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2015年10月 5日 (月)

東京 庭園巡り

Tokyo_teien前から「機会があったら・・・」と思っていた東京の「庭園巡り」に行ってきた。
「巡り」と言っても、わずかに2か所だが、これには理由がある。というのも、実は出張中の空き時間を利用しての「庭園巡り」だったから。

泊まりの出張で、2日目の予定は夕方からの打ち合わせだけ。
毎週のように東京出張に行っていた頃には、東京の事務所に私のデスクもあったし、ノートPCを持って歩いていた。
だから、こんな感じで空き時間が出来ても、東京の事務所に行き、デスクワークを行なっていたが、今は、違う。

私のデスクもなければ、ノートPCも持ち歩いていない。
「う~~ん、どうしようかなぁ」と行く前から考えていた。
先日、お互いの都合が合わずに会えなかった揚巻さんに連絡するか?それとも楽美さんが良くブログに載せている江戸東京たてもの園に行くか?
・・・と悩んだ末に、時間の都合もあり「庭園巡り」を選んだわけである。
(江戸東京たてもの園は、最後まで迷った・・・・)

最初は「六義園」
実は、東京の事務所が割と近くにあるので、ここの話は前から知っていた。
でも由来とか全く知識がないままだったが、ずっと気になっていたので、行ってみた。

行ったのは8月の終わりで、東京は涼しくなり始めていたが、それでも少し湿度の高い曇り模様のせいで、少し歩くと汗ばむけれど、風が流れると気持ちよく、たくさんの緑の中で「!」と思う風景をiPhoneで写真を撮りながら、ゆっくりと庭園を廻ってみた。

出張中ということはやはり「平日」ということで、人も多くない。
でも海外の観光客や、高齢の人の集いの方々、そして時にお子さん連れで散歩がてらと、いろいろな人をいろいろな視点で庭園を眺め、味わっていた。

元禄8年(1695年)、五代将軍・徳川綱吉より下屋敷として与えられた駒込の地に、柳沢吉保自ら設計、指揮し、平坦な武蔵野の一隅に池を掘り、山を築き、7年の歳月をかけて造り上げたとのことだが、江戸末期にはずいぶん廃れ、荒れていたとのこと。
それを岩崎弥太郎が買い上げ整備したらしいが、庭園内の案内では当時岩崎弥太郎は、この地域の土地を広範囲に買占め知人から「どうするつもりなのか?」と言われたとか・・・。

江戸から明治の混沌とした時代、所有権も曖昧なまま人から人の手に渡ることは多かったようで、東京には「岩崎弥太郎が・・・」と関連する史跡が結構ある。
でも、曖昧な状態でも入手して、今に残してくれたからこそ、私たちが「へぇ~~~」って思い見学できるわけだから、ちょっと感謝しないと。(個人的には、あんまり好きな人じゃないけれど)

次が「浜離宮」
徳川慶喜公が戊辰戦争の初期に大阪から逃げ帰った時に、ここに上陸したとの話で、ぜひとも行ってみたい庭園だった。

広い!
残念ながら、広い緑の向こうに高層ビル群が見えて、少し興ざめしたが、それでも江戸時代の庭園を想像するには十分な史跡があちらこちらにあった。

どちらの庭園も夏の終わりで、花が咲いている時期でもなかったが、「江戸」を感じに行った私には十分魅力的だった。
ただ、残念なことに両方ともにカラスがうるさく、そこは何とかならないんだろうか・・・と思いながらの庭園巡りだった。

また、他の庭園にも行ってみよう!

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コメント

東京にいらしていたんですね〜
東京にいても、行ったことのない場所が多いです。
浜離宮ですら行ったことがない。
お犬さまの介護?看護?を終えたら、自分の時間を持てるかな?
江戸時代じゃないけど、白洲次郎の「 武相荘」は是非行ってみたいところです。

投稿: 揚巻 | 2015年10月16日 (金) 10時24分

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