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2012年8月 9日 (木)

ロンドン五輪~お家芸とルール変更

オリンピックも終わりに近づいたが前回に続いて、もう1回だけ。
ただ、今回の話はオリンピックに限ったことではないけれど。

02_oiegei前に少し書いたが今回のオリンピック、柔道がイマイチだった。
おかげで、議員先生になってしまっているのに「皆さんの要望があれば、復帰も・・・・」と現役選手に対して、とても失礼なコメントをしている元女性柔道家(あえて名前は出さないけれど)でメダリストの人がいる。

今回の柔道の不振は、ルール変更と直接関係ないとは思うが、ポイントの与え方や度重なる審判の不手際(誤審も含む)などを見ていると
「何のためのルール変更なんだろう」
と思ってしまう。

元々、こういった世界レベルで争われるスポーツの場合、どこかに「公平性」だったり「エンタテイメント性(ドキドキして観戦するという意味で)」だったりを考慮してルールは変更される。
柔道の胴着のカラー化は、「分かり易さ」という意味なんだろうけれど、たまに
「それって、単に日本が強いから、嫌がらせなんじゃない?」と思うこともある。

一時期とっても強かった冬季五輪の複合(荻原兄弟の)なども、あまり日本勢ばかり活躍するので、ポイントの方法を変えてしまい、その後日本は勝てなくなった。
スゴイ詳しいわけでないので、断言できないが、どうもこの「ルール変更」には、人種的なえこひいき(差別とまではいかない)が臭う。

以前フォーミュラ1(通称F1)で、ホンダが強かった頃がある。
クルマに詳しい人にしかわからないが、その頃は「ターボエンジン」という過給システムで馬力を上げるものが主流だったが、その技術でホンダはとても強かった。
そうしたら「過給圧」を制限するルールに変更された。
それでもホンダが勝つと最後には「ターボエンジン禁止」となった。
これが、もし欧米のチームだったら、そんなことになっただろうか?と当時思ったりした。

善人的な見方で「公平性を優先して、よりエキセントリックにしている」とするならば、「柔道は日本のお家芸」と絶叫するのは、スポーツの見方としてズレていると思った方が良いのではないだろうか?
いずれにしろ人間が運営するものだから、何らかの圧力や思惑があって当然のことではある。

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