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2008年7月 3日 (木)

根岸肥前守の言葉

実はまったく知らなかったのが、どうやら江戸話の世界では有名な人らしい。

Wikipediaによると
「根岸 鎮衛(ねぎし しずもり、やすもり)は、江戸時代中期から後期にかけての旗本、南町奉行。」
と書かれている。

最初にこの人の名前を知ったのは、宮部みゆきさんの小説だった。「霊言お初シリーズ」という「霊的現象江戸話」のものだった。
その時は「創作上の人物」と思っていたが、その後平岩弓枝さんの「はやぶさ新八」シリーズを手にしたら、再び、この人が出て来た。
しかも「新八」の仕える殿様として・・・・・。

「じゃ、本当にいた人なんだ」なんて思っていたら、江戸話小説にチョクチョク出てくる。
どうやら、かなり有名な奉行さんだと言う事が分かって来た。
Negisi
分かって来たが、小説が面白くて読んでいるため、「根岸肥前守」その人を調べようと思わずに、今日に至っている。

このブログの最初の頃に、「平岩弓枝さんの本」という記事を書いた。
その頃、読んでいた「はやぶさ新八御用帳」シリーズを、また読み返している。

その第八巻の「老武士」のラストに今に通じる根岸肥前守の言葉があった。
この話は、旗本の若い子供たちが遊び半分に窃盗などを行い、そのうちに殺人を犯すと言う、実に悲しい事件だ。

根岸肥前守は
「世の中に平穏が続くと、自分で自分を律する事が出来なくなってしまうものたちがでてくる。だからと言って戦乱の世の中が良いとは言えない。」

語句は全く違っていますが、このような言葉を言う。
これはまさに、今の日本のようなもの。

「死刑になりたい」といって他人を傷つけている若者たちがいる。
きっと日本はずっと平和で、ずっと同じ政権で、今日の次も同じ明日が来ると言う「みせかけの退屈さ」に「自分を見失いつつ」あるんだろう。
だからと言って、60年以上前のように戦争をしたり、政治が不安定な世の中が良いとも言えない。
これは、「人間」という不完全な生き物が背負った「宿命」なんだろうかと思ってしまう最近の出来事だ。

あの言葉は当然、作者の平岩弓枝さんの創作だけれど、見事に日本の「今」を言い表した言葉だったと思う。

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