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2014年8月 4日 (月)

深川澪通り木戸番小屋

年に1回くらい「新しいシリーズ本はないか?」と思う。
この場合の「新しい」は発刊という意味ではなく、私自身が「読んでいない」ことなので、初版発行が昔のモノでも構わない。Fukagawakidoban

5月くらいだったか、そんなことを思いながら本屋で物色していた。
昨年の10月に紹介した「みをつくし料理帖」のことが頭の隅にあり、ふと「澪」という文字が目にとまった。

作家は「北原亞以子」さん。
知らないなぁ~~と思い、でも数冊のシリーズになっているようなので1冊試しに買ってみた。
なんとも「しみじみ」とする話で、気に入ってしまい、残りのシリーズも買おうとしたが、ない。

あとで気付いたが、ないのは当たり前。
すでにテレビドラマになったり、漫画化されたりしていて、昔に話題になった本らしいし、作家本人も昨年亡くなっていたりして、今「旬」でないことは確かだ。

困ったなぁと思いつつ「ブックオフ」に行ったら、全部あった。
こういう点は「旬」が過ぎていると、お金的に助かる。

やれやれと思い、じっくりと読んでいる最中なのだが、何が面白いとなかなか説明できない話なのである。
深川の「木戸番小屋」の老夫婦を中心とした、実に淡々として、そしてしみじみとした話が連作で続いていく。

老夫婦の名前は「笑兵衛とお捨て」
もう名前からして「本名じゃないのだろう」と思わせる。
私は男だからだろうか?お捨ての「笑窪のできる手ところがるような笑い声」を想像しながら読むのだが、きっとその姿や声がとても「癒して」くれるのだろう。

今までたくさんの江戸時代小説を読んでいるが、ここまでごく普通の江戸時代の市井の人を見るような話は、ちょっと珍しい。
最近、ちょっとうれしいきっかけから志の輔落語を聞くようになったが、この「深川澪通り木戸番小屋」は落語の「しみじみとした世界」に近い話なのかもしれない。

また新しい楽しみが出来た。

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