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2019年3月18日 (月)

「デザイン」の範囲が違ってきた

仕事の関係で、デザイン系の専門学校の課外授業をすることがある。
最初にやったのは20年くらい前で、一時期その学校の「社会人向け講座」を受け持ったこともある。
20190318
そんな流れから、3年くらい前から「ある検討会」に出席している。
詳しくは「守秘義務」があるので書けないが、学科の講師や他の企業の方も出席しての会合だ。
   
私はもちろん「企業側のスタッフ」として出席するのだが、私を含め他の企業の人達がまったく同じようなことを発言した。
それは「ただ絵を創るだけのデザイナーは、もう要らない」ということだ。
「グラフィックデザイン」は、昔は「図案」と呼ばれていて「ビジュアル制作の専門家」という位置付けだった。
 
私たちの若い時代、「グラフィックデザイン」「印刷物制作」にとても近い関係で、プロフェッショナルな領域だった。
しかし、デジタル化が進んだことにより「誰でも簡単に、それっぽいビジュアルができる時代」になった。この系統の話題は、このブログで何度も取り上げたが、ついに「デザインの定義」を見直す時期が来たことを、その会合では実感した。
 
ある企業の方は「とりあえず制作スタッフで入社してもらうけれど、ちゃんと考えることができる人材でないと必要ではない」と言っていた。
あるプロダクションの社長は「パッケージのデザインでも『売り方』とイメージできないと使えない」とも言っていた。
私は、常々会社の中で「ビジネスプランが理解できなければ、デザインとして使えない」と言ってきているが、他の人の発言を聞いていて「やっぱりどの企業も同じことを感じているんだ」と確信した。
 
この変化はとても重要だ。
私自身を振り返れば、学生時代に教科書のスミにマンガばかり描いていて、写真やイラストにも興味を持った。
今だって多くの若い子は「ビジュアル作りが好き」っていう子が多いだろう。
ところが社会は「ちゃんとビジネスが理解できて、考えられるデザイナーが必要」と言い出した。
そうなると「ビジュアル作りが好き」と言う子は、これからどうしたら良いのだろう?
 
グローバルな時代なので、英語がわかるデザイナーがいると良いが、そもそも英語に興味があれば「デザイナーになろう」と思わないだろう。
「デザイナーになりたい」という気持ちと社会から「こんな生徒を育ててほしい」は、大いなる矛盾を生む状態になりつつある。
 
私たちがいる企業も大きな変化にいち早く対応しなくてはいけない時代だが、学校もそうなのだと、そして今は、どの業界、どの分野、どの職業でも劇的変化が起きている真っ只中なのだと感じざるを得ない会合だった。

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