2017年8月 7日 (月)

松山城と道後温泉への旅 その2

新幹線での岡山までは本当に「あっ」と言う間だったが、「岡山」から「松山」までは、2時間40分と少し掛かる。20170731_02

「本州四国連絡橋」を渡る時は、ちょっと盛り上がったが、島影や瀬戸内海を見ているうちに終わってしまい、四国上陸後は延々と沿線風景を眺めるだけとなった。

松山に近づくと、遠くに「松山城」を発見!そして1時過ぎに松山に到着。
到着して驚いたのが、未だに「自動改札」でない!
久しぶりに駅員に切符を手渡したが、どうやら伊予鉄道の「松山市駅」の方が中心なのだろうか?
お腹も空いていたので、駅にあるうどん屋さんで「ぶっかけ」+「じゃこ天」を食べた。
これを始めに、夕食~次の日の朝食と続けざまに「じゃこ天」を食べたが、みんな少しずつ味が違って面白かった。

予定では3~4回くらい乗るので、1日券が良いかと市電の1dayチケットを購入して市電に乗り込んだ。
ホテルは市内の中心の「大街道」なので、そこに行く市電に乗ったつもりが、その手前の「松山市駅」で電車は終着で、また乗り換えて「大街道」へ。1dayチケットにしておいて良かった!
駅からすぐにホテルがあり、チェックイン時刻より1時間も早かったが、部屋の準備が出来ており、チェックインさせてもらえた。

さっそく荷物を置いて最初の目的地の「道後温泉」へ。
しかし、今年はどこに行っても暑い。この暑いのに「温泉」と思いながらも、市電に乗って行って来た。
「道後温泉駅」に到着して、お土産通りを通って到着。
「個室は空いてますか?」と聞くと15時と中途半端な時間のせいか「今なら、すぐ良いですよ」と言われ即決。

各階に案内の人がいて、個室へ。
浴衣に着替え、最初は「霊の湯(たまのゆ)」。ほんのり温泉の匂いだけれど、肌にやさしく少し熱めで、深めの浴槽に入浴。気持ちよい~~~。
「ついに道後温泉に来たなぁ~~」と一人ニヤニヤしてしまった。
その後、「神の湯」。男性は2つあるのだが、もう暑くて片方に入っただけで、出てしまった。

この「個室コース」「坊ちゃんの間」を見られたり、「又新殿」の見学が可能で、特に「又新殿」が面白かった。ここは、昭和天皇の時代まで皇室専用のお部屋だということで、部屋の作りや武者隠しなど、興味深かった。
たまたま外人の人に通訳が案内していたが、私が道後温泉の案内にいろいろ聞くと、その答えを通訳すると言う不思議な関係で見学していたが、一番外人が食いついていたのはトイレだった。
やはり外国の人には「エンペラー」というのは、とっても厳かな感じがするものなのだろう。

最後に「道後温泉本館」を1周回って写真を撮り、お土産通りでカキ氷を食べて汗を引かせ、道後温泉公園に寄ったが、そこで出会った猫は呼んだら寄って来て、さらに私の座っているベンチに来て、ぴったりくっついて座ってきた。妙に慣れていたが、いったい野良なのか?観光客に慣れているのか?
あまりの不思議経験で、写真を撮ることも忘れてしまったが、こんな出来事も旅の面白さだ(つづく)

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2017年7月31日 (月)

松山城と道後温泉への旅 その1

お城と温泉。
1月の終わりにも「城と温泉とパンダの旅」 として出かけてきたが、この時の本当の中心は昨年生まれた「パンダ」だった。
宿泊ホテルの温泉と和歌山城も確かに「温泉とお城」だったが、「せっかく行くなら」として温泉とお城を付け加えての旅行だった。
20170724_01
でも今回は違う。
「松山城と道後温泉」にした理由はいくつかある。
理由その1
「ブラタモリ」で2回に渡って放送され、意外と距離が近いと分かったこと。
理由その2
松山城が「現存天守12城」であること。
理由その3
道後温泉が耐震のため「今年秋から工事」になること。
特にこの「その3」があったので、今年行くことを決めた。

このブログを始めて10年以上になり、いくつかの定番記事があるが「旅の記録」も大きな定番記事になっている。
「旅行に行こうかな~~」と思ってから最初に悩むのは「行き方」だが、今回は最初から「クルマ」はあきらめた。
若い時には一人の運転で高知に行ったりもしたが、もうちょっと無理になった。
疲れるし、眠くなる。
だから今回は「JR+ホテル」のセットで申し込んだ。

これにもかなり慣れてきたので、ネットで申し込んだ。
で、1ヶ月前を切る頃にJRのチケットが届いた。7月の3連休の1日前を有給にして1泊2日、さらに出かけるところが「道後温泉」「松山城」。あとは現地で判断と、あまりガッツリ予定を立てずに出かけた。

私の住む街の駅を8時過ぎに出発する新幹線に乗り、まずは岡山へ。
岡山に近づく頃から何度かスマホに「災害情報」が流れ、局地的な豪雨が私の住む地方で発生したようだったが、新幹線は時刻通り運行してくれた。
ちなみに豪雨は本当に局地的らしく私の住む地区は大丈夫だった。

チケットを依頼したのはJR系の旅行代理店なので、乗り継ぎも少し余裕のある列車にしてくれる。
以前、鹿児島に行った時には、観光客の乗降に時間が取られ、博多に到着した時には10分ほど遅れた(この時も乗り継ぎに余裕があったから、大丈夫だったけれど)。
岡山での乗り継ぎは40分くらい。なので、乗り継ぎホームの確認も、トイレも、お土産売り場も余裕で周り、列車に乗り込んだ。
列車名は「しおかぜ7号」
岡山を出るとすぐに「本州四国連絡橋」「児島・坂出ルート(通称:瀬戸大橋)」を渡る。
四国には2回行ったことがあるが、この「本州四国連絡橋」が掛かる前で、初めての陸路だけでの四国上陸となった。そして愛媛にも初めての訪問となった(つづく)。

左にアルバムを作成したので、興味ある人は見てください。

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2017年7月24日 (月)

あの時の気持ちを思い出す曲~深夜高速

前回の「若い頃と今の音楽」 で書いたように、YouTubeというのは自分自身が予想もしない出会いをさせてくれる。(と言っても、音楽的な話だけれど)
前回紹介した「竹原ピストル」は、CMで耳にしていたので、最初に聴いた時には「ああ、この曲かぁ」と思ったが、今回は、初めて耳にした。
20170724_sinyakousoku
この曲に興味を持ったのは「斉藤和義」が唄っているのをやはりYouTubeで見たこと、そしてどうやら多くのミュージシャンに支持されていることを知ったからだ。
そしてこの曲を歌っている「フラワーカンパニーズ」というバンドの結成20周年記念で、「深夜高速」1曲のみを13組のアーティストがカバーしたトリビュートアルバム「深夜高速 -生きててよかったの集い-」というものがあり、先の「斉藤和義」の唄は、このアルバムかららしいと分かったからだ。

これまで「フラワーカンパニーズ」というバンド名は耳にしたことがあったが、どんなバンドでどんな曲をやっているのか知らなかった。どうやら出身は、私の今住む街だということ、そして一度もメンバーチェンジをしていないことなどをネットで知った。

一度聴いた時は「ああ、青春時代の曲ね」と単純に思ったが、何度か聴いているうちに多くのファンやミュージシャンに指示されていることが分かり始めた。
同じフレーズのコード進行で、繰り返される分かりやすさと、胸にキュンキュン来る歌詞。
なんだか20代の頃を思い出してしまったし、どうも感受性が強いのか、その頃のことを夢にも見てしまった・・・・。

いろいろあって働いたあとにデザインの学校に入り直したこと。
本当にデザイナーとしてやっていけるか分からなかったこと。
彼女が出来ても、一緒にやっていける自信なんてなかったこと。
これからどんな未来になっていくのだろうと思っていたこと。
お金がなくて、皆と同じように国内国外に遊びに行けなかったこと。

こうして具体的に書くといくらでも出てくるが、こんな「不安」とか「モヤモヤ」とか「あせり」とかいろんな気持ちをこの曲はうまく言い表している。
と、60歳が近くなった今、冷静に感じられていること自体、この曲のサビにあるように「生きていてよかった」なのだろう。

~深夜高速~


青春ごっこを今も 続けながら旅の途中 ヘッドライトの光は 手前しか照らさない
真暗な道を走る 胸を高ぶらせ走る 目的地はないんだ 帰り道も忘れたよ

壊れたいわけじゃないし 壊したいものもない だからといって全てに 満足してるわけがない
夢の中で暮らしてる 夢の中で生きていく 心の中の漂流者 明日はどこにある?

生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった そんな夜を探してる

年をとったらとるだけ 増えていくものは何? 年をとったらとるだけ 透き通る場所はどこ?
十代はいつか終わる 生きていればすぐ終わる 若さはいつも素裸 見苦しい程ひとりぼっち

生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった そんな夜を探してる
生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった そんな夜はどこだ

僕が今までやってきた たくさんのひどい事 僕が今まで言ってきた たくさんのひどい言葉
涙なんかじゃ終わらない 忘れられない出来事 ひとつ残らず持ってけ どこまでも持ってけよ

生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった そんな夜を探してる
生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった そんな夜はどこだ
いこうぜ いこうぜ 全開の胸で いこうぜ いこうぜ 震わせていこうぜ
もっともっと もっともっと見たことない場所へ ずっとずっと ずっとずっと種をまいていく
全開の胸 全開の声 全開の素手で 感じることだけが全て 感じたことが全て

生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった
生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった

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2017年7月18日 (火)

若い頃と今の音楽

ちょっと前回の続き的な内容。20170718_yowakaino

YouTubeで古い唄、と言っても吉田拓郎とか中島みゆきとかジャンルはある程度絞られるが、聴いているうちに前回も書いたように、忘れていた曲や未発表の曲や、別バージョンなど新たな出会いにぶつかることがある。

そんな今から45年くらい前に聴いていた音楽を今聞くと「な~~んて理屈っぽい詩だったんだろう」と思う。
吉田拓郎なんて人は、その典型で「マークⅡ」には

♪年老いた男が 川面をみつめて 時の流れを知る日が 来るだろうか♪

なんて、妙に老成というか達観したような「世の中を斜めに見ている」ような詩だ。
私自身、「世の中を斜に見ている」と言われたことがあったが、そんな音楽ばかり聴いていたからかもしれない。

他にも「イメージの詩」なんかは、

♪これこそはと信じれるものがこの世にあるだろうか
  信じるものがあったとしても信じないそぶり
  悲しい涙を流している人はきれいなものでしょうネ
  涙をこらえて笑っている人はきれいなものでしょうネ♪


とか

♪古い船には新しい水夫が乗り込んで行くだろう
  古い船をいま動かせるのは 古い水夫じゃないだろう
  なぜなら古い船も新しい船のように新しい海へ出る
  古い水夫は知っているのサ新しい海のこわさを♪


なんて感じで、もうグダグダと「理屈っぽい」
まぁ、この曲は拓郎が準ちゃんとの恋にやぶれた失恋の唄で、本人も「グダグダ言ってる曲」と話しているが、当時は聴く側が勝手に偶像として聴き「反体制的な」イメージとして聴いていた。

じゃ、最近の音楽は?
YouTubeを巡っていくうちに「竹原ピストル」という名前に行き着いた。
「ピストル」ってと思っていて聴いてみたら、CMで聴いたことがある曲だった。
それは「よー、そこの若いの」。

♪とかく忘れてしまいがちだけど とかく錯覚してしまいがちだけど
  例えば桜やらひまわりやらが特別あからさまなだけで
  季節を報せない花なんてないのさ
  よー、そこの若いの 俺の言うことをきいてくれ
  「俺を含め、誰の言うことも聞くなよ。」 
  よー、そこの若いの 君だけの花の咲かせ方で
  君だけの花を咲かせたらいいさ

  とかく忘れてしまいがちだけど とかく錯覚してしまいがちだけど
  例えば芸能人やらスポーツ選手やらが 特別あからさまなだけで
  必死じゃない大人なんていないのさ
  よー、そこの若いの こんな自分のままじゃいけないって
  頭を抱えてるそんな自分のままで行けよ
  よー、そこの若いの 君だけの汗のかき方で
  君だけの汗をかいたらいいさ♪

良い詩だ。
若い時の「もやもや」だったり、「劣等感」だったり、「焦り」だったり、この曲を聴くと、「いつの時代でも若い奴は、何かのモヤモヤを胸に抱えているんだ」と共感したりした。
どうもこの人の詩は、こんな内容の詩が多いようで、とっても皆に支持されているようだった。
他にもメジャーやインディーズに関わらず「良い詩」を書いているミュージシャンはいるようだ。

私たちの時代には、若い人の「モヤモヤ」を表現してくれるのは吉田拓郎のような「フォーク」分野の人しかいなかったが、今は違う。
メジャーでもちゃんと歌ってくれるし(多少キレイ事としてアレンジしてあるけれど)、インディーズになれば、もっともっとストレートに心の中をぶつけてくる。

音楽の聴き方も、表現するアーチストも50年前とは違っているけれど、10代の「モヤモヤ」した表現しがたい気持ちを胸に抱えるのは、同じなんだなぁと思ってしまった。

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2017年7月10日 (月)

YouTubeの楽しみ方

会社から「持て」と言われてスマホを持つようになって、何年か過ぎた。
今さらなのだが、このスマホと言うやつは、ライフスタイルを大きく変えた。
60年も生きていると「ライフスタイルを大きく変えた」ものに結構出会っている。
古くは、テレビとか冷蔵庫とか洗濯機とか私が生まれた頃に言われた「3種の神器」の家電たちがあるが、ソニーの「ウォークマン」もそうだ。
Youtube
現在30歳くらいの女性社員と話していたら「ウォークマン」以前の音楽の聴き方を尋ねられた。
「どうやって、音楽を聞いていたのですか?」
私たちの世代は、音楽は家の中もしくはクルマの中で聴くもので、日常生活の中で何かをしながら聴くことはあまりなかった。
その意味で「音楽を外に持ち出した」と言われる「ウォークマン」は、大きくライフスタイルを変えたものだと以前何かで読んだ。

そして同じようにスマホの登場も、大きく変えた。
ゲームもネットも動画も、全部を「いつでもどこでも楽しめる」ものに変えてしまった。
私自身、暇な時間にはゲームをするし、仕事中でも気になればネット検索する。
そして、それまで「わざわざアクセス」するものだったYouTubeも、身近になった。
アプリを立ち上げれば、すぐにアクセスできる。

ニュースやスポーツで気になることがあるとYouTubeを見ると、動画がアップされていて見逃した場面でも見ることができる。
何度かアクセスすると、ログを捕られていて私の興味のある傾向のものが表示される。
「前略おふくろ様」という私たちが高校生の頃に夢中になった人気ドラマが、全話アップされていたりする(これは違法なのだろうが・・・・)。

特に音楽系では、YouTubeは活躍してくれる。
以前このブログにも載せたが、懐かしい音楽やアニメ主題歌なんかもあるし、忘れてしまっていたような音楽に再会することもある。
先の「前略おふくろ様」から音楽を担当していた「井上堯之バンド」に繋がって、「傷だらけの天使」「太陽にほえろ」などのテーマ音楽に再会するなどのようなパターンもある。

ドラマやニュースや音楽だけでなく、CMもある。
再生中に流れるCMは辟易するが、昔のCM集だったり、TVで見て「良いなぁ~~」と思うようなCMなんかがアップすると見てしまう。
「カロリーメイト」は満島ひかりが校庭に一人立って「ファイト!」をアカペラで熱唱するCMから、毎年「心に響く」パターンが続いている。それを一度に見られるのもYouTubeの楽しみだ。

そして、音楽も最近はまったく新しいものを聴こうとは思っていないが、YouTubeで見つけて「へぇ~~」と思う曲に出会ったりしている。
この辺の話は、次回に続く話題だが、YouTubeのような動画を見ることができるコンテンツは、今までとはまた違う楽しみの見つけ方を教えてくれるものだ。

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2017年7月 3日 (月)

「話し合い」で解決は、綺麗ごとなのか

今回は、ちょっと妄想的な話題。
これも「こんな時期に、こんなこと考えていたのか!」とあとで備忘録的に思えるようにしておこうかと・・・・20170703hanasiai

昨年、イギリスがEU離脱を選択した。
それを追うようにアメリカにトランプ大統領が誕生した。
その頃から、「自国第一主義」とか「ポピュリズム」とか言う言葉を聞く様になった。

「自国第一主義」は、私のような年代が生きてきた戦後から今までの時代が目指してきた「グローバリズム」とは真逆の「自分の国がまず、良くなければ」と言う感じか?

日本は島国で移民はそんなに流れてこないし、そもそも日本は積極的に難民を受け入れていないから実感が少ない。だから「自国第一主義なんて」という空気感が強いが、もしも中国や韓国や北朝鮮の人たちが、今のように観光ではなくて、移民とか難民として大量に入国してきて、働き場所を奪っていくとしたら、そんなことを思えるだろうか?
そんな角度でイギリスやアメリカを見てみると「わからなくはない」気がする。

そういう感情を「何となく」心の中に皆が持っているところへ、トランプ氏が出てきて「アメリカ第一主義」と声高に演説し、国民に迎合していくことが「ポピュリズム」と否定的に「正義の味方」的に言っていられるだろうか。

と、ここまでは「今までとは違う流れの始まり」と感じるし、現にNHKスペシャルなどでも「グローバリズムの限界」のようなテーマが出始めているから、未知の時代が始まっていることは間違いないだろう。
そんなことに気を取られているうちに、ある国は毎週のように「ミサイル実験」を繰り返すし、ある団体はさまざまな国や場面で「テロ」を頻発させる。

そんなニュースばかり見ていて、映画やドラマで「世界中がひとつになって」とか、世界中の首脳が「武力を使わずに話しあいで解決を」と言っているのを見ていると、そちらの方がとても「絵空事」のように感じてしまうようになった。
「話し合いで」と言っている間に、あの国はどんどん軍事力を強くそして技術も高くなって、気が付いた時には「手に負えない国」になっていないだろうか?

私たちは昭和30年代の初めに生まれた。
今から考えれば、戦争が終わって10年くらいしか経っていない時期だ。
だから、小学生の時にはずいぶん「平和」とか「戦争反対」と教育されたし、そう思って生きてきた。
でも、今の状況を見ていると、「話し合いで平和って生まれるんだろうか?」と日々思うこの頃だ。
諦めてはいけないのだろうが、毎週のように「ミサイル」を実験する国を見ていると「そろそろ一発ぶん殴ったら?」と、とても不謹慎なことを考えてしまうのも事実だ。

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2017年6月26日 (月)

LINEやメールは、失礼なのか

5月に同じようなことが私の所属部署であって、6月になったらそのままのことがネットのタイトルになっていたので、ブログの話題にした。20170626_line

まずは、ウチの会社で起きたこと。
その社員は、以前あることが原因で軽うつになり、今は普通に出社している。
その社員は30代の独身の男性。

私や本部長と部屋は別なのだが、ある時同じ部屋にいる顧問から「もう1週間近く休んでいるけれど、知っている?」と本部長に話した。
どうも体調が悪く、上長である課長によると声が出ないとのことで、毎日「LINE」で休む旨の連絡が来たとか。
本部長としては「1週間も休んでいるのだったら、報告してよ」と課長に言っていたが、それよりも「休む場合ってLINEは、いいのか?」と私に聞いてきた。

今年新人研修をした私としては、若い人たちは若い人たちなりに、ツールをうまく使い分けをしているのは、聞いた。
彼らからすれば「メールよりもLINEの方が既読が分かるから、連絡としては確実」と言うと思う。
でもLINEもスマホメールも使っていない本部長からすると「使っていない人には連絡来ない」と疑問を投げかけていたが、それはそれで、分かるような気もする。

一応社員規定などには「連絡する」とはあっても「電話じゃないとダメ」とは書かれていない。
さらに先に書いたように「既読」で確実だと若い世代は思っているから「なぜダメなんだ」と言うと予想はつく。
もうこうなると「常識」の線引きが世代によって違うことが根本的な問題となる。

「どうなんだろうね~」と話していたら、6月の初めに「上司に『LINE』で『退職させてください』、書面で出さなくても法的に有効?」というタイトルでネットに記事が載っていた。
こちらは「法的視点」なので、私たちが感じていたこととは違うけれど、「何でダメなのか」と若い世代に言われると困る。
ま、退職の場合はやっぱり書面で捺印がないと、「本物である」証拠にはなりにくいから、ダメな気がするが、会社を休むくらいのものは『「LINE」でどうしてダメなんだ』と言われると、かなり困る。

きっとそのうちに社員規則には「LINE」は可とか不可とか書かれるようになるのだろう。
そうそう新人研修の時に聞かせてもらったが、LINE、インスタグラム、ツイッターといろいろな使い分けをしていることを教えてもらった。
いつの時代も若い世代は新しいツールをうまく使い分けている。
私が若い頃、よく年長者に言われた「今の若いのにはついていけない」という言葉を、今、私の世代が言い始めてきている。

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2017年6月19日 (月)

社員の急死

5月の最後の週の月曜だった。
出社してきたら隣の席の本部長が「○○さんが亡くなったって知ってる?」と聞いてきた。
「えっ?」
前の週に食堂へ向かう廊下ですれ違って挨拶したんだけれど?20170619kyusi

職種が違うから、同じ部署になったことはないけれど、仕事柄ちょくちょく相談させてもらったり、打ち合わせさせてもらったりしたし、私が子会社にいた頃から知っているので、結構親しくしていた。
彼は、私の一回り下。
50歳の少し前で、縁も無かったのかずっと独身だったようだ。

あまりの急のことで、最初の社内回覧では「通夜・葬儀の近親者なので」ということで会社関係は遠慮したいようだった。
私の部署は本部長の判断で、数人がお通夜に行き、香典も遠慮したが、営業の人たちは「焼香したい」との声が大きく、結局100人近くがお通夜に、本葬には社長も出席することとなった。

亡くなった状況を聞くと本当に急だった。
土曜に職場の人たちとゴルフに行き、後半のハーフへ行く時、本人は「大丈夫」と言っていたが、ずいぶん調子が悪そうだったみたいで、職場仲間もゴルフ場のスタッフも「やめて、休んでいた方が良い」と無理やりに休ませたのこと。
休憩させて、ラウンドしていたら救急車の音がして、職場の仲間が「もしかすると」と戻ったら、もう亡くなっていたとか。

脳のスキャンには異常がなく、ご遺族の希望で司法解剖もしなかったので、しっかりした死因はわからずじまい。
ただ、残業が多かったこと、毎年の健康診断もいつも保健指導が入り、近しい職場の人には「そのままじゃ、良くないよ」とも言っていたとか。

弔問にいった社員に聞くと、「眠っているような顔だった」というから、そんなに苦しくなかったのかもしれないね?としばらくは、いろんな人たちと彼の急死について話題にし、さらに月初めの全体朝礼でも黙祷を捧げた。
50歳前で、そんなふうに突然亡くなってしまうのをすぐ近くで感じると「毎日心残りのないように生きておこう」としみじみ思ってしまった。

同窓会に行っても、友人の死を聞くことが増えてくる年齢。
60歳を迎えるということは、自分より若い人が亡くなることを聞く機会も増えるということなのだと気づかせてくれる出来事だった。

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2017年6月12日 (月)

蛍を見に行ってみた

前から「一度は行ってみようかな」と思っていた「ホタル鑑賞」に行ってきた。
20170612_hotaru
ネットで検索してみると、少し街から離れるところに鑑賞できるところがいくつかあった。
その地区のボランティアの人たちが育てたり、地域おこしのためにやっていたりと理由はいろいろのようだが、いずれも結構寂しい場所のようだった。

それは当たり前なのだろうが、駐車場とか道路とか、その地域のことを知っているわけじゃないので、何かと不安になる。
ということで、結局冬になるとイルミネーション、いつもは花などをメインイベントとして行っている植物パークが、何年か前から園内の小川や池を利用して、ホタルを生育し、時期になると「ホタル鑑賞」を行うようになり、先日そこへ行ってきた。

一度冬のイルミネーションイベントには出かけたが、そのときは、夕方前から駐車場はいっぱいだし、点灯時間には、ものすごい人数だった。
今回は、そこまでではないだろうとのんびりと出かけ、さらにアジサイや花ショウブも始まるとのことだったし、園内にある日帰り温泉にも寄ろうと、いろんな目的で行ってきた。

自然の観賞場所じゃないから、それなりにお金も取られたけれど、日帰り温泉もまぁまぁ良い感じで(ちょっと高いけれど)、日暮れ間近には園内にある食事処で夕飯。
少し早いかと思ったが、どうやら「ホタル」目当てのお客さんが多くて、6時くらいには、どの食事処も入店を並んで待っている状態で、結果的にはちょうど良い時間だった。

で、少し園内で暗くなるのを待って、鑑賞スポットへ。
水辺の草や樹木の影の辺りにチラホラとホタルが光りながら飛んでいるのが見えた。
いくつかの場所で見えたが、ある場所では「はぐれホタル」がいて、見学している人の上まで飛んできて、みんなが大騒ぎ。
面白かったのが、子供よりも親のほうが一生懸命で、子供たちに「ほらほら」とか「ちゃんと見たの?」とか言っている。
さらに、スマホやデジカメのモニタ画面の明かりや、間違ってフラッシュしてしまう人などの明かりで、「ホタルよりいろいろな光りの方が活発!」と思わず口走ってしまった。

子供としては、川の向こう側のホタルなので、ちょっと冷静。
先の「はぐれホタル」のように近づいてくると、急にテンションがあがる。
そんな姿を見て、小さいころに親父に連れられて、ホタル狩りをしていた私のような世代は幸せだったのだろうと改めて思ってしまった。
そして、水の中に光るものを見つけ「いた!」と掴んだら、とても気持ち悪い幼虫だったという経験をしたこと、幼虫も光るんだと言うこと、そんなことを知っていることも、ちょっとだけ嬉しかった。

あのころは、思わなかったけれど、そんな素敵な環境はあっという間になくなって、そして一度失ったものはなかなか元に戻せないのだと、決してエコ推進派ではないけれど、思ってしまった。
トランブ氏はそんなことは思わないだろうけれど・・・・・。

何十年かぶりにホタルを見たが、子供ころに見たホタルは、もっと点滅が息遣いのように感じて、色ももっと神秘的だったような気がしたなぁ。
ちょっとだけ贅沢な夏の風景鑑賞だった。

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2017年6月 5日 (月)

新入社員研修の雑感

6月になり、今年度が始まって丸2ヶ月過ぎた。
そのうちの1ヶ月は新入社員研修で拘束されてしまった。20170605_kensyu
一時期当社は、業績の関係であまり積極的に新人採用が出来なかったし、せっかく入れても会社側の受け入れ態勢が整っておらず、若い社員から退社していくなど、社員全体の高齢化が進んでいる。
そこで、昨年度あたりから「若手の育成」「次世代育成」が方針の1つに掲げられるようになった。

その具体策の1つとして、これまで10日間あまりの新人研修を、営業社員に限り1ヶ月に延長し、実務に近い形で研修することとなり、その講師役を受け持たされた。
講師役については、お客様である専門学校やこれまでの新人研修でやっているから良いが、1ヶ月(実質は3週間くらい)に及ぶ長期間はなかなかない。
さらに通常業務が免除されるわけでないので、研修に対応しながら隙間を見つけて、通常業務にも対応するという1ヶ月が続いた。

何しろ初めての長期研修なので、コーディネートする人事部も、対応するこちらもいろいろを準備不足だったり、不具合が起こったりしたが、何とか無事終了した。
この1ヶ月の特別研修を受けたのは、営業職とデザイナーの卵の11名。
最初は営業職だけの話だったが、「原稿整理とか校正ともやるんだったら、うちの新人も受けさせて」とデザイナーの所属する部門から依頼されて対応することになった。

営業職の新人は、毎日私の「印刷物制作のための研修」を半日、あと半日は「印刷物見積もりのための研修」と、とにかくみっちり研修漬けの毎日。
一般の人は知らないが、印刷物というのは実は「オーダーメイド」の製造物なので、1つ1つ全部価格が異なる。
そして出来上がるまでの工程も、オーダーによって異なるので、意外と見積もりが難しいものなのだ。

「見積もり研修」を対応するのは、私と同じ年齢の「定年組」の印刷営業スペシャリスト。
そういう意味では、我々の年代は現在本当に「次世代育成」に助力する立場なんだとはっきり分かった。

さて、肝心の研修の状況は・・・・。
例年そうだが、どうしても学校勉強の延長の考え方で「正解を出さないと」とか「どうやったら、良いのか」とか、そんな取り組み方や質問が多く、研修に進んでいくにつれ「学校で勉強しているんじゃないんだから」と何度か注意する必要があった。

他にも、「自分だけがどんどんやってしまう子」「やっている子を見ているだけの子」「自分が納得するまで話し合いたい子」などなど、いろいろなタイプの違いがあって、こちらとしては、なかなか面白いものがあった。
後半になるにつれ、かなり実際の業務に近づき、現在起きているさまざまなミス要因に近い出来事などに出会うようになると、こちらの対応も厳しくなっていく。

そして、研修の最後の方は、「だんだん現実的になってきました」と元気がなくなってきたのだが、私の視点から見れば、「段々社会人の顔になってきた」と少し微笑ましくみていた。
さて、そんな研修を受けた新人たち。各事業部の各営業部に配属されてどんな活躍をしてくれるのか?
半年後、1年後に彼らの意見を聞いてみたいものだ。

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