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2021年9月 6日 (月)

妄想 日本人がマナーと江戸の身分制度

ある時、スマホを見ていたら、こんなページを見つけた。20210816
日本は“マナー大国”?謎マナー乱立の理由をマナー講師に聞いた
まずは、この内容を見てほしいのだが、ここに書かれているように日本には不思議なマナーがある。
座る位置の「上座・下座」は当たり前だし、「エレベータやクルマの乗った場合の位置」まではギリギリ分かる気がするが「書類のハンコの傾き」になると、もう笑いを取りにいっているのかと思いたくなるようなマナーがある。
この記事にもあった「ビールの注ぎ方」などは、若い頃年長者に教えられた記憶がある。
ただし、ラベルを上にする理由は、ちょっと違った気がするが。
それに、コロナ禍で一気に市民権を得た「ビデオ会議」などの画面の位置なんて話になると「そんなこと気にするくらいなら、言葉遣いや挨拶をちゃんとする方が先じゃない」と思えるようなマナーもある。
いずれにしろ海外から見れば「不思議なマナーの国ジパング」ということだろう。

話しは変わるが、最近若い頃に読んだ「司馬遼太郎氏の本」を読み返していることは、以前書いた。
それは相変わらず続いているが、その中で「江戸時代は実に細かく身分を分けていた」という説明があった。
江戸時代に制度に詳しい人には余分な話だが、ここにいくつか例えば「大名」と一括りに言うが、譜代と外様がある。
譜代は「関ケ原前から徳川方だった大名」で外様は「関ケ原の時に、敵方だった大名」と分けられているし、同じ「譜代」でも「御三家」「御三卿」は別格だ。
さらに、「お目見得」という「将軍に会える」クラスと「お目見得以下」という「会えない」クラスに分けられている。
もちろんそれぞれのグループにも「役職」があって、これまで細かく上下関係が設定されている。
そして「僧」「医師」は、この身分制度の外にいるために剃髪して「人間ではない」という位置づけにしたりしている。
このような細かく分類することによって、相互監視ができる制度を家康が作り上げたと思うのだが、ここから私の妄想。

日本と言う国は、同一民族だ。
詳しく見れば沖縄の「島人」とか北海道の「アイヌ」、それに「弥生人」「縄文人」など全くの「1つの民族」とは言えないが、世界の雑多な民族から見れば比較的同じ民族と言える。
だからこそ、江戸時代のように、細分化構造を作ったのかもしれない。
その名残りが、お客様とか上下関係とかに対する過剰(もしくは異常)なまでのマナー主義を生んでいるのではないだろうか。
そして「マナーが出来ている」ことで人間の能力を図ろうとしている人がまだまだいて、わが社の経営陣にも「話し方」「振る舞い」で能力を評価していることを見聞きする。
「話し方」「振る舞い」も大事だけれど、それがすべてではないことは、長く社会人をやっていると分かると思うのだが、その価値観に縛られて生きてきた人には、分からないようだ。
今回は、あるネットの記事からの妄想だったが、江戸時代の身分制度や上下関係については、こんな記事もあるので、読んでみてほしい。

武士と日本のマナー
江戸幕府から始まった上下関係を明確にする文化

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