2014年9月22日 (月)

経験値とハードル

会社のお客さんに専門学校がある。
デザインをやっていた頃には、その学校案内パンフレットの制作を、その後は社会人コースの講師を・・・と何だか縁のある学校だが、今回もまた「産学連携授業」に対する協力要請があって実施した。Keikenti

4回ばかり授業を行ったが、これは今まで大学など他校で実施した内容を元にカスタマイズした。
その後、「学校のカリキュラム内容に対する意見交換会」があり、それにも企業側スタッフと言うことで参加してきた。

カリキュラムの内容そのものは、専門である学校側が作っており、それをどうこう意見することはなかったが、私ともう1人、フリーのクリエイターが口を揃えて言ったのは
「カリキュラム同士の関連性や、社会に出た時にどう関係するか?」
を生徒に伝えるべきだということだった。

どうしても生徒は「授業」「課題」と単独で取り組むが、仕事はそうじゃない。複雑にイロイロ絡み合って制作するわけで、その辺りを生徒のうちに感じておいて欲しいと思ったからだ。

その後、学校側から最近の生徒の傾向が話されたが、それはやはり社員の若手に見られる傾向と似ていた。
ひと言でいえば「新しいことや知らないことを、すごく怖がる」ということ。

インターンシップや就職活動など、ものすごく臆病で、本当に学校側が一生懸命背中を押さないと動かないと言っていた。
これは仕事でも同じ。

「やったことありません」
「教えてもらっていません」
「知りません」

社会人になって数年たつ20代の子たちがよく言う言葉だ。

・・・・と偉そうに言っている私だが、実は私自身も若い時は、とても臆病ものだった。もし、今みたいな気持ちがあれば、東京に出ていたかもしれないなぁと思うことがあるくらいだ。

きっと人間は経験を積むと、その分、目の前のハードルが低く感じるようになるのだろう。
だからこそ、学生のうちにイロイロ経験させてあげてほしいと、意見はまとまったが、逆の目線で言えば「今の子は、失敗した時のダメージに、どれだけ弱いんだろう?」と感じることになる。

ま、それも50代後半になり、「なんとかなるんじゃない?」と思えるようになったから、こんな偉そうなことが言えるんだろうけれど。

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2013年7月29日 (月)

先生の思い出(Y新聞の真似として)

我が地方は全国的に珍しくローカル新聞の購読率が異常に高い。
しかし、会社の関係で、そのローカル新聞でなく全国区のY新聞を購読している。

小さい頃から見慣れていたローカルから全国区のY新聞に替えた頃は、見づらいなぁと思っていたが、慣れてくるとそうでもない。
ただ展示会の案内が東京の案件が多いのと、Gアンツの応援記事が多いのは今でもちょっと不満に思う。Sensei01

そんななかで、いつ頃からか連載しているコーナーがある。
有名人が語る「私の先生」 というものだ。WEBでも掲載していたので、リンクした。良かったら覗いてみてほしい。
そんな記事を読むと、毎回自分の出会った先生のことを思い出す。

そしてお得意の「備忘録」となるわけだが、小学校の先生での話。

私の通った小学校は1・2年、3・4年、5・6年と2年に1回クラス替えがあり先生も変わる。しかし、ブログに書くために頭文字で並べたら、小学校は3人ともY先生だった。しかも、全部女性で。
1・2年生と5・6年生の時の先生は同じ苗字だったので、分かっていたが3・4年生の先生も頭文字で表現するとY先生だったのには、ちょっとびっくりした。

1・2年はY先生。
この人は今、教職にいたら、ちょっと問題だと思うことが思い出としてある。

私は小さい頃、病院ばかり行っており、1学期の3分の1くらい欠席していた。
ある時、1週間くらい休んで久しぶりに登校したら、いきなりテストをやらされた。しかも習っていないところばかり。
当然、テストの点は悪く、しばらくは劣等感を持った記憶がある。

当時私は、今でいう「アトピー」ということが分からなくて、一時は「小児結核」を疑われていたようだ(後から知ったが)。
それをY先生は聞きかじりだったのだろう、ツベルクリンの接種を受けるために並んでいる私に
「あんたは注射しちゃいけない」
と言われて列から追い出された。
そのまま説明がないので、家に帰ってお袋に話したら、お袋も訳が分からず学校に理由を問いただしたようだった。

他にも授業中に答えられない子を、結構きつく追いつめて泣き出すまでやめないなど、ちょっとマイナス的な記憶が多い先生だった。

面白いことに、その先生の娘が同じ年で高校に行ったら、同じクラスにいた。
その時は笑い話になっていたけれど、
「あんたのお母さんは、きつい先生だった」
と話したことがある(母としても、きついようで娘も肯定していた)。

これが記憶に残る最初の私の先生だ。
保育園の先生はあまり記憶にない。
足に熱湯を浴びて火傷をした時と、窓から落ちて後頭部を切った時に、市民病院に園長先生におんぶされていった記憶があるくらいだ。
この話も「備忘録」として残さないといけないな・・・・。

続く3・4年生のY先生にはあまり思い出がない。
特に嫌いだった記憶もないが、きっと中途半端な学年だからなのかな?1つだけ覚えているのは1・2年と5・6年の先生より若かったので、お袋が「綺麗だけれど、若いし大丈夫かな」と言った事くらいだ。

そして5・6年生のY先生。
この人のことは思い出が多く、以前「故郷の宝物〜春の息吹篇」 に書いてあるので、そちらを参考に。

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2008年7月17日 (木)

カッコ悪いぞ、大学生!

先日の「恥ずかしくない50歳になっているかな?」と正反対の話題。

私は中部地区の中堅印刷会社に勤めていることは、このブログで何度も書いた。
クライアントの中には、大学や専門学校などの教育機関もある。
そんな教育機関から、たまに「課外授業」というサービスを頼まれる。
ま、「実際の社会の仕事はこんな感じだよ?」と言った軽い紹介もあれば、実際の授業として行うこともある。
Daigaku
わが部は、そんな時に対応するのも仕事なのだが、デザイン系の話になると、私が指名されることが多く、そのうちに「課外授業」の話が来ると、ほとんど私が対応することになってしまった。

1年に1〜2回はあるので、ある程度使い回しの資料も作ってしまったし、90分くらいしゃべるのもまったく平気になってしまった。
今回、また同じようなことがあった。

違うのは大学からの依頼ではなく、「商工会議所」からの依頼だった。
何でも「産学共同」での講座ということで、「経済産業省」の他、かなり有名な「グローバル企業」が講座を担当することになった。

巡り合わせなんだろうが、全部で10回の講座の「大トリ」になってしまい、先日出かけて来た。

さっき書いたように、何度も経験しているので、結構慣れているのだが、今回はちょっと憤慨した。

まず事務局の対応。
ちょっと早めに着いたので事務所に行くと、担当者はおらず、窓口の人は学生と話していて、こちらが待っていても知らん顔。
しばらく待っていて、ようやく話せたら、「ウチに来たことありますか?」だって。
あるわけないだろう?
要は、講座をやっている会議場に勝手に行って欲しかったみたいなのだが、場所が分からないので、別室で待っていた。

しばらくしたら担当者が来たので、そのまま会場に案内してもらった。
まだ前の講座が続いていたけれど、一番後に座らせてもらい見学していた。
そして、今度は学生にびっくり。

結構有名な食器メーカーのデザイン室の方がしゃべっているので、半数が大口開いて寝ている。
他にも携帯見てたりして、百数十人の学生のほとんどが聞いていない。
それどころか、勝手に席を立って、会場を出たり入ったりしている。

これは、私の講座になっても一緒で、服装がヒドいのなんて可愛いもので、
「あんたら、何しに来ているわけ?」
と思わず言いたくなるような有様。

「こっちは仕事の段取りを付けて『わざわざ」来ているのに」
とまぁ、学生には分からないけれど、怒れて来るわけです。

最後の質疑応答も、特になく
「まぁ、社会に出ると毎日毎日、勉強して行かないと、あっという間に仕事できない奴になるから、頑張ってください」
と言っても無反応。

今まで、いろんな大学や専門学校で話して来たけれど、今回のところは最低でした。
しかも「公立」の大学なんですよね、ここ。

最後に会場を出たら、他の大学から来た女の子が、
「すいません、就職活動のことで、ちょっと聞きたいんですが」
と声をかけてくれたのが、せめてもの救いだったです。

ダラダラしてて、何だか一番カッコ悪い大学生を見させてもらいました。

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2008年2月 1日 (金)

専門教育を受けてきた者達

先日、ウチの部下達と少し無駄話をしていた。
問題は、私の抱える悩みが発端だった。

昨年の秋から、社内のいろんな組織的な問題でドタバタしている事は、このブログでも何度も話題にしている。
今回の話は、以前「言葉に踊らされるな」にも書いたけれど、戦力になっていない「デザイナー」達の話だった。

10年やっても1人前のディレクションが出来ない。
「ディレクション」をただの作業手配だと思っている。
デザイン案を考えるプロセスも身に付いていない。

ウチの会社のデザイン課の人たちは、こんな状況だ。
しかも正社員の方が、この傾向は強い。
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派遣社員ばかりが優秀かと言えば、そうでもない。
レイアウターにちょっと毛が生えた程度の実力だったり、イロイロ批判的なコメントはするけれど、やらせてみたら全然ダメなライターもいる。

けれど、派遣社員は使えなければ、経費の無駄遣いになるので、契約更新しなければ良い。
すでに1名は他のセクションへ、もう1名は来月早々で契約を切る事にし、さらに1名を3月で終了させる計画になっている。

問題なのは、正社員。
しかも3年くらいの経験者。

この辺りが「どうしてなんだろう?」というのが始まりで、ウチの課の部下二人がイロイロ話してくれた。
デザイナー出身で、昨年派遣から、「企画をやりたい」と自ら申し出て私の部下になった女性は、
「要はその人の仕事に関する考え方だと思う」
と言っていた。

彼女は今、ディレクション経験の少なさを私に指摘され、辛いながらも一生懸命付いてきている感じで頑張っている。
一応、そこを見越して、昨年秋に派遣から正社員にした。

次にもう1人、私の部下に聞いてみた。
この子も女性で、このブログには新入社員の頃、話題にしたりもした。

まったく普通の4大を卒業し就職した彼女は、自ら望んだとはいえ「企画系」の仕事の難しさに悩み、自信もなくし、でも昨年には初受注にも結びつき、私の目からは「着実に、思ったよりスキルアップしている」状態だ。

この普通の4大を出た新人と、デザイン課にいる3年くらいの子達の決定的な違いは何だろう?

4大を出た新人は就職活動中に
「自分は何も知らないし、何も出来ない」
ということを思い知らされ
「会社に入ってから、本当のスタート」
という意識を持ったと話してくれた。

それに反し、デザインなどの専門系の教育を受けた子達が、学校でMacが操作出来るようになり、
「会社に入って、デザイナーというゴールに近づいた」
と感じているのかもしれない。

そんな感想を部下二人に話したら、妙に納得していた。
そう考えないと分からないほど、今の若いデザイン系の学校を出てきた子達は、
「焦らない」
「分からなくても、平気」

な感じだし、
「それは出来ません」
「やったことありません」

と平気で言ってしまうことがある。

今、デザイン課の若者は、新しくリーダーになってもらった派遣の女性と私の厳しい指導に
「自分の未熟さ」
を痛感しているようでもある。

3年経って初めて痛感するなんて、ある意味それまでの課長の罪の重さもあるけれど、そんな鈍い感受性で、プロのクリエイターになろうなんて、良く思ってきたもんだと、改めて飽きれてしまう毎日である。

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2006年11月 1日 (水)

社会的責任=CSR

仕事の関係で「CSR」という言葉は、2〜3年前から知っていた。
「企業の社会的責任」
こう直訳されるけれど、最近は「企業」だけでなくなったきた気がする。

企業(特に大手)にCSRを求められるのは、
「単に利益追従ではいけない」
という流れの中であり、
「大企業は、公共的にも影響力が強いから」
というのが底辺にある理屈だ。

政治家や公務員なんてものは、もともと公共の職業だから「社会的責任」があるのは当たり前だ。

先週からのニュースで賑わしている
「履修科目の未履修問題」
では、ついに学校までCSRという考え方が必要になったかと思ってしまう。

このブログで何度か話題にするように、私は江戸時代が好きだ。
その中でも、幕末辺りは、本で読むだけだが、とても気に入っている。
そこには旧来いわれる「日本人らしさ」があるからだ。

幕末、欧米列国は
「日本には警察はいらない。なぜなら自らを罰することが出来る国民だからだ」
と、言ったそうだ。

それは武士の「切腹」という行為に対してのコメントらしいが、この言葉は今の日本には、眩しすぎる。

「法律を破らなければ、大丈夫」
「バレなければ、大丈夫」
「皆やっていることだから大丈夫」

いつの頃から日本は、こういう言葉を心の中に持つようになったんだろう?

「世間様に対して、顔向けできない」
「お天道様に申し訳ない」

こういう自己規律性がある頃には「CSR」なんて必要なかったんだろう。

「CSR」は今後も声高に言われるだろうが、そのこと自体が寂しいことだと日本人は感じないといけないなぁ。

自分自身を見直して「お天道様に申し訳ない」ことのないような日常を送らないといけない。

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2006年5月 1日 (月)

GWの会社で

GWである。
今年はカレンダーが良くて、我が社のような中小企業でも3日から5連休いただける。
この時期は桜も終わり、私の故郷では山ツヅジが咲く。桜より鮮やかなピンクで、大木にはならないので、山肌に美しく彩る。Tsutsuji3_org_1

52歳で亡くなった母は、この山ツヅジが好きで、私が小学校の頃、友人と隣町まで遊びに行って、帰りが暗くなってしまったことがある。
「絶対怒られる」と思った私は、帰り道に山ツヅジを折って持ち帰り、母に「これを取りに行っていた」と言い訳を言った。
その時の母の苦笑いは忘れられない。

今は都会に暮らしているので、公園や歩道沿いに植えてあるツヅジを見るが、山ツヅジとは色合いが全く違うため、「ふっ」と見に行きたくなることがある。
これは桜の時には感じない気持ちだ。

さてGW初日の休みに子供にあった。
以前に書いたと思うが、私はバツイチで、娘が一人先方に引き取られている。
いろいろあって彼女は今、夜間の高校に通っているが、来年の進学の相談に来た。本人は芸大系に進みたいようだが、学費がない。先方では全く学費がなくて、それで相談に来た。

こちらもそんなに余裕があるわけでないので、よく聞いてみると将来の職業とか、他の学校や専門学校など、ほとんど調べていない
子供の希望の学校に進学させてやれない親ってのも我ながら情けなく思ったが、この程度の頑張りで数百万のお金を出してもらいたいと思う子供の気持ちも分からなかった。

きっと、周りの子供もそんなものなんだろうが、あの世代の子供たちは何を夢見ているんだろう。
今、隣の席にはあるレベルの4大を卒業した新人が座っているが、働き始めて自分に足りないモノだらけと言う壁にあたっている。

それは誰でもあることだが、今の新人は、それでもそんなに焦らない。「分からなくて当たり前、そのうち分かるようになる」って先輩の言葉を丸ごと信じていて、自分で勉強しようと思っていないようである。

このことこそが若い世代の一番の問題で、そんな自分も「働くことでの本当の努力」って言うことが、何をしなくてはいけないかが分かるまで時間が掛かった。
そして、これも僕らもそうだったが、学校でもう少し社会や仕事のことを教えてもいいんじゃないかな?(教える先生が、分かっていないから仕方ないが)

社会人になって学ぶことは学校なんかとは比較にならないくらい沢山あって、しかも、それは自分自身で決めて求めなくちゃいけないことを、出来れば社会人になる前に感じてきて欲しいなと、我が子の相談に乗りながら思った。

与えられる勉強は学校でやってきても、求める勉強は一度も経験せずに社会に入ってくる今の若い人は、やっぱり大変だと思うけれど、決してニートのように逃げてしまうような人生を選ばないようにしてほしいものです。

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2006年3月11日 (土)

やはり風邪に

昨夜は8時すぎにベッドにもぐり込んだ。
昨年の夏頃、今のマンションに引っ越した時、とんでもないひどい風邪をひいてしまったので、今年の冬くらいは風邪無しで過ごしたいと思ったがダメだった。
なにせ、周りにやたら風邪ひきさんがいるので、無理だ。

先日、会社の営業とクライアント先に打ち合わせに出かけたのだが、行帰りの車の中で「ゴホゴホっ」とやってくれていた。他にも営業で「ゴホゴホ」しているのもいて、結局抵抗しきれず、いただいてしまったわけだ。
しかもとてもタイミングの悪い時に。

会社の仕事絡みで、ある専門学校の社会人コースの講師を週に1回やっている。
デザイン系の学校だが、趣味や興味がある社会人が相手の講議だ。
いつもは水曜日の夜2時間なのだが、半年間の講座の中で2回だけ、土曜の講議がある。しかも朝10時から夕方4時までと言う長丁場だ。
そして今日はその日なのである。実は今はその学校から、このブログを書いている。(今は作品制作の時間なので、取りあえずは手が空いているのだ)。

しかし、本当だったら、この土日ベッドにもぐり込んだまま療養したかったが、それも仕方ない・・・
無事に授業が終わることを祈りながら・・・・

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