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2020年1月の記事

2020年1月27日 (月)

お客様が絶対だという誤解

「お客様は神様です」と言ったのは三波春夫だが、このワードを検索すると、その言葉の真意は少々違うと解説されているコンテンツに出会う。
ただ多くの日本人は「お客様は絶対だから、無理難題を何とかするのは依頼された側の姿勢の問題」というような感じで捉えているのではないだろうか?20200127

その感覚がお客様はもちろん、お店側や企業側にも浸透しきっている国は日本なのだが、それが実は「働き方改革」の本質的なところだという議論は余り聞かない。
以前も、同じような話題を取り上げたが、私達の世界ではお客様から夕方に原稿を出されて「明日の朝、デザインが欲しいんだけれど」といった話はざらにある。
そんなことが積もり積もってある広告代理店の自殺者という現象が起きた。
ここで問題なのは、その「広告代理店の企業体質」ではなく「お客様は絶対だ」と考え方だという話もあまり聞かない。

そんなことを「働き方改革」というワードを聞くようになってずっと思っていたのだが、ある時YouTubeで面白い動画を見つけた。
「アメリカに来て学んだこと5選」

これを見ると自分がどれだけ「こんなの常識」と感じていることが日本独特のことなのかが分かる。
逆に外国人からすれば、日本というのは「変な常識が蔓延っている」国と見えるだろう。

「インバウンド」と言われる外国人の観光客に「日本に観光に来るなら日本のルールを守って欲しい」という気持ちはとても良くわかる。
けれど、自分たちが「常識」と思って他の国でとても失礼なことをしていないか、もう一度振り返ってみる必要もありそうだ。

特にこの「お客様は神様です」的な感覚は、お店で店員や電話をかけた時の対応が悪かったりすると「こっちは客だよ」とまでは思わないが、かなり「むっ」とすることは確かだ。
逆に企業側の都合で、客に変更を強いてくることもある。
例えば、インターネット回線の変更、そして最近多いのは携帯の3Gサービスの終了などだが、これなど「なんで企業の都合なのに、客側がいちいち手続きしなくちゃいけないんだ」と思って苦情を言ったこともある。

私の仕事はお客様が「企業」ということが非常に多いが、40年やってきて2回ばかり「お客が要望しているんだから、やるのが当たり前だろう」と言われたことがある。
その時の私の対応は決まっている。
「同じ料金内で、一番良い方法を提案しているんです。それが嫌だったら、言われたことしかしませんが、それでも良いですか?」
そして「私はこういうクリエイターなので、担当を変えてもらっても結構です」

どんなお客様にも、それなりに誠意を見せて対応させてもらっているので、そのことも分からずに「お客の言うことが聞けないのか」という人は客だとは思っていない。
これだけは、どうしても若い時から譲れないお客様との関係だ。
「お客様は絶対なのだ」という誤解をお客様も企業も、働く人も実感できるようにならないと、日本の「働き方改革」は成功しないのではないだろうか?

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2020年1月20日 (月)

知らなかった世界の話

小さい頃、家はおもちゃ屋だった。
「商売をやっている」からという理由と私が生まれる前に飼っていた犬が死んで、お袋は「あんな悲しい思いは二度と嫌だ」という2つの理由でペットを飼ったことがない。
それでも少しだけ文鳥を飼ったことがあるが、猫とか犬とかは、全く無かったし、近所の犬に兄が噛まれたのを目撃して以来、特に犬は苦手だった。20200114

結婚した相手は動物好きで、同棲した時に猫が3匹居て、そこで「動物との関わり方」を教えてもらった。顔や手の持って行き方や抱っこの仕方が分かっていくうちに、表情やしぐさの面白さが分かってきた。
離婚後は、当然ペットなどは飼うような環境じゃないので、遠ざかっていたが、最近それまで知らなかった世界の話を少しだけ触れることがあった。

ある友人宅で最近、18年間飼っていた猫が死んだ。
小さい時にドブに落ちていて、拾ってきた時にはもうほとんど目が見えない状態だったということで、そのまま大人になり、18年と猫としては長寿だったが、最後はお腹に腫瘍ができ、高齢ということもあり手術もできず、そのまま天に召された。

その後にやってきたのが今度は犬なのだが、それが「繁殖犬」だったとのことなのだが、あまり「優良」とは言えないブリーダーだったようで、病院に連れて来られて、そのまま引き取りにも来ないので、そのまま保護犬となったそうだ。
友人宅に来た時に見たが、そんなに人は怖がらないけれど、近くにも来ない。
それと部屋の中もほとんど探検しないし、外に出すと硬直してしまう。
ゲージを見るとさっさと入って、食事以外は、ほとんど動かない。

そんな「元繁殖犬」というものを初めて見たので、ネットで検索してみたら、あまり良くないブリーダーだとずっとゲージに入れっぱなしということで、「これじゃ、外が怖いのは当たり前かぁ」と思ってしまった。
さらに調べていくと「ブリーダー」という言葉と「パピーミルという言葉が出てきて、これをわかりやすく言えば「繁殖家」「繁殖業」の違いだということだ。

前述のように、まったく「ペット業界」からは遠い世界で生活してきたので、この「繁殖業」という「命で金儲けしている」商売というものを初めて身近に感じた。
TVやニュースでたまにそんな「悪徳」的な人たちは取り上げられる。そんなのは「特別」だと思っていたが、その犬を保護した人によると「そんなブリーダーばっかりだ」とのことだ。
「ブリーダー」と名乗るのならばゲージに閉じ込めたままで、人と触れ合う楽しさも感じさせないようなことはして欲しくないなぁと思う。

日本は「ペットを売る店がある」という点で、恥ずべき国だと思っていた。
TVなどではドイツでは「ブリーダー」「譲渡会」でしか入手できないと聞いたことがあり、ステキだと思っていたが、その「ブリーダー」にもいろいろあると知ると、ちょっと絶望的な気持ちになる。
もちろん、そんな「ブリーダー」ばかりじゃないだろうが、友人宅にやってきた「元繁殖犬」「人との触れ合ったり、外への散歩が楽しくなって、静かな余生が送れるようになると良いなぁ」と、今まで知らなかった世界を覗かせてもらった気がしながら、その犬を撫ぜてみた。

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2020年1月14日 (火)

訃報 今宮 純

このブログも長くなった。
今回のような「訃報」のことを書くのは何度目だろう?

「今宮 純」氏。
知っている人は知っていると思うが、あまり現在では有名な人じゃない。
たまにブログでも取り上げるが、私はモータースポーツが好きだ。
特に有名な「アイルトン・セナ」が存命で、ホンダが強く、そしてフジテレビがF1放送をしていた頃は、日本中が「F1ブーム」で、よくメディアでも取り上げられていた。
20200114_20200111160301そのブームの仕掛け人の一人でもあるのが、この「今宮 純」氏だ。

「F1ブーム」のきっかけは「中嶋悟」氏が、F1カテゴリに日本人として、初のフル参戦したことだったが、その当時からF1の解説、そして日本に「フォーミュラ・ワン」の世界を分かりやすく紹介した人でもある。
それまでのモータースポーツといえば、国内レースに限られていて、「F1」なんてのは夢のまた夢の世界の話で、私たち素人が知る情報なんて、とても少なく、そして曖昧なものだった。

「今宮 純」氏は、テレビの解説だけでなく、当時良く特集を組んでいた「Nummber」という雑誌や新聞のモータースポーツ欄にも記事を書いていて、一生懸命読んだものだ。
確か、奥様の雅子さんが通訳で夫婦して、世界中を飛び回っていると読んだ記憶がある。
「F1」中継の地上波がなくなり、私も年齢ととともにレース観戦しなくなって、最近の活動からは少し遠ざかっていたけれど、年明けのこのニュースは、ちょっとショックだった。

もしかすると以前、書いたかもしれないが私は20代の前半に一時期一人で良くレースを見に行っていた。「中嶋悟」がまだ若い時代だが、その時に「新進気鋭」の期待のレーサーがいいなと思って応援していた。
しかし富士スピードウエイの事故で亡くなってしまい、あまりのショックにレース観戦できなくなってしまった。
再開したのは10年後。レーサーやライダーが文字通り命を賭けて勝負に挑んでいるレースを見るには、それだけの覚悟がいるのだと思い知らされた経験だった。

図らずも「今宮 純」氏が、例のアイルトン・セナが亡くなった直後、TV放送で
「セナが死んでも、F1は続いていくのです」と嗚咽しながら話す姿は、私の「レースを観戦する覚悟」を話してくれたようで、彼の解説者としての矜持を見させてくれた思いがした。
その頃、「古舘伊知郎」がブームに乗り実況中継していたが、セナが亡くなるとさっさと辞めてしまうのとは大違いで、ますます「今宮 純」という人の「F1愛」を感じたものだった。
レースで亡くなった人たちと天国でいろいろレースについて語ってください。

合掌。

 

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2020年1月 6日 (月)

イチローの言葉の重み

今日から仕事始め。
カレンダーの関係で5日まで休めたのは嬉しいが、月曜から始まるのあ「最初からフルに1週間は嫌だなぁ」と思う。
4日から始まれば「これはない」とか、今年のように6日からだと「最初から1週間は」とか、結局のところ必ず「文句」を言っている。
まぁ、でもこれも定年後の再雇用として「いつまで、こんなこと思うのだろう」と少々複雑な気持ちで「働き続けられていることに感謝しなくては」とも思っている。20200106

そんな話に関係あるのか、ちょっと微妙だが年末にニュースに聞いた言葉が妙に残っていて、この正月中「本当にこれからの人たちは大変なのではないか?」と思っていた。
それは、イチローの言葉だ。
日本どころか世界で有名なイチローは、私の住む地方の出身だ。
その関係で、毎年年末になると地元の少年野球大会「イチロー杯」を催されるのだが、現役引退した昨年で最後となった。

地元なので、そのニュースを各テレビ局が流したのだが、そこでイチローが語った言葉が「働き方改革」とか「パワハラ」とかいろんな角度でいろんな変化が起きて、混迷している「今」の、とても核心を突いた言葉だったように感じた。
少し長いが引用してみた。

「教える側の立場も難しいらしいですね。先生よりも、どうやら生徒のほうが、力関係が強くなってしまっている、というような状況があるみたいで。
このことに僕は今、心配しているというか、どうやって教育するんだろうと、よく考えることがあります。時代の流れなんでしょうけれど、先生から教わる大切なことはたくさんあります。
謙虚な気持ちで受け止めてほしい。
厳しく教育するのが難しくなっているらしい中学校、高校、大学。社会人になる前に経験する時間、そこで自分自身を自分で鍛えてほしいというふうに今、そのことがすごく大事な事だと思います。
厳しく教えることが難しい時代に、じゃあだれが教育をするのかというと、最終的には“自分で自分のことを教育しなくてはいけない”。
そういう時代に入ってきたんだなというふうに思います。
自分には厳しい先生がいたので、なかなかそうは思えなかった。
今はそれが大切なことと覚えておいていってほしい」

本当にそのとおりでイチローよりも遥かに年上の私達は、やっぱり怒られたり怒鳴られたりして成長してきた。
でも、今はそれが難しい時代になったけれど、果たしてそれって、これから時代を担っている世代のためになっているのだろうか?
実感として「厳しい指導」は嫌だったが、怒られなくなることで「成長」を感じたし、あとになってみて「ああ、大切なことを言われていた」と気づくことの方が遥かに多かった。

でもそういう「厳しさ」を排除する時代だと、そんな実感もないだろう。
イチローの言う通り「自分で自分のことを教育しなくてはいけない」わけで、それが出来なかった人たちは、社会に出てもドロップ・アウトしてしまうだろうし、世界に出ていって勝つことなどは出来ないだろう。
結局、あとになって「もっと厳しい局面」にぶち当たるわけで、一体今の傾向は、若い世代のためになっているだろうかと疑問に思うことが多い。
「パワハラ」働き方改革」などと言った言葉を聞くたびにちょっと「モヤモヤ」していた気持ちを見事に言い切ってくれたイチローは「さすが」と言えるが、さて、この言葉の聞いた子どもたちは、イチローの伝えたかったことがどこまで届いているだろうか?

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2020年1月 1日 (水)

2020年 謹賀新年

明けまして、おめでとうございます。

ここのところ浮世絵や日本画を題材として年賀状を創っていますが、

最近では親戚の叔母から「今年はどんなのにするの?毎年、楽しみにしてる」と言われ、少々プレッシャーを感じています。

 

今年の題材は広重の名所江戸百景から「亀戸天神境内」

江戸時代小説には必ず登場するこの場所を一度は訪れてみたくて

昨年、東京出張の時に、寄り道して訪ねてきました。

浮世絵の当時と同じ風景が見られることに、一人にんまりしながら、日照りの強い境内を歩いてきました。

 

ジャポニズムに湧く当時のパリでは、クロード・モネがこの浮世絵に影響され「自宅に日本庭園を造った」とか。

日本人として、ちょっと嬉しいエピソードです。

 

今年も、また一年どんな年になるのか、楽しみにしつつ、よろしくお願いします。

 

2020nenga

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