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2016年9月26日 (月)

小さい頃の風景、再び

小さい頃、私の生まれた家は「おもちゃ屋」だった。20160912_hurusato

1年のうち元旦ぐらいしか休まず、親父とお袋だけで営んでいる小さなお店だった。
だから、春と秋のお彼岸、夏のお盆、そして正月のそれぞれの前にするお墓掃除は、子どもたちの役目になっていて、私自身も物心ついた頃から、兄貴と一緒に掃除に行っていた。

掃除するお墓は自分の家とお袋の実家側の2か所。
自分の家は歩いて行ける距離だけれど、お袋側は、少し離れており、私が免許を取ってからは、お袋を乗せて一緒にお墓に行ったりもしていた。

このようにお墓の風景は、私の幼い頃は日常風景だった。
が、お袋が亡くなった頃(私が20歳くらい)から、徐々にお墓、特にお袋方のお墓には行かなくなった。

お袋は52歳で亡くなったので、自分がその年齢になった頃だろうか?
思いついてお袋方のお墓に行ってみようと出かけたが、すっかり道を忘れてしまい行きつけない。
ナビと風景を見ながら「こんな感じのところだったけどなぁ~~」と探したけれど見つからない。

その後、2~3回出かけて行き、近くをウロウロしながら、やっと見つけた。
「おお、ここだったなぁ」と思い、お袋方のお墓をお参り。
見回すと、小さい頃見ていた風景とあまり変わらない。
確かに、私はクルマで来るようになったし、昔は路肩に停めるしかなかったのに、ちゃんと停められる場所が確保してあったり、ちょっとずつは違っているけれど、周りの田んぼと畑の風景、そして私の故郷の風景の象徴である恵那山も変わらずに見ることができる。

その時には、妙に胸がキュンキュンして、お袋がお墓に来ると持ち帰っていた水仙の花のことを思い出したりした。
このことは数年前の出来事だけれど、先日ふっと
「小さい頃、いつも見ていた風景がそこにあることは、とても幸福」なのではないかと思った。

私の故郷の街の中は、もう昔の風景はない。
風景どころか、新しくバイパスが出来たり、母校である高校の下にトンネルが出来ていたりと、クルマで走っても昔からの道を走らないと「我が故郷」と思えないように変化している。

それでも、50年以上前の風景を故郷に持っていることに感謝し、そして今住んでいる街から、クルマで1時間少しの距離にあることを、改めてありがたいことだと気が付いた。
う~~~ん、今回はちょっとジジイのセンチな内容になってしまった。

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コメント

nonnonさんコメントありがとうございます。
とんでもなく田舎ではなく、
でもビルや人で溢れる都会でもなく
程よい故郷だと思っています。

ただし、雇用状況などは、やはり厳しいようです。

投稿: nobulog | 2016年9月30日 (金) 07時48分

よい故郷を持っていらして、うらやましいです。
私も、ついコメントを入れたくなってしまいましたよ。

投稿: nonnon | 2016年9月29日 (木) 22時46分

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