2019年5月20日 (月)

祝意に満ちた令和の幕開け

「令和」になって3週間近くなる。
前回もこの話題を書いたけれど、その時の空気感を備忘録にしておきたくて、もう一度同じ話題を続けることにした。
昨年の後半から徐々に話題になっていた「元号の切り替え」は、4月後半になってあらゆるメディアが話題に取り上げ、4月30日から5月1日には、まるで大晦日と元旦を迎えるような異様な雰囲気になった。
20190520_1

今振り返ると、私の子供の頃はまだまだ戦争の記憶も生々しい時代だった。
だから「天皇陛下バンザイ」と言って亡くなった兵士への想いも強く「天皇制は果たして必要か?」といった議論も子供なのによく耳にした。
平成時代の皇室を紹介するいくつかの番組を見ていると、そのイメージがこの30年で随分違ってきたことを改めて感じた。
それは、平成天皇皇后陛下の考え方や行動の賜物なのだろう。
ある番組で美智子皇后が旧体制にイジメられるドラマみたいのをやっていたが、あまりに「美智子さま=善、旧体制=悪」の構図が強すぎて、同時にネットを見たら「酷すぎる」のコメントが多く見られたのは、ある意味「狂騒」をよく表しているとも言える。
そんなテレビを見ていて、「新元号を迎えるカウントダウン」も何だかバカバカしくなってきて、GW10連休の最中だったが、さっさと寝てしまった。

次の日も「新元号、新天皇」の盛り上がりは続いており、こちらもついついテレビを見てしまっていた。
新しく皇后になられる雅子さまの、とても輝くような笑顔が映されたり、悠仁さまが緊張された表情だったりを「なんだかんだ」と言いながら見ていた。
そして5月4日の新天皇即位後初の一般参賀も各テレビで流されて、「新元号、新天皇」の一大イベントはピークに達した感じはあった。

そんな騒動を見ながら、自身二度目の「元号切り替え」の体験としては「昭和から平成」の時とは随分違うものに感じられた。
その理由の一番大きいのは「先の天皇崩御」だろう。
昭和天皇は崩御前から、毎日のように「下血」などの情報が流されて、世間的にも「歌舞音曲」を控える雰囲気になった。(下血とか歌舞音曲という言葉もその時に知った)
だから「平成になった」というより「天皇陛下が崩御された」というイメージが強かった。
さらに「昭和」という時代が、どうしても「天皇の名のもとでの戦争」があるため、振り返る話題も重かった。

ところが今回は「生前退位」でもあり、さらに平成天皇皇后陛下の行動により、皇室をとても身近に感じられるようになり、国民の多くが「祝意」を示した。
これから「令和」がどんな時代になるか分からない。
私の生きてきた「昭和」「平成」はもちろん、「昭和」でも「戦前」「戦後」は大きく違ったように、今までとは全く違う時代になるかもしれない。
ただ、それは急に変わるわけではない。
「江戸」から「明治」になった時でも、「西南戦争」までの10年間は試行錯誤の時期だった。
今回も、そんなふうに徐々に「令和」という時代に変化していくだろうが、こんなに「多くの国民が祝意に満ちた退位と即位、新元号の切り替え」を体験できたことは、とても有り難いことだったと思う。

| | コメント (0)

2019年5月13日 (月)

令和時代、始まる

長いGWだった。
世間では10連休と騒いでいたが、ウチの会社の場合4月30日と5月2日は、出勤日として「休める人は有給を取得してください」という感じになった。20190513
知っている人もいるだろうが、今年から企業は「年5日以上有給を取得させること」が義務付けられたし、安倍内閣主導の「働き方改革」の影響で、企業としては「社員をできるだけ休ませる」方向になっている。
とは言え、長期に企業活動を停めることに慣れていない日本企業としては、なかなかインパクトのある出来事だった。

この長いGWの間に、時代は「平成」から「令和」に変わった。
なんとなく始めたブログだったが、これで時代を「超えた」ブログとなった。

平成の終わりには平成時代を振り返るTV番組が多かったが、その中でNHKの「天皇の物語」が面白かった。
全部で4話構成だったが、敗戦を経て「象徴」の姿を追い求め続ける天皇陛下や初の民間から皇室に嫁がれた皇后陛下の話など、実に興味深かった。
特に「美智子皇后」が今の皇室に与えた影響は想像を絶するモノがありそうだ。

乳母制度をやめ、一般人と同じように自分たちの手で子育てをしたり、国民との距離感を縮めたり、でも天皇陛下のスピーチ中に暴漢が出たときには、素早く手を陛下の前に出し防御しようとしたり、本当にスゴイ方だと思ってみていた。
そして何よりスゴイと思ったのが、平成天皇の立ち居振る舞いや表情が、どんどん優しくそして国民に寄り添っていくようになったことだ。

若い皇太子時代の陛下は、椅子に座ると足を組んだり、ちょっと上から目線で周りの話を聞く姿が見られ、最近のお姿からすると、想像できない雰囲気を持っていて、近寄りがたい感じだった。
それが今では、本当に「国民に寄り添っている」お姿を体現されているようで、もちろんそれが天皇陛下の努力だったり考え方の変化だったり、いろいろあるだろうが、美智子皇后の影響が大きいかったのではないかと想像される。

私は昭和30年代の生まれだ。
今から思えば、戦後間もなくの時期で、「天皇のために命を落とした」という戦時のイメージが色濃く残っていた。
なので、学校の先生にも革新系の人が多く、どちらかと言えば「天皇制」に懐疑的もしくは反対の人が多かった。
そんな影響もあり、私自身も「たくさんの税金を使っている皇室って必要なのか?」と子供心に感じていたことを思い出す。
今でもそういう思想の人もいるだろうけれど、あの頃と比較して今は、とても「天皇」という存在を間近でそして日本人にとってかけがえのない存在と感じている人が多いのではないだろうか?
この感情の変化は、一朝一夕で成ったものではなくて、やっぱり平成天皇と美智子皇后の行動の積み重ねの成果なのだと思う。

「戦争のない時代を過ごすことができた」
そう平成天皇は述べられた。
そしてご自分たち の手で育てられ、平和の大切さを幼少時から諭され成人になられた新天皇陛下。
さらにグローバルの感覚を持って皇室に入られた新皇后陛下。

どんな令和時代になるのだろう。昭和・平成・令和の3時代を生きることになるとは、思いもしなかったなぁと考えながら、新時代を迎えた。

| | コメント (0)

2019年4月 1日 (月)

訃報 萩原健一

今日から新年度、そして今日のお昼には新元号が発表される。
いよいよ平成の最後の時期になってきた。

そんな時に第一報は、風呂上りにTVを点けたときだった。 20190401
いつもはそんなことをしないのに、たまたまTVをオンにしたら、このニュースが流れていた。
「ウソッ」
これが、最初の感覚。
そのあと、私が高校時代の頃が、走馬灯のように思い出された。

「萩原健一」「ショーケン」と呼ばれるこの人は、私の同世代から見れば
「片島三郎」であり「あにき」であり「マカロニ刑事」であった。
特に「片島三郎」は、強烈である。
これは「前略おふくろ様」の役名。

今のようにネットのない時代だし、ビデオ録画もない時代だったので、毎週放送を楽しみにして、その時間に合わせて宿題をやっていた。
そして、学校に行くと「かすみちゃんが、こうだった」とか「半妻さんが、どうだった」とクラスでわいわい話したものだ。
私の同級生の中には「前略おふくろ様」に刺激され、調理師になったやつがいる。

「傷だらけの天使」も我々世代には強烈な印象だった。
水谷豊が「あきら」と呼ばれ、軟弱な若者で、いつも「あにき~」と言っては萩原健一演ずる「おさむちゃん」にくっついていた。
このドラマは、おしゃれだったし、型破りだったけれど、一番カッコよかったのはオープニングだった。

この2つのドラマは、書き出すと停まらないくらい想い出がたくさんあるし、今だってYouTubeに載っていたり、スカパーで放送されたり、時にはパロディになったりするくらいインパクトのあるものだった。
音楽も演出も脚本も周りの役者もスタッフも、すごく良かったし、贅沢な創りだったが、やっぱり萩原健一の魅力が、私たち世代を魅了させたのだろう。

破天荒でいろいろな事件も起こしたけれど、今の奥さんと出会ってからは平穏な人生のようだったし、何より私たち世代の青春時代を、楽しく彩ってくれた彼に、ありがとうと言いたい。

合   掌

| | コメント (0)

2019年2月25日 (月)

「働き方改革」は、大丈夫なのか?

先週、TV(具体的に言えば「ワイドなショー」)を見ていた「働き方改革」の影響について、とても身近な感じで話しているのを聞いた。
例えば、こんな感じだ。20190225

・長時間のロケ撮影だとマネージャーを交代しないといけない

・同じく長時間だと、制作や撮影スタッフが途中交代しないといけない
・アナウンサーも残業時間のチェックを頻繁にする

そもそも、長時間拘束されること自体が大きな問題で、それを「改善」しようというのが「働き方改革」の狙いだというのは、とても分かる。
「働き方改革」が声高に言われるようになったのは、例の「代理店の社員の自殺」が発端だ。
このことに関して思うことは、何度かブログで書いてきたので省くが、単に「長時間残業や勤務をやめましょう」って話じゃない。

さっき挙げたようにマネージャーやスタッフを交代しなくちゃいけないってことは、それだけ多くのコストが必要になるってことだ。
これは、実はどこの企業でも起きる問題だ。
ウチの会社でも、もう何年も前からこの問題に頭を抱えている。
仕事柄、やっぱり残業が多い。原因は、お客様からの原稿が遅れたとか大幅な修正が入ったとか、まぁお客様側の都合が多い。
それを「社内努力」と言う名の「長時間残業」「休日出勤」で何とかしているというのが現状だ。

これを「働き方改革」と言う名のもと、「長時間残業」「休日出勤」を禁止したら、どうなるか。
「そのような対応はできません」とお客様に断りを入れれば、二度と仕事をいただけなくなる。
だから、二交代・三交代シフトにして人員を増やすとなると、今度は「コスト高」になるから、これまた「企業の利益」が少なくなる。

「企業の利益」
が少なくなると、「企業の継続が難しくなる」「社員の給料を下げる」しか方法がない。どっちにしても企業で働いている人には、「うれしくない」話になりそうだ。
今の「働き方改革」の論調は「長時間労働させる企業が悪者」的な感じだけれど、じゃあ多くの人員を抱えて、日本の企業全体が「コスト高」になり、世界マーケットに対して「競争力の無い企業」になってしまうってことになるのは、想像に難しくない感じがする。

他にも「女性活躍推進」のために「産休・育休制度の充実」「時短勤務の充実」などなど、制度の充実化が進んでいるが、これも「人件費が膨らむ」要因になる。
今までのように月に「100時間以上の残業」とか「何日も休みなく働く」ことが良いこととは思わない。
でも、この「働き方改革」も行き過ぎてしまうと、「企業の競争力」減少という元も子もなくなる結果になるんじゃないだろうか?

若い頃のように「ああ、休みが欲しいなぁ」とか「早く帰りたいなぁ」と単純な一面的な見方だけでなく多面的に企業を見られる年齢になったからこそ、感じる根本的な課題だと思う。

| | コメント (0)

2018年11月26日 (月)

今日は昨日の続きでなく、明日は今日の続きじゃない

久しぶりにTVニュースを見て、ひっくり返った。
NHKの9時のニュースを見るまで、知らなかったので、最初は「何のニュース?」と思って見ていた。
そのまま夜10時に行われた「日産社長の会見」も見た。
20181126
 
その後、ネットや新聞で詳しく報じられていた。
今回、日産と言う企業にも「有価証券報告書の虚偽報告」という罪もあるわけだが、日本でも行われるようになっ「司法取引」により、検察に協力したとの事。
「50億円」なんて数字を言われても、ピンと来ないけれど、日本の基幹事業の1つである自動車産業に、大きな激震が走っていくことに間違いない。
 
このニュースを見て、最初に浮かんだ言葉は「驕れる者久しからず」
もっと短い言葉だと「驕る平家」ともいうが、ことわざってのは面白くて、いろんな場面に当て嵌まるものがある。
江戸時代小説を読んでいて覚えた言葉に「天網恢恢疎にして漏らさず(てんもうかいかいそにしてもらさず)」があるが、今回、まさにそれだった。
 
ゴーン氏の話は金額も巨額だし、立場が雲上人なのだが、もっとスケールが小さい話になると、自分たちの周りに同じような話がゴロゴロある。
 
長くいろいろなところで働いていると、いろんな事件に出会う。
個人的な感覚としては、企業内の小さな不正は営業系、経理系が多い気がする。
私の身の回りで起きたのは、営業系が多い。
 
●大きなお客様を獲得していた担当が、伝票不正発覚し、退職した。
 
●何度も社内表彰された営業部長が、経費不正発覚し、子会社への出向になった。
 
●お客様の販促物の管理を、伝票不正により長年隠蔽。部長は退職した。
 
●在庫管理ずさんなことが発覚し、降格の上、別部署への移動となった。
 
こんなふうなことがここ数年の間で、どんどん出てくる。
なので、定年になった時に、今の私の上司である(年下だけれど)本部長は「そういうこともなく、無事に部長を終えて、定年を迎えたことは目出たいと思うよ」と言ってくれた。
ただ、こんなに次々いろいろなことが発覚したのを近くで見ていると、冒頭に挙げた「驕る者久しからず」という言葉と、「明日も今日の続きのまま、バレずに済むと思うな」という言葉が頭を過ぎる。
やっぱり「お天道様に顔向けできないような」人生を送らないことが大切だと、このビッグニュースを見て、わが身を振り返った。

| | コメント (0)

2018年10月29日 (月)

ニュースの多様性

先週ニュースとネットを見ていて、立て続けに同じようなことを思った。
 
1つ目は「プリンセス駅伝での四つんばいでのタスキリレー」
最初、これはクルマの中のテレビでアナウンサーが話していたのを聴いただけだったので、「脱水症状か何かで倒れたのかな?」くらいに思っていていた。
その後、夜のニュースなどで詳しく説明されたので状況がわかった。
20181029 
最初の印象はこうだ。
「厳しい練習してきたから、『私のところでタスキを途切れさせたくない」と思ったのだろうなぁ」。
ところがその後、そのチームの監督から「あれを美談にしないでくれ」「棄権を申し出たのに、制止してくれなかった」などのコメントが出た。
 
この監督の気持ちが一番よく分かるコメントがこうだ。
「膝から血を流してまで競技するなんて、今後の彼女の身体が心配です」
タスキを繫げようとした選手の気持ちも分かるが、指導者として選手の人生までも視野に入れていることに驚いた。
だからこそ単純な「美談にしないでくれ」と言ったのだろう。
 
2つ目はフリージャーナリストの「シリアでの拘束からの解放」
これも最初の印象はこうだ。
「生きて解放されて良かったなぁ」「日本政府は身代金とか払ったのだろうか?」
とにかく「生きて解放されて良かった」感が強かった。
 
その後、彼の過去のツィッターに「自己責任で行くのだから、日本政府は邪魔をするな」と言ったコメントしていると批判も出てきた。
このコメントが真実だとすると、彼の考え方が幼稚だなと感じる。
 
「自己責任」で危険地区に行って、今回のようなことになれば国として「自己責任で行っているから、知りません」なんて言えない事くらい、大人だったら想像つくだろう。
だから、批判的なことを言われても仕方ないなぁと感じている。
 
この2つに共通するのは、「1つの方向性」だけのニュースでなく「違う方向からの」ニュースが流れたということだ。
特に2つめの話は「過去のSNSの発言」を元に、彼の「人間性やジャーナリストとしての考え方」に対する議論になり、いかにも「多面的情報時代」らしい展開になっている。
 
この「過去のSNS発言」は、時には「重箱の隅突き」のようになることがあるが、今回のような時には大きな問題点となることが分かった。
一般の人が気軽にSNSで情報発信をする時代。
時に、お見合いの事まで載せたり、付き合う相手の過去を調べたりしているなどのニュースを聞いたばかりだった。
そんなことは「くだらない」と思っていたが、今回の2つのニュースを見ていると「多様な情報」が捕まえやすい時代になったのだと大きな変化に気づくことができた。
 
「ダイバーシティ」とは多様性のことだが、「情報」にも多様性はとても大事なのだと、そのことを忘れずにネットやニュースを眺めなくてはと、2つのニュースから感じた。

| | コメント (0)

2018年1月29日 (月)

たくさんの発信出口と少ない情報

昨年4月に役職定年になり、毎週出ていた早朝会議に出なくなった。
さらに定年再雇用になり、気楽になったせいもあり、それまで始業時刻の1時間以上前に出社していたのが、ギリギリ近くの出社になっている。
その変化で気づいたのが、朝のワイドショーのつまらなさだ。

20180129クルマ通勤で、その車内でTVを点けているが、8時以降はNHKとテレビ東京系以外はどの局もワイドショーばかりだ。
しかも各局流れる情報は、みんな一緒。
昨年後半は、ずっと「大相撲」のことばかり流していた。
何か事件があっても、どの局も同じような順番で話題を進行していく。
まるで各局で協定を結んでいるように、本当に同じ順番なのは、びっくりする。

「じゃ、ラジオでも」とFMにすると「道路情報」「CM」ばかり。
会社についてネットのニュースを見ても、同じようだし、下手をすると「ワイドショー」の内容をわざわざアップしている記事すらある。
さらに、スマホの複数のニュースアプリはどうかと言えば、これも結局同じような情報が流れている。

こうして自分の情報入手の手段を振り返ると、圧倒的に「プル型」の入手が多いのに気づく。
「ブル型」とはいろんな意味で使われるが、要は「自分が興味あるものをチョイスして受信している」と思ってもらっていい。
インターネットの情報は、この典型だ。

この対抗に「プッシュ型」があるが、これは「こちらに興味があるかないかに関係なく発信されている」もの。具体的には新聞とかマスメディアで、インターネット登場前は、「プッシュ型」が圧倒的に多かった。

どちらにもメリット・デメリットがあるが、「プル型」の最大のデメリットは「自分が興味あること以外の情報を入手していない」ということになる。
だから、私の周りには本当に一般のニュースを知らずに生活している人が多い。
そして年齢が下がれば下がるほど、世間一般例えば、ニュースや新聞で取り上げられている情報について全く知らないことが多い。

インターネットが登場して、ものすごくたくさんの情報が世界中を駆け巡るようになったけれど、あまりに多すぎて結局「自分好みの情報」しか受信しなくなった。
そして、TVのワイドショーは昔から「井戸端的話題」ばかりの話題だから、ワイドショーとネットからしか情報を得ていない人は、とっても限られた情報しか入手していないことになる。

古くは「かわら版」から始まり、新聞・ラジオ・雑誌・TVと拡大し、そしてインターネット・ニュースアプリと「発信される出口」は増え続けているけれど「受け取られる情報」は、少なくなっているような気がしてならない。

| | コメント (0)

2017年5月29日 (月)

「便利な社会」の見直しが始まるか

ちょっと時間が経ってしまったが、GWが始まった4月の最終に、「やっと本質に触れる記事」と思うことがあった。
それは昨年起きた代理店であるD社のことを特集として取り上げた連載記事だった。20170529_benri

最初はニュースやワイドショーや初期の新聞記事に書かれていたような「企業側に大きな原因・責任がある」という話だった。
実際に「自殺者を出した」という現実から「企業側に大きな責任がある」というのは間違いない。
でも、少しだけそのD社と同じような仕事をしており、日頃感じている疑問に対しては、「何の答えにもなっていない」と思っている。
これは、今までこのブログでも何度も書いたけれど「顧客のニーズ」に問題はないのか?ということに立ち戻る。

この「顧客のニーズ」にスポットを当てていたのが、冒頭で紹介した「本質に触れる記事」だった。
この記事の大見出しは「『お客様は神様』限界に」となっており、記事中のタイトルには「過剰サービス社会 見直しに」となっている。

この記事には「深夜残業原則禁止」と言われても、お客様側から「会社のメールや携帯が使えないなら私用を教えろ」と言われる現実と「残業を減らせと言われても、我が社だけでは無理」という企業の言い分が描かれていたが、とてもリアルな出来事と感じ、この問題の「本質に触れた」と書いた。

スキーバスの事故 で多数の学生が亡くなった時も、同様のことを書いた。
「その安さを求めたのは、誰だったのか?」それを無いことにして「責任は企業にある」というのはおかしくないか?

言うまでもなく、企業は利益が必要になる。
利益を上げるためには、運営のための経費以上の収入がないと成り立たない。
収入を得るには、当然受注しないといけない。
だから、顧客のニーズにできるだけ応えて受注に結びつけたい。
今の企業の経営ロジックは、概ねこんな感じだ。

「顧客のニーズ」は重要だけれど、時には過剰な「顧客のわがまま」になる時がある。
「人や設備が動く場合には、コストがかかる」の大原則で言えば、見積もり作成時になかった作業や項目があれば、追加見積もりになるのは当たり前だ。
ところが、それがウチの会社だけなら良い。
「いいですよ、追加料金なしでやりますよ」という会社が出てくるから、困る。

実際には利益を削っているにも関わらず「企業努力で、ちゃんと利益は出てます」と言っちゃうから、お客様からは、どんどん「ニーズ」が増えてくる。
で、結局「サービス残業」で夜中までやって対応して、お客様は満足するけれど、人を雇えるほど利益は出ない。出ないから、またサービス残業で凌ぐ。

そしてお客様は「やってもらうのが当たり前」になって、わがままの顧客に対応し続け「過剰サービス」「便利すぎる社会」が生まれてきたのではないだろうか?
今回だけに限らない「働きすぎ」とか「過重労働」とか「サービス残業」などの問題は、この社会構造が間違っていないか?という議論をしないと本当の解決につながらないのではないだろうか?

| | コメント (0)

2017年1月30日 (月)

「魅力ある街」と「居心地の良い街」

「都道府県別魅力度ランキング」「茨城が4年連続最下位だ」とネットに載っていた。
「茨城」は個人的には縁がなく、(おそらく)行ったこともないので「へぇ~~」という程度の感想だ。Sumiyasusa
ちなみに私の住んでいる街は昨年「全国の主要8都市の中で『魅力に欠ける街』最下位」に選ばれ、ニュースになった。
ところがいずれも実際に住んでいる人たちの「愛着度」はとても強いようだ。

私はもともと今住んでいる街の出身ではない。
クルマで1時間半ほど離れたG県の小さな田舎町の出身だ。
もう人生の大半を、今の街で生きているが、この「出身地」意識というものは変なもので、私自身未だに「G県人」と思っている。

余談だが、この「○○出身」という意識は不思議な意識だ。
私の知っている限りタモリにしろ、吉田拓郎にしろ人生を過ごした期間は圧倒的に東京の方が長いのに未だに「博多」とか「広島」とかよく口にする。
一度この「出身地意識」というものを、中野信子さんの「脳科学」的に誰か解説して欲しいものだ。

さて、冒頭に書いた「ランキング」に挙げた「魅力」というものとは一体なんだろう。
2つのランキングと愛着度の傾向を見ると、外から見る「魅力」と住んでいる人の感じる「愛着」とには、もの凄い差異があることが分かる。
この差異ってどこから来るのだろう。

私が住んでいる街と私自身を例に挙げると、その差異が少しだけ見えてくる気がする。
先に書いたように私自身がこの街の出身ではないけれど、長く住んでいる。
そしてこのブログでも紹介するように、けっこうあちこちに(温泉と史跡中心だが)旅行に行く。
そんなことを総合して今住んでいる街を「魅力的か?」と問われれば「NO」と答える。

戦国時代の三英傑の出身地も近いし、それに伴う史跡もあちこちにある。
お城だって復元ではあるが、かなり大規模な状態で残っている。
そして温泉だって、県内や近県にかなりある。
さらに言えば、国内的には、それなりの大都市であり交通の便も悪くない。
けれどやっぱり「魅力的」とは感じていない。

感じていないけれど「居心地良い街か?」と問われれば「Yes」と即答する。
私の出身地のように交通の便や働く場所に困ることはないし、買い物する場所や(個人的には興味ないけれど)アミューズメントな施設もけっこうある。
それに日本最大のクルマメーカーのお膝元でもあるため、クルマ中心の街で道路も広い。
先に挙げた「史跡」「温泉」が近いことも「居心地が良い」と感じる項目に挙げられる。

私の街の市長は、「全国の主要8都市の中で『魅力に欠ける街』最下位」だったことをかなり残念がっており各媒体で「なんとかしないと」と言っているが、住んでいる住民からすれば「魅力より居心地の良さ」の方を優先しているんじゃないだろうか?
たしか結婚前に、割と「魅力的な街」と言われる動物園が近くある住宅街の団地に住んだことがあるが、土日の休みには混雑するし、月極め駐車場はなかなかないし、決して「居心地が良い」と思ったことがなかった。

「魅力的」「居心地が良い」が決してイコールではない。
そう思うと、ランキングとかマーケティングと言ったものの怪しさが見えてくる気がする。

| | コメント (0)

2016年5月28日 (土)

【備忘録】米大統領の広島訪問

今日は、土曜の出勤日。
さらに言えば、有給取得促進日(会社から、出来るなら有給取得してね?という有給取得施策の1つ)なので、普通なら休む。
実際に、会社に出社している人数は、とても少ない。20160528

しかし、先月は体調不良で、今月は「姪の結婚式」「若冲展」などで、立て続けに有休を取った。
欧米人から見れば信じられないだろうが、そんな状況のためにちょっと遠慮して今日は出勤している。

今週「伊勢・志摩サミット」が行われたが、それは私の住む地域に近い。
「オバマ大統領が中部国際空港に降り立った」というニュースを見て、何だか変な感じを持ったし、サミットの1カ月以上前から、高速道路には「サミットのため規制がある」と情報発信されていた。

私自身に直接影響はなかったけれど、「トラック便に影響が出る」とか「営業は時間の余裕を持って」などと社内でも注意喚起が行われていた。
さらに、サミット前日にはわが家のマンション上空を夜9時くらいに飛んでいくヘリコプターの音が聞こえ、やはりいつもとは違う感じではあった。

サミットそのものは、あっと言う間に終わり、特にテロのようなことも発生せず「やはり日本は安全な国」と思った(それなりに厳重な警備だったが・・・)
そのサミットよりも関心を呼んだのが、オバマ大統領の「広島訪問」

滞在時間わずか1時間。
ショートスピーチの予定が17分間におよぶ演説だったこと。
被爆者(そういえば、演説の中で「HIBAKUSYA」と語っていたのは、驚いた)と少しだけ語り、握手し、抱擁したこと。


謝罪は求めない。
謝罪してほしかった。
もっと、ゆっくり資料館を見てほしかった。
長崎にも来てほしかった。


立場やその人の送ってきた人生や、そして立場によっていろいろな意見があるようだ。
でも、私は素直に「アメリカの大統領が広島にやってきて語った」ことを大きな出来事として嬉しく思った。
原爆ドームを背景に、アメリカの大統領が哀悼のメッセージを含めたスピーチを行った姿には、胸を打つものがあった。

私は常々「原爆投下は正しい判断だった」と公言するアメリカの人には「どんな意見を持っていても良いから、一度原爆資料館を見てほしいなぁ」と思っていた。
アメリカの軍人だって、中国や韓国のように日本に占領されて攻められた国の人にだって、いろんな意見や考え方があると思うし、私はそれを否定はしない。
ただ原爆資料館を見てほしいなぁ。
あの展示物や説明を見て「何か」を感じてほしいなぁと思う。

今回、オバマ大統領が広島訪問したことがきっかけで、いろんな国の多くの人たちが広島や長崎に訪れ、資料館を訪れてくれるならば、それだけでも意味のあったことだと私は思う。

私の住む地方の近くでサミットがあったこと、そしてアメリカ大統領が広島を訪れたこと。
この2つを備忘録としてブログの話題にした。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧