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2020年8月の記事

2020年8月31日 (月)

中島みゆき:蒼い時代

8月も今日で終わる。
とにかく今年は「コロナ禍」がすべてで、それ以外はどうも「その他の出来事」になってしまっていて、このまま1年が過ぎてしまう気がする。
今回は、そんな書き出しとは全く違う久しぶりの音楽の話。
昨年の11月に「雪化粧:松山千春」で昔を思い出す音楽の話を書いたが、今回も同様、というかあの時に思い出す「シーン」と心情的につながっている話だ。

「つながっている」と書いたけれど、曲の内容とも、実際にそういうことがあったわけでもない(ちょっとだけ近い経験はあるけれど)。
ただ60歳を過ぎて、この曲を聴くと、昨年の「雪化粧:松山千春」の時と同じように「胸がチクッ」とする。
不思議なことにこの曲は中島みゆきの「パラダイス・カフェ」という20年以上前に発表されたアルバムに収録されている、
この「パラダイス・カフェ」というアルバムには以下のような曲が収録されている。

1.旅人のうた(2nd Version)20200831
2.伝説
3.永遠の嘘をついてくれ
4.ALONE, PLEASE
5.それは愛ではない
6.なつかない猫
7.SINGLES BAR
8.蒼い時代
9.たかが愛
10.阿檀の木の下で
11.パラダイス・カフェ

この中の「旅人のうた」とか「たかが愛」は、TVドラマの主題歌に採用されヒットしたため、購入時には、どうしてもそこを中心に聴いていた気がする。
昔は「アルバムの中の良い曲」を楽しみに購入していたが、この頃の自分の琴線に触れなかったのか、今の年齢になったからこそ「チクッ」とするのか分からない。
ただ「音楽」というものは、その時代には響かなくても、ずいぶん時間が経ってから「良い曲」と感じることがある不思議なものだと感じる。
このアルバムにある「永遠の嘘をついてくれ」も、2006年に吉田拓郎がつま恋で中島みゆきと「奇跡のデュエット」を行うまで気に留めなかった曲(詳しくは過去のブログ「永遠の嘘をついてくれ」を見てください)。

この曲、ネットで検索するといろいろな捉えようがあって面白い。
2番の歌詞に出てくる「あなたと同じ目元」「別れた彼の母親」説や、「別れた彼との間に授かった子供」説など、人によっていろんな想像(妄想?)が膨らむものだと、感心してしまうが、私自身がどちらの説を取るかは、内緒にしておこう。
著作権の関係で、本人の歌唱しているものはYouTubeにはなかったが、声の質や歌い方が一番イメージが近いなぁと感じる人のカバーをリンクしておいた。

蒼い時代(作詞 中島みゆき、作曲 中島みゆき)

蒼い時代のことやから 忘れてやってくださいと
あなたの親に謝られても 何のことかわからないわ
蒼い時代のただなかで 私たちは互いに
過去も未来もないことにして 固く抱きあったね
正しくても 間違いでも かまわなかった あなたといることだけしか 思わなかった
蒼い時代のことやから 忘れてやってくださいと
あなたの親が頭を下げる 私は陽だまりを見る

あんな昔の約束を あなたが覚えていたなんて
驚きました 私はとうに今の暮らしに変わっています
あなたと同じ目元が うるんだように安らぐ
ガラスの中に 私は見てる 遠い陽だまりの日々
正しくても 間違いでも かまわなかった あなたといることだけ しか思わなかった
蒼い時代のことなんか 幻でした 約束は
信じてなんかいませんでした 
これで良かったのよね

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2020年8月24日 (月)

Macを続けるか?Windowsに乗り換えるか?

6月に「自宅のMacは10年生」で自宅のMacが瀕死状態になったことを書いた。
その時に書いたように、なんとか息を吹き返し、今も使っているが「次をどうするか?」は悩み続けている。
と言うよりも、あれから「ある経験」をして、さらに悩みは大きくなってしまった。20200824

その「ある経験」というのは「リフレッシュPC」の経験だ。
この「リフレッシュPC」というのは、企業に一括納入されて一定時期使用されたものを部品交換やメンテナンスされて、再販売されるもののことだ。
その存在はたまに自宅にチラシが入っていたりして知ってはいた。
ただ「型落ちだし使えるのかな?」と思っていた。

ところが、2ヶ月くらい前に、当社の通販ビジネスを担当しているスタッフが、業者から売り込みがあったということで、試験的に会社で購入し、1台割り当てられた。
割り当てられたのは「ノートPC」「i5」「SSD」というスペック。
この「i5」というのはパソコンの心臓部となるCPUで、インテル社のもので、ある程度の速さがある。
Photoshopなど画像系のデータを操作するには、最低これくらいのCPU(発売年度で速さの差はあるが)が必要と言われている。

そして「SSD」
これは最近出てきたもので、従来の「HDD(ハードディスク)」に変わる記憶媒体。
ネットで調べると「SSDはSolid State Drive(ソリッドステートドライブ)」と言われるもので半導体素子メモリを使ったドライブ(記憶媒体)のことらしい。
速度はHDDに比べ速いが、容量がHDDほど大容量(テラバイトと言った単位)はないとのことで、実際割り当てられたノートPCも「256GB」という容量だった。

Windows10がインストールされた状態で手元に来たので、必要な設定やアプリなどは自分でやってみた。
まず、最初に感じたのは起動の速さ。
会社のデスクトップだと起動ボタンを押して、実際に動かせるようになるまでに最低でも1~2分は掛かる。
ところがこの「リフレッシュPC」は30秒もしなくて使用できる。
この速さは魅力だ。
さらにアプリやネットの動きも速くてストレスがない。

そして、自宅のMacBook Airではインストール出来なくなってしまった、古いアドビ系のアプリはどうなんだろうと思ってインストールしてみた。
これもAcrobatというアプリ以外は、問題なくインストールでき動作確認も出来た。
これで4万円を切る価格で入手できると知って、さっそくネットで検索してみると結構売られている。
安ければ3万円弱、Office系のアプリとセットだと4~5万円弱。

「う~~~ん、これは魅力的」
確かに「SSD」の弱点である容量だが、データ保存を外部のHDDにすれば全く問題ない。
実際、今使っているMacBook Airも、それくらいの容量なので、音楽以外のデータは全部外付HDDに保存しているから、それをWindows対応にすればよいわけで、大きな問題ではない。
それより何より一番感じるのはPhotoshopなど「Adobe系アプリ」が使用できること。
IllustratorやPhotoshopなどのアプリは、仕事の関係もあって、もう20年以上も使っているし、実際画像データなどは頻繁に利用する。
「自宅のMacは10年生」で書いたように代替アプリやネットサービスは見つけてあるが、やっぱり長年使ってきて慣れているだけに、使えるに越したことはない。

世の中がコロナ禍でテレワークが当たり前のように変化している現在、この「リレフッシュPC」も人気が高く、スペックが結構良くてリーズナブルなものは、やっぱり売れていく。
MacBook Airだと中古でも8~9万円、しかもAdobe系アプリは使用できない。
リフレッシュPCならOffice系もついて4~5万円でAdobe系アプリも使用可能。
どっからどう見ても、リフレッシュPCに軍配があがりそうだ。
2020年。
ついにMacから離れる記念すべき年になるのだろうか?

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2020年8月17日 (月)

会社に行かない生活を準備

本日、63歳になった。
そんなことより今年はあらゆることが「コロナ禍」の影響を受けている。
8月といえば「夏休み」なのだが、学生たちは「緊急事態宣言」の影響で学校を休みにしたために通常の夏季休暇などで調整していて、3世たちも可哀想に、とても短い夏休みらしい。20200803

それに、今年コロナ禍にならなかったら「東京オリンピック」が開催され、昨年の「ラグビーワールドカップ」以上の盛り上がりになっていただろう。
過ぎてしまったけれど、7月後半の4連休は確か「オリンピック開幕」にあわせて今年限りのカレンダーだった。
ちょっと話はズレるが、昨年の今頃「来年の夏は、東京出張は無理だね」と話していた記憶がある。
きっとビジネスホテル等は「皮算用」をしていただろうが「世の中何が起こるのか分からない」という言葉が、今年ほど当てはまる年はない気がする。

コロナ禍の影響といえば、今まで書いてきたように仕事絡みが一番なのだが、個人としても「休みを取って旅行」ということが出来なくなっていることも大きい。
それに何となく「外食」も控えて最近は(出来合いのもので済ませているけれど)簡単な自炊生活にもなっている。
そのため5月GWも、7月後半の4連休も、そして今月の夏季休暇も、旅行などには行けず「家籠もり」になることが多い。
旅行に出かけられないのは他にも原因があるにしろ、やっぱりコロナ禍が大きい。
なにせ、最近は「日帰り温泉」もちょっと躊躇してしまっていて、本当に「コロナ前とコロナ後」と生活は大きく変わってしまった。

そんな「家籠もり」の日々が続くと「再雇用を終えて、会社に行かなくなると、どんな生活になるのだろう」と思うことが増えた。
ずっと会社勤めを続けてきて、定年後も再雇用としてやっぱり毎日会社に行っている。
日曜の夜や連休最後の日など「あ~あ、明日また会社かぁ」と思うのだが、考えてみたらそんな生活も、もう長くは続かない。
今月63歳になる私は、社内規定的には「要望すれば無条件に再雇用」される年齢ではなくなる。
このコロナ禍の時代、世界中どんな企業も(ごく一部を除いて)経営状態はよろしくない。
出来れば65歳の年金支給が本格的に始まる年齢まで、お世話になりたいと思っているが、それにしても10年とかいう単位で、会社勤めを続けることはない立場になっている。

休みの日に家でそんなことを考えていると「会社に行かない生活」というものを、そろそろ真剣に考えて準備しておかないといけないなぁと思うようになった。
自分が定年になってから感じるのだが「周りから必要とされていること」が、実はとても大切なのだと思うようになった。
「必要」と思ってもらわないと再雇用で勤め続けられないし、周りからの相談も受けない。
今は「会社」というところにいるので、それなりに「必要」とされているけれど、これが「会社に行かない生活」になったら、どうなるのだろう?

年齢を重ねるうちに「知識欲」は高まる一方で、いろんな史跡を訪ねてみたいし、いろんな本を読んだり、博物館・美術館へも行ってもみたい。
でも、それは「周りから必要」とされるわけじゃないので自分が「面倒だな」と思ってしまうと「何もしなくなる」ような気がする。(生来、とても怠け者なので)
63歳になり「会社に行かない生活」の計画を立てておかないと思っているが、このコロナ禍では、なかなかアクティブな計画がイメージできない。

以前、同じマンションで隣にいた人は退職後「何もすることがなくて暇で」と話していたが、そろそろ私自身もそんなことを心配する年齢になったということだ。
管理職時代に覚えた週単位、月単位、そして年単位で「行ってみたいところ」「読んでおきたい本」などのロードマップの作成を、まずは今年の「やること」にして計画する準備を始めてみようと思う。

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2020年8月11日 (火)

これも老化現象なのか?

60代になって3年目になる。
60歳になったばかりの時には「定年」とか「還暦」とか言った「数の上での決まりごと」で年齢を感じさせることが続いた。
それが3年経ち、63歳の今年から資格を得る「特別支給の老齢厚生年金」や65歳から支給される「老齢年金」と言ったステップがあるが、これも「そういった数の決まりだから」という感じのものだ。
ところが、最近感じるのはおそらく年齢によるものだろうが「基礎的な体力」が減少しているような気がする。20200811

もともと眠りは浅い方だが、以前にも増して「長時間熟睡」していない。
たまに「ぐっすり寝た」と思って「朝かな?」と時計を見たら、まだ夜中の3時くらいだったとか、若い時あれだけ朝が弱かったのに、休みの日でも6時位に目が覚めてしまって「お腹が空いたなぁ」と起きてしまうことなど、若い時には考えられなかった身体になってきている。
「人の名前がでない」なんていうのは、40代の頃から始まったので、もう慣れてしまったし、運動後の筋肉痛が2~3日後に来るとか、1日寝ただけでは疲れが取れないなんていうのも、50代の頃からだったので、これも最近特別に感じることでもない。

しかし、昨年からちょっと「どうしてこんなふうになっちゃうんだろう」と思うことが起きた。
それは「夏の日焼け」だ。
もともと「肌は白く」「敏感肌」で、若い時から泳ぎに行くと酷い目にあっていた。
私たちが若い時代には「日焼け止め」などなく、逆に「サンオイル」といった「焼くためのアイテム」しかなかったし、「夏は日焼けするもの」という時代だったために、今から考えれば紫外線に対して「無防備」だった。
二十歳の時など、あまりに酷い日焼けだったので、薬局に行ったら「これはもう火傷だから、氷を入れた水風呂に入って熱を取った方が良い」と言われたことがある。

その後モータースポーツ観戦でも油断すると酷い目にあったりして、最近では「肌に優しい日焼け止め」は必須アイテムになっていた。
とは言え「日焼け止め」を使うのは、旅行とか日帰りの行楽などで、長時間野外に出ている時に使うだけで、ちょっとの時間くらいは気にせずに過ごしていた。
これまでは「うん?ちょっと焼けたかな、痒いな」くらいで済んでいたが、一昨年だったか、近郊の祭りに日中行った時に、うっかり日焼け止めもせずに出かけ、肘から手にかけて日焼けして真っ赤になってしまったことがあった。

この時にはそれで済んだのが、昨年夏のある日、同じように肘から手にかけて「赤く腫れ上がって痒く」なってきた。
もともとアトピー体質なので、ちょっとした刺激で痒くなるが、こんなに広範囲になることはない。
それでも手持ちの売薬を塗って、様子を見たが、あまり良くならない。
特に日焼けした記憶もなく「こりゃ、なにかの薬疹とかアレルギーかな?」と思い、いつもいく総合病院に行ってみた。
予約なしだったので、その日は診てもらえず2~3日後に再び診てもらった。
売薬が効いたのか、少し収まっていたが、先生に「こんな感じで」で説明したら「たぶん、日焼け」と言われた。

「え~~、でも思い当たるのは、通勤の自転車くらいだけどなぁ」と思い、それでも薬がもらえたので、それを塗って治した。
その後、腕をカバーするアイテムを購入して、無事に昨年は過ごしたが、今年になって「そう言えば、昨年日焼けしたんだった」と思い出し、日差しが強くなる前に、「腕の日焼け止めカバー」を購入し直し、念の為スプレー式の日焼け止めを施して、通勤してみた。
2~3日続けると、手の甲の一部と腕の一部が少し痒い。
さらにカバーのないおでこ辺りも痒い。

7月は各地に大きな災害をもたらしたように雨天続きだったが、ほんのちょっとした晴れ間に通勤しただけでも痒くなる。
ちょうど新型コロナウイルスの「第2波」が拡がるタイミングでもあったので、雨降りの時だけだったクルマ通勤を晴天の時もすることにした。
こんなに紫外線に弱くなってしまったのは、やはり老化現象なのだろうか?
いろいろなことで衰えを感じる年齢であることは、間違いないようだ。

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2020年8月 3日 (月)

再び増加を続ける「新型コロナウイルス」にはどうしたら良い?

先週、「テレワーク」のリスクについて書いたばかりだが、その見直しや準備が整う前に、またまた「新規感染者数」の増加が激しくなった。
今回の増えた始まりは、東京だった。
最初は新宿を始めとした「繁華街」特に「接待を伴う飲食業(ざっくばらんに言えば、キャバレーとか風俗関連かな?)」が中心となっていた。
東京とか繁華街とか風俗・飲食業とか、とりあえず自分自身の生活パターンとはかけ離れた所が感染震源地だったので、そんなに気にしていなかった。
それが全国への拡大が始まったきっかけは、「劇場がクラスター」だった気がする。20200803_20200727104101

私の住む地域でも、ちょうどその頃にやはり繁華街にある「カラオケバー」がクラスターとなって拡がり始めた。
このように今回の拡大の始まりは「繁華街」だったために20代など若い世代が中心で、この時点でも、やっぱりそういう場所に行くことがない私としては「まだ大丈夫」と思っていた。しかし、そこから「家族感染」が増え、さらに「感染経路不明」が加速度的に増えてきて、さすがに怖くなってきた。

私がこの新型コロナウイルスが怖いと思うようになったのは、重症化し時には死に至ることではない。
「入院、そして亡くなった後も親族と会えない」という点だ。
それは芸能人や一般の方の感染者が亡くなった後に親族などが語っていた。
そんな時期に「元上司の急逝と見送る側の気持ち」の出来事があった。
万が一、自分が感染して死んだ場合、見送る側の子どもや3世たちの気持ちを考えると「新型コロナウイルス」はやはりかなり注意すべきものだと感じるようになった。

「第2波」と言って良いのかよく分からない今回の「急激な増加事態」は、とてもタイミング悪いことに経済を活発化させる狙いとして「GO TO キャンペーン」の始まりとぶつかった。
直前には「東京は対象外」とちょっと首を傾げたくなるような措置を取ったが、結局始めてしまった。
本来なら「東京オリンピック」のために今年だけ特別に設けた「4連休」が、このキャンペーンの始まりとなり、さっそく観光地では観光客が「何割増」とのニュースが聞かれた。

「新型コロナウイルスの拡大を防ぎたい。」
これは2月からの「第1波」でイヤというほど味わった。
そしてその反動で「経済を活発化させないとマズイ」ということもわかる。
まだ企業に勤めているので分かるが、お客様も含めて相当厳しい。報道などでも旅行関係や航空関係の企業では、すでに冬の賞与は「無し」などと流れているが、どの業界でも同様に厳しいのは確かだ。
かと言って「GO TOキャンペーン」だから「経済活性化」のために旅行したり外食したりを積極的に行えるかと言えば、二の足を踏みたいような状態だ。

日本は「経済を止めずに第1波を抑え込んだ」と言うけれど、この「第2波」はどうするんだろう?
もう「経済を止めて、補助金で凌ぐのはもう厳しい」、でも「このまま感染が拡大するのも困る」
第1波の時にはうまくいったからと言って、今回もうまくいくとは限らない。
逆に若い人たち中心に「第1派で抑え込んだから、大丈夫なんじゃない」と思っているような気がしてならない。

よく「新規感染者数に一喜一憂するな」とか「検査数が増えているから、第1波とは比較できない」とか「重症化率は低い」とかいろいろ言われる。
「検査発見率は大都市部で上がっている」とも言われる。
結局「よくわからない」というのは、第1波の時と何も変わっていない。
会社で話していたのだが、カラオケや飲食店などがクラスターになるけれど、なぜ「パチンコ店」がクラスターになったと言う話を聞かないのだろう。

2020年。
新年を迎えた時には「いよいよ東京オリピック」と明るい気持ちがいっぱいだったけれど、新型コロナウイルスによって「先の見えない不安」が続いている年となってしまった。
そんな年も8ヶ月目に突入した。
第2波(と言って良いのか分からないけれど)の状況化で、私たちはこれからどんな暮らしをしていけばよいのだろう?
日本だけでなく、世界中がその答えを求める年となってしまった。

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