2017年5月 8日 (月)

殿、利息でござる!(無私の日本人)

またまた磯田道史氏のネタ。
タイトルにあるのは、彼の原作を元にした映画タイトル。
最近のブログにやたらと登場する「磯田道史氏」だが、実は彼の著書を読んだことがない。
この話も、最初は映画を見た。20170508_musinonihon

タイトルを見てわかるように、内容も結構コミカルで、どっちかというと「超高速!参勤交代」みたいな感じの映画だと思って見始めた。
ところが後半になるにつれ「日本人のDNAに触れるような」話だった。

「原作があの磯田さんだし、原作はどんななのかな?」
そう思って本屋に行き「無私の日本人」を購入して読んで見た。
「物語」として進んでいくのかと思い読み進めると、途中から時代背景などの解説があり、さらにそれが「今の日本とどう関係があるか」を説明する、ちょっと独特の流れで話が進む。
ある意味テレビなどで見る「磯田さん」らしい本の書き方だった。

映画でも出てくるが「お上に意見を述べるときにプロセスの複雑さ」は、原作にも出てくる。
磯田さん曰く、これは、江戸時代に確立された「決定プロセスの複雑化」なのだそうだ。
そして、なぜこうなったかと言えば、戦国時代が終わり平穏な江戸時代となり、武士が余るようになり、「いかに多くの人に働く場所を提供するか?」を考えた末に、決定プロセスが複雑になったと言われている。
さらに奉行所や老中の仕組みを見ると分かるように、「南町・北町」といった同じ機能を持つ組織を複数作り「どこが決定したか?」が分かりにくい形になった。

これは今の日本でも続いており、おかげで「責任の所在が、とても不明確な構造」を持つ国になった。
幕末に「開港」の交渉にやってきた外国人たちは「幕府と交渉するのか?」「帝の許しがなぜいるのか?」と振り回され、最後には圧力をかけて決定を促したと言われる。

磯田さんの「無私の日本人」には、他にも話が掲載されておりどれも面白かった。
なかでも、日本の宗教観「先祖教」は、とてもフィットする解説だった。

日本の宗教観は、「特定の絶対神」でなく、自然を含めた八百万とそして先祖を崇めるのは、「つながり」に対する感謝が根底にあると解説されていたが、だからこそお盆やお正月や、そして何か大切なことがあると墓参りに行き、先祖に報告と感謝をする日本の習慣が理解できる。

この「無私の日本人」を読むと今の日本人が日本人である姿にしたのは、江戸時代に構築された制度だったり習慣だったりが大きく影響していることが分かる。
そう言えば、幕末に日本に来た外国人たちは「この国の人々は、とても貧困だが、いつも笑顔である」と話したと言われている。
財布が戻ってくる国になったのは、きっと江戸時代に作られた日本人だからだろう。

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2017年5月 1日 (月)

英雄たちの選択~大村益次郎の回で感じたこと その2

前回の続き。
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の前に、この「大村益次郎」という人、20代に司馬遼太郎さんばかり読んでいた頃に知った。
「花神」という小説(昔々、大河ドラマになったようだ)で、この人が主人公で「一般の志士」とは違う面白さで、とても記憶に残っている人だ。
小説では「大村益次郎」という名より「村田蔵六」時代が長く語られたので、こちらの名前の方が「ピン!」と来る。
この小説を読むと、なぜこの人の像が「靖国神社」にあるか、とても良く分かる。

「一般の志士」と違う面白さ。
さっき、そう書いたが、この人には「幕府を倒そう」とか「政権を朝廷に」とか「攘夷」とか、志士にありがちな「思想」に基づいて活動したわけではない(少なくとも「花神」では、そんな感じで書かれている)。
元々は医者なので、西洋の進んだ学問や技術に強烈に「知りたい・学びたい」欲があり、その実践として幕末・戊辰の戦略に関わったに過ぎない。

この人は、「当たり前です。勝てるように考えてあるのです。」という熱い思いを胸に抱く志士には不愉快な言葉を、普通に言ってしまう。
多分、今、自分の周りにいたら「嫌な奴」だと思う。最終的にはそんな周囲の感情によって殺されてしまうのだが。

さて、本題。
この人が西洋から学んで実践したのが「散兵戦術」
当時の武士の「みんなでわ~~~って攻めていく」戦い方ではなく、現代の軍隊のように「小隊制」で、目的を1つに戦い方を小隊にある程度任せる。ざっくり言うと、こういうことらしい。

番組中、この「散兵戦術」の話の時に、中野信子さんが「その場合、小隊がかなり訓練されて、優秀なリーダーでないと勝てなくないですか?」と質問した。
答えは「その通り」であり、しっかり訓練され、優秀なリーダーが必要で、それぞれの小隊が「自立」出来るだけの力がないと「散兵戦術」は成立しない。

この答えを前回の「会社を生活の場と考えるか?会社を自己鍛錬の場と考えるか?」のように「会社」に当てはめるとどうなるか。
やっぱり「社員教育」「優秀な管理職(の育成)」がとても重要だと分かる。
そして、さらに重要なのが「自立」になる。

あまり言いたいことではないけれど、若い人を見ると「指示待ち」もしくは「確認待ち」が多く「自立」している感じは薄い。
でもそれは、半分は「会社という仕組み」がそうしていて、中途半端に「権限」を与え、ある時は「自分で考えろ」、ある時は「自分勝手な判断をするな」と言う。
この矛盾した命令の中で兵隊たちは困惑してしまう。
もちろん一番重要なのは、上司の矛盾が「実は適切な状況判断」が加味されていることに気づくことだが、それは、経験がないとなかなか難しい。

この問題は、日本中のどの会社にもある課題だが、この「散兵戦術」の構築の中に、解決の糸口があるのじゃないかと、番組を見ながら思った。
2回に渡って書いてきたが、今回の【英雄たちの選択~「大村益次郎『武士よさらば 大村益次郎 常識を破壊する組織革命』」】 には、学ぶべき話や共感できる話が多かった。

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2017年4月24日 (月)

英雄たちの選択~大村益次郎の回で感じたこと その1

またまた「英雄たちの選択」の話題から。
ここ2~3年の中で、一番楽しみにしている番組でもあるので仕方ないかもしれない。

この番組の3月の放送で「大村益次郎『武士よさらば 大村益次郎 常識を破壊する組織革命』」 があったが、なかなか面白かった。
そしていつも以上に磯田さんのコメントや中野さんの解説がとても面白く、「そうか、そうだよね?」と今の自分の周辺で起きるいろいろなことへの「答え」のようなものを感じ、2回に分けて書くことにした。
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ちなみに「大村益次郎」とはウィキペディアでは、こう説明している、
幕末期の長州藩の医師、西洋学者、兵学者である。維新の十傑の一人に数えられる。
長州征討と戊辰戦争で長州藩兵を指揮し、勝利の立役者となった。太政官制において軍務を統括した兵部省における初代の大輔(次官)を務め、事実上の日本陸軍の創始者、あるいは陸軍建設の祖と見なされることも多い。靖国神社の参道中央に像がある理由もこのためであるとされる。元の名字は村田、幼名は宗太郎、通称は蔵六、良庵(または亮庵)、のちに益次郎。

今回の言葉はこれ。
「会社を生活の場と考えるか?会社を自己鍛錬の場と考えるか?」

これは、磯田さんが幕末の旗本を中心とする幕閣たちと大村益次郎のような種類の人間との差を言い表したコメント。
当時の幕府(大老・阿部正弘を代表として)の武士は、代々家禄の受け継いでおり職場を「家禄をもらうための生活の場」として考えていて、吉田松陰や大村益次郎など西洋の技術にいち早く着目した人たちは、社会を「自己鍛錬の場」としていたという解説だ。

このコメントは、とても私には刺さった。
最近、少しご無沙汰気味だが、古い友人の「揚巻」さんが40年以上前に私に話してくれたことがある(覚えているだろうか?)
「毎日8時間働くとしたら、1日の1/3は働くから、好きな仕事に就く方が良い」

まだ10代の終わり頃だった私は単純に「そうか!」と思う反面、「でも、お金も欲しいよね」とも思った。
なので、今の職業に落ち着くまで、いろいろな仕事に就いたが、どうやら私は「つまらない仕事をお金や遊びのために我慢して勤める」タイプではないことに気付いた。

それから40年、紆余曲折あって、時に温泉旅行に出かけるくらいの暮らしが出来るだけの収入を得られるようになったが、やっぱり私にとって「会社は自己鍛錬の場」の方に重心があると気づいている。
磯田さんのコメントのように「全面的に自己鍛錬と思っているか?」と問われれば、少しうつむいてしまうが、胸を張って「生活のためだけで働いているわけじゃない」と言うことは出来そうだ。

そう、磯田さんのコメントのように、社会には多くの種類の考え方で物事に取り組む人たちがいる。
そして、その人たち全ての胸の中に「正義」があって「損得」があって「思想」がある。
そんな複雑な中で、自分も見失わないように生きていくことは、とても大事で、大変なことだと、やっと最近わかるようになった。

そして、それは今始まったことでなく「歴史を見ていくと今の課題が紐解ける」という磯田さんがいつも話すことだが、今回は本当にその言葉が胸に落ちた。

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2017年3月27日 (月)

Favorites=世界!ニッポン行きたい人応援団

「和風総本家」(テレビ大阪) のことをこのブログで紹介したのは、今から9年前の4月だった。
ブログで書いた頃はまだ始まったばかりで、「どうなるのか?」的に書いたが、その後、世界的に「日本ブーム」になった。
この時には「和風ブーム」と書いたが、その意味ではこの番組は「日本ブーム」の先駆け的だった。
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その後、「日本に観光に来る外国人」が増えに増え、「インバウンド戦略」なる言葉も、我々レベルでも良く耳にする時代になった。
そのおかげなのか、ここ数年「海外から見た日本」を紹介する番組が増えた。
「世界が驚いたニッポン! スゴ~イデスネ!!視察団(テレビ朝日)」
「YOUは何しに日本へ?(テレビ東京)」
「所さんのニッポンの出番(TBSテレビ)」

また最初に挙げた「和風総本家」 でも「世界で見つけた Made in Japan」などの回には、海外のユーザー目線で日本の道具などを紹介する。

そして、1年くらい前から、私がとても気に入っている番組がある。
これもやはり「テレビ東京」系で、最近このチャンネルは本当に面白い。
他のチャンネルが大事件の時に、一斉に同じような報道番組になるのに、このチャンネルだけは通常番組を流すように徹底した独自路線で有名だ。
その「独自性」が、今はとても良い方向に向かっているのだろう。
その番組は「世界!ニッポン行きたい人応援団」

これらの番組で共通するのは、私たち日本人自体が「へぇ~~そうだったのか!」の日本文化の再発見に気づく点だが、この番組は、そこが徹底している。
まず、海外の人の「日本のモノLOVE」をプレゼンテーションしてもらう。
毎回、そのシーンを見るだけでも面白い。
インターネットだけの情報から、味噌を作ったり、藍染めしたり、鎧兜を作ったり、もう「日本の伝統」に対して「LOVELOVE」を一生懸命熱弁を振るい、そして「ぜひ日本へ招待して!」と呼びかける。

先に挙げたような「日本の伝統」とか「独自の道具」などは、その職人さんが(しかも業界トップクラスの)外人さんをもてなす。
2月初めに放送された盆石が大好き!なアメリカ人男性をご招待! の回では、開場前の「竜安寺」の枯山水の見学を「サプライズプレゼント」として招待する。するとそこに粉雪が舞い、招待された外人さんは、静かに感涙を流す。
「日本人じゃなくても、この静寂と枯山水の世界は感動するんだなぁ」と思わず一緒に涙が浮かんでしまった。

そして、こんな回もある。
「ニッポンに行きたい」のは、ポーランドの12歳の女の子。
この子のLOVEなものは「錦鯉」「フグ」
そして「“錦鯉”愛すポーランド小学生ご招待!!納涼2HSP」 としてニッポンにやってきた。
もう鯉を見るたびに「Oh~~Koi」と叫び、普通の人が知らないような模様によって種類として「紅白」「大正三色」「昭和三色」などなど、もの凄い「錦鯉知識」見せてくれる。

またまた「たい焼きLOVE」なロシアの女性を招待した「“たい焼き”愛してやまないロシア美女ご招待!!」 も面白かった。
数枚一緒に焼ける鉄板で作ると「養殖」と呼び、昔ながらの1枚ずつ焼く場合は「天然」と呼ぶとか、見るたびに日本のことなのに、「へぇ~~~」と思うことがたくさんある。

どの回も共通するのは、向い入れる日本人側がとても良い人が多く、そして親切なことだ。
最後にはとびっきりの「お土産」をプレゼントする。先の「たい焼き」など、彼女が訪れた鋳物工場で、「天然もの」の焼型をプレゼントされたり、「錦鯉」では、錦鯉そのものをプレゼント。

日本の文化や道具や職人や、いろんなことを感じさせてくれる番組だが、一番日本が海外に誇れるものは、やっぱり「もてなし」なのじゃないかと、いつも最後には思う。
それと、「和風総本家」でも「世界で見つけた Made in Japan」の回では、こういった職人さんを、日本は大事にしているだろうかとも思う。

最初に挙げたいくつかの番組の中で、ある外国の人が言っていた。
「こんなに素晴らしい文化を受け継ぐ職人たちの賃金が、異常に安いことが一番の驚きだ」
この一言こそ、日本という国が一番学ばないといけない気がする。

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2017年3月21日 (火)

気になる人、脳科学者「中野信子」さん

「気になる人」の最後は「中野信子」さん。
今までの2回は、歴史とかお城とか私の好きな物の延長にいる人だったが、この人は違う。
最初にTVで見たのは、さんまの「ホンマでっか」だったろうか?
昨年、彼女が「さんま御殿」に出演した時に、そう言っていたから多分間違いないと思う。
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(ウィキペディアより)
日本の脳科学者(医学博士)、作家。
東京都出身。東日本国際大学特任教授。株式会社ビッグベン所属。元MENSAの会員。既婚。
1998年東京大学工学部応用化学科卒業後、東京大学大学院工学系研究科修士課程、2004年東京大学大学院医学系研究科医科学専攻修士課程修了、2008年東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。博士論文「高次聴覚認知における知覚的範疇化の神経機構 fMRI・TMSによる複合的検討」で医学博士号取得。

彼女の場合、こういう経歴やTVでの話ではその「面白み」は分からないと思っている。
以前「情熱大陸」では、ラストになって「かつら?ウィッグ?」を取ったら金髪で、カラオケでロックを熱唱するところが映し出された。
「脳科学者である中野信子を演じている」と言っていたけれど、金髪の女性が中野信子のすべてとは言っていない。こういうパターンは、古くは「桃井かおり」にもあって、もうすでに彼女の場合「俳優の桃井かおり」が、元々の人格を覆っているようになっている(と私は思っている)。

そして先日NHKでやっていた「脳科学者 中野信子ができるまで」 で話していたが、とにかく幼少時代から天才的に記憶力が良く、周りに溶け込めなかったとも話している。
この点、1回目に紹介した「磯田氏」と共通している。
そういえば「情熱大陸」の磯田氏の放送の時、「磯田会」の中に中野信子さんがいた。
このような学者になる人たちは、子ども時代が割と不遇で、中野信子さんは周りと違うのは「脳がおかしいのでは?」と思ったことが脳に興味を持つきっかけだったと、この番組では話している。

そんな彼女だが、この人が面白いと思うようになったのも、やっぱり「英雄たちの選択」 がきっかけだった。
磯田さんともおそらく相性が良いのか、良くこの番組にも出演する。
歴史的人物を「脳科学的に分析」して話してくれる。

例えば「織田信長は、かなりの確率でサイコパスであっただろう」と話す。
そして「織田信長」とその妹「お市の方」の関係は、「サイコパス」「常識人だがサイコパスを嫌悪しながらも惹かれる、もしくは寄り添うタイプ」として話していた。

私の好きな歴史的な話は、磯田さんが得意な古文書の他に、言い伝えや史跡があって、そこから想像も手伝いながら「真実らしきもの」に近づいていくことが多いが、中野信子さんのように「脳科学的」な視点でアプローチすると時に「へぇ~~」と思うような解説されることがある。
それによってまた史実の見方や意味が少し違う風景に見えることが、この人の面白さだと私は感じている。

磯田さんと中野さんがディスカッションするような講演会やセミナーがあったら、是が非でも行ってみたいものだ。

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2017年3月13日 (月)

気になる人、城郭考古学者「千田嘉博」さん

「気になる人」の2回目は「千田嘉博」さん。
この人は(おそらくは)前回の「磯田」さんほど一般的には有名ではない。
ただ(多分)お城好きの人たちには有名な人だと思う。
この人を知ったのは、前回にも紹介した「英雄たちの選択」 という番組(だったと思う)。

20170321_senda(ウィキペディアより)
日本の城郭考古学者。奈良大学 文学部 文化財学科 教授、前学長。愛知県生まれ。中学1年生のときに遠望した姫路城に感銘を受けて、中・近世の城跡探険をはじめる。日本各地の中世・近世城郭の発掘調査・整備に関わるほか、ヨーロッパ・モンゴル・ニュージーランドなど世界の城と日本の城の比較研究を行っている。2015年に濱田青陵賞を受賞。2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」の真田丸城郭考証者。 

最初は誰の話の時だったか?
「天草四郎」の時だったか?
島原の乱での最後の「原城」籠城戦についての時に、「原城」を解説する人として登場した。
最初に目についたのが、肩書。
「城郭考古学者」
そんな分類分けの学者がいるんだ!というのが、その時の正直な気持ちで、「千田」さんそのものに興味を持ったのは、その後からだった。

普通、お城を解説する時は、「ここにこういう守りがあり、ここに仕掛けが施されている」といったものが多い。
近年の「お城ブーム」のきっかけとなった「ロンブーの淳」なんかもバラエティ番組で、このような解説をする。
「狭間とは」とか「野面積みがどうだとか」みたいな「城が好きなら、こういうこと知っていて当たり前だよね」的な解説は多い。
いろいろなお城を見るようになって、確かにそういう名称的な知識はあった方が見学する時に楽しい。
でも、その知識を聞く側が、同じように楽しいか?と言えば、どうだろう?
お城に興味のある私ですら、BS放送でやっている「お城」の特集など、だんだん眠くなってしまう。

そんな経験からして、この「城郭考古学者」である「千田嘉博」さんは、おそらくと~~~っても学問的な解説をするのかと思った。
ところが、この人は違った。
のちのちこの人をTVで見るようになって確信を持ったが、千田さんは、もう「お城LOVE」の人なのだ。

もちろん「城郭考古学者」なので、建築物としてのお城の仕組みや構造の解説をする。
でも、この人は語り口が非常に優しくて、その時代の城主や領民の心情まで、城跡の痕跡から想像して話す。
そこが、他の「お城解説」と違うところだ。
もちろん「心情」は、千田さんの想像と思い込みがほとんどだろうから、史実として間違っているかもしれない。
でも、「心情」という視点から「城郭」を語ると、ずいぶん歴史的建物が身近に感じるようになる。

昨年、NHK大河ドラマで放送された「真田丸」
このドラマの終盤の見どころになった「真田丸」の再現セットは、千田さんがプロデュースした。
知っている人もいるだろうが、実は真田丸はどこにあったか、正確には分かっていない。
徳川幕府は、敵であった豊臣の大阪城や真田丸は、全く痕跡が残らないように破壊し埋め尽くされたとされている。

その幻の真田丸の痕跡を探す番組にも千田さんは出演していたが、これはもう「LOVELOVE光線」が出まくりで、「この人、本当に大学教授なのか?」と微笑ましくなってしまう場面が何度かあった。
前回の磯田さんと同様、この「千田嘉博」さんの講演も一度出かけてみたいものの1つだ。

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2017年2月27日 (月)

Favorites=カロリーメイトのCM

このブログを始めたのは2006年の1月。
もう11年も、こんな戯言を書いている。一時期は「いつやめる?」とも思ったが、その勇気ときっかけを無くして続けている。
20170306_karoriたま~~に最初の頃のものを見直すと文章が短かったことに気づく。
いつから、こんな「ダラダラ」文章になったのだろう?

この11年ので、私の今の職業に繋がる「CM」に関することが、たまに登場する。
今回は、「カロリーメイト」のCMについて。
ピックアップした3点に共通するのは、セリフもテロップもないけれど、気持ちも伝わるし、商品告知にもなっている。
ここ10年くらい、「いいなぁ」と思うCMが、ちょくちょく見かけるようになったのは、一時期の「つまらないCMばかり」の時代を抜け出した気がして、うれしい。

●満島ひかり、ファイト「とどけ、熱量。」篇
カロリーメイトのCMに「おっ!」と大きな変化を感じた最初のCM。
もう何年前のバージョンか忘れてしまったけれど、思わず「ウマい」と思った。
若かった頃に感じた「TVCMの魅力」がたっぷりと詰め込まれていると思う。
シナリオと場面と歌と・・・・すべてがマッチするとこんな高いクオリティを発揮するのだと改めて背筋がシャンとさせられた気がした。

●平祐奈「動く黒板アート」篇
YouTubeで見ると1年前のバージョンかな?
昨年この「黒板アート」と言うものが流行っているとTVで見て、「デジタルと真逆の超アナログ的表現」に興味を持っていた。
ただ、それを土台に「アニメ的」に見せることは思いも寄らず、このCMを見て改めて、その可能性に心躍った。
もちろん、シナリオと黒板アートの表現のウマさが抜群なのだが、最後にいろんな人の顔が出てくるシーンは、まるでドラマや映画のラストシーンのような気持ちになった。

●藤巻亮太「夢の背中」篇
カロリーメイトが「受験生を応援する」CMになっていて、その最新の受験シーズン版。
これまで「受験生の気持ち」に焦点をあててきたが、このバージョンは「受験生を見守る母親」になった。
これを見ると「受験」は、家族全体の戦いなんだなぁと思う。
このバージョンがジーンと来てしまうのは年齢のせいもあるだろうが、ずっと「背中」ばかりで表現している演出もウマいと感じる。

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2016年10月 3日 (月)

やっぱり三谷幸喜は・・・・・

今年の1月に「『真田丸』は期待して良いのか」 という記事を書いた。
あの時も三谷幸喜の「僕って面白いでしょう?」が気になると書いたが、まだまだ始まったばかりで、期待を持っていた部分もあった。20161017sanada

確かに、上田を中心とした話は、草刈正雄演ずる「真田昌幸」が良くって、時に無責任に「まったく分からん」とかギャグっぽい展開になるのも、「重々しい大河ドラマ」じゃなく面白く見ていた。

とは言え、例えば長澤まさみ演ずる「現代語でチャラチャラしゃべる、きりちゃん」
現代語でしゃべるのまでは良いとしても、信繁の行くところにかなり無理無理に付いて来たり、細川ガラシャとのくだりは(そもそもこのネタは必要だったのか?)、自由に屋敷を出入りして「キリシタンになります」と言ってみたり。
これって「真田一族の話じゃね~の?」など、回を重ねるごとにいろいろ突っ込みたくなるシーンが増えた。

特に大阪編からは、小日向さんの秀吉に関連して話は進むけれど、本当はここって、後々信繁が大阪の陣に参加する「動機づけ」として、かなり重要な部分のはず。
でも、なんかいろいろな逸話を散りばめ、極狭の茶室での利休だったり、茶々との秘め事だったり、揚句には小田原攻めでは単なる伝令みたいに、もうかなり無理して信繁を関連付けるばかりで、太閤秀吉との繋がり感はまったく見えない感じで、ダラダラと続いてくる。

さらに秀吉没後の石田三成との関連になると、もう「ここって信繁、いる?」みたいな話になってくる。
結局、「小ネタ」もしくは「ショートストーリー」を45分間繋いでいる気がして仕方なくなってきた。
そして、「小ネタ」もしくは「ショートストーリー」「ね、ね、僕って面白いでしょう?」という空気がプンプンして、「僕がやると、ちょっと違う脚本にするんだよ。だって三谷幸喜だもん」という言葉が聞こえそうな気がした(言い過ぎかな?)。

そういう三谷幸喜が好きという人も多いようですが、私はやっぱり合わないなぁって、ここまで「真田丸」を見てきて感じている。

昔、中村勘三郎さんが
「『型破り』ってのは、まずちゃんと基本、型が出来て、その上で破るからこそ意味がある。型が無いなら、それは『形無し』なんだ」
と話していたのを思い出したが、果たして三谷幸喜さんは、「型破り」なのか「形無し」なのか?

そう散々、文句を言いながら「もう見るには耐えられない」「八重の桜」の時のようにやめるほどでもなく、このまま年末まで見ることになりそうだが、せめて「大坂の陣」では盛り上がっていって終わってほしいと思っている。

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2016年6月13日 (月)

ミニ江戸の旅~国芳・国貞編

「若冲展」の寄り道、2回目。
これは本当にたまたま前日に知ったイベント。
会社の関係でY新聞という全国紙を購読しているがその中に「ボストン美術館所蔵『俺たちの国芳 わたしの国貞』」の記事があり、急きょ寄ることにした。
20160613kuniyoshikunishada_2
場所は「渋谷Bunkamura」
渋谷などという街は、20代のころに寄ったことがあっても、基本的には若者の街だと思っており、まったく近づかない街。
駅から歩き始めて、有名なスクランブル交差点では、もの凄い多くの人が行き交う。

そしてここでも外国人旅行者を見かけた。
どうもこの「スクランブル交差点」は世界的には名所になっているらしく、多くの行き交う人をバックに記念写真を撮っていた外国人をたくさん見かけた。
何が珍しいんだろう???

「渋谷Bunkamura」に到着。
さすがに「ボストン美術館所蔵」だけあって、浮世絵として非常に状態が良く、刷色の鮮やかさも十分残っていて、眼福眼福の連続だった。

しかし、さすがに東京。
「若冲展」ほどではないけれど、ここも多くの人が来ていて、結構並んでの見学だった(とは言え、目の前でじっくりと見ることが出来たけれど)。
多くの人がいたけれど、平日のせいなのか、江戸文化や浮世絵、そして歌舞伎題目など基礎的な知識のない人がいた。
感想を口に出しながら、同行者と見学しているのだが、その感想が「違うんだよね~~」と思わず突っ込みたくなるものが多かった(笑)。

作品群が良かったので、我慢できずに図録を購入。
これで「若冲展」と2冊の図録を抱えて帰ることになった。
帰りの新幹線にもちょうど良い時間となり、座席に着くと、隣のおば様二人連れから「もしかして、一緒のところにお出かけ?」と声を掛けられてしまった。
(これが若い子なら、嬉しいけれど・・・・)

どうも今回購入した「50+」サービスの利用者は、このようなおば様たちが多く、私のようなサラリーマンとは違い、平日にあちらこちらに出かけて人生を満喫している様子だった。

日帰り東京で、「若冲展」だけでなく、欲張ってあちらこちらに寄った。
さすがに体力的にはきつかったけれど、楽しい「ミニ江戸巡り」を満喫できた。
人の多さには閉口したけれど、やっぱり名所旧跡めぐりは楽しい。
これからも出かけて行きたいものだ。

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2016年4月25日 (月)

CMのチカラ(熊本地震によせて)

このブログでは東日本大震災が起きた時に、連続して関連の事項を書いたことがある。
あれは備忘録的であり、なおかつそれまで経験のない規模の災害であり、そのままいつもの日常を送るにはショックすぎる出来事だという色んな想いが詰まって書いたことを覚えている。

最初は局地的であり、とても表層的な地震だったと思えていたのだが、最初と次の日は、夜中の間ずっとスマートフォンの地震警報が鳴り響くという異常な状態となった。
私のスマホは「震度5以上」でないと通知されない設定にしてあったが、それが頻繁に鳴る。
「おかしいなぁ」と思ったら2日目の夜中のものが「本震でした」と訂正発表があった。

「やっぱり何も分からないんだなぁ」

最初に話題にした東日本大震災や、1年半前の御嶽山の突然の噴火の時も、もう少し身近な例で言えば、梅雨から夏に起きるゲリラ豪雨にしても、ほとんどのことが発生前には把握できていない。

私が2歳の時に伊勢湾台風が来て、甚大な被害を受けたことがきっかけで富士山レーダーができ、そして今では宇宙からカラー映像で気象やGPSでのズレを監視できるようになった。
伊勢湾台風の時代からすれば、ものすごい科学力を持って自然と対峙しているけれど、でも今回も無力だった。

そんなことを思っていたら、ネットに「九州新幹線のCMが再び話題に」と載っていた。
ちょうど東日本大震災の2日前に開通した九州新幹線だったが、ほとんどTVに流されなく、でもあの当時でも「元気をもらえた」と話題になったCM。
今回、また「九州」ということで話題になった。
YouTubeにあるので、見てみたら、やっぱり良かった。

そして「ああ、CMには、こんな力があったよね」と自分が若かった頃思っていた気持ちを思い出した。
商品名や企業名を覚えてもらうだけでなく、形のない何かエナジーなものを心に気づかせてくれる。
CMには、こんなチカラもあることを、今回の震災が改めて気づかせてくれた。

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