2016年8月29日 (月)

リオ・オリンピック

始まる前は、そんなに楽しみにしていなかった。
報道も「治安」「会場建設納期」ばかりが目立ち、「大丈夫なのか?」みたいな空気が流れていた。20160829gorin

でも、終わってみると「日本のメダルラッシュ」があったせいもあり、毎日ニュースを見るのが楽しみな期間を過ごさせてもらった。
とは言え、本当は取り立ててブログで話題にする気はなかったが、これも「備忘録」と思い書くことにした。

★日本のメダルラッシュ
たくさんのメダルを取った。
合計41個は過去最高。金メダルも12個と関係者は大喜びの状態。
こんなに取れたからか柔道で「銅で謝るな」とか吉田沙保里の「4連覇ならずの号泣銀」、さらには卓球の「愛ちゃんの団体号泣銅」などなど、単にメダルを取っただけでなく、いろんな周辺状況込みの話題が多かった。
そういう「お涙ちょうだい報道はどうか?」という記事も見たけれど、単に結果だけの騒ぎより、オリンピックまでのプロセスを感じながらの応援は、それなりに良い応援の仕方とも思っている。

それに、バドミントンなどを見ていると「いかに競技人口を増やすか?」とか男子400mリレーでも「長年の研究」など、各競技界の長期計画の大切さが花開く大会だった。
これは、会社などの組織作りにも必要なアプローチで、「うまく行っている時ほど、次を考える大切さ」を改めて感じた。
良い例が男女マラソンや出場できなかった女子・決勝に出れなかった男子のサッカー、それに前回の男子柔道、今回の女子柔道、まだまだフェンシングにアーチェリーなどなど。
前回は良かったけれど今回は・・・・とか、いろいろ感じるものがあった。

ちょうど私があと1年で定年ということもあり、今、私の所属する組織も激変の時期だが、それと重なって「ずっとうまく行く組織運営は難しいんだなぁ」といつもと違う感想を持った。

★オリンピックらしいシーン
有名なのが女子5000mで衝突し転倒した二人の選手の助け合った姿。
他にも紛争地域であるコソボからの出場で金メダルを獲ったり、女子体操だったかで韓国と北朝鮮の選手のツーショット場面やバドミントンのタカマツペアの「前日の女子レスリングを見て、最後まで諦めないと思った」というような他競技との関連など、実にオリンピックならではのシーンが多かった気がする。

特に日本だけでなく海外の「出場するだけでも大変」みたいなシーンにスポットを当てることもオリンピックの本来の意義としてとても重要なことだと思う(主にNHKが多かったかな?)

こういうのを見るとやっぱりオリンピックは選手も観客も、そして世界中の人にとって特別ものだなぁと今回は特に感じるものだった。
ちょっとお金が掛かったり、いろいろな損得が絡んだり、きな臭いことも多いけれど。
次回は東京。
長生きしているので、前回の1964年を覚えているが、あの時とはまた違う盛り上がり方をするのだろう。

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2014年12月 8日 (月)

NHKが面白い~オリンピックをデザインした男たち

少し前のことだが、この秋NHKで放送された番組で2本ばかり面白かったので、今回、次回とその話題で。

1回目は「オリンピックをデザインした男たち」
今年、東京オリンピックから50年経ち、そして2020年に2回目の東京オリンピックを迎えるということで、NHKはこの秋「オリンピック」をテーマにした番組が放送されたが、これもその中の1つ。Nhk_tokyodegin_2

この番組は、私の職業に直結し、そして「へぇ~~、そうだったのか」と思う話が満載だった。
この「デザインした男たち」は、今では故人の方やグラフィックデザイン界の重鎮になっているが、当時は30歳前後の若手デザイナーたち。
「横尾忠則、田中一光、永井一正」なんて人たちの名前が登場する。

この人たちがオリンピック開催の1年半前に集められ、オリンピック開催に必要なすべてのデザインを制作した話だが、当時の日本のデザインは黎明期。
欧米の追随的なデザインで最初の案を出したら、オリンピックの事務局から「なぜ日本らしいデザインを出さないのか?」と言われたところから、彼らの戦いが始まる。

●開催シンボルマーク
今じゃ、当たり前の開催国ごとに創られるシンボルマーク(右側の画像の上部分)。
実は東京オリンピックが初めてだったそうだ。そしてそのモチーフとしたのは、太閤秀吉の陣羽織のデザインだったとか。

●デザインマニュアル
そうして創られた数々のデザインを国を挙げて盛り上げるために、いろいろなところで使ってもらうことにした。
そして、どこで使っても同じデザインとなるように、色やサイズを正確に決めたデザインマニュアルを制作。
私たちが実務として学校で習ったり、VIマニュアルなどを創るが、これも東京オリンピックから日本では使われたものなのだそうだ。

●ピクトグラム
これは専門用語だが、普通に街にあふれているものだ。
トイレの「男女」のマークが代表的だが、いろいろな場所を示す「絵文字」のこと(右側の画像の下部分)。
アジア圏で初めて開かれた東京オリンピックだが、世界中の国が集まり、言語が多種多様。それらの人たちに「どこに何があるか?」と知らせるために、世界で初めて本格的に導入。
当時のデザイナーたちが一番苦労したデザインだったようだ。

●権利の放棄
最後に、これらのオリンピック関係の著作権を、当時のデザイン責任者だった勝見勝氏の「権利は所有せず、次の国へのバトンタッチとしたい」との願いから放棄。
これによって、東京オリンピック以降各国で開かれるオリンピックにもさまざまなデザインが受け継がれていくことになった。

たった50分のドキュメンタリーだったが、デザインを生業にしてきた私にとって、すごく興味深い番組だった。
録画していたが、消してしまったのが悔やまれる。
再放送してくれないかなぁ~~。

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2013年10月15日 (火)

2回目の東京五輪(記事数993件目)

ちょっと(かなりかな?)時間が経って、一時期の「バンザイ、バンザイ」一辺倒の感想じゃなくなって来てるが、ここらで東京五輪の話題を。Tokyo2020
どうも生まれながらの「天邪鬼」なのか、みんなが騒いでいる時に同じ話題で騒ぐのって、どうも苦手(というか江戸的に言えば粋じゃない)。
なので、こんな時期にこの話題を出してみた。

決まってすぐに会社で話していると、1964年の東京五輪を知っている人の少なさに、ちょっとびっくりした。
でも、考えてみれば当たり前。
今年56歳である私が、小学校1年生の時に、1回目の東京五輪があったのだがら、私より年下の人間は、生まれていても記憶に残っていないだろう。

そんな小学校1年生の私ですら、とても印象的に東京オリンピックのことは記憶している。
聖火ランナーの姿に感動して、当時おもちゃ屋の息子だった私は、プラスチックの刀の先に「炎」の絵を書いて、持って走っていた記憶がある。
そして商店街には人がほとんどいなかったことも。

他にも今じゃ普通に乗っている新幹線も「夢の超特急」と呼ばれたり、首都高速が開通したり、明るく素敵な未来を感じていた。
特に新幹線はおもちゃ屋の子供にとっては、身近にあるおもちゃとして、とてもインパクト強く残っている。
とにかくあの東京オリンピックを経験した世代にとっては「オリンピック」は特別なものとなっている。

さて、7年後に開かれる東京五輪って、どうなるのだろう。
私個人としても先に書いたように「小学校1年生」として始まりの年齢で前回があり、7年後だと62歳。定年を迎えた後となり、奇妙な因縁を感じる。

そして圧倒的に違うのがメディアだろう。
1964年当時にはテレビ・新聞・ラジオが中心で報道されていた。
特にテレビはまだまだ新しいメディアで、とてもみんなが熱狂した道具だった。
でも、今から7年後は、どうなっているだろう。
今でもネットやスマホは当たり前。
そしておそらくデジタル技術や無線ネット技術はもっと進むだろうから、物凄い先進的なインフラの中での東京五輪になるんじゃないだろうか?

定年後に迎えるオリンピック。
ゆっくりと東京見物がてら行けたらいいなぁと夢見てもいる。

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2013年5月13日 (月)

国民栄誉って何だ?

このブログを始めた頃には、新聞やテレビで流れるニュースについて、勝手な感想を書いていた。
最近は、自分の身の回りのことや感じたことが多くて、とてもパーソナルな情報に偏っていたが、今回は久しぶりに一般ニュースに思うことを。
ただ、やっぱり感想としてはかなり偏っていることに違いはないので、これから書いてあることに、あまり目くじら立てないでください。
Kokumineiyo
「国民栄誉賞」って何でしょう?
調べたら王貞治の「本塁打世界記録」をきっかけに生まれた賞だそうで、その対象は「内閣総理大臣」の感覚で決められるんだそうだ。

で、今回の本題。
「長嶋と松井」の国民栄誉賞って、何の意味があるんだろう?
長嶋さんは、確かに一時代を彩った人だし、国民栄誉賞の第1号である王さんと「ON時代」を創った人でもあるので、良いのですが、松井は?
確かに高校時代から「5打席連続敬遠」とか日本でも大リーグでも活躍し、さらに大リーグのワールドシリーズのMVPなんて取っていて、物凄い選手であることに間違いない。

でも、「じゃあ、イチローはどうなのよ?」と思うでしょ、フツ~。
大リーグの記録を塗り替えて、さらに現役。
そして、この国民栄誉賞を2回も辞退している。

きっと松井もそんなことは分かっているだろうから、辞退も考えたと思えるんだが、「長嶋さんとのW受賞」ってことで、断れない状況に追い詰められた感じがある。

今回のこの受賞に関しては、結構批判が多い。
読売新聞が(というか例のナベツネさんが)、政治的なパイプを使い、さらに安倍総理も、そこを利用しようとしているとか・・・・・
真相は分からないけれど、表彰式をGW中のドームでやったり、テレビで生放送したり、さらには投手・松井、バッター・長嶋、捕手・原、審判・安倍総理などというキャスティングで、たちの悪い茶番劇(ちょっと言い過ぎかな?)を見ていると、いろんな思惑が見えて仕方がない気がする。

私個人としては、長嶋さんのことは大好きだ。
あの人の最初の監督だった時までは、巨人ファンだったし、あの人が突然監督解雇されてから、猛烈なアンチ巨人になった。
だから「不自由な手をポケットに入れて、打席で片手スイングする」ような姿を生中継で流されるのは、少々悲しくなるのである。
でも、本人は天真爛漫に楽しんでいるみたいで、そこが長嶋さんらしいところなんだけれど。

いずれにせよ、「国民栄誉賞って何だろう?」って思ってしまった受賞だった。

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2012年8月17日 (金)

国の違い

今日、55歳になった。
すごいなぁ~55歳だって。
部下から見れば「外見も中身も、十分に完全におっさんだ」と思われているだろうが、頭の中は、そうでもない。
感覚として30代くらいのつもりでいるが、体力的には正直なものでまったく無理になっている。

Kuninotigaiさて、オリンピックが終わった。
そして夏休みも終わった。
私の住んでいる地域は天候が不順だったせいもあり、家でゴロゴロしているだけの夏休みだったし、オリンピックもあったので、余計に引き籠り状態だった。

メダル獲得数が過去最高。
特に団体競技の獲得が増加。
さらに、獲得競技数も増加。

終了後に各メディアで騒がれたのは、大体こんな感じのことで、あとはメダル獲得者が出演!なんて感じが多かったかな。
そんな番組を、エアコンの効いた部屋でのんびり見ていて、ふっと思った。
「なんだか、今度のオリンピックは結構感動したなぁ」

なぜなんだろう?
やっぱりメダルをたくさん獲得したから?
それとも団体競技で獲得数が多かったから?
確かに、そうなんだろうなぁと思っていたが、前回ってどこだっけ?と思い直した。
人間の記憶なんていい加減なもんで、たった4年前なのに、もう忘れている。

そう、前は「北京」だった。
そして、今回は「ロンドン」
感じた違いは、その観客の質の良さだった気がする。

メダルを獲得していなくても、自国の選手じゃなくても、そして例え大した記録じゃなくても、いろんな意味で「拍手」を送るべき選手には、最大の賛辞であるスタンディングオベーションを送っていた。

バトミントンで、足を負傷してなお試合を続けようとした佐藤選手。
両足が義足の南アフリカの選手。
そして、女子サッカーの決勝戦。

終了後の大観客の拍手する姿は、今回のオリンピックの中で、最も感動した場面でもある。
前回の北京ではなかなか感じない場面だったが、オリンピックという一大イベントは、選手だけでなく観客も含めて成立しているものだと今回、初めて感じたことだった。

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2012年8月 9日 (木)

ロンドン五輪~お家芸とルール変更

オリンピックも終わりに近づいたが前回に続いて、もう1回だけ。
ただ、今回の話はオリンピックに限ったことではないけれど。

02_oiegei前に少し書いたが今回のオリンピック、柔道がイマイチだった。
おかげで、議員先生になってしまっているのに「皆さんの要望があれば、復帰も・・・・」と現役選手に対して、とても失礼なコメントをしている元女性柔道家(あえて名前は出さないけれど)でメダリストの人がいる。

今回の柔道の不振は、ルール変更と直接関係ないとは思うが、ポイントの与え方や度重なる審判の不手際(誤審も含む)などを見ていると
「何のためのルール変更なんだろう」
と思ってしまう。

元々、こういった世界レベルで争われるスポーツの場合、どこかに「公平性」だったり「エンタテイメント性(ドキドキして観戦するという意味で)」だったりを考慮してルールは変更される。
柔道の胴着のカラー化は、「分かり易さ」という意味なんだろうけれど、たまに
「それって、単に日本が強いから、嫌がらせなんじゃない?」と思うこともある。

一時期とっても強かった冬季五輪の複合(荻原兄弟の)なども、あまり日本勢ばかり活躍するので、ポイントの方法を変えてしまい、その後日本は勝てなくなった。
スゴイ詳しいわけでないので、断言できないが、どうもこの「ルール変更」には、人種的なえこひいき(差別とまではいかない)が臭う。

以前フォーミュラ1(通称F1)で、ホンダが強かった頃がある。
クルマに詳しい人にしかわからないが、その頃は「ターボエンジン」という過給システムで馬力を上げるものが主流だったが、その技術でホンダはとても強かった。
そうしたら「過給圧」を制限するルールに変更された。
それでもホンダが勝つと最後には「ターボエンジン禁止」となった。
これが、もし欧米のチームだったら、そんなことになっただろうか?と当時思ったりした。

善人的な見方で「公平性を優先して、よりエキセントリックにしている」とするならば、「柔道は日本のお家芸」と絶叫するのは、スポーツの見方としてズレていると思った方が良いのではないだろうか?
いずれにしろ人間が運営するものだから、何らかの圧力や思惑があって当然のことではある。

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2012年8月 6日 (月)

ロンドン五輪~スマホのある五輪

定期的に記事をアップしていたが、ついに1週空いてしまった。
特に他意はないけれど忙しくて、記事が書けなかった。

01_gorinそう思っているうちに「ロンドン・オリンピック」が始まってしまった。
今は夏と冬を異なる年に開催するため、ブログを見返してみると2年に1度、オリンピックの話題を取り上げている。
なので、今回も「一応は記録性の意味も込めて取り上げるか」と思った。
いつものように競技のこと、選手のこと、開催国のことなどいろんな視点のことを考えたが、今回これまでと違うことに気付いた。

それは昨年春から会社支給で「スマホ」を使うようになったことだ。
私のオリンピックの一番古い記憶は「東京オリンピック」だ。
うっすら記憶にあるのは、聖火リレーに感動したらしく、その後、おもちゃの刀に炎の絵を書いて、聖火に見立てて走り回っており、それをお袋が大笑いしていたことだ。

その当時から、ついこの前まではテレビやラジオ、そして新聞で競技の状況が発信されていた。
だから、会社にいる間は当然見られないわけで、帰宅してからニュースなどで初めて結果を知り、一喜一憂していた。

それがインターネットが発達すると、会社のPCを通してリアルタイムに近い状態で状況が把握できるようになり、それが普通になっていった。
特に、今回のように時差がある場合は、会社にいる時間に競技が進行するわけではないので良いのだが、前回の北京のように時差がないと、こちらが働いている時に、どんどん状況が変化する。
そんな時にインターネットは便利だ。

そして今回。
もっと便利なことに「スマホ」という新しいツールが楽しみ方を変えている。
「スマホ」は電話が出来る小さなコンピュータなので、さっき書いたPCと同様にリアルタイムに近い状態で、進行が分かる。
今のように毎週東京に出張に行っていても、眠くてテレビを消して寝る前にも、起きてすぐにも「スマホ」さえ見れば、結果も進行もわかる。
これはすごい。
今回あまり活躍していない柔道などは、テレビで放映していない1回戦からの状況を伝えてくる。
だから「あ~~3回戦で敗退しちゃったんだ」とテレビを見ないことも出来る。

あの東京オリンピックは、我々より上の年代には、とてもインパクトの大きい一大イベントだったが、今のように瞬時に状況がわかるような楽しみ方が世界中で出来るようになるとは、想像すらしなかったのである。

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2012年3月19日 (月)

なんか違う。「感動」や「元気」を与えたいって・・・・

以前にも書いたが、私はデザインと言う「視覚的」表現の出身者でありながら、言葉という「聴覚的表現」にとても興味と疑問を持つ傾向があるようだ。
そして、このようなことをどうも年に1回くらいの割合で感じるようだ。

Kandotogenki今までで
「応援よろしくお願いします」「え〜〜、あの〜〜」 「がんばろうじゃない言い方」 などを取り上げてきた。
これらの多くはTVを始めとするマスメディアで、よく耳にする言葉たちなのだが、今回もそうだ。

「皆さんに感動を与えられるような選手になりたいと思います。」
「皆さんが元気になってもらえるようなパフォーマンスを見せたいと思います。」

多くのアスリートやアーティストがインタビューを受けて、そんなふうに言う。

それを聞きながら、私は「なんか違う?」って思い続けている。
「感動を与える」って・・・・・
「元気になってもらえる」って・・・・・・

「感動」したり「元気」になったりするのは、人の個人の気持ちの問題で、それを「与えられるような人間になりたい」って思うのって、どうなのだろう?

例えば私は、どんな気持ちで仕事をしてきたのだろう?
やっぱり人が「嬉しがったり」「喜んでもらったり」することが一番の褒め言葉だと思って、長くこの業界にいるけれど、それは、「自分を認めてくれた」ことへの代償だと思っている。

「嬉しがってもらう」「喜んでもらう」ことだけが目的じゃなく、私自身が「楽しく」「面白く」そして「喜ぶこと」が出来ていることが最初の条件だと思っている。

その上で、対象の人(私の場合はお客様だが)が、「喜んでくれたり」「嬉しがったり」してくれたら、最高だと思えてくる。

「まずは、自分がハッピーと思えるように頑張ること」

ここが抜けていて「感動」「元気」なんて、与えられるとは思えないのである。

だいたい「感動」なんてのは、滅多に体験できないから「感動」するわけで、そんなに年がら年中「感動」することってないんじゃないかなぁ?捻くれた年寄りの戯言でした。

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2011年3月14日 (月)

ゲンコツ育成

どうも50歳を超えるという事は、時代の流れと合わなくなってきているのだろうか?
20代のスタッフと話したり、ちょっと前の大相撲八百長事件の話を聞いたりすると
「ゲンコツで育成した方が良いのに」
と思ってしまう。

20110314genkotu

もちろん「暴力賛成」「体罰主義」に賛成しているわけじゃない。
例えば、次のような言葉が気になって仕方ない。
「やったことありません」
「指示されていません」
「どうやったらいいですか」

そして大相撲の話では
「ぜんぜんこずかいがなくって」

大昔に私たちが「若者」と呼ばれた時代の大人たちは平気で
「若い頃の苦労は勝ってでもしろ」
と言ってくれ、口答えはもちろん先のようなことを言えば「ゲンコツ」が飛んで来た。

もちろん本当の「ゲンコツ」ではなく態度と言葉の「ゲンコツ」だ(兄貴の場合は、本物のゲンコツだったけれど)。
理由なんてない。
言った事、やった事が間違っているもしくは理に適ってなかったから、怒られた。注意された。そして怒鳴られた。
しかもそれを繰り返すと「もう良い」と言って放り出された。

だから、自分で考えた。
そして試した。
出来るようになるには、どうしたらいいかって。

私たちの世代だって今の世代だって、能力としては変わらないと思っている。
ただ「ゲンコツの育成」が普通だった時代なだけだ。
でも、今は絶対通用しないんだよな。
損をしているのは、若い世代なんだけれど。
大相撲のニュースで、「幕下の若い子が給料もらえない事が八百長の原因だから」といって、お金を与えるような解決策が出ない事を祈りたい。

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2010年7月 2日 (金)

勝つ事を大切さ

さんざん言われているけれど、まさに「勝てば官軍」だった。
なんの話かというと「サッカー・ワールドカップ」の話だ。
私も含めて、報道関係者だけでなく、ほとんどの日本人が「今回はダメなんじゃない?」と思っていただけに、ベスト16になって評価はうなぎ上りとなった。

Kateba_2

余談だが、日本に勝ったパラグアイなんか、何度も出場し何度も予選を勝ち抜いても、今回やっとベスト8への進出というから、日本はまだまだチャレンジ回数が少なく、女神に微笑んでもらうには、ひよっこなんだと思い知らされた。

どうも年齢的にそう感じるのか、仕事柄そう感じるのか、今回の活躍を見ていると「やっぱり勝つ事は大切なのだ」と思い知らされた。
4月に記事にした「会議の隙間で仕事を」にあるように、関東と中部を統括して管理する立場になり、最近は頻繁に東京に行く(この件に関しては、後日また記事にします)。

そこで今まで関東事業部で企画を担当していたスタッフと一緒に仕事をするようになったのだが、まさに今「勝つ事の大切さ」を味わっている。
私の在席している部署は10年以上前に発足し、紆余曲折あって今に至っている。
関東は、遅れて発足し管理も運営も、ちょっとお茶濁し的に進んできた。
だから関東の企画スタッフは、営業の小間使いになり、挨拶代わりの提案活動ばかりだったようだ。

そこで、「どうしても勝たなくてはならない継続案件」のプレゼンを5月に関東のスタッフを中心に担当。見事に「継続受注」となった。
そうすると月初の全体朝礼で社長が取り上げ、社内でも「よく受注した」と評価された。
まさに「勝てば官軍」なのである。

私もそんな時期があったが「良い提案をするのが企画者としての役目」「時代を先取りした事を提案する事が大事」などと思っていた。
しかし、ビジネスである限り「良い提案」では儲からないのである。
「勝つ提案」をすることが会社的には「良い提案」になるし、「勝つ提案」をし続けることで、社内の評価がうなぎ上りになるのである。

「良い試合だった」「良いプレゼンだった」では、やっぱり評価はされないのである。
「勝つ事」がすべてとは言いたくないけれど「勝つ事は大事なのだ」と確信を持たせてくれた今回の「ワールド・カップ」だった(まだ終わってませんが・・・・)。

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