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2016年1月 5日 (火)

江戸時代に戻りつつある?

今日から仕事始めである。20160105_edomodori
毎年書くが、我が社はいつもの月初の「全体朝礼」の挨拶が「おめでとうございます。」に変わるくらいで、特に年賀と言って特別な行事はない。
だから、挨拶回りに出かける営業以外は、普通の業務になる。

年末年始に、ふと思ったことがある。
「江戸時代の感覚が、一番日本人には合っていたのだろうか?」

それを思ったきっかけは「ふるさと納税」とか「地域特産」
江戸時代の中期から末期には「年貢制度」はすでに破たんしていて、幕府もそうだけれど、各藩の財政も相当苦しかったと言われている。
それを題材にした時代小説は多い。その打開策として「藩の特産物を江戸に持って行って売る」という方法。侍が商売をするので、なかなかうまく行かず、さらに借金が膨らんだとか、江戸の豪商に足元を見られたとか、そんな話が小説では飛び交うけれど、とにかくそんなことが頻繁におこなわれていたようだ。

これって、今でいう「ふるさと納税」「地域特産」と同じような気がする。
地方の特産を現金に換えていくことで、地方財政を再建させるのだから、その目的も手法もとってもよく似ている。

そもそも江戸時代には幕府が中心ではあるけれど、300あったと言われる各藩は独立国のようなものだった。
それを明治維新をきっかけに「中央集権」にして「日本」という国際的に認めてもらえる1つの国にしていった。
その流れの中で、私たちは戦争に突入し、復興し、生きてきて働いてきた。

けれど、またこの「ふるさと納税」「地域特産」のほか、「ゆるきゃら」なんかも「地方の活性化」ということで、「地方」にスポットを当てる時代になってきた。
日本という小さな領土の国だけれど、そんな狭い領土の中でも「自分はどこの出身なのか?」が大切な感覚として、持ち続けていきたい時代に戻りつつある気がする。
きっと、日本人は「国」という大きな括りのものを背負うより、「自分の故郷」くらいの大きさを背負う方が、皮膚感覚としてフィットする民族なんだろう。

年末年始のダラダラした時間の中で、こんなことを炬燵の中で考えていた。

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