2020年7月 6日 (月)

「燃えよ剣」再び

2018年12月に「司馬遼太郎の戦国時代再び」で、20~30代のころに読んでいた「司馬遼太郎」の小説を読み返し始めた。
一度読んでいるので、あまり急ぐことなく寝る前に少しずつしか読まないため、なかなか進まなかったが、「国盗り物語→新史太閤記→関ヶ原→城塞」と読み終えた。20200706
読み返して改めて思ったのは、後半の「関ヶ原」「城塞」「徳川家康のダークサイドの部分」を何度も書いてあり、これを若い頃を読んだために、私自身の中の「家康像」が暗いものになっていたということだ。
「家康は平和が続くことを望んだ」と最近は言われるが「そうかなぁ?」と思ってしまうことも、その影響の延長だろう。
それに「歴史」というものは、時代が変わると「新たな発見」とか「新しい歴史観」によって変化していくために、昭和時代に書かれた「司馬歴史観」は、今の感覚から少し異なりつつあるということも感じた。

一応これで「戦国時代」は一区切りし「新しい本を買うか、今までの本を読み返すか?」と思って、今まで買ったものが並んでいる本棚を見ていて「燃えよ剣」が目についた。
幕末ものはたくさん読んでるけれど「幕府側の本は、読み返してないなぁ」と気づいた。
ということで、さっそく読み始めた。
やっぱり面白い。

司馬遼太郎さんの描く「土方歳三」は、あまり女にも思想にも興味がなく「新選組」という「組織を造り上げることのみ」に力を注ぐタイプとしている。
(最も後半に「お雪さん」が出てくると、少々艶っぽい「歳さん」になるのだが)
この「燃えよ剣」は、司馬さんの書く幕末ものとしては、あまり思想的な話が出てこない。
もちろんそれなりに出てくるのだが「新選組」視点で描かれているため「大政奉還」「王政復古のクーデーター」などは、遠い世界での動きで「新選組」は気がついたら「朝敵」になっている。

若い時には、「佐幕」「倒幕」「攘夷」「勤王」といった思想的な話が面白くて読んでいたけれど、この15年くらい「江戸庶民の目線」的な時代小説を読んできた影響もあり、今読むと「実際にあの時代に生きていた人たちって、こんな感じだったのだろうなぁ」と思う。
「新選組」は清河八郎の思想的なきっかけで組織されるけれど、実際に活動していた隊員たちにはおそらくそんなに明確な「思想」「次の時代」なんて考えていなかったんじゃないだろうか。

今の日本人と江戸末期の日本人を年齢で単純には比較するのは難しい。
そんなに遠い過去の話じゃなく、私の子供の頃を振り返っても「学生運動」が激しかった頃の若者は、もうちょっと大人だったし、政治や国のことを考えていたと思う(思想は幼かったにしても)。
だから、坂本龍馬にしても土方歳三にしても、20代なのに、とても大人びた考え方だったり、行動だったりしている。
……と、昔は思っていた。
しかし、今回読み返してみて、そして自分が60歳を超えて、ちょっと穿った見方をしたせいか
「本当に、どこまで国の行く末を考えていたのかなぁ」
と思ってしまった。
特に「新選組」は最初の頃の「近藤勇たち」に思想があったわけではないし、天領育ちであった影響もあって「幕府ありき」の思想からは抜けられず、その視点から見れば薩摩や長州の輩は「絶対に相容れない」関係だったろう。

私より10歳上の人で、昔、学生運動をやってた人に「女の子と話せるからやってた」と聞いたことがあるが、きっと幕末の「新選組」「薩摩・長州・土佐」も、多くの人たちもそんな「軽い」気持ちだったのかもしれない。
「燃えよ剣」での土方歳三は「後世に名を残したい」とは思っていなかったようで、実際に最後の様子も、明治後密かに親族に語られたというから、本人してみれば「どうして、こんなに大きく取り上げられているんだ?」と不思議に思うかもしれない。

新型コロナウイルスの影響で公開が延長されたようだが、岡田准一主演で、この小説の映画化された。
そのCMで「幕末にわずか6年活動した」と言われる新選組。
そう思い返すとたった6年だったが、それだけインパクトの強い組織であり、活動であったのだろう。
この「燃えよ剣」を読み返して、会津に行った時に唯一訪ねられなかった「近藤勇の墓」に行ってみたくなった。
そして、そこで歳三がどんな思いで、この墓碑を建て手をあわしていたのか、思いを巡らしてみたいものだ。

 

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2020年6月 8日 (月)

「麒麟がくる」が面白い

「新型コロナウイルス騒動~その11」「特別定額給付金」をネット申請したことを書いた。
未だに書類は届いていないが、先週無事に入金された。火災保険の更新やその他いろいろでアッと言う間に消えてしまうが、まぁありがたい。
このようにコロナ禍の記録のために書き始めたのは良いが、ずっと続いてしまってなかなかこの話題に触れることは出来なかった。

そもそもこのドラマは、「帰蝶」を演ずる女優さんが、放送開始まで1ヶ月半と迫った時期に不祥事で逮捕されてしまい、急遽代役となり放送自体も2週間遅れで始まるという開始前から話題になったものだ。
「大河ドラマ」をあまり熱心に観る方ではなく、興味があるテーマで、さらに面白くないと止めてしまう。20200601

「龍馬伝」は大好きな幕末でしかも「坂本龍馬」だったので、かなり期待したが「龍馬」にスポットを当てるというよりも「福山雅治」をどうカッコよく見せるかという感じのドラマになっていて、歴史的な順番も「?」と思うようなことが増えて、途中で止めてしまった。
同じく幕末物で「八重の桜」は、会津藩の話を詳しく知りたかったこともあり見始めた。
これは「会津戦争」まではとても面白く、毎週観たが明治後は少し興味が薄れてしまった。
ただこれを観たことで「会津の歴史の旅」はとても充実したものになった。
そして珍しく最後観たのは「真田丸」
脚本が「三谷幸喜」だったので、大丈夫だろうかと思ったが面白かった。
これは「池波正太郎・真田太平記」を読んでいたこともあったが、やっぱり何と言っても「草刈正雄」「真田昌幸」が良かった。
実際の「真田昌幸」も面白い人だし、その魅力が十分伝わるドラマだった。

今回の「麒麟がくる」は明智光秀がテーマ。
この人、個人的には故郷の近くに「明智町」という町があり、そこの出身と言われていたので身近感がある。ただし本当の出身はわからずドラマでは、もう少し岐阜よりの「明智の荘」とされていたが、土岐源氏なども実は「土岐市」という市名が残っており、これも一層身近に感じる。
また今までのところは美濃・尾張が中心の話で、私の住む地方に近く、番組の最後の「史跡紹介」では「ああ、ここは行ったな」とか「こんなところにあるんだ」と思うことがあり、それも楽しみになっている。

それでも最初に挙げた諸々の問題で話題になり「どんなもんだろう」と思って見始めた。
「面白い」
放送直後には話題になったが「道三の毒殺」シーンの衝撃、そして「本木道三」の迫力。
それから代役となった「帰蝶」も良い。
以前、清州城を訪ねた時に、近くの公園に「信長と濃姫」の像を見た。
(ここも先日の史跡紹介で出ていた)
その時の説明では「濃姫(帰蝶)の詳細はよく分かっていない」と書かれていた。
これは主人公である光秀も同じで、だからドラマではかなり勝手に面白くできるのだろう。

「立ち膝の座り方」とか「着物の色合いが派手過ぎる」を最初の頃は意見があったようだが、逆に今までの「時代劇的な表現」が間違っていて、今回のほうが「史実に合っている」とも言われている。
だって衣装デザイナーは、かの「黒澤明の娘、黒澤和子」だ。
本物へのこだわりはきっと父親譲りだろう。
私達の一般的な「時代劇の常識」とは、江戸時代に構築されたもので、戦国時代には通用しない。
良い例は「刀」で、戦国時代は「使い捨てにされていた道具」とのことで、「武士道」に関する考え方も同じだと聞いている。

「真田丸」のオープニングもとても気に入っていたが「麒麟がくる」も良い。
重厚な音楽と「和太鼓が良いなぁ」と思っていたら、20代の頃に好きだった和太鼓奏者「林 英哲氏」でびっくりした。
NHKというところは民放と違って資金が豊富なためオープンセットも含め、ちょっとした映画よりも豪快にそしてこだわって制作している。

前半のMVPでもある「道三」は、2年前に「国盗り物語」を読み返したために、土岐源氏や国衆との関係、そして当時の殿と家来の関係が分かっていて、より面白く感じた。
ただ「道三と深芳野と土岐頼芸」の三角関係は、とてもNHKで流せないくらいドロドロのものだけど。
「新型コロナ」の影響で、撮影ができていないということで「一時休止」になっているが、そろそろ明智光秀が「歴史的資料」に登場する時期に来ている(実際に、越前での生活は一部資料があるようだ)。
今までのように「資料がないから自由に創作」した時代から「ある程度、歴史的事実」を確認しなくてはいけない時代になる。

司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」は、歴史に登場する前の「竜馬像」は司馬さんの創作だが、そこが面白く一般の人の「竜馬像」になってしまっている。
そして「竜馬がゆく」も、その創作部分がとても面白くて人気がある。
個人的な感想だが、この小説の後半は、やはり「歴史的時系列の追従」になっていくため、前半ほど「魅力的な竜馬像」になっていない。
「麒麟がくる」の場合、道三のあとは「信長」像が興味津々である。
「信勝殺害」で見せた「狂気」は、これからの「信長像」を想像させ、ちょっと身震いした。
これからも面白いドラマであり続けていってほしい。

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2020年5月25日 (月)

新型コロナウイルス騒動~その11

結局、5月までずっとこの話題になってしまった。
確かに「コロナ禍」は会社勤務や生活スタイル、さらにスポーツやその中継を含むテレビなどあらゆる面が変わってしまった。
とは言え、そんな中でもいろいろ「感じたり」「思ったり」することもあるわけで、その記録のためにこのシリーズを始めたのだが、こんなに長くなってしまうとは思わなかった。
ただ、その他の話題も「感じたり」「思ったり」 しているわけで、一旦今回で一区切りにしようかと思っているが「予定は未定」なので、次回以降も分からない……。

●「緊急事態宣言解除」で感じる「国と自治体」
最初に「都市封鎖(ロックダウン)」を実施した中国・武漢市が、やはり最初に「制限緩和」を実施した。
国内の場合は、北海道が自治体独自で「緊急事態宣言」を発表し、感染者数が減少し始めたので「解除」したが、国全体が「宣言」を発表した頃には、また増加傾向に転じたため、再度「緊急事態宣言」となった。
「超自粛(小池知事が言い出した言葉で言えば「ステイホーム」)ゴールデンウィーク」でみんなが我慢したおかげで、感染者数は減少し始め、爆発的に増加していた「東京」でも二桁そして一桁の増加になってきた。

GW直後には「宣言の延長」と安倍総理は発表したけれど、「感染者数が減少してきたこと」「経済的に厳しい企業や店舗が増えていること」などの理由で「解除」への気運が高まった。
安倍総理の発表では「状況をみて徐々に解除」と言っていたが「基準が分からない」との声が上がり、いち早く大阪府知事が「大阪モデル」を発表、その後他の自治体も独自の「基準」を発表した。20200525

「基準を示さない」国に対し「大阪モデル」が発表され、ある大臣が説明したのは「大枠は国が決め、あとは地域の判断で実施すべき」とのことで「ちょっと言い訳じみているなぁ」とは思えたが、納得もした。
確かに今回は国として「緊急事態宣言」を発表したけれど、岩手県は唯一感染者が出ていない。
他にも大都市部は「爆発的に感染者が増加」したけれど、同じ県内でも少し田舎だとそうでもない。
このような狭い日本でも、地域地域によって実情が違うのに「国が一律で決める」のは無理があるし、そのような細かな状況が把握するのは「地方自治体」の役目なのだろう。
このことは、今回のコロナ禍だけでなく、あらゆる施策もそうなのだろうと、実感として感じた出来事だった。

●相変わらずの報道
GWは、どこにも出かけられないのでテレビが一日中点いていた。
いつもニュースは見るが、お昼の「ワイドショー」的な番組を見ておらず、GWにはチャンネルを合わせたが、どこも同じような内容を放送。
このことは「東日本大震災」の時にも書いたし、その後の課題として「放送業界」も取り上げていたが、今回も結局一緒だった。

「東日本大震災」の時には、大きくそして広範囲におよぶ大災害だったために「広範囲に必要な情報」「地域に特化した情報」「被災者の状況に合わせた情報」などに分類し、民放各局が協力しあって、それらの情報を分類して流すべきだとの意見があった。
例えば「フジテレビは、〇〇地域の情報」とか「TBSは〇〇のような状況の住民に向けた情報」のように分ければ、見る側が必要な情報を選択してチャンネルを合わせられる。

「スポンサーフィー」で制作している民放は、どうしても視聴率を上げないといけない。
だから「多くの視聴者が興味ある情報」を流すのだが、そうなると「どこも同じような」ものになる。
その反省が「今回も活かされてないなぁ」と思ったのが、それこそ「緊急事態宣言」で個人営業のお店など収入がなくて、苦労しているのだから、放送局も「スポンサーフィー」を度外視する取り組みがあってもよかったのじゃないだろうか?

●特別定額給付金
「国民一人あたり10万円を給付」が決まり早い自治体では5月早々から受付開始となった。
手順としては「自治体からの書類配布→申請→給付」というものらしいが、今の時代「ネットでも受付」にも対応。
ただし、そこで必要となるのは「マイナンバーカード」
まだ書類は届いてない(今の時点で、アベノマスクも届いていない)が、ニュースを見てて「ネットで申請してみようかな?」とやってみた。
PCからだと「ICチップ読み取り機器」がいるとのことだったので、スマホでやってみた。
例の「マイナンバーカード」の暗証番号やパスワードが必要で、一つ一つ丁寧にやってみたら出来た。
一応「申請受付」のメールも来たので、大丈夫だと思うが「ネットで受付」というのは、私のように結構日頃使っている人間でも大変だった。
それにしてもちゃんと「マイナンバーカード」を造っておき、パスワードや暗証番号も控えておいて良かったと安堵した。

●これからどうするかも未知の体験
自治体ごとにしろ部分的にしろ「緊急事態宣言」が解除されたのは良いことだろう。
最後まで残った関東圏と北海道も今日・明日には解除が始まりそうだ。
一部では業種によって要請が継続していたり、自治体の通達が2転3転したり、解除されていない地域の店舗なども営業を始めたりと「もう我慢できない状態」ということが分かる動きも見られる。

だけど、過去の歴史を見ると明治頃に流行した「スペイン風邪」は第3次までピークがあったと聞く。
これも巷では懸念されており、「これで元通りにするのは、危険」と随所で言われている。
現代は、スペイン風邪の時代よりも遥かに世界中の距離が縮まった「グローバルな時代」になっているが、そのような時代にこれだけの規模の感染症の拡大は初めてだ。
そのため「経済活動の再開」をどのように進めていくかは、国によってそして自治体などによって考えながらの進行になるだろうし、企業レベルでも「今後も含めて、どのような対処方法があるか?」とか、「せっかく始めたテレワークをもっと活かそう」など検討すべき課題は山積みだ。

ウチの会社なども、急に大量の「テレワーク」を実施したので、多くの課題が明確になったが、それを「そのまま」にしておかないことが大事だろうと思っている。
でも果たして関連部署がそのような「振り返りと再構築」という活動を考えているかは、甚だ疑問を感じる。
自分も含め「2020年コロナ禍」「今まではこうだった」から「コロナ禍以降のやり方」を構築するための「衝撃度の強いインパクト」で、国も政治家も企業経営者も、そして私たち一人ひとりも「篩(ふるい)にかけられている」出来事なのだと思っている。

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2020年2月17日 (月)

地上波TVの役割は変わったと思おう

ここ数年、TVで話題になることと言ったら芸能人の不祥事で「急遽、放送取りやめ」「代役で撮り直し」とか「番組終了」などが非常に多い。
いつ頃から多くなったのか記憶にないが、今ではそれが「当たり前」のようになって見ている側もあまり「特別なこと」と思わなくなった。
ただ、それは「見ている側」であって「制作する側」は、そういうわけにいかない。
特に地上波のバラエイティ系番組の場合、予算やスポンサーがあるため、どんどん「安全」になっていくが、メディアが異なるにしても同じ制作系に携わってきた立場として、その方向性はとても分かる。20200217

実際に、我々のような末端のメディア制作の場合でも「文章」「写真」「イラスト」にとても気を使う。
例えば会議シーンのイラストの場合、「議論しているのは男性社員で女性社員は飲み物の用意をしている」と言った昭和時代によく見られたものは、NGとなっている。
もう定年を過ぎ再雇用という立場でありながら、そんな環境の変化を仕事柄身近に感じてきているせいか、この「芸能人の不祥事→放送中止→安全でつまらない番組」の流れは、ちょっと「仕方ないかなぁ」と思っている。

ところがベテランと言われる芸能人(俳優や芸人などを含めて)の中で「最近の芸能界は窮屈でつまらない」と発言する人がいる。
私が見た限りでも、昨年末に亡くなった「梅宮辰夫」氏や1月に突然YouTubeに出た「島田紳助」氏、ほかにも「松本人志」「上沼恵美子」なんて人たちが、そんな傾向の発言をしている。
こちらも60歳を過ぎているので「まぁ、その通りだよね」と思っていたのだが、ちょっと振り返ってみたら「そんなに窮屈なら、そういうメディアに頼らなければ良いのに」とも考えてしまった。

先程名前を挙げた人たちが若い頃と現在とでは、情報を発信するメディアの種類は圧倒的に違う。
昭和時代前半には「映画」「雑誌」「新聞」「劇場」、後半には「テレビ」「ラジオ」と言ったところだろう。
特に後半の「テレビ」ラジオ」はスポンサーが出資しているために、私たちは基本的に「無料」で見たり聴いたりして楽しんできた。
それが令和時代では、「テレビ」だけでも「BS」「CS」「ケーブル」と多くの種類があり、「有料チェンネル」が増えている。そしてネットの発達によって「YouTube」「ネットTV」が格段に拡大してきている。

昔に比べて「窮屈でつまらなく」なっているのは、結局情報発信するメディアに「スポンサー」が付いているからで、特に地上波TVの場合は相変わらず「無料」で視聴しているため、ちょっと不祥事で「露出」が少なくなる。
だったらスポンサーの依存度が低く、見る側が「お金払ってでも見たい」と思うような「有料チャンネル」とか「寄席を始めとするライブ」「やりたいように」やればいいのではないだろうか?
それで儲かるかどうかは分からないが、「いろいろ問題があるけれど、あの芸能人の芸は面白いからお金払って見る価値がある」と思わせれば、きっと儲かるのではないかなぁ?

そして「地上波の無料のチャンネル」は綺麗事だけで、つまらない番組しかないって宣言してしまえばシンプルで分かりやすい気がする。
実際に若い人たちがあまりテレビを見なくなっているのは、そんなことを皮膚感覚で感じているからじゃないだろうか?

30代の頃に落語の「枝雀」さんが好きで何度か見に行ったことがある。
その流れで「春風亭小朝」を見た時には「とてもテレビでは流せないマクラ」を話しバカウケしていた。
実際に「落語好き」の人から「小朝の面白さはテレビじゃ分からない」と教えてもらった。
(先のマクラの話題は、今の皇后陛下である雅子妃の話だった)
こうやって、出演する側もメディアを選んでやれば「今は窮屈で面白くなくなった」ではなく「いろんなメディアがあるからいろいろなことが面白い」って言えるようになるのではないかなぁと思う。
「無料の地上波TVの役割は、確実に変わってしまった」とまずは芸能人が理解すれば「面白くなくなった」と言わなくて済むようになる気がする。

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2020年2月10日 (月)

映画公開の変化

私が生まれた街には映画館がない。
子供の頃にはいくつかあって、「ゴジラ」を始め怪獣映画をよく見に行った。
ただし田舎だったので、都会より半年遅れで上映されていた。
中学生になる頃には街にあった映画館はすべて無くなってしまい、どうしても見たい場合には電車に乗って他の街まで出かけていった。
働くようになってからは、みんなでクルマに乗って出かけ「オールナイト」で映画を見て、帰ってから麻雀するという「若いから出来る」強行軍なこともした。20200210

最近は「WOWOW」「スカパー」と契約しているので、話題になった映画は1年もすれば放送されるため、よほどのことがないと「映画館」まで出かけない。
それでも1年に1~2回は行くことがある。
そんな時思うのが「公開されて2週間もしないうちに上映ラインナップから無くなってしまう」ということだ。

今の映画館の多くは「シネコン」と呼ばれる複数のスクリーン施設を保有している。
昔と違って、すべて指定席だし、コンパクトだけれど座り心地が良く、前の人が邪魔にならない高さで、飲み物を置いておける快適なイスで、音響的もとても良い。
他にも3Dとか4Dとか、音だけでなく風も振動も体感できる設備もある。
当然、そういうデラックスな設備の料金は高いし、「大きなスクリーンで見られればそれでOK」「60歳以上のシルバー料金だし」と思っているので、普通のスクリーン設備で鑑賞する。

じゃ、同じ映画を朝から夜まで繰り返し上映しているかといえば、それは封切り後1週間位でやめてしまって、あとは早朝に1回とか昼に1回など選択肢が極端に少なくなる。
特に洋画の場合、どうしても「吹替版」が馴染めないので「字幕版」となると、さらに選択肢が狭くなる、どうも世間的には洋画は「吹替版」の方が多数派のようだ。
若い頃のように「早朝でも」とか「夜の時間でも」のように「どうしても映画館へ行って鑑賞したい」という熱量がなくなっているので、結果「まぁ、いいか」となり「WOWOW」「スカパー」で見ることになってしまう。

「シネコン」スタイルは、ネットで予約も取れるし、シルバー料金で安いし、何よりもどこで見てもちゃんと見られるから、すごく良いけれど、せめて2週間位は終日どこでも見られるようなプログラムにしてもらうとありがたい。
と言っているが、熱心な映画館鑑賞派でない私の意見など、きっとかなりのマイノリティなのだろう。こう考えると子供の頃の映画公開って、今とは全く違う状況だったことがわかる。
確かに映画をレンタル、ネット、専門チャンネルと多くの選択肢の中から選んで鑑賞する時代だ。
「シネコン」でも、同じ映画をずっと上映していくわけにはいかないのだろう。
こんなことでも時代の流れを感じる今日このごろだ。

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2019年12月 9日 (月)

アンテナ周りの整理整頓

我が家のテレビは「地上波、BS、WOWOW、スカパー」と贅沢なチャンネル・ラインナップになっている。
しかも「ケーブルテレビ」「ネットサービス」じゃない。
さらには、一人暮らしなのに「ブルーレイデッキ」が2台、そして「液晶テレビ」が1台と、これまた贅沢な状態なのだが、おかげでテレビやデッキの裏のケーブル周りは結構「ゴチャゴチャ」している。
さらにさらに、WOWOW歴やスカパー歴が長く、途中から使用しなくなった「BS/CSアンテナ」がベランダに設置20191209 されていて、外から見ると2台のアンテナが設置されている状態だ。

このような状態で、地上波もCSチャンネルもちょっと不具合が出た。
地上波の特定のチャンネルだけ電波が弱く、ギリギリ1台のブルーレイデッキ経由のみしか視聴できない。地上波のアンテナは、マンションの共同アンテナなので、自分で調整はできないし、そのチャンネルは元々電波が弱いこともわかっていた。
「何か解決方法はないか?」とネットで調べたら「ブースター」を取り付けると改善される可能性があることが分かった。
さっそく購入してきて、取り付けてみた。
「おお!他のデッキでもテレビでもアンテナレベルが向上した!」と一件落着した。

次は「BS/CS放送」
知っている人も多いと思うが、衛星放送は豪雨や大雪など天候によっては受信できなくなることがある。
近年、夏によくある「局地的な豪雨」などが来ると、全く見られなくなる。ここ1~2年その回数が多くなっていて、秋ぐらいからはCSチャンネルでブロックノイズが出るようになった。
「これはアンテナが問題かなぁ」と思い、まずはそちらから見てみることにした。
こちらのアンテナは自分の部屋のベランダに設置されているために、一応全部自分でできそうだ。

まず、「BS/CSアンテナ」の使っていない方を撤去。
あちこち錆びているし、ケーブルも外壁を回って部屋に来ているので、撤去するだけで2時間位掛かってしまった。
撤去中にアンテナを見たが、結構古く(10年以上になっているだろうか?)そろそろ替え時なのかもしれない。そう思って何気なくショップで見ていたら、もう「4K8K対応」となっている。
「そうかぁ、もうそういう時代なんだなぁ。そのうちアンテナもテレビもデッキも買い替えないといけないんだぁ」とちょっと憂鬱になってきた。

次に「BS/CS」のアンテナケーブルの接続を確認。
こちらも古くなっていて、特にデッキやテレビと接続するプラグ部分がかなり劣化してきている。
一応、抜き差ししてきちんと接続しなおして見たが、留守録で「アンテナ接続も問題で録画を失敗しました」と録画できなかったことが発生。
「こりゃダメだ」と新しい分配器やケーブルも購入。ついでもこちらも簡易的な「ブースター」も購入して、再接続。

一応アンテナレベルも向上したし、試験的に夜中に録画したが問題なかった。
これでしばらく様子を見るが、年末年始はテレビを見る時間も増え、特に「NHK、WOWOW、スカパー」などBS/CSにチャンネルを合わせることが多い。
これでダメだと、そろそろ4Kを念頭にアンテナやデッキ、テレビの買い替えを考えないといけないかなぁと思いつつ、今回のテレビのアンテナ周りの整理を終えた。

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2019年8月26日 (月)

残っていた北恵那鉄道の映像

7月の終わりの日の朝。20190826
いつものように出社前に新聞を見ていたら、TV欄に「岐阜の山奥に奇跡の廃線」との見出しがあった。
案内は鉄道マニアとして有名な俳優「六角精児」とある。
「もしかすると我が故郷のあの路線のことかな?」と思ったので録画予約して出かけた。
帰宅して観ると、やっぱりそうだった。
わが故郷に高校生の頃まであった「北恵那鉄道」

番組は、その廃線跡を巡るもので、最後に映った「奇跡の鉄橋」は、私が住んでいたところから、クルマで5分の場所にあるものだった。
20分くらいのコーナーだったが、途中流れたVTRは私の卒業した高校が制作した8mm作品だった。
動く「北恵那電車」、そして「私の街にあった駅に乗降する客」、子供の頃に見ていたシーンがそのまま映されて、どっぷりと懐かしさに浸った。

「北恵那電車」は「中津町から下付知」まで「付知川(番組では木曽川と言っていたが、本当は支流の付知川)沿い」を走る鉄道だ。
お袋の実家が途中駅である「苗木」だったので、小さい頃は良く電車に乗った。
子供にはよくあることで「大きくなったら北恵那電車の運転士なりたい」と思ったものだ。
ちなみこの「苗木」は、近年「苗木城」が有名になった。私の子供の頃は、石垣だけが残りウッソウとした荒れた城跡だったが。さらにこの「苗木」あたりは江戸時代には「遠山の金さん」で有名な藩だ。
今でもあの地方には「遠山姓」は多い。

子供の頃、車酔いが激しくて「車に乗って出かける」と思うだけで憂うつになる子供だったが、この「北恵那鉄道」は酔うこともなく楽しくて仕方ない電車だった。
もっともTV番組でも言っていたが「時速40km」でゴットンゴットンとゆっくり走っていたので、酔うほどのことはなかったが。
山並みを縫うように線路があり、そこを1両か2両で走る。
小さい頃は、年に1回「くりもと」というところに家族全員で出かけ、付知川で泳いだりして1日楽しむことが恒例行事だった。
この「くりもと」もTV番組で「廃駅」として出てきて、当時の写真も映され、懐かしさ倍増だった。

私が高校卒業する頃までは存続していたので、付知方面から通学してくる同級生はみんな「北恵那電車」に乗っていた。
お袋の妹である叔母は「北恵那電車は昔満員だった」と小さい頃話してくれた。
真偽は不明だが、その叔母によると「登り坂で電車が停まりそうになると、男子学生が外に出てみんなで押していた」というから、全くのんびりした時代だし、TVで言ったように「日本の原風景」だったことは確かだ。

私の卒業した高校が制作した8mmビデオが「YouTubeにないか?」と探したらあった!
制作年を見たら、私が卒業したすぐあとに造られていた。
よくぞ残してくれたものだ。
そして、こういうものがネットを通して観られるなんて、とても幸せな時代である。
やはり映像はすごい。一瞬にして50年以上前の風景が記憶に蘇る出来事だった。

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2019年8月 5日 (月)

今年のモータースポーツは面白い

最近は、とんと話題に載せないが、一時期モータースポーツ観戦は「趣味」と言っていたくらい、頻繁に出かけていた。
私の住んでいる地方からクルマで1時間半くらい行けば、有名な「鈴鹿サーキット」に着く。
当時でそうだったが今は「新東名高速道路」も出来たから、もっと速く行けるかもしれない。
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その頃よく遊んでいた仲間が、みんなモータースポーツ好きだったせいもあり、ある年など毎月のように「鈴鹿サーキット」に出かけていた。
「F1」はもちろん、バイクの最高峰レース「WGP」や有名な「8耐」、その他にもいろんなレースを、予選から見たりした。
転職やいろいろな理由で、その頃の仲間とは疎遠となり、さらに年齢的にもきつくなったので、最近はサーキット場に出かけないが、それでも興味はある。

なので、機会があればTV観戦したり、ネットの情報を読んだりするが、今年はなかなかモータースポーツが面白い。
「F1」はホンダのエンジン(今はパワーユニットと言うが)供給チームが表彰台に上がったり、優勝したりすると一般のニュースにも取り上げられるので知っている人もいるだろうが、そんなニュースを見ると、ちょっとソワソワする。
「F1が面白そうだなぁ」と春先くらいから思っていたら、他のレースも今年は面白い。
たまたまTV放送(BSだけど)でやっていたので観ていたら、ラストにとてもドラマチックなレース展開を目撃した。

●インディ500
「インディ500」は有名なアメリカのレース。
オーバルと呼ばれる楕円形のコースをひたすらトップスピードで500マイル疾走するレースだ。
今年は、ラスト20周で大きな事故があり、一時「赤旗中断」となった。
日本人ドライバーの佐藤琢磨選手は、前半最下位近くまで落ちるが、ここまで徐々に上がっていた。
そしてレース再開。
リスタートの混雑の中、うまく佐藤琢磨選手が上位に入り、あっという間に3位に。
実況は「佐藤が!」と絶叫していたが、それよりも1位と2位のトップの取り合いが無茶苦茶面白く、チェッカーフラッグが振られるまで、どうなるか分からないレースだった。

●鈴鹿8耐
これはバイクレース。
鈴鹿サーキットを8時間走り続ける「超有名な」レースだ。
ライダーは2~3名で交代するが、レースする方も観戦する方も暑い夏の中「耐久」しなくちゃいけない厳しいレースだ。
これもBSでやっていたのでTV観戦したが、ワークスと呼ばれるホンダとかヤマハ、カワサキなどバイクメーカーのチームの力が拮抗していて、この3チームがトップを争い続けるという面白い状態だった。

この8耐では名物だが、日没後の薄暮から暗くなっていく頃には、いつもレースの大勢は決まるのだが、今年は違った。
カワサキのライダーが猛追し、逆転。
「これでカワサキが超久しぶりの勝利だ」と思っていたら、他のバイクがエンジンブロー(エンジンが壊れること)。
このバイクも「世界耐久」のチームで、このままなら年間優勝が決まるはずだったが、残り数分でエンジンが壊れた。

またコース上に部品が落ちていて、これに乗り上げたバイクが転倒、そのすぐ横をトップのバイクがギリギリで通り過ぎるという紙一重の場面。
さらにエンジンブローしたバイクがしばらく走ったために、コース上にオイルがバラ撒かれる。
TVの解説は「これは危ないから、セーフティカーを入れた方が」と言っていたが、まもなく8時間のゴールになりそうになり、トップのカワサキが「ラスト1周」に突入。

「あとは慎重にゆっくり1周すれば優勝だ」と思って観ていたら、なんとオイルに乗ってトップのカワサキが転倒!その直後に「赤旗中止」となりレースは8時間を超えて終了した。
「えっ、結局どこの優勝?」と思ってしばらくTVを観ていたら、20数秒あとを走っていた2位のヤマハが優勝との発表。
どうやら「レース終了後、5分以内にバイクが戻っていない」という規定で、カワサキは失格になったとか。
でも「赤旗中止の場合は、その直前までの順位で」というルールもあるんじゃない?と思って、その日は終わった。

翌日ネットで観ていたらカワサキから抗議があり裁定は覆ったとあり「20数年ぶりのカワサキ優勝」は達成されようだった。
最後はちょっと後味が悪かったけれど、レース自体はものすごく面白く「またいつかレース場に行こうかな」と思わせる内容だった。

F1がブームだった時、イタリアのレースで「孫を連れたお爺ちゃん」がレース観戦に来ていたシーンがTVに映り「あんな年齢になってもレース場に行けたら良いなぁ」と思ったことを思い出した。
面白いレースを観ると、やっぱりちょっとウズウズするが、これからもこんな面白いレースが続くとイイなぁと思う今年のレース状況だ。

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2019年7月 8日 (月)

山口百恵

令和になって2ヶ月以上経ったが、昭和の時代の話。
最近、ちょくちょくこのブログに出てくるインターネットラジオの「J-POP sakura」20190701   

懐かしいJ-POPが流れるので、仕事をしながら聞いている。
そこで「この曲良かったなぁ」と思い出されることが多いのだが、今回の「山口百恵」もその一人。

言わずと知れた「伝説の歌手」なのだが、どうしてもこの人の「代表曲」は後半のものが多い。
特に引退が近づいた頃の「秋桜」「いい日旅立ち」などが、彼女を紹介する時に使われるが、どうも個人的には違っている。

引退後、キルトの世界で有名になったし、息子たちが芸能人になったで、話題に事欠かなないが、なにせ本人は一度も公の場に出ていないので、余計に「伝説化」されてしまっている。
彼女が登場したのは、多分私が高校生の頃。
有名な「ひと夏の経験」は多感な年頃だった私たちには衝撃だった。
「あなたに女の子のいちばん大切なものをあげる」
こんな歌詞を中学生の女の子が唄っちゃっていいの?と思ったものだ。

その後、彼女はどんどんビッグになり、途中からは「宇崎竜童・阿木燿子」コンビの曲を立て続けにリリースし、不動の位置を確保した。
「宇崎竜童」という人には個人的に想いが強く、想い出もある。
「ダウンタウン・ブギウギ・バンド」で少し売れ始めた頃に、何回かライブに行った。
まだ駆け出しだった彼らは、ライブ後電車に乗って移動しており、偶然同じ電車に乗り合わせたこともある。

当時「宇崎竜童」は気に入っていたアーティストだったので、その曲を「山口百恵」が唄うというのはとても驚いた。
どうやら彼女自身の希望で、曲を書いてもらうようになったらしいが、それまでの歌手は「与えられたものを唄う」ものだったのに、この人の登場から「歌手からのリクエスト」で作曲者が決まるということが起きるようになった。

YouTubeなどで、彼女の初期の頃の曲を探してみた。
「禁じられた遊び」「青い果実」「ひと夏の経験」
「冬の色」「夏ひらく青春」「白い約束」
などなど「作詞:千家和也(つい先日、6月13日亡くなっていたとネットに発表されたが) 作曲:都倉俊一あるいは三木たかし」あたりの「ザ・歌謡曲」的な山口百恵が懐かしい。
山口百恵の声も10代で若々しいなぁと思ったが、芸能人ってのはある意味気の毒だ。
何年経っても、若い時の「声や歌や姿」がずっと残ってしまう。
これが自分だったら、とても恥ずかしくて見られない。
芸能人の場合は、そうでもないか?

昭和の伝説的歌手・山口百恵。やっぱり今でも輝いている気がした。

 

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2019年6月17日 (月)

ゴジラ キング・オブ・モンスターズ

一部のコアなファンの中では、昨年から「どんなのだろう?」と話題になっていた。
ハリウッド版「ゴジラ」の第2弾だ。20190617
このブログでは、たまに「ゴジラ」関連のことを書く。
2014年7月に「ゴジラを考える」、2012年9月「特撮博物館に行ってきた!」、2007年11月「FavoritesNo.21 ゴジラ伝説」、そして2006年2月「伊福部昭さん」などなどだ。
ここから先は、かなりディープな話になり、「ゴジラ」「ガメラ」「怪獣映画などの基礎的な知識がないと分からないと思います。ごめんなさい。

今回特に楽しみにした理由は「キングギドラ」「ラドン」「モスラ」といった東宝怪獣系の王様クラスが出るということだった。
「ゴジラ」を含めて、この4大怪獣が激突したのは「三大怪獣 地球最大の決戦」。ちなみに4つの怪獣が出るのに「三大怪獣」というのは、地球の三大怪獣であり「キングギドラ」は宇宙怪獣なので、外れいているそうだ。
この「キングギドラは宇宙怪獣」という設定は、今作にも踏襲されていた。
事前に今回の監督は、かなりの「ゴジラおたく」であるとも聞いていて、それも期待度を高めていた。

●映画における音楽の力を思い知った
これも事前に「一部で伊福部昭氏の音楽が使われる」と聞いていたが、実際に映画としてのシーンの中に「伊福部昭氏」の音楽が流れると、格段に「ワクワク度」が上がった。
「映画の中の音楽の力って、こんなにスゴイんだ」と感心しきりで、特に「モスラ」登場のシーンでの「モスラ」の音楽は、鳥肌がたった。
また「ゴジラ復活」のシーンでの「ゴジラのテーマ」も、もう拍手したい気持ちになってしまった。
しかし、いかに「伊福部昭」という人が「映画音楽」というものを熟知して作曲していたかを、ゴジラ誕生後65年も経ってから、改めて思い知らされた感じである。

●エンドロールの最後に感涙
エンドロールの最後にゴジラの着ぐるみに入っていた「中島春雄さん」の写真を載せ、彼へのリスペクトを表していた。
思わず「おっ」と言ってしまい、そしてちょっと泣きそうになった。
ちょうど、この映画公開にあわせ缶コーヒーのBOSSが「顔の映らない主役」という特別なCMを作ったが、まさに彼のことだ。
日本では、かなりコアなファンしか「中島春雄」のことを知らないが、アメリカでは「スーツアクター」として、とても尊敬されていたと聞いたことがある。今回のエンドロールは、そのことを十分に分かる演出だった。

●怪獣登場の脚本力の違い
映画としては全体的にとても面白かった。
でも、なにかが足りない気がして気になったのだが、映画館を出て思った。
「荒唐無稽」な怪獣映画だけれど、私が見てきた初期の怪獣映画や、平成ガメラシリーズと圧倒的に違うのは、脚本なんじゃないか?と。
日本の場合、日常的な出来事の積み重ねがあって、全く歯が立たないと分かっていても自衛隊は攻撃するし、住民が避難するシーンは、必須である。
「シン・ゴジラ」が評価されたのも、人命に対する考えや日常的な生活を積み重ねていて、最後の怪獣部分だけが「荒唐無稽」な物語にしている。
この実際にある「現実感」の積み重ねが、この映画は希薄な気がする。
ま、そんなことをすれば、3時間以上の長時間映画になってしまうから、仕方ないのかもしれないが。
「モナーク」はともかく「オキジェンデストロイヤー」なんて、コアなファンしか分からないのが突然出てくる辺り「ゴジラファンのためのゴジラ映画」と言えなくもないが。

次には「キングコング対ゴジラ」のハリウッド版が予定されている。
生まれて初めてみたゴジラ映画が東宝の「キングコング対ゴジラ」だった思い入れの高い作品なので、今回以上に期待が膨らんでしまっている。

 

 

 

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