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2016年2月15日 (月)

差別化と言いながら……

「SMAPがNHKで放送される国」の時にも思っていたことを……。
20160215_11pmあのことは「NHKもずいぶん柔らかくなったものだ」と感じさせることだった。
昔のNHKは、厳格だった。

例えば、山口百恵のプレイバック・パート2の歌詞。
「真っ赤なポルシェ」が許されなく「真っ赤なクルマ」と歌っていた記憶がある。
例えば、山本リンダの衣装。
「どうにもとまらない」の時の衣装は、ヘソが丸出しで、それが許されずおヘソまで隠れる妙に股上の高いパンタロン(古いなぁ)を着ていたと思う。

余談だけれど、吉田拓郎のつま恋ライブのNHK-BS
放送では歌詞の「つんぼさじき」「蚊帳の外」と言い換えて歌っていたが、まぁこれは差別用語だから、仕方ないか……。

そんな厳格なNHKに対し、民放はかなり軟派だった。
「11PM」「コント55号の裏番組をぶっとばせ!」とかは、その代表格で、あの時代でも「低俗」と言われていた代物だ。
特に「11PM」は、子ども心に「大人と一緒に見られない」番組で、思春期には一人イヤホンを付けて、自分の部屋で見たりした。
年に数回は「生放送でストリップ」みたいなことが行われて、たまに放送事故も起きたりした。

今のようにネットがなく、アダルトな画像や映像が気軽に見られなかった時代だけに、視聴者も喜び、いろんな意味で話題性も高かった。
おそらくあの頃は、放送ビジネスの創成期だったせいかカオス状態だったのだろう。

じゃ、今はどうか?
そんな過激なものはネットに移ってしまい、テレビはNHKも民放も同じように平均化されてしまった。

こんな平均化されているような同様なことが、いろんな業界でも起こっている。
口では「他社との差別化」と言いながら「尖った提案」は通らない。
「尖った提案」は、賛否両論あって多くの人の共感を得られない部分がある。だから「尖って」いるのだが、今の時代は、そこと極端に嫌う。

もともと日本は、お国柄的に「平均化」が安心される国だ。
昔ビートたけしが「日本は共産主義より平均化された民主主義の国だ」と言っていたが、野党が騒ぐ「格差社会」のレベルも、世界的見れば微々たる格差の国だ。

もともと「平均化」が好きな国に咥えて、時代も「平均化」されることを望んでいる。
そんな時代に生きていることを自覚しておきたいものだ。

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