2013年8月19日 (月)

ブログ 出版サービスの停止

何度も書いているが、このブログは2006年の1月から始まっている。Syuppanteishi
利用しているブログサービスは、ニフティの「ココログ」というものだ。
他と比較したことはなく、単に私の契約しているプロパイダーが、ずっとニフティで(パソコン通信の頃からだから、すごく長い)、そこがやっているサービスだからという理由だ。
そして以後、1年ごとに1冊ずつ本にしている。
これも「ココログ」の中に「ココログ出版」というサービスがあったので、それを利用している。

ところが!
先日、記事をアップロードしようとして初めて気づいた。
「ココログ出版サービスの停止」

え~~~!!
決して安いと思って使ってないし、仕上がりもそこそこにしか満足してないし、それで一方的に「サービス停止」って。
ま、印刷会社に勤務しているので、個人相手のオンデマンド印刷じゃ利益は出ないと分かっている。
そういえば、一時期ウチの会社も「オンデマンドで個人出版に対応したら?」なんて話がでてたけれど、やっぱり無理だったんだなぁ。

と、がっかりするやら、ちょっと怒れるやら思ったが、もう7年も続けているブログを新たに違うところへ移行するのも面倒だし、かと言って毎年の本にすることを諦めるのは嫌だし。

いつの頃からか始めている「備忘録」のカテゴリは、1年単位で本にしていることを意識しているものだし、いくらデジタル化されてても、そこは昭和生まれなので、手に取って見られるものが良いし。

とにかく「年末になるまでに解決策を」と探したら、意外と簡単に見つかった。
2つばかりメジャーな感じで対応しているところがあり、無料でPDF作成を試したら、文字の色にも対応するし、そこそこの出来上がりだし、今までの作った形に近い感じにはなりそうということで、取りあえず安心した。

2~3年前から「やめようかな」と思いながら続けているブログだが、今年の初めに密かに思ったことがある。
それは、記事数1000件への達成。
実はあと10数件で達成する予定……もしかすると年内には達成するかもしれない。
だからこそ「本にする」ことは今回はとても重要と思っていたので、ちょっとばかり焦った出来事だった。
明日でココログ出版の受付が終了する。

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2012年6月 4日 (月)

カウンターをやめたのです

前々から気になっていた。表示される「アクセスカウンター」と実際のアクセス数とのズレが。
ある意味仕方なく、携帯やその他のデバイスからのアクセスはカウントされなかったり、例えばアルバムのカウントはどうなるとか、どうもきっちり正確ではなさそうなのは、前から分かっていた。

それでもなかなかきっかけがなく、修正したりしてカウントしていたし、累計80,000アクセスまでは、毎回「感謝記事」を載せていた。
そして、今年の4月についに100,000アクセスを超えたところで、一区切りとして「アクセスカウンター」の設置をやめてしまった。

このブログを始めた頃に、いろんなトライとして「どんなキーワードだとアクセス数が伸びるのか?」と試していた時期もあった。
初期の頃の記事には、アクセス数一喜一憂したりして、そんな記事を書いたら、ある人から「そのうちに気にならなくなりますよ」なんてコメントをもらったことがある。

本当にそのとおりで、今はまったくアクセス数のことを気にしていないが、それでも「累計」だけは、何となく気に留めている。

まぁ私のように、仕事用でも宣伝用でもなく、最近はとても個人的な「備忘録」としてのブログになれば、アクセス数は年齢と同じように「どれだけ続いているか?」の数値的な表現でしかない。
だから、他の人には全く関係なく、自分だけが「うん、これだけの累積数になったのか!」と分かりさえすれば、良いわけで、そう思ったら「アクセスカウンター」の設置は必要ないと思えてきた。

そして、100,000というキリのよい数で「アクセスカウンター」を取り除いてしまった。
とは言え、管理側ではちゃんと累積数は分かるわけで、100,000アクセスを超えたことに感謝しつつ、細々とブログを続けていくこととなった。

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2012年2月27日 (月)

習慣性の罠

「成長させてくれた仕事たち」シリーズの途中だが、ちょっと違う話題を(なんか、いつもこうなるなぁ)。
ちなみに、このシリーズは全10話の予定なので、まだ折り返ししたばかり。「ふぅ~~~」


Interpod今回の話題は、この「ふぅ~~~」にも関係している。
というかこの「ブログ」そのものも、この「罠」なのだと最近は感じている。
もう2年以上前から「このブログ、続ける???」というようなことを書いているが、結果として「なんとなく」続けている。

突然、話が変わるが私のこのブログはニフティの「ココログ」というサービスを利用している。
ニフティはご存じのように、パソコン通信の頃からいろんなサービスを提供しているが、SNS(ソーシャル・ネットワーク)系ではちょっと出遅れたイメージがある。

それでも老舗のこの会社は、ちゃんと追いついてサービスを開始する。
その中で、私がこの1年以上続けてきたものに「インターポッド」というものがある。
簡単に言えば「バーチャルでの庭育成ゲーム」だ。
そこにアバターで、自分のキャラを作ったり、町に出かけたりと様々な展開が用意されているのだが、これが「習慣性の罠」になるのである。

とにかく毎日、庭の手入れをしないと木の実が収穫できない。収穫できないとアイテムが入手できない。他にも街に出かけないとポイントが貯まらないとか、他の人にもサインを送っておかないとポイントが上がらないとか・・・・

こうなると毎日仕事以外の日でもPCを起動し、アクセスし、手入れする。
途中までは面白くやっていたが、そのうち「義務化」してきて、何だか仕事以上に「やらなければ」感に追われるようになった。

本来は「気分転換に」と思っていたのに、習慣化し義務化し、ストレスとなるなんて・・・・・と思って周りを見渡すと、そんなことがそこら中にある。
若い頃にテレビゲームに夢中になった時も思った。これは、お金が掛かるから、いち早く気付いてやめてしまったが、現代はもしかすると自分で「やらなくっちゃ」的に義務化して、ストレスを生んでいるような気がする。

禁煙は、ニコチンを抜くよりも習慣性を取り去る方が大変だと言われる。今のデジタル的ツール(携帯電話を含めて)って、ほとんど「習慣性の罠」に嵌まり易いものばかりなんじゃないだろうか?
おそらくツールを制作し、配信している側は、その人間の習性を折込済みだと思うが、使う側も意識しておかないと、仕事以外のストレスで潰されそうになるんじゃないか?

そう思ったら、急に嫌になって「インターポッド」を削除した。
まだこの「ブログ」がある・・・・・「ふぅ~~~」。

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2011年4月 4日 (月)

便利になって得たもの無くしたもの

前回、時代の最先端的ツールの代表「iPhone」の話題を出しながら、今回は真逆のテーマ。

私がワープロとかパソコンとか、所謂IT的ツールに最初に触れたのは30歳頃だ。
それまでもきっと私たちの知らないところでドンドン技術は進歩していただろうけれど、取りあえずは自分の頭や手足を駆使しないと、いろんなことを処理出来ない時代だった。

20110328benri

例えば私の専門分野である「デザイン」
これなんかは以前の記事で「備忘録〜仕事編その6 広告代理店」で書いたが、ある程度経験を積まないと自分の思った通りの「色」「文字」の表現が出来なかった。
それが今はどうだ。
極端に言えば、小学生だって、それっぽいものがコンピュータで作れてしまう。

でも、それと引き換えに本物のプロのデザイナーやディレクターが少なくなってしまった(これは、このブログで何度も書いた)。
何故か「それっぽい」もので皆満足してしまって、「さすが」って思えるデザインは本当に少なくなった。

例えば携帯電話。
この現在の日常生活でなくてはならないツールが世の中に出るまでは「アドレス帳」は、ビジネスの必須アイテムだった。
だから、良く電話する顧客や外注企業、それに友人や家族など、近い人たちの電話番号は記憶していた。
それに営業に聞くと、ポケットベルで呼び出されても大丈夫なように公衆電話の位置もちゃんと覚えていたということだ。

それが今じゃ、全く電話番号を覚えていない。
私のように一人暮らしだと自宅電話番号も掛けることがないので、覚えられない(年齢のせいもあるが)。
人の携帯番号はもちろん、会社、顧客、外注、友人、とにかく携帯電話を持っていないと、1ヶ所も掛けられない(泣)

そして最後にナビ。
確かに便利だ。特に旅行に行って思いつきで、どこかに寄ろうと思った時ほどナビの有り難味を味わうことはない。
「日帰り温泉」の本をクルマに積んでおけば、帰りに「どこか近くにないか?」と探して思いがけなく良い温泉に出会ったりする。
こんな想定外の楽しみはナビがあって出来ることだ。

でも、全く道を覚えなくなった。
昔は1回通れば道は覚えたのに、今はまったくダメだ。というか「覚える気」がないから覚えられない。

こう書いて来たように、いろいろ便利になったけれど、無くしてしまったものも多い気がする。
これを「幸せな世の中」と言って良いか、何となく首を傾げたくなるのは、年齢のせいだろうか?

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2010年5月25日 (火)

70,000という数字の意味

長編の予定でアップしている「備忘録〜仕事編」の途中だが、累計で70,000アクセスと言う区切りの数になったので、急遽記事を変更した。

70000

いつものように「前回の区切り」から見ると「ありがとう!60,000アクセス」が昨年の10月の終わりだった。
昨年は隔日に更新してて、今年になってから週2回の更新に減らした。
だから以前に比べると、累計の伸びは若干落ちているが、それでも半年少しで10,000アクセスを超えた。

どうも最近は年齢のせいか昔を振り返ることが多い。
今、続けている「備忘録シリーズ」なんて、最たるものだ。
いつも、区切りの記事には書いているが、最初が「どうなんでしょう」の2006年。
あれから4年の月日が流れたが、あまり変わっていないようで、実は結構変化している。

会社は、あの頃と同じだが、役職はずいぶん上になった(ならされた)。
部署の体制も、仕事の幅もずいぶん変わったが、最近あまりこの辺りのことをネタにしていないのは、ちょっと高度になり過ぎて、具体的な名称なしで説明するには難しくなって来たからだ。

それから、一番最初との大きな違いは、ブログで旧知の人や新しい人たちの活躍を知るようになった。
これは、始めた時には全く予想していなかったので、ある種驚きの効果でもある。

そして、この4年少しの中で、一番の変化は「子供の結婚」「孫の誕生」だ。
こればっかりは、「あれよあれよ」という状態で変化していったのだが、このブログを始めた時はもちろん、バツイチになった時に、こんな状況になるとは思わなかった。

「どうなんでしょう」の頃に比べて、格段に忙しい毎日で、毎週のように東京出張に追われているが、これからもコツコツと続けていけたら良いなと思った「70,000アクセス」の感想だ。

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2010年4月23日 (金)

うれしい復活「イシダ。さんち」

この人の名前が出て来るのは、昨年の10月末の記事「ありがとう!60,000アクセス」以来だ。
誰のことと言えば「イシダ。さんち」のことだ。
この時の記事にも、そしてここのところの私の記事にも「いつまで続ける?」みたいなことが書いてある。

Hukkatu

「イシダ。さんち」は、一時期「気になるサイト」にもリンクさせていただき、コメントのやり取りもさせていただいていた。
確か最初は「イシダ。さんち」からコメントをいただき、彼女のブログを拝見して、今度は私自身がとても気に入ってしまった。
お仕事はヘルパーをやっておられ、愛するダンナ様や仕事のこと、ご両親や親戚の話など、雑多な内容だけれど、文章が上手なので「うんうん」と引き込まれて読んでしまう楽しさがあった。

その「イシダ。さんち」のブログは昨年3月から更新されなくなった。
6月には「更新を望むブログ」として、復活を期待していたが、「ありがとう!60,000アクセス」では、「終了したのではないか」と書かせていただいた。

それが!
先日、何の意識もせずに「イシダ。さんち」を訪問してみると「復活!!」していたのである。
しかも!今年の3月に「こっそり完全復活(謎)」として甦り(?)、すでに1ヶ月以上更新が続いているじゃないか。

復活後の記事をざっくり流し読みさせていただいたが、とにかくイロイロあった1年のようで、とてもブログ更新など出来る状態ではなかったようだ。
相変わらずステキで楽しい文章で、特にダンナ様とのやり取りは思わず微笑んでしまう「癒し系」魅力満載だ。
そして、今は産まれ立ての可愛い可愛いワンコの写真の掲載で、さらに「癒し度」がアップされている。

こうして改めて振り返ると「ブログ更新」が出来るというのは、それだけ「余裕」のある生活が送れている証しなのかもしれない。
ともかく、「イシダ。さんち」のブログ、楽しみな復活である。

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2010年1月 6日 (水)

今年のnobulogは

昨年の8月に「ブロクの悩み」という記事を書いた。
その後、この悩みは解決されていないし、「どうしよう?」と思いながら昨年の後半はブログを続けていた。
奇特な人たちから「ぜひ続けてください」という有り難いコメントをいただき、簡単に「や〜〜〜めた」というわけにいかないことも理解した。
Kokoroguhakusyo2009
そんな中、昨年末に面白いアンケートがあった。
私が利用しているのはniftyのココログというサービスだが、このアンケートを元に「2009年ココログ白書」が発表された。

私自身、アンケートに答えていたので、どんな結果か興味を持ってみたのだが、一番面白かったのが「人となり編」だった。
約8割が30代以上で、私のように50代の人が27%もいた。その他のデータはサイトを見てもらうと分かるが、意外だったのが私自身の属性が非常に平均的だと言う事だった。

「ネット」と言えば若い世代の代名詞のように使われるが、ブログと言う道具は30オーバー世代に支持されているとは思っても見なかった。
それに「ブログ編」には「結局、ブログとは何でしたか?」の質問では「日記」が1位、「備忘録」が2位という感覚も面白かった。

そうだよね、結局「備忘録」なんだよね、これって。
だから、高いお金をだして年間ごとにまとめて本にしているし・・・・・。
だんだん「記録力」に自信がなくなってきて数年経つが、今後益々「備忘録」が必要になるよね。

「あぁ、この時、こんなこと考えていたんだ」
とか
「自分の思考回路って、結局ここに戻るのかな」
とか。

そういうわけで、取りあえず今のままnobulogは続ける事にした。
ただ、話題はもうちょっと絞りたい。
3年目位からは「記事をアップする事」が目的みたいになってしまったが(これって、結構みんなそうかも)、そうではなくてやっぱり自分の好きな話題にしたい。

そうするとやっぱり「仕事関連」「ニュースの感想」「気に入っているもの」それに「温泉」・・・かな〜〜〜。
それに「モータスポーツ」もあまり記事にしていないけれど、スカパーを通して今でもF1は見ているから、これも・・・・。

結局、昨年までと変わらない気もするが、もうちょっと更新頻度は下げようかと思っている。
なにせ「備忘録」ですから。
「記事をアップする事」が目的じゃないですから。(なんか言い訳っぽいな〜〜〜)
更新頻度を下げると、だんだん記事を書くのが億劫になって「死にブログ」になってしまうことだが、まぁそれも一種の「備忘」だから。
そんなことで、改めて今年もよろしくお願いします。

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2009年10月26日 (月)

ありがとう!60,000アクセス

週の始まりにふさわしく(?)、累計60,000アクセスの記事から始まった。
いつも区切り事に感謝の気持ちを込めて、記事にしているので、特別に今回だけ取り上げて書く事はないけれど、毎回思うのは「まぁ、よくアクセスしてくれるものだ」という気持ちだ。
60000
ただ今回は、ちょっとだけいつもと違う気持ちもある。
8月の終わりに「ブログの悩み」という記事を書いた。
この時にコメントをつけてくれた「リーフさん」が、先日「ブログを終了しました」と知らせてくれた。
「リーフさん」「すぬ」というブログを開設してみえて、いつの頃からか私のブログの定期訪問者になってくれていた。
時折付けてくれるコメントも、私とは違う視点で、楽しかったし、「ブログ」自体も私のように小難しいことは少なくストレートな話題で面白かった。

また今年の6月に「更新の望むブログ」として取り上げさせてもらった「イシダ。さんち」も、その後更新されておらず、おそらく終了したのではないかと思う。

ブログは、個人の意識で好きな目的で発信するツールだから、いろんな使い方やいろんな更新の仕方がある。
だから、始めるのも止めるのも自由なんだけれど、でも「ブログの関係」だけだったとは言え、馴染んでいたブログの更新が停まるのは、ちょっと淋しい。

20代の頃、「人と人との出会い」は、図形で言うと2つの図形が一瞬重なった形に似ていると思った。
その重なりの範囲が広い図形同士は長い付き合いになったり、夫婦になったりするけれど、重なりの範囲が少ない図形同士は、一瞬の付き合いになる気がしていた。

どうやら、これはネットの世界でも同じのようで、顔も本名も知らないけれど、重なる縁のあった人がいるということは、ブログでの経験で一番感じた事だ。

さて、私のブログはいつまで続けよう?
取りあえず、今年一杯は続けて、毎年恒例の「本」にしないとね?

これからもよろしくお願いします。

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2009年8月31日 (月)

ブログから分かること分からないこと

前回の記事に引き続いて、もうちょっとブログそのものの話を。

私のブログにも設定しているが、一番分かり易いブログの効果は「アクセス数」である。
タレント達のブログに対する「アクセス数」なんかでもニュースになったりするが、要は「何回アクセスされたか?」という回数だ。

私も初期の頃、この「アクセス数」を気にして記事を書いていた頃がある。
今までで一番多かったと記憶しているのは「1日で1,000アクセス」だったと思う。

しかし、ブログ管理の機能は「アクセス数」だけじゃない。
「どの記事にどれだけアクセスされたのか?」
「どの地域からアクセスされたのか?」
「何曜日の何時くらいに・・・・」
などなど
実にたくさんのログ解析ができる。
Akusesurogu
私は、このブログでビジネスをしてるわけじゃなく、そしていわゆる日記的なものだけにしているわけでない。
きっかけは「半分実験」だったから、このようなログを見る時に、「傾向」を見つけようとする。

話は変わるが、今月の前半「大原麗子さん」が亡くなった。
このブログには何度も彼女の話題を出したので、亡くなった時に記事にした。
その時のログの状況が面白かった。

アップした「大原麗子 逝去〜少し愛して、長く愛して」の記事よりも、3年前の「TVCM 珠玉のこの2点」「市川崑と中畑貴志」の記事の方がアクセス数が多かった。

この時の検索ワードを見ると「少し愛して 長く愛して」「コピー」などがあり、この複合検索によってアクセスされたのだろう。
この2つのワードは、「大原麗子 逝去〜少し愛して、長く愛して」の本文には使っていないからだ。
ということは、ユーザーは「大原麗子」そのものに興味があったわけでなく、テレビ等で紹介された「過去の実績」に興味があったのではないかと思われる。

このようにブログやWEBには「ログ解析」というユーザー分析しやすい機能があるが、それは「数値」が分かり「傾向」が分かるだけで、本当の「ユーザーのニーズ」が正確に掴めるわけではない(と思っている)。

これがよく勘違いされる部分で、もしもこれらブログやWEBを本当に事業戦略として有効にしたいのであれば、マーケティング分析とログ分析と自社製品分析をミックスさせた上に、定常的に運営管理する仕組み(体制)が必要で、決して「ツール」だけで解決できるほど「ビジネス戦略」はカンタンではない(実際、提案してても、こういう話に良くなる)。

ブログやWEBに限らないが、さまざまなツールを使い場合「分かること」「分からないこと」を把握しておくことが最も重要で、本来の狙いと間違った方向に行かない秘訣だと思う。

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2009年8月28日 (金)

ブログの悩み

少し前から、ちょっと気になっている。

私のブログは「匿名」にしている。
それは、最初からそのつもりだったし、ずっと読んでいる人は知っていると思うが結構「毒舌」だったり「愚痴」だったり「プライベート」だったりと、個人が特定できるといろいろ面倒なことになりそうな記事があるからだ。

ネットの「匿名性」については以前「秘匿性と性悪説」「ネット上の品格 」で取り上げたように、私自身そんなに肯定的じゃない。
むしろ否定的な方だ。
Blogimi
それでも私は「匿名」にしている。
だからと言って他人を不愉快にするような「誹謗中傷」「罵詈雑言」には配慮している。これは人としての「マナー」だと思っているので。

そんな状態で3年半ブログを開設して来たが、ちょっとここのところ「いかんな〜〜」と思うようになっている。
それは、友人たちが私のブログを訪れるようになって来たことだ。
嬉しいことではあるが、私のブログの主旨としては、ちょっとズレ始めている。

「日々、思ったことを誰に遠慮することなく綴りたいな〜〜」

だから、このブログのキャッチには
「中年でも、いろいろ思ったり感じたり…………あるのです」
と付けているのだ。

知り合いが訪問してくれることは思わぬ嬉しさを感じることがある。
会っていなくても、どんなことをして、どんなことを考え、感じているかがよく分かる。
それに知り合いの知り合いが訪問してくれてコメントを付けてくれると、会ったことがない人でも、親近感が湧く。

最初は絶対に人には言ってなかった。
未だに会社の人には明かしていない。これはかなり困るからだ(いろいろ書いてるからね〜〜〜〜)。
この時の方が、かなり自由に書いていた気がする。
じゃあ、少数の知り合いが訪問してくれるようになって、すごく困っているかと言うと先ほど書いたように「メリット」の方が大きい。
ここに私の悩みはある。

確かに初期の頃の「意味」とはズレつつあるブログ。
かと言って、もう1つ別のブログを起ち上げるほどでもない。
悩んでいる・・・・・

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