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2014年3月10日 (月)

耳で聞いた漢字と最高学府

初めてこのことを思ったのは、もう数年前だ。
もう退社してしまったが、当時新人で入ってきた女子社員で公立大学卒業の学歴だった。Kanzimatigai_

ちなみに「良い大学を卒業しているから優れている人」なんてことは、私は思ったこともないし、私なんか「専門学校中退」だから、仕事の出来る・出来ないに学歴は直接的に関係ないと思っている。

けれど、だ。
「国公立大学卒業」といったら、わが国ではもうと~~~っても高いレベルの人たちだと思っている。
そんな人たちが作る企画書に、思いっきり間違った漢字変換のまま、それを間違いだとも思わず、しかもそれがとても恥ずかしいレベルの間違いであることも分かっていないことに、ここ数年出会う。

最初に書いた女子社員は、どんな文脈だった忘れたが、「楼」という文字を突拍子もない場面で使い、平然としていた。
本来の意味は「建造物」のことを言うと思うが、旅館なんかでは「○○楼」と言うし、もう少し色っぽい話をすれば、江戸時代の遊郭でも「××楼」なんて名前が良く出てくる。
若いからそんなことを知らないだろうけれど、そのまま企画書を持って若い女性が顧客先で話していたら……と思ったら、こっちが恥ずかしくなった。

もう1つは男性。
もう30歳を過ぎた国立大学を出ている部下だが、彼の企画書には「政策」という言葉が頻繁に出てくる。
「これは施策じゃない?」
と間違いを指摘したが、その違いも分かっていないようだった。

おそらく彼は「施策(しさく)」「せさく(こちらも間違いではない)」と耳にし、その音でキーボード入力しても、自分の分かる漢字に当たらず、分かる「政策」という漢字にしたんじゃないだろうか?

いずれにせよ、最高学府を出て、このお粗末な漢字力は、江戸好きであり、なおかつ企画を生業としてきた50代半ばを過ぎようとしている私には、苦笑いと言うか悲しいというか、なんとも言えず「大学を出ている意味」をしみじみと感じてしまうものである。

「和食」が世界遺産になったように、漢字・ひらがな・カタカナを上手に使い分ける日本語文は、これまた世界に誇っていい文化だと思うのだが、そんなことを思うのは、オールドタイプだからだろうか?

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