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2014年7月28日 (月)

ゴジラを考える

一時期「Favoriteシリーズ」としてお気に入りの物を紹介していた。
その中で音楽的な視点から取り上げたことはあったが、なぜか「ゴジラ」そのものをブログに載せたことがなかった。Godzila

今年は「ゴジラ生誕60周年」とかで、スカパーの「日本映画専門チャンネル」では春前から「5の付く日はゴジラの日」として、全作品を「デジタルリマスター版」を放送している。
そしてNHK-BSでも初代の「ゴジラ」を放送したり、ゴジラ音楽作曲家の「伊福部昭氏」を紹介した番組が流れた。

私が「ゴジラ」を見た最初の作品はシリーズ3作目の「キングコング対ゴジラ」だった。当時はわが家の裏に映画館があって、そこに連れて行ってもらったような記憶があるが、映画館の中の記憶がない。
ただ、その後チラシの裏に、ゴジラの絵ばかりを書く子供になっていたことは確かだ。

そしてその後、「モスラ対ゴジラ」「地球最大の決戦」「怪獣大戦争」など、一番人気の高かった頃に、小学生だった私は、もうハマりにはまっていた。

こちらも思春期を迎え、そして大人になり、自然とゴジラから遠くなっていったのだが、「平成ガメラ」の3部作で再度「怪獣映画」に惹き込まれていった。
しかし、なぜか「平成ゴジラ」は、どうにも面白くない。
それは、なぜか??

初代のゴジラはまだ戦争や水爆実験が生々しく「放射能の怖さ」「人間の疎かさ」など、とてもヒューマンなテーマだったが、そのうち子ども向けになり、さらに平成シリーズでも「核」というキーワードで展開するのだが、どうも現実感がなく、要は「話としてつまらない」映画だったということだと思う。

冒頭に書いたように今年「ゴジラ生誕60周年」を迎えた。
その年に、ハリウッドでゴジラが制作された。
まだ見ていないけれど、出演した渡辺謙がインタビューで言っていた。

「福島原発事故を経験した日本人が、本当は創らないといけない映画だ」と。

確かにそうなのだ。
初代ゴジラは、ビキニ環礁の水爆実験での死の灰を浴びた「第5福竜丸事件」が起きたことがきっかけに生まれた作品だ。
あの頃の日本人や日本映画には、そんな現実事件をモチーフにする強さがあったのだろう。

そしていつしか日本人は、本来のゴジラの持っていた強いメッセージ性を忘れ、単なる「怪獣」の象徴に置いてしまい、さらには「原発事故」に対するメッセージを発信することもなくなってしまったのかもしれない。
本来、映画は時代の空気に敏感でなくてはいけないのに・・・・・

ゴジラは他の怪獣とは違う。
幼い頃には、分からなかったけれど、57歳をまもなく迎える歳になって、改めて「なぜ、ゴジラは60年続いたのか」を考えてみると、意外なことに気付くのであった。

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