2020年9月28日 (月)

マスコミに悪意はないのか?


私たちの世代が子供だった頃に比べて、新聞とかテレビ・ラジオ局の影響力は小さくなっていると言われる。
でも、ネットを見ていると新聞やテレビの情報を利用しているものが多く、ほとんどの情報をスマホから得る若い世代の場合「自分が知らないうちに」マスコミ情報を鵜呑みにしていることが多いのかもしれない。
7月の終わりに「テレワークを激賞するマスコミに疑問」というコメントを書いたが、今回はマスコミの流す情報に対する素朴な感想をまとめてみた。20200928

安倍総理退陣と総裁選挙
あれだけ安倍総理のやること・なすことを批判し、それに呼応するように内閣支持率がどんどん低下させたのに、健康上の理由で突然の辞意表明した途端に、支持率が急上昇した。
そして「次の総理」の話題になると「安倍総理ほど、外交が強い人はいない」と言い始めた。
「強気ばかりの外交では解決は難しい」って批判していた気がしたが、辞意表明後はそんな言葉は聞かなくなった。
余談だが、芸人の「ホンコン」氏が、安倍総理の辞意表明会見で、1人の記者しか「ご苦労様でした」と言わなかったとテレビで批判していたが、私自身も同じことを感じた。
記者の人たちには総理大臣に対する「リスペクト」がなく、自分たちの方が偉いと思っているように感じた。

さらに、菅・岸田・石破の3氏による「総裁選」でも、「地方に強い石破氏に不利な選挙方法」と報道。結果はやっぱり「菅氏の圧勝」となったが、個人的には「なぜ石破さんって議員間で人気がないのだろう?」と思ってしまう。
今年の5月急逝した私の元上司も、ちょっと石破氏に似ていて、経営陣にとって「言われたくないこと」を指摘しすぎて、執行役員までで終わってしまった。
本当に能力のある人だったら「周りを巻き込む力」がどれだけ大切か分かるべきで、その点で見るとあれだけ周りの議員から否定される石破氏は、本当に「高い能力のある議員なのか」と思うのだが、そのような話はあまり新聞やテレビでは聞かない。
ネット民たちのコメントを読むと「マスコミは石破さんを総理にしたかったんじゃない?」と書かれていたが、そう思われても仕方がないような報道だったということだ。

派遣・パワハラ
この視点は、何度か話題として取り上げた。
ずっと以前に「派遣切り」という言葉が流行った頃、私は管理職だったが「切られてしまう派遣スタッフにもかなり問題がある」と感じていたし、実際に適当に手抜きで仕事に取り組む派遣の人には、契約更新をしなかった。
でも、そのような「派遣スタッフ側の問題」に触れた報道は見たことがない。

パワハラも同じことで「パワハラされた側」に全く問題がないのだろうか?
つい最近、私の周りで「された側」の意見だけを一方的に人事部がヒアリングし、「した側」の意見を後回しにし、さらに「した側」の周りの人に聞き込んだ結果を「した側本人」に見せてしまったため、「これでは今後部署運営はできない」として退職願を出してしまった。
きっかけとなった「パワハラ」は、私の身近だったのでよく知っているが、「された側」にもかなり問題点が多く、「した側」の注意の仕方に非があったにせよ「された側」が一方的な被害者だとは思えなかった。
このような事例は実は周りでよく聞くのだが、あまりマスコミでは報道されない。
「派遣」にしろ「パワハラ」にしろ、被害者と言われる「弱者側」には、「全く問題がないのに」という前提での報道しか見聞きしないのはどうなんだろう?

働き方改革
もうこれは一時期何度もこのブログで話題にした。
「長時間労働」「長期間連続勤務」のすべての責任が企業側にあるような論点になっているが、よく似た業界にいる私としては「問題の根本は、無理難題を要求する顧客側」と感じる。
けれど、そんなことに触れる報道は一切見たことがない。
そのような働かせ方をした企業が「すべて悪い」という前提で報道されるが、「じゃ、複数スタッフにした体制にすることでコストが高くなって受注できなくても仕方がない」という本当の問題点に触れたマスコミは皆無だった。


マスコミがある方向性を持って報道すると「そちらが全面的に正しい」と感じやすい。
影響力のあるマスコミだからこそ「バランスを持った情報発信」をすべきだと思う。
「国家権力に屈した報道」は太平洋戦争でイヤというほどマスコミは反省しているはずだ。
「物事の問題や話題」は、さまざまな視点や感じ方を丁寧に取り上げないと「ある方向性」に傾きやすい。
丹念に新聞やテレビの報道を見ず、ネットで「見出しだけ」で知った気がする人たちが今後も増える時代だからこそ、そのあたりのバランスをマスコミにも、そして見る私たちにもいつも意識していないといけない気がする。

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2020年8月24日 (月)

Macを続けるか?Windowsに乗り換えるか?

6月に「自宅のMacは10年生」で自宅のMacが瀕死状態になったことを書いた。
その時に書いたように、なんとか息を吹き返し、今も使っているが「次をどうするか?」は悩み続けている。
と言うよりも、あれから「ある経験」をして、さらに悩みは大きくなってしまった。20200824

その「ある経験」というのは「リフレッシュPC」の経験だ。
この「リフレッシュPC」というのは、企業に一括納入されて一定時期使用されたものを部品交換やメンテナンスされて、再販売されるもののことだ。
その存在はたまに自宅にチラシが入っていたりして知ってはいた。
ただ「型落ちだし使えるのかな?」と思っていた。

ところが、2ヶ月くらい前に、当社の通販ビジネスを担当しているスタッフが、業者から売り込みがあったということで、試験的に会社で購入し、1台割り当てられた。
割り当てられたのは「ノートPC」「i5」「SSD」というスペック。
この「i5」というのはパソコンの心臓部となるCPUで、インテル社のもので、ある程度の速さがある。
Photoshopなど画像系のデータを操作するには、最低これくらいのCPU(発売年度で速さの差はあるが)が必要と言われている。

そして「SSD」
これは最近出てきたもので、従来の「HDD(ハードディスク)」に変わる記憶媒体。
ネットで調べると「SSDはSolid State Drive(ソリッドステートドライブ)」と言われるもので半導体素子メモリを使ったドライブ(記憶媒体)のことらしい。
速度はHDDに比べ速いが、容量がHDDほど大容量(テラバイトと言った単位)はないとのことで、実際割り当てられたノートPCも「256GB」という容量だった。

Windows10がインストールされた状態で手元に来たので、必要な設定やアプリなどは自分でやってみた。
まず、最初に感じたのは起動の速さ。
会社のデスクトップだと起動ボタンを押して、実際に動かせるようになるまでに最低でも1~2分は掛かる。
ところがこの「リフレッシュPC」は30秒もしなくて使用できる。
この速さは魅力だ。
さらにアプリやネットの動きも速くてストレスがない。

そして、自宅のMacBook Airではインストール出来なくなってしまった、古いアドビ系のアプリはどうなんだろうと思ってインストールしてみた。
これもAcrobatというアプリ以外は、問題なくインストールでき動作確認も出来た。
これで4万円を切る価格で入手できると知って、さっそくネットで検索してみると結構売られている。
安ければ3万円弱、Office系のアプリとセットだと4~5万円弱。

「う~~~ん、これは魅力的」
確かに「SSD」の弱点である容量だが、データ保存を外部のHDDにすれば全く問題ない。
実際、今使っているMacBook Airも、それくらいの容量なので、音楽以外のデータは全部外付HDDに保存しているから、それをWindows対応にすればよいわけで、大きな問題ではない。
それより何より一番感じるのはPhotoshopなど「Adobe系アプリ」が使用できること。
IllustratorやPhotoshopなどのアプリは、仕事の関係もあって、もう20年以上も使っているし、実際画像データなどは頻繁に利用する。
「自宅のMacは10年生」で書いたように代替アプリやネットサービスは見つけてあるが、やっぱり長年使ってきて慣れているだけに、使えるに越したことはない。

世の中がコロナ禍でテレワークが当たり前のように変化している現在、この「リレフッシュPC」も人気が高く、スペックが結構良くてリーズナブルなものは、やっぱり売れていく。
MacBook Airだと中古でも8~9万円、しかもAdobe系アプリは使用できない。
リフレッシュPCならOffice系もついて4~5万円でAdobe系アプリも使用可能。
どっからどう見ても、リフレッシュPCに軍配があがりそうだ。
2020年。
ついにMacから離れる記念すべき年になるのだろうか?

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2020年7月27日 (月)

テレワークを激賞するマスコミに疑問

少し前からまた「新規感染者数」が増加し、特に大都市部での増え方が大きく気になっている。
第1次ピークのコロナ禍の頃に11回に渡って、その話題を中心にしてきた。
その中の「新型コロナウイルス騒動~その8」にテレワークの経験で感じたことを書いた。20200727
その後、私の会社の場合、6月後半からは「コロナ対策のためのテレワーク」は一旦静観状態となっている。
理由は「セキュリティ」を中心とした様々な課題が、しっかりと検証されていないからだ。
テレワークを始める時も「本当に良いのか?」と思った人(私は少なくともそう思った)もいたが、どんどん感染者が全国的に増加している最中だったために、完全に「見切り発車」で踏み切ってしまった。

落ち着きを取り戻した後、内部監査役から「あまりにも拙速」と導入を推進した部署と担当者を叱責し、改めてリスク分析を始めることとなった。
ウチの会社の場合、本当にあまりにも拙速に始めてしまったために「1ヶ月以上会社に来ない人」が出たり、「テレワーク中だから、打ち合わせのために会社に行けない」という、ちょっと「?」と思うようなことを言うスタッフがいたりした。
面白いことにそういう言動をする人たちは若い世代が多く、そういう意味では我々のように「会社に行くのが当たり前」という世代とのギャップの大きさがよく分かる事象が、あちこちで見られた。

いずれにしろ先に書いたように現時点では「一旦見直し」となっているが、ニュースや新聞などを見ると「テレワークスタイル」を推奨する記事が目立つ気がする。
「高い家賃の中心にオフィスを借りることを見直す」
「テレワーク生活を基本に、住まいの場所を考え直す」
などなど、もう「テレワークするのは、当たり前」みたいな感じになっている。
そんな記事を見ていると「他の企業って、守秘情報をどうしているんだろう?」と不思議に思う。

私の会社の基幹業務は「印刷」だ。
そのためお客様からお預かりする原稿や情報は、基本的に「守秘義務」「個人情報」に抵触するものが多い。そのようなものは社内規定で
「社外持ち出し禁止」
「自宅でのプリント禁止」
となっているため、実質的に「テレワーク環境」で制作作業は出来ない。
(今回は、そのあたりを無視してやってしまった社員が多いようなので、問題になったが)
それに、営業社員などはVPN接続で会社の基幹システムにアクセスし、勤怠や伝票発行などを行ったが、そもそも企業の「基幹システム」を社外からアクセスするのは、高いリスクを伴う。

この状況は、私達のような企業じゃなくても通常の企業なら必要な業務となるはずなのだが「VPN接続」が絶対大丈夫なんて保証はないわけで、大丈夫なんだろうかと心配になる。
また私のような一人暮らしならば良いが、家族特にお子さんがいるような家庭で、PCの画面を見られても、それは守秘義務に違反しないのだろうか?
私が悪意を持ち、ハッカーの知識があるのだったら、うちの会社のようにリスクをしっかり検証せずに「テレワークをどんどん進めていく」企業なんて、素晴らしいターゲットになる。

テレワークを推奨するニュースや新聞の記事って、やっぱりテレワークでやっているんだろうか?
ニュース原稿は、どんな場所で書いても問題ないのだろうか?
そしてその記事を書く人たちは、テレワークに関する「リスクの知識」をちゃんと持っているのだろうか?
とっても表面的に「通勤をしなくて良い」とか「どこでも仕事ができる」とは書いてあるが、リスクについてはあまりお見かけしない。
コロナ禍がまだまだ収まらない今、今年の後半には
「企業の顧客リストにアクセスされていた」
「新製品の情報が漏れていた」
「社員の給料情報が改ざんされていた」
なんてニュースが流れないことを祈りたい。
そしてそんなニュースが流れると、またニュースや新聞では「リスクを検証していなかった」と批評するんだろう。

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2020年6月15日 (月)

自宅のMacは10年生

ずいぶん昔にブログに書いたが、初めてOA機器でキーボードを触ったのは30年以上前の「書院」というワープロだった。
今じゃ、信じられないが8インチ(およそ20cm)のフロッピーで保存していた。
その1年半後にはMS-DOSを触り、デザインのデジタル化の初期の頃に、Macintoshユーザーになった。
当時のWindowsは、全くデザインには不向き(今でも、若干そう思うが)だったために、ずっとMacintoshユーザーであり続けた。
そのうちにインターネットが普及し、顧客や外部協力会社とのデータのやり取りが増えてくると、MacintoshもWindowsも使えた方が便利になって来て、Windowsも使うようになった。
今、会社の机には「Windowsのデスクトップ」「Macintoshのノート」の両方が置いてあり「メインはWindows、サブ的にMacintosh」という感じで使っている。20200608

仕事ではそんな感じに「MacintoshとWindows」の両方を使って来たが、個人のPCはずっと「Macintosh」だ。
Windowsに替えても良いが、過去のデータやアプリケーションの互換性などを考えると、やっぱり替えづらい。
とくに写真がデジタルになってからは、Macintoshのアプリで管理しており、もう20年分が貯まってしまっているし、年賀状などもIllustratorといったMacintosh用アプリで作成しているために難しい。

以前は自宅でもデスクトップ型のMacintoshだったが、一つ前からノートに替えた。
そして現在使っているのが「MacBook Air」という機種で、これを型落ちで購入した。
Macintoshの特にノート型は、高い。軽く10万円は超えてしまう。
型落ちだと少し安くなるが、あまり古いと性能的に厳しいので、「そこそこの型落ち」で購入した。
確か6~7万円だったと思う。

この春その「MacBook Air」がかなりやばくなってしまった。
型式番号を見ると製造年が分かるのだが、我が家のMacBook Airは「2010年製造」
もう10年選手ということだ。
PCに詳しい人は分かるが、性能的に考えると普通「数年」で買い換えた方が良いと言われるが、そんな贅沢なことは出来ない。
それは「個人レベル」でなくても「企業レベル」でもそうだ。
前に「WindowsXP」「サポート終了」になった時に話題になったが、自治体などでも使い続けていてニュースなどで取り上げられた。
今年の1月にも「Windows7」「サポート終了」になり、ウチの会社の情報システム部門の担当者は、あちこちの部署のWindowsを入れ替えて大変そうだった。

まして「個人」となると、使えている間はやっぱり「買い替え」は考えない。
ところが3月のある日突然「終了できない」という状態になってしまった。
強制的にやれば「終了」できるが、起動してもう一度終了すると、また「終了途中」でずっとそのままになってしまう。
取り敢えず思いつくさまざまな方法で修復を試みてみたが、そもそも現在のシステムは買い換える前から「アップデート」を繰り返し来ている。
前々から「ちゃんと初期化して、キレイに作り直した方が良いなぁ」と思っていたが、それはそれで大変な作業になるため二の足を踏んでいた。

Macintoshは「Time Machine」というバックアップするアプリがある。
一応、外付けHDにデータは格納されているので、それで復元を試みたがうまくいかない。
「これは、いよいよ買い替えかなぁ」と思って、ネットで調べると2~3年の型落ちだと「7~8万円」で通販されていた。
「これくらいなら買ってもいいなぁ」と半分買い替える気持ちになっていたが「一度初期化して、再構築してみるか?」と最後の挑戦という感じでやってみた。

まずは外付けHDの「Time Machine」から起動して、内蔵HDを初期化、その後システムを再インストールしてみた。
すると問題なく起動、そして終了もできる。
「OK!OK!」と喜んで、最新のバックアップデータを復活させて、元の形に戻し、よく使うアプリケーションも使えるか検証してみた。
その結果「Office系はOK」だったが「Adobe系はNG」と言う状態で、そもそも持っていた「Adobe系」アプリのバージョンが古くて、無理無理使っていたためで、今のシステムでは使えない。
「なんとかならないか」と思ったが、無理なようで、仕方なくフリーで使用できる代替アプリを探し「何とか使える」状態にまで戻した。

今回は何とか「復活」させたが、何と言っても我が家の「MacBook Air」は、10年生。
そのうちに「活き還らない」日が来るかもしれないが、やっぱり使えるうちは使いたいのが人情。
しかし、「その日」が来る前には「MacintoshかWindowsか?を決めておかないといけないし、もしもWindowsにするなら、今のバックアップデータが活かせるかも考えておかないといけない。
などと思っているうちに、今度はプリンタが駄目になった。
これも「騙しながら」使っていたが、どうにもインクが出なくなり、諦めて買い替えた。
デジタルデータが自分の周りに溢れていくと、アナログ時代とは違う悩みが出てくるものだ。

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2020年5月18日 (月)

新型コロナウイルス騒動~その10

すでに10回目になってしまって「そろそろこの話題から離れたい」と思っている今日この頃だが、今回は前回書ききれなかった続きを。

●WHOテドロス事務局長解任 電子署名
WHOが「パンデミック」を宣言したのは、3月半ばだった。
そのことは「新型コロナウイルス騒動~その2 爆発的拡大編」で書いたが、個人的な印象としては「遅くない?」という感じだった。20200518

1月中旬くらいから中国・武漢市で拡大し、2月初めには日本、そして世界に拡がり始めた。
それなのに、この「テドロス事務局長」「まだパンデミックとは言えない」とか「死亡率は高いとは言えない」と言い続けていた。
当初はそのまま聞いていて、根拠のない「安心感」を持って見ていたが、どんどん拡がり続けていくようになって「一体WHOは何を見て、そう言っているんだろう」と思うようになった。

ちょうどその頃に見ていたテレビで「テドロス事務局長が中国寄り」である理由を聞いた。
確かに中国で拡大している時には「パンデミックでない」と言い続け、中国で収まりを見せ始めると「パンデミック宣言」し、さらには「中国は新型コロナウイルスを押さえ込んだ」と称賛した。
「押さえ込んだなら、世界に拡がってないんじゃない?」とちょっと呆れたが、どうやら「出身国が中国から多額の支援金でバックアップされている」とか「もともとWHOは中国寄り」などの背景に原因があるようだ。

あまりそういう手の届かない世界に行動を起こす方ではないが「WHOテドロス事務局長の辞任要求、ネット署名102万人超え」という記事を見つけ「どこで署名できるのだろう」と探してみた。
そうしたら「チェンジ・ドット・オーグ」を見つけた。
英語なのでわからなかったが、今は「翻訳機能」があるので、なんとか分かり「電子署名」をしてみた。
さっき見てみたら、すでにこのキャンペーンは終了していたが、100万人を超える署名が集まったということは世界中が「これはヒドイ」と感じた証拠なのだろう。

●批判が心に響かないのは
「新型コロナウイルス騒動~その7」でも書いたが、相変わらず安倍内閣や政府の対応に批判が続いている。
それは国内だけでなく諸外国からもあるようだが、初期の頃に「クルーズ船」で感染拡大した時も対応に世界中から批判された。
ところが、その後批判した国々でも同様にクルーズ船(アメリカなどは空母でも)発生して、やはり同じように感染拡大してしまった。

確かに前回書いたように「強制力を持たない要請」「効果としてどうなのか?」と思ったり、休業している個人事業主の方々は大変だろうと思う。
でも、これって、誰が準備できていたんだろう?
PCR検査が進まないことも体制だったり予算だったりで、「まさかこんなことが」というところが正直なところじゃないだろうか?
「東日本大震災」の時によく聞いた「想定外」じゃないけれど、あの時の政権も批判された。
批判するのは楽だけど、きっと当事者はたまらないだろう。

中でも芸能人のSNSにより「批判コメント」はどうかと思うが、ある時面白い記事を見つけた。
「小泉今日子ら芸能人の“政権批判”が、どこか空虚な理由」がそれだが、それには「批判には自分の立ち位置を明確にする覚悟が必要」とある。
海外の芸能人は普段から「支持政党」を明確にしており、「自分の立場を明確にしてから」批判や意見と述べる。
なのに、日本の芸能人は通常「政治的発言」をしないのに「批判だけ」している。
これでは「周りからの共感は得られない」と言う記事なのだが、これって例えば会議など打ち合わせでも同じことが言えるのだろう。
会社でも上層部に「批判だけ」している人は、そのうち周りから煙たがれる。
「自分の立場で、やれることを実行する人」が、やっぱり共感を得られていくものだ。

●3世たちとのテレビ電話
GW中に娘から「できない?」と言われ、ちょっと日程が合わなかったが、GW明け後の土曜日にやってあげた。
「クルマで1時間」とそんなに離れていないところに住んでいるが、とにかく3世たちは「どこにも行けない」状態が続いているようで、たまには「変化のあること」を体験させたいんだろうと思って対応してあげた。
下の姫は、アンパンマンのぬいぐるみを画面にいっぱいに見せるので「肝心の顔が見えないよ」と言ったり、上の王子は、今年「6年生」になったので、その様子を聞いてみた。
3月から1度も学校も行ってないし、宿題も出てないようで娘は「ちょっと心配」と言っていた。
3世たちの時代は、こうやって普通に「テレビ電話が当たり前」になっていくのだろうなぁ。

先週末、39府県で「制限解除」が決まった。
果たして、それがまたどんな影響を及ぼすのか?
今回の解除では「ある一定の数値」が表示され、政府・自治体そして企業など「さまざまなルール」を設定し始めてきた。
コロナ禍は未曾有の出来事だが、こんな時だからこそ感じたり学んだり出来ることがあると感じる。

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2020年4月27日 (月)

新型コロナウイルス騒動~その8

振り返ってみると3月の初めにこの「新型コロナウイルス」の備忘録として始めたこのシリーズだが、もう2ヶ月も続いてしまった。
そしてまだまだ「終息の気配」も見えてないため、これからも続いていくのだろう
会社でも少し話したが「東日本大震災」の時は、それはそれで日本中ひっくり返ってしまう大災害だったが、今から思えば「これからは、1つずつ日常に戻るために頑張ろう」というポジティブな気持ちになれた。
しかし今回の「新型コロナウイルス」については「いつ頃」とか「どのように」といった先が見えないために、なかなかポジティブな気持ちにスイッチが切り替えられない。

●ついにテレワークに
先週少し書いたが、新人研修の私の対応部分が終わり24日の金曜からテレワークに入った。20200427_20200426164401
朝起きて「パジャマのままではダメだよね」と着替えて、朝食を取り就業開始時間にあわせて会社から持ち帰ったノートPCを立ち上げて、仕事開始。

まずは、あるお客様の仕事のスタッフ間のテレワーク設定。
会社の人間同士の接続は簡単にできるが、協力会社のスタッフは外部の人間なので、セキュリティの関係上繋げない。
協力会社側から「招待されない」と接続できないが、協力会社側も簡単に外部と接続できないようにしてあったようで、どうしようかと思っていた。
当社の営業担当もあまり詳しくないし、協力会社のディレクターも「ちょっとわからない」となっていたので、その設定を初日の仕事に充てた。
ここでは詳しく書けないが、まぁちょっとしたアイディアで接続でき、最初はお互いに電話で接続を確認、夕方には「私+営業+協力会社スタッフ」の3者でビデオ通信できるようになった。

他にもテレワークに入っている他部署のスタッフからメールが来たり、出社しているスタッフからも「ちょっと確認してほしい」との連絡があり、なんだかんだで1日過ぎてしまった。
家から一歩も出なくてもある程度「業務処理」ができるんだという実感もあったが、逆に「出社している人への負荷」も考えさせられた。

今まで私は「出社している側」だった。
そのため「テレワーク」の人のために伝言したりセットしたり手配を頼まれたりして「結局、出ているスタッフに負荷かけている」と思っていた。
ところが自分がテレワーク側になると、先ほどの「確認作業」など同じ会社にいれば、ちょっと見ればすぐに済む作業が、PDFを送ってもらい、メールでやり取りするといった別の作業が増える。
当社のテレワーク導入にあたって「効率が良くなった」と答える人が多かったが、それはテレワーク側の意見で、出社した人の意見は含まれていない。
「テレワーク」する場合には、「テレワーク側の役割」「出社している側の役割」を明確にしておかないと、かなりの不公平感が出るのではないかと、今後の課題を1日目で感じてしまった。

●GWは有給促進日に
GWに入る少し前に「GW中はできるだけ有給取得して出社しないように」と緊急の社内通達があった。
「出社しないと仕事にならない業種」もあるが、今の「緊急事態状況」だと「会社に行くことは良くないこと」と感じることも増えて、私も半分はテレワーク、半分は有休を取ることにした。

とは言え、半日だけどうしても出社が必要となっている。
それは、このような状況下で、すでに2ヶ月社長が出席する全体朝礼ができておらず、それを「ビデオ撮影し、社員が見る」」という新しい試みをすることになったからだ。
思いついたある部署の副部長が、最初に私に相談して来たために、その「社長撮影」に立ち会うこととなったためだが、それ以外は会社に出る必要はなくなっている。

定年後、再雇用の立場でこのような勤務を体験していると「これからは毎日会社に出かける」という考え方じゃない働き方が徐々に進むんじゃないかと実感している。
「新型コロナウイルス」は大変な厄災だけれど、こういうことがないと「大変革」は一気に進まないものだと改めて感じざるを得ない。
ついでに書けば、テレワークになったために、それまであまり速度が速くない古いWiFiルータを使っていたが、「この機会に」と思い買い換えた。

●岡江久美子さん、急死
私と同じような年齢の女優さんだが、急激に症状が悪化して亡くなった。
「志村けん」の時も思ったが、この「新型コロナウイルス」の怖いところは人によっては「あっ」という間に命を落としてしまう点だ。
これだけ蔓延していくと「私は大丈夫」と思うよりも「いつかは感染する」と思っていた方が良いと思えてきているが、それにしても「自分は軽く済む」という保証はない。
やはりテレワークなどを利用して、外にはなるべくでないことが、今は良いようだ。

一人暮らしなので、万が一感染して「自宅で様子を見る」となるとかなり不安だと思っていた。
直近では「容態が急変した時に間に合わない」との意見も出て「ホテルなどの施設」で経過観察にしようとの流れが出ている。
私のような一人暮らしの人間には、その方が安心な気がする。
私の人生の中で、もっとも楽しみのないGWが始まっていく。

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2019年7月22日 (月)

「ブログサービス改悪の見本」の悩ましさ

今年の4月に「便利なのか?不便なのか?」の中で、少し触れたがこのブログのサービス提供している「Nifty」が大規模なシステム改修をした。20190722  
いくつかの不具合があったとその時に書いたが、未だに不具合というか「前の方が良かったのに」と思うことが多々ある。
これは私だけなのかと思い、ヘルプページや質問コーナーを見ると私と同じような不満をぶつけている人たちが多いので、今回のシステム改修は「ユーザー目線」としては「改悪」の失敗なのだろう。

私のブログは次のようなステップで作っている
1=まず文章をWordで作成
2=関連する画像を決めて、大きさや解像度を整理
3=ブログ編集画面に文章をコピー&ペースト
4=関連する画像を配置
5=文字の大きさや太さ、色などを編集
6=公開する日時を決めて登録

今回の改修では、文字の大きさがそれまでの「5種類」から「ポイントサイズ指定」となり、よりキメ細かく設定できるようになった。
それは良いように見えるが、今までの「5種類」で困っていなかったので却って面倒になった。
そもそも今までの「標準」っていうもののポイントサイズが良くわからないので、探り探り設定した。
文字の設定は、そのうちに慣れたので良かったが、今度は画像の設置。

これまでは「前回と同じ設定を利用」を使えば、毎回位置の設定をすることがなかったの、毎回設定しないといけない。
さらに配置してみると文字と画像のスペースがほとんどなく、くっついて見える。
「どこかに、このスペースを設定する画面はないか?」と探しまくったが見つからない。
仕方ないので、画像側の上下に少しスペース足して、アップロードするようにした。

このような「編集してアップロード」の操作は、何度かやっているうちに少しずつ慣れてきたから、最初の時ほど戸惑わなくなった。
問題は「アルバム」である。
このブログの左にはどこかに出かけた時に撮影した写真を「アルバム」として掲載している。
以前のシステムだとあらかじめ用意されたデザインを利用して、それなりに「アルバム感」のある見え方で載せられた。
ところが今回の改修では、全く無味乾燥的なもので「単に写真が並んでいるだけ(今回掲載している画像がそのアルバム)」になってしまった。
私の場合「2006初夏_京都」から始まり34個ものアルバムを載せてきた。
これらすべてが「単に写真が並んでいるだけ」のアルバムになってしまい、13年にも渡って積み上げてきたものが、一瞬で崩れてしまった。

仕事柄「良くないシステム改修」の話を聞く機会は多いが、これはなかなか「改悪の見本」のような状態である。
とは言え、今さら他のブログサービスに移設するのも大変だろうし、悩ましい気持ちで続けている。
「2006年から続いたブログをやめる」
「もっと使いやすいブログサービスに移設」
「このまま我慢して使い続ける」
さて、どのような選択が良いのだろう?

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2019年4月29日 (月)

子どもを題材にした親バカツールも変わる

ある時、突然娘からLINEがきた。
「婿の名前」「作」とあって、子ども姿のスタンプが貼られていた。
写真で見たことある姿だったので、「三世の姫」の写真を利用して創ったイラストだと分かった。
どうも婿が、写真をベースにして「コツコツ」と創ったようだ。
「有料スタンプ」となっていたけれど、「ジジバカ」なので、当然購入した。

そのスタンプの絵柄を見ながら、娘が生まれた頃を思い出した。Fireshot-capture-054-line-line-store-sto  
その時には、もうグラフィックデザイナーになっていたが、子どもが生まれた翌年の年賀状には、「子どもの写真」を載せて作成した。
そうしたら、先輩のディレクターから「子どもの写真を載せた年賀状を送るなんで、クリエイターとしてあるまじき行為」と言われた。
もちろん、それは冗談だったけれど、その先輩は自分の家族の写真を使った年賀状など制作せず、毎年「デザインチックな」年賀状を送ってくれた。
私自身も、ちょっと「クリエイター魂」が熱い時期でもあったので、「それもそうか?」と納得し、その後、家族の写真を使った年賀状は創らなかったが、子どもが出来るとそれを年賀状に使うのは、「親バカ」の典型的な行為だ。

その頃、よく会っていた友人は、子どもの写真を使った「テレホンカード」を作って、プレゼントしてくれた。多分、それは奥さんの方の発案だった気がするが・・・・・。
おそらく、あの頃多く親が「親バカ」としてやっていたのだろうし、制作するサービスが、あちらこちらにあったのだろう。
しかし、今では「テレホンカード」というもの自体なくなってしまい、平成生まれの人たちには、何するものなのか分からない時代になっている。

最近は「写真」そのものが「デジタルデータ」になり、インターネットなどでは「オリジナルアルバム」を簡単に制作できるようになっている。
私の二人の三世の写真も、ほとんどがデジタルである。
1番目の三世が、もうこの春で小学5年生なので、かなり大量の写真データがある。
さすがに「オリジナルアルバム」は創っていないが、最初の三世と言うこともあり、送られてくる写真データを使って、オリジナルスライドに音楽をつけてDVDに焼いたりして「ジジバカ」ぶりを発揮していた。

二人目は「姫」なので、それはそれで可愛くて写真も娘から送られてくるが、やっぱり一人目よりは量が少ない。そしてこちらもDVDを制作したりもしていない。
でも、今回のLINEスタンプの作成は、今の時代にあった「親バカ」行為なのだろう。

こうやって思い返すと、昭和から平成、そして令和へと、いつの時代も「かわいいわが子や孫」にお金を使う「親バカ」「ジジバババカ」行為はなくならないんだなと思うのであった。
ちなみに、そのLINEスタンプは、下記から購入できるので、もし良かったら、購入してみてください(これもジジバカですな)。

https://store.line.me/stickershop/product/7034760/ja

今回で平成時代のブログは終わり、次回から令和時代となる。やめずに何となく続けてきただけなのだが、時代を跨ぐブログになってしまった。次回から令和時代に突入します(と言っても、特に変わるわけではないけれど)。

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2019年4月15日 (月)

便利なのか?不便なのか?

この「nobulog」も、早いもので、始めてから10年以上続けてきている。20190408
これはNiftyの「ココログ」というサービスを利用しているが、先日システム・リニューアルがあった。
事前に案内はあったので知っていたが、いきなりトラブルが発生した。
いつも、登録したあとに日時を設定してタイマーで公開されるようにしている。
ところが、その時間が過ぎても公開されていない。
「おかしいな」と思い、ログインして少し操作をしたら無事に公開された。

このようなトラブルが起きるたびに思うことがある。
30年前に初めて「ワープロ」に触ったが、今の世の中は「デジタルなし」の生活が難しくなっている。
スマホにPC、ガラケイと言われるものでもネット接続が可能になり、「ネット経由」というものが特別なことではなくなっている。

そしてより便利に、より安全に使えるようになるために「リニューアル」「アップデート」と言うものが行われるが、そのたびに「憂鬱」な気分になる。
今、一番頭が痛いのは会社で使っているWindowsだ。
現在のOSはWindows7なのだが、Microsoftのサポートが今年で終了することになっている。
これは「今後、安全性は保証しませんよ」と言っていることと同じなので、OSそのものをアップデートしなくてはいけない。

私のPCは、導入時に「Windows10」のアップデートサービス付きだった。
だからOSを入れれば良いだが、単純なOSアップデートではなく「初期化」したうえで、Windows10をインストールしなくてはいけない。
これが結構、手間がかかる。

データのバックアップはもちろん、インストール後もデータ互換性の確認やアプリの不具合、プリンタやサーバとの接続状態など、今までと同じように使用できるか確認することが盛り沢山だ。
そうなると日々の業務が忙しい時などは無理だ。
1~2日くらい少し空いた時期でないと、なかなか難しい。

こんなことは、デジタル機器を使わなかった時代にはなかった悩みだが、PCにしてもスマホにしても2~3年に1回くらいは大掛かりなアップデートがある。
そのたびに「憂鬱」な気分になる。
確かにデジタル機器が生活の中に溢れ、仕事も遊びもまったく行動が違ってきて、すごく便利なことが増えた。通販なんかは、その筆頭だ。
いろいろ問題はあるが、ネットで注文すれば当日もしくは翌日には届くし、単身住まいには嬉しい日時指定もできる。世界的に見ても、アマゾンなど通販企業が経済を席巻しているということは、それだけ世界中の人が「便利」と感じている証拠だろう。

けれど、このようなアップデートなどによりトラブルに見舞われると、いったい「本当に便利になっているのかなぁ」と疑問が頭を過ぎる。
とは言え、近々アップデートをしないといけないなぁとタメ息をつく毎日である。

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2019年4月 8日 (月)

新元号「令和」発表騒動

子どもの頃、こんな体験をすると思わなかった。20190408_4
私はもちろん「昭和」生まれなのだが、「昭和」という時代はとても長かった。
昭和天皇が崩御される前に「次は何という元号になるんだろう」と話したことを覚えている。
そして「平成」になった。
「人生の中で新元号発表の瞬間を味わえると思わなかった」
とあの時は思ったが、それが2度も体験するなんて、想像もしていなかった。

そのおかげで、前回の「平成」発表との違いをとても感じることができた。
前回は「天皇陛下崩御」という日本全体が悲しみというか喪に服している最中だった。
今回は「生前退位」となったため、雰囲気からして違っていた、
まず今回のように、テレビで「〇〇時代を振り返る」とか「新元号予想」のような浮かれた番組がなかった。

さらに新元号が「令和」と発表される時も、細かくスケジュールを発表し、テレビもネットもSNSもフル稼働した。私も会社のネット経由でライブを見ていたが、発表が近くにつれ、ネットのスピードが落ち、視聴が難しくなった。
そして「令和」と発表された途端、同じ漢字の名前の人や、地名にはないとか、国内だけでなく海外の企業名まで「関連づけ」て記事にされていた。

この現象を見ていて、「昭和から平成」に変わった時とは随分違っていると感じた。
その1つは、先に書いたように前回は「崩御」を受けての改元だったが、今回は「生前退位」による改元で、どこかで少し「お祝いムード」の感じがあった。
会社でもそんな話が出て「これなら生前退位も良いよねぇ」と言う人もいたが、歴史を見てみると「権力の二重構造」を生む場合もあるので、単純に制度化するわけにはいかないだろう。
それはそれで別の課題だけれど、こんな「お祝いムード」で改元されるのは、悪いことじゃないなぁと思った。

もう1「平成」に変わった時と圧倒的に違うのはネットの普及だ。
これも先に書いたけれど、「同じ漢字の名前」「地名」「企業名」などなど、ネット時代得意の「検索機能」をフルに活用して次々ネット上に紹介されていた。
同じような傾向が、次の新聞記事にも載っていて、それを見て「ずいぶん30年前と違うなぁ」と驚いた。
そして次の日には「企業名に『令和』を入れるところが出てきた」のような便乗というか後追いの記事まで紹介されていて、もう「令和」つながりなら何でも記事になるようだった。

私の年齢から見れば、昭和には2つのイメージがある。
子ども頃は、まだまだ「戦争」に関連する議論が高く、その後「高度成長」につながり国も街も豊かになった。
平成は「災害の時代」と言われるが、今回の改元発表騒動を見ていると「ネットの急激な進歩」も特徴的な側面だろう。
さて、来月から始まる「令和」はどんな時代なのだろう。
個人的には「老後の時代」になることは間違いない。

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