2019年8月 5日 (月)

今年のモータースポーツは面白い

最近は、とんと話題に載せないが、一時期モータースポーツ観戦は「趣味」と言っていたくらい、頻繁に出かけていた。
私の住んでいる地方からクルマで1時間半くらい行けば、有名な「鈴鹿サーキット」に着く。
当時でそうだったが今は「新東名高速道路」も出来たから、もっと速く行けるかもしれない。
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その頃よく遊んでいた仲間が、みんなモータースポーツ好きだったせいもあり、ある年など毎月のように「鈴鹿サーキット」に出かけていた。
「F1」はもちろん、バイクの最高峰レース「WGP」や有名な「8耐」、その他にもいろんなレースを、予選から見たりした。
転職やいろいろな理由で、その頃の仲間とは疎遠となり、さらに年齢的にもきつくなったので、最近はサーキット場に出かけないが、それでも興味はある。

なので、機会があればTV観戦したり、ネットの情報を読んだりするが、今年はなかなかモータースポーツが面白い。
「F1」はホンダのエンジン(今はパワーユニットと言うが)供給チームが表彰台に上がったり、優勝したりすると一般のニュースにも取り上げられるので知っている人もいるだろうが、そんなニュースを見ると、ちょっとソワソワする。
「F1が面白そうだなぁ」と春先くらいから思っていたら、他のレースも今年は面白い。
たまたまTV放送(BSだけど)でやっていたので観ていたら、ラストにとてもドラマチックなレース展開を目撃した。

●インディ500
「インディ500」は有名なアメリカのレース。
オーバルと呼ばれる楕円形のコースをひたすらトップスピードで500マイル疾走するレースだ。
今年は、ラスト20周で大きな事故があり、一時「赤旗中断」となった。
日本人ドライバーの佐藤琢磨選手は、前半最下位近くまで落ちるが、ここまで徐々に上がっていた。
そしてレース再開。
リスタートの混雑の中、うまく佐藤琢磨選手が上位に入り、あっという間に3位に。
実況は「佐藤が!」と絶叫していたが、それよりも1位と2位のトップの取り合いが無茶苦茶面白く、チェッカーフラッグが振られるまで、どうなるか分からないレースだった。

●鈴鹿8耐
これはバイクレース。
鈴鹿サーキットを8時間走り続ける「超有名な」レースだ。
ライダーは2~3名で交代するが、レースする方も観戦する方も暑い夏の中「耐久」しなくちゃいけない厳しいレースだ。
これもBSでやっていたのでTV観戦したが、ワークスと呼ばれるホンダとかヤマハ、カワサキなどバイクメーカーのチームの力が拮抗していて、この3チームがトップを争い続けるという面白い状態だった。

この8耐では名物だが、日没後の薄暮から暗くなっていく頃には、いつもレースの大勢は決まるのだが、今年は違った。
カワサキのライダーが猛追し、逆転。
「これでカワサキが超久しぶりの勝利だ」と思っていたら、他のバイクがエンジンブロー(エンジンが壊れること)。
このバイクも「世界耐久」のチームで、このままなら年間優勝が決まるはずだったが、残り数分でエンジンが壊れた。

またコース上に部品が落ちていて、これに乗り上げたバイクが転倒、そのすぐ横をトップのバイクがギリギリで通り過ぎるという紙一重の場面。
さらにエンジンブローしたバイクがしばらく走ったために、コース上にオイルがバラ撒かれる。
TVの解説は「これは危ないから、セーフティカーを入れた方が」と言っていたが、まもなく8時間のゴールになりそうになり、トップのカワサキが「ラスト1周」に突入。

「あとは慎重にゆっくり1周すれば優勝だ」と思って観ていたら、なんとオイルに乗ってトップのカワサキが転倒!その直後に「赤旗中止」となりレースは8時間を超えて終了した。
「えっ、結局どこの優勝?」と思ってしばらくTVを観ていたら、20数秒あとを走っていた2位のヤマハが優勝との発表。
どうやら「レース終了後、5分以内にバイクが戻っていない」という規定で、カワサキは失格になったとか。
でも「赤旗中止の場合は、その直前までの順位で」というルールもあるんじゃない?と思って、その日は終わった。

翌日ネットで観ていたらカワサキから抗議があり裁定は覆ったとあり「20数年ぶりのカワサキ優勝」は達成されようだった。
最後はちょっと後味が悪かったけれど、レース自体はものすごく面白く「またいつかレース場に行こうかな」と思わせる内容だった。

F1がブームだった時、イタリアのレースで「孫を連れたお爺ちゃん」がレース観戦に来ていたシーンがTVに映り「あんな年齢になってもレース場に行けたら良いなぁ」と思ったことを思い出した。
面白いレースを観ると、やっぱりちょっとウズウズするが、これからもこんな面白いレースが続くとイイなぁと思う今年のレース状況だ。

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2019年7月22日 (月)

「ブログサービス改悪の見本」の悩ましさ

今年の4月に「便利なのか?不便なのか?」の中で、少し触れたがこのブログのサービス提供している「Nifty」が大規模なシステム改修をした。20190722  
いくつかの不具合があったとその時に書いたが、未だに不具合というか「前の方が良かったのに」と思うことが多々ある。
これは私だけなのかと思い、ヘルプページや質問コーナーを見ると私と同じような不満をぶつけている人たちが多いので、今回のシステム改修は「ユーザー目線」としては「改悪」の失敗なのだろう。

私のブログは次のようなステップで作っている
1=まず文章をWordで作成
2=関連する画像を決めて、大きさや解像度を整理
3=ブログ編集画面に文章をコピー&ペースト
4=関連する画像を配置
5=文字の大きさや太さ、色などを編集
6=公開する日時を決めて登録

今回の改修では、文字の大きさがそれまでの「5種類」から「ポイントサイズ指定」となり、よりキメ細かく設定できるようになった。
それは良いように見えるが、今までの「5種類」で困っていなかったので却って面倒になった。
そもそも今までの「標準」っていうもののポイントサイズが良くわからないので、探り探り設定した。
文字の設定は、そのうちに慣れたので良かったが、今度は画像の設置。

これまでは「前回と同じ設定を利用」を使えば、毎回位置の設定をすることがなかったの、毎回設定しないといけない。
さらに配置してみると文字と画像のスペースがほとんどなく、くっついて見える。
「どこかに、このスペースを設定する画面はないか?」と探しまくったが見つからない。
仕方ないので、画像側の上下に少しスペース足して、アップロードするようにした。

このような「編集してアップロード」の操作は、何度かやっているうちに少しずつ慣れてきたから、最初の時ほど戸惑わなくなった。
問題は「アルバム」である。
このブログの左にはどこかに出かけた時に撮影した写真を「アルバム」として掲載している。
以前のシステムだとあらかじめ用意されたデザインを利用して、それなりに「アルバム感」のある見え方で載せられた。
ところが今回の改修では、全く無味乾燥的なもので「単に写真が並んでいるだけ(今回掲載している画像がそのアルバム)」になってしまった。
私の場合「2006初夏_京都」から始まり34個ものアルバムを載せてきた。
これらすべてが「単に写真が並んでいるだけ」のアルバムになってしまい、13年にも渡って積み上げてきたものが、一瞬で崩れてしまった。

仕事柄「良くないシステム改修」の話を聞く機会は多いが、これはなかなか「改悪の見本」のような状態である。
とは言え、今さら他のブログサービスに移設するのも大変だろうし、悩ましい気持ちで続けている。
「2006年から続いたブログをやめる」
「もっと使いやすいブログサービスに移設」
「このまま我慢して使い続ける」
さて、どのような選択が良いのだろう?

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2019年6月24日 (月)

「安江靜二」という人のこと

ある時、ちょっとしたきっかけで自分の故郷の街を検索した。
なかなか目的としていた情報はなかったが、突然「安江靜二」という人を紹介しているWEB「中津川の画家 安江静二心の記念館」に行き着いた。
この「安江靜二」という人、私の故郷では有名な人だが、一般的にはあまり知られていない(と思う)。20190624_1

詳しくは、先ほど紹介したWEBに書いているが、この人は幼い時に「小児麻痺」となり身体が不自由になった。
当然、歩行も普通にできず、一人で歩けるがかなり困難な状態の方だった。
ただ私が物心つく頃には、街なかを歩いていても、みんなが先生のことを知っていて、好奇な目で見たりすることはなかったと思う。

この人のWEBを見たら「1913 (大正2年)生まれ」となっていたので、本当のところはわからないが、私の親父とは学生の頃からの知り合いだったらしい。
私の記憶では「親父と同級生」と思っていたが、親父は「明治44年生まれ」なので、少し違う。
ただ年齢が近いので、学校時代の友人だったことは、間違いないようだ。

私の実家は、私の故郷の商店街でおもちゃ屋をやっていた。
以前「十日市の想ひ出」にその頃の写真を載せた。
このおもちゃ屋は、私が中学生の頃までやっていたが、閉めた年に親父は亡くなった。
その店に、年に1~2回安江先生は訪ねてきて、居間に上がってお茶を飲みおしゃべりしていった。

先生は、歩きはもちろん、話す方も決して健常者のようではなく、若干聞き取りにくかったことを覚えている。
ただいつも訪ねてくる先生を親父もお袋も普通のお客さんと同じように話して、特別扱いもしていなかった影響か、私自身も「よく訪ねてくる絵かきのオジサン」と思って、怖がることもなかった。
確か兄貴は、1年間くらい先生に絵を習っていたようだが、本人は「ああしろ、こうしろ」と言われて、ちっとも好きなように描かせてくれなかったので、つまらなかったと言っていた。
まぁ、子供に絵を習わせるくらいウチの親と先生の距離は近かったのだろう。

先生自身がおっしゃっていたのか、お袋が話してくれたのかはっきりしないが、とても覚えている言葉がある。
それは先生が小児麻痺になって、身体が不自由になってからも、ウチの親父はそれまでと何も変わらずに友達でいてくれたということだ。
そのことが先生はとても「嬉しかった」と言ってくれて、だから今でもこうやって訪ねてくるのだと……。
先生のWEBによると13歳の時に小児麻痺になったとある。
時代的には大正の終わりか昭和の初めなので、今よりもはるかに差別的な時代だっただろう。
実際に先生は一時期隔離された生活を送られていたようで、そんな時代に「変わらずにつきあった」親父は、息子として誇らしいことだったので、とても覚えている。

もう2人共亡くなっているので、その真偽はわからないけれど、思いがけなく「安江先生」を思い出すことができたWEBの出会いだった。
毎月第3日曜だけ記念館は開館しているらしいので、一度出かけてみようと思っている。

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2019年4月15日 (月)

便利なのか?不便なのか?

この「nobulog」も、早いもので、始めてから10年以上続けてきている。20190408
これはNiftyの「ココログ」というサービスを利用しているが、先日システム・リニューアルがあった。
事前に案内はあったので知っていたが、いきなりトラブルが発生した。
いつも、登録したあとに日時を設定してタイマーで公開されるようにしている。
ところが、その時間が過ぎても公開されていない。
「おかしいな」と思い、ログインして少し操作をしたら無事に公開された。

このようなトラブルが起きるたびに思うことがある。
30年前に初めて「ワープロ」に触ったが、今の世の中は「デジタルなし」の生活が難しくなっている。
スマホにPC、ガラケイと言われるものでもネット接続が可能になり、「ネット経由」というものが特別なことではなくなっている。

そしてより便利に、より安全に使えるようになるために「リニューアル」「アップデート」と言うものが行われるが、そのたびに「憂鬱」な気分になる。
今、一番頭が痛いのは会社で使っているWindowsだ。
現在のOSはWindows7なのだが、Microsoftのサポートが今年で終了することになっている。
これは「今後、安全性は保証しませんよ」と言っていることと同じなので、OSそのものをアップデートしなくてはいけない。

私のPCは、導入時に「Windows10」のアップデートサービス付きだった。
だからOSを入れれば良いだが、単純なOSアップデートではなく「初期化」したうえで、Windows10をインストールしなくてはいけない。
これが結構、手間がかかる。

データのバックアップはもちろん、インストール後もデータ互換性の確認やアプリの不具合、プリンタやサーバとの接続状態など、今までと同じように使用できるか確認することが盛り沢山だ。
そうなると日々の業務が忙しい時などは無理だ。
1~2日くらい少し空いた時期でないと、なかなか難しい。

こんなことは、デジタル機器を使わなかった時代にはなかった悩みだが、PCにしてもスマホにしても2~3年に1回くらいは大掛かりなアップデートがある。
そのたびに「憂鬱」な気分になる。
確かにデジタル機器が生活の中に溢れ、仕事も遊びもまったく行動が違ってきて、すごく便利なことが増えた。通販なんかは、その筆頭だ。
いろいろ問題はあるが、ネットで注文すれば当日もしくは翌日には届くし、単身住まいには嬉しい日時指定もできる。世界的に見ても、アマゾンなど通販企業が経済を席巻しているということは、それだけ世界中の人が「便利」と感じている証拠だろう。

けれど、このようなアップデートなどによりトラブルに見舞われると、いったい「本当に便利になっているのかなぁ」と疑問が頭を過ぎる。
とは言え、近々アップデートをしないといけないなぁとタメ息をつく毎日である。

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2018年12月25日 (火)

2018年を振り返る

今日で今年のブログはおしまい。
なので、恒例の2018年を振り返ってみたい
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●近場の史跡めぐり
やっぱり今年の印象は、これかな?
きっかけは何だったかとブログを振り返ってみたら2月に「薩摩義士の話」 に書いてあった。
昨年の末にイルミネーションを見に「木曽三川公園」へ行った時に、偶然「治水神社」があったことだ。
それをきっかけに、今年は「近場の史跡めぐり」を意識した。
 
その後「清洲城」「小牧山城」「岐阜城(稲葉山城)」「鳳来寺山」「鳳来寺山東照宮」「美濃市」「明治村」と巡った。特に前半の「織田信長」の足跡を追うように巡った3つの城は、何十年振りかに「国盗り物語」を読み返すきっかけになった。
 
●史跡と温泉の旅
近場も多かったが、今年はここ数年行きたいと思っていた史跡に行ってきた。
「奈良」「日光」と修学旅行コースなのだが、大人になり少し歴史的知識も分かった上での見学は「ワクワク」の連続だった。特に古都「奈良」は、今まであまり興味を示さなかった時代や仏像へのアプローチで楽しかった。
 
これは「明日香村」に行ったことが大きなきっかけだった。
「日光東照宮」は中学以来の再訪だったが、いくつかの「東照宮」を巡った後に行き、もう見落とすことのないように隈なくじっくり見られたのは嬉しかった。
 
さらに「渋温泉」。巡れてなかった「外湯」は全部制覇できた。
ただ「地獄谷野猿公苑」は残ってしまったので、遠距離運転が出来ている間に、もう一度トライしないといけない。
 
●自転車通勤
もしかすると、これが一番大きなニュースだったかも。
会社の駐車場が使えなくなり、地下鉄通勤に切り替え、ある時の夢をきっかけに「自転車通勤」にトライし始めた。
タイヤの空気圧が少ないことに気づかず、歴史的な酷暑にも関わらず、毎日往復10kmを自転車で通ったことは、目的ではなかったが、結果的に健康的な習慣になった。
 
●そして2019年へ
こうして振り返ると毎日毎日少しずつの変化だけど、1年経つと昨年とは違う生活や興味関心になっていることに気づく。

3世の姫は、娘がたまに送ってくれる写真で「変顔したり」「剣を持って睨んだり」「可愛いポーズ」を取ったりと、女の子ならではの成長をしていて楽しい。
さらに王子の方は、4年になり英語の授業が始まったらしい。
どう?」と聞くと「楽しい」と言っていた。
どうやら外人の先生で、授業中は全部英語。でもほとんどが遊びの延長で英語を使っているらしく、クラスみんなの人気者なのだそうだ。
きっと、3世たちが社会人になる頃には、私たちの世代と違って、「英語」がとても身近に感じる人が多くなるのだろう。
 
また来年も、こんな感じにマイペースで、少しずつのトライができたらよいかと思う。
ただし、来年は「平成」が終わるし、「消費税」もアップするから、大きなうねりのある年になるのだろう。
 
今年一年、ありがとうございました。
多分、また来年もこんな感じで、ブログを続けていると思いますので、よろしくお願いします。
良いお年をお迎えください。

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2013年8月19日 (月)

ブログ 出版サービスの停止

何度も書いているが、このブログは2006年の1月から始まっている。Syuppanteishi
利用しているブログサービスは、ニフティの「ココログ」というものだ。
他と比較したことはなく、単に私の契約しているプロパイダーが、ずっとニフティで(パソコン通信の頃からだから、すごく長い)、そこがやっているサービスだからという理由だ。
そして以後、1年ごとに1冊ずつ本にしている。
これも「ココログ」の中に「ココログ出版」というサービスがあったので、それを利用している。

ところが!
先日、記事をアップロードしようとして初めて気づいた。
「ココログ出版サービスの停止」

え~~~!!
決して安いと思って使ってないし、仕上がりもそこそこにしか満足してないし、それで一方的に「サービス停止」って。
ま、印刷会社に勤務しているので、個人相手のオンデマンド印刷じゃ利益は出ないと分かっている。
そういえば、一時期ウチの会社も「オンデマンドで個人出版に対応したら?」なんて話がでてたけれど、やっぱり無理だったんだなぁ。

と、がっかりするやら、ちょっと怒れるやら思ったが、もう7年も続けているブログを新たに違うところへ移行するのも面倒だし、かと言って毎年の本にすることを諦めるのは嫌だし。

いつの頃からか始めている「備忘録」のカテゴリは、1年単位で本にしていることを意識しているものだし、いくらデジタル化されてても、そこは昭和生まれなので、手に取って見られるものが良いし。

とにかく「年末になるまでに解決策を」と探したら、意外と簡単に見つかった。
2つばかりメジャーな感じで対応しているところがあり、無料でPDF作成を試したら、文字の色にも対応するし、そこそこの出来上がりだし、今までの作った形に近い感じにはなりそうということで、取りあえず安心した。

2~3年前から「やめようかな」と思いながら続けているブログだが、今年の初めに密かに思ったことがある。
それは、記事数1000件への達成。
実はあと10数件で達成する予定……もしかすると年内には達成するかもしれない。
だからこそ「本にする」ことは今回はとても重要と思っていたので、ちょっとばかり焦った出来事だった。
明日でココログ出版の受付が終了する。

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2012年6月 4日 (月)

カウンターをやめたのです

前々から気になっていた。表示される「アクセスカウンター」と実際のアクセス数とのズレが。
ある意味仕方なく、携帯やその他のデバイスからのアクセスはカウントされなかったり、例えばアルバムのカウントはどうなるとか、どうもきっちり正確ではなさそうなのは、前から分かっていた。

それでもなかなかきっかけがなく、修正したりしてカウントしていたし、累計80,000アクセスまでは、毎回「感謝記事」を載せていた。
そして、今年の4月についに100,000アクセスを超えたところで、一区切りとして「アクセスカウンター」の設置をやめてしまった。

このブログを始めた頃に、いろんなトライとして「どんなキーワードだとアクセス数が伸びるのか?」と試していた時期もあった。
初期の頃の記事には、アクセス数一喜一憂したりして、そんな記事を書いたら、ある人から「そのうちに気にならなくなりますよ」なんてコメントをもらったことがある。

本当にそのとおりで、今はまったくアクセス数のことを気にしていないが、それでも「累計」だけは、何となく気に留めている。

まぁ私のように、仕事用でも宣伝用でもなく、最近はとても個人的な「備忘録」としてのブログになれば、アクセス数は年齢と同じように「どれだけ続いているか?」の数値的な表現でしかない。
だから、他の人には全く関係なく、自分だけが「うん、これだけの累積数になったのか!」と分かりさえすれば、良いわけで、そう思ったら「アクセスカウンター」の設置は必要ないと思えてきた。

そして、100,000というキリのよい数で「アクセスカウンター」を取り除いてしまった。
とは言え、管理側ではちゃんと累積数は分かるわけで、100,000アクセスを超えたことに感謝しつつ、細々とブログを続けていくこととなった。

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2012年2月27日 (月)

習慣性の罠

「成長させてくれた仕事たち」シリーズの途中だが、ちょっと違う話題を(なんか、いつもこうなるなぁ)。
ちなみに、このシリーズは全10話の予定なので、まだ折り返ししたばかり。「ふぅ~~~」


Interpod今回の話題は、この「ふぅ~~~」にも関係している。
というかこの「ブログ」そのものも、この「罠」なのだと最近は感じている。
もう2年以上前から「このブログ、続ける???」というようなことを書いているが、結果として「なんとなく」続けている。

突然、話が変わるが私のこのブログはニフティの「ココログ」というサービスを利用している。
ニフティはご存じのように、パソコン通信の頃からいろんなサービスを提供しているが、SNS(ソーシャル・ネットワーク)系ではちょっと出遅れたイメージがある。

それでも老舗のこの会社は、ちゃんと追いついてサービスを開始する。
その中で、私がこの1年以上続けてきたものに「インターポッド」というものがある。
簡単に言えば「バーチャルでの庭育成ゲーム」だ。
そこにアバターで、自分のキャラを作ったり、町に出かけたりと様々な展開が用意されているのだが、これが「習慣性の罠」になるのである。

とにかく毎日、庭の手入れをしないと木の実が収穫できない。収穫できないとアイテムが入手できない。他にも街に出かけないとポイントが貯まらないとか、他の人にもサインを送っておかないとポイントが上がらないとか・・・・

こうなると毎日仕事以外の日でもPCを起動し、アクセスし、手入れする。
途中までは面白くやっていたが、そのうち「義務化」してきて、何だか仕事以上に「やらなければ」感に追われるようになった。

本来は「気分転換に」と思っていたのに、習慣化し義務化し、ストレスとなるなんて・・・・・と思って周りを見渡すと、そんなことがそこら中にある。
若い頃にテレビゲームに夢中になった時も思った。これは、お金が掛かるから、いち早く気付いてやめてしまったが、現代はもしかすると自分で「やらなくっちゃ」的に義務化して、ストレスを生んでいるような気がする。

禁煙は、ニコチンを抜くよりも習慣性を取り去る方が大変だと言われる。今のデジタル的ツール(携帯電話を含めて)って、ほとんど「習慣性の罠」に嵌まり易いものばかりなんじゃないだろうか?
おそらくツールを制作し、配信している側は、その人間の習性を折込済みだと思うが、使う側も意識しておかないと、仕事以外のストレスで潰されそうになるんじゃないか?

そう思ったら、急に嫌になって「インターポッド」を削除した。
まだこの「ブログ」がある・・・・・「ふぅ~~~」。

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2011年4月 4日 (月)

便利になって得たもの無くしたもの

前回、時代の最先端的ツールの代表「iPhone」の話題を出しながら、今回は真逆のテーマ。

私がワープロとかパソコンとか、所謂IT的ツールに最初に触れたのは30歳頃だ。
それまでもきっと私たちの知らないところでドンドン技術は進歩していただろうけれど、取りあえずは自分の頭や手足を駆使しないと、いろんなことを処理出来ない時代だった。

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例えば私の専門分野である「デザイン」
これなんかは以前の記事で「備忘録〜仕事編その6 広告代理店」で書いたが、ある程度経験を積まないと自分の思った通りの「色」「文字」の表現が出来なかった。
それが今はどうだ。
極端に言えば、小学生だって、それっぽいものがコンピュータで作れてしまう。

でも、それと引き換えに本物のプロのデザイナーやディレクターが少なくなってしまった(これは、このブログで何度も書いた)。
何故か「それっぽい」もので皆満足してしまって、「さすが」って思えるデザインは本当に少なくなった。

例えば携帯電話。
この現在の日常生活でなくてはならないツールが世の中に出るまでは「アドレス帳」は、ビジネスの必須アイテムだった。
だから、良く電話する顧客や外注企業、それに友人や家族など、近い人たちの電話番号は記憶していた。
それに営業に聞くと、ポケットベルで呼び出されても大丈夫なように公衆電話の位置もちゃんと覚えていたということだ。

それが今じゃ、全く電話番号を覚えていない。
私のように一人暮らしだと自宅電話番号も掛けることがないので、覚えられない(年齢のせいもあるが)。
人の携帯番号はもちろん、会社、顧客、外注、友人、とにかく携帯電話を持っていないと、1ヶ所も掛けられない(泣)

そして最後にナビ。
確かに便利だ。特に旅行に行って思いつきで、どこかに寄ろうと思った時ほどナビの有り難味を味わうことはない。
「日帰り温泉」の本をクルマに積んでおけば、帰りに「どこか近くにないか?」と探して思いがけなく良い温泉に出会ったりする。
こんな想定外の楽しみはナビがあって出来ることだ。

でも、全く道を覚えなくなった。
昔は1回通れば道は覚えたのに、今はまったくダメだ。というか「覚える気」がないから覚えられない。

こう書いて来たように、いろいろ便利になったけれど、無くしてしまったものも多い気がする。
これを「幸せな世の中」と言って良いか、何となく首を傾げたくなるのは、年齢のせいだろうか?

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2010年5月25日 (火)

70,000という数字の意味

長編の予定でアップしている「備忘録〜仕事編」の途中だが、累計で70,000アクセスと言う区切りの数になったので、急遽記事を変更した。

70000

いつものように「前回の区切り」から見ると「ありがとう!60,000アクセス」が昨年の10月の終わりだった。
昨年は隔日に更新してて、今年になってから週2回の更新に減らした。
だから以前に比べると、累計の伸びは若干落ちているが、それでも半年少しで10,000アクセスを超えた。

どうも最近は年齢のせいか昔を振り返ることが多い。
今、続けている「備忘録シリーズ」なんて、最たるものだ。
いつも、区切りの記事には書いているが、最初が「どうなんでしょう」の2006年。
あれから4年の月日が流れたが、あまり変わっていないようで、実は結構変化している。

会社は、あの頃と同じだが、役職はずいぶん上になった(ならされた)。
部署の体制も、仕事の幅もずいぶん変わったが、最近あまりこの辺りのことをネタにしていないのは、ちょっと高度になり過ぎて、具体的な名称なしで説明するには難しくなって来たからだ。

それから、一番最初との大きな違いは、ブログで旧知の人や新しい人たちの活躍を知るようになった。
これは、始めた時には全く予想していなかったので、ある種驚きの効果でもある。

そして、この4年少しの中で、一番の変化は「子供の結婚」「孫の誕生」だ。
こればっかりは、「あれよあれよ」という状態で変化していったのだが、このブログを始めた時はもちろん、バツイチになった時に、こんな状況になるとは思わなかった。

「どうなんでしょう」の頃に比べて、格段に忙しい毎日で、毎週のように東京出張に追われているが、これからもコツコツと続けていけたら良いなと思った「70,000アクセス」の感想だ。

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