2017年9月19日 (火)

近場の美術館巡り

ちょっと時間が過ぎてしまったが、夏休みに近場の美術館を巡ってきた。
20170911_mistukan_2ニュースによると今年は「山の日」の曜日の関係があり、各企業の夏季休暇期間が重なり、どこも大渋滞・大混雑だったようだ。
そんなこともあり、どこにも出かけない予定にしていたが、何となくiPhoneを見ていて「チラシミュージアム」 というアプリを見つけた。

そのアプリは「全国の美術館・博物館・ギャラリーで開催されるアートイベントのチラシ」が見られるという私のような人間にはありがたい道具で、さっそくダウンロードして使ってみた。
すると「安城市歴史博物館」 と言う施設で「生誕220年広重 ‐雨、雪、夜 風景版画の魅力をひもとく」をやっていることを見つけた。
「これは行かねば!」と出かけたが、入場料は500円と格安だし、施設内は涼しいし(一部寒いくらいだったが)、そして予想していた以上に広重の作品が多く、しかもゆったりと見られて最高だった。

「広重」といえば「東海道五十三次」が有名だ。
もちろん展示の筆頭にずらりあったが、状態の良いのとそうでもないのと入り混じり、それでも全宿場+異版もあり、さらに違う版元のものや、国芳との合作版などバラエティに富んだ展示で、偶然見つけて思い付きで出かけたものとしては、とても「儲けもの」なものだった。

ここは今では「安城市」と言い、私の住む街の近郊だが、「安城市歴史博物館」 のある場所は、元々「安祥城」の城址だったとのこと。
施設を出て、少し周りを巡り、今はお寺となっているところに「安祥城址跡」の石碑を見つけた。
2015年4月に「近くの穴場~西尾城」 を書いたが、本当に私の地方は、このような城址がそこら中にある。
これは、定年後の楽しみの1つとして史跡巡りを考えている私には、とてもありがたい。

そして、同じ日ではなかったが、もう1ヶ所「この時期だから」という情報を聞きつけて出かけてきた。
それはミツカン酢でお馴染みの「ミツカンミュージアム」
通常は「予約」が必要な施設なのだが、お盆期間中は「無料・見学自由」とのことで、これも「ぜひ、行かねば!」と行って来た。
当然、企業の施設なので「酢の作り方」「歴史」がメインなのだが、これがかなりちゃんとしていて、驚いたのは復元した長さ約20メートルの「弁才船」

「夏休みの自由研究に」と子供や孫を連れてきている人も多かったが、それでもゆっくり説明文を読めるゆったりさで、「これで無料」と言うことなしだった。
さらに、このミュージアムの周りは、ほんの少しだけだが「歴史の散歩道」になっており、これもゆ~~ったりと見て周り堪能した。

こうやって近場でも十分楽しめることが最近感じることで、小牧城や岐阜城など、「鉄筋コンクリートの復元だから」と行っていない施設にも出かけなくちゃと、またまた「行きたいところ」が増えている60歳なのであった。

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2017年8月21日 (月)

松山城と道後温泉への旅 その3

先週、めでたく(?)60歳になった。還暦だって!
この話題は次回にするとして、今日は前回からの続き。

「道後温泉」
からまた市電に乗って、ホテルへ。
ちょっと休憩して夕飯へ。
今回の宿泊先はビジネスホテルなので、朝食だけにして夕食は外。20170807_03
だから市内中心の「大街道」近くにホテルを取った。
ホテルにあるガイドやネットでお店を見て1件目に行ったら、「合い席なら」と言われて諦めた。
やっぱりネットで良い評価されていると混んでいる。けれど経験的に飛び込みで入っても美味しい店もある。
希望としては「鯛茶漬け」が食べられるところだったが、なかなか良さそうな所がなく、あまり高くなくリーズナブルそうなお店に入った。

これが結果として良くて、濃いしょうゆベースで食べる「鯛茶漬け」も付いていて、天ぷらもじゃこ天も、どれも美味しい定食で満腹になってしまった。
その後、「松山城」へ。
本当なら翌日の予定だったが、ちょうどその日から「光のおもてなしin松山城 2017」が始まり夜9時半まで天守閣以外は入場可能とのことで、行ってみた。

松山城は市内の小高い山の上にある城郭で、最初から歩くことは諦めてロープウエイに頼った。
近づくにつれライトアップされた天守閣が見えてきた。
お城好きとしては、さまざまな形をしたイルミネーションはちょっと邪魔だったけれど、暗闇に浮かぶ高い石垣や天守閣が幻想的で、さらに想像よりも城郭も大きく、夜のお城見物を堪能した。

そして翌日。
バイキングの朝食にも「じゃこ天」があり、前回にも書いたけれど「3食続けて」じゃこ天尽くしの松山滞在になってしまった。
13時半に松山を出発する列車なので、早めにチェックアウトして再度松山城へ。
やっぱり石垣が高い。
そして天守閣も良い。
さらに城郭としてコンパクトだけれど「升形」があちこちにあるし、「狭間」も多く、守りの堅そうな城なんだなぁと感じられた。
現存天守閣は、もう見学するだけで楽しい。歴史を読んだり、展示物を見たり、他の観光客がさっさと通り過ぎていくが、時間もあることなので、ゆっくり楽しんだ。
天守閣の窓に中国人らしい夫婦がどっかり座って動かないのには閉口したが、大きさも歴史もたっぷり楽しませてもらった。

これであとは「時間があれば」と思っていたところもあったが、あまりの暑さに高島屋に避難。
お土産もホテルで買ったし、時間まで涼んだ後に、市電でJR松山駅へ。
これ以上の場所はレンタカーが必要だと思ったが、これで松山・道後温泉としては十分に楽しんだ。
現存天守閣のうち、これで犬山城、彦根城、松本城、丸岡城、姫路城、高知城と合わせて7つ出かけた。
高知城は20代の時だったから、もう一度行きたいが、次の目標は松江城かな?

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2017年8月 7日 (月)

松山城と道後温泉への旅 その2

新幹線での岡山までは本当に「あっ」と言う間だったが、「岡山」から「松山」までは、2時間40分と少し掛かる。20170731_02

「本州四国連絡橋」を渡る時は、ちょっと盛り上がったが、島影や瀬戸内海を見ているうちに終わってしまい、四国上陸後は延々と沿線風景を眺めるだけとなった。

松山に近づくと、遠くに「松山城」を発見!そして1時過ぎに松山に到着。
到着して驚いたのが、未だに「自動改札」でない!
久しぶりに駅員に切符を手渡したが、どうやら伊予鉄道の「松山市駅」の方が中心なのだろうか?
お腹も空いていたので、駅にあるうどん屋さんで「ぶっかけ」+「じゃこ天」を食べた。
これを始めに、夕食~次の日の朝食と続けざまに「じゃこ天」を食べたが、みんな少しずつ味が違って面白かった。

予定では3~4回くらい乗るので、1日券が良いかと市電の1dayチケットを購入して市電に乗り込んだ。
ホテルは市内の中心の「大街道」なので、そこに行く市電に乗ったつもりが、その手前の「松山市駅」で電車は終着で、また乗り換えて「大街道」へ。1dayチケットにしておいて良かった!
駅からすぐにホテルがあり、チェックイン時刻より1時間も早かったが、部屋の準備が出来ており、チェックインさせてもらえた。

さっそく荷物を置いて最初の目的地の「道後温泉」へ。
しかし、今年はどこに行っても暑い。この暑いのに「温泉」と思いながらも、市電に乗って行って来た。
「道後温泉駅」に到着して、お土産通りを通って到着。
「個室は空いてますか?」と聞くと15時と中途半端な時間のせいか「今なら、すぐ良いですよ」と言われ即決。

各階に案内の人がいて、個室へ。
浴衣に着替え、最初は「霊の湯(たまのゆ)」。ほんのり温泉の匂いだけれど、肌にやさしく少し熱めで、深めの浴槽に入浴。気持ちよい~~~。
「ついに道後温泉に来たなぁ~~」と一人ニヤニヤしてしまった。
その後、「神の湯」。男性は2つあるのだが、もう暑くて片方に入っただけで、出てしまった。

この「個室コース」「坊ちゃんの間」を見られたり、「又新殿」の見学が可能で、特に「又新殿」が面白かった。ここは、昭和天皇の時代まで皇室専用のお部屋だということで、部屋の作りや武者隠しなど、興味深かった。
たまたま外人の人に通訳が案内していたが、私が道後温泉の案内にいろいろ聞くと、その答えを通訳すると言う不思議な関係で見学していたが、一番外人が食いついていたのはトイレだった。
やはり外国の人には「エンペラー」というのは、とっても厳かな感じがするものなのだろう。

最後に「道後温泉本館」を1周回って写真を撮り、お土産通りでカキ氷を食べて汗を引かせ、道後温泉公園に寄ったが、そこで出会った猫は呼んだら寄って来て、さらに私の座っているベンチに来て、ぴったりくっついて座ってきた。妙に慣れていたが、いったい野良なのか?観光客に慣れているのか?
あまりの不思議経験で、写真を撮ることも忘れてしまったが、こんな出来事も旅の面白さだ(つづく)

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2017年7月31日 (月)

松山城と道後温泉への旅 その1

お城と温泉。
1月の終わりにも「城と温泉とパンダの旅」 として出かけてきたが、この時の本当の中心は昨年生まれた「パンダ」だった。
宿泊ホテルの温泉と和歌山城も確かに「温泉とお城」だったが、「せっかく行くなら」として温泉とお城を付け加えての旅行だった。
20170724_01
でも今回は違う。
「松山城と道後温泉」にした理由はいくつかある。
理由その1
「ブラタモリ」で2回に渡って放送され、意外と距離が近いと分かったこと。
理由その2
松山城が「現存天守12城」であること。
理由その3
道後温泉が耐震のため「今年秋から工事」になること。
特にこの「その3」があったので、今年行くことを決めた。

このブログを始めて10年以上になり、いくつかの定番記事があるが「旅の記録」も大きな定番記事になっている。
「旅行に行こうかな~~」と思ってから最初に悩むのは「行き方」だが、今回は最初から「クルマ」はあきらめた。
若い時には一人の運転で高知に行ったりもしたが、もうちょっと無理になった。
疲れるし、眠くなる。
だから今回は「JR+ホテル」のセットで申し込んだ。

これにもかなり慣れてきたので、ネットで申し込んだ。
で、1ヶ月前を切る頃にJRのチケットが届いた。7月の3連休の1日前を有給にして1泊2日、さらに出かけるところが「道後温泉」「松山城」。あとは現地で判断と、あまりガッツリ予定を立てずに出かけた。

私の住む街の駅を8時過ぎに出発する新幹線に乗り、まずは岡山へ。
岡山に近づく頃から何度かスマホに「災害情報」が流れ、局地的な豪雨が私の住む地方で発生したようだったが、新幹線は時刻通り運行してくれた。
ちなみに豪雨は本当に局地的らしく私の住む地区は大丈夫だった。

チケットを依頼したのはJR系の旅行代理店なので、乗り継ぎも少し余裕のある列車にしてくれる。
以前、鹿児島に行った時には、観光客の乗降に時間が取られ、博多に到着した時には10分ほど遅れた(この時も乗り継ぎに余裕があったから、大丈夫だったけれど)。
岡山での乗り継ぎは40分くらい。なので、乗り継ぎホームの確認も、トイレも、お土産売り場も余裕で周り、列車に乗り込んだ。
列車名は「しおかぜ7号」
岡山を出るとすぐに「本州四国連絡橋」「児島・坂出ルート(通称:瀬戸大橋)」を渡る。
四国には2回行ったことがあるが、この「本州四国連絡橋」が掛かる前で、初めての陸路だけでの四国上陸となった。そして愛媛にも初めての訪問となった(つづく)。

左にアルバムを作成したので、興味ある人は見てください。

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2017年3月27日 (月)

Favorites=世界!ニッポン行きたい人応援団

「和風総本家」(テレビ大阪) のことをこのブログで紹介したのは、今から9年前の4月だった。
ブログで書いた頃はまだ始まったばかりで、「どうなるのか?」的に書いたが、その後、世界的に「日本ブーム」になった。
この時には「和風ブーム」と書いたが、その意味ではこの番組は「日本ブーム」の先駆け的だった。
20170327_nippon
その後、「日本に観光に来る外国人」が増えに増え、「インバウンド戦略」なる言葉も、我々レベルでも良く耳にする時代になった。
そのおかげなのか、ここ数年「海外から見た日本」を紹介する番組が増えた。
「世界が驚いたニッポン! スゴ~イデスネ!!視察団(テレビ朝日)」
「YOUは何しに日本へ?(テレビ東京)」
「所さんのニッポンの出番(TBSテレビ)」

また最初に挙げた「和風総本家」 でも「世界で見つけた Made in Japan」などの回には、海外のユーザー目線で日本の道具などを紹介する。

そして、1年くらい前から、私がとても気に入っている番組がある。
これもやはり「テレビ東京」系で、最近このチャンネルは本当に面白い。
他のチャンネルが大事件の時に、一斉に同じような報道番組になるのに、このチャンネルだけは通常番組を流すように徹底した独自路線で有名だ。
その「独自性」が、今はとても良い方向に向かっているのだろう。
その番組は「世界!ニッポン行きたい人応援団」

これらの番組で共通するのは、私たち日本人自体が「へぇ~~そうだったのか!」の日本文化の再発見に気づく点だが、この番組は、そこが徹底している。
まず、海外の人の「日本のモノLOVE」をプレゼンテーションしてもらう。
毎回、そのシーンを見るだけでも面白い。
インターネットだけの情報から、味噌を作ったり、藍染めしたり、鎧兜を作ったり、もう「日本の伝統」に対して「LOVELOVE」を一生懸命熱弁を振るい、そして「ぜひ日本へ招待して!」と呼びかける。

先に挙げたような「日本の伝統」とか「独自の道具」などは、その職人さんが(しかも業界トップクラスの)外人さんをもてなす。
2月初めに放送された盆石が大好き!なアメリカ人男性をご招待! の回では、開場前の「竜安寺」の枯山水の見学を「サプライズプレゼント」として招待する。するとそこに粉雪が舞い、招待された外人さんは、静かに感涙を流す。
「日本人じゃなくても、この静寂と枯山水の世界は感動するんだなぁ」と思わず一緒に涙が浮かんでしまった。

そして、こんな回もある。
「ニッポンに行きたい」のは、ポーランドの12歳の女の子。
この子のLOVEなものは「錦鯉」「フグ」
そして「“錦鯉”愛すポーランド小学生ご招待!!納涼2HSP」 としてニッポンにやってきた。
もう鯉を見るたびに「Oh~~Koi」と叫び、普通の人が知らないような模様によって種類として「紅白」「大正三色」「昭和三色」などなど、もの凄い「錦鯉知識」見せてくれる。

またまた「たい焼きLOVE」なロシアの女性を招待した「“たい焼き”愛してやまないロシア美女ご招待!!」 も面白かった。
数枚一緒に焼ける鉄板で作ると「養殖」と呼び、昔ながらの1枚ずつ焼く場合は「天然」と呼ぶとか、見るたびに日本のことなのに、「へぇ~~~」と思うことがたくさんある。

どの回も共通するのは、向い入れる日本人側がとても良い人が多く、そして親切なことだ。
最後にはとびっきりの「お土産」をプレゼントする。先の「たい焼き」など、彼女が訪れた鋳物工場で、「天然もの」の焼型をプレゼントされたり、「錦鯉」では、錦鯉そのものをプレゼント。

日本の文化や道具や職人や、いろんなことを感じさせてくれる番組だが、一番日本が海外に誇れるものは、やっぱり「もてなし」なのじゃないかと、いつも最後には思う。
それと、「和風総本家」でも「世界で見つけた Made in Japan」の回では、こういった職人さんを、日本は大事にしているだろうかとも思う。

最初に挙げたいくつかの番組の中で、ある外国の人が言っていた。
「こんなに素晴らしい文化を受け継ぐ職人たちの賃金が、異常に安いことが一番の驚きだ」
この一言こそ、日本という国が一番学ばないといけない気がする。

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2017年3月21日 (火)

気になる人、脳科学者「中野信子」さん

「気になる人」の最後は「中野信子」さん。
今までの2回は、歴史とかお城とか私の好きな物の延長にいる人だったが、この人は違う。
最初にTVで見たのは、さんまの「ホンマでっか」だったろうか?
昨年、彼女が「さんま御殿」に出演した時に、そう言っていたから多分間違いないと思う。
20170327_nakano
(ウィキペディアより)
日本の脳科学者(医学博士)、作家。
東京都出身。東日本国際大学特任教授。株式会社ビッグベン所属。元MENSAの会員。既婚。
1998年東京大学工学部応用化学科卒業後、東京大学大学院工学系研究科修士課程、2004年東京大学大学院医学系研究科医科学専攻修士課程修了、2008年東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。博士論文「高次聴覚認知における知覚的範疇化の神経機構 fMRI・TMSによる複合的検討」で医学博士号取得。

彼女の場合、こういう経歴やTVでの話ではその「面白み」は分からないと思っている。
以前「情熱大陸」では、ラストになって「かつら?ウィッグ?」を取ったら金髪で、カラオケでロックを熱唱するところが映し出された。
「脳科学者である中野信子を演じている」と言っていたけれど、金髪の女性が中野信子のすべてとは言っていない。こういうパターンは、古くは「桃井かおり」にもあって、もうすでに彼女の場合「俳優の桃井かおり」が、元々の人格を覆っているようになっている(と私は思っている)。

そして先日NHKでやっていた「脳科学者 中野信子ができるまで」 で話していたが、とにかく幼少時代から天才的に記憶力が良く、周りに溶け込めなかったとも話している。
この点、1回目に紹介した「磯田氏」と共通している。
そういえば「情熱大陸」の磯田氏の放送の時、「磯田会」の中に中野信子さんがいた。
このような学者になる人たちは、子ども時代が割と不遇で、中野信子さんは周りと違うのは「脳がおかしいのでは?」と思ったことが脳に興味を持つきっかけだったと、この番組では話している。

そんな彼女だが、この人が面白いと思うようになったのも、やっぱり「英雄たちの選択」 がきっかけだった。
磯田さんともおそらく相性が良いのか、良くこの番組にも出演する。
歴史的人物を「脳科学的に分析」して話してくれる。

例えば「織田信長は、かなりの確率でサイコパスであっただろう」と話す。
そして「織田信長」とその妹「お市の方」の関係は、「サイコパス」「常識人だがサイコパスを嫌悪しながらも惹かれる、もしくは寄り添うタイプ」として話していた。

私の好きな歴史的な話は、磯田さんが得意な古文書の他に、言い伝えや史跡があって、そこから想像も手伝いながら「真実らしきもの」に近づいていくことが多いが、中野信子さんのように「脳科学的」な視点でアプローチすると時に「へぇ~~」と思うような解説されることがある。
それによってまた史実の見方や意味が少し違う風景に見えることが、この人の面白さだと私は感じている。

磯田さんと中野さんがディスカッションするような講演会やセミナーがあったら、是が非でも行ってみたいものだ。

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2017年3月13日 (月)

気になる人、城郭考古学者「千田嘉博」さん

「気になる人」の2回目は「千田嘉博」さん。
この人は(おそらくは)前回の「磯田」さんほど一般的には有名ではない。
ただ(多分)お城好きの人たちには有名な人だと思う。
この人を知ったのは、前回にも紹介した「英雄たちの選択」 という番組(だったと思う)。

20170321_senda(ウィキペディアより)
日本の城郭考古学者。奈良大学 文学部 文化財学科 教授、前学長。愛知県生まれ。中学1年生のときに遠望した姫路城に感銘を受けて、中・近世の城跡探険をはじめる。日本各地の中世・近世城郭の発掘調査・整備に関わるほか、ヨーロッパ・モンゴル・ニュージーランドなど世界の城と日本の城の比較研究を行っている。2015年に濱田青陵賞を受賞。2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」の真田丸城郭考証者。 

最初は誰の話の時だったか?
「天草四郎」の時だったか?
島原の乱での最後の「原城」籠城戦についての時に、「原城」を解説する人として登場した。
最初に目についたのが、肩書。
「城郭考古学者」
そんな分類分けの学者がいるんだ!というのが、その時の正直な気持ちで、「千田」さんそのものに興味を持ったのは、その後からだった。

普通、お城を解説する時は、「ここにこういう守りがあり、ここに仕掛けが施されている」といったものが多い。
近年の「お城ブーム」のきっかけとなった「ロンブーの淳」なんかもバラエティ番組で、このような解説をする。
「狭間とは」とか「野面積みがどうだとか」みたいな「城が好きなら、こういうこと知っていて当たり前だよね」的な解説は多い。
いろいろなお城を見るようになって、確かにそういう名称的な知識はあった方が見学する時に楽しい。
でも、その知識を聞く側が、同じように楽しいか?と言えば、どうだろう?
お城に興味のある私ですら、BS放送でやっている「お城」の特集など、だんだん眠くなってしまう。

そんな経験からして、この「城郭考古学者」である「千田嘉博」さんは、おそらくと~~~っても学問的な解説をするのかと思った。
ところが、この人は違った。
のちのちこの人をTVで見るようになって確信を持ったが、千田さんは、もう「お城LOVE」の人なのだ。

もちろん「城郭考古学者」なので、建築物としてのお城の仕組みや構造の解説をする。
でも、この人は語り口が非常に優しくて、その時代の城主や領民の心情まで、城跡の痕跡から想像して話す。
そこが、他の「お城解説」と違うところだ。
もちろん「心情」は、千田さんの想像と思い込みがほとんどだろうから、史実として間違っているかもしれない。
でも、「心情」という視点から「城郭」を語ると、ずいぶん歴史的建物が身近に感じるようになる。

昨年、NHK大河ドラマで放送された「真田丸」
このドラマの終盤の見どころになった「真田丸」の再現セットは、千田さんがプロデュースした。
知っている人もいるだろうが、実は真田丸はどこにあったか、正確には分かっていない。
徳川幕府は、敵であった豊臣の大阪城や真田丸は、全く痕跡が残らないように破壊し埋め尽くされたとされている。

その幻の真田丸の痕跡を探す番組にも千田さんは出演していたが、これはもう「LOVELOVE光線」が出まくりで、「この人、本当に大学教授なのか?」と微笑ましくなってしまう場面が何度かあった。
前回の磯田さんと同様、この「千田嘉博」さんの講演も一度出かけてみたいものの1つだ。

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2017年3月 6日 (月)

気になる人、歴史学者「磯田道史」さん

前回、「Favorite」を久しぶりに書いていて、「そう言えば、この人たちのことを書いてないなぁ」と気づいたので、今回から3回続けて「気になる人」としてピックアップすることにした。
「Favorite=お気に入り」ではなく「気になる人」にしたのは、全員が「気に入っている」と言うよりも、TVや活字でこの人たちの名前を見ると「気になる」から、そうしてみた。

最初の「気になる人」「磯田道史」さん。
3年くらい前にNHK-BSの「英雄たちの選択」という番組をこのブログで紹介したが、その番組のMCで、詳しく知るようになった。
最初に知ったのは「武士の家計簿」という映画にもなった話の作者ということだったと思う。
20170313_isoda
(ウィキペディアより)
岡山市出身。磯田の実家は鴨方藩重臣の家系で、家には古文書などが残されていた。子供のころから歴史好きで、岡山市立御野小学校、岡山市立岡北中学校を経て、岡山大安寺高等学校在学中、『近世古文書解読辞典』を使って実家や岡山県立図書館の古文書の解読を行う。
著作『武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新』で第2回新潮ドキュメント賞、2010年には森田芳光監督によって『武士の家計簿』として映画化された。2010年、「専門分野である歴史を視聴者にわかりやすく解説し、放送文化の向上と地域活性化に貢献した」として第15回NHK地域放送文化賞。2015年、『天災から日本史を読みなおす』で第63回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞する。

と通り一遍の紹介をさらに省略して載せたが、この人の面白さは、こういうものでは伝わらない。
私が、「この人面白いなぁ」と思うようになったのは、「英雄たちの選択」 を見ていて、番組の最後に「締め」の一言を話す時の姿を見るようになったからだ。
その時によって違うけれど、もの凄く熱っぽく語り、(おそらく編集ではカットされているようだが)話し終えた後にちょっと「困った」ような何とも言えない表情を浮かべる。
「ああぁ、また熱くなってしまったぁ」みたいな後悔の表情にも見える。

そんな磯田さんだが、気になるようになってから、こちらも記憶の留めるせいかバラエティ番組にもたまに顔を覗かせる。そしてどの番組でもエラく熱っぽく語っている。
1月後半に「情熱大陸」で磯田氏 を取り上げていた。
この番組の感想は、ググっていたら出てきた「trend-neta.com」にその感想として「情熱大陸 磯田道史さんってバカなの?番組を見てがっかり。その理由が・・・」 に書かれていた。

そこに書かれていることが概ね私が感じたことと同じだった。
磯田氏は興味のあること以外、まるで注意力が行かない。
だから小学校の時は漢字もダメだし、九九もダメだったとか。
なのに、異常な記憶力がある。高校時代にはすでに古文書をスラスラ読めていたとか。番組中に「中野信子さん」「磯田さんは第一次資料が読めることが最大の強み」と言っていて、それが妙に納得のいく説明だった。

私の知識のほとんどは、あるフィルタを通った資料で学んだもので、「第一次資料」を見て直感的に理解できたことはない。ま、大概の多くの人は、そういうものだろう。
しかし、磯田さんは違う。
番組中にも以前私も訪ねたことのある「関宿」 のある和菓子店を訪問し、そこにある古文書を片端からスラスラ読む。
そして、どこにいても誰が相手で、熱っぽく語りだす。

番組中磯田さんのことを「平成の司馬遼太郎」と紹介していた。
若い頃、司馬遼太郎の小説をたくさん読んできた私としては、やっぱり磯田さんは「気になる人」であり、一度講演会などで熱いお話を聞いてみたいと思っている。

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2016年11月28日 (月)

温泉と城巡り2016(その2)

「北斎館」 のある小布施からナビで調べると、目的の「渋温泉」までクルマで30分くらい。
201611030412ゆっくり向かえば、ちょうどチェックイン開始の15時に着ける感じで、出発。
もう少しで「渋温泉」という場所で「道の駅」の看板を見つけて、2回目の寄り道。
最近は「道の駅」も、いろいろ地域色があって、面白い。
ここは、信州中野の「ふるさと豊田」という道の駅で、リンゴ・葡萄・梨・芋・野沢菜など、格安で販売。お客さんがバンバン箱買いしていて、「こういうのを見ると実りの秋を実感するなぁ」と日本の四季の感謝してしまった。

そしてやっと「渋温泉」に到着。
「野沢温泉」「有馬温泉」「下呂温泉」など昔からの温泉街を訪ねてきたが、ここもやはり昔ながらの細い道。
でもそんなに入り組んでいなくて、まだクルマの運転は楽だった。
事前に連絡していた時間より少し早くだったけれど、予約していた宿泊先に到着。

楽天トラベルで、かなり高評価なのにリーズナブルな価格の施設だったので、どうなのかなぁと思っていたが、とても丁寧にチェックイン手続きをしてくれ、部屋まで案内されるなど、「おもてなし」も最高だった。
そして、さっそく「外湯巡り」へ。

渋温泉の「外湯」は、全部で9カ所。
しかも温泉街も小さく、ちょっと歩くだけで次々と「外湯」に出会う。
宿の3軒ばかり隔てた所にも「外湯」があり、最初は、そこから入湯。
野沢温泉は、どこも「熱湯風呂」のように熱く、「これじゃまるで、罰ゲーム」と思った記憶があり、渋温泉も「熱め」と聞いていたので、少し覚悟して入ってみた。

ところがちょうど誰かが入った後なのか、とっても良い湯加減。
しかも温泉独特の匂いもするし、外湯の施設も趣きがあって、満喫満喫。
渋温泉は宿泊すると、その施設から「外湯」の鍵を渡され、それで開錠して入る。野沢温泉は、「心づけ」を払う仕組みで誰でも入れるから、宿泊してない人でも来るが、仕組みとしては渋温泉の方が良いと思った。

食事前ということで、軽く2軒巡って宿に戻り、一休みしてから食事。
この宿、「おもてなし」も良かったけれど、食事も良かった。
大イワナや鯉の刺身、そしてリンゴを食べさせて育てた地元のポークに牛肉が2~3切れずつと、量は少ないけれど、私のような年齢にはちょうど良い。
デザート食べて、ちょうど満腹。
最近は、こんな感じで、少しずつの美味しい物を食べて、ちょうど良い量の食事を用意してくれる宿が増えてきている。
ある意味、こういうことを気軽に楽しめるのは、幸せな時代なんだと思う。

食後と、就寝前は宿の温泉に。
宿は露天風呂もあり、季節がら「ちょい寒」で、いつまでも入っていられる最高のお湯だった。
外湯を巡る下駄の音が聞こえる「温泉街」を耳でも感じながら、就寝となった。

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2016年11月21日 (月)

温泉と城巡り2016(その1)

もう6年も前のことだが、2010年の7月に野沢温泉 に行った。201611030403

そこで初めて「外湯巡り」と言うものを体験し、「こりゃ、面白い」と思ったものだ。
その時に「渋温泉も外湯巡りがあって良いよ」と耳にしていた。だから、「いつかは出かけねば」と思っていたが、なかなかその機会は訪れず、このたびやっと6年越しの念願を果たしてきた。

出掛けたのは11月の初め。
1泊2日で出かけたが、2日間とも天気は良く、紅葉シーズン真っ盛りの長野方面だったので、高速道路の渋滞も覚悟して出かけたが、かなり順調に行くことができた。

今回はやはり「渋温泉の外湯巡り」がメインのため、どこか他の観光地に寄ることもあまり考えてなかった。
でも、「せっかく長野まで行くから」と調べたら、小布施にある「北斎館」 を見つけた。
「確かここって、北斎が晩年に祭屋台の天井絵を描いたところのはず」と思い、渋温泉の近くでもあるし、寄り道することにした。

「小布施PA」で蕎麦を食べ(PAの蕎麦だったけれど、これが手打ちで美味しかった!)、そのままETCのスマートICで降り、小布施へ。
目的の「北斎館」 に近づいて、びっくり。
観光バス専用の駐車場はあるし、周りは観光土産売り場がどっさりだし、紅葉シーズンに合わせて出かけた観光客は溢れているし、「めちゃめちゃ観光地じゃん」と驚いてしまった。

ところが面白いことに「北斎館」 に入場する人は多くなく(これは観光バスのコースに入っていないからかもしれないけれど)、館内はかなりゆったりと観賞できる状態。
企画展はちょうど「氏家コレクション『肉筆浮世絵の美』」
北斎を始め菱川師宣、喜多川歌麿、勝川春章、歌川広重などなど巨匠の肉筆がたっぷりと展示してあった。

これが私の住む街の美術館なんかで催されていたら、もの凄い来館者で、なかなかじっくり鑑賞できないけれど、この「北斎館」 はゆ~~~ったり。
1つ1つの作品は、かぶりつきで解説文もしっかり読みながら観ることができた。
そして常設展では、祭屋台が展示され、見事な「北斎の天井絵」を始め、屋台のさまざまな飾りもじっくりとゆっくりと観賞し、眼福の時間を過ごすことができた。

この「小布施」
あまり知識なしに出掛けたけれど、幸先の良い寄り道だった。
北斎を観るたびに思うが、「やっぱり北斎はいいなぁ~~。やっていることがアートだし、デザインだし、凄いなぁ」と琴線がビリビリさせてくれる。

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