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2008年4月 7日 (月)

勝者の気持ち

どうも「すっきり」していない。
これは日本だけの問題なのか、どこの国でもあることなのか、オリンピックとなると病気のように熱狂的になる。
とくにメディアがそうだ。

「すっきり」していないのは、昨日の柔道の件だ。
あまり意識していなかったので、忘れていたがテレビを点けたら、ちょうど谷亮子が決勝戦を戦っていた。

相変わらずキレのある動きだし(に見えた)、昨年も世界選手権で優勝しているし、実力があることは間違いないので安易に
「このまま優勝するだろうな〜〜」
と思って見ていた。
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ところが、初めててと言っていいほど
「投げられる谷亮子」
を見た。それも結構大きな技でだ。

結局、決勝戦では負けてしまったが、それは良い。
それよりも、オリンピック代表選手に選ばれたり、その後テレビに出てたりする姿を見て
「決勝で勝った山岸選手は、どんな気持ちなんだろう?」
と思ってしまった。

代表選考は「過去の実績」も重視されるようで、そういう意味では「谷亮子」は絶対的な存在だ。
決勝で勝った山岸選手も、そのことは分かっているようで、試合後のインタビューでは
「1本取って勝たないと」
と言っていた。

でも「オリンピック代表選考会」で決勝で勝っても選ばれないってのはどうなんだろう?
こう言う問題は過去にもあった。
記憶している競技ではマラソンが有名だ。
男子も女子もマラソンの場合は物議をかもしたことがある。

「谷亮子」の場合、もはや国民的英雄なので、この選考に文句をつける人はいないだろうけれど、勝った山岸選手の気持ちはどうなのだろう?
今朝の新聞やネットを見ても、彼女のコメントは掲載されていないが、聞いてみたい。

そりゃ過去の実績を考えれば、もの凄く抜き出ていることは分かるけれど、「選考会」で勝っても「選ばれない」じゃ、頑張るモチベーションがなくなるんじゃないんだろうか?

定かな記憶じゃないので、いけないけれど、確か昨年の世界選手権出場も、国内で負けたけれど出場した気がする。
これは「谷亮子」が良いとか悪いとかって話じゃなくて、周辺の問題だ。

そして、最も無神経だな〜〜と思うのは
「ママでも金」
という言葉だ。

これは谷本人が言い出したことだけれど、国内で負けて言ってはいけない。
そして、メディアもそれに浮かれて、この言葉を使ってはいけない。

「勝者になっても選ばれない」
努力して努力して頑張って、谷に勝った山岸選手の気持ちを考えたら、カンタンに
「ママでも金」
なんて言葉は、谷もメディアも使ってはいけないと思う。

でも、オリンピックになってしまうと、こんなことは忘れてしまって
「ママでも金」
が乱発されるんだろう。

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コメント

りーふさん、いつもありがとう。

長々と返事を書いてたけれど、ふっと記事ネタにしようと思いました。
リーフさんのコメントはいつも「記事」へきっかけになります。

この関連の記事をまたお楽しみに。

投稿: noblog | 2008年4月 7日 (月) 13時20分

さすが相手選手のことを取り上げるとこがココのいいとこだと思います。eye
谷亮子さんは誰でも注目してるし、マスメディアも当然とりあげる、「じゃ、戦った相手は?」となりますね。
ここを読みながら「市川監督」の記事のことを思い出しました。ここではCMのこと取り上げてくれたこと。pc
TVから伝わってくることと違う角度から伝えてくれるというようなものは好きです。

telephone
↓の記事「昭和・・」いい時代だったと思います。
ま、昭和と平成しかしらないけど、大正や明治の人はやはりその時代がよかったのかなぁ~?
平成は変化もあるのだろうけど淡々としてる感じがします。
昭和は変化がずいぶんあった気がするし、日本の時代(おおばあですが)て感じがなんだかするのです。

投稿: リーフ | 2008年4月 7日 (月) 12時33分

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