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2018年10月の記事

2018年10月29日 (月)

ニュースの多様性

先週ニュースとネットを見ていて、立て続けに同じようなことを思った。
 
1つ目は「プリンセス駅伝での四つんばいでのタスキリレー」
最初、これはクルマの中のテレビでアナウンサーが話していたのを聴いただけだったので、「脱水症状か何かで倒れたのかな?」くらいに思っていていた。
その後、夜のニュースなどで詳しく説明されたので状況がわかった。
20181029 
最初の印象はこうだ。
「厳しい練習してきたから、『私のところでタスキを途切れさせたくない」と思ったのだろうなぁ」。
ところがその後、そのチームの監督から「あれを美談にしないでくれ」「棄権を申し出たのに、制止してくれなかった」などのコメントが出た。
 
この監督の気持ちが一番よく分かるコメントがこうだ。
「膝から血を流してまで競技するなんて、今後の彼女の身体が心配です」
タスキを繫げようとした選手の気持ちも分かるが、指導者として選手の人生までも視野に入れていることに驚いた。
だからこそ単純な「美談にしないでくれ」と言ったのだろう。
 
2つ目はフリージャーナリストの「シリアでの拘束からの解放」
これも最初の印象はこうだ。
「生きて解放されて良かったなぁ」「日本政府は身代金とか払ったのだろうか?」
とにかく「生きて解放されて良かった」感が強かった。
 
その後、彼の過去のツィッターに「自己責任で行くのだから、日本政府は邪魔をするな」と言ったコメントしていると批判も出てきた。
このコメントが真実だとすると、彼の考え方が幼稚だなと感じる。
 
「自己責任」で危険地区に行って、今回のようなことになれば国として「自己責任で行っているから、知りません」なんて言えない事くらい、大人だったら想像つくだろう。
だから、批判的なことを言われても仕方ないなぁと感じている。
 
この2つに共通するのは、「1つの方向性」だけのニュースでなく「違う方向からの」ニュースが流れたということだ。
特に2つめの話は「過去のSNSの発言」を元に、彼の「人間性やジャーナリストとしての考え方」に対する議論になり、いかにも「多面的情報時代」らしい展開になっている。
 
この「過去のSNS発言」は、時には「重箱の隅突き」のようになることがあるが、今回のような時には大きな問題点となることが分かった。
一般の人が気軽にSNSで情報発信をする時代。
時に、お見合いの事まで載せたり、付き合う相手の過去を調べたりしているなどのニュースを聞いたばかりだった。
そんなことは「くだらない」と思っていたが、今回の2つのニュースを見ていると「多様な情報」が捕まえやすい時代になったのだと大きな変化に気づくことができた。
 
「ダイバーシティ」とは多様性のことだが、「情報」にも多様性はとても大事なのだと、そのことを忘れずにネットやニュースを眺めなくてはと、2つのニュースから感じた。

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2018年10月22日 (月)

彼岸花の花嫁行列

2015年の10月に「彼岸花の土手歩き」 でこの場所を最初に訪れた話を紹介した。
20181022
あれから、何となく毎年行っていた。
前回までのブログに書いたように、渋温泉と上田城に行った翌日で、長距離運転後で疲れていたが、時期も天気も良かったので、翌日の9月23日に行ってみた。
2015年以降、少し時期が合わなくて「まだ咲きそろっていない」とか「もう終わりかけ」という感じだった。
前回の話のように「自然が相手」は、なかなかグッドタイミングにならない。
休みや天気や開花状況など、「イマ!」というタイミングになるのは難しい。

しかし今回は「どうしようかな」と思って出かけたのに、とても良いタイミングだった。

1つは開花状況。
いつもは、満開とまだ咲いていないところと、終わってしまったところと入り乱れていたが、今回は「一面満開の彼岸花」という状況。
さらに、いつもは入り口に地元の出店がある程度だったが、今年はその横にいくつかの出店も出ていて、天気のせいもあってか、人も多い。

たくさんの人が高価な一眼レフカメラを抱えて花を撮影しているのはいつもの光景だが、今年は本当に人が多かった。
そして入り口から見える範囲全体が真っ赤に染まる彼岸花で、こんなに見事に咲いているのは初めてなんじゃないかと思った。
夏が暑かったせいもあるのだろうか?

そしてもう1つのタイミングは「花嫁行列」
毎年1組が抽選で選ばれるのだそうだが、今まで出会ったことがなかった。
それが今回はまるで狙ったように、土手を歩いていたら、向こう側からやってきた。

最初は土手下に「やけにたくさんの人がカメラを構えているなぁ」と思っていた。
「やっぱり今年は綺麗に咲いているからかな」とのんびり歩いていたら、遥か前に「赤い傘」を1本さした行列が見える。
「あれって、もしかして」と思って見ていると、やっぱり「花嫁行列」

しばらくしてすれ違う時には、周りの皆は撮影と大きな拍手で、まるで芸能人が来たような騒ぎだった。
なかには「他人の花嫁行列見て、何が面白い」と野暮なことを言っている人もいたけれど、「彼岸花と白無垢の花嫁」は絵になる風景だから、良いんじゃないかなぁと思ってカメラを向けた。

「花嫁行列」「彼岸花」の写真はコンテストにもなるようで、みんな「良い写真を」とすごいシャッター音の嵐が、これまた面白かった。

思ったように「野猿」「秋の味覚」を体験できなかったり、思わず「彼岸花と花嫁行列」に出会ったり。予定通りにならないことが出かけることの楽しさでもあると思える9月の3日間だった。

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2018年10月15日 (月)

渋温泉再び_上田城 編

2日目。
温泉に泊まる時の恒例の朝風呂に入り、朝食へ。
その後、「今日は猿が来ているかな?」とライブカメラを見たが、1頭もいない。
仕方なくあきらめてチェックアウトした。
ちなみに翌日ライブカメラを見たら、多くの猿が降りてきていた。今回は縁が(猿?)なかったなぁ。
20181015
クルマに乗って、前回寄った道の駅へ。
前回は、「ムカゴ」「ノビル」など秋の味覚満載だったが、ちょっと時期が早かったせいもあり、全然なく残念だった。どうも今回は希望通りに行かないことがいくつかあったが、その原因は季節や天候など自然が相手だから仕方ない。

「地獄谷野猿公苑」が見られなかった分、少し時間が早かったので、昔「野沢温泉」に出かけた時に寄った「高橋まゆみ人形館」へ行った。
前回はえらく混んでいたが今回はお客さんも少なくじっくり見ることができた。

そこから上田市まで高速道路で移動。
上田市について周りを山に囲まれ、広い平地のある地形を見て「ここを重要な拠点」と戦国時代に言われた理由が分かる気がした。
クルマを停め、上田城へ。

大河ドラマの「真田丸」「ブラタモリ」の影響か、すっかり観光的に整備されていたが、いろいろな城を見てきたせいか、とても興味深い城郭だった。
特に尼ヶ淵は時代の違う石垣が幾重にも重なり、初めて見る石垣群だった。
また東虎口楼門でつながる北櫓と南櫓の見学で見られた「上田戦争」のVTRは面白かった。

池波正太郎氏の「真田太平記」で読んでいるので、一次・二次の上田戦争の背景や小松姫の逸話など知っていて、結果も知っているけれど、その場所でVTRを見ながら各兵の動きを確認するのは楽しかった(かなりマニアックな楽しみ方だけれど)。
他の見学者も「分かりやすかった」と言っていたので、一般の人にも面白かったのだろう。

余談だけれど、「桶狭間」「小牧・長久手」「関が原」「大阪の陣」など戦国時代後半の大きな戦いは、ジオラマなどを使って「俯瞰」で見られると分かりやすいと思うし、その全体の流れがわかって、映画・TVや小説を読むと、また面白くなる。

上田城は大きくないけれど、博物館にも寄ったりして、夕方近くになってしまった。
出来れば「池波正太郎記念館」にも寄りたかったが、時間的にも厳しくなってしまってあきらめた。
結局「野猿公苑」「秋の味覚」「池波正太郎館」など積み残しの多い旅行だったが、「こりゃもう1回は来ないといけないかなぁ」と思い帰途に着いた。

最後にスマホアプリのカーナビで帰ったが、上田から「新和田トンネル」を通って岡谷ICまで高速道路じゃない経路で案内された。昔の「和田トンネル」は10代の終わりに仕事で通ったことがあったが、ほぼ40年ぶりにこの辺りを高速以外で運転した。
昔の「和田トンネル」は狭く、排気ガスが充満していたし、道も細く怖かったが、今はずいぶん走りやすい良い道になっていた。それだけクルマで移動する人が多くなったということなのだろう。(おわり)

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2018年10月 9日 (火)

渋温泉再び_地獄谷野猿公苑 編

先に結果を書いておくが、今回のメインの1つだった「地獄谷野猿公苑」は、猿が来ていないということで空振りに終わった。
出かけたのは、9月の後半の3連休で、初日は天気が悪く、道中ずっと雨だった。
20181009
「どうかなぁ~」と入り口まで行ったが、係りの人が「今日は1匹もいない」と話してくれた。
その頃には、雨も上がっていたが、山特有のモヤが全体に掛かっていて、何度か見学場所までの誘導を試みたが「猿が動きたがらない」とのこと。
「まぁ、動物園じゃなく自然の状況だから」と諦めた。
翌日の朝も、スマホから「ライブカメラ」を見てみたが、やっぱりいなくて、「今回は縁がなかったなぁ」と残念な結果だった。

さて、今回は2016年に行った渋温泉を再び訪ね、「地獄谷野猿公苑」「渋温泉外湯後半戦」、そして「上田城」の3つの目的で出かけた。
最初に向かったのは「地獄谷野猿公苑」
天気予報では、現地は午後から小雨もしくは雨が上がるようだったが、最初に書いたように、山全体にモヤが掛かって、「すっきり」晴れる感じにはならなかった。

それでも「せっかく来たから」とクルマを停め「公苑」まで歩き出した。
片道20~30分掛かると案内があり、駐車場からすぐの飲食店の前にいたスタッフが「今日はいないようですよ」と教えてくれた。

ずっと山の中を歩いて向かったが、帰ってくる人の半分以上が外国人。
ここでもやっぱりインバウンドの影響を感じざるを得なかった。
入り口前は「地獄谷噴泉」のすぐそば。
今まで、有馬温泉をはじめいろいろなところで、源泉場所を見たが、ここまでずっと勢い良く吹き出ている噴泉は初めてだった。
周囲はずっと硫黄の匂いがして、「大自然の贈り物」の感じが満載だった。
その後「野猿公苑」に行ったが、最初に書いたとおりで、諦めて山を降り宿泊する旅館に行った。

前回は「温泉街の入り口側だったので、今回は「一番奥側」に宿泊。
チェックインしてひと休みしたら、まだ明るい時間だったので、外湯巡りへ。
前回行けなかった「五番湯 松の湯」「六番湯 目洗いの湯」「七番湯 七操の湯」「八番湯 神明滝の湯」の4ヶ所。そのうち「六番湯 目洗いの湯」は改装中と言うことで入れなかったが、残りは全部巡ってきた。

今回、同じような順番で巡る人と「ここは熱いね」とか「あそこは、ちょうど良い湯加減だった」などと話すことがあり、こんなことも外湯巡りの面白さなのだと気づかされた。
また外人のカップルが写真を撮りながら巡っているのにも遭遇。
でも漢字が読めないのか、「巡り用の手拭い」「外湯の名称」を一生懸命見比べていたので、ちょっと声を掛けてあげた。
英語は全く分からないが、どうやら「手拭い」の表裏も分からないようで、「こっち」と手まねで教えてあげた。

その後、旅館に戻り休んで夕食へ。
そこで初めて「鯉の洗い」「鯉こく」を食べた。特に「鯉こく」は江戸時代小説などに出てくるので「へぇ~こういうのなんだ。臭みとかないんだな。」と思ったが、骨がメチャクチャ硬くてびっくりした。
お腹いっぱいで部屋でTVを見ながらゴロゴロした後、次は旅館のお風呂へ。
露天は2人入ればいっぱいの小ささだったが、渋温泉全体が見える眺望で、前回と違って楽しめた。
(つづく)

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2018年10月 1日 (月)

近場の史跡巡り~有松宿

なんだか最近は「近場の史跡巡り」がシリーズになりつつある。
それだけ、私の住んでいる地方は史跡が多いということだろう。
東海地区という場所は関西と関東と北陸と伊勢の4つの方向のクロスする重要な拠点だ。
だから戦国武将は、その拠点を抑えたかったし、徳川幕府を起こした家康も、西からの勢力に備えて、名古屋城という巨城を築いたと言われている。
20181001
若い頃は、やっぱり京都や奈良と言った観光的に有名な地域にしか史跡なんてないと思っていた。
ところが近年の歴史ブームとか、ネットの紹介などで実はとても身近なところにもあると分かってきたし、史跡巡りも回を重ねると、徐々に詳しくなって「ここも行ってみたい」と次への興味も沸く。
東京なんてその良い例で、もうそこら中に史跡があり、以前3日間ひたすら巡ってみたが、まだまだ行ってみたい所がある。

さて今回行ったのは「有松宿」
正式な宿場町ではなく、「有松」の名前で有名なのは「絞り」だ。

有松宿は五十三次の宿場ではなく 「間の宿」 であるが、特産品の有松絞りを郷土の土産にと、きそって買い求める旅人が多かったことから大繁盛した宿場であった。
 広重の「五十三次鳴海宿」はここ有松を描いたもので、絵の中の店先には有松絞りの暖簾が下がっている。(Wikipediaより)

場所は名古屋市の外れ。
だから自宅からクルマで1時間くらいの場所。
もちろん場所も名前も昔から知っていたし、近くは何度も通っている。
離婚したばかりの頃、子どもは近くに住んでいたし、一時期良く遊んだ友人もこの近くだ。
なのに、一度も行っていなかった。
最近、私の住む地方のローカルTV局で、たまたま「有松絞り」を紹介する番組を見て、「行ってみるか」と出かけてきた。

ネットで簡単なMapを手に入れ、駅近くにあったイオンにクルマを停めた。
街並みとしては、ほんのわずかしかないが、一応Mapをもらうために「観光案内所」に入った。
「どこから、お見えですか?」と聞かれ「いや、地元です」と答えると、「そういう人多いですよ。」と言われた。意外と近くからの人が多いようだ。

そして有り難いことに、天気が悪かったせいもあり、観光客も多くなく、ゆっくりと街並みを歩くことができた。
小さな街並みだけれど、「有松絞り」を扱った豪商屋敷を思わせる家がいくつかある。
その中には「うだつ」がある家もチラホラ。

テクテク歩いて「有松・鳴海絞会館」へ。
1階は「有松絞り」のお土産売り場だったが、有料となる(といっても300円だけど)2階へ。
そこはビデオ紹介に始まり、いろいろな絞りの種類や、道具、そして実演しているお婆ちゃんがいて、直接話を聞いたり出来て楽しかった。
お話を伺ったお婆ちゃんは「60歳過ぎて覚えた」と言っていて、ちょうど私の歳から始めたのかと話が盛り上がってしまった。

「絞り教室」には外人の観光客が熱心に習っていた。
「体験型の観光が増えた」と聞いていたが、教室はまさに「体験型」で、欧米の外国の人の方が、こういう日本の伝統技に詳しくなってきているかもしれない(笑)。

「有松・鳴海絞会館」を出て「有松山車会館」でお祭りに使う山車を見学。
この地方には、あちらこちらに「山車」があるが、これもこの地区の特徴でもある。
その後、遅いお昼を近くのうどん屋さんで食べて帰ってきた。
ちょっと出かけて楽しめる史跡は、まだまだある。
関ヶ原も行ってみたいし、実家近くの苗木城址にも行きたい。
年齢相応に行ってみたいところが近くにあるというのは、幸せなことだと思う今日この頃だ。

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