2019年9月 9日 (月)

「世界は1つ」は幻想なのか

「中国とアメリカ、アメリカと北朝鮮、日本と韓国、ロシアと日本」などなどアジア中心に、ゴチャゴチャしている。20190909  
そしてこのゴチャゴチャは、どこかの国の大統領や首相の「一言」でどんどん複雑化していく。
なので、今これを書いている時期とは状況が違っているかもしれない。
自分が「日本」という極東で生活していて、どうしてもそちらに比重がいっているニュースが目に付きやすいせいなのか、この「ゴチャゴチャ」は東アジアが中心になっている気がする。
(もっとも、イラン・イラクなど中東も相変わらずゴチャゴチャしているが)

それぞれの国の言動だったり、特に韓国については個人的にイロイロ感じるし言いたいこともあるが、そんなことを書いても、何の解決にもならないので、やめておく。
ただそんな「ゴチャゴチャ」が活発な昨今、ふと思うことがある。
ここ数年、同じようなことを感じる事が多いのか、過去の記事を調べたら、2016年からこの傾向のことを書いている。

私が生まれたのは、戦争が終わって12年経った頃だ。
そのためまだまだ日本中が「戦争の悲惨さ」を身近に感じていたし「平和」という状態を心の底から求めていた時代だ。
私の生まれた街は、当時革新系が強く、さらに日教組も超強い時代だったために、小学校でも「反戦」的なことを先生から言われたことを、今でも覚えている。
小学校6年生の時など、ベトナム戦争の悲惨な写真をホームルームで先生から見せられたくらいだ。
そんな時代だったから今では「常識的に感じている」日米安保だって、毎日反対運動を繰り返していたし、学生運動も活発だった。

アメリカに「トランプ」という大統領が登場するまでは、「平和を第一に考えよう」という考え方が世界を占めていたし、「地球は人類みんなで守ろう」という「グローバルな感覚」が主流だと思われていた(多少、きれい事的な感じであるが)。
経済も「国 対 国」ではなく「EU」のように「共同体」で対応しようとして「各国の都合」より「グローバル」を優先させるようになっていった。
「これから世界は1つにまとまっていくんだろうなぁ」と思った時期もあった。

しかし「トランプ大統領」が登場したら「自国第一主義」に一気に舵が切られ、あっという間に世界の雰囲気は変わってしまった。
最初に挙げたそれぞれの国々の「ゴチャゴチャ」を見ていると、「トランプが登場したから」とも言えない気がする。
元々人間には「自分たちが一番大事」ということが本能的にあるわけで、ある番組でも中野信子さんが「脳はそのように判断する」と話していた。
それを「道徳」とか「後天的に教えられた教育」とか、そんなもので「理性」としてバランスを取っているだけで、本音の部分は「トランプさんに賛成」ってのが多いのだろう。
そうでなければ、ここ数年の間に雪崩のように変化していく世界情勢は説明しようがない。

残念ながら人間という生物にとって「世界は1つ」というのは、幻想に過ぎないのではないかとこのところ思わざるを得ない。

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2019年7月 1日 (月)

消費税アップのこと

昨年後半からニュースでは「ダブル選挙か?」と騒いでいたが、結局7月4日公示となった参議院選挙が始まる。
今回の選挙の争点は「年金と消費税(増税)」と言われている。20190701_20190627160301

この「消費税増税」の問題、いろいろ紆余曲折あって「軽減税率」を導入することになっている。
ある時「なんで、こんな軽減税率なんて面倒なことをするの?」と聞かれたことがある。

かなり不確かな記憶だが、もともとは「先進国が導入している(真偽はわからないが)」と言われている「生活必需品に対しての税率を低くする」という仕組みだったと思う。
「贅沢品の税金は高く、生活必需品は低く」というが、このモデルとなっている国々の消費税の平均は日本なんかより遥かに高い。

2002年に仕事の関係でヨーロッパの環境ツアーに参加したことがある。
その時にスウェーデンでは、消費税が26%+環境税と聞いて、びっくりしたという話は、このブログで何度か紹介した。
そういう国と単純に比較できないと思うが、先進国の中では日本の消費税は高い方ではないのは確かなようだ。

そんな状態なのになかなか消費税を上げずに「赤字国債」で賄っていると言われているが、なぜか選挙が近くなると「消費税アップ反対」という声が(国会議員も含めて)大きくなる。
そういう声に対抗するために、今回「軽減税率」を導入した感じだが、今度は冒頭に書いたように「なんで、こんな軽減税率なんて面倒なことをするの?」という声も出てくる。
そんな状況を見ていると
「めちゃくちゃ大赤字なのに、収入増やすために消費税上げようとしたら反対するので、こんな面倒な仕組みにしたんだよ!」と叫びたくなる。

「企業優遇をやめよ」という政党もいるが、そんなことしたら企業をコストカットのために「人件費」を削る。そして「人件費を上げよ」という政治家もいるが、そんなことしたら企業は立ち行かなくなって「働く場所」を無くしていくだろう。
「人件費を上げよ」「消費税アップは反対」「赤字は無駄遣いをやめれば無くなる」
60歳すぎるまで、ずっと同じ言葉を聞いてきたけれど、結局解決していない。
「反対のための反対」みたいな雰囲気に流されずに、きちんとした議論をすべきと思うのだが、現代のようにSNSで「表面的な言葉」だけで流される風潮だと、それも難しいと思える。
今のところ、とりあえず秋の消費税アップで、世の中がどうなっていくのか、見ていくしかないのかなぁ。
もうちょっと国の「収入と使い方」を真剣に考える人たちが増えても良いのじゃないかと思って7月を迎えた。

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2019年2月25日 (月)

「働き方改革」は、大丈夫なのか?

先週、TV(具体的に言えば「ワイドなショー」)を見ていた「働き方改革」の影響について、とても身近な感じで話しているのを聞いた。
例えば、こんな感じだ。20190225

・長時間のロケ撮影だとマネージャーを交代しないといけない

・同じく長時間だと、制作や撮影スタッフが途中交代しないといけない
・アナウンサーも残業時間のチェックを頻繁にする

そもそも、長時間拘束されること自体が大きな問題で、それを「改善」しようというのが「働き方改革」の狙いだというのは、とても分かる。
「働き方改革」が声高に言われるようになったのは、例の「代理店の社員の自殺」が発端だ。
このことに関して思うことは、何度かブログで書いてきたので省くが、単に「長時間残業や勤務をやめましょう」って話じゃない。

さっき挙げたようにマネージャーやスタッフを交代しなくちゃいけないってことは、それだけ多くのコストが必要になるってことだ。
これは、実はどこの企業でも起きる問題だ。
ウチの会社でも、もう何年も前からこの問題に頭を抱えている。
仕事柄、やっぱり残業が多い。原因は、お客様からの原稿が遅れたとか大幅な修正が入ったとか、まぁお客様側の都合が多い。
それを「社内努力」と言う名の「長時間残業」「休日出勤」で何とかしているというのが現状だ。

これを「働き方改革」と言う名のもと、「長時間残業」「休日出勤」を禁止したら、どうなるか。
「そのような対応はできません」とお客様に断りを入れれば、二度と仕事をいただけなくなる。
だから、二交代・三交代シフトにして人員を増やすとなると、今度は「コスト高」になるから、これまた「企業の利益」が少なくなる。

「企業の利益」
が少なくなると、「企業の継続が難しくなる」「社員の給料を下げる」しか方法がない。どっちにしても企業で働いている人には、「うれしくない」話になりそうだ。
今の「働き方改革」の論調は「長時間労働させる企業が悪者」的な感じだけれど、じゃあ多くの人員を抱えて、日本の企業全体が「コスト高」になり、世界マーケットに対して「競争力の無い企業」になってしまうってことになるのは、想像に難しくない感じがする。

他にも「女性活躍推進」のために「産休・育休制度の充実」「時短勤務の充実」などなど、制度の充実化が進んでいるが、これも「人件費が膨らむ」要因になる。
今までのように月に「100時間以上の残業」とか「何日も休みなく働く」ことが良いこととは思わない。
でも、この「働き方改革」も行き過ぎてしまうと、「企業の競争力」減少という元も子もなくなる結果になるんじゃないだろうか?

若い頃のように「ああ、休みが欲しいなぁ」とか「早く帰りたいなぁ」と単純な一面的な見方だけでなく多面的に企業を見られる年齢になったからこそ、感じる根本的な課題だと思う。

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2017年11月 6日 (月)

期日前投票と選挙公報

自分自身のブログの過去を「選挙」というキーワードで検索したら、けっこうな数の記事がヒットした。
そんなに政治的なコメントを書いたつもりはなくても、年齢相応に政治とか行政とか議員に思うことがあるということだろう。
20171106_2
もしかすると、以前書いたかもしれないが、選挙権を得てから投票に行かなかったことは数えるほどしかない。
すごく政治に興味あるわけでも詳しいわけでもないが「投票にも行かずに政治を批判するな」という若い時に聞いた言葉が残っており、行くようにしている。
今はなき「民主党政権」になってまた自民党に戻った時「政権を変える」ということは幻想だったのか?と思い、一時期投票に行かなくなったが、先の言葉が蘇って、また行っている。

思い返せば、あの時すごくいろいろ公約でアピールしていた「民主党」が、実は主導する能力がないことが露呈したわけだが、会社でも政治でも今そこにある中心勢力を批判することは簡単にできる。
「じゃ、お前会社の経営者になってみろ」と言われてもできないように、政権批判する野党には本当に政権運営する気があるのだろうか?と選挙になるたびに思うようになった。

先月あった衆議院議員総選挙も同じで、特に自民党や安部政権を支持していないけれど、他の選択肢の中に、信頼して政権を託せる集団がいないと感じる。
特に今回の場合、希望の党と民進党のドタバタは、吉本新喜劇のようで半分面白く、半分腹立たしい気分だった。
誰が言ったか知らないが、小池さんを「緑のたぬき」とは実に良いキャッチフレーズで、ぜひ今年の「流行語」に選ばれてほしいと思う。それより「排除」の方が有力かな?

さて、ここまでが前段で、これからが本題。
実はここ数年、選挙は「期日前選挙」で投票している。
夜8時まで受け付けるので、会社帰りに寄れるし、そんなに混まない。とは言え、最近は「期日前投票」に訪れる人は年々増えている気がするが・・・・・。
今回は、台風の影響で、期日前投票で「●時間待ち」なんて珍現象もおきたが、それも期日前が浸透してきているからこそなのだろう。

選挙の案内はがきは、公示日に大体届く。
だから、現実的には公示日から「期日前投票」に行くことはできる。
なのに、立候補者や政党の公約や最高裁判所裁判官国民審査の情報が掲載されている「選挙公報」などは、投票日の1週間前にしか配布されてこない。

どうしてこのような「空白期間」が生まれるのだろう?
今は、インターネットなどで見れば立候補者や政党の情報は分かるが、最高裁判所裁判官国民審査についてはわからない。

今回のように突然「解散、総選挙」で間に合わないというわけでもないようで、通常の選挙でも同じような「空白期間」がある。
「選挙公報」が間に合わなければ、「期日前投票」の時期を遅らせればよい気がするが・・・・
そう思って、検索したら自治体の選挙管理委員会のHPに掲載されていた。
そうか、今度からこれを見れば良いんだな。1つ賢くなったが、ネットで見られない人は、やっぱり「空白期間」が生じる。

そういえば期日前投票に行くと、出口調査に当たる確率が高いが、今回は3人いて、どうやら別々の報道機関のようだった。
私が答えたのはNHKだったが、タブレッドでタッチするだけの最新の調査だった。
「出口調査」もどんどんデジタル化して進化している。
選挙の方法や情報開示の仕方も、どんどん変化していくのだろう。

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2017年10月 2日 (月)

還暦になって学ぶこと(その2)

(前回の続き)20171002_kabu

【仕事上の話】
私は本部長の隣の席にいる。
部長時代や正社員時代には、本部長が不在の場合の承認印の許可や、他部署から依頼に代理で対応していた。
先日、本部長が休暇を取る時に、今までのように不在時の承認印の許可を私に取るように社員に話していた。
しかし「いや~~、それはまずいでしょ? 再雇用社員が決済承認許可はないって」と話した。

最初、本部長は「信用しているから」と言っていたが、そういう問題じゃないので断固拒否した。
長い付き合いだから、本部長の言っている事もわかるけれど、仮の承認にしてもその責務の給料はもらってないのだから、それは嫌だ。
「自分だったら、嫌でしょ?」と本部長に話したら納得してくれたが、この辺はズルズル今まで通りにしていると、お互いにまずい事になる。
自分もそうだけれど、周りも定年~再雇用という立場だということを単に業務的なことじゃない責務も含めて理解してもらうことが大切なのだと改めて学んだ。

【株の世界】
もともとこの世界は苦手だし、怖いし、そもそもそのような資金もなかったので、今までまったく縁がなかった。
しかし会社の持株会に長く入っていて、かなりの株数になったので、今回個人株主にした。
そのための口座開設などNISAの申し込みなど、まったく知らない世界の言葉に四苦八苦しながら書類を書き、何とか口座開設され、自分の会社の株主になった。

せっかく口座開設したのだからと、いろいろ株のことを勉強し始めた。実は3年くらい前に「気軽にできるネット・トレード」という本をコンビニで買って、「そのうち読もう」とそのままになっていた。

【退職金】の時に書いたけれど、今は銀行に預けていてもお金はまったく増えない時代。
株主優待とか仕事でちょっと知っている企業の値動きを見たりとか、まだまだ分からないことだらけだけど、これまた学ぶべき世界であることは間違いない。
「株で儲けて」なんてことまでは思っていないけれど、こういうきっかけで、学べるのだったら少しやってみようかとも思っている。
(さらに続く)

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2017年7月 3日 (月)

「話し合い」で解決は、綺麗ごとなのか

今回は、ちょっと妄想的な話題。
これも「こんな時期に、こんなこと考えていたのか!」とあとで備忘録的に思えるようにしておこうかと・・・・20170703hanasiai

昨年、イギリスがEU離脱を選択した。
それを追うようにアメリカにトランプ大統領が誕生した。
その頃から、「自国第一主義」とか「ポピュリズム」とか言う言葉を聞く様になった。

「自国第一主義」は、私のような年代が生きてきた戦後から今までの時代が目指してきた「グローバリズム」とは真逆の「自分の国がまず、良くなければ」と言う感じか?

日本は島国で移民はそんなに流れてこないし、そもそも日本は積極的に難民を受け入れていないから実感が少ない。だから「自国第一主義なんて」という空気感が強いが、もしも中国や韓国や北朝鮮の人たちが、今のように観光ではなくて、移民とか難民として大量に入国してきて、働き場所を奪っていくとしたら、そんなことを思えるだろうか?
そんな角度でイギリスやアメリカを見てみると「わからなくはない」気がする。

そういう感情を「何となく」心の中に皆が持っているところへ、トランプ氏が出てきて「アメリカ第一主義」と声高に演説し、国民に迎合していくことが「ポピュリズム」と否定的に「正義の味方」的に言っていられるだろうか。

と、ここまでは「今までとは違う流れの始まり」と感じるし、現にNHKスペシャルなどでも「グローバリズムの限界」のようなテーマが出始めているから、未知の時代が始まっていることは間違いないだろう。
そんなことに気を取られているうちに、ある国は毎週のように「ミサイル実験」を繰り返すし、ある団体はさまざまな国や場面で「テロ」を頻発させる。

そんなニュースばかり見ていて、映画やドラマで「世界中がひとつになって」とか、世界中の首脳が「武力を使わずに話しあいで解決を」と言っているのを見ていると、そちらの方がとても「絵空事」のように感じてしまうようになった。
「話し合いで」と言っている間に、あの国はどんどん軍事力を強くそして技術も高くなって、気が付いた時には「手に負えない国」になっていないだろうか?

私たちは昭和30年代の初めに生まれた。
今から考えれば、戦争が終わって10年くらいしか経っていない時期だ。
だから、小学生の時にはずいぶん「平和」とか「戦争反対」と教育されたし、そう思って生きてきた。
でも、今の状況を見ていると、「話し合いで平和って生まれるんだろうか?」と日々思うこの頃だ。
諦めてはいけないのだろうが、毎週のように「ミサイル」を実験する国を見ていると「そろそろ一発ぶん殴ったら?」と、とても不謹慎なことを考えてしまうのも事実だ。

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2017年4月 3日 (月)

それぞれの正義

新年度が始まった。
いよいよ定年となる年度となった。

年度(正確には「会計年度」というらしい)は国によって違うが、日本はお正月を大きな節目として迎える習慣があるので、1年に2回も「新しい1年」を迎える感じだ。
もっとも、私は商売をしている家で育ち、いくつもの会社を転職してきたが、それなりの規模の企業でないと「新年度」を大きな節目として感じることはなかった。
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昨年末の「変化の際(キワ)」 にも書いたが、「トランプ大統領」「イギリスのEU離脱」など、いよいよ大きなうねりが現実化しつつある。
それに関連して「ポピュリズム」という言葉がネットや報道で流れる。

ポピュリズム=一般大衆の利益や権利、願望、不安や恐れを利用して、大衆の支持のもとに既存のエリート主義である体制側や知識人などと対決しようとする政治思想、または政治姿勢のことである(ウィキペディアより)

今までの常識的な目線から見れば「そんなことは受け入れられない」と思うが、現実には大統領になるし、実際に日本だって「ヘイトスピーチ」「教育勅語を唱和する幼稚園」などの問題があって、排他的な空気は身近にある。

そんなニュースを目にしたり聞いたりするたびに「第一次・第二次世界大戦前の世界は、こんな感じだったのかもしれない」と感じるようになった。
世界中の国や人々は「まずは自分の国を」と考え、それ以外を「仮想敵」とみなし軍備補強を行う。
当時日本は、軍備補強を大国に制限され、それがきっかけで輸入規制を掛けられ、戦争に入って行った。大胆に言えば、世界大戦はそんな感じで始まったと思っている。

その時日本には日本の「正義」があり、他国には他国の「正義」があり、みんな「自分たちが正しい」と思っていたのだと思う。
この「自分の思う正義」と言うものが厄介なものだと最近感じる。
国には国の、自治体には自治体の、企業には企業の、労働者には労働者の、そして個人には個人の「正義」がある。

沖縄の基地問題で、知事と国がぶつかるのも「正義のぶつかりあい」だし、春闘も「企業の正義と労働者の正義」のぶつかり合いだ。
そして夫婦げんかも「それぞれの正義」のぶつかり合いだ。
「自分の思っていること、考えることが正義」と思えば思うほど、ぶつかる衝撃は大きくなり、「譲れない衝突」になっていく。

これを避けるためには「他人の正義」を分かろうとしたり、認めようとしたりするしかないのだが、どうやら最近の世界中の動きを見ていると、まだまだ人類はそのレベルに上がる準備が出来ていなかったことが分かる気がする。
そんなことを感じながら定年の年度が始まる。
私の正義は「再雇用はしてほしいけれど、少し仕事はセーブしたい」だが、果たして周りの正義はそれを認めてくれるだろうか?

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2016年5月28日 (土)

【備忘録】米大統領の広島訪問

今日は、土曜の出勤日。
さらに言えば、有給取得促進日(会社から、出来るなら有給取得してね?という有給取得施策の1つ)なので、普通なら休む。
実際に、会社に出社している人数は、とても少ない。20160528

しかし、先月は体調不良で、今月は「姪の結婚式」「若冲展」などで、立て続けに有休を取った。
欧米人から見れば信じられないだろうが、そんな状況のためにちょっと遠慮して今日は出勤している。

今週「伊勢・志摩サミット」が行われたが、それは私の住む地域に近い。
「オバマ大統領が中部国際空港に降り立った」というニュースを見て、何だか変な感じを持ったし、サミットの1カ月以上前から、高速道路には「サミットのため規制がある」と情報発信されていた。

私自身に直接影響はなかったけれど、「トラック便に影響が出る」とか「営業は時間の余裕を持って」などと社内でも注意喚起が行われていた。
さらに、サミット前日にはわが家のマンション上空を夜9時くらいに飛んでいくヘリコプターの音が聞こえ、やはりいつもとは違う感じではあった。

サミットそのものは、あっと言う間に終わり、特にテロのようなことも発生せず「やはり日本は安全な国」と思った(それなりに厳重な警備だったが・・・)
そのサミットよりも関心を呼んだのが、オバマ大統領の「広島訪問」

滞在時間わずか1時間。
ショートスピーチの予定が17分間におよぶ演説だったこと。
被爆者(そういえば、演説の中で「HIBAKUSYA」と語っていたのは、驚いた)と少しだけ語り、握手し、抱擁したこと。


謝罪は求めない。
謝罪してほしかった。
もっと、ゆっくり資料館を見てほしかった。
長崎にも来てほしかった。


立場やその人の送ってきた人生や、そして立場によっていろいろな意見があるようだ。
でも、私は素直に「アメリカの大統領が広島にやってきて語った」ことを大きな出来事として嬉しく思った。
原爆ドームを背景に、アメリカの大統領が哀悼のメッセージを含めたスピーチを行った姿には、胸を打つものがあった。

私は常々「原爆投下は正しい判断だった」と公言するアメリカの人には「どんな意見を持っていても良いから、一度原爆資料館を見てほしいなぁ」と思っていた。
アメリカの軍人だって、中国や韓国のように日本に占領されて攻められた国の人にだって、いろんな意見や考え方があると思うし、私はそれを否定はしない。
ただ原爆資料館を見てほしいなぁ。
あの展示物や説明を見て「何か」を感じてほしいなぁと思う。

今回、オバマ大統領が広島訪問したことがきっかけで、いろんな国の多くの人たちが広島や長崎に訪れ、資料館を訪れてくれるならば、それだけでも意味のあったことだと私は思う。

私の住む地方の近くでサミットがあったこと、そしてアメリカ大統領が広島を訪れたこと。
この2つを備忘録としてブログの話題にした。

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2015年7月 6日 (月)

攻撃されたらどうなるか?という疑問

いつの頃から覚えていない。
けれど、この手のニュースを見るたびに、いつも思うようになった。
「例えば、北朝鮮がミサイルを突然打ってきたら、どうするのだろう?」

20150706_kougekisaretara毎年のように総理大臣が変わっていた時代から、ここのところ安倍晋三氏で落ち着いている。
だからなのか、分からないが「集団的自衛権」「安保法制」とか、ちょっとタカ派的な動きが活発になっている。

その関連から「憲法9条」「憲法違反」、そして「内閣支持率低下」など、なかなかの逆風が続いている(ような報道が多い)。
そしてニュースでは「戦争反対」の集会やシュプレヒコールの場面が画面に出たり、「戦争に巻き込まれるな」のプラカードを掲げている姿が映し出される。

そんなニュースや新聞を目にするたびに、冒頭に挙げた
「攻撃されたら、どうするのだろう」という思いが頭をよぎる。

このブログをずっと読んでいる人には分かってもらえていると思うが、私は決して「戦争肯定派」でもないし、「軍隊を持つべきだ」とも思わない。
それよりも、ずいぶん前に書いた「ヒロシマナガサキ」 にあるように、小学校時代には徹底して「戦争は悲惨なのだ」という教育を受けてきた。

それに今年は「戦後70年」に節目であるために、テレビや新聞でも沖縄戦の惨状や、悲惨な出来事を多く目にし、そのことを見聞きするたびに「やっぱり戦争は嫌だ」と思う。

それでも先の「攻撃されたらどうする?」という疑問は消えない。
いくらこちらが「戦争はやめましょう」とシュプレヒコールを上げていても、例の国が「ちょっとミサイル実験が失敗しました」という理由で、福井の原発近くに着弾したら、どうするのだろう?へ

もう少しリアルに言えば、「経済政策への報復」として、突然戦争を仕掛けてきたらどうするのだろう。それでも反撃せずに「平和を守れ!」と言い続けていられるのだろうか?
「平和」とか「戦争反対」とか、文字や祈りだけでは解決しないと現実的に思えば思うほど、この疑問は大きくなり続けている。

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2015年3月23日 (月)

障がい者雇用の難しさ

今回は、前回よりも、もっと繊細な話題。
「障がい者雇用問題」だ。Syougaisya

仕事の関係で「企業の障がい者雇用の責務」は、ちょっとだけ知っている。
全従業員の(確か)2%は、障がい者を雇用しないといけないことになっている。
それが出来ないと数百万円の罰金を払うことになる(のだそうだ。総務の担当者が教えてくれた)。

ウチの会社では昔は数名、耳の不自由な人が勤務していた。
でもここ数年、人数が減って、どうやら多額の罰金を支払っていたようだ。
そこで、昨年から2名総務に障がい者が雇用された。

そのうちの1名は、事故が原因で「記憶障害」を持っている人で、教えられたことを記憶して覚えられないのだそうだ。

私の業務や部署と直接関わることがないので、特に困ることはないけれど、配属された総務を見ていると、かなり疑問に思ってしまう。

それでなくても総務など間接部門は、余剰人員は許されず、経費節減状態で業務対応している。
これなんかは、ちょっと私たちの業務にも影響しているので、結構ブーイングが出る。
一例をあげれば、経理の数字が間違っていること。スタッフが少ないので、パートで凌いでいるが、単純に経費の入力を間違えたりして、毎月の経費明細を見て「これおかしくないか?」と思うことが、ちょくちょくある。

そんな状態のところに障がい者の人が配属された。
健常者とは違うので、それなりにフォローが必要となる。
そうなると、健常者のスタッフは、今まで以上に忙しくなり、却って負荷が増えている状態になっている。

こんな言い方をすると、もの凄くブーイングされるかもしれないが、「1+0.5=0.6」みたいになっている。
これが例えば車イスの人でも、社屋内すべてがバリアフリーになっていれば、良いけれど、ウチの会社のように昭和40年初期の建物だと、やっぱりフォローが必要になる。

だったら罰金払っていた方が良いじゃんと、とっても反社会的な感想を持ってしまうが、これが障がい者を受け入れた側の企業の状態であることも確かなのだ。

大企業の場合は、障がい者だけを集めて別会社にして、法規制に対応しているところがあるが、私たちのような中小企業だと、そんなわけには行かない。

健常者だけでなく、すべての人たちに「働く機会を均等に」という気持ちは分かるし、本当にその通りだと思う。けれど、その受入れに対し、企業や個人が犠牲になって対応しているのは、本末転倒な気がする。
これも前回に引き続き、繊細でとっても難しい問題なのだと思う。

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