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2021年6月 7日 (月)

尾張四観音巡り(その2)

一度に尾張四観音を紹介できるかと思ったが、史跡の紹介などを載せたら長くなってしまい、2回に分けた。20210517
以前から「ブログ文が長くなりすぎている」と思っているので、何とか今年から短くしようとするが、そうすると回数が増えるというジレンマに陥っている。

甚目寺観音
真言宗智山派の寺院。鎮守として、式内社の漆部神社(ぬりべじんじゃ、元、八大明神社)があったが、神仏分離令の後、境内を分けた。甚目寺町の名は、当寺によっている。
通称「甚目寺観音」で、正式名称の「鳳凰山 甚目寺」より通称で呼ばれることが多い。本尊は聖観音。高さ一尺一寸五分の秘仏であり、本堂に安置される十一面観音像(50年に1回開帳の秘仏)の胎内仏である。16世紀の末には豊臣秀吉公から寺領160石を受け、17世紀始めの名古屋開府と共にその鎮護の任にあたり、徳川義直公からも300石を受領。(Wikipediaと当寺HPより)

前回にも書いたように、ここは以前に仕事でよく行っていたスタジオだったり、顧客先だったりが近くにあり馴染みの場所でもあった。
ただし「甚目寺観音」そのものを訪れたのは初めて。
境内も広く「三重塔」「南大門」など重要文化財が多数あって楽しかった。
南大門に安置されている「仁王像」は福島正則の寄進によるということで、前回の荒子観音は「前田利家生誕の地」の近くだったように、やはりこの地域は「秀吉ゆかりの武将たち」の名前があちらこちらで見掛けることができる。
これは、江戸時代に発展した東京の地域ではあまり見られない特徴だ。

もう一つ面白かったのは「四国八十八カ所霊場」
四国八十八ヶ所霊場のミニチュア版で、徳島(発心)、高知(修行)、愛媛(菩提)、香川(涅槃)の四つの国に分かれており、つい1つずつ数えながら一周してみた。あまり広くないところだったので「本当に八十八もあるのかなぁ」と思ったけれど、本当にあった。これでご利益を受けることができたら嬉しいが、楽してはいけない気がした。
他にも千体の地蔵様が奉られている「六角堂」、本尊が閻魔大王、その他9人の王が奉られている「十王堂」など、いろいろ見るところがあって楽しかった。

龍泉寺観音
延暦年間に伝教大師最澄が熱田神宮参籠中に龍神のお告げを受け、多々羅池畔で経文を唱えると、池から龍が昇天すると同時に馬頭観音が出現したので、これを本尊として祀ったのが開基とされている。
一方、弘法大師空海も、熱田神宮参籠中に熱田の八剣のうち三剣をこの龍泉寺に埋納したといわれ、これより龍泉寺は熱田の奥の院とされてきた。(Wikipediaより)

この名前は「竜泉寺の湯」という日帰り温泉施設があって、昔からこの地域は知っていたが、名前の基となった寺院そのものには初めて行った。
寺院の案内にも上記のような説明があったが「最澄」「空海」の両方に所縁があるというのは興味深かった。
たしかに同じ時代に現れた高名な僧侶二人だが、関係は決して良くなかったと言われている。エリートの最澄に対する空海の嫉妬もあっただろうし、苦労して得た密教の経典を簡単に借りようとした最澄に立腹したとか言われているようだが、いずれも古い話で私レベルでは、人が書いた本などで知る程度で、それが真実かどうかなんて、さっぱり分からない。
でも、そんな二人に所縁があると書かれているということは、この地域にとって重要な寺院であったことは間違いないようだ。

訪れた日は穏やかに晴れて気持ちの良い日で、新緑の青葉が眩しく数人の人たちが参詣に訪れていて、そんなに広い境内ではなかったけれど、とても雰囲気のよい寺院だった。
事前に知っていたが、ここには「龍泉寺城」と呼ばれるものがある。
龍泉寺城
庄内川を望む高台にあり、庄内川、崖、湿地に囲まれた要害の地であって濃尾平野を一望できるため、古くから戦闘の際には軍事的価値を認められて陣を置かれることが多かった。弘治2年(1556年)織田信行が城を築いたと言われ、永禄3年(1560年)の桶狭間の戦いの前には、清須城北東方面の防衛線を築くために織田信長が一隊を龍泉寺に派遣している(Wikipediaより)。

現在は、模造天守として復元されていて宝物館となっているが、日祝祭日しか開いておらず、訪れた日は土曜だったために見学できなかった。
そのため、もう一度訪れようと思っている。

近場でもまだまだ知らないところはたくさんあるようだ。

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