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2014年11月25日 (火)

愛情は、どこから生まれる?

少し前だが、NHKのある番組のコーナーで「“寿命”近づくペット型ロボットは今」というものを見た。Aibo

「ペット型ロボット」
私の周辺で、これを持っている人を知らないので「あ~~そんなものがあったなぁ」と思ったのだが、実はこれをずっと持っている人たちの中では大きな問題に直面している……という番組だった。

「ペット型ロボット」とは例の「AIBO」のことだが、発売されて15年。
この「AIBO」は、家電として販売されていて、法的な保証期間は10年。すでに生産は終了し、今年の3月にはメーカーの修理対応も終了したのだそうだ。

ところがこの「AIBO」にペット的に心が癒されている人がいて、ある時突然動かなくなってしまって困っていて、個人レベルでの修理している人を紹介していた。

この番組を見ていて、昔のことを思い出した。
30代後半、Macintoshを覚え始めた頃だ。今ではWindowsもMacもあまり変わらないインターフェイスだが、マウスでクリックしたり、ゴミ箱に入れたり、とても人間的な使い方に、コンピュータの使用感が大きく変わった時代だ。

ある時、相手はPCなのに、画面に話しかけたり、人間的に調子を心配することに気づいた。
その時もテレビで同じような状態になることを紹介したのを見たが、機械でも人間に近い反応をすると、人間側の反応も変わるということだった。

だから、相手が機械でも「人間的な反応」をすることは知っていたが、今回の「AIBO」の話題では「心のケア」まで依存してしまうことには、ちょっと驚いた。

ずっと「AIBO」を暮していた人は、もう「愛情」を持って「AIBO」のことを語る。
その姿を見ていて、人は「生命あるものだけ愛情を感じるわけじゃない」と思わされた。

私は、動物の愛情は「種の保存本能」が基本になっていると思っていた。
例えば異性間の感情や、親子間の感情。
これは突き詰めれば「種の保存本能」が根底にあるからなのだろうと思っていた。

じゃあ、同性愛とかペットへの愛は?……と言われると、ちょっと答えられないけれど、それは「生命に対する愛情」と言えなくもない。
でも、「AIBO」は機械だ。しかも15年前のものだから、今ほど精巧でもない。
それでも生まれる「愛情」って何なのだろう?
もしかすると「自分と自分以外の間のコミュニケーション」という活動が、この謎を解くカギなのだろうか?

う~~ん、いつも以上に小難しい無いようになってしまったが、この身近にあるけれど、説明できない「愛情」に関して、思うことがあった番組だった。

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