2017年5月 8日 (月)

殿、利息でござる!(無私の日本人)

またまた磯田道史氏のネタ。
タイトルにあるのは、彼の原作を元にした映画タイトル。
最近のブログにやたらと登場する「磯田道史氏」だが、実は彼の著書を読んだことがない。
この話も、最初は映画を見た。20170508_musinonihon

タイトルを見てわかるように、内容も結構コミカルで、どっちかというと「超高速!参勤交代」みたいな感じの映画だと思って見始めた。
ところが後半になるにつれ「日本人のDNAに触れるような」話だった。

「原作があの磯田さんだし、原作はどんななのかな?」
そう思って本屋に行き「無私の日本人」を購入して読んで見た。
「物語」として進んでいくのかと思い読み進めると、途中から時代背景などの解説があり、さらにそれが「今の日本とどう関係があるか」を説明する、ちょっと独特の流れで話が進む。
ある意味テレビなどで見る「磯田さん」らしい本の書き方だった。

映画でも出てくるが「お上に意見を述べるときにプロセスの複雑さ」は、原作にも出てくる。
磯田さん曰く、これは、江戸時代に確立された「決定プロセスの複雑化」なのだそうだ。
そして、なぜこうなったかと言えば、戦国時代が終わり平穏な江戸時代となり、武士が余るようになり、「いかに多くの人に働く場所を提供するか?」を考えた末に、決定プロセスが複雑になったと言われている。
さらに奉行所や老中の仕組みを見ると分かるように、「南町・北町」といった同じ機能を持つ組織を複数作り「どこが決定したか?」が分かりにくい形になった。

これは今の日本でも続いており、おかげで「責任の所在が、とても不明確な構造」を持つ国になった。
幕末に「開港」の交渉にやってきた外国人たちは「幕府と交渉するのか?」「帝の許しがなぜいるのか?」と振り回され、最後には圧力をかけて決定を促したと言われる。

磯田さんの「無私の日本人」には、他にも話が掲載されておりどれも面白かった。
なかでも、日本の宗教観「先祖教」は、とてもフィットする解説だった。

日本の宗教観は、「特定の絶対神」でなく、自然を含めた八百万とそして先祖を崇めるのは、「つながり」に対する感謝が根底にあると解説されていたが、だからこそお盆やお正月や、そして何か大切なことがあると墓参りに行き、先祖に報告と感謝をする日本の習慣が理解できる。

この「無私の日本人」を読むと今の日本人が日本人である姿にしたのは、江戸時代に構築された制度だったり習慣だったりが大きく影響していることが分かる。
そう言えば、幕末に日本に来た外国人たちは「この国の人々は、とても貧困だが、いつも笑顔である」と話したと言われている。
財布が戻ってくる国になったのは、きっと江戸時代に作られた日本人だからだろう。

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2014年8月 4日 (月)

深川澪通り木戸番小屋

年に1回くらい「新しいシリーズ本はないか?」と思う。
この場合の「新しい」は発刊という意味ではなく、私自身が「読んでいない」ことなので、初版発行が昔のモノでも構わない。Fukagawakidoban

5月くらいだったか、そんなことを思いながら本屋で物色していた。
昨年の10月に紹介した「みをつくし料理帖」のことが頭の隅にあり、ふと「澪」という文字が目にとまった。

作家は「北原亞以子」さん。
知らないなぁ~~と思い、でも数冊のシリーズになっているようなので1冊試しに買ってみた。
なんとも「しみじみ」とする話で、気に入ってしまい、残りのシリーズも買おうとしたが、ない。

あとで気付いたが、ないのは当たり前。
すでにテレビドラマになったり、漫画化されたりしていて、昔に話題になった本らしいし、作家本人も昨年亡くなっていたりして、今「旬」でないことは確かだ。

困ったなぁと思いつつ「ブックオフ」に行ったら、全部あった。
こういう点は「旬」が過ぎていると、お金的に助かる。

やれやれと思い、じっくりと読んでいる最中なのだが、何が面白いとなかなか説明できない話なのである。
深川の「木戸番小屋」の老夫婦を中心とした、実に淡々として、そしてしみじみとした話が連作で続いていく。

老夫婦の名前は「笑兵衛とお捨て」
もう名前からして「本名じゃないのだろう」と思わせる。
私は男だからだろうか?お捨ての「笑窪のできる手ところがるような笑い声」を想像しながら読むのだが、きっとその姿や声がとても「癒して」くれるのだろう。

今までたくさんの江戸時代小説を読んでいるが、ここまでごく普通の江戸時代の市井の人を見るような話は、ちょっと珍しい。
最近、ちょっとうれしいきっかけから志の輔落語を聞くようになったが、この「深川澪通り木戸番小屋」は落語の「しみじみとした世界」に近い話なのかもしれない。

また新しい楽しみが出来た。

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2014年4月28日 (月)

着物始末暦~中島要

昨年の10月に「お気に入りの小説作家遍歴」 という記事を書き、その終わりに高田郁さんの「みをつくし料理帖」が面白いと紹介している。Kimono

その後も読み続け、春に最新刊が出たが、その巻末には「次回で最終巻」と書かれており、楽しみなような惜しいような気持でいる。

正月に実家に寄り、兄貴にこの本が面白いと話しており、春に「豊島屋の白酒」を通販で送ったら、「みをつくし読んどるよ」とメールが返ってきた。
ちなみにこの「豊島屋の白酒」は、佐伯泰英氏の江戸時代小説「鎌倉河岸捕物帖」に出てくる江戸名物だ。

「みをつくし料理帖」が次回で終わることも少し頭の中にあって「何か新しいシリーズはないかな?」と思っていたら、この本に出会った。

「着物始末暦」
江戸時代小説を読み始めたのは、40代だったから、もう10年以上も読み続けているが、長く読んでいると、いろんなことを覚えていく。
一番大きいのは江戸時代の地名。
今では、大体今のどの辺りなのか分かるようになって、逆に「良くこんな距離を歩いて移動するなぁ」なんて思う。

あとは風習や当時の商売、武士俸禄の仕組みなどなど。
「札差」なんて今ではなくなってしまった商売だが、武士の俸禄と江戸時代の商売の両方が分かる仕事だ。

その中の1つで「着物の柄」がある。
私自身、服装に興味がある方ではないが、やたらと出てくる柄や色の名前は気になっていた。
色の方は自分の仕事の関係で「日本の伝統色」の名前や色を知っているので、そうでもないが、柄は知らない。

おそらく友人の揚巻さん は、その方面の専門家なので、聞けば一晩中でも語ってくれるだろうが、本を読んでて「この柄って、どんなのだろう?」とわざわざ調べるほど興味をもっていなかった。

ところがこの「着物始末暦」は、巻末に簡単な「柄解説」が載っている。
これが興味をそそって、1冊買ってみた。

主人公は天涯孤独な着物の「始末屋」
普通、染や直しなど江戸時代特有の「分業制」で行う着物の始末(今で言えば修繕とかリサイクルとか)を、たった1人で、天才的に仕上げてしまう才能の持ち主だ。

タイトル通り、話の中心は「着物」になるけれど、読み続けていくと「着る人の気持ちをどう受けとめるか?」という人の心の話になっていく。

現在3巻まで出ており、そこまで読んでしまっているが、これからこの話がどう変わっていくのか、楽しみながら、少し着物の柄や色のことが分かるようになれば、好きな浮世絵鑑賞も一味違ってくるかもしれないと思っている。

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2013年6月24日 (月)

久しぶりの司馬遼太郎で

前回、少し書いたけれど「八重の桜」の影響で、会津目線の幕末小説を探した。
ネットで調べると、意外に少なく司馬遼太郎の「王城の護衛者」がヒットした。

司馬遼太郎は、このブログでもしばしば登場するが、若い時から好きで、結構読んでいたが、この作品は短編と言うこともあってか、読んでいなかった。

Oujo「八重の桜」のイメージを持ったまま読んだ影響もあるだろう。
容保を中心に描かれているのは良いけれど、かなり「あっさり」した感じだった。
そこで思いだしたのが、今から7年前にこのブログに書いた(「平岩弓枝さんの本」)、佐高信が書いた「司馬遼太郎と藤沢周平~『歴史と人間』をどう読むか」のことだ。

この本の内容や感想は、いろいろあるが私の感覚に一番近い感想が「佐高信「司馬遼太郎と藤沢周平」を読んでみた」に書かれているが、とにかくこの本がきっかけで今の「時代小説の愛読」という趣味が生まれたのも事実だ。

この本に書かれていることで覚えていたのは
「司馬遼太郎=ビルの上から俯瞰でモノを書いているから、庶民感覚が伝わらない」
「藤沢周平=市井に生きる人々を丁寧に描き、時代の空気を感じさせる」

だった。

たしかに藤沢周平から始まった最近私の読む「江戸時代小説」は、藤沢周平的なものが多く、それにどっぷり浸かっていることを至福と感じている。
そして「八重の桜」も当然、ドラマなのだからフィクションも含めて、人にフィーチャーしながら進行している。

そんな感覚を持ったまま「王城の護衛者」を読み、そして久しぶりの司馬小説を読んだ時に
「今、自分が感じたいことは、こういうことじゃないんだよなぁ」
と思ってしまった。

司馬遼太郎が、佐高氏の評するように「庶民感覚が伝わらない」小説家かと言えば、ちょっと違うと思っている。
だって「竜馬がゆく」に出てくる土佐郷士の苦しみと悲しみは、ずいぶん伝わったし、あの感情を理解せずに土佐藩のことは見えないと司馬さん本人も言っている。

じゃ、なぜ「王城の護衛者」には、会津藩の、容保の無念さはあまり表現されていないんだろう?
司馬さんは書いている。
「容保の記録はあまり多く残っていない」
やはり敗者の記録は残されないのが歴史の常なのだろうか?

会津戦争で亡くなった骸を、新政府は埋葬することを禁じたという悲しい出来事を、私はつい最近知った。
司馬さんは「歴史を振り返るには、時期がある。感情や悲しみが浄化されてカラカラに乾燥してからでないと、歴史の真実は見えない」というようなことを述べている。

「王城の護衛者」を書かれた時には、まだまだ会津の悲しみは終わっていなかったから詳細には書かなかったのだろうか?
いずれにしても、もう少し会津目線の幕末小説を読んでみたいものである。

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2011年3月23日 (水)

東北太平洋沖大地震の記録 その後の2

「東北太平洋沖大地震の記録その3」にリーフさんからコメントをいただいた。
この時点での私の記事に共感していただき
「政治家はいざとなっても何の役にも立たない感じがします。」
との意見といただいた。
確かに「お国のために働くはずの政治家」の動きは変だ。
こんな時に「政局」的発想しか出来ず、「連立は難しい」とか「情報発信が鈍い」など、批判しているだけってのは、あまりにも悲しい。
「国家的危機」
というなら、「期間限定で『国家的危機乗越内閣』を創ろうじゃないか!」といった建設的意見が、内閣以外の政治家から発信されていない(しているかもしれないけれど、聞こえてこない)のは、あまりにも政治的発想能力のなさに悲しくなる。

20110323zisin

でももっと悲しいのは報道だ。
「東北太平洋沖大地震の記録その2」に少し書いたけれど、政治家以上に「何の工夫もなく」「何の使命感もなく」「何の責任もない」そんな報道に腹がたつ。

その例1
連日の対応で疲れ切っている枝野官房長官の定例記者会見で「管総理の壊滅発言が憶測を呼び、風評が出ているんじゃないか?」と質問した記者がいた。
百歩譲って菅さんが、そんな発言をしたとしよう。
それを「風評被害」にならないように「注意喚起する」ことが報道の「役目」だろうが!
何を傍観者のように質問しているんだろう?

枝野さんも「我々も一生懸命やっているけれど、落ち度もある。そんなところを是非、報道の方に全面的に協力してください。正しい情報をキチッと隅々まで流す事を、お願いしたい」と言ってやればよい。

その例2
相変わらず、どの局も同じような情報を流す。
今回は被災地がものすごく広い。だから「今までの過去の経験」の上で行動してはダメなんだと思う。
原発の情報も重要だけれど、被災者の情報も、援助物資の情報も、街の情報も、それこそ膨大な情報量が必要なはずだ。
だから各局が業務提携し、どのチャンネルはどの情報を専門的に扱うなど「面」としての情報発信が必要だろうが?
マスメディアが出来なかったので、Blogやツイッターなどが活躍しているが「情報の精度」の問題がある。
こんな時こそ「マスメディア」の正しい、そしてきめ細かな情報発信が必要なのに、今まで通りの報道発信しか出来ないなんて、なんて貧弱な発想しか無いんだろうと思う。

その例3
先週、ある週刊誌を見た。
かなり過激でそして不安を煽る内容だった。
週刊誌の「報道的役割」はどの程度か分からないけれど、そんな過激で不安を煽った内容を掲載してどうするんだろう?
「正しい情報を発信する」
これは、重要だけれど、その事に寄って発生する「パニック」には発信するものとして「責任」はないんだろうか?

ここに挙げた3つの点は、私たちのような小さな会社の中で「日常的に」臨機応変に、そして柔軟な発想で対応する事を求められているのだが、「報道」」や「政治家」というものには、そういうことに対応するだけの能力がなくなっているのかと今回の出来事で感じてしまった。
日頃「もっともらしく」言っている奴程、役立たないってことなんだな?

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2008年10月 1日 (水)

「真実」は、すべて良いことか?

週刊誌を購入してまで読みたい方ではない。
でも外食時に置いてある雑誌は読んだりする。

週刊誌は、時に「新聞やテレビ」などのマスコミでは報じない事が載っている。
それらがすべて正しいわけじゃないし、「報道」の名を借りた「醜悪な」記事が多い事も事実だ。
でも、そんな記事がニュースに流れる事件の「裏側」を見せてくれて、たまに「腑に落ちる」こともある。
だから、週刊誌を読んでしまう。

その中で「週刊ポスト」は、わりと読む方だ。
ここは「大相撲八百長事件」なんかを良く取り上げるいわゆる「一般人が好みそうな記事」を載せる印象がある。
ちょっと話題としては遅れているが、その「ポスト」

「現存の寺田屋は、明治になって建て直された」

とスクープした。
Teradayagisou
幕末〜明治維新のファンであり、やっぱりご多分に漏れず「竜馬ファン」の私としては、ちょっぴりショックだった。
このブログの「マイフォト」の京都編に掲載してあるように、その「寺田屋」にも訪れ、ご丁寧にも写真も撮影して来ている。
それが「戊辰戦争で焼けていた」なんて言われると
「あの感慨深げに見学したのはなんだっただろう?」
と思わずにはいられない。

「ポスト」はその他にも竜馬ゆかりの地である「明保野亭」や「花月」も偽物であると続報を掲載している。
「花月」「長崎に行った時に写真撮ったなぁ〜〜〜」などと思いながら記事を読むのだが、どうやら「関係者」によると「ポスト」の報じている事は割と本当らしい。

さて、ここで「ポスト」は、「こんなことが許されていいのか!」的な報じ方だけれど、ファンとしては違和感を感じる。

確かに「寺田屋」などは「入館料」を取って見学させているから問題ではある気がする。
けれど、ずっと「現存する寺田屋」として世間で通用してきて、今までそれこそ数えきれない人たちが「いろんな想い」で見学してきた気持ちはどうなるんだろう?

少なくとも私は「歴史学者」でも何でもない。
だから、その「ご当地」を訪れて、しみじみと「同じ場所にいるんだな」と浪漫に浸りたいだけなのだ。

その世間的には無価値だけれど、自分の「想い」としては大切なものを「真実」って言うだけで、カンタンにぶち壊していいのかな?

だからなのか「ポスト」でも、そんなに大々的に取り上げていないし、そんなに大きな話題にもなっていない。
自分の「想い」という大切なものが「偽物」によって創らせている事は「とても罪が重い」
でも、それをカンタンに「真実と言う名でぶっつぶす」ことには罪はないのかな?

ま、嫌ならそんな週刊誌読まなければいいんだけれどね。
いずれにしろ「釈然としない」記事だった。

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2008年1月18日 (金)

仲畑貴志の感性

仕事の関係で、会社では「宣伝会議」という業界誌を定期購読している。
概ね、大手マーケティングやCMやプロモーションの記事なので、すぐに役立つわけじゃないが、知っておきたい情報があるので、読んでいる。
Nakahata
ここ数年、WEBマーケティングやモバイル系のプロモーションなど、個人的にはあまり面白いと思わない話題だったり、企画の内容よりも有名人を使っただけのプロモーションの記事だったりで、中味の濃さを感じない。(時代がそうだから、しょうがない部分もある)

そんな中で、楽しみにしている連載コーナーがある。
「仲畑貴志の勝つ広告」

仲畑さんの事は若い頃から好きなライターで、そんなことを以前ブログに書いた。
相変わらずの感性の持ち主で、この連載記事は
「うんうん」とか
「そうか〜〜」とか
概ね肯定的な感情を持って読んでいる。

昨日、最新の宣伝会議が届けられ、仲畑さんの記事を読んだ。
今回のタイトルは
「旅行者の視点で傷つけている」

最初、このタイトルの意味は分からなかったが、記事を読むと私が若い頃よく言っていたことを見事に言い当ててくれた。

説明すると長くなるので省くけれど、テレビの旅番組で田舎を安易に賛美したり、雪国の雪を美化したりするのは、
「旅行者のように通り過ぎる人間の視点で見ただけで、生活者の視点で表現されていない」
と表現そのものに警鐘を鳴らした(そんなにおおげさじゃないか?)ものだ。

私は、ちょっとだけ田舎の出身だ。
冬は今よりも寒く、この時期氷点下の朝など当たり前。
しかも交通網は発達していないから、クルマの免許持っていないと生活に困る。でも、夏は爽やかで山の風景もあり、緑も豊富だ。

私が若いころ
「ディスカバー・ジャパン」
という国鉄(古いなぁ〜〜)の一大キャンペーンがあり、アンノン族(これも古いなぁ〜〜)が、どやどや私の田舎にも溢れ
「やっぱりいいね〜〜〜〜〜〜」
などと駅前で言っている女性たちに会った事がある。

その度に思ったのは
「この街で、冬の生活を味わってから、もう1回感想を言え」
と言う感情だ。

まさに、仲畑さん曰く「通り過ぎる人間の視点」に対する「生活者の視点」の感情だったと思う。

今や都会に住んでいる私だけれど、未だにあの感情は忘れていないし、仲畑さんのように尊敬すべき、そして一流のコピーライターが、あの感情を理解し、カンタンに説明してくれたことに、改めて感謝なのである。

そう!簡単に言うなよな。
「大自然に囲まれて、豊かな生活を味わう」
なんて薄っぺらな言葉を!

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2006年2月18日 (土)

鬼平犯科帳

今日は会社が休みなので、ちゃんと自宅から・・・・

昨夜テレビで「鬼平犯科帳スペシャル」を見た。
前に記事でも書いたように、ごく最近まで、いわゆる時代劇は好きではなかったので、この人気TVシリーズも初めて見た。
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見た理由は、やっぱり本なのである。
これも前に書いたが「平岩弓枝」さんの本から、昨年後半から「鬼平犯科帳」を読み出したわけで、最初こそ、ちょっとした違和感があったけれど、どんどんハマって行き、今は文庫本の12巻を読んでいる。

だいたい今までの経験で、原作を先に読んでからドラマを見ると「がっかり」するものだが、これは違った。
『これは人気あるのが分かるなぁ〜〜』と思ってしまった。
(余談だが、知り合いの女性がこのTVドラマが大好きだと言っていた。見たことなかったので、わからなかったが、昨夜で納得した)

昨夜のスペシャルの原作は「凶賊」。
原作の中でも緊迫した話だったので、とても印象深い、そして平蔵のカッコよさが全面に出ている話です。
ラストの甚五郎を切るシーンは、TVでは一刀両断で即死させましたが、原作は違います。両腕を叩き斬って、もがき苦しむ甚五郎に「てめえが手にかけた人びとのうらみをおもい知れ」と言って、放置する。
無茶苦茶残酷な始末の付け方。読んでいて思わず「スゲエ」と言ってしまいました。昨日のTVは、やはりそんな惨いシナリオにはしていませんでしたが、僕が原作の鬼平に引かれたのは、やはりこういう冷酷さと人情深さなんでしょう。

池波正太郎と名前は知っていても、読んだことはなかった大作家ですが、鬼平の後にも読みたい本がたくさんあって、今から楽しみです。
そして、過去に放映されていた鬼平犯科帳も、最近はDVDボックスで販売されているようで、何かのきっかけで買ってしまいそうで、ちょっと怖い・・・・

でも、昨日の鬼平はカッコ良かったなぁ〜〜〜。本当に・・・・

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2006年1月12日 (木)

平岩弓枝さんの本

20代の前半に「竜馬がゆく」を読んで以来、長く司馬遼太郎さんのファンでした。文庫本のほとんどは読破し、司馬さんの歴史観や、高校時代に剣道をやっていた影響で、いわゆる「時代劇小説」はあまり好きではありませんでした(というか食わず嫌いで読んだことなかったです)。

40代になり「司馬遼太郎と藤沢周平」という本を読んだ時に、あまりに藤沢さんのことが褒めてあり、宮部みゆきさんの絶賛も載っていたので、「どんなもんなの』と読んでみたわけです。
映画でたそがれ清兵衛が流行る前だったのですが、一気に引き込まれてしまい、しばらくは藤沢さんの本ばかり読みました。


個人的には「蝉しぐれ(これも昨年映画になりましたね〜〜)」が一番好きです。ものすごく日本人らしい小説だけれど、じ〜〜〜んと心奥に沁みます。

で、次の流れで「御宿かわせみ」シリーズを手に取って読み始めたのが、平岩弓枝さんとの出会いでした。これが、またハマってしまって「かわせみ」に出てくる登場人物一人一人が愛らしく、かっこ良く、妙に親近感を感じ、またまた「日本人でよかったなぁ〜〜〜〜hayabusaなどと感激しちゃったわけです。
文庫本30巻を読んで次に出会ったのが、「はやぶさ新八御用帳」シリーズ。これも平岩さんのお得意のパターンなんですが、ワクワクします。

どちらのシリーズも時系列がしっかりしていて、主人公やその周辺の人々が本当に生き生きしてて、しかも良い人たちばかり。「この年齢になると心に響く」とある本に書いてありましたが、そのとおりで、しかも日本人であることが、ちょっとうれしくなってしまいます。

若い方はそうでもないかもしれませんが、30代後半以上の方は一度手に取ってみてください。
あるブログのトラックバックをきっかけに今回は本の話でした。

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