カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2009年11月16日 (月)

世代を超えるアニメ〜トムとジェリー編

急遽1回飛んでしまったが、今回は大御所の登場である。
「トムとジェリー」が日本で初めて放送されたのは、いったいいつなのだろう?
ウィキペディア(Wikipedia)で調べたら1964年とある。
じゃ、私が小さい頃テレビで見ていたのは、初放送のものだったんだ。
ちょっと感慨深い。(白黒テレビだったんだよ)
Tomujeri
「195×年にアカデミー賞を受賞しています」
こんなテロップが流れたりしたので、初放送はもっと古いと思っていたのだが、日本では60年代だったんだな(1つだけ「台所戦争」というのがアカデミー賞を獲っていたのは覚えている)。

ほとんど台詞のないドタバタアニメ。
フライパンや土管に当たると、その形になってしまうトム。
ブルおじさん。
安全ピンで留めたおむつをしてるニブルス

他にもたくさんのお馴染みキャラが登場する「トムとジェリー」だが、この作品の時代の超え方はスゴい。

今でもレンタルビデオ屋にずらりとシリーズが並んでいるし、地上波でもスカパーでも何度も再放送している。
個人的には、やっぱり初期の頃の台詞の全くない作品が好きだが、相変わらずドタバタやっているのは変わらないようである。

ただ私はやっぱり少々変わっていて、3本立ての真ん中のシリーズが好きだった。
1本目と3本目は「トムとジェーリー」なのだが、真ん中の2本目は、違っていた気がする。
その中の「ドルーピー」が好きなのだ。
いや、正確には「ドルーピー」にいつもやられてしまう「オオカミ」が、何とも愛らしくて好きなのである。

そうそう、会社の研修で初めてアメリカに行った時、泊まっているホテルでベッドメイクするオバさんが「トムとジェリー」に出て来る太った黒人でリズミカルなお手伝いさんにそっくりだったことに驚いた。
「アメリカには、普通にこういう人がいるんだ」と。

そういえば「揚巻さん」の家のペットの名前は「トムとジェリー」じゃなかったっけ?

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2009年11月13日 (金)

何の本能が動かしているのか????

Houdouzinアニメシリーズの途中ですが、急遽違うネタを。

半ば「無理なんだろうな」と思っていた犯人が逮捕された。
例の「英国人女性殺人事件」の市橋容疑者のことだ。
センセーショナルな事件だったし、最近では整形したとか、どこかで偽名で働いていたなどニュースバリューが高まっている時期の逮捕だった。
しかも、大阪で逮捕され新幹線で移送し、東京駅へ。
その時の混乱混雑ぶりがもの凄かった。
結局「よくわからない」顔写真くらいしか撮れなかったみたいだが、何とか「姿を」と思っている報道陣の熱狂(?)ぶりは凄まじかった。

そんな混乱した場面を見ながら、
「すごい報道魂だな」と思っていたが、そのうち、ちょっと違うデジャブ感を持った。
何だろう?と一瞬考えたが、すぐに思い付いた。
「政局」
と言われる政治的動向が急激に動く時の「政治家と報道陣」に似ていた。
なんだか、高揚しているのである。

テレビのコチラ側で見る側としては「やじ馬根性」で見ていることは間違いない。
その問題点の本質よりも混乱の方に興味がいっている気がする。

じゃあ、あの報道陣や政治家の「高揚感」がどこから生まれてくるんだろう?
そんな「高揚感」は、普通の生活をしている自分たちにはないのだろうか?
そんなことを思いながら画面を見ていると、獲物を倒したハイエナたちの群れが獲物を加えて集団で、あちらこちらに移動している姿とダブって見えた。

じゃあ、あれは狩猟本能が高揚させているんだろうか?
いやいや、じゃあ政局の時の政治家はどうなんだ?
私たちだって、例えば急激な変化に突然遭遇した場合、周辺にいる人間が一致団結し、高揚して乗り切る経験もなくはない。

人は「いつもと変わらない平穏無事な毎日」を祈りながら「変化に対して高揚する本能」という矛盾した能力を持つのだろうか?
あの混乱場面を見ていて
「いったいどんな本能が集団的なあの行動を起こさせているんだろう」
そんな、全く違う疑問を持ちながら、事件のニュースを見ていたのだった。

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2009年11月11日 (水)

世代を超えるアニメ〜トトロ編

このシリーズの2回目は前回の記事にも少し出て来た「トトロ」だ。
「トトロ」のことは、このブログで2回ほど名前が出て来る。

「男鹿和雄展」「Favorites No.11 風の谷のナウシカ」だが、特に「Favorites No.11 風の谷のナウシカ」でも書いたように、個人的にはあまり好きな作品でない。
宮崎駿さんとしては「ナウシカ」「ラピュタ」の方が思想的で好きだが、一般の認知度はやっぱりこの「トトロ」がダントツだ。
そして、これも「世代を超えて」いる。

Totoro
それは「男鹿和雄展」の時に痛感した。
その記事に書いたように、ものすごく来場者が多く、しかもほとんどが親子連れ。
そして大半のお母さんが、子供に
「ほら、トトロの森だよ」
と話していた。この展覧会自体、子供よりも父母の方が楽しみにしている感じであり、その父母が幼い頃見た「トトロ」の世界を見に来ていたようだ。

「トトロ」は1988年の公開だそうだから、20年以上経過したアニメだ。
だから今「親子」で楽しめる作品になっているんだろうが、もう20年すると「親子三代」で楽しめる作品になっているだろうか?

このアニメ「トトロ」自体のキャラクターが良かったことはもちろんだろうけれど、他にもいろいろなキャラや名場面がある。
「マックロクロスケ」
「ネコバス」

そして「メイちゃん」「とうもころし」
私は、どうも細かい部分が好きなせいか、「ネコバス」の前面行き先ランプの「ネズミ」が何とも好きだ。

他にも、ちょうどこのアニメの設定時期が私の子供の頃なので、何とも懐かしい(例えばお風呂やボンネットバスなどなど)。

今じゃ「三丁目の夕日」以来、昭和ブームになって珍しくなくなったけれど、当時あの時代にフィーチャーしたものはなかったために、兄貴と
「懐かしいな〜」
と言いながら、先日結婚した姪たちと見ていた気がする。

今でも年に1回くらいは日本テレビで放映するが、何となくチャンネルを合わせて見てしまうアニメである。

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2009年11月 9日 (月)

世代を超えるアニメ〜ハイジ編

突然「何の話題?」と思われるかもしれませんが、これは「スカパー!」の影響だ。
「アルプスの少女ハイジ」の放送が春頃から1回2話ずつあって、まもなく最終回を迎える。
先日はクララが牛に驚いて思わず「立った」り、おばあさまの計画で「山の湖」に出掛けたり・・・・こういう場面があり、ついにクララは立って少し歩けるようになり、フランクフルトに戻って行く最終回を迎えた。

おそらく、上の文章を読んで「うんうん」と思っている人は多いはず。
でもこのアニメ、最初の放送は多分30年以上前だ(調べたら1974年だった!)。
昔、テレビか雑誌で見聞きしたのだが、世界中で「世代を超えて認知されているもの」ってのは、ものすごく少ないのだそうだ。
お祖父さんも、お婆さんも、お父さんもお母さんも、息子も娘も、みんなその「話題」について共通的に話せることっては、ごく僅かで、アニメの場合「ディズニー」「トトロ」があると、聞いた気がした。

「そんなアニメ、他に何があるかな?」
と思い「それなら、ブログのネタにしよう」となったわけだ。
Haizi

その1回目は、きっかけとなった「ハイジ」
みんなが知っていることが前提のこのシリーズなので、あらすじは書かない。
何度も何度も再放送があって、ウチの娘が幼稚園か小学校の頃
「ハイジ見て、泣いてた」
なんて話を聞いた記憶がある。
その娘がすでに母親なのである。

ハイジがクララの豪邸にいた頃の話は、あまりにも辛いので、再放送でもあまり見ない。切なすぎるからだ。
そして、クララがアルムの山に来た頃から、この話は浮き浮きして来る。
若い頃、原作を読んだがもっと宗教めいてて、アニメにその部分が残っているのは、ペーターのお婆さんに、ハイジやクララが聖書を読んであげるシーンだ。

私は、このアニメで「素敵だな」と思うのは最終回のほんの一瞬のシーンだ。
もちろんクララが歩けたことや、クララのお父さんお婆さんの驚きの再会シーンなど泣けるところは沢山ある。
最後にクララがフランクフルトに帰り、「歩く練習」をお屋敷の階段でやっていて、ロッテンマイヤーさんが
「この調子なら、春になったらアルムに行けそうですね」
とクララを励ますところ。

結局、ロッテンマイヤーさんもクララお嬢様のことを大切に思っていたから、いろいろ口うるさかったわけで「いろんな愛情」が凝縮された物語なのだな〜〜と思ってしまうのである。

他の人は、どんなシーンが好きなんだろう?

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2009年11月 6日 (金)

意外だった涙のTOYOTAF1撤退

トヨタF1撤退のニュースは唐突だった。
209年のF1レースのすべてが終了したばかりだった。
今年のF1は、レースの話題よりも周辺の雑音の方が衝撃的だった。

昨年の「ホンダF1撤退のニュース」に始まり、「富士サーキット撤退」「ブリヂストン2011年以降撤退」と、もうF1と日本の接点は「鈴鹿サーキット開催」だけになってしまうようだ。

「ホンダF1撤退のニュース」の続きに「トヨタは砂上の楼閣なのか」と記事を昨年書いた。

F1toyota_0911
ちょっと話は飛ぶが、私の住んでいる地域はトヨタと深い関連がある。そして我が社の顧客には、もちろんトヨタもあるし、そのグループ企業も数多い。
昨年秋以降の急激な悪化になった時、この系列企業の反応は面白かった。
グループ企業の中にも順列があって、上位の企業ほど、その反応スピードと対応は厳しく、下位の企業はちょっとのんびりしていた。
例を挙げるとこんなふうだ。

社内報担当者の女性はそれまで「残業10時間」と言われていたが「残業0時間」と言われ、サービス残業も許されない。
電気も消され、真っ暗になってしまい「モニタの灯りで校正しています」なんて、ちょっと涙ぐましい状態になっている。

それほど「巨人トヨタ」をして「削減、削減、削減」とやって来て、そして少し黒字の見込みが起ち始めていた。
そんな中での「トヨタF1撤退」の決断。

新聞によるといち早く撤退した「ホンダ」は、今期の黒字が見えているのに、先延ばしにした「トヨタ」は、まだ黒字化にならないからだとか。
そして、今期社長となった「豊田章雄氏」が創業者の血統だから英断出来たとかイロイロと憶測を呼んでいる。

しかし、いちF1ファンから見ると、記者会見場での社長の苦渋に満ちた表情と涙の専務はちょっと意外だった。
「こんなにもレース参戦に情熱を燃やしていたのか」と。

そう言えば「トヨタはなぜF1に参戦しないのか?」と言われていた頃、トヨタの技術陣は涙ながらに参戦を上層部に訴えたと言う話を聞いたことがある。
「大の男が、それもかなり良い年齢の男が、勝負したいと涙を流す」
レースとか技術には、経済だけではない「熱い魂」があるのだと、記者会見での涙を見ながら思った。

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2009年11月 4日 (水)

中島みゆきの紫綬褒章〜Favorites 55 命の別名

いや〜〜〜驚きましたね。
去年の春に「桃井かおりの紫綬褒章」の時にも驚きましたが、こちらも「へぇ〜〜」という感じだ。

「桃井かおり」「中島みゆき」も10代の終わりから親しんできた人なのだが、どうも私自身の感覚としては「大衆性」よりも「個性的」だと思っている。
だから、「学術・芸術・スポーツで著しい業績を上げた人」と言われると、「確かにそうだけれど、お国が認めていいの?」と思う感じなのだ。

受賞の知らせを受けて、話すコメントはいかにも「みゆき」らしい。

「思いがけずうれしいことの表現に『棚からボタ餅』と申しますが、今の私の気持ちは『棚から本マグロ』くらいの驚きでございます」

 「ふつう、何かを頂けそうな場合には2度くらいは辞退して、それでもとおっしゃるならちょうだいするのがマナーなのでございましょうが、褒章となります と『ふつう』ではないことですので、辞退なんかしたら二度とこんな機会はないかもと思いまして、即座に『いただきます!』と、お返事してしまいました」

時を同じくして、今、結構気に入っている「中島みゆき」作品がある。
わざわざ「作品」としたのは、今聞いているのは本人の唄ではなく「工藤静香」のものだからだ。
この二人の事については「Favorites50 誕生」に書いてあるが、彼女が言った「言葉の魔術師」「なるほど」と思わせる曲がこの「命の別名」
特に「サビ」の歌詞には注目だ。ぜひ鑑賞あれ!紫綬褒章のお祝いを兼ねて・・・・・

知らない言葉を覚えるたびに 僕らは大人に近くなる
けれど最後まで覚えられない 言葉もきっとある

何かの足しにもなれずに生きて 何にもなれずに消えて行く
僕がいることを喜ぶ人が どこかにいてほしい

石よ樹よ水よ ささやかな者たちよ 僕と生きてくれ

くり返す哀しみを照らす 灯をかざせ 君にも僕にも すべての人にも
命に付く名前を「心」と呼ぶ 名もなき君にも 名もなき僕にも

たやすく涙を流せるならば たやすく痛みもわかるだろう
けれども人には 笑顔のままで泣いてる時もある

石よ樹よ水よ 僕よりも 誰も傷つけぬ者たちよ

くり返すあやまちを照らす 灯をかざせ 君にも僕にも すべての人にも
命に付く名前を「心」と呼ぶ 名もなき君にも 名もなき僕にも

石よ樹よ水よ 僕よりも 誰も傷つけぬ者たちよ

くり返すあやまちを照らす 灯をかざせ 君にも僕にも すべての人にも
命に付く名前を「心」と呼ぶ 名もなき君にも 名もなき僕にも
命に付く名前を「心」と呼ぶ 名もなき君にも 名もなき僕にも

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2009年11月 2日 (月)

購買意欲が刺激される

今年は偉大なミュージシャンの訃報が相次いだ。
特にファンではないので、このブログでは話題にしなかったが「マイケル・ジャクソン」なんかは世界的な偉大さなんだろう。

そんな中、吉田拓郎のラストツアーの中止と言うニュースは心配し、「とりあえず安心〜吉田拓郎」でも取り上げた。
その後、あまりニュースに出てこないが、まぁ嫌な知らせがないことが良いことなんだと思っている。

先日、全く何気なく「吉田拓郎」で検索して初めて知ったが、「吉田拓郎/18時開演〜TAKURO YOSHIDA LIVE at TOKYO INTERNATIONAL FORUM〜」という最新アルバム(CD3+DVD)が出るらしい。
Takuroyoshida18zi
アマゾンなどで、このアルバムをこう紹介している。

全公演即日完売、プラチナチケットとなった『TAKURO YOSHIDA Have A Nice DayLIVE 2009』より2009年7月4日、東京国際フォーラムで行われたコンサートの模様を3枚組ライヴCDとしてリリース。
数々の大ヒットナンバーから最新アルバム『午前中に・・・』収録曲までの全演奏曲に加えオープニングサプライズ曲、MCまで全てをノーカット完全収録した2時間30分を超える感動のステージが甦る。
DVDには貴重な未発表映像2曲を収録。

拓郎の記事を書くたびに言っているが、彼はライブの時が最高に良い。
「この曲、こんなに良かったっけ?」
などと再認識することさえある。
それはツアーの度にアレンジを変えたり、その時代によって感じるものが違ったりと理由はイロイロだろうが、とにかくライブは魅力的だ。

そしてツアー中止が影響してか、それとも最初からの予定通りだったか知らないが「MCも含むノーカット完全収録」は、やはり心が揺らぐアルバムである。

ああ、しかも
【DVD収録内容】(未発表曲映像)
1. ある雨の日の情景
2. 無人島で・・・。

とある。
アマゾンだと4,264円か〜〜。決して安くはないけれど、購買意欲が猛烈に刺激されるリリースだ。
「乗せられているよね」と分かっていながら、きっと買ってしまう1枚だろう。

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2009年10月30日 (金)

「わが街」と思えるのは何故か

相変わらず変なタイトルである。
どうも私のブログはタイトルだけでは、何の話か分からないのが多い気がする。
これはプレゼンを生業とする私としてはマズいのかも・・・・
ま、いいか。

これは「街が死んでいく」の続編である。
この記事に「こばちさん」が長い長いコメントを付けてくれた。

Hurusatoenasan
そのコメントの中に、私の故郷では
「伝統と文化のプライドを感じます」
と言ってくれた。
「それに引き換え私の実家では」
とずいぶん「その差」を嘆いている。

コメント返しをさせてもらったが、どうも気になって、しばらく「その差」について考えてしまった。
確かに「こばちさん」の実家の街は中都市だ。
今は自動車で有名なT系企業の本拠地になっているが、歴史的に浅いのかと思えば、決してそうではなく戦国時代から重要な町だったし、江戸時代では東海道筋で交通の行き来も活発だったようだ。
だから、伝統とか文化だって私の故郷に引けを取らない気がする。

じゃあ、何が違うのか?
1つだけ思い当たる事がある。

私の故郷には「自然の風景」がある。
「恵那山」という日本百名山に数えられる「山の風景」だ。

私が生まれて育った頃とは、街の風景はずいぶん違う。
「街が死んでいく」に書いたように、故郷を出てしまった私には情けない事に、新しく出来た道など分からなくなってしまったくらい街の風景は違う。
けれど、高速道路で帰省すると、「昔のままの恵那山」がいる。
これがきっと我が故郷出身者の「記憶」に焼き付いているのだろう。
「この風景はわが街だ」
「伝統と文化」じゃなく、最初にあるのは「変わらない恵那山の姿」
これが一番、故郷を出てしまった心を癒してくれているのだろう。
そして、故郷に残っている人の中にも、意識せずとも刻まれているんじゃないだろうか?
その延長に「伝統と文化」を守る気持ちがある気がする。

人の造ったモノは時代とともに変化する。
だから、心のDNAには刻まれないのかも。
やはり「自然」の威力はすごいのかもしれない。

我が故郷に、変わらない「自然の風景」があったことに「感謝」なのである。

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2009年10月28日 (水)

政権交代というのは

10月の初めに「マスコミの言う事」でマスコミの事を「単純な批判機関」と非難した。
今日の記事も、その続編的内容だが、どうも日本と言う国は「自民党」が長く政権を担い過ぎた気がして仕方がない。

多くのマスコミは「政権交代」で発生する例えば予算とか公共工事見直しなど大切な部分をちゃんと伝えようとしている。
そして今の内閣というか政権の支持率が高いのは、やっぱり国民の期待感の大きさと冷静に見守っている表れだと思う。

Seikenkoutai

けれど、一部の週刊誌系のマスコミは「自民党政権」と同じような手法で批判記事をトップに出している。

「小沢氏団体、記載虚偽」

これなんかは、政治資金の問題なので、ちゃんと明確にしないと行けない事だと思う。

「鳩山『愚か者』の事件簿」

どうかと思う見出しだ。
「鳩山」「麻生」や「安倍」に変えても通用する。
決して政治に詳しくないから、間違っているかもしれないが、どうやらマスコミの中にも「政権交代」という波に乗れない人たちがいるんじゃないかと思う。

テレビのニュースや新聞はもちろん、ゴシップ専門誌以外は、もうちょっと「政権交代」ということは、一般の生活にどんな影響が出てくるのかを、きちんと報道すべきじゃないのか?
税金や暮らしや遊びや、その週刊誌の得意とする視点で記事にすべきじゃないのかな?

「マスコミの言う事」の時にコメントをくれた「こばちさん」の息子さんの言葉。
「アメリカじゃあ、マスコミは半年間は絶対に批判をしないんだよ。半年くらい黙って見る期間がなきゃ、なんもできんじゃん」の通りです。
(アメリカが全て正しいとは、思わないけれど・・・・)
この息子さん、高校生ですよ。

「長期政権」だけでマスコミ活動して来た人たちは、どうして良いのか分からずに、単純批判することがマスコミの指名だと思っているならば、そのマスコミも淘汰される気がする。

時代のうねりは始まっているのだから・・・・

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2009年10月26日 (月)

ありがとう!60,000アクセス

週の始まりにふさわしく(?)、累計60,000アクセスの記事から始まった。
いつも区切り事に感謝の気持ちを込めて、記事にしているので、特別に今回だけ取り上げて書く事はないけれど、毎回思うのは「まぁ、よくアクセスしてくれるものだ」という気持ちだ。
60000
ただ今回は、ちょっとだけいつもと違う気持ちもある。
8月の終わりに「ブログの悩み」という記事を書いた。
この時にコメントをつけてくれた「リーフさん」が、先日「ブログを終了しました」と知らせてくれた。
「リーフさん」「すぬ」というブログを開設してみえて、いつの頃からか私のブログの定期訪問者になってくれていた。
時折付けてくれるコメントも、私とは違う視点で、楽しかったし、「ブログ」自体も私のように小難しいことは少なくストレートな話題で面白かった。

また今年の6月に「更新の望むブログ」として取り上げさせてもらった「イシダ。さんち」も、その後更新されておらず、おそらく終了したのではないかと思う。

ブログは、個人の意識で好きな目的で発信するツールだから、いろんな使い方やいろんな更新の仕方がある。
だから、始めるのも止めるのも自由なんだけれど、でも「ブログの関係」だけだったとは言え、馴染んでいたブログの更新が停まるのは、ちょっと淋しい。

20代の頃、「人と人との出会い」は、図形で言うと2つの図形が一瞬重なった形に似ていると思った。
その重なりの範囲が広い図形同士は長い付き合いになったり、夫婦になったりするけれど、重なりの範囲が少ない図形同士は、一瞬の付き合いになる気がしていた。

どうやら、これはネットの世界でも同じのようで、顔も本名も知らないけれど、重なる縁のあった人がいるということは、ブログでの経験で一番感じた事だ。

さて、私のブログはいつまで続けよう?
取りあえず、今年一杯は続けて、毎年恒例の「本」にしないとね?

これからもよろしくお願いします。

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