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2018年7月の記事

2018年7月30日 (月)

私の住む地域は大丈夫か?

まもなく1ヶ月近く経つが「西日本豪雨」の被災は、間違いなく今年の大きな記憶に残る災害だ。20180730
「大きな災害」というと「2011年東日本大震災」は、日本だけじゃなく世界中に強烈なインパクトを与えた大災害だった。
そのインパクトの強さは、当時このブログでも続けて話題にした。
あまりに大きな災害だったので、いろいろ思うことを変に書くより、周辺の「事実」を記録に残そうと思ってキーボードを叩いていた事を覚えている。

2016年の「熊本地震」も強烈だった。
スマホの「震度5以上」通知が二晩続けて鳴り続けた。
そして何より強烈だったのは「いつかは訪れたい」と思っていた「熊本城」が崩れてしまったこと。
さらに昨年は、同じ地区の「九州北部豪雨」で、今回と同じように山々の倒木が集落をなぎ倒していく洪水が発生した。

仕事の関係で話す機会があった大学の助教授で天気予報士の方によると、地球温暖化の影響が顕著になり、今後日本は、亜熱帯・熱帯気候への移行していくのだそうだ。
だから、「今」が異常気象でなく「気候の移行が終わるまでこれからもずっと続く」とその方は話していた。
ということは「何十年に一度の異常気象」が常に発生するということになるらしい。

そういう意味では私の住む地方では約20年前に「東海豪雨」の被災があった。
義姉の実家が水没して、たった1日だけだが後片付けに参加した。
その記憶から言えば、今回は土砂の量がめちゃくちゃ多く、場所によっては倒木も混じり、復旧作業の大変さはその時の比ではないことが軽く想像できる。
あの頃は、本当に「稀に見る異常な豪雨」と言っていたが、今では珍しくない気象になっている。

あれ以来、私の住んでいる地域は大きな災害にあっていない。
「東日本大震災」の時から「東海地震・東南海地震」の発生確率は常に高いままだが、これが発生したら私の住んでいる地域は壊滅的な被害を受けることは間違いない。
私たちの地域だけが大きな災害に遭っていないことが逆に不安を膨らませている。

特に今回は被災直後から続く猛暑で、「自然は、どれだけ災害地を苛めるのだろう」と思わざるを得ない。
いつどんな大きな災害が、自分を襲ってきても「ついに来たのか」と覚悟を決めながら生活しなくちゃいけないなぁと被災のニュースを見ながら思っている。

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2018年7月23日 (月)

自転車通勤の雑感

前回の続き(本当はそのつもりではなかったけれど……)
20180723
購入して会社とマンションの駐輪場に届出して、使用許諾のシールを貼って、あとは通勤するだけとなったが、その後雨模様が続いてしまった。
やっと「今日は大丈夫」という天気の日に、自宅から自転車で出勤。
地図アプリで調べると距離は約5km。
この距離が手頃なのか、定年退職年齢のものには、少し多いのか分からないが、初日に会社到着時には、結構疲れていた。

クルマや歩きは感じられないけれど、ちょっとした登り、特に「ダラダラ」とした道がきつい。
一応「6段変速」付だから、立ち漕ぎするほどじゃないけれど、地味に足に負荷が来る。
ま、これも日頃の運動不足、そして年齢、さら慣れなど、いろいろな原因を思いつくので「仕方ないかぁ」と素直に受け入れた。

しばらく天気にも恵まれ、自転車通勤が続いた。
1年で一番蒸し暑くなる時期に始めたからいけないのだが、とにかく汗が出る。
だから帰宅するとすぐに「シャワータイム」となる。
でも、クルマでは通らなかった道、そしてお店の発見は、とても楽しい。

「おっ、こんなところに街中華のお店」とか「このスーパーでの買い物もありだなぁ」と通る道を変える度に発見がある。
今までは「クルマで動く」ことを前提に通勤の立ち寄り所を決めていたけれど、自転車になると駐車場の心配はないし、一方通行に縛られることもないために、かなり自由に帰りのコースを選択できる。

さらに朝の通勤に思うのは、自転車通勤者の多さ。
学生や会社員、そして子どもの送迎、とにかく雑多な自転車利用者が多い。
「こりゃ、保険が必要になるわけだなぁ」と、これも利用するまで気づかなかった出来事だった。

しばらく自転車通勤が続き、どうもお尻が痛いことが木になり始めた。
購入したのは所謂「シティバイク」と呼ばれるタイプのものだが、サドルが今風で少し細身。
これが昭和30年代生まれで、筋肉が衰えている年齢には、ちょっと辛い。
乗れないほどではなかったので、「ま、いいか」と思っていたが、ある日帰りに突然思いついて、ホームセンターに寄ってサドルを買ってきてしまった。

昔からある幅広で、しかも柔らかクッションタイプ。
これに変えたら、やっぱりお尻には優しい。
気軽に「自転車で通勤」を思いついたけれど、結局いつものようにあれやこれやと悩み、少しお金も使ってしまった。

でも、街々の発見は、これからも続きそうで楽しみが1つ増えたとも言えそうだ。

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2018年7月17日 (火)

通勤自転車購入記

先週「地下鉄通勤を始めた」なんて話をしたばかりなので、今度は「自転車通勤」の話だ。
これは「地下鉄通勤」が嫌だからではなく、通勤の「選択肢を増やした」行動だと理解してもらいたいところだ。
他にも「会社帰りにいろいろなところに寄りたい」という理由もあるが……。
20180717
きっかけはある朝、起きる直前に見た夢だった。
持っていないのに「自転車がない」と探していた。なんでそんな夢を見たのか、さっぱり理由が分からないが、最近旅先で「自転車で巡る」ことをするようになった影響だろうか?

その夢を見た後、そういえば「自転車通勤」の選択肢があることに気づいた。
クルマ通勤でなくなる時に、単純に「じゃ、地下鉄にしよう」と思い、他の選択肢は考えもしなかった。
確かに家から会社までクルマで20分も掛からない。距離を調べたら5kmくらい。
さらに「自転車通勤」で検索すると、この距離なら適度な距離だとわかる。

「じゃ、購入してみるか?」と考え出して、今の時代らしく「まずネットで」調べてみた。
驚いたことに、組立完了状態で配送してくれる通販があり、保険もメンテナンスもOKがある。
昨年会社から「自転車も保険に入らないといけない」と通達があったが、その時はこんなこと考えるようになるとは思わず、全く他人事で聞いていた。
その保険すらもセットでネット通販するなんて、時代はどこまでネットで何もかも出来るようになっているのだろうと今さらながら驚く。

でも昭和生まれは「現物を見ないと」安心できない。
再雇用だから贅沢は出来ないし、まだその時期じゃないにしろ「断舎離」が近づいている年齢なのに、これからモノを増やすのもちょっと……などとも思い悩みはじめた。
昔、購入した翌日にパンクした経験があり、「パンクに強い」自転車はいるし、都会とは言え、意外と道路の高低差があり、変則器はやっぱり必要。この高低差って、クルマだと気づかないが自転車で走ってみると、結構足に負荷が掛かる。

さっそくイオンやホームセンターを回ってみた。
変速があってパンクに強いとちょっとだけ高い。
でも「パンクしない」タイヤのものだと、もっと高い。
さらに「錆びないアルミフレーム」になりと、もっともっと高い。

購入して必ず毎日に使うかといえば、雨の日は使わないだろうし、これからそんなに長く使うか分からない。
そんなことを考えて、結局一番リーズナブルそうなものをチョイスしてみた。
会社近くで購入して、そのまま家まで乗って帰ってみた。

思ったより距離がある感じだし、思ったよりしんどい感じだ。
マンションの自転車置き場に置くための申し込みをし、会社に乗っていけるようにこれも申し込み。
取り合えずこれから「自転車通勤」も通勤の選択肢が加わったということで、また新しい生活シーンを味わうことになった。

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2018年7月 9日 (月)

大都会のイメージ

今年の4月からクルマ通勤から地下鉄通勤になった。
元々部長職で早朝会議への出席のため、特別に格安で会社の駐車場を使わせてもらっていて、定年過ぎても、そのままの特別待遇だったのだが、いろいろな理由でクルマ通勤が取りやめになった。20180709
わが社の位置は、公共交通機関の最寄り駅から歩いて10分以上掛かる。
とは言え、そんなに遠距離でもないので、地下鉄通勤に切り替えた。

今までも雪の日とか業務都合で地下鉄通勤したことがあったが、改めて毎日テクテク歩くようになって気づいたことがあった。
大通りから少し入ると「桜やツヅジや紫陽花」など、季節の花々が家々や道脇に咲いている。
若い頃は、そんなことに気づく方でなかったが、これは年齢のせいだろうか?
もっとも、私の生まれ育った町だと、山々に囲まれていて、街中で花々が目に入ってくるような記憶はない(子供だったから気がつかなかったのだろう)。

私の「大都会」のイメージは、思春期に良く聴いた音楽の影響が強い。
時代的にも「自然がなくなっていき、コンクリートジャングルに囲まれた、非人間的な街」というイメージだったと思う。
そのコンクリートだらけの街の中で、たくさんの人々がただただ黙々と機械のように働いている……そんな感じだ。

吉田拓郎の「制服」という曲に、こんな一節がある。
♪どうですか東京って奴に会ってみて とうですか 東京って奴の御挨拶の仕方は
♪みんな押し黙ったままのこの人ごみは そうこれが都会って奴の御挨拶の仕方なんだよ

でも、実際に住んでみるとそうでもない。
もちろん大都会のど真ん中のオフィス街は、いろいろなビジネスの中心であって、「人」よりも「ビジネス」が優先されがちな空間だけれど、そこからちょっと外れて多くの人が住まいを構えている場所は、そうでもない。

確かに故郷の風景のように山や川や空や雲や星は遠い。
真冬の空でもオリオン座がかろうじて見える程度だ。
でも季節の花は、少しずつ見るし、最近は旬の食べ物も外食だって十分味わえる。

クルマがないと生活が成り立たないけれど、大自然が豊かに包んでくれる場所。
空や雲や緑や花は盛り沢山に四季折々に見ることができるけれど、仕事の選択肢がほとんどない場所。
たくさんの人が溢れていて、その中でも少しだけ昔風の近所づきあいのある場所。
出来合いの食べ物が多いけれど、それなりの季節感を感じるものを食べられる場所。
クルマがなくても、ちょっと行けば何でも揃うコンビニがあちこちにある場所。

思春期の頃に感じていた「大都会と自然多き地方」のイメージは、実はそんなに画一的ではないと地下鉄通勤で歩きながら、気づいた今日この頃である。

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2018年7月 2日 (月)

愛は傷つきやすく(ヒデとロザンナ)

今回のタイトルで「オオッ」と思った方は、私の年齢より上なのではないだろうか?

まったく忘れていたが、ある時「インターネット・ラジオ」というものを会社で聴きながら仕事をしていた時に、この曲が流れ「ああ、こんな良い曲が昔あったなぁ」と感動した。
すぐにYouTubeで確認して、楽譜も探して、帰宅早々ギターで弾いてみた。
20180702
YouTubeを見ていて「懐かしい音楽」に出会うことは、このブログで何度か書いた。
ところが最近は「インターネット・ラジオ」を聴くようになった。
Macユーザーでもある私は、「インターネット・ラジオ」自体はMacの国で出た頃から知っていたが、日本ではあまり展開していなかったので、まったく聴いたことがなかった。

しかし、世の中はどんどん変化する。
ある日スマホでアプリを探していたら、日本にも数多くの「インターネット・ラジオ」の放送局が増えて、スマホアプリやインターネットを通して聴くことが出来ることに気づいた。

これ、何がよいかと言うと、普通のラジオのようにDJの「しゃべり」が全くない。
淡々と音楽が流れる。
昔、喫茶店なんかで流れていて「有線放送」みたいな感じだ。
しかも聴くのにお金はいらない。

いろんな放送を試しに聴いてみたが、まずJ-POPを聴いた。
これはこれで良いけれど、年齢的に付いていけない。
そんな時「J-Pop Sakura」に行き着いた。

この放送局は日本の「懐かしい」をコンセプトとしている。
だから、冒頭の「ヒデとロザンナ」時代のものや、演歌やフォークやニューミュージックなど、とにかく私の年齢には聴きやすい曲ばかり流れる。
「J-Pop Sakura」で検索すれば聴くことができるWEBがいくつ出てくる。
iTunesから聴くことも出来るが、残念ながらMacからは周波数の関係か聴けない。
これはインターネットも同じで、MacユーザーはiPhoneのアプリだったら聴くことができる。

YouTubeで懐かしい音楽に出会った時も「こんなタイムマシーンに乗って過去へ行ったような体験ができるんだ」と思ったが、「インターネット・ラジオ」は、こちらが意図していない曲が流れるから、その衝撃度は何倍も違う。
「愛は傷つきやすく」が流れた時は「この二人、こんなに歌が上手かったのか」と改めて驚いた。

最近、プロの人が歌って「すごいなぁ」と思うことが少なくなって、歌い手が「一般的になりすぎている」気がするが、こうやって懐かしい音楽を聴くと、昔のプロのクオリティが半端でなく高かったのがわかる。
そんな音楽を普通にTVで見たり聴いたりしていた私たちの世代は、ある意味贅沢だったのかもしれない。

「愛は傷つくやすく」~ヒデとロザンナ

自由にあなたを 愛して 愛して 私はこんなに傷ついた
たとえば二人で命をたてば 微笑みさえも消える
よみがえる日々(よみがえる愛) やさしい言葉で
なぐさめつつんで そして結ばれた

その時私は あなたの指が 小さくふるえるのを見たの
たとえば涙にくちびるよせて 二人は愛にゆれる


自由にあなたを 愛して 愛して 私はこんなに傷ついた
たとえば二人で命をたてば 微笑みさえも消える
よみがえる日々(よみがえる愛) やさしい言葉で
なぐさめつつんで そして結ばれた

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