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2018年11月の記事

2018年11月26日 (月)

今日は昨日の続きでなく、明日は今日の続きじゃない

久しぶりにTVニュースを見て、ひっくり返った。
NHKの9時のニュースを見るまで、知らなかったので、最初は「何のニュース?」と思って見ていた。
そのまま夜10時に行われた「日産社長の会見」も見た。
20181126
 
その後、ネットや新聞で詳しく報じられていた。
今回、日産と言う企業にも「有価証券報告書の虚偽報告」という罪もあるわけだが、日本でも行われるようになっ「司法取引」により、検察に協力したとの事。
「50億円」なんて数字を言われても、ピンと来ないけれど、日本の基幹事業の1つである自動車産業に、大きな激震が走っていくことに間違いない。
 
このニュースを見て、最初に浮かんだ言葉は「驕れる者久しからず」
もっと短い言葉だと「驕る平家」ともいうが、ことわざってのは面白くて、いろんな場面に当て嵌まるものがある。
江戸時代小説を読んでいて覚えた言葉に「天網恢恢疎にして漏らさず(てんもうかいかいそにしてもらさず)」があるが、今回、まさにそれだった。
 
ゴーン氏の話は金額も巨額だし、立場が雲上人なのだが、もっとスケールが小さい話になると、自分たちの周りに同じような話がゴロゴロある。
 
長くいろいろなところで働いていると、いろんな事件に出会う。
個人的な感覚としては、企業内の小さな不正は営業系、経理系が多い気がする。
私の身の回りで起きたのは、営業系が多い。
 
●大きなお客様を獲得していた担当が、伝票不正発覚し、退職した。
 
●何度も社内表彰された営業部長が、経費不正発覚し、子会社への出向になった。
 
●お客様の販促物の管理を、伝票不正により長年隠蔽。部長は退職した。
 
●在庫管理ずさんなことが発覚し、降格の上、別部署への移動となった。
 
こんなふうなことがここ数年の間で、どんどん出てくる。
なので、定年になった時に、今の私の上司である(年下だけれど)本部長は「そういうこともなく、無事に部長を終えて、定年を迎えたことは目出たいと思うよ」と言ってくれた。
ただ、こんなに次々いろいろなことが発覚したのを近くで見ていると、冒頭に挙げた「驕る者久しからず」という言葉と、「明日も今日の続きのまま、バレずに済むと思うな」という言葉が頭を過ぎる。
やっぱり「お天道様に顔向けできないような」人生を送らないことが大切だと、このビッグニュースを見て、わが身を振り返った。

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2018年11月19日 (月)

懐かしい曲、2曲発見

YouTubeで懐かしい音楽を探して聴くことは以前「YouTubeで聴く懐かしのポップス」 で書いた。
それ以来、ちょくちょくこのブログでは「懐かしい音楽」を取り上げている。
今年になってからも「愛は傷つきやすく(ヒデとロザンナ)」 「荒井由美の時代」 を話題にしたが、最近この手の話題が多いのは、やはり年齢のせいだろうか?
こう思うたびに昔、親父お袋がTVで「懐メロ」番組を懐かしそうに見ていたことを思い出すが、今まさに私自身がその年齢になったとのことだろう。

今回は2曲。
ただ、1つはBSテレビを見ていて「そう言えば、この曲好きだったなぁ」と思い出した曲。もう1つはYouTubeを見ていて「ちょっと胸がキュン」となった思い出した曲と異なる方向からの発見だった。

坂本スミ子「夜が明けて」
これは、BSテレビで「なかにし礼」の特集を放送していて、何となく見ていたらこの曲が流れて思い出した。そもそも「坂本スミ子」という人すら忘れていたが、私が子どもの頃には、よくテレビに出ていた歌唱力抜群のオバちゃんだった。

夜が明けて
作詞:なかにし礼 作曲:筒美京平

夜が明けて手さぐりをしてみた ぬけがらのとなりには だれもいない
目をあけて部屋のなか見てみた 陽がもれる窓のそば だれもいない
夢を追いかけて ひとりふかすたばこのけむり 白い白い

夜が明けて夢をみたまくらに あの人のかみの毛が ひとつのこる
テーブルの灰皿の中には あのひとのすいがらが ひとつのこる
あせたくちびるをかんで ひいたルージュの赤が つらいつらい

われた手鏡に語りかける おんなの朝は ひとりひとり

加山雄三「僕のお嫁さん」
この曲は1969年だから私がまだ小学生くらいだ。
この頃の加山雄三の曲は、今聴くと「ちょっと恥ずかしい」歌詞が満載だ。岩谷時子さんの作詞だが、時代的にそんな時代だったのだろう。
まだ未来を夢見て、恋とか愛とかも分からないけれど、憧れを持って聴いていた頃を思い出す。
「作曲:弾厚作」のクレジットが、これまた懐かしい(加山雄三のペンネームというのはあまりにも有名)。

僕のお嫁さん
作詞:岩谷時子 作曲:弾厚作 

どこにでもいそうで どうしてもいなくて 世界中探した恋人
だれよりもきれいで だれからもまけない 世界一 素敵な恋人
皮のスカートの足首がほそくて 僕にかけ足で ついてくる
おやじにも見せたい 世界中探して見つけてきた 僕の大事な娘

よわそうでつよくて 泣虫で気まぐれ 世界でも珍らしい恋人
誰にでも愛され 誰だってふりむく 世界一 かわいい恋人
くちづけしたとき 襟足にほくろが ぼくにねだるのは チョコレート
おふくろにあわせて 気に入ってもらって そしてやがて ぼくのお嫁さん

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2018年11月12日 (月)

気がつかないうちに変化する癖(へき)

60年以上生きていると、ある時「昔からそうだったっけ?」と思うことがたまにある。
そんな時、何がきっかけだったのだろうと考えると、思い当たることと、そうでない時がある。
20181105
最近、何かモノを購入しようとすると、ネットでやたら調べる。
「ネットで調べる」ようになったのは、おそらく仕事で覚えた行動だろう。
企画立案や提案を主業務だったので、例えばお客様である企業情報や、その業界の状況、競合他社情報などなど調べまくる。
さらに、いろいろなガイドラインの解説や改訂、さらに説明会情報など、かなり広範囲に調べられる。

よく「ネットで検索したけど、情報がなくて」と言う人がいるが、それは検索方法が悪い場合が多い。
インターネットの創世記には、ヒット率は低かったが、今は違う。
「あいまい検索」「複数ワード」で検索すれば、かなりのヒット率で調べたいことがわかる。

ただしネットの情報は、怪しい情報があるので、出来る限り「出典元」が明らかなものや複数のサイトの情報などで確認する。
もちろん仕事の場合は、ちゃんと「裏をとる」ことをしておかないと、信用に関わる。

昔はこのように「ネットで調べる」「仕事モード」の時のこうい行動だったが、スマホを持つようになって変化した。
スマホは持ち歩き出来るコンピュータみたいなものなので、どこにいても調べられる。
今の若い社員は、話していて分からない事があると、すぐにスマホで調べるが、これはある意味正しい使い方と言える。

と、このように「ネットで調べる」ことが手元でいつでも出来るようになると「仕事以外」のことでもやたらと調べるようになった。
例えば旅行先。例えば小説を読んで、分からない言葉。例えば史跡。

そして、この「ネットで調べる」にプラスしたのが「通販」
「あっ、これがあると良いかも」と思ったら「ネットで調べる」。そして、「通販で売ってないか?」とまた調べる。
商品説明を読んで分からないことがあれば、また「ネットで調べる」を繰り返す。
そして、機能と価格を比べて「これかな?」と思ったら、今度はまたその評価を「ネットで調べる」
こうして知らず知らずのうちに、「ネット時代の購買行動パターン」に沿った動きになっていく。

この中で、私自身の癖(へき)として「商品や機能の説明で分からない用語があると調べる」がある。
これは先に挙げた「仕事モード」の癖(へき)と個人的な性格があるのだろう。
先日も自動車保険を3社徹底的に調べて、コストパフォーマンスと信頼のバランスがよいところに、新しく乗り換えた。

知りたいことや欲しいものがあると、簡単に「手元で調べる」ことができる今。
とっても便利だけれど、これからもっとこういう行動が加速していくと、ちょっと怖い気がする。

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2018年11月 5日 (月)

近場の史跡巡り~うだつの上がる町、美濃。腹立ち訪問記

「うだつの上がる街」「無形文化遺産の和紙」で名前が知られる「美濃市」に、今月初めに行ってきた。先にちょっと怒りコメントを書いておく。
20181029
狙っていったわけじゃなくたまたまその日が「美濃和紙あかりアート展」の開催日だったことが災いの始まり。
事前にネットで調べて「美濃市観光ふれあい広場普通車駐車場」を目的地にナビで向かった。
ところが、パイロンが並んでいて誘導のおじさんが前の方に腕を振っていて入れない模様。
仕方なく進んでいっても案内の看板はなく、「うだつの上がる街並み」の角に立っていた誘導のおじさんに聞くと「小学校に停められるよ」と言われた。
で、ナビ画面を見ながら近くに行っても「案内看板」はない。
そのうち「裏道」みたいなところに入り、どうみても入り口じゃないところに出た。
そこからグランドが見えて、クルマが停めてあり、係りの誘導員が二人立っていてこちらを見ていたが、何も言わない。

「じゃここから入るのか?」と思ったら、クルマの底を摺った。「じゃ、どうするの?」と誘導員に大声で聞いても、遠くから指差すだけでよく分からない。
仕方ないので指差す方の細い道を行くと広い道にでて、やっと小学校を見つけた。
しかも「協力金500円」を取られたので「全然、案内看板もないし、そこでクルマこすったよ」と文句を言ったら「じゃあ、観光協会に言った方が良いですよ」と他人事のように言う。

クルマを降りて床下を見て、最後の細い道で脇の生垣の木で擦った跡を見たら、いくつかの線が付いている。タオルで拭いたら取れたけれど、もう腹が立って仕方ない。
なぜか、こういう田舎のイベントに行くと駐車場の案内がなく、迷うことが多い。
さらに誘導も悪く、チコちゃんじゃないけれど「ボーっとしてんじゃないよ!」と怒りたくなる誘導のオジサンが立っているだけということが多い。
普段は混まないから、慣れてないのかもしれないが、「美濃和紙あかりアート展」自体「第25回」となっていたから、もうちょっと観光客をうまく誘導する看板を立てるとか、誘導員に指示するとかして欲しいものだ。
それだけのことで、とても印象が変わると思うので、考えた方が良いとおもう。

さて、肝心の「うだつの上がる街並み」
最初に「旧今井家住宅・美濃史料館」に入ってみた。
ここでは、たまたま解説してくれる人がいて詳しくお話をしてもらった。
「障子の千鳥貼り」は初めて知ったし、見えない床の間の天井板に「屋久杉」が使用していたり、「水琴窟」のある庭があったり、大豪商の贅を尽くした住まいを見て驚いたが、逆に「こういうところにお金を使うのは粋だよね」とも思った。
それは、なんとかタウンの社長のようにタレントと札束切らして観光している写真をSNSに載せたり、宇宙旅行に行くと発表したりして大金持ちアピールへの反感かな?

その後、街並みをぶらぶら。
「美濃和紙あかりアート展」自体は夕方5時に灯りが点り、夜に掛けてがメインなので、街はまだ準備中。ただ、街並みとしては確かに「うだつ」は多いけれど、ところどころに普通の家やお店もあり、「ちょっと寂れた町」に見えてしまった。
街並みの長さは、ほんのちょっとだったけれど、「有松宿」 の方が雰囲気はあった気がする。

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