« 「ワクワク」を感じること | トップページ | 久能山東照宮 »

2015年1月26日 (月)

NSPが心地よい

「NSP」という文字を見て「ああ、あれね」と思う方は、私と同年齢もしくは、もう少し上の方だろう。
最初は「ニュー・サディスティック・ピンク」と言っていたが、そのうち通称の方が正式の名前になった男性3人のバンドだ。
Nsp
このブログでは、1~2年に一度、急に60~70年代の古い楽曲を取り上げるが、今回もその話だ。
以前にも書いたが、親父やお袋が古い音楽を、遠くを見るような表情で聴いているのを見て「どこが良いんだか」と思っていた。
おそらく今は、私たちが「この頃の音楽は良いよねぇ」と言っている曲を聴いて、若い世代が、やっぱり「どこが良いんだか」と思っているのだろう。

この「NSP」は1972年のデビューとのことで、いわゆるフォーク全盛のころにラジオなどで耳にした。
「さようなら」「夕暮れ時はさびしそう」
などは、超有名でテレビにも出ていたし、とてもヒットした曲だ。

でもヒットしすぎたからなのか、彼らが割とテレビに出ていた影響か、「すごく好き」と意識したことはなかった。
この時代のフォークは、「俺たち世代の音楽」という意識が強く、テレビなどの露出が多いと「ちょっと違う感じ」と捉えていた。今思えば、それはとても勘違いなのだが。
だから、2005年にこの「NSP」の天野滋が亡くなった時も、「ああ、亡くなったんだ」という程度の感覚だった。

昨年の12月に、「NSPの線香花火って、どんな曲だっけ?」と思い、YouTubeで探してみた。
同時に、他のNSPの曲も見つかり改めて聞いてみると、もうずっと記憶の彼方に忘れていた「好きな曲だったなぁ」を思い出した。

「あせ」「お休みの風景」「赤い糸の伝説」「線香花火」「八十八夜」「愛のナイフ」「漁り火」

この中で「八十八夜」は以前に見つけていたので、覚えていたが「お休みの風景」を聴いた時に、「あったぁ~~こんな曲」とちょっぴり胸がキュンとなった。

あの頃は「愛」とか「別れ」とか「二人」とか。
そんな言葉がとてもピュアなことだと思っていたし、きっと世間的にもそう思われていた時代だったのだろう。
今、そんな詞を聴くと、ちょっと浮いた言葉に感じるのは、年齢のせいか時代のせいか?

そして音楽のリズムも、やっぱり私たちの年齢に合っていて、スッと身体の中に入ってくる感じがする。
いずれにしても、今の時代には感じられない叙情的な曲を得意としていたNSPの音楽が、心地よいなぁと思う今日この頃だ。

|

« 「ワクワク」を感じること | トップページ | 久能山東照宮 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 「ワクワク」を感じること | トップページ | 久能山東照宮 »