« 2019年11月 | トップページ | 2020年1月 »

2019年12月の記事

2019年12月23日 (月)

2019年を振り返る

20191223 平成まではこの日は「天皇誕生日」として休みだったが、時代が変わり祝日ではなくなった。
会社も今週で終わり。
土曜の28日は出勤日となっていて「大掃除」となるのだが、再雇用の立場ということで「休んでも良いよ」と言ってくれているので、それに甘えようかと思っている。
ということで、このブログも今年で最後。
恒例のこの1年を振り返ってみたい。

●令和時代、始まる
昨年から分かっていたが、5月1日に「令和」になった。
しかも先の天皇陛下が「生前退位」され、1ヶ月前の4月1日に「新元号」が発表され、報道もネットもちょっと狂騒曲状態だった。

天皇陛下と元号が変わるのは「昭和から平成」の時に経験したが、あの時は「昭和天皇崩御」であり、国も街も報道も静かだったが、今回は「生前退位」ということで全面的に「おめでとう」という空気が満載だった。

それと皇后となられた「雅子様」が、それまでメンタル的な病気もありどちらかというと「バッシング」の空気が強かったのに、世界中のトップの訪問を受けても、「通訳なしで応対する姿」がスポットを浴び、一気に「新しい皇后陛下はステキだ」となったのが印象に残っている。
この雰囲気は11月に行われたパレードでも、「雅子様中心」の報道と、続いている感じだった。

●下の3世の幼稚園
これはついこの前に「七五三」の話題でアップしたが、3世たちの成長を見ていると本当に「あっ」と言う間に時間が過ぎていることを感じる。
「七五三」でお参りに行った時に、元の奥さんが娘に「来年、前厄だっけ」と言っているのを聞いてかなり驚いた。
「うそ~~」と思ったが、考えてみれば小学5年生の子どもがいるのだから当たり前だ。
早くの結婚と出産だったので、それでもまだ「前厄」の年齢だろうが、自分の子どもが「厄年」の時期になるのを聞くのはかなり衝撃的な経験だった。

●キーボードを始めてみた
これもブログに載せたが夏前くらいから始めた。
全くの我流でとりあえずコード弾きだが、少しは弾けるようなった。
元々人とは違うキーでないと唄えない声なので、市販で売っている楽譜だと使えない。なので、結局キーを変更するので、譜面が意味なくなって読めないままになっている。
しばらくギターを触らなかったら、指先が柔らかくなってしまい、最近はキーボードとギターの両方触るようにしている。
そんなある日、会社の関係で大きなイベントを訪問した時、有名な「ヤイリ」というギターメーカーの職人さんが立ち上げた新ブランドのギターを見かけた。
しばらく見ていたら「弾いてみる?」と言われて試奏したら、めちゃめちゃ弾きやすく音も抜群。
「エレアコにすることも出来るよ」と言われて、欲しくなってしまった。
でも20万円は超えるものなので、「今はムリ」という結論になっているが、いつかは購入したい。

●クルマの安全サポート機能
これは社会的な話題になった「高齢者の運転事故」がきっかけ。
今のクルマが7年を超え、次のクルマを考え始める時期に来ているために、ついついそんな話題が気になった年となった。
各メーカーがどんどん安全サポート機能を充実させてきているので、これからも注目しておかないといけないと思う1年だった。

今年も無事に1年が終わりそうです。

1年間ありがとうございました。来年も良い年でありますように。

| | コメント (0)

2019年12月16日 (月)

年金シミュレーションをしてみたら

20191216来年は63歳になる。
還暦を迎え、定年退職後も再雇用の立場で、相変わらず毎日会社に来ているので、あまり変化がないような気がするが、確実に「年金受給者」になる時期が近づいている。
我々の年齢は「段階的受給引き上げ」がモロに影響する世代で、半年違うだけで「受給開始年齢」が異なっている。
「損だなぁ」と思った時期もあるが、そんな私でも、来年には「報酬比例部分」の年金受給資格を得る年齢になる。
毎年誕生月に送られる「ねんきん定期便」を見ると65歳からは老齢年金も支給開始となるため、本格的な年金が支給されるまで、もう少し時間が要る。

そんなことを考えていて、「今のように働きながらだと、どれくらい年金がもらえるのだろう?」と思い付いて調べてみた。
「ねんきんねっと」にログインしてみたら、以前より詳しく「シミュレーション」ができる機能があった。
毎月の給料と賞与の支給額を入力して、70歳まで働くという設定でやってみた。
結果は「愕然!」
このままだと65歳の老齢年金までの年金受給額は、月に1万円ちょっとしかない。

今のところ会社からは「必要な人材」と思われているようで、それなりに待遇も良いし、幸か不幸か盛り沢山に相談や業務の依頼もある。
ただ、会社の状況も決して良いとは言えず、再雇用もいつまで続けてもらえるか分からない。
一応社内規定では「62歳まで」は無条件に再雇用してもらえるが「63歳」を超えると「こちらがやりたいこと」「必要としてくれる部門」の折り合いがつかないと他の部門への配属か、最悪退社となる。

それにこれから契約社員の年間契約金額も下がることも予想されるし(実際、冬の賞与は業績が悪いので、下げさせてくれないかと言われた)、再雇用だっていつまで続けさせてもらえるか分からない。
何とか65歳の老齢年金が支給される年齢になるまで、このままの収入で続けさせてもらい、その後は収入が下がっても良いので、もう少しゆったりと勤めたい。
「何もすることがない日々」になるには、まだ働けるし、でも今のようにフル勤務でバリバリやっていても収入は増えない。
これから「働き方」「収入」「貯金額」「体調」と、たくさんの視点でどうやって暮らしていくか、考えなくちゃいけない年齢に近づきつつあるようだ。

| | コメント (0)

2019年12月 9日 (月)

アンテナ周りの整理整頓

我が家のテレビは「地上波、BS、WOWOW、スカパー」と贅沢なチャンネル・ラインナップになっている。
しかも「ケーブルテレビ」「ネットサービス」じゃない。
さらには、一人暮らしなのに「ブルーレイデッキ」が2台、そして「液晶テレビ」が1台と、これまた贅沢な状態なのだが、おかげでテレビやデッキの裏のケーブル周りは結構「ゴチャゴチャ」している。
さらにさらに、WOWOW歴やスカパー歴が長く、途中から使用しなくなった「BS/CSアンテナ」がベランダに設置20191209 されていて、外から見ると2台のアンテナが設置されている状態だ。

このような状態で、地上波もCSチャンネルもちょっと不具合が出た。
地上波の特定のチャンネルだけ電波が弱く、ギリギリ1台のブルーレイデッキ経由のみしか視聴できない。地上波のアンテナは、マンションの共同アンテナなので、自分で調整はできないし、そのチャンネルは元々電波が弱いこともわかっていた。
「何か解決方法はないか?」とネットで調べたら「ブースター」を取り付けると改善される可能性があることが分かった。
さっそく購入してきて、取り付けてみた。
「おお!他のデッキでもテレビでもアンテナレベルが向上した!」と一件落着した。

次は「BS/CS放送」
知っている人も多いと思うが、衛星放送は豪雨や大雪など天候によっては受信できなくなることがある。
近年、夏によくある「局地的な豪雨」などが来ると、全く見られなくなる。ここ1~2年その回数が多くなっていて、秋ぐらいからはCSチャンネルでブロックノイズが出るようになった。
「これはアンテナが問題かなぁ」と思い、まずはそちらから見てみることにした。
こちらのアンテナは自分の部屋のベランダに設置されているために、一応全部自分でできそうだ。

まず、「BS/CSアンテナ」の使っていない方を撤去。
あちこち錆びているし、ケーブルも外壁を回って部屋に来ているので、撤去するだけで2時間位掛かってしまった。
撤去中にアンテナを見たが、結構古く(10年以上になっているだろうか?)そろそろ替え時なのかもしれない。そう思って何気なくショップで見ていたら、もう「4K8K対応」となっている。
「そうかぁ、もうそういう時代なんだなぁ。そのうちアンテナもテレビもデッキも買い替えないといけないんだぁ」とちょっと憂鬱になってきた。

次に「BS/CS」のアンテナケーブルの接続を確認。
こちらも古くなっていて、特にデッキやテレビと接続するプラグ部分がかなり劣化してきている。
一応、抜き差ししてきちんと接続しなおして見たが、留守録で「アンテナ接続も問題で録画を失敗しました」と録画できなかったことが発生。
「こりゃダメだ」と新しい分配器やケーブルも購入。ついでもこちらも簡易的な「ブースター」も購入して、再接続。

一応アンテナレベルも向上したし、試験的に夜中に録画したが問題なかった。
これでしばらく様子を見るが、年末年始はテレビを見る時間も増え、特に「NHK、WOWOW、スカパー」などBS/CSにチャンネルを合わせることが多い。
これでダメだと、そろそろ4Kを念頭にアンテナやデッキ、テレビの買い替えを考えないといけないかなぁと思いつつ、今回のテレビのアンテナ周りの整理を終えた。

| | コメント (0)

2019年12月 2日 (月)

親孝行の真似事

もう12月になり、今年もあと終わりが近づいてきた。
前回のブログに少し書いたが、これは10月の終わりで少し前のこと。久しぶりの出来事だったので、記しておくことにした。20191202  
昨年の夏に、叔母が交通事故に遭ったことを書いた(始まりは、いとこのメールから)
この時と同じように、今回も同じ従姉妹からメールから始まった。

この「従姉妹」というのは、私の母方の兄妹の子供たちで、小さい時には良く一緒に遊んだ。その従姉妹の父親が私の母の弟で、男性は一人なので跡取りの家になっている。
その母方のお墓は、これも以前書いたが(小さい頃の風景、再び)3年ほど前に思い出しながら辿り着いたところだ。
(実はその時、帰りに兄の家に寄って話したら「墓仕舞いしてるはず」と言っていたが、今回のことでどうやらそれは違っていたことが判明した)

今回の従姉妹のメールは「その墓に自分の父親と叔母さんを連れていきたいので協力してくれ」というものだった。
春先に叔母が息子といったら、ずいぶん荒れてしまっていたらしく、みんなで墓掃除に行きたいという話になったのだが、叔父叔母の二人は、もう80歳を過ぎて、ちょっと距離があるので、もうクルマで運転するのは無理。
それに叔父もあまり外に出たがらないので「みんなと一緒なら行くって言うかもしれないから」との相談で、まあ早くに両親も亡くなっている私としては「親孝行の代わりかな」と思い、協力することにした。

当日はそれぞれの家に迎えに行き、故郷で兄貴夫婦と待ち合わせ、まずは昼食。
なかなか皆が揃うことがないので、なんだかんだと話して時間だけが過ぎていく。
「本題の墓掃除にいかないと」と腰を上げ、クルマでやっとお墓まで辿り着いた。
お天気も良く、少し雑草が生え、汚れていた墓石だったが皆で綺麗にし、その間に叔母から私たちの知らない昔話をたくさん聞きながら、1時間ぐらいお墓にいた。
叔父は思ったより元気だなぁと思っていたら、従姉妹によると「今日は特に元気」と言っていた。
やっぱり故郷で、みんなと一緒なのは良いことなのかもしれない。
それに二人共綺麗になったお墓を見て「良かった良かった」と嬉しそうにしていた。

その後、今はもうないけれど、叔父叔母の実家があったところを通り、さらに最近有名になって観光客で混雑するようになった「苗木城址」の方を回った。そのままお土産を買いに街に行くかと思ったら、兄貴がその城址の下にある「地元の人しか通らない道」に入っていく。
どこに行くのだろうと付いて行くと、私自身、高校生以来に通る懐かしい道に入っていく。

そこを走りながら叔母が「昔、ここで美空ひばりの映画の撮影があって、学校から皆で見学に来た」とまたまた昔話を聞かせてくれる。
途中廃線跡の鉄橋下で少し停まり写真を撮ったり、叔父叔母と話したりした。
この「廃線跡の鉄橋」は、これも先日ブログに載せた「残っていた北恵那鉄道の映像」の鉄道のもの。
ただ木曽川に架かっている「奇跡の鉄橋」ではないが、すごく高さがあって、これはこれで立派な「観光資源」と思えるものだった。

その後、街で土産を買い、帰路につき、叔父叔母をそれぞれ送って帰ったが、もし私の両親が生きていたら、きっとこんな感じで世話したり、どこかに連れて行ったりするのだろうと、少しだけ「親孝行の真似事」をした貴重な経験だった。

| | コメント (0)

« 2019年11月 | トップページ | 2020年1月 »