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2009年7月の記事

2009年7月31日 (金)

兄貴との会話の中で

またまた、身内のネタ。

私は早くに両親を亡くしている。
なので昨年の夏「最後の法事」で書いたように、すでに37回忌として兄弟揃って供養できた。

先日、兄貴との会話の中で常々頭の中で感じていたことを、兄貴自身が口にしたことがあった。

「本当に不謹慎だけれど、早く両親がいなくなったから、今親の介護などの問題がないのは助かる」

Anikioya
本当に不謹慎な話だ。
そりゃ、親は長生きしていてほしいものだ。
けれど、今の私の年齢の人たちの親は、病気とか認知症とか介護が必要な年齢になっている。
実際、兄貴と同じ年の従姉妹は、嫁ぎ先と自分の親の「ダブル介護」状態になって、かなりしんどいとの話だった。

そして早くに両親を亡くしたと言うと、みんなは「苦労したんだね?」と言ってくれるが、意外とそうでもない。
それは兄貴も同じことを言っていた。

そりゃ、お金は無く経済的には厳しかった。
でも、今になれば「笑えるくらい」の貧乏状態だったと言える。
私の子供はすでに家庭を持ったが、兄貴の長女も今年秋に嫁ぐ。
だから子供たちには
「若いうちは、少しお金無くって苦労するくらいがちょうど良い」
とちょっと厳しいことを言ったりしている。

確かに私の両親は、孫どころか自分の子供たちが結婚する姿すら見られなかった。
その点、私は親よりも「幸せな人生」を過ごさせてもらっている。

だから、兄貴と二人の会話では、「子供たちに負担掛けないように短命でありたいものだ」とこれまた不謹慎な言葉を言うのである。

いつまでも健康でいてあげられる両親。
実は、これが親が最後にしてあげられる「子供への贈り物」なのかもしれないな〜〜と不謹慎な話題から、ちょっと神妙な感想を持った。

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2009年7月29日 (水)

「つながり」の実感

「三世誕生」は、やっぱり私にとっては大きなポイントとなる出来事になりつつある。
昨年「デキちゃった婚」をし、若い夫婦が二人だけで相談し、娘の方の姓(つまり私の姓だが)を名乗ることにしてくれた時から「それじゃ一度くらい墓参りを」と思っていた。

バツイチで、しかも娘は先方に引き取られて育ったために、私の実家や親戚と娘はほとんど対面していない。
わずかに実家に残る兄貴には2度程遊びに行きがてら会わせた。
私の兄弟たちも特にそのことをイロイロ言わなかったし、まぁそういうもんだと思っている。
(離婚すると言うことは、本人たちだけでなく、いろいろと親族のコミュニケーションにも影響するのだ)

しかし今回、さすがにのんびりしている私にも「私側の姓を名乗るなら、一度くらいは連れて行かないと」と思った。
3月に三世誕生。
娘たちには「一度落ち着いたら、墓参りに行くぞ」と伝えてあり、本人たちも了承していた。
Hakamairi
三世もやっと首も据わり、夏になる前に「そろそろかな」と娘夫婦から言ってきた。お盆の時期には婿側の実家にも行かなくちゃならないし。
・・・・ということで、先日「三世」にとっては初めての遠出となる私の故郷に行ってきた。

「遠出」と言っても娘夫婦の家も、兄貴の家も高速のICからは近いので、実際は1時間くらいクルマに乗るだけだが、それでもベビーチェアを借りてきて取り付けたり、「三世」のおむつを用意したりと、それなりに大変。

何とか故郷に行き、今まであんまり手を合わせたことのない仏壇にまずはお参り。
そして「三世」は兄貴の家に置いたまま娘夫婦を墓参りに連れて行った。

当日は、一番上の兄も、「私たちが来るなら」と日を合わせて来たり、ついでの用事で「額縁屋さん」「こばちさん」も来てもらったりで、もの凄い大勢の大人に囲まれて「三世」は泣いたり、笑ったりで興奮しっぱなし。

帰りのクルマの中でも、ほとんど眠らない状態で「三世」は興奮したまま家に着いたのだった。
その夜、「三世」は寝てくれたかは不明だが、まぁこれも新米パパママの通る試練の道。

「みんなそうだったから」と笑って話す「子育て卒業した大人たち」から厳しい愛のムチをもらっての1日だった。

それにしても今回、お墓に仏壇にといつもと違って「感謝」の気持ちで手を合わせた。
早くに亡くなったけれど、両親が私を生んで育ててくれたから、「三世」がいる。
そんなことを実感としてこんなに感じたお墓参りは初めてだった。

「生命のつながり」
地道だけれど、こういうことの繰り返しが歴史を作ったのだろうし、今私たちが生きている証しなんだろうな〜〜とエラく大層な感想を持った帰郷だった。

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2009年7月27日 (月)

19.5時間の清志郎

年末に「スカパー!」と契約したことは「60チャンネルを超えるテレビって」に書いた。

そして半分近く残っているけれど、おそらく今年最大のショックなこととして「清志郎-逝去」があった。

亡くなった当時、地上波テレビなどでは過去の放送を再放送して特番を行なった。
そして「スカパー!」も当然「ビデオクリップ集」などの特番があった。
しかし、「スカパー!」「フジテレビ系列」では、何と2週に渡り今までの番組をほとんど全部放送すると言う特番をやった。

★ 「忌野清志郎完全復活SP〜復活への道ドキュメント〜」
★ 「忌野清志郎"This Time"〜ナッシュビルレコーディング密着〜」
★ 「Char meets忌野清志郎〜TALKING GUITARS〜」
★ 「二十一世紀の音霊〜忌野清志郎〜」
★ 「Whisky A Go Go at Club Heights〜忌野清志郎エンターテインメントショー」
★フジテレビアーカイブス<完全版>全22番組、全100曲!今夜限りの再放送!!
★ 「サンキュー!忌野清志郎!!愛してます!!!」

これだけ全部で19時間半に及ぶ量だが、もちろん全部録画し、そしてDVDにもした。
これらの番組を録画後、コツコツと見た。
「寝る前にちょっと見ようかな?」
と思って思わず、ずっと見ちゃったり、
「この曲はちょっと早送り」
Kiyosi0801_2
などと飛ばしたりと、録画後しばらくは「清志郎漬け」だった。
おかげで、しばらくは夢の中でも清志郎の声がしたくらいだったが、今回の放送を見て、またファンになった。

20時間近くの内容の中で、特に心に残ったものを数点紹介したい。

★ 「二十一世紀の音霊〜忌野清志郎〜」
この中で一番釘付けになったのは、プライベートと言いながら九州(だったかな?)の温泉旅館に泊まった時のライブ。
清志郎と三宅伸治とパーカッションと言う、とてもシンプルな編成だけど、たまらないナンバーを奏でる。
あんなにシンプルなのに、ちゃんとロックになるのは、やっぱり清志郎の魅力だ。

Kiyosi0802_2
★フジテレビアーカイブス<完全版>全22番組、全100曲!今夜限りの再放送!!

これは何と言っても「夜のヒットスタジオ」のガム飛ばしシーン。実はこれ自体、今見ると大したことは無い。その時の時代では大事件だったようだが。
それよりも「タイマーズ」は必見。
当時、FM東京が「放送禁止」したことに対する抗議として、「偽善者」という凄まじいアンチソングを生放送でやってくれた。
さすがに今回のは「ピー」が入っており、まるでアダルトビデオのような状態だったが、これがそのまま放送されたと言うことは、「清志郎」の反骨のエネルギーのカッコ良さを感じた。

★ 「サンキュー!忌野清志郎!!愛してます!!!」
これは、いろんな集大成的な番組だけれど、最後に「チャボ」と「清志郎」のアコースティックギターによる「君が僕を知っている」。
泣ける。
そして、やっぱり「チャボ」が「清志郎」愛用のギターを受け取るべき人だと確信できる。

以上、まだまだたくさんあって語りきれないけれど、ひとまず「清志郎」が遺した感動に「サンキュー!!」。

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2009年7月23日 (木)

解散と災害と日食と

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「もうすぐ、もうすぐ」
と言われながら、何だか飽き飽きした頃に「解散した」
都議会選でおそらく民主党自身も予定していたよりも大勝して「この波に乗りたい」気分が満々だし、自民党は「何とか一発逆転」と知恵を絞っているだろう。

最後の最後まで「自分の手で」とこだわった麻生総理は「解散」の瞬間を自分の流れに引き寄せるチャンスと思っていたはずだ。
だから「議員懇談会」を公開し、一世一代の演説をしたはずだ。
確か少し前に、郵政民営化の時の小泉さんの演説を研究していると報道されていたくらいだから。

なのに、なのにである。
その瞬間を狙った当日、西日本はものすごい集中豪雨があり大きな被害が出た。
私の住んでいる地域では、「東海豪雨」が過去にあり、土石流等が家や街を押し流すシーンは、やっぱり人ごとと思えないし、世間的もニュースバリューは大きかった。

そのため「解散」当日の夜のテレビのニュースは、冒頭に「解散」の話に触れながら、実際のトップニュースは、その集中豪雨の被害について、詳細に取り上げた。

じゃ、次の日は「これからの選挙」という話題になったかと言うと、これまた「世紀の天文ショー」という皆既日食が日本で見られると話題になった。
実際にネットで中継し、回線集中で繋がりが悪かったけれど、私自身会社でこっそり硫黄島からの動画を見て「ダイヤモンドリング」の一瞬をワクワクしながら見ていた。

こうやって考えると、麻生総理が練り練ったタイミングは、自然の現象の中では、米粒のように吹っ飛んでしまうことが分かる。
しかも冒頭に書いたように「解散」は、既成のストーリーになっており、その時総理が何を演説し、自民党の再結束茶番(?)では、何の新鮮味もバリューも無いことが、明確になってしまった。
(と勝手に思っているが、報道各局がどう意識しているかは知らない)

ただ、自然現象の大きさと人の浅知恵の大きさとがはっきり分かる2日間だったと思うのは私だけかな?

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2009年7月21日 (火)

Favorites51 ハーブ・アルバート

突然ですがFavoritesシリーズを。
2000年を超える頃から、音楽は「タイアップ」という手法が使われるようになった。
これは、CDとかの売上が伸びなくなって、コマーシャルやドラマテーマ曲とタイアップして売っていくという手法が確立されたからだ。

この手法はいくつかの周辺環境の変化から生まれたと個人的には思っている。
1つは音楽を「レンタル」で聴くようになったこと。
もう1つは「カラオケ」が一般的になったこと。

だからコマーシャルやドラマで一定期間、定期的に消費者の耳に聴かせ、覚えるために「レンタル」してもらい、「カラオケ」で唄ってもらう。
これでCDが売れなくても「著作権料」が入ってくるという仕組みだ。

しかしおかげで「この曲なんだ!?」というような驚きを持って待つようなコマーシャルはなくなってしまったが80年代は、「!」というコマーシャルが多かった。
特にウィスキーなどのコマーシャルには、そんな音楽が多かったし、おしゃれなものが多い時代で、確かサントリーなどは就職希望ナンバー1の企業だった。

前置きが長くなったが、今回の「ハーブ・アルバート」は、そうしたコマーシャルから知ったアーティストだ。
「誰?」と思うかもしれないが、聴いてみると結構皆さん「お馴染みの曲」が多い。

そんな中で3曲紹介する。本当は一番お気に入りの「Beyond」を紹介したいが、残念ながらYoutubeにないし、何より日本でのCDは廃盤になっていた。
仕方なく今回「アマゾン」で輸入盤を購入し、最近一番のお気に入りになっている。

1曲め「Bittersweet Samba」実はオールナイトニッポンのオープニング曲

2曲め「ロバートブラウン」のCM

3曲め「Rise」この頃の代表曲

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2009年7月17日 (金)

認知症のこと、介護のこと、マンションのこと

いつもながら変なタイトルだが、今回は特にそうだ。
というか、うまくタイトルが出来なかったので、関連する用語を並べた。

私の住んでいるマンションは小さい。
だからすぐに「理事」などの役割が回って来る。
「理事長」をやった時には「マンション理事長奮闘記」としてブログに載せたし、その後もちょくちょく話題にも出している。

そのマンションの1階におそらく「認知症」と思われるお年寄りの女性がいる。
1〜2回見かけたが、かなり足腰も弱っているように見えた。
Ninti
その女性は一人暮らしでなく、これも想像だが息子さんが同居している。
息子さんと言っても、私よりかなり年上だし、生活を見ているとすでに年金受給者なのではないかと思う。

だから、このかなり高齢な息子さんは、認知症の母親を1人で面倒見ていることになる。
話したことがないので、まったく想像ばかりですが。

そしてたまに認知症の母親を怒鳴る声が聞こえる。
特に今の季節、窓を開けているので、よく聞こえて来る。
私は3階に住み、その家族は1階。
時に、窓を開けていなくても、その怒鳴り声が聞こえて来るから、「声の大きさ」はかなり大声だ。

そうなるとかなり近所迷惑となる。
実際に、隣の子供がいる夫婦は文句を言ったようだし、解決できないみたいなので、昨年の夏頃からマンションを「売り」に出していて、つい最近引っ越してしまった。
余談だが、このマンションを購入する時、1階の部屋も同じ価格で出ていて、一緒に見学したことがある。
不動産屋は「庭があって良いですよ」と薦めたが、「手入れ」が大変なことを知っていたので、断わって3階の今の部屋を契約した。

だから幸い私自身は、スゴイ被害を受けているわけじゃない。
でも、朝方などたまに怒鳴り声が聞こえて来る。認知症の人は時間感覚がないからだろう。

その怒鳴り声を耳にしながら「うるさいな〜〜」と思いつつ
「年金受給者の息子が1人で面倒見ている」現実が本当に良いのかと思う。
たまに1週間くらい居ない時があるので、もしかすると短期で施設にお世話になっているかもしれないが、それだって費用が掛かるだろう。

「怒鳴って」母親を面倒見ている息子。
多分「状況があまり分かっていない」母親。
たぶん、施設に入居した方が良いだろうけれど、費用の問題もあるだろう。

「うるさい!」と文句言ったり、理事会で問題として取り上げるのは簡単だが、おそらく「良い解決方法」はなかなか見つからないだろう。
日本の「介護問題」は、結構身近なところにある。

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2009年7月15日 (水)

良き友人のこと

「昔ながらの額縁屋さん」のことはちょくちょくこのブログに出てくる。
30年来の友人であることも何度か書いた。
そしてつい最近久しぶりにその頃の仲間と語り合ったことも「古い友人と新しい縁」で書いた。

ここ1〜2年、正直彼の活動には目を見張るものがある。
「古い友人と新しい縁」の中で我が家に泊まった30年来の4名の仲間は、元々故郷が同じだ。
その中で「額縁屋さん」だけが、今も故郷に暮らし働いている。
その他の3名は私を含め、それぞれの事情で、それぞれの街で暮らしている。

「額縁屋さん」は自分でも言っているように、ちょっとだけ「人見知り」をする。
そして私のようにぺらぺら喋るタイプでなく、決して口数は多くないが心のこもった喋り方をする。
Gakubutiya
そんな彼は父の仕事をそのまま継いだ。
「大量生産大量消費時代」には額縁は輸出にも助けられていたが、まあ順調な産業だったと思う。

しかし何年前だったろう?
「パーソナルな時代」になり個人趣向が広がったあと、日本最大の額縁メーカーが倒産し、当然その影響を彼自身も受けたはずだ。

「どうするのかな?」

と思っていたし一度は聞いてみたことがある。

「ま、女房と子供が食っていける分だけ稼げれば良いから」

と自分1人でいろいろ試行錯誤を開始した。
そのうちに「展示即売会に出展する」と言っては出掛け、「パッチワーク展」にも出展すると言っては活動するようになった。
彼は免許を持っていないので、当然奥さんと二人三脚。
そしてもう3年も前になってしまったけれど「幸せな非現実空間にて」で取り上げた「吉田拓郎&かぐや姫」のつま恋コンサートにも、展示会の関係で涙を飲んで諦める決意の固さ。
(このコンサート自身、彼の方が私より数倍行きたかったはずだ)
とにかく若い頃の彼とはまるでちがって活動的に動き出した。

そしてこれまた2年前にブログを開設。
毎日拝見しているが、どんどん活動が広がっていくのがよく分かる。
「月に1回のプレゼント」「オリジナル注文の様子」など、傍から見てても
「スゴイな〜〜アクティブだな〜〜」
と感じるこの頃だ。

人は身体ではなくスキルの成長期ってのはマチマチなのだろう。
彼は今、猛烈な勢いで成長している気がする。
そして、この時期にまで繋がっている私には、また
「何かやれそうな」
勇気をくれる。

とても良き友人だと改めて思うし、知り合えたことを感謝している。
(ちょっとした付き合いだったのにね?)

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2009年7月13日 (月)

やれないままでいいのかな?

いつもは「どんな記事だっけ?」と思ってバックナンバーを調べてから書くのだが、沢山あり過ぎたので辞めた。
何の話しかと言うと「会社」の話だ。

このブログには「会社」の話がよく出て来る。
その多くは中間管理職の私の愚痴だ。
読んでいる人には迷惑だろうが、会社で言えないし、酒が飲めないので飲んで憂さを晴らすことも出来ないので、せめてブログで愚痴ろうとしている。

今じゃ、昔からの友人や縁あって知り合った人が、このブログに訪れてくれるので「愚痴ばっかりじゃ」と思うこともある。
でも、あんまり心に貯めると「ロクなこと」にならないので、こうして相変わらずちょくちょく愚痴っている。
Yatte
今日の愚痴は次の世代に向けてだ。
言い方を変えると「最近の若いもんは」になるのだが、それじゃ本当に愚痴になってしまうので、ちょっとだけ変えた。

私はデザイナーとしては稀なのかもしれないが、「チラシ」「製品カタログ」「会社案内/学校案内」「社内報」も、とにかく結構幅広い仕事をして来た。

特に「チラシ」の世界とその他ツールの世界は、デザインも時間も品質も違っているので、「両方出来る」人は少ない(ように思う)。
いくつかの転職がそうさせているし、たまたま幅広い仕事が出来るところに勤めているというものある。
ただし、それなりの「努力」は必要になる。

しかしだ。
今のデザイン課の課長は「ギフトカタログ」は上手にこなすけれど、それ以外はからっきしだ。
私がデザイン課を離れる時に
「このままじゃ、対応できる範囲が狭すぎるから広げる努力をしろ」

と忠告したが、その後10年。
周りから良いように使われたこともあって、相変わらず「ギフト系」以外は無理な状態だ。
彼もすでに40代半ば。
とてもこれからのジャンプアップは望めないので、自然に「その次の世代」に焦点が当たる。

これがまた「がめつくデザインを学んでやるぞ!」ってのが居ない。
「なんでなんだろう」

ちょっと前に「モノづくりの代弁者」で発注者の熱意について書いたが、実は制作者にも熱意がない。

「やったことない」
「わかりません」
「知りません」

せっかく縁があって「デザイン」っていう世界に飛び込んだのに、会社来て、Macintoshの前に座っていれば力が作ってモンじゃないぞ!

そう叫びたいけれど、それも大人げない。
でも、このまま「出来ない」まま年齢を重ねていくことに不安はないんだろうか?
「最近の若い奴(!)」を見て、そう思うこの頃だ。

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2009年7月10日 (金)

とりあえず安心〜吉田拓郎

嫌な予感だった。

「拓郎倒れる〜急遽公演中止!」

Takurodaun_2

この見出しや言葉は、大げさでなく心臓をえぐった。

ついこの前「清志郎-逝去」で、辛い辛い音楽業界のニュースを聞いたばかりだ。
このニュースを流すテレビで紹介される6月21日名古屋公演の姿も、気のせいかすごく辛そうな表情に見える。

実は今「スカパー!」では、清志郎の追悼特別番組をやっている。
先週の土曜に夜11時から朝8時まで、今までのスカパーでの番組を再放送。
そして、来週の土曜にはさらに9時間近く秘蔵映像(夜のヒットスタジオのガム事件など)も放送すると言う。
当然、楽しみにして録画しているが、それを見ながら
「あ〜〜清志郎のこのシャウトボイスは、もう二度と聞けないんだ」
と思っていたところだ。

幸い今入っているニュースでは「2週間の自宅療養。風邪悪化による急性気管支炎」と言われている。
ツアーもいくつか中止になったらしい。
そう言えば、倒れた日の公演は「開演1時間前の中止」だったそうだ。
しかし、まったく大騒ぎにならず、ファンは皆納得して帰路に着いたとの事。
このニュースは、同じファンとして嬉しかった。
遠くから来たファンは「残念だけれど、そんなことより体調が心配」とコメントしていた。
涙が出た。

極端な言い方だけれど、もうこのままツアーそのものを中止したっていいんじゃないかな?
無理されるより、これからもどこかで唄う姿を、やっぱり見たいから。

早く回復しますように!

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2009年7月 8日 (水)

消去法の中の政権

久しぶりに政治的な話を。

去年の秋ぐらいから「解散・総選挙はいつか」と騒いでいたが、解散しなくても任期切れが迫って来ているので、さすがに「真実味」が帯びて来た。

前哨戦と言われる「静岡知事選挙」で辛くも民主党系が勝ち、ずっと話題になっていた「都議会選」で自民がどれだけ踏ん張るかで、きっと「政権交代」の実現性がクローズアップされるだろう。
ただ「自民支持が減った」「民主支持が増えた」というニュースを見るたびに「本当かな〜〜」と思う。

Syoukyohou

私はいわゆる「無党派層」だ。
この「無党派層」って言葉も難しくて、「まったく政治に関心がない」人も「関心があるけれど特定の支持政党がない」人も「無党派層」と呼ばれている。
私はこれで言うと後者になる。

20代の人間には「よく分からんもん」と言う人が多いだろうが、50代になるとさすがにそう言うわけにはならず、一応関心がある。
関心があるが「指示するに値する」ような政党があるかというと、ない。
アメリカの大統領選のように「お祭り騒ぎ」的に盛り上がるのも、あまり日本には向いていないから、余計に私のような「無党派層」は多いのだろう。

ここからは私個人の感情だから「無党派層」がみんなそうだとは思わないので、そのつもりで読んで欲しい。
私は多分、今度「民主系」に入れる。
でも、それは「支持」しているわけでなく「変化」を求めているからだ。

はっきり言っちゃえば「自民」「民主」も似たようなもんだ。
まぁ、小沢さんなんて、「自民党より自民党らしい」人だから、どっちもどっちだ。
ただ「変化」がない。
「変化」がないとどうなるか?
「チェック機能」が働かなくなる。
「前の大臣では、こうでした」と官僚に説明されれば、同じ政党の人だから波風立てずに「そのまま」で進捗していく。

会社で言えば上場企業は「株主総会」でチェックされる。
例え「儀式的」であっても資料を作り、チェックに対して応える準備をする。
だから、やっぱり「変化」という「チェック機能」が必要だと思っている。

そう決して「民主党」に期待しているわけじゃない。
「うどんとそばしかないけれど、どっち食べる」
「うどんはお昼食ったなあ〜〜、まぁどっちかと言えばソバかな?」
こんな程度の消去法で政党を選ばざるを得ない日本の政治状況ってどうなんでしょう?

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2009年7月 6日 (月)

生活の中のゴミ

以前、「額縁屋さんが地域清掃」の記事を書いていたが、ちょっとそれに関連して。

最初に断わっておきますが、掲載している写真はネットから拾ったもので、私のゴミではありません。
私の地域では
「ラベルは剥がす」
「キャップは外す」

というルールなので、写真のような捨て方をすると注意されます。
Petbotoru
本題に戻って・・・
私は一人暮らしだ。
しかもほとんど外食という生活になっている。
お菓子類は購入するが、それでも一般家庭にすれば、ゴミの量は段違いに少ないはずだ。

市が指定しているゴミ袋は大きいのだと45リットルだ。
そして私の住んでいる区域は「可燃ゴミ」「資源ゴミ」「不燃ゴミ」の大きく言えば3つに分別される。
(分別の方法が地域によって違うのも問題だよね〜〜〜)

そして「可燃ゴミ」は週2回。「資源ゴミ」「不燃ゴミ」は週1回収集される。
私のおよそのペースは「可燃ゴミ」「資源ゴミ」ともに2週間に1回と言う感じだ。
ただし、「資源ゴミ」は、いろいろな「資源」に分けて出す。
「ペットボトル」は特に分別されて出す。

暑くなって、つい自販機でお茶を購入したりして、自宅まで持って帰るとゴミになる。
潰して袋に入れれば良いのだろうが、そのまま袋に入れると45リットルが下手をすると1週間で一杯になる。

そして、これらのゴミを捨てるたびに思う。
「普通より少ないはずなのに、毎回毎回ゴミが出るな〜〜〜」と。

きっとそれだけ現代は「ゴミの出る」暮らしの仕組みなっているんだろう。
何かを買えば、箱やケースはゴミになる。
通販購入の場合でも宅急便の包装が追加ゴミになる。
レジ袋や過剰包装が話題になって久しいけれど、相変わらずゴミの量が減らないな〜〜と毎回ゴミを出すごとに思うのである。

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2009年7月 3日 (金)

運がない?縁がない?

人間関係の中で「縁」「運」がないという話がある。
50歳になると、そういう話を実感として感じることがある。

例えば、私は「会社運」がある方だと思っている。
それは「その会社が面白い時期」に勤めているということだ。
主観の問題なので、私がそう感じているだけなのだろうが、辞めた後にその会社の活動が縮小されたとか、赤字になったと言う経験が何度もある。
(何度もあると言うことは、それだけたくさん転職していることなんだが)

「くじ運」なんてのもある。
「何かしら景品を当てて帰る奴」って周りにいません?
そういうのって理屈じゃなく「運」が強いとしか表現出来ないことだ。
Fujitetai
ずいぶん前置きが長かったが、何の話しかと言うと「F1」の話だ。
1年に数回F1を中心としたモータスポーツの記事を書くが、今シーズンは多分初めてだ。
じゃ、あんまり一生懸命注目していないかと言うと、それは逆。
スカパー!に入ったおかげで、全戦予選から生中継放映を今年はしているため、決勝は必ずリアルタイムで見ている。
しかも地上波と違って、「今宮サン」とか「河合チャン」とかF1ブームの頃のスタッフのとてもマニアックな解説なので、古くからのファンとしては嬉しい放送だ。
しかしマニアック過ぎて、とてもこのブログに載せても誰も理解できないので、書いていないだけだ。

前置きが長く、本題に入る前に横道に逸れたが、やっと本題。

「景気悪化のため、トヨタが富士スピードウェイでのF1開催を撤退」

このニュースを見て、最初に思ったのが先に書いた「縁」とか「運」だ。
元々、日本で初めてF1が開かれたのは、「富士スピードウェイ」だ。
その頃はあまり興味のない時代だったので、記憶が曖昧だが、確か2〜3年目にレース中、観客を巻き込む死亡事故が発生した(死んだ観客は立ち入り禁止の場所にいたらしいが)。
それから日本でのF1開催はしばらくなく、鈴鹿で開催された1年目などは「2度と死亡事故のないように」と関係者がピリピリしていたことは覚えている。

そして一昨年、久しぶりに「富士スピードウェイ」で開催された。
初年度は土砂降りでトラブル続き(富士開催F1グランプリを参考)、3回目の開催を迎える前に撤退が決まった。

トヨタ自動車が200億円かけてサーキットを改修したけれど、結局2回開催しただけ。
もうこれは、冒頭に書いたように「富士スピードウェイ」「F1」「縁」がないとしか言いようがない。
おそらく次回の「富士スピードウェイ」での「F1開催誘致」は、今回の撤退でものすごく難しくなり、2度とないかもしれない。

人間だけでなく「縁」とか「運」とかはあるものなんだなぁ。

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2009年7月 1日 (水)

が〜〜っかりの新人

もう新人ではないのだが、昨年入社したかなり問題多き男性スタッフの話。

私の部下は、ちょくちょくこのブログに登場する。
(このブログのコンセプトの一部が、「私の愚痴」だからしょうがない)
最初は「頑張れ!新人君」、次は「男女の違い」、そして最後が「無知の知」

最近は登場していないので、順調かと言えば真逆である。
入社2年目となっても相変わらず進歩がない。
何度でも同じ注意を受けるし、1年に散々言われたことも出来ないし、また注意を受ける。

だから本当は「実務」をやらせられるレベルになっていないのだが、2年目になっても社内でコピー取りや研修モドキのことをやっていても仕様がない。
かと言って、まともに実務をやらせると、営業やお客さんに迷惑がかかる。
こう言う場合、我々の仕事は便利で「自主提案」という手段がある。
Gakkari
そこで会議資料から「ノベルティ提案」というものをピックアップし、営業と打合せし、自分で提案まで持っていくように指示した。

2〜3日黙々とやっているが、何の報告も何の相談もない。
打合せをしていた営業に聞くと
「ボクのアプローチしている業社に依頼してたので、それは注意しました」
と教えてくれた。

どうも傍から見てても「?」だな〜〜と思ったので、進捗状況を報告させた。
そうしたら
「要望を業社に連絡して、ノベルティ商品を選択してもらっています」
という。
「何!じゃ、自分で選んでないの?」
と聞くと
「いや、自分でも選んでいます」

う〜〜〜ん、かなりがっかりした。
確かに「業社に選んでもらう」というのは効率はいい。
それは、営業社員なんかはよくやる方法だ。

でも彼は「企画をやりたい」と言って、私の部下になった。
そんな人間が「自分で調べて、自分で考え、自分で商品を選ぶ」ことをしないなんて。

「企画案を考える上で、下調べなどの作業で手を抜くな」
と毎日のように言っているのに、これじゃあダメだ。
本人を目の前に
「かなりがっかりしたよ」
と伝えたけれど、分かっているんだろうか?

彼にとって「企画をやりたい」とは、どんなことだっただろうな。

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