« 2020年6月 | トップページ | 2020年8月 »

2020年7月の記事

2020年7月27日 (月)

テレワークを激賞するマスコミに疑問

少し前からまた「新規感染者数」が増加し、特に大都市部での増え方が大きく気になっている。
第1次ピークのコロナ禍の頃に11回に渡って、その話題を中心にしてきた。
その中の「新型コロナウイルス騒動~その8」にテレワークの経験で感じたことを書いた。20200727
その後、私の会社の場合、6月後半からは「コロナ対策のためのテレワーク」は一旦静観状態となっている。
理由は「セキュリティ」を中心とした様々な課題が、しっかりと検証されていないからだ。
テレワークを始める時も「本当に良いのか?」と思った人(私は少なくともそう思った)もいたが、どんどん感染者が全国的に増加している最中だったために、完全に「見切り発車」で踏み切ってしまった。

落ち着きを取り戻した後、内部監査役から「あまりにも拙速」と導入を推進した部署と担当者を叱責し、改めてリスク分析を始めることとなった。
ウチの会社の場合、本当にあまりにも拙速に始めてしまったために「1ヶ月以上会社に来ない人」が出たり、「テレワーク中だから、打ち合わせのために会社に行けない」という、ちょっと「?」と思うようなことを言うスタッフがいたりした。
面白いことにそういう言動をする人たちは若い世代が多く、そういう意味では我々のように「会社に行くのが当たり前」という世代とのギャップの大きさがよく分かる事象が、あちこちで見られた。

いずれにしろ先に書いたように現時点では「一旦見直し」となっているが、ニュースや新聞などを見ると「テレワークスタイル」を推奨する記事が目立つ気がする。
「高い家賃の中心にオフィスを借りることを見直す」
「テレワーク生活を基本に、住まいの場所を考え直す」
などなど、もう「テレワークするのは、当たり前」みたいな感じになっている。
そんな記事を見ていると「他の企業って、守秘情報をどうしているんだろう?」と不思議に思う。

私の会社の基幹業務は「印刷」だ。
そのためお客様からお預かりする原稿や情報は、基本的に「守秘義務」「個人情報」に抵触するものが多い。そのようなものは社内規定で
「社外持ち出し禁止」
「自宅でのプリント禁止」
となっているため、実質的に「テレワーク環境」で制作作業は出来ない。
(今回は、そのあたりを無視してやってしまった社員が多いようなので、問題になったが)
それに、営業社員などはVPN接続で会社の基幹システムにアクセスし、勤怠や伝票発行などを行ったが、そもそも企業の「基幹システム」を社外からアクセスするのは、高いリスクを伴う。

この状況は、私達のような企業じゃなくても通常の企業なら必要な業務となるはずなのだが「VPN接続」が絶対大丈夫なんて保証はないわけで、大丈夫なんだろうかと心配になる。
また私のような一人暮らしならば良いが、家族特にお子さんがいるような家庭で、PCの画面を見られても、それは守秘義務に違反しないのだろうか?
私が悪意を持ち、ハッカーの知識があるのだったら、うちの会社のようにリスクをしっかり検証せずに「テレワークをどんどん進めていく」企業なんて、素晴らしいターゲットになる。

テレワークを推奨するニュースや新聞の記事って、やっぱりテレワークでやっているんだろうか?
ニュース原稿は、どんな場所で書いても問題ないのだろうか?
そしてその記事を書く人たちは、テレワークに関する「リスクの知識」をちゃんと持っているのだろうか?
とっても表面的に「通勤をしなくて良い」とか「どこでも仕事ができる」とは書いてあるが、リスクについてはあまりお見かけしない。
コロナ禍がまだまだ収まらない今、今年の後半には
「企業の顧客リストにアクセスされていた」
「新製品の情報が漏れていた」
「社員の給料情報が改ざんされていた」
なんてニュースが流れないことを祈りたい。
そしてそんなニュースが流れると、またニュースや新聞では「リスクを検証していなかった」と批評するんだろう。

| | コメント (0)

2020年7月20日 (月)

数年後を考える目と数十年後見据える目

「何十年に一度の豪雨」
数年前からニュースや天気予報でよく聞かれるようになった言葉だ。
もう毎年のように言われるので「想像も出来ないほどのすごい規模」という緊急性が伝わらなくなってしまった。
今年も九州や東海地方にこの「何十年に一度」の豪雨が発生し、大きな災害となった。
「コロナ禍」の途中から「避難時の対策」が話題に上り始めていて、準備していた自治体、これから議論しようとしていた自治体とあったようだが、自然はそんなことお構いなしに「猛威」を奮ってきた。
20200720

九州で大きな被害となった「球磨川の氾濫」
県知事が「ダムによらない治水を目指してきたが、費用が多額でできなかった。非常に悔やまれる」とコメントしたが、あるTV番組(バラエティだけれど)でこのコメントについて、ある専門家が解説していた。
「大河川の氾濫を防ぐのは、ダムが一番良い」
その人はそう語っていた。

実際に氾濫した球磨川も、ダム建設が治水を目的にある程度まで進められていたという。
それが例の民主党政権時の「事業仕分け」と地元住民の反対により中止となり、自民党政権に戻っても「議論するばかり」で中止のままだったそうだ。
民主党政権の「ダム建設中止」と言えば「八ッ場ダム」が記憶にあるが、その時に一緒に建設中止になったのだそうだ。

「ダム建設」と言われると「環境破壊」とか「ダムに沈む集落」など新聞などのマスコミも割と「ネガティブ」なキーワードを羅列する。
そして「建設賛成派」の説明で言われる「今まで以上の災害を想定した場合」でも「そんな何十年に一度発生するかどうか分からない災害に、税金を無駄遣いするのか」という意見が、これまでは「正しいような」気がしてきた。
しかし、TV番組でも言っていたが、今回のような大災害になってしまうと「建設費よりもっと多い災害対策費用」が必要になると説明していた。

このような大きな災害が発生すると専門家たちは「ほら、警告したことが起きたじゃないか」と声高に説明するし、それまで「環境破壊」「税金の無駄遣い」と言っていた政治家や自然団体の声は小さくなる。
これを単純に「だから災害が発生しないように、公共事業にもっと税品を使うべき」となるのは早計過ぎる気がする。
ただ政治を考えるときに「目の前の困りごと」への対策と「将来発生するかもしれない困りごと」への対策の2つの視野で見なくちゃいけないことが今回学ぶべきことなんだろう。

これは企業も同じで「目の前の収益」ばかりでなく「将来の市場変化に対応するビジネスモデルへの対応」の2つの視点で経営する必要がある。
ところが戦後、高度成長時代からバブルまでに若い時代を過ごしてきた今の多くの経営層には「目の前の収益」を考える経験はしているが、「将来起きるかもしれない変化」への経験はない。
ただただ「そのうちに景気が持ち直すから、それまで耐えよう」といったような「受身的」な判断をする企業が多い。

今年は「コロナ禍」「記録的豪雨による大きな災害」の2つの悩ましい課題がある。
政治家も企業も「数年後を考える目と数十年後見据える目」のどっちも必要だけれど「あなたたちは、どう乗り切りますか?」と世界中、そして日本全体に問いかけられ始めた時代の始まりなのだろう。
我々会社勤めの人間にはなかなか「経営層」を選ぶことは難しいけれど、政治家は「選挙」があるから選ぶことができる。
次の選挙からは「数年後を考える目と数十年後見据える目」を持っている人かどうかで選んでみたいと思っている。

| | コメント (0)

2020年7月13日 (月)

コロナ禍の株主総会

20200713 今年3月~5月にかけて「新型コロナウイルス」騒動について、書いてきた。
その後、速やかに治まったわけでなく「緊急事態宣言」「県を跨いでの移動」などが解除され、徐々に経済活動の復活に舵を取りつつある。
とは言え、やはり「人が動く」「感染が拡がる」のは避けられず、東京では終息していく感じになっていない。
そんな状況の中、上場企業の悩みのタネは「株主総会をどうするか?」という問題だった。

再雇用の立場になってから、広報・総務や人事など「管理本部」の業務を手伝うようになったことは、ずっと以前に書いた。
手伝う範囲は毎年いろいろ増えている(良いことか悪いことか分からないけれど)。
ちょうど手伝い始めた年度から、それまで自社内で開催していた「株主総会」を、公共施設を借りて開催するようになり、そのサポートもしてきた。

ところが今年は「新型コロナウイルス」「3密」を避けるように言われている真っ最中に「株主総会」シーズンがやってきた。
各社とも「どうする?」という状態になり、当社の総務部長・副部長は連日頭を悩ませていた。
普通だと「出来るだけ多くの株主様に来場していただけるよう」と準備していたのが、今年は真逆。
「どうしたら株主様に来ていただかないようにするか?」が大きな課題となった。
当社の株主総会は6月末なので、早めに開催される大きな企業の状況を参考にしながら、準備したがやっぱり分からないことも多かった。

まず事前に株主様に送付する「招集通知」「出来るだけ来場せずに、議決権行使書の利用」を促すコメントを記載した。
そしてこれは「新型コロナウイルス」対策ではなかったが、来場記念品の進呈もやめた。
会場も公共施設だったが、やはりそのような施設も対策のために、予約受付を中止したために、数年ぶりに自社開催とした。

事前にリハーサルを行うのだが「席と席との間隔」「役員全員のマスク着用」「議長席・答弁席のシールド」など例年とは全く異なる配慮や準備が必要なことが次々に分かってきた。
そんな状態なのに、管理本部内の他部署が「準備が悪い」などと陰口を言っているのを見て、「自分は何もやっているないのに批判するのは卑怯だ」と例の拉致被害者である横田滋さんが亡くなった時に、息子さんが「マスコミや政治家」に対してコメントした言葉を思い出した。
どうも最近はSNSの発達のせいか「傍観者」が無責任に「辛辣な批判」をするのを目にするが、同じような傾向が自分たちの周りにも増えている気がする。

たまたま私が受け持っている案件のお客様が、当社より2週間早く総会が開かれ、ご担当者も「広報部門」の方だったので、いろいろ教えていただいた。
「送迎のバスはなし」「お土産なし」「総会後の見学ツアーもなし」として「せっかく来ていただいても、何も楽しいことがない総会」として準備したとのことだった。
さらに受付時には「非接触検温」していただき、もし熱がある方は別室に案内する準備もしたと教えていただいた。
他の企業も似たような対応で、新聞などによると「前年の10分の1」程度の株主様の出席だったようで、開催時間も30~40分と、いつもの半分くらいで終了する企業が多いようだった。

最後に残った課題は「質問される株主様を、どこで話していただくか?」だった。
例年は係員がマイクを持っていくのだが、今回は「マイクに触ってほしくない」「使用後はマイクカバーを変更」「マイクそのものを消毒シートで除菌」と対策を考えた。
最後に、コンサル会社のアドバイスを参考に、会場の真ん中に「マイクスタンド」を設置し「質問する株主様は、わざわざ移動していただく」ように準備した。

一番懸念していたのは、株主総会当日までに社内で感染者が出てしまうことで、もしそうなったらすべての準備が無駄になる。
幸いそんな最悪なことも発生せず、当日は天気も雨模様で、株主様の質問もなく25分くらいで終了した。
いろいろ大変だったが「新型コロナウイルス」がなければ、このようなことをすることなく、なかなか貴重な経験だったとポジティブな感想を持っている。
ま、もちろん無事に済んだから言えるのだが……。

| | コメント (0)

2020年7月 6日 (月)

「燃えよ剣」再び

2018年12月に「司馬遼太郎の戦国時代再び」で、20~30代のころに読んでいた「司馬遼太郎」の小説を読み返し始めた。
一度読んでいるので、あまり急ぐことなく寝る前に少しずつしか読まないため、なかなか進まなかったが、「国盗り物語→新史太閤記→関ヶ原→城塞」と読み終えた。20200706
読み返して改めて思ったのは、後半の「関ヶ原」「城塞」「徳川家康のダークサイドの部分」を何度も書いてあり、これを若い頃を読んだために、私自身の中の「家康像」が暗いものになっていたということだ。
「家康は平和が続くことを望んだ」と最近は言われるが「そうかなぁ?」と思ってしまうことも、その影響の延長だろう。
それに「歴史」というものは、時代が変わると「新たな発見」とか「新しい歴史観」によって変化していくために、昭和時代に書かれた「司馬歴史観」は、今の感覚から少し異なりつつあるということも感じた。

一応これで「戦国時代」は一区切りし「新しい本を買うか、今までの本を読み返すか?」と思って、今まで買ったものが並んでいる本棚を見ていて「燃えよ剣」が目についた。
幕末ものはたくさん読んでるけれど「幕府側の本は、読み返してないなぁ」と気づいた。
ということで、さっそく読み始めた。
やっぱり面白い。

司馬遼太郎さんの描く「土方歳三」は、あまり女にも思想にも興味がなく「新選組」という「組織を造り上げることのみ」に力を注ぐタイプとしている。
(最も後半に「お雪さん」が出てくると、少々艶っぽい「歳さん」になるのだが)
この「燃えよ剣」は、司馬さんの書く幕末ものとしては、あまり思想的な話が出てこない。
もちろんそれなりに出てくるのだが「新選組」視点で描かれているため「大政奉還」「王政復古のクーデーター」などは、遠い世界での動きで「新選組」は気がついたら「朝敵」になっている。

若い時には、「佐幕」「倒幕」「攘夷」「勤王」といった思想的な話が面白くて読んでいたけれど、この15年くらい「江戸庶民の目線」的な時代小説を読んできた影響もあり、今読むと「実際にあの時代に生きていた人たちって、こんな感じだったのだろうなぁ」と思う。
「新選組」は清河八郎の思想的なきっかけで組織されるけれど、実際に活動していた隊員たちにはおそらくそんなに明確な「思想」「次の時代」なんて考えていなかったんじゃないだろうか。

今の日本人と江戸末期の日本人を年齢で単純には比較するのは難しい。
そんなに遠い過去の話じゃなく、私の子供の頃を振り返っても「学生運動」が激しかった頃の若者は、もうちょっと大人だったし、政治や国のことを考えていたと思う(思想は幼かったにしても)。
だから、坂本龍馬にしても土方歳三にしても、20代なのに、とても大人びた考え方だったり、行動だったりしている。
……と、昔は思っていた。
しかし、今回読み返してみて、そして自分が60歳を超えて、ちょっと穿った見方をしたせいか
「本当に、どこまで国の行く末を考えていたのかなぁ」
と思ってしまった。
特に「新選組」は最初の頃の「近藤勇たち」に思想があったわけではないし、天領育ちであった影響もあって「幕府ありき」の思想からは抜けられず、その視点から見れば薩摩や長州の輩は「絶対に相容れない」関係だったろう。

私より10歳上の人で、昔、学生運動をやってた人に「女の子と話せるからやってた」と聞いたことがあるが、きっと幕末の「新選組」「薩摩・長州・土佐」も、多くの人たちもそんな「軽い」気持ちだったのかもしれない。
「燃えよ剣」での土方歳三は「後世に名を残したい」とは思っていなかったようで、実際に最後の様子も、明治後密かに親族に語られたというから、本人してみれば「どうして、こんなに大きく取り上げられているんだ?」と不思議に思うかもしれない。

新型コロナウイルスの影響で公開が延長されたようだが、岡田准一主演で、この小説の映画化された。
そのCMで「幕末にわずか6年活動した」と言われる新選組。
そう思い返すとたった6年だったが、それだけインパクトの強い組織であり、活動であったのだろう。
この「燃えよ剣」を読み返して、会津に行った時に唯一訪ねられなかった「近藤勇の墓」に行ってみたくなった。
そして、そこで歳三がどんな思いで、この墓碑を建て手をあわしていたのか、思いを巡らしてみたいものだ。

 

| | コメント (0)

« 2020年6月 | トップページ | 2020年8月 »