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2018年12月10日 (月)

文章能力は大丈夫か?

昨年、夏に無事に定年となり「再雇用」になっていることは、今まで何度か書いてきている。
そんなふうに社員としての立場が変わったことと、上司である本部長、そして総務部門の思惑もあり、「お客様向けの活動」から「社員向けの広報活動」に業務がシフトしつつある。

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その中でも一番負荷が大きいのは「社内報」という社員向けに情報を伝えるツールの制作がある。
いろんな部門の情報を掲載して、社員全体の共有感や啓蒙などに役立てるツールだが、その特性上、社員が作った文字原稿が送られてくることが多い。
その中には、かなり文章が怪しいものが見受けられる。
 
怪しい文章で多いのは営業部門からの原稿だ。
我が社の営業部門のスタッフは、基本「大卒」が入社している。学校のレベル差はあるにしても「大学」と言えば、一応「最高学府」なのだが、とてもそういう学校を卒業してきたと思えないような文章を書いてくる。
 
よく言われる「ら」抜き言葉は、当たり前と言うか時代の流れで「仕方ないかなぁ」と思う。
なかには全く「何を書いているか分からない」という文章もある。
ツール制作する時に、一生懸命文章を読んで、何とか語彙を汲み取って、添削して組みなおしてあげることもある。
しかし、全く「何を言おうとしているのか?」分からない文章の場合は、修正すらできないので「何を書いてあるのか分からないので、書き直してください」とコメントを付けて返す。
 
30代中版から下の若い世代は、送られてくるメールを読んでも「文章力」の無さを感じることがある。
LINEのような短い文章でやり取りするSNNが普及した影響なのか、短文ならすごく速く返してくるが、ちょっと説明的な文章になると、途端に「?」となる文章になる。
 
私も経験したから分かるが、今後、年齢や役職が上がると、どんどん「文章で報告」することが増えてくる。
そういう意味では、今の私の上司も苦しんでいて、以前はよく私に「ちょっと文章チェックして」と頼んできたが、最近は少し慣れたみたいだ。
結局、自分で努力して解決するしかないけれど、今のような文章能力だと「大丈夫か?」と思わざるを得ない。
 
と、ここまで、偉そうに書いてきたが、いつも思うことだが、「今の人たちは」という話題の時には「私たちもそう思われていたのかも」と感じる。
それでも何とかなってきているので、次の世代は次の世代なりに、何とかなっていくのだろう。
逆にそれだけ、私たちの世代は終わりつつあるのだと思うようにしている。

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