2019年7月 8日 (月)

山口百恵

令和になって2ヶ月以上経ったが、昭和の時代の話。
最近、ちょくちょくこのブログに出てくるインターネットラジオの「J-POP sakura」20190701   

懐かしいJ-POPが流れるので、仕事をしながら聞いている。
そこで「この曲良かったなぁ」と思い出されることが多いのだが、今回の「山口百恵」もその一人。

言わずと知れた「伝説の歌手」なのだが、どうしてもこの人の「代表曲」は後半のものが多い。
特に引退が近づいた頃の「秋桜」「いい日旅立ち」などが、彼女を紹介する時に使われるが、どうも個人的には違っている。

引退後、キルトの世界で有名になったし、息子たちが芸能人になったで、話題に事欠かなないが、なにせ本人は一度も公の場に出ていないので、余計に「伝説化」されてしまっている。
彼女が登場したのは、多分私が高校生の頃。
有名な「ひと夏の経験」は多感な年頃だった私たちには衝撃だった。
「あなたに女の子のいちばん大切なものをあげる」
こんな歌詞を中学生の女の子が唄っちゃっていいの?と思ったものだ。

その後、彼女はどんどんビッグになり、途中からは「宇崎竜童・阿木燿子」コンビの曲を立て続けにリリースし、不動の位置を確保した。
「宇崎竜童」という人には個人的に想いが強く、想い出もある。
「ダウンタウン・ブギウギ・バンド」で少し売れ始めた頃に、何回かライブに行った。
まだ駆け出しだった彼らは、ライブ後電車に乗って移動しており、偶然同じ電車に乗り合わせたこともある。

当時「宇崎竜童」は気に入っていたアーティストだったので、その曲を「山口百恵」が唄うというのはとても驚いた。
どうやら彼女自身の希望で、曲を書いてもらうようになったらしいが、それまでの歌手は「与えられたものを唄う」ものだったのに、この人の登場から「歌手からのリクエスト」で作曲者が決まるということが起きるようになった。

YouTubeなどで、彼女の初期の頃の曲を探してみた。
「禁じられた遊び」「青い果実」「ひと夏の経験」
「冬の色」「夏ひらく青春」「白い約束」
などなど「作詞:千家和也(つい先日、6月13日亡くなっていたとネットに発表されたが) 作曲:都倉俊一あるいは三木たかし」あたりの「ザ・歌謡曲」的な山口百恵が懐かしい。
山口百恵の声も10代で若々しいなぁと思ったが、芸能人ってのはある意味気の毒だ。
何年経っても、若い時の「声や歌や姿」がずっと残ってしまう。
これが自分だったら、とても恥ずかしくて見られない。
芸能人の場合は、そうでもないか?

昭和の伝説的歌手・山口百恵。やっぱり今でも輝いている気がした。

 

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2019年6月17日 (月)

ゴジラ キング・オブ・モンスターズ

一部のコアなファンの中では、昨年から「どんなのだろう?」と話題になっていた。
ハリウッド版「ゴジラ」の第2弾だ。20190617
このブログでは、たまに「ゴジラ」関連のことを書く。
2014年7月に「ゴジラを考える」、2012年9月「特撮博物館に行ってきた!」、2007年11月「FavoritesNo.21 ゴジラ伝説」、そして2006年2月「伊福部昭さん」などなどだ。
ここから先は、かなりディープな話になり、「ゴジラ」「ガメラ」「怪獣映画などの基礎的な知識がないと分からないと思います。ごめんなさい。

今回特に楽しみにした理由は「キングギドラ」「ラドン」「モスラ」といった東宝怪獣系の王様クラスが出るということだった。
「ゴジラ」を含めて、この4大怪獣が激突したのは「三大怪獣 地球最大の決戦」。ちなみに4つの怪獣が出るのに「三大怪獣」というのは、地球の三大怪獣であり「キングギドラ」は宇宙怪獣なので、外れいているそうだ。
この「キングギドラは宇宙怪獣」という設定は、今作にも踏襲されていた。
事前に今回の監督は、かなりの「ゴジラおたく」であるとも聞いていて、それも期待度を高めていた。

●映画における音楽の力を思い知った
これも事前に「一部で伊福部昭氏の音楽が使われる」と聞いていたが、実際に映画としてのシーンの中に「伊福部昭氏」の音楽が流れると、格段に「ワクワク度」が上がった。
「映画の中の音楽の力って、こんなにスゴイんだ」と感心しきりで、特に「モスラ」登場のシーンでの「モスラ」の音楽は、鳥肌がたった。
また「ゴジラ復活」のシーンでの「ゴジラのテーマ」も、もう拍手したい気持ちになってしまった。
しかし、いかに「伊福部昭」という人が「映画音楽」というものを熟知して作曲していたかを、ゴジラ誕生後65年も経ってから、改めて思い知らされた感じである。

●エンドロールの最後に感涙
エンドロールの最後にゴジラの着ぐるみに入っていた「中島春雄さん」の写真を載せ、彼へのリスペクトを表していた。
思わず「おっ」と言ってしまい、そしてちょっと泣きそうになった。
ちょうど、この映画公開にあわせ缶コーヒーのBOSSが「顔の映らない主役」という特別なCMを作ったが、まさに彼のことだ。
日本では、かなりコアなファンしか「中島春雄」のことを知らないが、アメリカでは「スーツアクター」として、とても尊敬されていたと聞いたことがある。今回のエンドロールは、そのことを十分に分かる演出だった。

●怪獣登場の脚本力の違い
映画としては全体的にとても面白かった。
でも、なにかが足りない気がして気になったのだが、映画館を出て思った。
「荒唐無稽」な怪獣映画だけれど、私が見てきた初期の怪獣映画や、平成ガメラシリーズと圧倒的に違うのは、脚本なんじゃないか?と。
日本の場合、日常的な出来事の積み重ねがあって、全く歯が立たないと分かっていても自衛隊は攻撃するし、住民が避難するシーンは、必須である。
「シン・ゴジラ」が評価されたのも、人命に対する考えや日常的な生活を積み重ねていて、最後の怪獣部分だけが「荒唐無稽」な物語にしている。
この実際にある「現実感」の積み重ねが、この映画は希薄な気がする。
ま、そんなことをすれば、3時間以上の長時間映画になってしまうから、仕方ないのかもしれないが。
「モナーク」はともかく「オキジェンデストロイヤー」なんて、コアなファンしか分からないのが突然出てくる辺り「ゴジラファンのためのゴジラ映画」と言えなくもないが。

次には「キングコング対ゴジラ」のハリウッド版が予定されている。
生まれて初めてみたゴジラ映画が東宝の「キングコング対ゴジラ」だった思い入れの高い作品なので、今回以上に期待が膨らんでしまっている。

 

 

 

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2019年4月 8日 (月)

新元号「令和」発表騒動

子どもの頃、こんな体験をすると思わなかった。20190408_4
私はもちろん「昭和」生まれなのだが、「昭和」という時代はとても長かった。
昭和天皇が崩御される前に「次は何という元号になるんだろう」と話したことを覚えている。
そして「平成」になった。
「人生の中で新元号発表の瞬間を味わえると思わなかった」
とあの時は思ったが、それが2度も体験するなんて、想像もしていなかった。

そのおかげで、前回の「平成」発表との違いをとても感じることができた。
前回は「天皇陛下崩御」という日本全体が悲しみというか喪に服している最中だった。
今回は「生前退位」となったため、雰囲気からして違っていた、
まず今回のように、テレビで「〇〇時代を振り返る」とか「新元号予想」のような浮かれた番組がなかった。

さらに新元号が「令和」と発表される時も、細かくスケジュールを発表し、テレビもネットもSNSもフル稼働した。私も会社のネット経由でライブを見ていたが、発表が近くにつれ、ネットのスピードが落ち、視聴が難しくなった。
そして「令和」と発表された途端、同じ漢字の名前の人や、地名にはないとか、国内だけでなく海外の企業名まで「関連づけ」て記事にされていた。

この現象を見ていて、「昭和から平成」に変わった時とは随分違っていると感じた。
その1つは、先に書いたように前回は「崩御」を受けての改元だったが、今回は「生前退位」による改元で、どこかで少し「お祝いムード」の感じがあった。
会社でもそんな話が出て「これなら生前退位も良いよねぇ」と言う人もいたが、歴史を見てみると「権力の二重構造」を生む場合もあるので、単純に制度化するわけにはいかないだろう。
それはそれで別の課題だけれど、こんな「お祝いムード」で改元されるのは、悪いことじゃないなぁと思った。

もう1「平成」に変わった時と圧倒的に違うのはネットの普及だ。
これも先に書いたけれど、「同じ漢字の名前」「地名」「企業名」などなど、ネット時代得意の「検索機能」をフルに活用して次々ネット上に紹介されていた。
同じような傾向が、次の新聞記事にも載っていて、それを見て「ずいぶん30年前と違うなぁ」と驚いた。
そして次の日には「企業名に『令和』を入れるところが出てきた」のような便乗というか後追いの記事まで紹介されていて、もう「令和」つながりなら何でも記事になるようだった。

私の年齢から見れば、昭和には2つのイメージがある。
子ども頃は、まだまだ「戦争」に関連する議論が高く、その後「高度成長」につながり国も街も豊かになった。
平成は「災害の時代」と言われるが、今回の改元発表騒動を見ていると「ネットの急激な進歩」も特徴的な側面だろう。
さて、来月から始まる「令和」はどんな時代なのだろう。
個人的には「老後の時代」になることは間違いない。

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2019年4月 1日 (月)

訃報 萩原健一

今日から新年度、そして今日のお昼には新元号が発表される。
いよいよ平成の最後の時期になってきた。

そんな時に第一報は、風呂上りにTVを点けたときだった。 20190401
いつもはそんなことをしないのに、たまたまTVをオンにしたら、このニュースが流れていた。
「ウソッ」
これが、最初の感覚。
そのあと、私が高校時代の頃が、走馬灯のように思い出された。

「萩原健一」「ショーケン」と呼ばれるこの人は、私の同世代から見れば
「片島三郎」であり「あにき」であり「マカロニ刑事」であった。
特に「片島三郎」は、強烈である。
これは「前略おふくろ様」の役名。

今のようにネットのない時代だし、ビデオ録画もない時代だったので、毎週放送を楽しみにして、その時間に合わせて宿題をやっていた。
そして、学校に行くと「かすみちゃんが、こうだった」とか「半妻さんが、どうだった」とクラスでわいわい話したものだ。
私の同級生の中には「前略おふくろ様」に刺激され、調理師になったやつがいる。

「傷だらけの天使」も我々世代には強烈な印象だった。
水谷豊が「あきら」と呼ばれ、軟弱な若者で、いつも「あにき~」と言っては萩原健一演ずる「おさむちゃん」にくっついていた。
このドラマは、おしゃれだったし、型破りだったけれど、一番カッコよかったのはオープニングだった。

この2つのドラマは、書き出すと停まらないくらい想い出がたくさんあるし、今だってYouTubeに載っていたり、スカパーで放送されたり、時にはパロディになったりするくらいインパクトのあるものだった。
音楽も演出も脚本も周りの役者もスタッフも、すごく良かったし、贅沢な創りだったが、やっぱり萩原健一の魅力が、私たち世代を魅了させたのだろう。

破天荒でいろいろな事件も起こしたけれど、今の奥さんと出会ってからは平穏な人生のようだったし、何より私たち世代の青春時代を、楽しく彩ってくれた彼に、ありがとうと言いたい。

合   掌

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2019年2月18日 (月)

盛り上がったガンダム THE ORIGIN

偶然だが、ちょっと先週の続きのような「オタク的な」話題。
 
20190218「ガンダム」という有名なアニメがある。
初めて「ガンダム」という名前を聴いたのは、デザインの学校に行っていた頃なので、もう40年くらい前だ。
今年「ガンダム誕生40周年」ということだから、記憶に間違いはない。
ただし、私はデザイン学校のクラスメイトが、そんな話で盛り上がっていたが、観ていなかったのでよく分からなかった。

その後、社会人になって再放送を観てハマった。
何しろ私の世代だと「ロボット」と言っていたのに「モビルスーツ」とカッコイイ言葉に変わっていたし、「ニュータイプ」とか「スペースノイド」とか、とにかくカッコイイワードが次々出てくる。
そして設定自体もそれまで観ていた「正義の味方vs悪者たち」ではなく、特に敵役側のメカがカッコよく、なかでも「シャア」は、敵ながら一番人気があったのではないか?

それに「セリフ」も、なかなか味があった。
「親父にも打たれたことないのに」
「連邦軍のモビルスーツの性能とやらを」
「僕が一番ガンダムを上手く操れるのに」
と、なぜか印象に残るセリフが多いのも、この「ガンダム」の特徴だ。
その後、シリーズ化され今でも「ガンダム○○」という名で続いている。
さすがに最近は全く観なかったが、昨年あたりYouTubeに「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」という動画がアップされているのを観た。
最新のCGでモビルスーツや艦隊戦を描いたアニメは、その動きと品質に久しぶりに「カッコイイ」と思っていた。
この「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」は、全6本で構成される劇場公開ものだ。

「いつか見たいなぁ」
とぼんやり考えていたら、年末の「スカパー!」ガイドブックに「機動戦士ガンダム THE ORIGIN 全シリーズ一挙放映!」の記事を見つけた。
「これは録画しなければ」とさっそくチャンネル契約し、お正月休みにずっと見ていた。
あまりに面白く、会社でうっかり前の席の本部長に話したら「見せて欲しい」と頼まれた。

彼は私より10歳年下。完全な「ガンダム世代」だ。
ただそれまで「ガンダム」の話題を話したことはなく、そんなに好きだったと思っていなかったので、今回の「機動戦士ガンダム THE ORIGIN 全シリーズ一挙放映!」はしなかった。
自分の保存のブルーレイに焼いていたので、それを貸すと「メチャクチャ面白い」と言ってきた。
その後、彼は同じ部の副部長と営業本部長と3人で飲みに行って、ずっとその話で盛り上がったそうだ。

「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」
はとても良く出来ていて、初代「ガンダム」が好きな人には堪らないキャストが出てくる。
「ランバ・ラル」「クラウレ・ハモン」が出たかと思うと「ララァ・スン」「フラウ・ボゥ」「カイ・シデン」そして最後には「カツ、レツ、キッカ」まで出てくる。
私のブルーレイディクスは、そんなわけで今、次々人の間を回って観られることになったわけで、予想しない盛り上がりとなってしまっている。

そんな中、4月からNHK総合テレビで、「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」を再編成して放送されると聞いた。これはこれで、また観てしまうのだが、コンテンツのデキが良いと、40年経っても活かされるものなのだと思い知らされる出来事だった。

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2019年2月12日 (火)

トクサツガガガは「あるある」ドラマ

番組の宣伝を見てちょっと興味を持っていた。
ただあまり「ドラマ」を観ない方なので、どうしようかなぁと思っていた。
TVドラマは最近まったく観ない。
理由はいろいろあって、ここに書けるほど「これ!」という理由があるわけじゃない。
ただこの「トクサツガガガ」は、「トクサツ」と言う言葉で興味を持った。
20190211

もっとも私の好きな「トクサツ」は、年齢的に「ゴジラ」「ガメラ」とか怪獣ものが主流で、戦隊ものが流行り始めた頃には大人になっていたので、興味を示さなかった。
しかし番組の宣伝を見ていると「心に秘めた何かハマッている人」には、響く内容に思えた。
そう思っていたが第1回の時には、うっかりしててチャンネルを変えた時には「トライガーの君(ドラマを見ている人には分かるはず)に地下鉄で出会い、目と目とで分かり合えるシーンだった。

「これは面白そう」と思い、第2回からは録画してみることにした。
観るまで知らなかったが、このドラマは私の住んでいる街のNHKが制作していて、ロケがこの地方で行われている。
だから、第2回に出てくる「ヒーローショー」は、有名なスポットだったり、商店街も「ああぁ、あそこだ」と場所が分かるのも個人的には楽しめる。

しかし、この「トクサツガガガ」の最大の面白さは、何かにハマッている人たちの「あるある」だ。
私自身、この主人公のように内緒にしていたわけではないが、先に挙げたように「怪獣的な特撮」が好きだ。
北代さんじゃないが(これもドラマを見ている人には分かる)声高に言うことでもないと思っているので、会社でその話題を人に話したことはなかった。

ただ、どんなきっかけだったか忘れたが、10歳以上年下のある社員と、その分野について話すようになった。
それからどのくらい経ったか覚えていない。
私とその社員と「例の」と言った調子で分かる人にだけ分かる符丁で話していたら、後日さらに年下の社員が「もしかして、あちらの方?」とこれまた符丁で尋ねられ、盛り上がってしまった。
私を含めたこの「怪獣的な特撮ファン」は、私が一番の年長者、そして10歳下、15歳くらい下と年齢差がある。
私以外の二人からすれば、私は「創世記のゴジラをリアルタイムで観た人」と一目置かれる立場なのだが、これも「オタク」の中だけで、通じる価値観だ。

「トクサツガガガ」で言えば「吉田さん」的なポジションなのだが、私自身「吉田さん」のように「良い年齢して」と迷ったことはない。
なにせ私の2歳上に、もっと詳しい友人がいて、昔は古いゴジラ映画を見ながら「ああだ、こうだ」と夜中に語り合ったものだ。
これを他の二人に話すと、「羨ましい」と言うが、これも「オタク」のあるあるだ。
こんなふうに「トクサツガガガ」には、分野がイロイロ違うにしても何かにハマッている人(あえて、オタクとは言わない)たちにとって、とても「あるある」なシーンや言葉が次々出てくる。

最近NHKは「チコちゃんに叱られる!」「トクサツガガガ」のように、以前のNHKでは考えられないような番組がどんどん出てくる。
そして、制作費が豊富にあることもあり、どれもなかなか良質なデキだ。
まずはこの「トクサツガガガ」は、今のところ楽しみな番組の一つとなっている。

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2019年1月 7日 (月)

年末に見たNHK番組2本

新しい年になったが、話題は昨年末というか12月初旬に見たテレビのこと。
昨年の1月のブログを見直したら、同じように年末番組の話題を取り上げていた。
やっぱり年末は少し時間があるし、TV局(といってもNHKが多いが)も良い番組を年末年始に出してくる影響だろうか?
20190107

●アナザーストーリー
 ~運命の分岐点。衣笠祥雄
私世代の人間だと「赤ヘル軍団」とか「連続試合出場記録の鉄人」とかいう言葉が最初に浮かぶ人だ。
ただ、この人の野球人生を詳しく知らなかったので、入団するまで、そして入団当時の様子など初めて知ることが多かった。
 
それまで、真剣に野球に取り組んでなかった衣笠さんに対し、根本監督から「お前、プロ野球選手やんな?何売れるの?」と言われて、初めて自分自身の力を見直すきっかけになったエピソードは、野球選手に限らない「深い言葉」だった。
野球選手じゃあなくても、これを聞かれて答えられる人って、そうそういないんじゃあないかと思う。

私自身を振り返ると、それを考えた時期が確かにあった。
今の会社の前に勤めた制作プロダクションに入社した時、自分より10歳以上年下のデザインを見て「あんな発想は俺には無理だなぁ」と思ったことがあった。
じゃ、それに負けない武器を持つならと、当時導入されたばかりのMacintoshのことを詳しくなろうと思ったことを思い出す。
 
途中から「連続試合出場」の話、そして「人としての優しさ」、さらに有名な「江夏の21球」の場面など、衣笠祥雄さんの人となりが分かるエピソードで盛り上がっていった。
そして、番組はエンディングへ。
エンディングロールが流れる中、衣笠さんが「スポーツは誰に向かってしてるんですか?」とディレクターに問いかけた。
「それは子供たちですか?」と答えるディレクターに「だから、子供達が見て正しいと思ってる道しか歩いちゃいけないんです。」「そして、マスコミもそれを忘れている」
この最後の言葉は、衣笠さんの遺言のようなもので「重い言葉だな」と心に染入っていった。
 
●昭和の選択「開戦を回避せよ!
 ~近衞文麿・日米交渉の挫折~」
「近衛文麿」と言う人は名前ぐらいしか知らなかったが、今回初めて詳しく知った。
今回、この番組を取り上げたのは、1つは「ポピュリズム」の危うさが分かったと言うことだ。
トランプ大統領が出たことから「ポピュリズム」と言う言葉を知ったが、大衆の望み通りに動く政治家は実は国民のためにならないことがあると知った。

最後の締めで、磯田氏が「ポピュリズム」で大衆迎合し「ワンフレーズ」で単純化し、判断を間違える危うさを話していたが、それを聞きながら「小泉総理」ってもしかすると、その道を歩んだんじゃないかと思えた。
「ワンフレーズ」「自民党をぶっ壊す」と言い、政策も知らず熱狂的に「小泉ファン」を作り、高い支持率を保ち続けた。
ただ、信念どおり政治を行う場合、あまり支持率ばかりを気にするのは良くないんだなぁと思えた。そういう意味では、マスコミも「支持率」ばかりスポットをあてて報道するのは考えものだ。 

最後に「松岡洋右」と言う人と「ハル国務長官」と言う人の話が印象に残った。
「あり得ない前提(この場合はドイツが確実にイギリスに勝つ)でモノを考える人」が松岡氏。だから「日独伊三国同盟」を締結してしまったと言う話。
そして、何とか戦争を避けようとする日本の総理とアメリカの大統領がいても「原理原則」を第一とする法律家出身の「ハル国務長官」という人間の影響で、戦争に進んでいってしまった話。

国と国の戦争なのだが、実は「個人のパーソナリティ」が最終的に大きな影響になっていく怖さを知った番組だった。

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2018年2月13日 (火)

英雄たちの選択〜新春スペシャル「幕末ヒーロー列伝 これが薩摩藩の底力だ!」

前回同様、今回も正月に見た番組の話。
この番組はここ2~3年何度か取り上げているが、磯田氏の思いや狙いがうまいのか「なるほど」と思うコメントを聞くことが多い。
昨年で再雇用になり、次世代の社員たちが新年度やこれからの活動を計画しているが、それを見て「こういうことも知ると良いのに」と思ったので、今回取り上げた。
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「英雄たちの選択~新春スペシャル『幕末ヒーロー列伝 これが薩摩藩の底力だ!』」は、今年の大河ドラマが西郷隆盛を取り上げているので、その関連と言う感じの特番だった。
内容はともかく、印象に残った言葉を紹介したい。

■時代を変える三要素=よそ者、若者、ばか者
ネットで調べると賛否両論あるようだが、個人的には「一理ある」と思った。
特に「よそ者」に対しては実体験もあるし、30代後半から感じていたことだ。

今の会社の子会社にいる頃、ある案件の会議に出席し、ちょっと辛らつな意見を言った。
その時、私は「子会社のスタッフ」なので、ある意味「よそ者」だった。
だから、目上の人も私の意見に「耳を傾けて」くれた。

でも、子会社から転籍した後、同じような場面で同じようなことを発言したら「君は誰に対してモノを言っているんだ」と一蹴された。
日本人は、自分を謙遜して話す。
それが企業間にもあって、他の企業から言われると「本当にそのとおり。勉強になります。」と言うが、自分の会社の目下のものが言うと「君は分かっていないよ」と鼻で笑う。

だから企業の体質や考え方などに変革させるには、やっぱり「よそ者」でないと意見も述べられない。
あとの「若者」「ばか者」は、変革させるためのエネルギーや怖いもの知らずの部分であり、これも社内の人間がやると、「ちょっと面倒なやつ」というレッテルを貼られてしまう。
だから「よそ者」という武器は、変革には絶対に必要なのかもしれない。

■見晴らしが良い場所に立つのが必勝
これはある意味、当たり前。
特に戦国時代の戦(いくさ)を見れば分かるように、俯瞰で状況を確認しないと勝てない。
でもビジネスの世界ではなかなか難しい。
どうしても目先のことで判断してしまう。
「今期の売り上げはどうか?」
「利益はあるのか?」「無駄な投資じゃないのか?」
などなど、全然「見晴らしの良い場所」で検討していないことが多い。

ビジネスの世界での「見晴らしの良い場所」とはどこだろう?
そこに気づいたものが、経営的な勝者になるのだろう。

■スタッフと指揮官は違う能力
最後は、やっぱり自分も振り返って感じたこと。
このブログでも同じようなことを何度か書いた記憶がある。
技術力がすごい人が、すごい経営者ではない。
素晴らしい開発者が、素晴らしい経営センスがあるとは限らない。

一番すごいのは「自分の能力を分かって、足りないものを他人で補填する」人。
具体的は、「本田宗一郎」氏がそうだろう。
「俺はエンジンのことは分かるが、経営の事は分からない」といって生涯のビジネスパートナーとして「藤沢武夫」氏を選んだことは、とても有名だ。

会社員としては一線から外れて始めているが、こんな番組の中のこんな言葉には敏感でいたいものだ。

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2018年2月 5日 (月)

映画「ヤクザと憲法」

1ヶ月以上経ってしまったが、なかなか「考えさせられる」内容だったので、備忘録的に記録することにした。
本来は私の住む地方のローカルTV局ドキュメント番組で、その番組自体は2015年放送のものらしい。
それを再編集して、『ヤクザと憲法』として2016年に公開された。
20180205
その映画版を正月休み中に地上波で放送していたので見た。
最初は「本当のヤクザの姿って、どうなんだ?」「よく事務所で撮影させてもらたなぁ」と興味半分で見始めたが、途中から「世の中の表裏の深い問題」を見せられた気がしてきた。

ドキュメンタリーなので、やはりある特定の組の事務所を定点的に記録している。
一般的には「ヤクザは人に迷惑をかける人たち」と思っている。
なのに、なぜか今も若い人たちがヤクザになりたがる。
なぜか?

高校生の頃から入門を希望し、親分に諭され卒業してから事務所に住むようになった若者が言った。
「ここは、自分を受け入れてくれる」
「学校では自分を受け入れてくれる場所はなかった」

キレイ事のように「みんな仲良く」「いじめはやめよう」と言っても毎年毎年「いじめ」が原因で自殺する子供がいる。
自殺しなくても「自分の居場所」を見つけられず、誰にも手を差し延べられない子供たちはたくさんいる。そんな子供たちの最後の受け皿に「ヤクザ」はなっている場合もあると、彼の言葉は言っているような気がする。
ちなみに、ヤクザ側から子供たちを誘ってはいない。逆に思い直すように、一度は帰している。

そして映画のキャッチフレーズにある「ヤクザには人権はないのか?」
ヤクザの家族ということで、普通の生活が出来ない。
「銀行口座が開けない」
「クルマや携帯電話が購入できない」
そして「保育園、幼稚園に入れられない」

この状況を親分が説明した後に画面は、「日本国憲法基本的人権」の条文が映される。
ヤクザ本人は、ある意味法律外のエリアで生きている人たちだから「人権はないのか?」と言われると「ないかも」と思わないではない。
でも家族はどうなのか?
家族と言うだけで「生活のあらゆる利便性や権利」を剥奪していいのか?

今、私たちはいろいろなところで「反社会的勢力に関する覚書」に署名・捺印している。
自分自身がヤクザとは無縁だから気にしていなかったが、あのおかげで「普通の暮らし」が出来なくなっている人がいるのだと、改めてその署名・捺印の重要性に気づいた。

「じゃ、ヤクザをやめればよい」
と簡単に片付けるには難しい。キレイな社会では「自分の居場所」がない人はどうやって生きればよいのか。そんな重い課題を見せられた気がした。

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2018年1月22日 (月)

バトンを渡す~TSUKIZIワンダーランド

先週に引き続き年末に見た放送の話。
題名は「TSUKIZIワンダーランド」

80年の歴史を有する築地市場。「築地は単に魚を売っているだけではない。仲卸をはじめとする食のプロフェッショナルが介在し、豊富な情報や商品知識を取り扱っているのだ」という視点から、セリの現場や料理人の仕事、食育の様子の取材や開場当時の秘蔵映像を交えて、さまざまな角度から築地を見つめる。撮影期間は2014年3月から2015年6月までの1年4ヶ月間(総撮影日数143日)、総撮影時間602時間。取材人数は仲卸人81人を含む153人に及んだ。(ウィキペディアより)

20180122_2この映画で初めて「仲卸」の役割を知った。
私たちは「仲卸は、新鮮でよい魚を選ぶ目がある人」と思っていたが、そうではない。
自分の顧客のニーズを知り尽くし、その「ニーズにあった魚かどうか」を見極めるのだそうだ。
だから「仲卸」「顧客」は絶対的な信頼で結ばれており、「顧客」は信頼する「仲卸」「良い」と言って仕入れた素材を信じて購入するのだそうだ。

今、日本のビジネスは「グローバル」的になり「どのような契約なのか」が大事になり、「築地」で繰り広げられている「信頼」をベースにしたようなビジネスは、滅びつつある。
ある意味では「築地市場」は、最も「日本らしい」ビジネスが展開されている場所でもあるようだ。

その映画の中で、確か寿司屋の人だったと思う。
「漁師から仕入れ、運送、卸、仲卸と人を繋いできて、最終的にお客様にバトンを渡す我々が、ヘマをして価値を下げるようなことのないように、細心の注意を払っている」と話していた。

この言葉、わが社の営業に聞かせたい・・・・。
まぁ、ウチの会社だけでないけれど、どんな企業でも分業化されていて、「自分たちの領域」だけの事ばかり気にするが、本当は「最終的な消費者がどう感じるか?」なのだと改めて胸に響いた。

今は、みんな忙しく、つい手元を見ることばかり夢中になるけれど、「信頼」が大きな幹となって成立している「築地市場」だからこそ、本当に大切なものは「何か?」を忘れていないのかもしれない。
IT化とかAI化とか、効率的なこともどんどん進めなくちゃいけないけれど、「大切なもの」を落としていかないか・・・・再雇用の身分だけれど、ちょっと心配な今日この頃だ。

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