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2021年3月 8日 (月)

はくぶつ館講座「天下人と清須」

前から「機会があれば」と思っていたのだが、今回初めて参加してきた。
何の話かと言えば、博物館で開催している「学芸員による講座」のこと。
私の住んでいる街の市立博物館は、家から自転車で10~15分くらいのところにあり、近い(地下鉄でも2駅で行けるのだが)。
この博物館で行われた催しについては、たまにこのブログでも紹介しているが、一昨年だったか訪れた時に、館内にあった案内リーフで「はくぶつ館講座」を開催していることを知った。
月に1回くらいのペースで開催されるのだが、それがすごくいろいろなテーマで行われていて「いつか興味があるテーマの時に行ってみよう」と思っていた。20210308_20210301145201

昨年はコロナ禍で、前半は中止になったようだが、秋くらいから再開され、年末にHPを見たら2月末に面白そうなテーマを見つけた。
それが「天下人と清須」
ちょうど「麒麟がくる」の前半で織田家の話にも出てきたので「これは行ってみよう」と決めた。
今までは当日行けば良かったようだが、これまたコロナ禍の影響で「事前申し込み」になり、さらに会場も3密を避けるために半分の定員になっていたようだった。

年明けの受け付け開始を待ってネットで申請。後日、メールで申請結果が届き、当日出かけてきた。
9時半受付ということで博物館に到着すると、もう並んでいる。
「お茶を買っておこう」とコンビニに寄ってから、入場するともう結構人がいた。
予想通り私と同年齢以上の方が多かったが、意外だったのが女性も多かったこと。
それに、どうも常連さんがいるのか、顔馴染みの人たちも多いようだった。
開始時間になり担当学芸員の説明で始まったのだが、これが面白かった。
「プレゼンテーション」を多く行ってきた仕事の関係で説明の仕方は「あまり上手じゃないなぁ」と最初は気になったが、途中から内容が面白くて、気にならなくなった。

清須会議の資料はほとんど皆無
映画でも有名になった「清須会議」
ところがその資料は「秀吉以外の参加者による記録がない」のだそうだ。
なので、秀吉以外の柴田勝家・丹羽長秀・池田恒興などが集まったとされているが、本当に集まったかさえも分かっていないのだそうだ。
個人的には「え~~っ」という感じで、あんなに有名で映画にもなったのに、秀吉側の資料のみで、のちのちそのイメージが定着したなんて聞くと「本当の歴史って実は全然わかっていないのだなぁ」と思ってしまった。

地方升
歴史に詳しい人は知っているだろうが「太閤検地」により、初めて「長さ」「量」が国内で統一されたが、それまでは地方によって異なっていた。その地方升の記述がこの地域にはほとんどないのだそうだ。
それが「立置寺内之事(右の写真参考)」という寺領年貢の納め方を記録した古文書に「清須升」でどれだけという記述があり、非常に珍しいとのことだ。
また学芸員の「私見ですが」と断った上でお話しされたが、この記録にある「寺」とは、記載されている地名などを参考にすると「道三と信長の対面の場」であった「聖徳寺」だったのではないかと話していた。

講座を聞いて「清須」は、家康が「清須越え」により今の名古屋に都市機能を移すまでは、かなりの大都市だったという印象を持った。
その姿は今の名古屋のベッドタウン化した街並みの清須市から想像もできないくらいという感じだ。
講座の最後に学芸員の方が「清須なくして名古屋は生まれず」と言っていたが、こうした視点で街の歴史を知るのは非常に面白かった。
講座に参加して思ったが、参加される方はやっぱり歴史に詳しい人が多く、かなり専門的な話が学芸員の方から語られるなど、1時間少しの短時間だったが至福の時だった。
家からも近いし、今後も、そして会社に行かなくなってからも楽しみとして参加したいと思った。

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