« 英雄たちの選択 | トップページ | あっという間に2件続けて取り壊しが »

2014年6月23日 (月)

45年ぶりの同窓会

1月に「50代最後の同窓会」に書いたけれど、「小学校の同窓会」が実現した。
正月に話しをした幼馴染が気合を入れ、頑張ってくれたからだけど、中学・高校の時は「そんなに前に出る感じ」の印象を持っていなかった。
でも、やっぱり子育てが目処ついて母親は強い。

1月のある日電話が掛かってきた。
「もし同窓会をやるなら、いつが良い?6月でも良い?」。
結婚して、嫁いでいるとお正月とかお盆の時期は、なかなか家を抜けられないから、そんな時期でも良いかとのこと。
気ままな一人暮らしの身の上なので、いつでも良いよ~~と返事。
それからしばらくして、ハガキで同窓会開催の連絡が来た。

Higasikouもう顔を名前もすっかり忘れているので、行く前に小学校の卒業アルバムでも見ようと思って押入れを探ったけれど、ない!
中学・高校のアルバムはあるけれど、小学校のがない!
流浪の人生、度重なる引っ越しで、どこかに行ったのか?
諦めていたら、同窓会の一週間前に幼馴染からメールが来た。
「小学校のアルバムも何もないから、誰か分からないかもしれない」と書いたら、卒業の時の写真を送ってくれた。
驚いたことに写真で顔を見たら、半分くらいの名前を思い出した。
これなら何とかなるかと思い、当日を迎え、ちょっと遅れて会場に着いた。

もうみんな席に着いていて、着席の同時に先生から名前を呼ばれて「大きくなったね~~~」と言われた。クラスで一番小さく、身長が伸びたのは高校になってから。

思ったよりも多くの出席者がいたけれど、その半分は高校も同じの連中。
やはり定期的に同窓会を開いているから、連絡網はしっかりしているんだそうだ。
でも数名は、本当に45年ぶり。そして先生も45年ぶり。
御年90歳になられて先生は、「故郷の宝物〜春の息吹篇」に登場した思い出深い先生。

席には幼馴染が送ってくれた写真と同じ写真と名簿が置いてあり、その写真を見ながら自己紹介することから始まった。
先生はさすがに90歳となり、脈絡のない話になってしまったけれど、相変わらず戦争反対を唱えていて、私の自己紹介では「よくベトナム戦争の話をしてくれたことを覚えているよ、今も、先生は変わらない」と話した。

名簿を見て写真を見ると顔と名前が一致していくけれど、死んでしまった奴、今はどこにいるか分からない奴と、やっぱりクラスの数名は所在が知れなくなっている。
そんな中でも連絡をもらえる自分は、幸せなんだなぁと改めて思えた。

幹事の一人は物持ちが良く、教科書から卒業文集を持ってきて、並べておいてくれた。
その卒業文集が、方言丸出し、誰かがいじめた、誰かが怪我した、差別がどうしたと、今読むと捧腹絶倒、そして懺悔しないといけない内容だらけだった。
でも記憶も曖昧。
表紙のイラストを見て「なんか手伝った覚えがある」というと、幼馴染も「これ私が書いた」という。本当はどうだったのだろう。
他にも教科書を見たけれど、結構難しい。
「こんなこと習ったっけ?」と勉強のことは全く記憶に残っていなかった。

最後に幹事が卒業文集に書かれていた先生からの「小学校卒業メッセージ」を読み上げてくれた。
なんだか皆シ~~~ンとして聞き入り、胸に沁みる言葉があって、きっと小学校の時には分からなかったけれど、いろいろ人生を経たから、一層感じるものがあり、先生はそんなことも分かって言葉を贈ってくれたのかなぁと思ったりもした。

ちなみに今回掲載した写真は、我々の学校と関係なく、記憶に残っている小学校のイメージに近い写真をネットから拝借した。
残念ながら、我々が通った校舎は今は面影1つなく変わってしまっているからだ。

小学校の先生や同級生に会ってみたい。
今回、先生が存命中に願いが叶い、また1つ人生の中の「やり残し」が整理できた感じだ。
幼馴染と幹事に感謝。
また会えるといいなぁ。

|

« 英雄たちの選択 | トップページ | あっという間に2件続けて取り壊しが »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 英雄たちの選択 | トップページ | あっという間に2件続けて取り壊しが »