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2008年11月28日 (金)

いのちと触れあう仕事

この人のことを取り上げるのは、3回目になる。
1回目は「ブログにも表れるのか?」で、2回目は「イシダ。さんに学ぶ」だった。

今回で3回目だが、どうも最近は「イシダ。さんち」のブログが気になるので、よく訪問をする。

彼女は「1日に2〜3回」とか、割と定期的に更新される。
それが11月になってから、2週間くらい更新されなかった。
「どうしたんだろう?」
と思っていたら再開されて、ちょっと安心した。

どうやらお仕事がいそがしかったようなのだが、彼女の仕事は「非常勤のヘルパーさん」とのことだ。
しばらく更新されなかった直前に「苦しい状況」という記事があった。
危篤状態のおばあさんがいるけれど、医療行為はできないという「ヘルパーさん達のジレンマ」が伝わり、ちょっと切なかった。
Inoti
さらに「天に召された日」では、そのおばあさんが亡くなった時の心情を書いてくれて、「すごいな〜〜」と素直に感動した。

私の仕事には、リアルに「いのちと触れあう」という場面はない。
病院やヘルパー養成学校のパンフレットなどの制作に携わることがあっても、「いのち」そのものに触れあうことはない。

若い頃からの友人で「昔ながらの額縁屋さん」と知り合った頃、彼の友人の彼女(ちょっとややこしいですが)が看護婦をしていると言う話を聞いたことがあった。

その時に「患者さんの死」をどう受け止めるかということについて
「ある程度、ドライに受け取らないと、心が持たない」
と聞いた記憶がある。

イシダ。さんの話も、その看護婦をしていた彼女の話も、私には多分出来ない気がする。
ましてイシダ。さんのように「応援したり」「謝ったり」「自己嫌悪になったり」しながら、それでもヘルパーを続け、しかもその仕事に誇りを持ってみえる姿は、とても眩しい。

職業には、それぞれの分野で難しさがある。
それが「普通」に出来るようになることがきっとその道の「プロ」なんだろう。
だから、他人から見れば私の仕事は「すごいな〜」と見えるかもしれない。
けれど、やっぱり「いのちと触れあう仕事」の崇高さには、適わない気がする。

今の自分の仕事に誇りもやりがいも持っているけれど、どんな仕事でも「プロ=職人」になっている人の姿は、やっぱり眩しいと感じる。

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2008年11月27日 (木)

いろんな意味で学ばせてくれる人(その2)

続きを・・・・。

さて、この「A」氏は、前回書いた他にも、私にとって「学ぶべき点」が多い。
例えば「銭勘定」を前提とした「営業との駆け引き」
これなんか、どうしても「職人肌」の私には欠ける部分だ。
Tengu
「まぁ〜〜、しょうがないからやってあげるわ」
というのは、私一人だったら会社的に問題はない。
しかし部下を持ってくると、そうはいかない。
「部下の成果は何か?」
と問われた時に「営業の感謝の気持ち」じゃ、企業は成立しない。
だから「がめつく」見られても、ちゃんと「銭勘定」して、「売上げ」という成果を出さないと、頑張った部下には、何の見返りもなくなってしまう。

それから、上層部の使い方。
これなんかも、やっぱり「職人肌」の私は苦手だ。
というか「あんまりやりたくない」世界だ。
「上層部への根回し」「上層部が承諾する稟議」なんてのは、この「A」氏は、実に上手い。
「こんなことばっかり考えているんだろうか?」
と思えるくらい私の思考回路にない理論で上層部に話していく。

じゃ、この「A」氏は、本当に私にとって「学ぶべき点」だけかと言うとそうでもない。
私の部下曰く「すごい嫌な奴になるギリギリの線」なのだそうだ。

今まで挙げた「学ぶべき点」を実行するためには、とことん「人や仕事」を利用する。
けれどギリギリで人から「憎めない」キャラで逃げ切っている。
Kozyuuto
そして、最近目につくのは「ある1面だけ」を見て「ああだこうだ」と意見を言う点だ。
「ちょっと自信過剰になっているかな??」
と思えるくらい他部署のことを平気でイロイロ言ってくる。

この記事を書くために「上司」というワードで検索したら
「Let's とんでもバカ上司」というサイトに行き当たったが、そこに最近の「A」氏に当てはまるものが2つあった。

「天狗型とんでもバカ上司」

「小姑型とんでもバカ上司」
の2つだが(詳しくはリンク先で見てください)、これもある意味「A」氏に学ばさせてもらったわけだ。

「いい気になって、こういう上司になってはいけない」と・・・・・

「A」氏は、私にとって「新しい側面」「反面教師」のプラスマイナスの両面を学ばさせてくれる「いろんな意味で」貴重な人間だ。

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2008年11月26日 (水)

いろんな意味で学ばせてくれる人(その1)

最近このブログは、コメントを定期的に寄せてくれる奇特な人がいるため、ちょっとだけその人たちを意識したりして記事を書くときがある。

しかし、このブログを始めた最初の動機は
「どんなもんかな〜〜〜」
という興味と
「仕事の知識」
としての必要性という2つだった。
Zeni_2
まぁ3年もやっているとかなり詳しくなってきて、それはそれで良いのだが「秘匿性」という点を悪用して「会社の愚痴」なんかも書くようになった。
振り返ってみると、初期の頃は「クライアントの愚痴」も多かったが、「愚痴っている自分」も、あんまりカッコ良くないかな〜〜」とも思いながら、それでもストレスのはけ口として「愚痴」は書いている。

前段が長くなったが、今日の話題も社内の愚痴だ。
主人公は「自分の目線と他人の目線」「時代は変わっても活きることわざ」に登場してくる

A=たまにこのブログに出てくる、同じ部署で昨秋同じに副部長になったシステム系の人間

である。

彼はシステム系の出身なのだが、いわゆるPCが得意な系列でなく、どちらかというと「銭勘定」が得意なタイプだ。
私よりちょうど10歳年齢が下だが、私のように「職人肌」が好きな人間にとっては「銭勘定」の話の進め方は、とても勉強になる。

昨年の秋から副部長になり、売上げを含めた「課員」の立て直しや、チーム編成など課長と一緒に検討する時に、この「A」氏「銭勘定」の思考回路を使わしてもらった。
その時にはちょっと意識しないと使えなかったけれど、最近は「少し上の目線」が理解できるようになり、その「銭勘定」は自分の中に、うまく収まりつつある。

「銭」で物事を判断することってのは、自分の「仕事」に関する信条とは違う道なのだが、「会社と言う世界は全員が同じ価値観」で勤めていない。
だから「同じ価値観」になる「銭勘定」が最も使いやすいと言うことが50歳を超えて、学ばしてもらった。

ところが・・・・・
この続きは次回へ。

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2008年11月25日 (火)

突然の訪問

エラくサプライズ的なタイトルだが、そんなに大事ではない。
1ヶ月ほど前から、このブログは「日時を決めて公開」という機能を使うようになった。
そのため、少しばかり貯めて記事を作成してアップしておく。

以前は、仕事中に「ちょっと思いついた」時に会社からアップしたりしていたが、最近は、自分のデスクでじっくりと仕事をする時間がなくなってきた。
それだけ「管理職」業務が増えたのだが、その影響で会社では記事を書く事が、厳しくなってきている。

だから、どうしても休日などを利用して自宅で記事を書いている。
さて、一人暮らしの私は、特別に約束しない限りは、あまり人は訪問してこない。
「一人で気ままに」が気に入っている点もあるために、自宅にどんどん人を呼ぶタイプでもないし、まあそんな年齢でもない。
Hudousan
そんな日曜の夕方「ピンポ〜〜〜〜ン」とインターホンが鳴った。
「何かの勧誘かな?」と思って応えると意外な人だった。
実は今のマンションは、中古で3年ほど前に購入したのだが、その時の担当営業だった。

不動産を購入するなんてことは、全く初めてだったし、資金も少なかったので、かなり限られた範囲での不動産探しだった。
条件としては
「近くにコンビニがある事」
「近くに駐車場があること」

は絶対条件としていた。

ところがいくつかの不動産会社は、この周辺条件をあまり重視してくれない。
特に「駐車場」に関しては
「たぶんあるとおもいますよ〜〜〜」
的な発言で、探そうともしてくれなかった。

確かにこっちの金額は少なくて、中古だから「大した客」じゃないからかもしれないが、それにしたってあまりの対応力のなさにがっかりした。
そして、今回訪問してきた営業と出会った。

彼は若かったけれど、丁寧に説明もしてくれたし、私の出した条件をちゃんと満たしてくれた。
特に駐車場に関しては、2カ所も調べてきてくれて、料金も連絡先も教えてくれた。
この対応にすっかり気に入った私は、物件も気に入ったので、今のマンションを購入する事にしたのだが、その彼が訪ねてきた。

「どうしたの?」
と言ったら「しばらく違う支店に行っていて、また戻ったのでご挨拶に」とのこと。
玄関先でのちょっとした立ち話だったけれど、最後には彼が
「また知人でもご紹介ください」
としっかり営業していた。
もちろん私も
「うん、君が良い営業だった事は、ちゃんと話せるから、そんな機会があれば声掛けるよ」
と言って別れたが、やっぱりちゃんと仕事をしてくれた人の事は何年経っても覚えているもんだと、休日の夕方にちょっとだけ心暖かくさせてもらった。

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2008年11月20日 (木)

変わらない素晴らしさ

ちょっと前から気になっていて、やっとレンタルしてきた。
竹内まりやの「Expressions」というベスト盤だ。

特にこの人を若い頃から意識して聴いてきたわけじゃないけれど、なんだかやっぱり「少しだけ」気になる曲が多くて、結局自分のiPodに入れたりしていた。
Takeutimaria
そんな彼女のこのアルバムの特徴は「初期」の頃の作品も含めての「ベスト盤」ということだ。
私が彼女を初めて知ったのは、多分「ドリーム・オブ・ユー ~レモンライムの青い風~」といキリンレモンのCMソングだったと思う。
(今回のアルバムは、聴き慣れたバージョンじゃなかったけれど)
この曲で、有名になった彼女は
「September」「不思議なピーチパイ」などであっという間にメジャーシンガーになっていった。
彼女独特の歌声は「ナチュラルボイス」と呼ばれ、これも話題になった。

何と言ってもこのアルバムは3枚組なので、購入するにはちょっと勇気が要った。
だから、レンタルにして早速iPodに入れてみた。
入力中にアルバムに付いていたライナーノーツを読んでいると、なかなか興味深く、彼女にとっての「山下達郎」は、音楽でもベストパートナーなのだな〜〜と改めて感じさせてもらった。

このアルバムは当然、クルマのHDナビにも録音して、通勤の行き帰りに聴いている。
なにせ3枚組なので、聴き応えは充分ある。
さて、そこで3枚続けて聴いていくと、実は「あまり変わっていない」ことに気づく。
そりゃ、30年以上の時間を超えて聴くわけだから「アレンジ」とか「リズム」とかは、少しは時代性を感じさせる。
けれど、「竹内まりや」そのものにあまり違いを感じさせないのだ。
そして、それは夫であり音楽のベストパートナーである「山下達郎」も同じなのである。

いつだったか、彼がレギュラーを勤めるラジオでこんな事を言っていた。
「別に何も変わった事をやっていない。そりゃコンピュータとかは使うようになったけれど、基本的な音楽へのアプローチは何にも変わっていないよ」

それはやっぱり彼の音楽を聴いても分かるし、今回の「竹内まりや」のベスト盤を聴いても感じさせる。

流行廃りで消耗品のように音楽が流されて行く今の時代で、こんなふうに「変わらない」けれど、ずっと指示されている音楽はやっぱり貴重で、そして素晴らしいものだと思える。

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2008年11月19日 (水)

無事に大統領を勤められるか

予想通り「オバマ氏」が大統領になった。
「なんで他所の国の大統領選を、こんなに大々的に報道するんだろう」と思わなくもないが、日本への影響力を考えたら、必要な気もしている。

今回の「オバマ氏」の事は最初はあまり知らなかった。
それよりも予備選の「ヒラリー氏」の方が有名だったし、その頃はどちらかと言えば「ヒラリー氏」の方が優勢だった記憶がある。

どちらにせよ「黒人初」か「女性初」と思って予備選を見ていたが、本選はもう「オバマ氏」のカラーが強くて、そのまま大統領になってしまった。
Obama
勝利演説では「防弾ガラス」に防がれた状況での演説だったというが、テレビで見ている限りではよく分からなかった。
しかし、このニュースを聞いた途端
「アメリカの暗い部分」
を見せられた気がする。

「自由だ」「民主主義だ」と叫んでいる筆頭であるアメリカだが、実は全くその逆なものは根付いている国でもある。
それは「大統領や政治家の暗殺事件」なども1つの例だ。

日本でもないとは言わないけれど、それは多くのテレビニュースが「モノクロ」の時代だ。
ところがデジタル全盛で、ネットで世界中が結ばれるようになった今でさえ、アメリカには「暗殺」の恐れがあるということが、あの「防弾ガラス」でわかる。

そして今回は「黒人」の大統領なのである。
私は1回だけアメリカに企業研修という形で行った事がある。
それまで、そんなに意識していなかったけれど、いざ行ってみたらエラく「人種差別」を感じさせてもらった。

映画で見るようなデスクがあるのは「白人」
「有色人種」は、ほとんど現場の仕事ばかり。
しかも私たち日本人を見る目は「ジャップ!」という差別視線。

数年後、違う研修旅行でヨーロッパに行ったけれど、こちらの方が遥かに大人の国だった。
歴史的には「階級意識」が遥かに強いはずのヨーロッパでは「人種差別」を感じさせず、新しい国であるアメリカで感じたのは、それだけ国の成熟度が幼いと言う意味なのかもしれない。

私のように「ほんのちょっと」行っただけの人間の感想だから、まぁ当てにならないけれど、とにかくこの「オバマ氏」がちゃんと大統領を勤め上げて行けるかによって、これからのアメリカの成熟度が見えてくる気がした。

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2008年11月18日 (火)

敗者の弁

このブログには何度か「敗者」について書いてきた。
「敗者の美学」
「2008年のF1〜敗者の美しさ」
この2回は書いた私自身の記憶にも深く刻まれている(全部の記事を記憶していないんです・・・・・)。
Suemae
どうやら振り返ってみるに、私は「敗者」に対して思い入れがあるようだ。先日の日曜には、「東京国際女子マラソン」「全日本総合バドミントン選手権大会女子ダブルス決勝」というスポーツドラマを見ていた。

「東京国際女子マラソン」は、いつも期待される渋井陽子が前半からぶっちぎりのトップ快走をしていた。
先日、現役引退を宣言した高橋尚子は、特別ゲストでさっそく解説していたが「順調な快走」と言っていた。

ところが、マラソンは30キロ以降にいつもドラマがある。
どうしても毎回最後に力つきる渋井は、今回も残り5キロで失速して破れた。
実は、最後は次のバドミントンが白熱した試合だったので、渋井が追いつかれてからはチャンネルを変えてしまった。
またいつものパターンで、渋井は敗れた。
彼女のこのパターンの負け方は、記憶しているだけで3回以上は見ている。

さて、もう一方のバドミントン。
これは面白かった。
この大会で、ペア解消する「オグシオ」チームと、北京オリンピックで強豪中国ペアを破り、一躍有名になった「スエマエ」チームのぶつかり合い。

しかも注目度が高かったせいか、NHK総合で生中継。
試合後、会場を映した映像があったが、すごいカメラの台数だった。
この2チームは、何度も対戦し「オグシオ」チームの方が戦績は良いのだが、オリンピックで実績を挙げた「スエマエ」も凄い。
結果は、知っての通り「オグシオ」が勝ち、優勝してペア解消という「有終の美」を飾った。

この2つのスポーツドラマ、当然ニュースでも翌日の新聞やWEBでも「勝った側」のコメントや状況は詳しく知らされる。
けれど、なぜか私は「敗れた側」のコメントや状況を知りたくなる。

特にバトミントンの「スエマエ」チームの前田選手は、表彰式にも遅れて登場するくらい憔悴していた。
試合後の挨拶でも硬い表情で「オグシオ」と握手し、そのまま会場を去っていた。

表彰台では末綱選手が前田選手の背中をトントンと叩き、真っ赤に泣きはらした前田選手を慰めていたし、表彰式が終わるとそのまま抱きかかえるように、会場から去った。
もの凄い数のフラッシュを浴び、嬉しい涙で泣きはらした笑顔で応える「オグシオ」とは、全くの対象のシーンだった。

「敗者には何もくれるな」
これは勝負の鉄則かもしれない。
けれど、私はやっぱり「敗者の弁」を聞きたい。
「言い訳」に聞こえるかもしれない。
けれど、それが「言い訳」に聞こえるかどうかは、戦いの最中に「敗れた側」がどれだけ真剣であったかで決まる気がする。

いつものパターンで負けた渋井。
オリンピックで4位になりランキングは上位で、凄いいい戦いをしたけれど敗れたスエマエ。

どちらにも「敗者の弁」を語る資格はある気がする。

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2008年11月17日 (月)

無形なものの難しさ

あんまり身近な話じゃなかったから、ブログには載せなかった。
けれど、芸能的にはトップバリューのせいか、連日テレビで放送されているうちに「ふっ」と自分の周辺に関係ある事に気づいた。

なんの話かと言えば「小室哲哉逮捕」の話だ。
詳しくは知らないけれど、罪状は「著作権譲渡に絡む詐欺」と言う事らしい。
この「著作権」というものが実は私の仕事と関係してくる。

2年ほど前に「58000円の価値」というタイトルで記事を書いたが、これは「知的財産権」に関するセミナーだった。
Komuro
私は、法律家でもないし、弁護士でもない。
単に中部地区の中小の印刷会社に勤めるサラリーマンのプランナーだから、本格的に法律の事は分からない。

なかでもこの「知的財産権」というものは難しい。
さらに難しくしているのは、これは先日受けたセミナーで聞いたのだが「知的財産権を行使しすぎると、今度は独占禁止法に引っかかる」という点だ。
今回は関係ないので、この話は省くは、とにかくこの「知的財産」という「無形の財産」はやっかいなものだ。

特に、今回は「著作権」の話でテレビでちょっと詳しい人が「登録している」云々と言っているが、ここでもまた難しい事になっている。
というのは、実は「著作権」は、創作したその「瞬間」から生まれており、特別「登録」したり「CopyRight」などの表示をしなくても、権利はあるのだそうだ。

例えば、このブログだってそうだ。
そして厳密に言うと、私がこのブログで掲載する他から引用する「文章」や「画像」だって著作権違反になる恐れがある。
実際は、私はこのブログで「金銭の授受」を行っていないから、多分大丈夫だと思っているが、それくらい著作権と言うのは身近にあるものなのだ。

私はこのブログに敢えてコメントは載せていないけれど、「気になるサイト」の中の「この日から」のトップページにはこんなコメントが掲載されている。

*当ブログ内の創作物語の著作権は筆者にあります。無断での転載をお断りしますね。

現代は特にデジタル化がスタンダードになり、「劣化なく複製」出来ることが、「知的財産権」の取り締まりを厳しくしている背景のようだけれど、今回の「小室哲哉」の逮捕で、本当はこういう「無形の財産」について、きちんと論議をして欲しい気がした。

どうも逮捕した側には、そんな狙いも見受けられた気もするが、世間の注目は「豪華な生活からの転落」ばかりに行ってしまったのは、計算違いだったのかも・・・・。

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2008年11月14日 (金)

境界線人格障害をテレビで

まったくの偶然だったが「境界性人格障害」という病名を正面から取り上げたテレビを見た。
毎週土曜の夕方に放送される「報道特集NEXT」という番組だが、11月8日に放送された特集でやっていた。

「境界性人格障害」
という病名は一般の人は全く知らない。
心の病気のことは実はこのブログで少しだけ書いた事がある。
「人の振り見て」「心の病の難しさ」なのだが、特に「人の振り見て」には「境界性人格障害」との関わりについて少しだけ書いた。
Kyoukai
この病気の事をマスコミで報道される時には「うつ」などと一緒に「その他の心の病」として紹介されるが、実はそんなに単純なものでない。
というより「心の病」って単純に病名で区別出来るんだろうかと思っている。

「境界性人格障害=ボーダー」の他に、「総合失調症」とか「適応障害」「パニック障害」とか表れる症状によっていろんな名前で病名が言われるが、そのすべてに通じている気がするのは「心の中の拭いされない不安感」のような気がする。
もちろんこれは、私のほんの少しの経験で書いているので、まったく医学的じゃない。

さて、この番組では3名の境界性人格障害の人を紹介していた。
2名は顔をモザイクで隠していたが、1名はモザイクをしていなかった。
そして、この記事を書くために検索していたら、そのモザイクをしていなかった人のブログに行き当たった。

テレビで流されたスタッフへの「すがりつき行為」について、ご自身のブログが書かれているので、興味のある方は訪問されると良いが、これも私の経験で言えば、こういう人の発信する情報を読む時には、自分の心のエネルギーが大量に消費されるので、その辺りは十分に配慮が必要だ。
* uta+cotori * (うたとことり)〜虐待サバイバー美鳥のblog。解離性障害・自我同一性障害・境界性人格障害・パニック障害・強迫性障害などの闘病記。他、写真・駄文・詩・いじめ・SM。人が大好き関西人。毎日の光と影を、ありのまま綴ります。」

この番組の中で作家の重松清が一応「取材者」としてコメントしていたが、それにしては「掘り下げ」が足りない気がした。
特に、この病気は本人だけでなく、周囲の人の辛さや長い時間の治療が必要な事など、もっともっと多くの現状を知らせて欲しかった。

そして、私自身の疑問「この病気は、本当に治るんだろうか?」という事には答えてくれなかったことが、この番組に品質の低さを感じたのだが、あまり知られていない病気だから、仕方ないのかもしれない・・・・・。

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2008年11月13日 (木)

Favorites46 葛飾北斎

私のブログを長く読んでいる人には
「なんで今頃、Favoritesに北斎なんかを」
と思われているだろう。

このブログに北斎が登場してくるのは、すごく多い。
「北斎の面白さ」
「がっかりの北斎展」
「肉筆の北斎と強風」

と北斎関連の展示会に出掛けた記事を見ても、毎年一度は登場してくる。
展示会が多いと言う事は、日本人に「北斎」の人気があるから、「客を呼べる」ということもあるんだろう。
Hokusai081103
実は今回も出掛けてきたのである。
ただし、「やっぱり北斎は特別だな〜〜」との思いを強くしたので「Favoritesシリーズ」に入れされてもらった。

今回の題名は「北斎 富士を描く」
北斎の「富嶽三十六景」は、超有名な超人気シリーズだが、それと晩年に手がけた「富嶽百景」の2つのシリーズを「一気に見ちゃおう!」というテーマだった。

「北斎は結構見ているからな〜〜どうしようかな〜〜混んでるだろうし」
そんなことを思って出掛けて行った。
で、行ってみたら、やっぱり混んでいた。
けれど、この美術館は、そんなにイラつかずに、ゆっくりと見られるから、嬉しい。
ここは、百貨店の中にあるのだが、なかなか気に入っている。
展示の順序が、あまり意識しなくても自然に見られるし、展示の仕方も見づらくない。
だから、比較的ゆっくりと、そしてすぐそばに近づいてじっくりと鑑賞してきた。

いつからか浮世絵に興味を持って、良く出掛けるようになった。
あれから、いろんな絵師のものを見てきたけれど、やっぱり「北斎」は別格だ。

今回は「富嶽シリーズ」だったせいもあってか、妙に「デザイン性」を感じた。
結局、このころの浮世絵ってのは、現在の「広告」みたいなものだろうから、「デザイン性」を感じても不思議じゃない。
しかし、今回は特にそれを強く感じた。

富士山の稜線の角度と屋根瓦の角度。
富士山をどこに配置させて、どう見せるか。
「黄金比」や「シンメトリー」と言った「デザイン的用語」で解説したくなる構成。

きっと当時の欧米では、その「デザイン性」にも興味を持ち高く評価されたんだろう。

結局、図録と家の壁にタペストリーとして飾るために、「赤富士」の風呂敷を買ってきてしまったが、「葛飾北斎」という絵師は、やっぱり半端じゃなく凄い人なのだと、思い知らされた。

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2008年11月12日 (水)

幕末の空気

私の住む街には「ボストン美術館」がある。
地元ではあまり理解されていないが、ここは本家のお宝が公開される事もあって、「おお!」と思う展覧会がある。
しかも、私の家から30分くらいの近さだから嬉しい。

今回は「ペリー&ハリス 〜泰平の眠りを覚ました男たち展」というものに出掛けてきた。
何でも「日米修好通商条約締結150周年記念」とかでの催しなのだが、それ自体に私は「ピン!」と来たわけじゃない。
Priharisu
江戸話や幕末&明治維新の頃の話が好きな私としては
「一応、見ておくか」
といった感じで出掛けた。
それに、今月末には下田にも遊びに行く予定だから、その予備知識も兼ねていた。

出掛けてみたら、意外と言ってはいけないのかもしれないが、面白かった。
会場がガラ空きだったせいもあり、1つ1つ解説文を読みながら、鑑賞してきた。

当時、本物の「ペリー」なんて見た人は限られている。
でも、余程興味が高かったのだろう。聞き伝えで絵にしていたり、果ては解説なんかしている。

当時の騒ぎを伝える図版を見ていて、ちょっと面白い事に気づいた。
その「ペリーの顔」じゃないけれど、日本人はとっても好奇心が強いのだと思った。

「蒸気船」や「大砲」なんてものは初めて見たはずだ。
そして、長崎など特別な地域以外の人にとって「金髪の外国人」も初めてのはずだ。
でも、江戸のかわら版では、面白可笑しく取り上げられていたようだし、「ペルリってどんな奴?」と、今の週刊誌のように話題になってもいる。

それからもう1点「日本人だな〜〜」と思った点がある。
異常な「観察魔」と「記録魔」なのである。
出会ったアメリカ将校の服装を1つ1つ図解して記録しているのだ。
服だけでなく装飾品から、身につけるものすべてをちゃんと奇麗に並べて図解している。

20〜30代と司馬遼太郎が好きだった私は、彼の書物を通して幕末の日本の雰囲気を知っていたつもりだったが、おそらくその想像以上に日本人は
「興味津々」「好奇心旺盛
だったようだ。

そして、その司馬遼太郎の書いたものによる「何の知識もなく役に立たない幕府側の官僚」たちの姿や記録も展示されていたが、彼らは概ねペリーやハリスに好意的だったようだ。

開港後彼らは、アメリカやヨーロッパなど世界を見聞してくるが、それはどんな驚きだったのだろう?
有名な勝海舟あたりは、「何も得ずに帰ってきたぼんくら」と幕府側官僚を詰っていたが、今回見る限り「そうでもないかな?」などとも思った。

ただし、やっぱり「好奇心旺盛」なのは官僚ではなく、たまたま随行出来た「俳人」だったり、官僚の「世話係」だったのは間違いないようだ。
なにせ、その俳人は帰国後、知人へのお土産で「ガラス瓶」をプレゼントしていたようだから。

本で読むだけでは分からない当時の雰囲気をちょっぴりだけ味わって帰ってきた。

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2008年11月11日 (火)

駐車場ジプシー

私は自宅マンションの近くに駐車場を借りている。
そして、贅沢だけれど会社近くにも借りている。
通勤手段は地下鉄もあるけれど、いろいろな関係でクルマ通勤している。

会社の近くで借りている駐車場で、ちょっと前にチラシが挟まれていた。
正確には、私のクルマには挟まっていなかったので、人の見た。
そうしたら「住所、連絡先を教えてくれ」と言うものだった。

「なんだろう?」と思って、そのままにしておいた。
私のクルマにはなかったからだが、その原因はある時突然わかった。
Tyuusyajou
仕事中に携帯が鳴った。
その駐車場の持ち主だった。
「実は申し訳ないが、年内で駐車場を閉めるので、出て行って欲しい」
ということだった。

前倒しで納めていた料金はすぐに返してくれたし、近所で空いている駐車場も探してくれていたので、
「まぁしょうがないわな〜〜」
とあきらめ、新しい駐車場を探す事になった。

幸い紹介してくれた駐車場は空いていたし、不動産業の管理なので契約なども混乱なく進んでいる。
しかし、この駐車場移動は、今のマンションになって2度目である。

前は、昨年だったか?自宅マンション近くの駐車場だった。
このマンションを購入する時に、不動産屋に
「近くに駐車場があること」
を条件にしておいたために、探してくれていた駐車場だった。

しかし、そこもある時突然電話が掛かってきて
「いついつまでに出てもらえますか?」
と言ってきた。
幸いもっと近くに安く駐車場があって借りれる事が出来たけれど、どうもこの「駐車場ジプシー」は辛い。

東京の人に聞くと駐車場料金が「まるで家賃じゃん」と言われた時代があったけれど、最近はそんなに高くない。
そして、コインパーキングもあちらこちらに出来ているため、昔ほど「駐車場不足」ではないのかもしれない。

けれど、私のように「月極駐車場」を契約している人間にとって「駐車場閉鎖」は、ちょっとした「ドッキリ」な出来事になってしまうのである。
おかげで今まで「どうしよう駐車出来る所がなくなった」という経験はないのだが、自分で土地を持たずに、クルマを所有しているとこういうことはこれからもあるのかもしれないな。

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2008年11月10日 (月)

2008年のF1〜敗者の美しさ

昨年のF1は劇的だった。
それは「F1〜出来過ぎなフィナーレ」に書いたように、「ライコネンvsハミルトン」の大逆転レースで幕を閉じたからだ。
F10811031jpg
そんなことは「何年かに一度」と思っていたら、今年もすごい最終戦だった。
今年は「マッサvsハミルトン」
どうもハミルトンは、若いせいか、そういう性格なのか、プレッシャーが掛かると一人でドタバタする。
普通にレースしていれば、圧倒的に年間ポイントでリードしていて「楽勝」のはずなのに、最終戦が近づいてくると変なミスをする。

だから、昨年は最終戦であと「1ポイント」で年間チャンピオンになりそこねた。
今年の相手は「マッサ」である。
しかも、最終戦は「マッサ」の地元であるブラジルで行われるのだ。

「こりゃ〜〜〜、何か面白い事が起きそうな」
そう思って録画しておいた。
今年はカレンダーの関係で、次の日が休みだったから、夜中に起きてみてても良かったが、毎年ブラジル戦は朝4時くらいまでライブでの放送なので、最初から諦めて録画にした。

それでも気になるので、朝起きてネットで結果を先に見た。
結局「ハミルトン」「史上最年少チャンピオン」を決めた。
しかし、その瞬間が最高に興奮した。
F10811032
「マッサ」の大逆転条件はこうだ。
マッサ=優勝、ハミルトン=6位以下

大体年間チャンピオンになろうと言う人が「6位以下」なんて事は、ほとんどない。
あるとしてもマシントラブルなどでの「リタイヤ」だ。
だから、普通に走っていれば、ハミルトンはチャンピオンになれるはず。

しかし、レースの神様はいたずらをする。
レース開始直前に、突然の大雨。
これで、各チームの戦略は大幅見直しになる。
レース当初は濡れた路面で滑るマシンもいたが、徐々に落ち着いたものになった。
ラスト10周くらいまで「マッサ=1位、ハミルトン4位」の状態が続いた。

「せっかくマッサが優勝しても、ハミルトンのチャンピオンだな」
普通なら、この予想通りで終わる。

ところがここからが劇的。
またも雨が降り出しタイヤ交換。
しかし、残り周回が少ないために、タイヤ交換しないギャンプルに出たマシンも数台。

マッサは交換し、安全にそして確実に1位のチェッカーを受けた。
しかし、ハミルトンはタイヤ交換や路面状況への対応で6位に落ちた。

「うわ、このままなら昨年と同じで大逆転チャンピオンじゃん」
誰もがそう思って最終ラップを見ていた。
そして、最終コーナーに・・・・・。

なんとギャンブルしていたマシンが雨量が増えたためにスピードが上がっておらず、ハミルトンに抜かれた。
チェッカーフラッグまであと1キロ(10秒くらい)での、またまた逆転。

一時はチームも情報は混乱。
テレビ中継も絶叫絶叫である。

最後は、1位になったけれどチャンピオンになれなかったマッサのマシン上での泣き顔と地元観客に対するお礼の態度が、何とも言えず美しかった。
「人知を尽くして天命を待つ」
この言葉通りのことをマッサはやり遂げたけれど、今回は女神はハミルトンに微笑んだ。

こんなレースを見ると、また観戦虫がうずきだす。
来年は鈴鹿で開催される事もあるし・・・・・

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2008年11月 7日 (金)

上段の日本一

高校時代に3年間だけ剣道をやっていた。
あまり熱心な部員じゃなかったけれど、初段までは取得した。

剣道は所作や克己心など、今になって思えば「私好み」のスポーツだったようで、その後もテレビで試合が流れていると見たりしていた。
ただし、現役の時には「一本」が入る瞬間が分かったものだが、今は審判の「旗頼り」だから情けない。
Kendo02
いつも今の時期になるとNHKで「全日本選手権」を行っている。
楽しみにするほど熱心なファンじゃないが、何故か毎年チャンネルを替えていると試合に出会って見たりする。

今年もそんな感じで、チャンネルを変えてたら「たまたまやっていた」という感じで見始めた。
しかし、今年はちょっと違う。
私が見始めたのはベスト4あたりからだが、この中に「上段」に選手がいた。

剣道には「上段」「中段」「下段」とある。
「上段=攻撃優先」「下段=防御優先」「中段=攻防一体」
こんなふうに言われるのだが、圧倒的に「中段」の構えの選手が多い。

横八双や下段の構えなどは、時代劇で見るくらいで、現在の剣道では見た事がない。
「上段」の選手は、高校の時に見た事がある。
それ以後、やっぱりテレビで放映されるくらい大きな大会に出てくる選手では「中段」ばかりしか見た事がない。
Kendo01_2
だから、今回の「上段」の選手には興味を持った。
しかも、本来「上段」は長身の選手がやる。
そりゃそうだ。上から攻撃するって感じの構えだから、背が高い方が有利だからだ。
でも、この選手は180cmはないようだった。

注目の決勝戦。
10分の時間があっという間に過ぎ、「時間無制限一本勝負」となった。
その延長も10分を過ぎようとしていた。
「上段」の正代選手は劣勢。
しかし「中段」の若生選手も決めきれない。

テレビ解説の人も「会場が息を飲んで見ている」と言っていたが、本当に「息をするのも躊躇われる」ような緊張の試合だった。
最後は、若生選手の攻撃をかわして「上段」の正代選手の一本勝ち。

まだ彼は27歳。
剣道界では若手と言われる。
しかも「上段」
カッコ良かった。
久しぶりに「剣道」で興奮した試合だった。

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2008年11月 6日 (木)

ふるさとをネットで

まったくの偶然の発見だった。
「気になるサイト」「中津川市周辺の地域情報 - 恵那山ねっと -」が追加されたのは、少し前だ。
Hurusato
これは私の故郷から発信されているブログである。
このブログを運営している会社は、地元ではそれなりの企画会社なので知っている(名前だけだが)。
それにしても、ちょっといろいろ見ていたら、懐かしいやびっくりやら。

自分の故郷ってのは、「知っているようで知らない」ものなのだなと改めて思った。
私のブログに定期的にアクセスしてくれる人の中で、確実に2名、私と同郷の人がいる。
1人は「昔ながらのがくぶち屋さんの気ままな工房日記」さんだ。

この人は、今でも生まれ故郷で自営業を営んでいる。
昔は、そんなことは思わなかったが、自分の生まれ故郷で働けていることは、やっぱり「幸せ」なのだと思う。
私のようにクルマでたった1時間ちょっと離れた街に出ていても、今じゃやっぱり「自分の街」でなくなってきている。
特に、学生時代の友人などは、何年かに一度の同窓会で会えるだけだ。

もう1人は「Made in じゃぱん」さん。
この人は、私よりももっと遠くの東京近郊にいる。
たまに私のブログのコメントに「故郷へ帰りたい」的な発言をしてくるが、もう今じゃ生活の基盤は東京。
無理なことを分かっていて、そんな愚痴をこぼしているんだろうと思っている。

さて、その「恵那山ネット」だが、なかなか面白い。
PDFで見られるフリーペーパーもあるし、イベント情報もある。
このツールは、まさに「おお、こんなお店あるんか!」と思うようなネタもあれば、「こんなイベントやってるじゃん!」なんてこともあって、ちょっと嬉しい。

そして笑えるのは「今日の恵那山」
「恵那山」というのは、一応日本百山に選ばれている山なのだが、地元以外には、全く知名度はない。
それでも、小さい頃から見慣れた山を見ると
「ホッ」
とする「心の故郷」なのだが、これをネットで見るとは思わなかった。

これから、ちょくちょく覗いてみるかな。
近くて遠いのは、やっぱり「故郷」なのかな〜〜〜。
(どうも年齢から来るものなのか、センチメンタルになっています。)

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2008年11月 5日 (水)

娘のサプライズ その5「そして入籍、引っ越しへ」

二人の再訪問の時、
「10月の中頃には、入籍して引っ越すことにした」
そのまま「しばらく何も言ってこないな」と思っていたら、
「婚姻届の親の欄に署名して欲しい」
とのメール(今は、メールで連絡出来るから、ある意味便利だ)。
Nosi
もう届けを出す日が迫っていたので、仕事中に訪ねてきてもらいサイン。
失敗しても大丈夫のように3通も控えを持ってきたのには、ちょっとびっくりだったけれど、「両親が離婚していても、署名は出来る」と聞いたらしく「書いて欲しい」と来てくれたのは、ちょっと嬉しかった。

そしてその週の日曜である19日に引っ越すとの事。
しかもその日に、先方のキーマンであるお祖父さんも来られて「ぜひ、お父さんに会いたい」と言っているとの事。

まぁ、式とかしないので、一回くらいは顔合わせしないとまずいわな〜〜と思い了承しておいた。
で、引っ越しの日。

といっても、そんなに大物を運ぶわけでもなく
「取りあえず生活出来る最低の道具」
と言う感じで、大げさじゃない引っ越しの日に顔を出してきた。

お祖父さんは80歳を超えていたが「カクシャク」として見えて、
「こりゃ、お父さんとかが頭が上がらんのも分かるな〜〜」
という方だった。

しかしご両親もそうだったが、結局このお祖父さんも
「孫が可愛くって、可愛くって」
と言う感じ。

(俺にとっては、一人娘でしかも離婚している分、心配してきた子供なんだけれどな〜〜)などと、ちょっと心の中で思いつつ歓談を。

引っ越し先は2DKで、かなり古い建物だけれど、4階建ての1番上。
まぁ眺めも良いし、子供が生まれても3人暮らすには、何とか大丈夫そうな所だった。

部屋で少し話した後は、家族皆でお茶を喫し、その後は解散。
「ところで、もう籍は入れたのか?」
と聞いたら、娘は
「ごめん、昨日届けを出してきた。連絡してなかった。」
とあっけらかん。

まぁ、いいか〜〜。
「おめでとう」
とかなりの大枚を包んだ祝儀袋を手渡して帰ってきた。

7月のある日に、降って湧いたような「娘のサプライズ」だけれど。
お祖父さんが話していたように、大人のサポートを受けながら、ようやく入籍と引っ越しまで漕ぎ着けた。

あとは、彼氏の就職と無事の出産を祈りたい。
そうそう、苗字は二人が考えて、結局、娘側の苗字に。
びっくりしていたのは、先方のお母さんだけで、お祖父さんも、彼の兄弟も
「いいんじゃない?」
とあっさりしたものだったと報告してくれた。
正直なところ、これはこれで嬉しかった事は事実だ。

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2008年11月 4日 (火)

娘のサプライズ その4「二人の再訪問」

先方の両親と会った後、娘からしばらく連絡がなかった。
2週間した頃に、いつものように突然メールが来て
「日曜、空いてる?」
と言って来た。
Konintodoke
どうやら引っ越し先が決まったらしく、その他自分たちで考えたこともあるようで、また二人でやって来た。
彼氏(というより、そろそろ義理の息子と呼んだ方がいいのかも?)も一緒にやってきて、先日のご両親との話もした。

改めて彼に聴くと、どうも母親にはちょっと苦労しているようで、こんな話もしてくれた。
本人たちは本人たちで、一生懸命相談していることがいくつかある。
その一つに「苗字」がある。

一応ウチの娘は、「長女」である。
そして彼氏は「末っ子」なのである。

私自身はあまり気にしていないのだが、本人たちは「娘の苗字で」と思っているらしく、そんな話を前回の食事会の時にも出してくれた。
私は「二人がちゃんと幸せになれれば、どっちもいいよ」と言ったのだが、先方のお母さんは「息子をそちらの土地に行かせるから、せめて苗字は・・・」と言っていた。

「娘のサプライズ その2」に書いたように、彼の家の実権は「お祖父さん」にある。
そして、彼が苗字のことをお祖父さんに話したら、お母さんが、そう言ったことに対して
「なんで、そんなことを言ったんだ!」
と怒ったとのこと。

どうやらお祖父さんは
「できるだけ、先方の言う通りにしろ」
と言ってくれているらしく、私には、それが
「責任の取り方」
と受け取れる気がした。

二人はもう一度「苗字」については、考えるようだったし、最終的に二人の判断に任せることにした。
二人が引っ越すまでには、「婚姻届」を出すとかで、その書き方を聞かれたけれど、すっかり忘れていて「証人」はどうするのかな〜〜と思ったりもした。

そんなこんなで、新居の場所や家賃、それから当面の生活費等、いろいろ話をしたけれど、若くて危なっかしい二人なりに、一生懸命考えて、相談して、一つずつ進もうとしている姿が見えてきた。

最後に、今は産婦人科でこんなサービスもするのかと驚いたが、超音波での胎児の様子をビデオに録画してくれたものを見せてくれた。
娘が、そんな頃に病院で見た覚えがあったけれど、その子のお腹に新しい命が芽吹いている姿は、なんだか不思議な感じだった。

このブログで書いているとおり、もう51歳だもんな。
新しい世代は、世代なりに頑張って、一生懸命生きようとしているんだと、少しだけ「安心」を感じた二人の訪問だった。

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