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2009年6月の記事

2009年6月29日 (月)

飽き飽きするプロモーション活動

前回の「ソフトの数」が関係しているのだろう。
最近テレビを見ていて気になりませんか?「プロモーション活動」の露出の多さ。
「他にないのかよ」
と画面に向って愚痴りたくなるほどです。

「ユーミン」が久しぶりにアルバムを出しました。
そうするとその週の音楽番組のほぼすべてに「ユーミン」が登場する。
そして話は「新しいアルバムに付いて」が必ず聞かれる。
Puromosyon
「余命一ヶ月の花嫁」という映画が公開されます。
そうすると、映画製作に関係したテレビチャンネルを中心に、主人公役の「榮倉奈々」「瑛太」の二人が番組に出まくって宣伝している。

「ROOKIES」という人気テレビ番組が映画になった。
主役の「佐藤隆太」はじめレギュラーメンバーが、野球ユニフォーム姿でテレビ番組に出まくって騒ぎます。

最初に1〜2回は興味もあって見る場合もありますが、もう後半になると私はチャンネルを変えます。
だって同じ週で、違うチャンネルとは言え、同じ人の同じような話題を何度も見るほど暇じゃありません。
こんなこと「見る側」に立って考えれば誰でも気づくのに、「他もやっているから」と鈍感な感度でやっている。

もう「ソフト不足」の末期的状態なのかもしれません。
CMも同じようなタレントが同じようなテイストでやるから「どこのなにの」コマーシャルか区別付かない。

そして一番面白かったのは「倖田來未」のパチスロの宣伝。
これじゃ「ソフト」じゃなく単純に「タレント展開」しているだけ。

もし私が18歳くらいで今のような状態を見たら「クリエイターになりたい」と思わなかっただろうな。
それだけ「魅力的」には映らないから・・・・

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2009年6月26日 (金)

ソフトの数

ちょっとマーケティング的なモノの言い方だけれど
「ソフトの力が弱くなった」
と言われて久しい。

私なりの感じ方を一般的な人に伝えやすくするには「テレビ番組」が分かり易い。
「60チャンネルを超えるテレビって」で書いたように、私は昨年末に「スカパー!」を契約することになった。
Soft
これはかなり分かり易いが、もの凄いチャンネル数を誇っているけれど、ソフトとなる番組量が追いつかない。
追いつかないから古い番組を再放送する。
先日など「夜のヒットスタジオ」「ザ・ピーナッツ最後の出演」をやっていた(興味深く見ていたけれど・・・・)

普通の地上波チャンネルでも、同様なことが起きている。
平日の昼だけでなく最近は土日の昼でも、バラエティ系の「再放送」が多くなった。
これらは、いずれも「ソフト数不足」から起きていると私は思っている。
要は
「新しくオリジナル性の高い番組を作る力が無くなって来ている」
または
「メディアの多様化にソフトを作るスピードが追いつかない」
という現象なのである。

「漫画を原作としたドラマ」
「多人数の芸人をひな壇に配置したバラエティ」

最近の番組は、概ねこんな形のものになっている。

テレビ番組よりももっとはっきり分かるのは音楽である。
以前友人がCDショップをしていた頃に言っていた。
「すごくヒットしたアルバム以外は売れなくなった」

今は「すごくヒットした」というアルバム自体が無くなって来てしまった。
そして
「R=35」
に代表されるような「コンピテンシーアルバム」ばっかりになってしまった。

私のような地方の印刷会社に勤めるプランナーでも、この
「ソフト不足」
は悩みのタネである。

そして、たまに出て来る「新しいソフト」をシロアリのように「一瞬に食い尽くす」マスメディアの展開に、「ソフトの時代」が益々遠のくような気がしてならない。

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2009年6月24日 (水)

三世のための禁断の果実

ものすご〜〜〜くエキセントリックなタイトルだが、世間にはよくある話だけれど、自分自身には「禁断の果実」として胸に痛い話題だ。

三世の話は昨年夏の「娘のサプライズ その1『告知』」に始まり、ここのところ、ちょくちょく出て来ていますが、やっぱり「初孫」ですからね。
私にとっては、超ビッグなニュースソースなわけです。

なんて浮かれていられないのが「婿の就職」
「三世の宮参り」の時にも「どう?」と聞いたのが、「今、返事待ちです」と言っていた。

「決まったら連絡しろよ」
と言っても新しい生活に振り回されている新米パパとママには余裕もないのだろうと思っていたが、やはり気になるので5月中旬頃に、状況を聞いてみた。
Enkodenyusya
そうしたらやっぱり「結局不採用で、もうハローワークに行っても面接する所も無くなって来た」とのこと。
じゃあ、ということで新米のお祖父ちゃんとしては「禁断の果実」に手をつけたわけだ。

婿の希望職種は、私の仕事である「グラフィックデザイン系」である。
元々「婿の就職が・・・」と以前会社で話したら、我が部の部長ともう1人の副部長は「ウチに来てもらえば、いいじゃん!」と言っていた。

でも、私はそんな「縁故」は嫌いだし、「婿」が同じ部署にいるのも決して居心地よくはない。
一度、婿にも話してみたが、本人も「最終手段にしたい」と言っていた(まぁ意地もあるんだろう)。

しかし、その「最終手段」を使わざるを得ないところまで来てしまったため、仕方なく部長達に話してみた。
いつも夏以降は厚物カタログ制作のために、派遣を増やしたりするので「そのスタッフ」ということで来てもらえば良いと言ってもらい、さっそく形ばかりの面接をした。

あとは、もう1人の副部長が稟議書を書き、上層部に交渉し、総務とも話し、トントン拍子で「契約社員」という形(だと思う)で、会社に来る事になった。

こういう「縁故」は、本当に好きじゃないけれど、会社からすれば「見ず知らずの人間より良い」とのことらしいが、それも胸を張れる理由じゃない。
でも、そうも言っていられないから、今回「禁断の果実」に手をつけてしまったわけだ。

あとは婿が一生懸命仕事をしてくれることを祈るのみだ。
やっぱり「子より孫」ってのは本当なのかね?

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2009年6月22日 (月)

「モノづくり」の代弁者

この記事は、最近縁あって知り合うことが出来た「こばちさん(ブログはこばちの取材の寄り道)の中で「モノのカタチ」という記事を読んだ時に感じた感想だ。

本当は彼女のブログへのコメントにした方がいいのかもしれないが、かなり長くなりそうなので、記事にさせてもらった。
(こばちさん、「ネタきっかけ」ありがとう!)
Daibensya
私は20代半ばで、デザインと言う業界に入った。
その頃と今とではいったい何が違うのだろう。
それは「発注者の熱意」だと思う。

昔、企業の「広報」という部署は「社内で使えない奴」とか「ちょっと変人」みたいな人が多かった(印象ですが)。
だから我々制作者側が一生懸命面倒見たり、ちょっと変わった依頼があったりもした。
けれど「熱意」は、今の時代に比べると遥かにあった。

制作者もそうだけれど、発注者も「いいものを創りたい」と気持ちがあった。
しかし残念ながら、今の発注者には「熱意」はあまりない。

「上層部にどう報告しようか?」
「社内でどうやって決済してもらおうか?」

そんなことばっかり考えて打合せに参加して来る。
そして「どんなものを創りたいか?」という重要な部分を、我々外部の人間に「ぜ〜〜〜んぶ」任せてしまう。
これじゃ、「いいもの」は創れない。

「なぜか?」

我々クリエイターは、「発注者」「作り手」の代弁者だからだ。
「熱意のない発注者や作り手」では、代弁のしようがない。
だから、適当に手を抜く(抜かざるを得ない)。
そして「良いもの」は出来ないのである。

最初の話に戻ろう。
こばちさんの「モノのカタチ」の記事に掲載されている額縁や巾着は、私の友人の「額縁屋さん」「揚巻さん」の作品だ。

彼らの「モノを創る熱意」はスゴイ。
特に「揚巻さん」は不器用な人なので、作品作りが始まると、主婦業が停まるくらい一生懸命熱意を込めて制作する(らしい)。

そんな制作者の「熱意」があると我々のような代弁者は「その熱意に負けないように」一生懸命広告やパンフを制作する。
そして、とっても良い宣伝ツールが出来上がる。

想像ではあるが、こばちさんのコピーは「熱意」に反応して波紋のように拡がり、心地よい文章が生み出されるのではないだろうか?

我々クリエイターを活かすも殺すも、「発注者の熱意」によるものだ。
彼女のブログ記事を見て、この業界で25年以上やってきた50代のクリエイターが漠然と感じていた考えが、一瞬にして整理出来た気がする。

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2009年6月19日 (金)

「現場感」の難しさ その2

前回の続き。

今回登場の「専務」は現在の専務である。
先日、ある新規顧客に営業とその専務と同行訪問した。
実は専務とは言え、私と年齢も近いし、営業部長をしていた頃から知っているので、私は結構遠慮なしにモノを言う。

今回の顧客も前回同様「会長繋がり」なのである。
ちょっと詳しく書くと、イロイロ差し障りがあるので、説明しないが、商談後こんなことがあった。
Genba02
我が社の事例紹介をしたが、ちょっと反応が良くなかった。
途中から「キーマン」の方が参加され、ちょっとだけ盛り上がったが、いずれにしろ「良い」反応ではなかった。

玄関先で挨拶をして別れようとしたら、専務と営業がその「キーマン」に少し話をしていた(ように私には見えた)。
だから、違う担当者に、もう少し今の現状を聞いてみようと声を掛けて、少し話をしていた。

時間にして2〜3分だったが、営業から「もういいですか?」と声が掛かったので、慌てて挨拶して別れた。
そしてクルマまで歩いていると専務から
「終わったら、サッサと別れる。お客様が待っているだろう」

私だって小僧じゃないから「無駄話してたわけじゃないっすよ」と言ったら「いいんだよ、これは命令だ」と頭ごなしに言って来た。
これには、ちょっと「ムカっ」と来た。

先に書いたように、専務とは言え、結構長い付き合いの人だ。
ちょっと時間が過ぎてから、「で、何の話をしてたんだ?」と聞いて来たので
「私も小僧じゃないので、あんな風に言われるんだったら、言うつもりありません」
そう逆らってやった。

会社までのクルマの中、
「あ〜〜、この人も現場感がなくなっているんだろうな」
と思いながら帰って来た。

前回と今回は「現場感」の話をしているが、職制が上がると
「大所高所からの判断」
が必要となり、そして身に付いていく。

でも、それと比例して「現場感」は薄れるのである。
今、私は徐々に現場を部下に任せようとしている。

いったいいつまで私の中に「現場感」が残っているんだろうか?
きっとそのうち部下から
「もう、現場のこと分かっていないんだから」
と陰口を叩かれる時期が来るのだろうか。

「現場感」「大所高所判断」
この難しさを味わっている。

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2009年6月17日 (水)

「現場感」の難しさ その1

またまた会社絡みの話題。
「なんだかストレス溜まる会社に勤めているな」
私のブログを続けて読んでいる人は、そう思うかもしれない。
でも、どこの企業もそんなもんだと思います。

Genba01
「事件は現場で起きているんだ!」
あの有名な映画のセリフです。
一時期流行りましたね?

これ仕事でも同じだと最近つくづく思います。
私は副部長という「中間管理職」、これをカタカナで言うと「プレイング・マネージャー」です。
『現場やりながら管理もしろ!』
ま〜会社からすれば都合の良いポジションなわけです。

ウチの部長さんはもう現場を離れて2〜3年経ってしまったため、全く分からなくなってしまいました。
ただ、本人はまだ分かっていると思っているのが哀れですが。
要は、ここなんです。

「自分は現場感を失っていないか?」

これをいつも自問自答していないといけないと思うのです。
今回この話題に出て来るのは、両方とも我が社の「専務」です。
時期が違うので、今日出て来る専務は「現社長」です。

ある企業の社内報制作の件。
担当営業から「顧客からマンネリして来たし、対応が雑だからデザイナーを変えて欲しいと言われた」と相談を受けた。
それが顧客ニーズなら応えないとマズいので、外注のベテランデザイナーに「安い価格だけど、何とかお願いします」と依頼し、顧客側にも満足してもらった。
でも、ある日私は専務に呼ばれ
「お前、なんであんなフリーのデザイナーなんか紹介しているんだ!」
と営業の部屋のみんなの前で怒られた。

怒る理由が呆れた。
その顧客はウチの会長と太いパイプで繋がっており、超重要顧客だ。
だから「専務」としては我が社の子会社の「ちゃんとプロダクションで制作している」と報告していたらしい。

だから、「そんなフリーにやらせているなんて会長が知ったら、俺は何と言えばいいんだ!」と怒っているわけだ。
呆れるでしょ?
顧客は満足しているんだけれど、完全に現場感が無くなっている役員だと自分で告白しているようなもの。

人間って偉いモノで、あんまり呆れてしまうと怒る気にもならず
「すいません、配慮が足りませんでした」
と心にもない言葉で頭を下げたのだった。

続く

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2009年6月15日 (月)

上司の気持ち

本屋さんに行くと「上司と部下」に関する新書が多い。
一応これでも立派な(?)中間管理職なので、そういうことはちょっと気になるので「パラパラ」と見たりする事がある。
実際に「リダーシップ」系の本を2冊くらい購入して読んだ事もある。

しかしながら、こんな「ハウツー」系の本を読んで
「おー!なるほど、そうか!」
と思ったことはない。

かと思うと、ウチのような中小企業でも「管理職系のセミナー」なんかを受けさせてくれる事もあり、実際に参加した事もある。
この時も「おー!!」と目からウロコが落ちるような気持ちになった事がない。
Jousinonayamu_2
じゃあ、全然役に立たないかと言えば、部分的に役立っている。
まぁ、きっとこのような「ハウツー」ものは、そんなものなんだろう。

前置きが長くなったが、何の話しかと言えば中間管理職の気持ちの話だ。
最近では「見捨てる瞬間」という記事を書いたが、このブログではちょくちょく自分の部下や上司の話が出て来る。
(それだけ、会社中心の生活と言う事で悲しくはあるが)

上司の無茶な話。
自分の考えに囚われ過ぎて、感情的になる女性部下。
ちょっと安心して手抜きを覚え始めた4年目の部下。
亀の歩みのように鈍いアップ率の2年目の男の子。
なかなか本質が身に付かないデザイン系スタッフ。

などなど実は上司と言うのは、悩みは尽きないのである。
じゃ、自分だけがカリカリしているかと言えば、ちゃんと部下は部下で「考えたり感じたり」して変化を見せたり、頑張り方を変えたりする。

そんな部下の姿を見ると「おっ、いいぞいいぞ」と思うのだが、しばらくするとまた「カリカリ」するような出来事が待っている。

女性は繊細だし、飲み込みも速いし、上達力も高い。
それは早熟度の問題なのだが、「即戦力」には女性はありがたい。
けれど、地道に粘っていく底力は、少し薄い。

男性は、この女性の真逆だ。
ま〜20代なんて子供の延長的なやんちゃ坊主もしくは小僧だ。

最初に書いた「上司のハウツー」系の多くの本。
それだけ、上司も部下も悩んでいるんだけれど、結局自分たちで納得いくように「トライ&エラー」で一歩でも良くなるように動かしていくしかないのである。

「あいつはもうダメだ」
「オレには管理職は向いていない」
と諦めたら、それで終わってしまうのだと言う事だけは「キモ」に命じて、今日も中間管理職として日々悩み働いている・・・・

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2009年6月12日 (金)

「心のままに」が難しい

4名の腐れ縁会合の番外編。

作品展会場で「こばちさん」も一緒だったことは「古い友人と新しい縁」の時に書いた。

ほんの短い時間だったけれど、私自身としては同業者として「もうちょっと話してみたかったな〜」なんて思っていた。
あとから「額縁屋さん」から、コピーライティングでの悩みについて「こんなこと言ってたよ〜」と少しだけ話を聞いた。
Kokoronomama
やっぱり同業者なので、その悩みやジレンマや壁の感じ方など、おそらく他の人よりは強く響けるのではないかと思っている。
ここからは私の「コピーライティング」についての持論なので、「正論」じゃないことを分かった上で読んでください。

私は「グラフィックデザイナー」だった。
他人はこういう職業に就く人は皆「才能がある」と思っているが、そうではない。
あるとしたら「好きかどうか」という気持ちの部分がほとんどだ。
特に今の時代、デジタル化されデッサン力などなくてもデザインは出来る(現に私がそうだ)。

しかし、「才能」と言う部分では「コピーライティング」の方が遥かに必要だと思っている。
これはディレクターになってライターと一緒に仕事をして思った。
言い回しや文章のリズム感など、何度「修正」を依頼しても出来ないライターには出来ない。
そんな経験を数多くして来ているので、ある案件のキャスティングの時には、その案件にマッチするライターやカメラマンを選択することが重要だと思うようになった。

おそらく「こばちさん」は、その辺りの「プロとしてのライター」ということを壁と感じているのではないだろうか?
でも、ほんの2時間くらいしかお話ししていないけれど、とても高い「感受性」と、そして優しき「母」の両面性を融合して持ち合わせている、とても「魅力的な人」と私には映った(褒め過ぎか???)。

今、「こばちさん」はガチガチの商業コピーライターではない。
そしておそらく、彼女はそのようなライターには向いていない。

自分の「琴線」に触れて、大きく「響く」時に、彼女のコピーは魅力的なリズムを生み出し、読む人が何の苦労もせずに「美味しい水」を飲むように心に溶け込むようなものになるのではないだろうか?

だから、プレッシャーなんか気にせずに、「琴線」に触れた通りにブログの文章を書いてくれればと思っている。

と、分かったようなことを書いたが、それが出来ないから苦労するんだよね?
これも、同業者だから分かる悩みなのである。

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2009年6月10日 (水)

上司のニーズ

引き続き4名の腐れ縁会合の話題から。

これは私が言った言葉だ。
「部下」にも悩むが「上司」にも悩む。
これもこのブログに話題として出て来るから、中間管理職の共通の悩みだろう。

実はこの言葉を思い付いたのは2〜3年前だ。
いろいろな周辺事情があって、当時私と我が部長とはとても険悪な関係になっていた。

必要以上の話をお互いにしない。
最低限の報告しかしない。

私は根っこの部分が、クリエイターなので、中間管理職でも
「別に部長のために働いているわけじゃないから」
と歩み寄ろうとも思わなかった。
Jousinizu
それでも、上司は上司。
人事的な評価はされるし、上層部への報告も「部長のフィルター」を通って伝えられる。

そんなある時、人事評価面談で部長と話している時に「顧客へのソリューション活動」の話題になった。
部長の熱弁を聞きながら、ふと
「こういう上司のニーズに応えることもソリューションなんだろうな」
と思った。

そうかそうか。
上司だとか部下だとか「同じ会社の人間」と思うから腹が立つのだ。
「顧客のワガママ的ニーズ」も腹が立つけれど、でも「ニーズに応える」ということで我慢も納得も出来るわけだ。

同じように上司のいろんな話を「ニーズ」と捉えれば、腹立つことも少なくなるんじゃないか?
そう思って実際にやってみたら、これが結構納得出来たのである。

「また無理難題言ってるけれど、ニーズだからやってみるか」

という気持ちになれるわけだ。
こんな話を4人にしたら、妙に感心されたけれど、どうなんでしょう?この考え方は?

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2009年6月 8日 (月)

知識と知恵

前回の4名の腐れ縁会合の話題から。

4名のうち2名は勤め人である。
私はいつも紹介するように「地方の印刷会社」に勤めている。
そしてもう1名は「地方公務員」だ(外見は、どうみても違うが)。

このブログにも「部下」の話題が出て来るが、勤め人でしかも50歳くらいになっていると、どうしても「部下」のことについて愚痴が出る。
そして、今回の名言はこの「地方公務員」である友人の言葉だ。

「今の若い連中は、『知識』はあるけれど『知恵』がない」
Tietotisiki
素晴らしい!
私もよく部下にも言うし、このブログに書くけれど、今の20代は「いろんなこと知っている」けれど、「知っている」だけなのだ。
その「知っている」ことを「どう活かす」かという「知恵」がないのである。

だから、私の仕事のステージでもある「デザイン」でもDTPアプリケーションは使えるけれど、良いデザインが出来ないなんてことがよく発生する。

なぜか?

「デザイン」は表現の「工夫」だからだ。
そして「工夫」は、マニュアルを読んでも攻略法を読んでも分からない。「知恵」がないと「工夫」出来ないからだ。

そして今は学校でも何でも「知識」を教えるけれど「知恵」を学ぶ時がないから、こうなっているのだろう。

私たちは今ほど「モノが豊か」じゃない時に子供時代を過ごしている。
だから、遊ぶにしても、友達と待ち合わせるにしても、そして欲しいものを買ってもらうにも「知恵」を使って「工夫」してきた。

「遊び道具」は揃っている。
友達との待ち合わせは「携帯で気軽に連絡」する。
「欲しいもの」は親に買ってもらえる。

これじゃあ、やっぱり「知恵」「工夫」も身に付かないね?

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2009年6月 5日 (金)

古い友人と新しい縁

私のブログ繋がりで「額縁屋さん」「揚巻さん」がいる。
この二人は30年以上前からの友人である。

今回この2名と、もう1人「額縁屋さん」の仕事繋がりの方の3名で
「縁ーpratyaya 三人展」
という作品販売会が、「創美空間風庵」で開催されている(6月8日まで)。

そしてそこに、もう1名30年来の友人が「私の三世誕生祝い」を口実に会場に足を運び、腐れ縁の4名が集まった。
私を含めて4名が顔合わせるのは数年ぶり。
今回の間隔は「数年」だったが、前回は「十数年振り」だから、ま〜〜縁と言うのは恐ろしいと言うか、深い絆と言うか・・・・・
Oldnewfriend
そしてそして、そこにまたまた「額縁屋さん」繋がりで「故郷の宝物〜春の息吹篇」「故郷の宝物〜大切な味篇」で紹介した「こばちさん」も加わって、何とも賑やかに話し込んでしまった。

「額縁屋さん」ともう1名の古き友人はご夫妻で、その他は1名ずつとは言え、多くの人数で茶房でお茶しながら作品展をそっちのけでしゃべっていたが、話題は昔話から子供の話まで、尽きることなく、そして時間を忘れてわいわいがやがや。

1回目の会合は、そこで解散。
その後、「こばちさん」と、それぞれの奥さまは帰途に疲れ、オリジナル30年来の腐れ縁メンバー4名で、我が家にやって来た。

2回目は、食事がてら「焼き鳥屋」に。
飲んで食べて、喋って、ここでも話題は尽きず、そのまま我が家に行き3回目の会合。
ま〜〜それでも話題は、続くのだけれど、残念ながら体力が続かない。
4人合わせると200歳を超えるのだから、昔だったら全然元気なはずの0時くらいになったら、目が「とろ〜〜〜ん」としてしまう。
それでも、シャワーを浴びたりして1時過ぎまで起きていて、1日目が終了。

そうそう、日付が変わった時に「額縁屋さん」は誕生日を迎え、52歳に!
そして妻から「おめでとうコール」もあって、独身バツイチの私には、ちょっぴり羨ましかった。

翌日も昼近くまで一緒にいて、解散したが久しぶりに楽しい時間だった。
学校の同級生でもなく、本当に18〜9歳の頃に、ほんの2〜3年一緒に遊んだだけの友人なんだけれど、きっと「濃密な」時間の過ごし方をお互いにしたのだろう。

今でも変な計算なしに、いろんなことを話せる友人がいることを改めて「感謝」した1日だった。

そして、この会話の中に「こばちさん」がいたら、また面白かっただろうな〜〜と心密かに感じたのだった(こばちさん、また機会あったら、ワイガヤしようね!)。

そうそう、次回から2回に分けて、4名の喋りの中で「おっ!」と皆が思い、「揚巻さん」曰く
「みんな良い年の取り方をした」
と言ってくれた話題を紹介する。

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2009年6月 3日 (水)

地上波デジタル対応

唐突ですが、もう皆さんは「地上波デジタル対応」されているのでしょうか?
若い頃からAV機器系は興味がある方なので、2011年までに対応しないといけないって話は前から知ってました。

しかし住んでいる場所がマンション。
そうすると共同アンテナなので、自分1人じゃ何ともならない。
でも、ようやくやっと我がマンションにも「デジタル対応アンテナ」に変更されました。

「お〜〜これでテレビを買い換えすればデジタル放送が見られるな」

Dezitaruha
そう思ってました。
ところがエラい事に気づいてしまったのです。
今、我が家にあるHDDレコーダー。
確か3年くらい前に購入したもので、VHS-DVD一体型のモノです。
しかも日本有名メーカーのものじゃない。
その時は
「まずはHDD-DVDレコーダーが必要で、しかもVHSテープも見れないと」
と思って安いモノを購入したのです。

まぁ購入したモノについては、取りあえず不満はありません。
ところが先日テレビ番組を録画して休みの日に見ていたら、画面右上に
「アナログ」
と表示されているじゃありませんか。

そうか〜〜〜〜。
レコーダーに搭載されているチューナーがアナログなんだ。
「じゃ、これも買い替えないといけないじゃん!」

そうなんです、テレビだけ買い替えてもダメなんです。
そう思って家電屋に行くと「ブルーレイ」やら「BSデジタル対応」やら「ダブルデジタルチューナー」やら、新しい機能や言葉が満載!

こういうことは嫌いじゃないので、結局は調べまくって納得して購入するけれど、今回はテレビとHDDレコーダーの両方。
まだまだ「地上デジタル移行」には、少し時間があるけれど、しばらくはカタログやネットでいろいろ調べまくる生活になるんだろうな。

しかもこの経済状態。
しばらくはボーナスなんかあまりアテにならないし・・・・。
悩める毎日の始まりです。

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2009年6月 1日 (月)

更新を望むブログ

何度も書いてきているが、このブログを初めて3年半近くになる。
若い頃から「日記」というものを続けて書けたことが一度もない私にとっては、実は「奇跡」なのである。

3年半と言う時間は短いようで大変な時間である。
そしてこのブログと言う新しいツール(メディア?)の生み出す広がりも大変なものである。
なぜなら、「気になるサイト」としてリンクさせてもらっているブロガーの半数以上が顔も知らない関係だからだ。

そんな中で、今ちょっと気になっている人がいる。
ブログの名前は「イシダ。さんち」
Isida
彼女(だと思う)の文体が気に入っていて、一時期「ブログにも表れるのか?」「イシダ。さんに学ぶ」など、よく話題にさせていただいた。

ところが、彼女のブログの最後の更新は3月28日。
その前も2月初めから、ほぼ2ヶ月更新されなかった。
直前にお祖父さまが亡くなられたので、「心のダメージ」が大きいのだろうと思っていた。
ブログからとても「感受性の高い」人だと思っていたからだ。

気になっているので何度かアクセスしているが、やはり3月28日のまま。
こうなると「もう止めちゃったんだろうか?」などと思ってしまう。

もう1つ、「気になるサイト」の中で、あまり更新されないブログで「Made in じゃぱん」がある。
でもこれは古〜〜〜〜い友人で、どんな人か知っているので
「まぁ、また余裕がないんだろう」
と思っていると、突然再開される繰り返しなので、心配していない。

イシダ。さんは、冒頭に書いたように本当にブログを通してだけの繋がりなので、余計に「どうしているんだろう?」と心配が頭を過る。
非常に読みやすく、学ぶべき話題も多かった人なので、ぜひとも再開を望みたいが、こればっかりはしょうがない。

これも新しい時代の新しいツールから発生する心配事の1つなのだろう。

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