« 残っていた北恵那鉄道の映像 | トップページ | 「世界は1つ」は幻想なのか »

2019年9月 2日 (月)

エアコンとシャワーがあることの幸せ

9月になった。20190902_20190805131901
私の住む地方は、夏が暑いことで有名だ。
日本で暑い夏と言えば「京都」が有名だが、私の住む地方も負けないくらい暑い。 
元々岐阜の山奥の出身なので、夏の暑さには強くない。
暑いだけならまだ良いが、私の住む地方は「湿度」も高い。
若い頃、デパートから外に出たら、湿度で「眼鏡が曇った」のに驚いた経験がある。

そんな暑い環境の中、このブログにも書いたが、昨年から自転車通勤を始めた。
おかげで、朝会社に着いた時には「汗びっしょり」になるし、帰宅した時も「シャワーに直行」する。
そんな時「若い頃から比べれば、贅沢な暮らしになったものだ」と毎回思う。

高校を卒業したあとしばらく働いたが、デザインの学校に入り直した。
その時は6畳トイレ付きの古いアパートで、バイトしながら暮らしていた。
今から40年くらい前なので、まだまだエアコンは「ちょっと贅沢な家電」という感じだった。
すでにクルマにはエアコンもしくはクーラーは付いている時代だったので「クルマの方が涼しいなぁ」などと言ったりしていた。
ただ、今のように連日「35度を超える」ような「猛暑日とか酷暑」なんてのは、超珍しい時代だったので「暑いなぁ~~」と思いながらも、何とか寝られていたし、暮らせていたと思う。

さらに、そんなアパート暮らしだったので、当然「風呂」なんて付いていない。
だから夜に「銭湯」に行って汗を流す。
でも帰ってきて暑いアパートにいると、また汗ばんでしまうという感じだった。

その後、転居したり結婚したり離婚したりなど目まぐるしく住まいは変わっていく。
特に離婚後は、またまた6畳トイレ付きの古いアパートに逆戻り。
さらに2階に住んでいたので、夏の夜など、とても寝られるような状態じゃなかった。
その後も転居は続いたが「風呂」はともかく「エアコン」は、どうしても「贅沢品」の感覚があり、今のマンションを中古で購入した時に、やっと各部屋にエアコンを付けてみた。

だから家にいれば「エアコンがあって涼しく」、汗ばめば「いつでもシャワーを」なんて暮らしになったのは50代になったからだ。
昭和30年代の前半に生まれた私は、この「エアコンとシャワーがある生活」をとても恵まれていると感じるし、「贅沢な暮らし」とも思う。
当然、今のような灼熱の夏となる時代、適切な冷房施設がないと命に関わる。
シャワーはともかく「エアコン」「贅沢品」ではなく「命を守る設備」になったようだ。
帰ってきて、シャワーを浴びエアコンで涼した部屋にいるたびに、そんなことを思いかえす夏も後半に差し掛かってきた。

|

« 残っていた北恵那鉄道の映像 | トップページ | 「世界は1つ」は幻想なのか »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 残っていた北恵那鉄道の映像 | トップページ | 「世界は1つ」は幻想なのか »