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2010年1月 4日 (月)

龍馬の悲しみ

年明け最初の記事としては、ネガティブなタイトルになってしまった。
しかも、珍しくまだ会社が始まっていないのに、ブログの記事を書いている。

年末の記事「ブームの功罪」で少し触れたが、NHKの大河ドラマ「龍馬伝」が始まった。
Ryoma
ちょっと余談ですがこのドラマのタイトルは「龍馬」とありますが、私はどうも「竜馬」が目に馴染んでいる。本当はどっちだったんだろう。「おりょう」を乙女に紹介する時に「私と同じ名前」と手紙に書いており、それが「竜」だったという記事を大昔に書いてあったが、いつもように曖昧な記憶なので、定かじゃない

話を戻して、私の竜馬像は「司馬遼太郎」が元になっている。
今までの私のイメージに一番近い竜馬を描いてあったのは、なんと漫画「お〜〜い!竜馬」である。
実は、これは当たり前で、この漫画の原作者はかの武田鉄矢であり、彼は皆さん知っての通り「竜馬フリーク」であり、その元はやはり「司馬遼太郎」の本だからだ。

それ以外のドラマや映画などは、かなり私の「竜馬像」と違っていることが多い。
だから、あまり「竜馬」を描いたドラマとかは、見なくなってしまった。
ところが、NHKは暮れからガンガン宣伝していたので、ついつい見てしまった。
そこで気づいた事があった。

司馬遼太郎の「竜馬がゆく」も漫画の「お〜〜い!竜馬」も、「竜馬の悲しみ」をちゃんと何度も何度も描いてくれている。
大河ドラマでもちょっとその辺を意識しているのか第1回は「上士と下士」だった。本当はこの階級が生まれた歴史的なことを説明されると、もっと良いのだけれど、まぁ時間の都合上仕方ないんだろう。

とにかく今回第1回で流れた「不条理な階級差別への悲しみ」は、坂本龍馬がこの先、幕末に活躍していくモチベーションの、最も奥深くにあるエネルギーだったと私は思っている。
普通、幕末や維新ものを語ると皆「英雄像」を言うけれど、私には違和感があった。

それが何か分からなかったけれど、昨日、ドラマを見てて思った。
「不条理な怒りや悲しみ」
現代の世の中では、あまりなくなってしまったこの感情を、幕末の人たちは持っていたんじゃないんだろうか?
もちろん、みんなそれぞれの立場でそれぞれの理由があって、多くは自分の立身出世のために動いたんだろうけれど、この感情は必ずみんなが持っていたような気がする。

なかでもやっぱり竜馬には、この感情は大きかったから、幕末の人たちの中で、一風変わった志士だったのだと思う。
これからこのドラマを見て行く人は、この「不条理な悲しみ」を忘れないで見てていて欲しいと思った。
そう言えば、同じ気持ちを京都の東山に眠る「苗字のない志士達」の墓を見た時にも思った。
幕末の出来事の裏には、ものすごく悲しい怒りがあったことを。

年明けから、ちょっと変な話題でした。

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