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2018年12月 3日 (月)

「自己責任」は街中に溢れていないか?

自転車通勤を始めてからまもなく半年近くなる。
暑かった夏を乗り切り、タイヤの空気圧を調整したら、ずいぶん乗るのに楽になった。
そのおかげがどうか分からないが、健康診断で今まで5~6箇所くらい「要注意」マークがあったのが減った。クルマで通勤するよりは運動しているということなのだろう。
 
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ところで、少し前に「ニュースの多様性」 にも載せた話題以来「自己責任」という言葉が氾濫している。
そんな言葉が耳に残った状態で、街中を自転車で走っていると「歩きスマホ」の多さに驚く。
感覚としては「2人に1人くらい」だ。
 
真正面から自転車で近づいていくのに、本当にギリギリの近さまで気づかない。
こちらも「当然気づいていないな」と思い避けながらすれ違う。
一度はちょうど曲がり角で出会い、あぶなくぶつかりそうになった。
向こうも「びっくりした」と言っていたが、「これが自転車なく、クルマだったら轢かれてるよ」と思った。
 
じゃ、自転車側はどうかというと、これまた酷い。
「スマホしながら、手放しで運転」なんて論外だが、意外とやっているのは学生が多い。
以前、女子大生がお年寄りにぶつかり、死亡させたニュースを見たが、自分は大丈夫だと思っているのだろう。
 
それと「信号無視」は多い。
自転車に乗っていると、停まるのが面倒と言う気持ちは分かるが、小さな交差点ではまず守らない。
さらに、信号のない交差点では、左右も見ずに突っ込んでいく自転車は多い。
こんなふうに「危険だなぁ」と思う自転車に乗っている人は、学生やオバサンが多く、想像だが免許とか持っていないので、交通ルールがあることすら知らないのではないだろうかと思う。
 
自転車は昔からあるし、私も子どもの頃から乗っている。
でも最近は、あの頃のとは比較にならないくらい、街中に「危険」が溢れている。
これは、「スマホ」と言う便利なツールを手に入れたことで発生した、新たな「リスク」なのだろう。
人類が「クルマや電気や暖房器具」など、便利なツールを手にすると、新たなリスクが増えることを繰り返している。
これが限界まで行くと、規制やルールができるのだが、それまではこれらのリスクを「自己責任」で片付けていて良いのだろうか?
 
おそらく、近い将来「歩きスマホ」の危険性を法的にも規制されるのではないだろうか?
そんなことを思いながら、毎日、冷や冷やしながらの自転車通勤を続けている。

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