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2015年12月21日 (月)

蒸気機関車があった風景

今月の初め、東京出張に行ってきた。1221_joukikikannsya

最近はずいぶん東京出張は少なくなったが、それでも年末年始は何度か行く必要がある。
その時、ちょっとした空き時間に東京駅の「丸善」に寄った。

ここは、あらゆる本が揃っているので、空き時間には必ず寄る。
特に目的もなく「古地図関係の本でも」と思っていたら、鉄道関係の雑誌が目についた。

私が鉄道、なかでも蒸気機関車の写真を撮っていたことは、このブログで何度か紹介したが、近年の鉄道雑誌はほとんどが「電車系」
ところがさすが「丸善」
その名も「蒸気機関車」という雑誌を発見。
しかも、ある地域や列車をピックアップして紹介するという、超マニア向けの雑誌だ。

私の生まれ故郷は、昭和48年まで蒸気機関車が走っていた有名な地域なので「もしかして」と思ったら「あった!!」
その名も「木曽谷のD51 中央西線の蒸機時代」
中を見ると、もう懐かしい写真だらけ。
私が好きだった「日常の蒸気機関車の姿」が満載。
そう、今のように綺麗に化粧された蒸気機関車でなく、煤で汚れてくすんだ姿の蒸気機関車。そして機関区に何台もあって、煙が上に幾本も線を引いている。
小学校の頃に見た風景の写真がたくさん載っている。

昭和48年の「さよならD51運転」の時には、高校生だったと思う。
中学時代に一緒に写真を撮りに行っていた友人たちから「お昼休みに行かない?」と言われたが、面倒くさくて行かなかったことを覚えている。

そんな「さよなら列車」の記事の他、当時の機関士・機関助士・整備の方の話が満載。
この方々は今でも私の生まれ故郷に住んでいらして、実にマニアックな内容の話ばかりで、分からないワードもあるけれど、超楽しい。
それに、今と違って機関車によって、良し悪しがあったり、峠を越える苦労、石炭や水の使用量まで成績管理されていたことなど、知らないことだらけの内容だった。

日常生活に蒸気機関車があった時代。
機関士の方々の苦労も知らずに写真を撮っていたことを思い出し、また写真を撮りたいとも思う。

けれど、あの頃と違い、「撮り鉄」を辞めた理由に書いたように、酷いファンも多い。YouTubeで見ても緊急停止して、怒鳴っている機関士の人の姿もある。
だから、今、蒸気機関車を見に行っても、きっと嫌な思いをするだけかもしれない。

日常生活の中に蒸気機関車があった時代。
そういえば、あの頃撮影した写真はどこにあるのだろう?
実家にあったけれど、兄貴がどこかにまとめて締まってくれいるんだろうか?
一度聞いてみないといけないな。

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