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2021年7月の記事

2021年7月26日 (月)

始まった東京オリンピック

本当は先日受講した「はくぶつ館講座」の話を書きたいが、テーマが「教育勅語」という繊細なものだったために、ネットと言ういろんな考えが交錯する世界に公開すると誤解やリスクを生むだろうということでやめにした。20210726
実は途中まで書いていたが、講座の中でも「勅語を現代文などに訳すことができない。なぜなら誰かの意志のフィルターが掛かってしまうから」との説明を受けて、その言葉を思い出したために、やめる決断をした。内容的には面白かったので、残念だけど。
SNSなどネットツールの発展によって、誰もがいろんな意見を発信することができる世の中になったけれど、より注意して発信しなくてはならないというのは、テクノロジーと進化とそれを使うリテラシー(特に心の部分が)は、同時に進化しないということが証明されているようなものだ。
ずい分以前、まだ「パソコン通信」と言われていた時代に、変な言いがかりをつけられた経験があり(記憶では、このブログで書いたと思う)、あまり気持ちの良い経験ではなかったから、出来るだけそういうことは避けておきたい。
 
さて、そういう意味では「東京オリンピック」の話題も、さまざまな意見が噴出し繊細な状態なのだが、ついに先週開幕した。
昭和の「東京オリンピック」は私が小学校に入った年で、学校は休みだったし(記憶だが)、「夢の超特急」と言われた新幹線や首都高速が開通など、インフラの大発展のきっかけになった。
そしてこれも以前ブログに掲載したが、いまや全世界で使われている「ピクトグラム」を生んだきっかけにもなった。
だから開会式でも、ピクトグラムを使ったパフォーマンスがあった。
このように振り返れば、昭和の「東京オリンピック」は、ポジティブな大会だったように映るが、実施するまでには一度戦争の影響で返上したなど、順風満帆ではなかった(ようだ)。
 
今回も、そのような視点から見れば未曽有のコロナ禍で行われる祭典となった。
たしか誘致の時には「復興をアピール」とか「日本のおもてなし」とかステキなキーワードが並び、胸躍る想いがあったが、「緊急事態宣言」のもと、「無観客」とか「人数制限」とかの規制が掛かった状態では「復興」「おもてなし」も何の意味もなくなってしまった。
他にも直前になって過去の言動が原因で責任者が辞退したり解任されたりと、とにかく混沌とした状態だ。
振り返ってみると、シンボルマークの盗作騒ぎや、新国立競技場の設計者問題など、もう遠く過去の話に思えるが(シンボルマークの話なんて、何年前だろう?)、今回の新型コロナによる延期や、すでに起き始めている選手の陽性者など、いろんな意味で記録されるべきオリンピックになるのは、間違いなさそうだ。
 
私のような一般人にはわからないが、いろんな権利、お金、選手の気持ち、団体の意見、経済効果など複雑に絡みあい、さらにコロナ禍で行われるオリンピックは「安全管理」「国民マナー」など、いろんな事が試されることになるのだろう。
始まったらTVはオリンピック放送ばかりになってきたけれど、やっぱりマスコミも「ネガティブ」な視線ばかりじゃなく、一緒に成功させるように舵を切ってほしい気がする。
幸いこの週末には金メダルを取った種目も出てきて、地上波でがほとんど「オリンピック放送」だらけとなり、話題として盛り上がってきている気がする。
もちろん批判的な人もたくさんいるけれど「成功させよう」と一生懸命に頑張っている人のことも忘れないようにしてほしい。
そして願わくば、とにかく無事に終了し、振り返った時に「いろいろあったけれど、やっぱりやってよかったね」と皆がいうようなオリンピックになることを願いたいものだ。

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2021年7月19日 (月)

新型コロナワクチン1回目接種

私は65歳以下である。
来年には65歳になるが、例の「新型コロナワクチン65歳以上接種開始」には該当しなかった。20210719_20210718081701
会社の規程とか年金受給金額など年齢で区切られることがあるが、どうもきわどい所で該当から外れる(ような気がする)。
春先から始まった「新型コロナワクチン接種」
まずは医療従事者、そして65歳以上の高齢者、さらに基礎疾患のある人や高齢者施設従事者と決められ、やっと年齢順として私の順番が近くなってきた。
 
ところが、ちょうどその頃から「職域接種」がさかんに行われ、当社の顧客先でも私より若い人たちの接種が進み始めた。それはそれで良いことなのだが、今度は急に「ワクチン不足」が言われるようになった。
「やっと順番が回ってくる時期になったのに」という気持ちが正直なところだが、私の住む地方では先週から私の年代への予約券配布が始まった。
「2~3日はかかるかなぁ」という予想に反して、配布開始当日に届いた。
ちょうど、その週は3カ月に1回の通院日があるその病院は「通院患者には対応する」とWEBに記載してあったので、電話して聞いてみたところ、来院した時に「予約申し込み」して、後日接種日の連絡があるとのことだった。
通院している病院の方が安心だと思って、いったんはそのつもりだった。
 
翌日テレビを見ていたら、私の住む地方では「大規模会場で使用されるモデルナは余裕があるようです」と言っていたので、試しに予約サイトにアクセスしてみた。
実は、7月から始まった「大規模会場」は、我が家のすぐ近くだったので、そこでも良いと思っていた。
サイトにアクセスして会場を検索してもなかなかヒットしなくて「全然、予約取れないじゃん」と思って、良く説明を読んだら「ログイン」が必要となると書いてあった。
「ID・パスワードなんてどこにある?」とさらに良く読むと「IDは予約番号、パスワードは生年月日の8桁数字」とあり、やってみたら無事ログインできた(正直、この予約システムはPC操作に慣れていないと難しいかもしれない)。
 
それで近くの「大規模接種会場」を指定したら、全枠「〇」になっていて、いつでも予約できる。
ちょうど病院に行くために有休を取っていたので、その日が都合良いと思って、午後に予約した。
「病院でやるより早く接種できるなぁ」と、まずは一安心。
「ファイザー」じゃなく「モデルナ」というのがちょっと気になるが、もし副反応が出ても会社を休んで良い緊急措置が取られているから、まぁ良しとしよう。
予約日には、まずいつもの病院に行き、いつものように診察(というか、問診だけだか)。その時先生から「もうワクチンは打った?」と聞かれ「この後、昼から行ってきます」と話し、予約が空いていた話をしたら、先生は今月初旬、会場に担当医として行っていたとのこと。
「その時は、結構混んでいたよ」と話してくれた。
 
診察も終わり、いつもの薬をもらい、いったん帰宅。
予約時間になって会場まで歩いて行ったら、駐車場も空いているし、席で待っている人も少しいる程度。
問診表も事前に記入していて、少し待ったら呼ばれて、書類を確認され、どんどん次の部屋に案内されて、医師の問診を受け「ちょっとアトピーの傾向がある」と話したら「念のため30分経過観察にしようか?」と言われた。
で、最後に接種の先生のところで注射。「筋肉注射」と言われていたので痛いのかと思ったら、会社のインフルエンザ予防接種より全然痛くない。その後、30分経過して帰ってきた。
夕方になって接種した部分が痛くなり、翌日が一番痛かったが、そのあと痛みは引いていった。あとは今のところ、副反応と思われる症状は出ていない。2回目の接種は、ちょうど夏季休暇に入った時期で、これなら会社を休み必要もない。
まずは1回目の接種が済んで、少しだけ安心している。

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2021年7月12日 (月)

言葉の定義

このブログでたびたび取り上げている「英雄たちの選択」で、6月後半に放送されてた「徳川慶喜・パリ万博大作戦 〜600万ドルを確保せよ〜」を観ていて「やっぱりそうだよねぇ」と思うことがあった。
そうそう、この内容はちょうど昨夜「青天を衝け」で放送されいて、前もって知っていたのために、なかなか面白かった。
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その時のゲスト出演者である「島田 久仁彦(※1)さんがおっしゃった「話し合いに入る前に、言葉の定義付けをする」という発言がそれだ。
※1=島田 久仁彦 (しまだ くにひこ) 1975年生まれ。大阪府出身。国際ネゴシエーター・紛争調停官・地政学リスクアドバイザー。

この時の番組や島田さんが話していたのは「外国と交渉する場合」の注意ポイントとしての「言葉の定義」だった。
国際紛争の場で、話し合う前に「単語ひとつひとつの定義を確認する」という作業と行うと話していた。
このことは、異なる言語圏では必須なのだろうが、実は自分たちの身の回りでも良く発生しがちで「そういう意味じゃない」と感じることがある。

私が新人研修でよく話をするのは「赤」という言葉を聞いて、それぞれがイメージする色は、実は異なっているので「見本で確認するか、数値で表すこと」が大事だということだ。
私たちがデザインの世界に入ったころはアナログの時代だったので、色も大きさもすべて数値で表していたが、デジタル化になったためにその習慣がなくなり「もっと大きく」とか「もう少し赤く」とか、曖昧な表現で伝えるようになってしまった。
このようにちゃんと「定義づけされていた」ものでも、その定義がなくなっているのに加え、会議やお客様との打ち合わせでも定義付けされていない言葉を使用して「お互いに理解した気持ちになっている」と言うことが、よく見受けられる。

管理職だった頃に、部下の企画書を確認していて例えば「社員の理解が拡がる」に効果があると書かれていたとする。
この言葉はよく聞くが、私は「例えば、この理解ってどういう定義なのか?」と訊ねた。
「うん、しっかり分かって今後に活かせる」
「なんとなく主旨は伝わった」
「大事だということは分かった」
これら全部「理解」と言い表せるのだが、そこをきちんと定義付けしていないと、この企画の「本当の効果」は相手に伝わらないと注意していた。

若い人から見れば「年寄りが細かいことを気にするなぁ」と思われるだろうが、デジタル化になってSNSなどで、短い言葉でコミュニケーションを取っているからこそ、定義付けされていないことで誤解や伝わらなさなどが、昔以上に起きていると感じている。
これも年寄りの杞憂なのであれば良いのだが、TVを観ていて「言葉の定義」ってやっぱり大事だよねと改めて思った次第だ。

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2021年7月 5日 (月)

[はくぶつ館講座]高力猿猴庵(こうりきえんこうあん)と安永大洪水

今年の3月に「はくぶつ館講座『天下人と清須』」のことを書いた。20210705
今日は、同じ「はくぶつ館講座」「高力猿猴庵(こうりきえんこうあん)と安永大洪水」というテーマの講座の話。
そもそもこの「高力猿猴庵って誰?」と思ったのだが、私の住む尾張藩が江戸時代に被災した災害記録の話という案内だったので申し込んで出席してきた。

まず問題の「高力猿猴庵」のことだが、学芸員の話からすると開催している博物館が注目して研究し資料集シリーズを刊行中とのことだ。
高力猿猴庵
高力猿猴庵(1756~1831)とは尾張藩中級藩士。
天明5年(1785)に家督を継承して300石・馬廻役、寛政4年(1792)には大番役。文化4年(1807)志願して馬廻役に戻る
学芸員によると「番方と役方」は江戸時代の職制区分で、番方は軍事的な役割、役方は文官的な役割だったそうだ。馬廻役・大番役ともに番方であり、江戸時代は戦もないため、暇な役職だったとのこと。
こういう暇な役職だったために、あちらこちらに出かけ絵入りの記録本を残しているのだそうだ。
尾張藩の藩政史料は明治の初期に、今の愛知県として固まるまで各省をたらい回されるうちに失われてしまい、藩士などが個人的に残した記録は貴重な情報源で、その中でも猿猴庵は記録の質が非常に高いとのことだ。

今回の記録は「安永大洪水」という安永8年(1779)8月25日に豪雨(おそらく台風)のため発生した洪水のことで、庄内川流域を中心に尾張藩領の広範な地域で浸水被害をもたらした大災害。
尾張藩の記録にも高力猿猴庵の記録でも「一面が海のようになっていた」というから、近年テレビに映るような大規模な洪水災害だったようだ。

講座の中で面白かったのは、尾張藩の公式記録と高力猿猴庵の私的記録の違い。
当時の尾張藩主である「徳川宗睦(尾張藩9代藩主)」の命により御小納戸役所は直ちに現場へ向かわされたが、混乱の最中でもあり体裁を整えながら住民の救出・避難に対応し、その心労で担当役職者は寝込んだと報告されているが、高力猿猴庵の記録では、被災住民は「藩は何もしてくれない」と訴えていたとなっている。
東日本大震災以来、今のコロナ禍でもそうだが、自治体の人たちはかなり一生懸命やってくれていて、このような苦情はあまりないと思うが、いつの時代にも「お役所仕事」という感じのものはあったようだ。

この猿猴庵と言う人、文字の記録も貴重だが、それよりもほとんどの記録が「絵入り」で残されていて、この絵がまた緻密で、大きな鳥瞰図的な描き方から、クローズアップされた描き方など非常に分かりやすく描かれており、博物館が注目しているのもうなずける。
この「安永大洪水」は、1回だけでなく、この時期頻繁に大きな洪水が発生していたらしく、原因は陶器づくり(瀬戸焼は地元の名産品)の燃料として、無計画に樹木を伐採して「はげ山だらけ」になっていたとのこと。
その後、長い時間を掛けて植林をしたり治水工事を繰り返していくことで、今のような川筋や地形が確立していったのだそうだ。

しかし、講座を聞きながら「いったいこの人は、どれだけ暇な人だったんだろう?」と苦笑したくなる気持ちだったが、今になれば、こういう「記録魔」みたいな人のおかげで250年以上前の災害の状態を知ることが出来るのだから、歴史的価値ってのは分からないものだ。
このような地方の記録はなかなか知る機会がなかっただけに、面白い講座だった。

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