることを実行する人」が、やっぱり共感を得られていくものだ。

●3世たちとのテレビ電話
GW中に娘から「できない?」と言われ、ちょっと日程が合わなかったが、GW明け後の土曜日にやってあげた。
「クルマで1時間」とそんなに離れていないところに住んでいるが、とにかく3世たちは「どこにも行けない」状態が続いているようで、たまには「変化のあること」を体験させたいんだろうと思って対応してあげた。
下の姫は、アンパンマンのぬいぐるみを画面にいっぱいに見せるので「肝心の顔が見えないよ」と言ったり、上の王子は、今年「6年生」になったので、その様子を聞いてみた。
3月から1度も学校も行ってないし、宿題も出てないようで娘は「ちょっと心配」と言っていた。
3世たちの時代は、こうやって普通に「テレビ電話が当たり前」になっていくのだろうなぁ。

先週末、39府県で「制限解除」が決まった。
果たして、それがまたどんな影響を及ぼすのか?
今回の解除では「ある一定の数値」が表示され、政府・自治体そして企業など「さまざまなルール」を設定し始めてきた。
コロナ禍は未曾有の出来事だが、こんな時だからこそ感じたり学んだり出来ることがあると感じる。

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2020年4月27日 (月)

新型コロナウイルス騒動~その8

振り返ってみると3月の初めにこの「新型コロナウイルス」の備忘録として始めたこのシリーズだが、もう2ヶ月も続いてしまった。
そしてまだまだ「終息の気配」も見えてないため、これからも続いていくのだろう
会社でも少し話したが「東日本大震災」の時は、それはそれで日本中ひっくり返ってしまう大災害だったが、今から思えば「これからは、1つずつ日常に戻るために頑張ろう」というポジティブな気持ちになれた。
しかし今回の「新型コロナウイルス」については「いつ頃」とか「どのように」といった先が見えないために、なかなかポジティブな気持ちにスイッチが切り替えられない。

●ついにテレワークに
先週少し書いたが、新人研修の私の対応部分が終わり24日の金曜からテレワークに入った。20200427_20200426164401
朝起きて「パジャマのままではダメだよね」と着替えて、朝食を取り就業開始時間にあわせて会社から持ち帰ったノートPCを立ち上げて、仕事開始。

まずは、あるお客様の仕事のスタッフ間のテレワーク設定。
会社の人間同士の接続は簡単にできるが、協力会社のスタッフは外部の人間なので、セキュリティの関係上繋げない。
協力会社側から「招待されない」と接続できないが、協力会社側も簡単に外部と接続できないようにしてあったようで、どうしようかと思っていた。
当社の営業担当もあまり詳しくないし、協力会社のディレクターも「ちょっとわからない」となっていたので、その設定を初日の仕事に充てた。
ここでは詳しく書けないが、まぁちょっとしたアイディアで接続でき、最初はお互いに電話で接続を確認、夕方には「私+営業+協力会社スタッフ」の3者でビデオ通信できるようになった。

他にもテレワークに入っている他部署のスタッフからメールが来たり、出社しているスタッフからも「ちょっと確認してほしい」との連絡があり、なんだかんだで1日過ぎてしまった。
家から一歩も出なくてもある程度「業務処理」ができるんだという実感もあったが、逆に「出社している人への負荷」も考えさせられた。

今まで私は「出社している側」だった。
そのため「テレワーク」の人のために伝言したりセットしたり手配を頼まれたりして「結局、出ているスタッフに負荷かけている」と思っていた。
ところが自分がテレワーク側になると、先ほどの「確認作業」など同じ会社にいれば、ちょっと見ればすぐに済む作業が、PDFを送ってもらい、メールでやり取りするといった別の作業が増える。
当社のテレワーク導入にあたって「効率が良くなった」と答える人が多かったが、それはテレワーク側の意見で、出社した人の意見は含まれていない。
「テレワーク」する場合には、「テレワーク側の役割」「出社している側の役割」を明確にしておかないと、かなりの不公平感が出るのではないかと、今後の課題を1日目で感じてしまった。

●GWは有給促進日に
GWに入る少し前に「GW中はできるだけ有給取得して出社しないように」と緊急の社内通達があった。
「出社しないと仕事にならない業種」もあるが、今の「緊急事態状況」だと「会社に行くことは良くないこと」と感じることも増えて、私も半分はテレワーク、半分は有休を取ることにした。

とは言え、半日だけどうしても出社が必要となっている。
それは、このような状況下で、すでに2ヶ月社長が出席する全体朝礼ができておらず、それを「ビデオ撮影し、社員が見る」」という新しい試みをすることになったからだ。
思いついたある部署の副部長が、最初に私に相談して来たために、その「社長撮影」に立ち会うこととなったためだが、それ以外は会社に出る必要はなくなっている。

定年後、再雇用の立場でこのような勤務を体験していると「これからは毎日会社に出かける」という考え方じゃない働き方が徐々に進むんじゃないかと実感している。
「新型コロナウイルス」は大変な厄災だけれど、こういうことがないと「大変革」は一気に進まないものだと改めて感じざるを得ない。
ついでに書けば、テレワークになったために、それまであまり速度が速くない古いWiFiルータを使っていたが、「この機会に」と思い買い換えた。

●岡江久美子さん、急死
私と同じような年齢の女優さんだが、急激に症状が悪化して亡くなった。
「志村けん」の時も思ったが、この「新型コロナウイルス」の怖いところは人によっては「あっ」という間に命を落としてしまう点だ。
これだけ蔓延していくと「私は大丈夫」と思うよりも「いつかは感染する」と思っていた方が良いと思えてきているが、それにしても「自分は軽く済む」という保証はない。
やはりテレワークなどを利用して、外にはなるべくでないことが、今は良いようだ。

一人暮らしなので、万が一感染して「自宅で様子を見る」となるとかなり不安だと思っていた。
直近では「容態が急変した時に間に合わない」との意見も出て「ホテルなどの施設」で経過観察にしようとの流れが出ている。
私のような一人暮らしの人間には、その方が安心な気がする。
私の人生の中で、もっとも楽しみのないGWが始まっていく。

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2020年2月17日 (月)

地上波TVの役割は変わったと思おう

ここ数年、TVで話題になることと言ったら芸能人の不祥事で「急遽、放送取りやめ」「代役で撮り直し」とか「番組終了」などが非常に多い。
いつ頃から多くなったのか記憶にないが、今ではそれが「当たり前」のようになって見ている側もあまり「特別なこと」と思わなくなった。
ただ、それは「見ている側」であって「制作する側」は、そういうわけにいかない。
特に地上波のバラエイティ系番組の場合、予算やスポンサーがあるため、どんどん「安全」になっていくが、メディアが異なるにしても同じ制作系に携わってきた立場として、その方向性はとても分かる。20200217

実際に、我々のような末端のメディア制作の場合でも「文章」「写真」「イラスト」にとても気を使う。
例えば会議シーンのイラストの場合、「議論しているのは男性社員で女性社員は飲み物の用意をしている」と言った昭和時代によく見られたものは、NGとなっている。
もう定年を過ぎ再雇用という立場でありながら、そんな環境の変化を仕事柄身近に感じてきているせいか、この「芸能人の不祥事→放送中止→安全でつまらない番組」の流れは、ちょっと「仕方ないかなぁ」と思っている。

ところがベテランと言われる芸能人(俳優や芸人などを含めて)の中で「最近の芸能界は窮屈でつまらない」と発言する人がいる。
私が見た限りでも、昨年末に亡くなった「梅宮辰夫」氏や1月に突然YouTubeに出た「島田紳助」氏、ほかにも「松本人志」「上沼恵美子」なんて人たちが、そんな傾向の発言をしている。
こちらも60歳を過ぎているので「まぁ、その通りだよね」と思っていたのだが、ちょっと振り返ってみたら「そんなに窮屈なら、そういうメディアに頼らなければ良いのに」とも考えてしまった。

先程名前を挙げた人たちが若い頃と現在とでは、情報を発信するメディアの種類は圧倒的に違う。
昭和時代前半には「映画」「雑誌」「新聞」「劇場」、後半には「テレビ」「ラジオ」と言ったところだろう。
特に後半の「テレビ」ラジオ」はスポンサーが出資しているために、私たちは基本的に「無料」で見たり聴いたりして楽しんできた。
それが令和時代では、「テレビ」だけでも「BS」「CS」「ケーブル」と多くの種類があり、「有料チェンネル」が増えている。そしてネットの発達によって「YouTube」「ネットTV」が格段に拡大してきている。

昔に比べて「窮屈でつまらなく」なっているのは、結局情報発信するメディアに「スポンサー」が付いているからで、特に地上波TVの場合は相変わらず「無料」で視聴しているため、ちょっと不祥事で「露出」が少なくなる。
だったらスポンサーの依存度が低く、見る側が「お金払ってでも見たい」と思うような「有料チャンネル」とか「寄席を始めとするライブ」「やりたいように」やればいいのではないだろうか?
それで儲かるかどうかは分からないが、「いろいろ問題があるけれど、あの芸能人の芸は面白いからお金払って見る価値がある」と思わせれば、きっと儲かるのではないかなぁ?

そして「地上波の無料のチャンネル」は綺麗事だけで、つまらない番組しかないって宣言してしまえばシンプルで分かりやすい気がする。
実際に若い人たちがあまりテレビを見なくなっているのは、そんなことを皮膚感覚で感じているからじゃないだろうか?

30代の頃に落語の「枝雀」さんが好きで何度か見に行ったことがある。
その流れで「春風亭小朝」を見た時には「とてもテレビでは流せないマクラ」を話しバカウケしていた。
実際に「落語好き」の人から「小朝の面白さはテレビじゃ分からない」と教えてもらった。
(先のマクラの話題は、今の皇后陛下である雅子妃の話だった)
こうやって、出演する側もメディアを選んでやれば「今は窮屈で面白くなくなった」ではなく「いろんなメディアがあるからいろいろなことが面白い」って言えるようになるのではないかなぁと思う。
「無料の地上波TVの役割は、確実に変わってしまった」とまずは芸能人が理解すれば「面白くなくなった」と言わなくて済むようになる気がする。

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2019年7月 8日 (月)

山口百恵

令和になって2ヶ月以上経ったが、昭和の時代の話。
最近、ちょくちょくこのブログに出てくるインターネットラジオの「J-POP sakura」20190701   

懐かしいJ-POPが流れるので、仕事をしながら聞いている。
そこで「この曲良かったなぁ」と思い出されることが多いのだが、今回の「山口百恵」もその一人。

言わずと知れた「伝説の歌手」なのだが、どうしてもこの人の「代表曲」は後半のものが多い。
特に引退が近づいた頃の「秋桜」「いい日旅立ち」などが、彼女を紹介する時に使われるが、どうも個人的には違っている。

引退後、キルトの世界で有名になったし、息子たちが芸能人になったで、話題に事欠かなないが、なにせ本人は一度も公の場に出ていないので、余計に「伝説化」されてしまっている。
彼女が登場したのは、多分私が高校生の頃。
有名な「ひと夏の経験」は多感な年頃だった私たちには衝撃だった。
「あなたに女の子のいちばん大切なものをあげる」
こんな歌詞を中学生の女の子が唄っちゃっていいの?と思ったものだ。

その後、彼女はどんどんビッグになり、途中からは「宇崎竜童・阿木燿子」コンビの曲を立て続けにリリースし、不動の位置を確保した。
「宇崎竜童」という人には個人的に想いが強く、想い出もある。
「ダウンタウン・ブギウギ・バンド」で少し売れ始めた頃に、何回かライブに行った。
まだ駆け出しだった彼らは、ライブ後電車に乗って移動しており、偶然同じ電車に乗り合わせたこともある。

当時「宇崎竜童」は気に入っていたアーティストだったので、その曲を「山口百恵」が唄うというのはとても驚いた。
どうやら彼女自身の希望で、曲を書いてもらうようになったらしいが、それまでの歌手は「与えられたものを唄う」ものだったのに、この人の登場から「歌手からのリクエスト」で作曲者が決まるということが起きるようになった。

YouTubeなどで、彼女の初期の頃の曲を探してみた。
「禁じられた遊び」「青い果実」「ひと夏の経験」
「冬の色」「夏ひらく青春」「白い約束」
などなど「作詞:千家和也(つい先日、6月13日亡くなっていたとネットに発表されたが) 作曲:都倉俊一あるいは三木たかし」あたりの「ザ・歌謡曲」的な山口百恵が懐かしい。
山口百恵の声も10代で若々しいなぁと思ったが、芸能人ってのはある意味気の毒だ。
何年経っても、若い時の「声や歌や姿」がずっと残ってしまう。
これが自分だったら、とても恥ずかしくて見られない。
芸能人の場合は、そうでもないか?

昭和の伝説的歌手・山口百恵。やっぱり今でも輝いている気がした。

 

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2019年1月15日 (火)

沢田研二のすごさ

昨年、変なふうに話題になってしまった「沢田研二」。 
20190115私の年代だと「タイガース」時代から知っている人だが、ソロになってからも今風に言えば「中性的な魅力」で人気のあった歌手だ。
あまり良くないことで話題になったが、その影響で「インターネットラジオ」でちょくちょく曲がかかるようになった。
このブログでは、ちょくちょく昭和の歌謡曲が良かった話題を出すが(年齢的にどうしても懐古的になってしまう)、「沢田研二」はそのなかでも珠玉だ。
 
「どんな曲があったっけ?」と思ってYouTubeを見て驚いた。
普通はMP3の音源だけのものが多いが、やっぱり沢田研二ことジュリーは、昭和のTV歌謡曲の申し子なんだろう、TV放送からの動画が数多かった。
 
いくつか聴いてて「ああ、こんな曲もあったなぁ」と思っているうちにCDが欲しくなって、楽天で見ていたら「沢田研二 A面コレクション」を発見。
「こりゃいいや」と買ってしまった。
届いて、ちょっとワクワクして聴いたら「おお、そうそうこの曲もあった」「今、聴くと良い曲だなぁ」と、まぁ還暦過ぎたオッサンなので、超懐古的に喜んでしまった。
そして、いくつかギターコード譜を入手して、唄ってみたら、意外と難しい。
さらに、音域が広かったりする。
 
沢田研二は、ぜんぜん楽そうに唄っているので気づかないが、やっぱり昭和の歌い手はスゴイ。
音域が広くても何ともない顔して唄。
バックオーケストラがいても、モニタースピーカーやイヤホンがなくても音は外れない。
この辺りの人たちを聴いた後に、AKBとかTVで唄っている姿を見ると、もう幼稚園の学芸会レベルだ。
 
「危険なふたり」「時の過ぎゆくままに」
「勝手にしやがれ」
「憎みきれないろくでなし」
「サムライ」
「ダーリング」
「カサブランカ・ダンディ」
「立ちどまるなふりむくな」
「OH!ギャル」
「TOKIO」
などなど記憶にあった曲は、改めて聴いてみて「いいなぁ」と思っていた。
「君をのせて」
「あなただけでいい」
「追憶」
このあたりの曲は「おお!そういえばこんな曲あったなぁ」と喜んだ。
さらに「背中まで45分」は井上陽水として聴いていたので、「これって沢田研二の曲として出ていたのか!」と発見させてもらった。
最後に、YouTubeで見つけたけれど、購入した「A面コレクション」に入っていなかった「あなたに今夜はワインをふりかけ」がなかったので、ダウンロード購入した。
こう振り返ると、昔はただでTVで良い曲を聴いていたんだなぁ。
 

 

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2016年2月 1日 (月)

SMAPがNHKで放送される国

この記事が公開される頃には、少し時間は経ってると思うが、備忘録として……。
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今日から2月になる。
1月は芸能人ネタで、ワイドショーやネットが盛り上がっていた。
その中でもこの「SMAP」の話は、すごく興味があるわけはないけれど、それなりの関心ごとでもあり、ネットに情報が載っていれば読んだ。

発端から憶測が飛び交い、5人揃っての生放送コメントで収まるかと思ったら、あの放送は「公開処刑」だとか、彼らの所属する事務所は「ブラック企業」だとか、その事務所の副社長は「パワハラ」だとか、まぁ~いろんな意見が玉石混合で、放送前より多く飛び交った。

良く我々の仕事では「いろんな角度から課題を確認する」と言う。
そこから解決点を導き出したり、新たな課題を見つけたりするのだが、この「SMAP騒動」は、本当に「いろんな角度」からネットを通して発信される。

この「いろんな角度」は、ネット時代だから素早く実現するのだろうなぁと今回また新たに発見した想いだが、先の「ブラック企業」「パワハラ」などの発信は、今の時代を反映した角度だと感心した。

さらには弁護士のコメント紹介として「本当に今回の出来事は法的に問題あるのか?」なんてこともされているし、「副社長を解任しよう」と何の拘束力もないけれど、署名運動が始まったりと、やっぱり「SMAP」の影響力は尋常ではないのだと、思い知っているところだ。

と、ここまで、ある意味「野次馬的根性」で私も面白がっていたが、解散騒動や生放送をNHKの7時のニュースで取り上げられたことには、正直驚いた。

確かに、書いてきたようにネットにワイドショーに、新聞に大騒ぎの出来事だ。
美空ひばりや石原裕次郎が亡くなった時も、たぶんニュースで流れたと思うが、それは時代を代表する芸能人の死亡だから、分からなくない。

でも今回は引退するわけでもなく、死亡したわけでなく、「解散するかも」というレベルの話。
それを国営放送のしかもゴールデンタイムの7時台のニュースに流すくらいにニュースバリューがあることなのだろうか?

驚きながらニュースを見ていたが、さらに違った角度で見れば、それだけ日本という国は、今のところ平和で安心な国だという証拠なのかもしれないなぁとも思った出来事だった。

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2015年8月17日 (月)

「小泉今日子が離婚した理由」の記事にある共感

本日、めでたく?58歳となった。
いよいよ定年や還暦まで2年。スゴイ!たった2年で60歳になるんだ!0817_koizumi

それはさておき、7月の終わりにちょっと面白い記事をネットでみた。
題して「小泉今日子が離婚した理由」
「日本文学研究者である助川幸逸郎氏が、現代社会における“小泉今日子”の存在を分析」している。
記事は「小泉今日子と永瀬正敏は離婚した」ことから、始まる。

この離婚の原因は、二人の人間性の違いからだと書いてある。
これって離婚の原因で良く使われる言葉だが、ここでは、明確に説明している。
小泉今日子は、「遠大な目標」にこだわり過ぎず、「お客の目から見たちょうどよいかっこよさ」を探れるのが特徴だと言っている。
それに反し永瀬正敏は「理想をめざしてストイックに役づくりする俳優」だと。

その結婚生活や違いに関することは、その記事に詳しく書いてあるので、良かったらリンクして読んでみてください。
記事の最後に、こんなコメントが載っていた。

「才能があること」や「幸運に恵まれること」は、短いスパンで見ればもちろん「いいこと」です。ただし、それがその人にとってどういう意味を持つのかは、生きている限り揺れつづけます。

このコメントは、今の私には妙に浸み込んできた。
これは、きっと58歳を迎えるという年齢にも関係するのだろう。
20代の頃に感じていた「幸せ」というものと、今とはずいぶん違う。
そして、この記事に書かれているように「才能」とか「幸運」ということって、その一瞬の感じ方だけでは決まらないのだということを、まさに実感として味わってきた。

今、60歳を2年後に控えたこの時点では「とりあえずは幸せ」かな?
そして、ここまでクリエイブに関わる仕事が続けられたということは、同じく今の時点では「才能」が少しはあったということなのだろう。
この記事に書かれた「その人にとって、その人生にとって、どんな意味を持つのか?は永遠のテーマ」は、覚えておきたい言葉だった。

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2014年4月21日 (月)

良い顔の年齢

前回は仕事の忙しさや、どうしても書いておきたい話もないことなどが重なり、休んでしまった。
そして、さらに今回も話もかなり「どうでも良い」話題なのだが、以前から気になっていたことでもあり、備忘録というか、ずっと後になって「あの頃、自分はそんなこと考えていたのか」と思えるのも良いかと思い、書いておくことにした。Takakuraken

最初に断っておくが、私は高倉健という俳優は好きだ。
昔、日本映画が不振だったころ、外人の映画評論家が「日本映画は高倉健と緒形拳の二人のケンが交代で主役をやっている」と揶揄(やゆ)されたことがあるらしいが、それくらい日本を代表する渋い男優だ。

私自身、どちらかというと若い頃の任侠映画時代よりも「幸せの黄色いハンカチ」「遥かなる山の呼び声」「駅・STATION」「居酒屋兆治」など、渋い頃の健さんが好きだ。

けれど、少し前に映画となった「あなたへ」は、ちょっと辛かった。
健さんは1931年生まれ。80歳を超えている。
俳優さんはメイクなどで、ある程度年齢を創り上げることは出来るだろうが、さすがに80歳を超えると少し厳しい。

「あなたへ」は妻の死をきっかけに刑務官をやめ、妻の故郷まで旅するロードムービーだが、80歳は別にして「もう現役で働いている年齢の顔」じゃなくなっていて、見ている側としては違和感たっぷりだった。

凛々しく渋く、男臭い健さんの顔でも、80歳を超えれば、やはりそれなりの年齢の顔になる。
その顔に合っていれば良いけれど、そうでないとそれは、その俳優にも気の毒な結果になる気がする。

人にはその人らしさを一番感じる年齢の顔があるのかもしれない。
それは、人によって異なっており、ある人は10代、ある人は40代だったりする。

私が若い頃、田原俊彦という、あまり好きじゃなかったアイドルがいた。
唄は酷いし、決して賢そうでもなく、なんでこいつ売れているんだろうと思っていた。

ところが彼が30後半から40代になったころ「良い顔になった」と思ったことがある。今の彼は「老けたなぁ」と思うから、思えば、彼の一番良い顔の年代が、その頃だったのだろう。

などと、有名人を挙げて「その人らしい年齢の顔」を偉そうに書いているが、さて、私自身の「らしい年齢の顔」っていつなんだろう?
もうとっくに過ぎているのか?
それとも今なのか?
そして、まだまだこれからなのか?

こればっかりは、自分には分からず他人しか分からないことなのだろうと改めて感じている。

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2012年3月19日 (月)

なんか違う。「感動」や「元気」を与えたいって・・・・

以前にも書いたが、私はデザインと言う「視覚的」表現の出身者でありながら、言葉という「聴覚的表現」にとても興味と疑問を持つ傾向があるようだ。
そして、このようなことをどうも年に1回くらいの割合で感じるようだ。

Kandotogenki今までで
「応援よろしくお願いします」「え〜〜、あの〜〜」 「がんばろうじゃない言い方」 などを取り上げてきた。
これらの多くはTVを始めとするマスメディアで、よく耳にする言葉たちなのだが、今回もそうだ。

「皆さんに感動を与えられるような選手になりたいと思います。」
「皆さんが元気になってもらえるようなパフォーマンスを見せたいと思います。」

多くのアスリートやアーティストがインタビューを受けて、そんなふうに言う。

それを聞きながら、私は「なんか違う?」って思い続けている。
「感動を与える」って・・・・・
「元気になってもらえる」って・・・・・・

「感動」したり「元気」になったりするのは、人の個人の気持ちの問題で、それを「与えられるような人間になりたい」って思うのって、どうなのだろう?

例えば私は、どんな気持ちで仕事をしてきたのだろう?
やっぱり人が「嬉しがったり」「喜んでもらったり」することが一番の褒め言葉だと思って、長くこの業界にいるけれど、それは、「自分を認めてくれた」ことへの代償だと思っている。

「嬉しがってもらう」「喜んでもらう」ことだけが目的じゃなく、私自身が「楽しく」「面白く」そして「喜ぶこと」が出来ていることが最初の条件だと思っている。

その上で、対象の人(私の場合はお客様だが)が、「喜んでくれたり」「嬉しがったり」してくれたら、最高だと思えてくる。

「まずは、自分がハッピーと思えるように頑張ること」

ここが抜けていて「感動」「元気」なんて、与えられるとは思えないのである。

だいたい「感動」なんてのは、滅多に体験できないから「感動」するわけで、そんなに年がら年中「感動」することってないんじゃないかなぁ?捻くれた年寄りの戯言でした。

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2011年7月20日 (水)

原田芳雄 死去

このブログを始めてから、こういう訃報を何度か取り上げた。
検索してみたら昨年の1月に「浅川マキさん」が亡くなっていた。

浅川マキさんと今回の「原田芳雄さん」は、私の中では同じエリアにいる。
どちらも同じ時代に、同じようなアンダーグランドなエリアから、強烈なアイデンティティを放っていた気がする。

晩年、原田芳雄さんが「鉄道おたく(いわゆる鉄ちゃん)」と知って、私の思っているイメージと違う気がしたが、それでもあの人の魅力は減少しない。

お酒とたばこと、そしてブルースな空気感が最も似合っていた気がする。
歴代の坂本龍馬を演じた俳優(『竜馬暗殺』参考)の中で、異彩を放しつつも、最もイメージに近いと感じさせてくれた人でもある。
また一人、私に強烈な影響を与えた人が亡くなってしまった。

合掌

Haradayosio

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