2018年2月13日 (火)

英雄たちの選択〜新春スペシャル「幕末ヒーロー列伝 これが薩摩藩の底力だ!」

前回同様、今回も正月に見た番組の話。
この番組はここ2~3年何度か取り上げているが、磯田氏の思いや狙いがうまいのか「なるほど」と思うコメントを聞くことが多い。
昨年で再雇用になり、次世代の社員たちが新年度やこれからの活動を計画しているが、それを見て「こういうことも知ると良いのに」と思ったので、今回取り上げた。
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「英雄たちの選択~新春スペシャル『幕末ヒーロー列伝 これが薩摩藩の底力だ!』」は、今年の大河ドラマが西郷隆盛を取り上げているので、その関連と言う感じの特番だった。
内容はともかく、印象に残った言葉を紹介したい。

■時代を変える三要素=よそ者、若者、ばか者
ネットで調べると賛否両論あるようだが、個人的には「一理ある」と思った。
特に「よそ者」に対しては実体験もあるし、30代後半から感じていたことだ。

今の会社の子会社にいる頃、ある案件の会議に出席し、ちょっと辛らつな意見を言った。
その時、私は「子会社のスタッフ」なので、ある意味「よそ者」だった。
だから、目上の人も私の意見に「耳を傾けて」くれた。

でも、子会社から転籍した後、同じような場面で同じようなことを発言したら「君は誰に対してモノを言っているんだ」と一蹴された。
日本人は、自分を謙遜して話す。
それが企業間にもあって、他の企業から言われると「本当にそのとおり。勉強になります。」と言うが、自分の会社の目下のものが言うと「君は分かっていないよ」と鼻で笑う。

だから企業の体質や考え方などに変革させるには、やっぱり「よそ者」でないと意見も述べられない。
あとの「若者」「ばか者」は、変革させるためのエネルギーや怖いもの知らずの部分であり、これも社内の人間がやると、「ちょっと面倒なやつ」というレッテルを貼られてしまう。
だから「よそ者」という武器は、変革には絶対に必要なのかもしれない。

■見晴らしが良い場所に立つのが必勝
これはある意味、当たり前。
特に戦国時代の戦(いくさ)を見れば分かるように、俯瞰で状況を確認しないと勝てない。
でもビジネスの世界ではなかなか難しい。
どうしても目先のことで判断してしまう。
「今期の売り上げはどうか?」
「利益はあるのか?」「無駄な投資じゃないのか?」
などなど、全然「見晴らしの良い場所」で検討していないことが多い。

ビジネスの世界での「見晴らしの良い場所」とはどこだろう?
そこに気づいたものが、経営的な勝者になるのだろう。

■スタッフと指揮官は違う能力
最後は、やっぱり自分も振り返って感じたこと。
このブログでも同じようなことを何度か書いた記憶がある。
技術力がすごい人が、すごい経営者ではない。
素晴らしい開発者が、素晴らしい経営センスがあるとは限らない。

一番すごいのは「自分の能力を分かって、足りないものを他人で補填する」人。
具体的は、「本田宗一郎」氏がそうだろう。
「俺はエンジンのことは分かるが、経営の事は分からない」といって生涯のビジネスパートナーとして「藤沢武夫」氏を選んだことは、とても有名だ。

会社員としては一線から外れて始めているが、こんな番組の中のこんな言葉には敏感でいたいものだ。

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2018年2月 5日 (月)

映画「ヤクザと憲法」

1ヶ月以上経ってしまったが、なかなか「考えさせられる」内容だったので、備忘録的に記録することにした。
本来は私の住む地方のローカルTV局ドキュメント番組で、その番組自体は2015年放送のものらしい。
それを再編集して、『ヤクザと憲法』として2016年に公開された。
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その映画版を正月休み中に地上波で放送していたので見た。
最初は「本当のヤクザの姿って、どうなんだ?」「よく事務所で撮影させてもらたなぁ」と興味半分で見始めたが、途中から「世の中の表裏の深い問題」を見せられた気がしてきた。

ドキュメンタリーなので、やはりある特定の組の事務所を定点的に記録している。
一般的には「ヤクザは人に迷惑をかける人たち」と思っている。
なのに、なぜか今も若い人たちがヤクザになりたがる。
なぜか?

高校生の頃から入門を希望し、親分に諭され卒業してから事務所に住むようになった若者が言った。
「ここは、自分を受け入れてくれる」
「学校では自分を受け入れてくれる場所はなかった」

キレイ事のように「みんな仲良く」「いじめはやめよう」と言っても毎年毎年「いじめ」が原因で自殺する子供がいる。
自殺しなくても「自分の居場所」を見つけられず、誰にも手を差し延べられない子供たちはたくさんいる。そんな子供たちの最後の受け皿に「ヤクザ」はなっている場合もあると、彼の言葉は言っているような気がする。
ちなみに、ヤクザ側から子供たちを誘ってはいない。逆に思い直すように、一度は帰している。

そして映画のキャッチフレーズにある「ヤクザには人権はないのか?」
ヤクザの家族ということで、普通の生活が出来ない。
「銀行口座が開けない」
「クルマや携帯電話が購入できない」
そして「保育園、幼稚園に入れられない」

この状況を親分が説明した後に画面は、「日本国憲法基本的人権」の条文が映される。
ヤクザ本人は、ある意味法律外のエリアで生きている人たちだから「人権はないのか?」と言われると「ないかも」と思わないではない。
でも家族はどうなのか?
家族と言うだけで「生活のあらゆる利便性や権利」を剥奪していいのか?

今、私たちはいろいろなところで「反社会的勢力に関する覚書」に署名・捺印している。
自分自身がヤクザとは無縁だから気にしていなかったが、あのおかげで「普通の暮らし」が出来なくなっている人がいるのだと、改めてその署名・捺印の重要性に気づいた。

「じゃ、ヤクザをやめればよい」
と簡単に片付けるには難しい。キレイな社会では「自分の居場所」がない人はどうやって生きればよいのか。そんな重い課題を見せられた気がした。

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2018年1月22日 (月)

バトンを渡す~TSUKIZIワンダーランド

先週に引き続き年末に見た放送の話。
題名は「TSUKIZIワンダーランド」

80年の歴史を有する築地市場。「築地は単に魚を売っているだけではない。仲卸をはじめとする食のプロフェッショナルが介在し、豊富な情報や商品知識を取り扱っているのだ」という視点から、セリの現場や料理人の仕事、食育の様子の取材や開場当時の秘蔵映像を交えて、さまざまな角度から築地を見つめる。撮影期間は2014年3月から2015年6月までの1年4ヶ月間(総撮影日数143日)、総撮影時間602時間。取材人数は仲卸人81人を含む153人に及んだ。(ウィキペディアより)

20180122_2この映画で初めて「仲卸」の役割を知った。
私たちは「仲卸は、新鮮でよい魚を選ぶ目がある人」と思っていたが、そうではない。
自分の顧客のニーズを知り尽くし、その「ニーズにあった魚かどうか」を見極めるのだそうだ。
だから「仲卸」「顧客」は絶対的な信頼で結ばれており、「顧客」は信頼する「仲卸」「良い」と言って仕入れた素材を信じて購入するのだそうだ。

今、日本のビジネスは「グローバル」的になり「どのような契約なのか」が大事になり、「築地」で繰り広げられている「信頼」をベースにしたようなビジネスは、滅びつつある。
ある意味では「築地市場」は、最も「日本らしい」ビジネスが展開されている場所でもあるようだ。

その映画の中で、確か寿司屋の人だったと思う。
「漁師から仕入れ、運送、卸、仲卸と人を繋いできて、最終的にお客様にバトンを渡す我々が、ヘマをして価値を下げるようなことのないように、細心の注意を払っている」と話していた。

この言葉、わが社の営業に聞かせたい・・・・。
まぁ、ウチの会社だけでないけれど、どんな企業でも分業化されていて、「自分たちの領域」だけの事ばかり気にするが、本当は「最終的な消費者がどう感じるか?」なのだと改めて胸に響いた。

今は、みんな忙しく、つい手元を見ることばかり夢中になるけれど、「信頼」が大きな幹となって成立している「築地市場」だからこそ、本当に大切なものは「何か?」を忘れていないのかもしれない。
IT化とかAI化とか、効率的なこともどんどん進めなくちゃいけないけれど、「大切なもの」を落としていかないか・・・・再雇用の身分だけれど、ちょっと心配な今日この頃だ。

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2017年12月18日 (月)

樹木は生えていた方向で使用しろ

今私が業務している社屋は昭和30年代の半ばに建てられた。
ここ数年「そろそろ耐久年数が」と言われているが、私の好きな趣味の世界で言えば、戦後に復元された城(天守閣)も同じような状況にある。
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最近話題になっている「名古屋城天守閣」も同じ耐久年数の関係で、「入場禁止」の動きもある。
鉄筋コンクリートの建物の耐久年数は5~60年らしい。
ところが「現存12天守」「法隆寺」「東大寺」など木造建築の方が今も建っている。
もちろん姫路城のように解体して修復して再組み立てすることができるのは木造建築の特徴でありメリットのようだが、それにしても木造建築のほうが鉄筋コンクリートよりも遥かに耐用年数が長いというのは面白い。

だから名古屋城の天守閣木造建築復元には基本的に賛成だ。
「そんな予算は高すぎる」とか「今、その必要があるのか?」など反対意見があるようだが、きちんと復元すれば、鉄筋コンクリートなんかよりも長く保てるのであれば、却って安いのではないかと思う。そして木造建築の技術も後世に残すこともできると思う。

11月のある休日にNHKアーカイブ「あの日 あのとき あの番組」という番組で「よみがえる大伽藍~薬師寺 復興事業50年~」を放送していた。
放送は1976年だから今から40年以上前の番組だが、この時の棟梁「西岡常一」が唯一弟子に教えた言葉を聞いて「なるほど」と感心した。
「樹木は生えていた方向で使用しろ」

これは、自然の材料は建物になってからも生きているということを、十二分に知っているからこそ言った言葉だろうと思うが、この言葉の中に、自然から得た材料の素晴らしさを言い表しているのだと思う。
実際には、自然の材料それも状態の良いものを使用して建築するのは、本当に高額で一般には手に届かない。
日本の気候に合う建物は、床下の通気を良くして、湿気が滞らないようにして、そして障子やふすま(木や紙)で呼吸し、土壁で乾燥や湿度を調整できるものが一番良いのだそうだ。
実際、土壁で家を作るとしたら、塗って乾燥させてととんでもなく時間を掛けないといけないから、お金も期間もどっちも超贅沢な状態でないと実現不可能だ。

ただ、何でもデジタルでお気軽に、そして低コストで創作できるようになった分、大事な「すごさ」を失っている気がする。
これは建物だけでなく、職人という人たちが携わってきた仕事のすべてに言えるのではないだろうか?
私の出身である「デザイン」も、時間とお金の掛かるものは出来なくなってきて、そういう意味でちゃんと考えるデザイナーが少なくなっている状態だ。

「樹木は生えていた方向で使用しろ」
今こそ、この言葉の意味を、しっかりと考えて捉えておく必要があると思うのは、私だけなのだろうか?

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2017年5月 8日 (月)

殿、利息でござる!(無私の日本人)

またまた磯田道史氏のネタ。
タイトルにあるのは、彼の原作を元にした映画タイトル。
最近のブログにやたらと登場する「磯田道史氏」だが、実は彼の著書を読んだことがない。
この話も、最初は映画を見た。20170508_musinonihon

タイトルを見てわかるように、内容も結構コミカルで、どっちかというと「超高速!参勤交代」みたいな感じの映画だと思って見始めた。
ところが後半になるにつれ「日本人のDNAに触れるような」話だった。

「原作があの磯田さんだし、原作はどんななのかな?」
そう思って本屋に行き「無私の日本人」を購入して読んで見た。
「物語」として進んでいくのかと思い読み進めると、途中から時代背景などの解説があり、さらにそれが「今の日本とどう関係があるか」を説明する、ちょっと独特の流れで話が進む。
ある意味テレビなどで見る「磯田さん」らしい本の書き方だった。

映画でも出てくるが「お上に意見を述べるときにプロセスの複雑さ」は、原作にも出てくる。
磯田さん曰く、これは、江戸時代に確立された「決定プロセスの複雑化」なのだそうだ。
そして、なぜこうなったかと言えば、戦国時代が終わり平穏な江戸時代となり、武士が余るようになり、「いかに多くの人に働く場所を提供するか?」を考えた末に、決定プロセスが複雑になったと言われている。
さらに奉行所や老中の仕組みを見ると分かるように、「南町・北町」といった同じ機能を持つ組織を複数作り「どこが決定したか?」が分かりにくい形になった。

これは今の日本でも続いており、おかげで「責任の所在が、とても不明確な構造」を持つ国になった。
幕末に「開港」の交渉にやってきた外国人たちは「幕府と交渉するのか?」「帝の許しがなぜいるのか?」と振り回され、最後には圧力をかけて決定を促したと言われる。

磯田さんの「無私の日本人」には、他にも話が掲載されておりどれも面白かった。
なかでも、日本の宗教観「先祖教」は、とてもフィットする解説だった。

日本の宗教観は、「特定の絶対神」でなく、自然を含めた八百万とそして先祖を崇めるのは、「つながり」に対する感謝が根底にあると解説されていたが、だからこそお盆やお正月や、そして何か大切なことがあると墓参りに行き、先祖に報告と感謝をする日本の習慣が理解できる。

この「無私の日本人」を読むと今の日本人が日本人である姿にしたのは、江戸時代に構築された制度だったり習慣だったりが大きく影響していることが分かる。
そう言えば、幕末に日本に来た外国人たちは「この国の人々は、とても貧困だが、いつも笑顔である」と話したと言われている。
財布が戻ってくる国になったのは、きっと江戸時代に作られた日本人だからだろう。

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2017年5月 1日 (月)

英雄たちの選択~大村益次郎の回で感じたこと その2

前回の続き。
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の前に、この「大村益次郎」という人、20代に司馬遼太郎さんばかり読んでいた頃に知った。
「花神」という小説(昔々、大河ドラマになったようだ)で、この人が主人公で「一般の志士」とは違う面白さで、とても記憶に残っている人だ。
小説では「大村益次郎」という名より「村田蔵六」時代が長く語られたので、こちらの名前の方が「ピン!」と来る。
この小説を読むと、なぜこの人の像が「靖国神社」にあるか、とても良く分かる。

「一般の志士」と違う面白さ。
さっき、そう書いたが、この人には「幕府を倒そう」とか「政権を朝廷に」とか「攘夷」とか、志士にありがちな「思想」に基づいて活動したわけではない(少なくとも「花神」では、そんな感じで書かれている)。
元々は医者なので、西洋の進んだ学問や技術に強烈に「知りたい・学びたい」欲があり、その実践として幕末・戊辰の戦略に関わったに過ぎない。

この人は、「当たり前です。勝てるように考えてあるのです。」という熱い思いを胸に抱く志士には不愉快な言葉を、普通に言ってしまう。
多分、今、自分の周りにいたら「嫌な奴」だと思う。最終的にはそんな周囲の感情によって殺されてしまうのだが。

さて、本題。
この人が西洋から学んで実践したのが「散兵戦術」
当時の武士の「みんなでわ~~~って攻めていく」戦い方ではなく、現代の軍隊のように「小隊制」で、目的を1つに戦い方を小隊にある程度任せる。ざっくり言うと、こういうことらしい。

番組中、この「散兵戦術」の話の時に、中野信子さんが「その場合、小隊がかなり訓練されて、優秀なリーダーでないと勝てなくないですか?」と質問した。
答えは「その通り」であり、しっかり訓練され、優秀なリーダーが必要で、それぞれの小隊が「自立」出来るだけの力がないと「散兵戦術」は成立しない。

この答えを前回の「会社を生活の場と考えるか?会社を自己鍛錬の場と考えるか?」のように「会社」に当てはめるとどうなるか。
やっぱり「社員教育」「優秀な管理職(の育成)」がとても重要だと分かる。
そして、さらに重要なのが「自立」になる。

あまり言いたいことではないけれど、若い人を見ると「指示待ち」もしくは「確認待ち」が多く「自立」している感じは薄い。
でもそれは、半分は「会社という仕組み」がそうしていて、中途半端に「権限」を与え、ある時は「自分で考えろ」、ある時は「自分勝手な判断をするな」と言う。
この矛盾した命令の中で兵隊たちは困惑してしまう。
もちろん一番重要なのは、上司の矛盾が「実は適切な状況判断」が加味されていることに気づくことだが、それは、経験がないとなかなか難しい。

この問題は、日本中のどの会社にもある課題だが、この「散兵戦術」の構築の中に、解決の糸口があるのじゃないかと、番組を見ながら思った。
2回に渡って書いてきたが、今回の【英雄たちの選択~「大村益次郎『武士よさらば 大村益次郎 常識を破壊する組織革命』」】 には、学ぶべき話や共感できる話が多かった。

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2017年4月24日 (月)

英雄たちの選択~大村益次郎の回で感じたこと その1

またまた「英雄たちの選択」の話題から。
ここ2~3年の中で、一番楽しみにしている番組でもあるので仕方ないかもしれない。

この番組の3月の放送で「大村益次郎『武士よさらば 大村益次郎 常識を破壊する組織革命』」 があったが、なかなか面白かった。
そしていつも以上に磯田さんのコメントや中野さんの解説がとても面白く、「そうか、そうだよね?」と今の自分の周辺で起きるいろいろなことへの「答え」のようなものを感じ、2回に分けて書くことにした。
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ちなみに「大村益次郎」とはウィキペディアでは、こう説明している、
幕末期の長州藩の医師、西洋学者、兵学者である。維新の十傑の一人に数えられる。
長州征討と戊辰戦争で長州藩兵を指揮し、勝利の立役者となった。太政官制において軍務を統括した兵部省における初代の大輔(次官)を務め、事実上の日本陸軍の創始者、あるいは陸軍建設の祖と見なされることも多い。靖国神社の参道中央に像がある理由もこのためであるとされる。元の名字は村田、幼名は宗太郎、通称は蔵六、良庵(または亮庵)、のちに益次郎。

今回の言葉はこれ。
「会社を生活の場と考えるか?会社を自己鍛錬の場と考えるか?」

これは、磯田さんが幕末の旗本を中心とする幕閣たちと大村益次郎のような種類の人間との差を言い表したコメント。
当時の幕府(大老・阿部正弘を代表として)の武士は、代々家禄の受け継いでおり職場を「家禄をもらうための生活の場」として考えていて、吉田松陰や大村益次郎など西洋の技術にいち早く着目した人たちは、社会を「自己鍛錬の場」としていたという解説だ。

このコメントは、とても私には刺さった。
最近、少しご無沙汰気味だが、古い友人の「揚巻」さんが40年以上前に私に話してくれたことがある(覚えているだろうか?)
「毎日8時間働くとしたら、1日の1/3は働くから、好きな仕事に就く方が良い」

まだ10代の終わり頃だった私は単純に「そうか!」と思う反面、「でも、お金も欲しいよね」とも思った。
なので、今の職業に落ち着くまで、いろいろな仕事に就いたが、どうやら私は「つまらない仕事をお金や遊びのために我慢して勤める」タイプではないことに気付いた。

それから40年、紆余曲折あって、時に温泉旅行に出かけるくらいの暮らしが出来るだけの収入を得られるようになったが、やっぱり私にとって「会社は自己鍛錬の場」の方に重心があると気づいている。
磯田さんのコメントのように「全面的に自己鍛錬と思っているか?」と問われれば、少しうつむいてしまうが、胸を張って「生活のためだけで働いているわけじゃない」と言うことは出来そうだ。

そう、磯田さんのコメントのように、社会には多くの種類の考え方で物事に取り組む人たちがいる。
そして、その人たち全ての胸の中に「正義」があって「損得」があって「思想」がある。
そんな複雑な中で、自分も見失わないように生きていくことは、とても大事で、大変なことだと、やっと最近わかるようになった。

そして、それは今始まったことでなく「歴史を見ていくと今の課題が紐解ける」という磯田さんがいつも話すことだが、今回は本当にその言葉が胸に落ちた。

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2017年3月27日 (月)

Favorites=世界!ニッポン行きたい人応援団

「和風総本家」(テレビ大阪) のことをこのブログで紹介したのは、今から9年前の4月だった。
ブログで書いた頃はまだ始まったばかりで、「どうなるのか?」的に書いたが、その後、世界的に「日本ブーム」になった。
この時には「和風ブーム」と書いたが、その意味ではこの番組は「日本ブーム」の先駆け的だった。
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その後、「日本に観光に来る外国人」が増えに増え、「インバウンド戦略」なる言葉も、我々レベルでも良く耳にする時代になった。
そのおかげなのか、ここ数年「海外から見た日本」を紹介する番組が増えた。
「世界が驚いたニッポン! スゴ~イデスネ!!視察団(テレビ朝日)」
「YOUは何しに日本へ?(テレビ東京)」
「所さんのニッポンの出番(TBSテレビ)」

また最初に挙げた「和風総本家」 でも「世界で見つけた Made in Japan」などの回には、海外のユーザー目線で日本の道具などを紹介する。

そして、1年くらい前から、私がとても気に入っている番組がある。
これもやはり「テレビ東京」系で、最近このチャンネルは本当に面白い。
他のチャンネルが大事件の時に、一斉に同じような報道番組になるのに、このチャンネルだけは通常番組を流すように徹底した独自路線で有名だ。
その「独自性」が、今はとても良い方向に向かっているのだろう。
その番組は「世界!ニッポン行きたい人応援団」

これらの番組で共通するのは、私たち日本人自体が「へぇ~~そうだったのか!」の日本文化の再発見に気づく点だが、この番組は、そこが徹底している。
まず、海外の人の「日本のモノLOVE」をプレゼンテーションしてもらう。
毎回、そのシーンを見るだけでも面白い。
インターネットだけの情報から、味噌を作ったり、藍染めしたり、鎧兜を作ったり、もう「日本の伝統」に対して「LOVELOVE」を一生懸命熱弁を振るい、そして「ぜひ日本へ招待して!」と呼びかける。

先に挙げたような「日本の伝統」とか「独自の道具」などは、その職人さんが(しかも業界トップクラスの)外人さんをもてなす。
2月初めに放送された盆石が大好き!なアメリカ人男性をご招待! の回では、開場前の「竜安寺」の枯山水の見学を「サプライズプレゼント」として招待する。するとそこに粉雪が舞い、招待された外人さんは、静かに感涙を流す。
「日本人じゃなくても、この静寂と枯山水の世界は感動するんだなぁ」と思わず一緒に涙が浮かんでしまった。

そして、こんな回もある。
「ニッポンに行きたい」のは、ポーランドの12歳の女の子。
この子のLOVEなものは「錦鯉」「フグ」
そして「“錦鯉”愛すポーランド小学生ご招待!!納涼2HSP」 としてニッポンにやってきた。
もう鯉を見るたびに「Oh~~Koi」と叫び、普通の人が知らないような模様によって種類として「紅白」「大正三色」「昭和三色」などなど、もの凄い「錦鯉知識」見せてくれる。

またまた「たい焼きLOVE」なロシアの女性を招待した「“たい焼き”愛してやまないロシア美女ご招待!!」 も面白かった。
数枚一緒に焼ける鉄板で作ると「養殖」と呼び、昔ながらの1枚ずつ焼く場合は「天然」と呼ぶとか、見るたびに日本のことなのに、「へぇ~~~」と思うことがたくさんある。

どの回も共通するのは、向い入れる日本人側がとても良い人が多く、そして親切なことだ。
最後にはとびっきりの「お土産」をプレゼントする。先の「たい焼き」など、彼女が訪れた鋳物工場で、「天然もの」の焼型をプレゼントされたり、「錦鯉」では、錦鯉そのものをプレゼント。

日本の文化や道具や職人や、いろんなことを感じさせてくれる番組だが、一番日本が海外に誇れるものは、やっぱり「もてなし」なのじゃないかと、いつも最後には思う。
それと、「和風総本家」でも「世界で見つけた Made in Japan」の回では、こういった職人さんを、日本は大事にしているだろうかとも思う。

最初に挙げたいくつかの番組の中で、ある外国の人が言っていた。
「こんなに素晴らしい文化を受け継ぐ職人たちの賃金が、異常に安いことが一番の驚きだ」
この一言こそ、日本という国が一番学ばないといけない気がする。

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2017年3月21日 (火)

気になる人、脳科学者「中野信子」さん

「気になる人」の最後は「中野信子」さん。
今までの2回は、歴史とかお城とか私の好きな物の延長にいる人だったが、この人は違う。
最初にTVで見たのは、さんまの「ホンマでっか」だったろうか?
昨年、彼女が「さんま御殿」に出演した時に、そう言っていたから多分間違いないと思う。
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(ウィキペディアより)
日本の脳科学者(医学博士)、作家。
東京都出身。東日本国際大学特任教授。株式会社ビッグベン所属。元MENSAの会員。既婚。
1998年東京大学工学部応用化学科卒業後、東京大学大学院工学系研究科修士課程、2004年東京大学大学院医学系研究科医科学専攻修士課程修了、2008年東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。博士論文「高次聴覚認知における知覚的範疇化の神経機構 fMRI・TMSによる複合的検討」で医学博士号取得。

彼女の場合、こういう経歴やTVでの話ではその「面白み」は分からないと思っている。
以前「情熱大陸」では、ラストになって「かつら?ウィッグ?」を取ったら金髪で、カラオケでロックを熱唱するところが映し出された。
「脳科学者である中野信子を演じている」と言っていたけれど、金髪の女性が中野信子のすべてとは言っていない。こういうパターンは、古くは「桃井かおり」にもあって、もうすでに彼女の場合「俳優の桃井かおり」が、元々の人格を覆っているようになっている(と私は思っている)。

そして先日NHKでやっていた「脳科学者 中野信子ができるまで」 で話していたが、とにかく幼少時代から天才的に記憶力が良く、周りに溶け込めなかったとも話している。
この点、1回目に紹介した「磯田氏」と共通している。
そういえば「情熱大陸」の磯田氏の放送の時、「磯田会」の中に中野信子さんがいた。
このような学者になる人たちは、子ども時代が割と不遇で、中野信子さんは周りと違うのは「脳がおかしいのでは?」と思ったことが脳に興味を持つきっかけだったと、この番組では話している。

そんな彼女だが、この人が面白いと思うようになったのも、やっぱり「英雄たちの選択」 がきっかけだった。
磯田さんともおそらく相性が良いのか、良くこの番組にも出演する。
歴史的人物を「脳科学的に分析」して話してくれる。

例えば「織田信長は、かなりの確率でサイコパスであっただろう」と話す。
そして「織田信長」とその妹「お市の方」の関係は、「サイコパス」「常識人だがサイコパスを嫌悪しながらも惹かれる、もしくは寄り添うタイプ」として話していた。

私の好きな歴史的な話は、磯田さんが得意な古文書の他に、言い伝えや史跡があって、そこから想像も手伝いながら「真実らしきもの」に近づいていくことが多いが、中野信子さんのように「脳科学的」な視点でアプローチすると時に「へぇ~~」と思うような解説されることがある。
それによってまた史実の見方や意味が少し違う風景に見えることが、この人の面白さだと私は感じている。

磯田さんと中野さんがディスカッションするような講演会やセミナーがあったら、是が非でも行ってみたいものだ。

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2017年3月13日 (月)

気になる人、城郭考古学者「千田嘉博」さん

「気になる人」の2回目は「千田嘉博」さん。
この人は(おそらくは)前回の「磯田」さんほど一般的には有名ではない。
ただ(多分)お城好きの人たちには有名な人だと思う。
この人を知ったのは、前回にも紹介した「英雄たちの選択」 という番組(だったと思う)。

20170321_senda(ウィキペディアより)
日本の城郭考古学者。奈良大学 文学部 文化財学科 教授、前学長。愛知県生まれ。中学1年生のときに遠望した姫路城に感銘を受けて、中・近世の城跡探険をはじめる。日本各地の中世・近世城郭の発掘調査・整備に関わるほか、ヨーロッパ・モンゴル・ニュージーランドなど世界の城と日本の城の比較研究を行っている。2015年に濱田青陵賞を受賞。2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」の真田丸城郭考証者。 

最初は誰の話の時だったか?
「天草四郎」の時だったか?
島原の乱での最後の「原城」籠城戦についての時に、「原城」を解説する人として登場した。
最初に目についたのが、肩書。
「城郭考古学者」
そんな分類分けの学者がいるんだ!というのが、その時の正直な気持ちで、「千田」さんそのものに興味を持ったのは、その後からだった。

普通、お城を解説する時は、「ここにこういう守りがあり、ここに仕掛けが施されている」といったものが多い。
近年の「お城ブーム」のきっかけとなった「ロンブーの淳」なんかもバラエティ番組で、このような解説をする。
「狭間とは」とか「野面積みがどうだとか」みたいな「城が好きなら、こういうこと知っていて当たり前だよね」的な解説は多い。
いろいろなお城を見るようになって、確かにそういう名称的な知識はあった方が見学する時に楽しい。
でも、その知識を聞く側が、同じように楽しいか?と言えば、どうだろう?
お城に興味のある私ですら、BS放送でやっている「お城」の特集など、だんだん眠くなってしまう。

そんな経験からして、この「城郭考古学者」である「千田嘉博」さんは、おそらくと~~~っても学問的な解説をするのかと思った。
ところが、この人は違った。
のちのちこの人をTVで見るようになって確信を持ったが、千田さんは、もう「お城LOVE」の人なのだ。

もちろん「城郭考古学者」なので、建築物としてのお城の仕組みや構造の解説をする。
でも、この人は語り口が非常に優しくて、その時代の城主や領民の心情まで、城跡の痕跡から想像して話す。
そこが、他の「お城解説」と違うところだ。
もちろん「心情」は、千田さんの想像と思い込みがほとんどだろうから、史実として間違っているかもしれない。
でも、「心情」という視点から「城郭」を語ると、ずいぶん歴史的建物が身近に感じるようになる。

昨年、NHK大河ドラマで放送された「真田丸」
このドラマの終盤の見どころになった「真田丸」の再現セットは、千田さんがプロデュースした。
知っている人もいるだろうが、実は真田丸はどこにあったか、正確には分かっていない。
徳川幕府は、敵であった豊臣の大阪城や真田丸は、全く痕跡が残らないように破壊し埋め尽くされたとされている。

その幻の真田丸の痕跡を探す番組にも千田さんは出演していたが、これはもう「LOVELOVE光線」が出まくりで、「この人、本当に大学教授なのか?」と微笑ましくなってしまう場面が何度かあった。
前回の磯田さんと同様、この「千田嘉博」さんの講演も一度出かけてみたいものの1つだ。

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